mare-okwi

韓国のネット掲示板に「第二次世界大戦で英国海軍が最悪の屈辱を味わわされたマレー沖海戦について調べてみよう」というスレッドが立っていたのでご紹介。

1. 韓国人(スレ主)

中日戦争を起こした日本は、米国に禁輸措置を実施され、これによって石油、鉄鋼、ゴムなどの戦争物資を入手が完全に行き詰まった。これを受け日本は、真珠湾を空襲し、米国海軍の主要戦力を全滅させて、太平洋戦争が勃発した。

ところが日本の立場では、米国を倒しても資源が得られるわけではないので、結局、米国に先制攻撃をし、米海軍の主要戦力を抹殺したので、その間に東南アジアを攻めて資源を確保するという戦略を展開することになる。
1


これに対し、東南アジアに植民地を置いていた英国は、植民地保護という名分のもと、艦隊を派遣して日本海軍を阻止しようとした。こうして起きたのがマレー沖海戦だ。

ここである一つの対立が発生した。海軍総長であるパウンドは、ネルソン級戦艦とR級戦艦などで構成された大艦隊を派遣して日本を阻止しようとしたが、チャーチルは新型艦であるキング・ジョージ5世級戦艦と巡洋戦艦レパルス、イラストリアス級航空母艦を含む比較的小規模な艦隊を派遣しても、十分に日本を防ぐことができると判断し、このパウンドの主張を却下し自分の計画案を承認させて、別名Z艦隊と呼ばれる小艦隊をトーマス・フィリップスの指揮のもと、南方に派遣した。
2
(ネルソン級戦艦は、16インチの主砲を9門搭載した世界最強の戦艦だ)

問題は、チャーチルが日本海軍を過小評価しているということだった…

チャーチルは、ドイツ海軍とばかり戦ってきたが、ドイツ海軍自体、第二次世界大戦が始まる頃の戦力は雑魚であったのだ。

日本は、海軍草創期の時、英日同盟により英国から海軍技術を得て、戦艦の建造が始まった程度であったし、東洋人ということもあって「東洋人が我々の技術をコピーして作った戦艦なんて大したことはないだろう」と判断してしまった…

その小艦隊の最も重要な戦力であるイラストリアス級航空母艦インドミタブルは、甲板が装甲で構成されて爆撃に強いということだけを除けば、日本の翔鶴級航空母艦よりも劣っていた。さらに当時の英国軍の主力艦載機は、ソードフィッシュ、フルマー、スクアで、日本の主力艦載機であるB5N、A6M、D3Aと比較してみても、すべての性能で後れをとっていた。

ここでは艦載機は登場しないので後にしよう…

なぜかって?
3


南方に移動する途中、唯一の航空戦力を持ったインドミタブルが岩礁にぶつかり、航行不能となり、回航しなくてはならなかったのだ。

唯一の航空戦力が麻痺した状態にも関わらず、英国海軍は艦隊を引き続き南方に移動させた。

この後、Z艦隊がシンガポールに物資供給のために停泊した時、南方艦隊司令長官だった小沢治三郎によって発見され、日本は英国が南方で何かするということに気づいてしまったのだ。
4
(小沢治三郎)

以降、英国艦隊を見つけるために持続的に偵察していたところ、伊65潜水艦がシンゴラで英国艦隊を発見したという無電を送った。

これ対し小沢は、攻撃隊に発進準備を命令した。

しかし、攻撃隊は港を爆撃するために爆弾を装備しており、海上で運行中の艦船を攻撃する場合、精度と威力があまりにも落ちるため、魚雷と交換することにした。これが時間の浪費となり、日本がシンゴラに到着した時には、英国艦隊はいなかった。夜遅い時間だったので結局、回航することになった。

これは実際に英国がシンゴラを攻撃するために動いていたのだが、航空部隊の援護なしでは難しいとフィリップス提督の賢明な判断により、シンゴラへの攻撃を中止してシンガポールへ回航中だったからだ。

そして翌日、Z艦隊はクアンタンに日本の艦隊がいるという情報を受信して、航空部隊の援護を要請しクアンタンに移動したが、実はクアンタンに日本の艦隊がいるというのは誤報だったのだ。

フィリップス提督はシンガポールに艦隊を再び回航させようとしたが、クアンタンを巡回していた日本の偵察機がZ艦隊を発見し、日本海軍の航空部隊は、すぐに96式陸上攻撃機G3Mを発進させて、英国艦隊を爆撃するが、命中率が低い水平爆撃には限界があり、レパルスの砲塔にたった一発が当たっただけで、大した被害はなかった。
5
6
(巡洋戦艦レパルス)

日本海軍の航空部隊は、2回目の攻撃を加えようと、今度は魚雷を搭載した爆撃機を出撃させて英国艦隊を攻撃。

このG3M編隊の雷撃は、たった1発だけが命中したが、この1発が艦隊の旗艦だったキングジョージ5世級戦艦の2番艦プリンス・オブ・ウェールズのエンジン室に命中し、艦隊全体の速度が低下した。
7


以降、日本海軍の航空部隊はG4Mという新型爆撃機で構成された編隊を魚雷武装で出撃させ、再度Z艦隊に攻撃を加え、これ以前の攻撃で旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズの損傷により艦隊速度が低下した英国は、魚雷に対して脆弱な状態になっており、この雷撃はレパルスに4発、プリンス・オブ・ウェールズに3発が命中した。

レパルスは第一次大戦時に建造された老齢巡洋戦艦だったので、4発の魚雷に耐えられるほどの能力はなく、この攻撃により沈没した。

以降、英国海軍の対空能力が著しく低下したと判断した日本海軍の航空部隊は、爆弾を搭載した爆撃機で低空爆撃を行い、これにより旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズは戦艦の機能をほぼ遂行できないほど麻痺してしまった。

フィリップス提督は、退艦命令を下しSOS信号を送ると、これを受信したオーストラリアの飛行中隊が急いで現場に駆けつけたが、すでに日本の爆撃機はおらず、英国の艦船が沈没するのを見守るしかなかった。
8

この圧倒的な敗北は、チャーチルに報告され、その後何度も英国海軍は日本海軍に敗北することになる。

セイロンに侵攻した日本にボコボコにされ、英国海軍は太平洋から撤収する…


要約
1.日本が戦争物資確保のために東南アジアに侵攻
2.英国は植民地の保護を名分に艦隊を派遣
3.しかし日本海軍にボコボコにされ撤収

翻訳元:http://www.ilbe.com/9310294670


2. 韓国人
歴史の中で戦争史が一番おもしろいね


3. 韓国人
アジアの自尊心、日本


4. 韓国人
戦艦の名前の前についているHMSって何を意味しているんだ?


5. 韓国人(スレ主)
>>4
His(or Her)Majesty's Ship
翻訳すると、国王の船


6. 韓国人
それから1年6ヶ月後、牟田口廉也がビルマ戦線の防衛司令官に任命され…
カイカイ補足:牟田口廉也 - Wikipedia
牟田口廉也(1888年(明治21年)10月7日 - 1966年(昭和41年)8月2日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は中将。盧溝橋事件や、太平洋戦争(大東亜戦争)開戦時のマレー作戦や同戦争中のインパール作戦において部隊を指揮した。牟田口に関しては司令官としての資質を疑問視する声が強い。これらは主にインパール作戦においての暴走、大敗北に起因する物であるが、必ずしも牟田口の暴走のみにより作戦が決行された訳ではない、勝敗は紙一重の所であった、など、牟田口の作戦指揮に対して好意的な解釈も一部に見られる。


7. 韓国人
>>6
牟田口廉也は顕忠院に埋葬しなければならない


8. 韓国人(スレ主)
>>6
牟田口が何をしようが、日本海軍は砲撃、雷撃戦では連合軍をボコボコにしたのは事実である
だが、日本海軍は、圧倒的勝利を導いた将軍をなんと2人も左遷したのだ
 

9. 韓国人
>>8
2人って誰?
 

10. 韓国人(スレ主)
>>9
田中頼三と三川軍一
三川軍一は米国に天才的な指揮官だと評価されている
カイカイ補足:田中頼三 - Wikipedia
田中頼三(1892年(明治25年)4月27日 - 1969年(昭和44年)7月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。当時の海軍上層部からは煙たがられ、勇壮を重んじる部下からの評判も芳しくないため、戦中は評価が低かった田中であったが、敵側であったアメリカからの評価は非常に高かった。海軍戦史家であるサミュエル・エリオット・モリソンが"redoubtable Tanaka"(不屈の猛将・田中)と評し、軍事史研究家のハンソン・ボールドウィンは、その著書の中で『太平洋戦争における日本の名将の1人』として田中の名前を上げて賛辞した。これら海外からの評価を受けて戦後日本でも田中の指揮官としての能力が再評価されるようになった。
カイカイ補足:三川軍一 - Wikipedia
三川 軍一(1888年8月29日 - 1981年2月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。


11. 韓国人
第二次世界大戦当時の英国海軍vs日本海軍
日本の方が優位ではないか?


12. 韓国人
>>11
総経済力が英国の方が2.5倍は大きかったし、長期戦になっていたら英国が勝っていたはず
第二次世界大戦の日本より、世界2~3位に位置する現代の日本の方がはるかに強大国である


13. 韓国人
>>11
英国海軍は、あまりにもあちこちに分散していたからね
単純に海軍力だけを見れば英国海軍の方が上だよ


14. 韓国人
李舜臣があの当時、日本の艦長を務めていたら今頃、日本が世界を支配していただろう


15. 韓国人
>>14
アホかwwwwwwwww
正直、運良く何回か勝っただけのやつが世界を支配だと?
亀甲船を作って世界を支配するつもりなのか?


16. 韓国人
>>14
左遷されて、核を二発落とされるのは変わらない


17. 韓国人
この時からインド洋に侵攻するまでが、日本海軍の全盛期ではないか?


18. 韓国人
プリンス・オブ・ウェールズは、ここで沈没したのか(泣)
ビスマルク戦艦と戦った英国を象徴する戦艦ではなかったのか…


19. 韓国人(スレ主)
>>18
実際にはビスマルクと戦った時は砲塔が故障していて何の役にも立たなかった
艦橋を襲撃され、指揮部が全滅し退却した


20. 韓国人
正直、日本のおかげで東洋人の地位がここまで上がったようだ
日本がなかったら、西洋の白人連中は東洋人をアフリカの土人のように認識しただろう


21. 韓国人
>>20
それなwwwwwww


22. 韓国人
日本が英国と海戦したことを初めて知ったので評価する


23. 韓国人
>>22
無知野郎


24. 韓国人
日本信者どもが集まってくるのを見るのは嫌なので非共感ボタン


25. 韓国人
英国の屈辱は、シンガポールの陥落
英国軍にいくらインド人兵士たちがたくさん混じっていたとはいえ、日本の方がはるかに少ない兵力で攻撃する立場だったのに、英国軍が敗けた(泣)
カイカイ補足:シンガポールの戦い - Wikipedia
シンガポールの戦いは、第二次世界大戦の東南アジア戦域で、1942年2月7日から2月15日にかけて行われた戦闘である。2倍を超える兵力差を覆して、当時難攻不落と謳われたシンガポール要塞を日本が10日足らずで攻略した結果、英国が率いる軍としては歴史上最大規模の将兵が降参した。ウィンストン・チャーチル英国首相は自書で「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と評している。


26. 韓国人
真珠湾で米国の空母を沈められなかったところから、少しずつ日本の計画は狂っていった


27. 韓国人
あの当時、誇らしい韓国人は何をしていたのかというと、大日本帝国の戦争遂行を積極的に支援するために、日本人が占領した島々に飛行場を作り、バンカーを建て、洞窟も作った
さらに米軍が来ると、銃を持って戦い、多くの米国人が戦死した


28. 韓国人
チョッパリチョッパリ言う人たちの国は、あの時何をしていたのかな?wwwwwwww
はい、次の3000年の奴隷民族


29. 韓国人(スレ主)
>>28
はい、次の日本にも拒否される日本信者オタク


30. 韓国人
フィリップス提督は、参謀たちが脱出を勧めたが「ノーサンキュー」と言って艦船と一緒に死んだという
カイカイ補足:トーマス・フィリップス - Wikipedia
サー・トーマス・スペンサー・ヴォーン・フィリップス(1888年2月19日 - 1941年12月10日)は、イギリスの軍人。最終階級は海軍大将。1941年12月10日、マレー沖にて日本軍の攻撃により乗艦プリンス・オブ・ウェールズと運命をともにして戦死。フィリップスは参謀に退艦を促されたが、"No thank you."と言って拒み、プリンス・オブ・ウェールズ艦長、ジョン・リーチも同じく拒否した。参謀は泣きながら艦を後にしたという。


31. 韓国人
調べてみたけどレパルスに当たった魚雷は4発ではなく、5発というのが正しいようだ
カイカイ補足:レパルス沈没|マレー沖海戦 - Wikipedia
レパルスに乗艦していたイギリス人記者によれば、最初に左舷へ魚雷2本(機関部浸水)、次に右舷中央部に2本、最後に1本が後部に命中したと記録している。


32. 韓国人
今の日本の海上自衛隊も、英国海軍より強いのではないか?


33. 韓国人
>>32
いくら強大だとして核一発で終わる


34. 韓国人
日本は兵隊たちはよく戦ったが、指揮官が病身だった

スポンサードリンク
おすすめ記事(外部サイト)
韓国・東アジアニュース(外部サイト)