02220

韓国の百科事典サイト「エンハウィキ」から、「日本人」の項目に記述されていた内容を翻訳してご紹介します。同シリーズ、過去3回に渡ってお届けしてきましたが、今回が最後です。日本人の「韓国との関係」に関する記述。

4. 韓国との関係

韓国人の中には、日本人に対する感情が多少なりと存在する。これは過去の歴史のためであり、韓日併合の歴史を忘れるには、時間が短いからでもある。

全体的に、日本ないしは、日本人に対する悪い感情は年齢が高い人ほど強く、若年層は日本の文化が開放されたこともあり、かなり緩和している。場合によっては、過度に弱くなっている場合もある。

日本のアニメをたくさん見た韓国人男性には、日本人が性に対して開放的で従順なイメージがあり、幻想を抱くこともある。しかし、日本も人が住んでいるところなので、国民性を離れ、一人一人の性格は千差万別であり、本音と建前などで代表される日本人特有の文化によって不和を体験する場合も多いため、過度な幻想は毒となることを留意しよう。

2000年代に入り、インターネットが発達したことで、これまで日本と日本人に対して特に悪い感情を持っていなかった韓国人の間でも、日本の嫌韓感情の報道記事を通じて、嫌日ネチズンと同等に、反日感情及び嫌日感情を持つ場合もある。生まれてから一度も日本に行ったことがなく、日本人と会話もしたことがない人ほど、日本に関する情報は、ほとんどメディアに頼らざるを得なく、メディアのこのようなニュースを目にすれば、もともとは日本と日本人に対して悪い感情がなかったにも関わらず、日本と日本人の正体を知ったとし、嫌日認識を持ち、日本人を嫌悪する場合もある。

日本に直接行ったり、日本人に直接交流した人の場合でも、このような感情を持つこともあるが、その場合は、メディアではなく、実際の経験によるものがほとんどである。しかし、日本や日本人に対して、よく分からないまま、こうしたメディアのニュースだけを信じることで、他の韓国人たちの前で、日本と日本人をけなす悪口を並べたり、日本は悪者だけが住んでいる国であるという悪い認識だけを植えつける結果となっている。このような人ほど、日本と日本人に対する嫌悪感が強い傾向にあり、インターネットニュースのコメントやSNSなどに、嫌日コメントや嫌日ツイートなどを頻繁に書き込むきっかけとなっている。さらに、韓国の学校の反日教育がこれに加わる。このような人ほど、教育と報道にだけに頼った嫌日性向を持った韓国人として成長し、日本に対する悪い感情を持つ悪循環になっている。

最近、時間の経過とともに、そのような感情もかなり消えつつある(妙な抵抗感は消えないだろうが)。日本には、近くて遠い国という言葉が本当によく当てはまる。しかし、ビジネスに従事している人々は、ビジネスの相手として日本人を最も高く評価する。そして、外国の学校に行ってみると、韓国人は中国人のような他の東アジア人より、日本人と親しく過ごす方だ。もちろんケースバイケースであるが。このようなことから、子供の頃、外国に留学していた学生は、日本人に対し、一般的な韓国人よりも肯定的に考えている面がある。親日とまではいかないが、日本人や日本文化と過去の過ちを区別して考えているものと思われる。

2000年代半ばから韓国に居住する永住者が増加している。「More than 6,000 Japanese women live in Korea in marriage」という記事によると、男性に比べて女性の方が圧倒的に多いという。

日本から見る韓国もあまり肯定的な方ではない。韓国人は、日本人と比べて誇張が激しく、感情の起伏が激しく、ともすると謝罪や賠償を主張し、言い争うという偏見がある(若者たちの間では、あまりそのような考えはしないかもしれないが)。ところで、全く理解できないことだが、日本の中高年、高齢者層の中には、日本と韓国の近代史を同様に見て同質感を感じる人たちが多いという。韓国の立場から見れば、とんでもない話であろうが、日本植民地時代だからと言って日本人の多くが、豊かに暮らしていたわけではなく、むしろ大多数の日本人も当時の体制下で苦労していたのは同じであった。

政治的には名目上、民主主義体制であったが、大正デモクラシーは飾りに過ぎず、治安維持法のために事実上、貴族中心の独裁と地域縁故の人脈人事であった。そして、1930年代後半から2.26事件以後、東条英機が掌握する軍部独裁体制に変わり、さらに暗い方向へと流れた。

戦争を起こし、植民地から収奪したお金は、軍部と財閥のポケットに入り、明治維新以降の人口急増と急激な工業化の副作用で、日本国民の大多数の生活水準はほとんど改善されなかった。庶民は満州、モンゴル、中国などの開拓団に半強制的に連れて行かれ、太平洋戦争では最終的に敗北することになる。

敗戦後には、植民地に残っていた日本人は、南下したソ連軍に強制的に中国や韓国に留まるようにされ屈辱を受けた。それでも、韓国は国交正常化が早くて60年代、中国は国交正常化された80年代になり、ようやく、離散家族の再会をすることができた。しかし、北朝鮮にいる残留日本人は生死すら不明のままだ。

米軍の爆撃で本土は廃墟となり、1945年以降はGHQ軍政下で、1958年に戦争前の経済水準に回復した旨の宣言をするまで、半植民地状態を13年ほど経験する。米国は日本を農業国にしようとしたが韓国戦争のおかげで復活した。実際のところ、冷戦当時の第一世界のほとんどの共通点が、米国によって復活したことだ。ヨーロッパはマーシャルプランで、日本は韓国戦争で、韓国はベトナム戦争で。

日本植民地時代当時の1910年以降からは、植民地と属領地域だった韓半島に一部の日本人が移住をして住んでいたこともあり、広くは中国大陸にまで移住して「倭人村」と呼ばれる集団村まで形成したという一説もあった。日本植民地時代においても日本人の立場では、国域が半島にまで拡大したとして、本土を離れ、韓半島に移住して集団村まで作り、軍警まで駐留させたわけだが、1945年8月15日に日本が敗戦して、すべて本国に戻った。ある日本人の家族は、日本に帰る途中、自分たちに子供がいるのを見て、韓国人が食糧を分けてくれてありがたかったと手記に書いたりもしている。

翻訳元:https://mirror.enha.kr/wiki/일본인


まとめ
韓国人から見た日本人(1)「人種的特性」
韓国人から見た日本人(2)「国民性と文化」
・韓国人から見た日本人(3)「韓国との関係」


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