ryahnow

韓国のネット掲示板に「朝鮮の鎧の防御力水準wwwwwwwww」というスレッドが立っていたのでご紹介。

1. 韓国人(スレ主)

クリップボード01

クリップボード02

将軍1人で無双可能。

翻訳元:http://www.ilbe.com/10695524836


2. 韓国人
ところで、倭軍の刀に対してあんなに無力だった理由は?


3. 韓国人
>>2
一般の兵卒たちは鎧がなかった
壬辰倭乱の時は刀ではなく、火縄銃のせいで死んだ


4. 韓国人
よく見ると、矢をくらったやつ、体がビクッとしている


5. 韓国人
李舜臣兄貴、どうして死んでしまったのか…(泣)


6. 韓国人
鎧のおかげで、下っ端はともかく、朝鮮の将軍たちは、あまり死ななかったww


7. 韓国人
竹槍の一撃ですべてが終わる


8. 韓国人
孟獲の藤甲軍には及ばないwww
カイカイ補足:藤甲軍 - Wikipedia
藤甲軍は、『三国志演義』第九十回に登場する軍隊。南蛮の地にある烏戈国の王、兀突骨(ごつとつこつ)配下の戦闘部隊である。諸葛亮孔明の率いる蜀軍の南蛮征伐で、六度捕虜にされて六度釈放された南蛮王・孟獲は、帯来洞主の薦めで烏戈国に逃亡し、王である兀突骨を頼り、孔明に最後の七回目の戦いを挑もうとした。兀突骨は配下に「藤甲軍」と呼ばれる勇猛な部隊を従えており、自信満々で孟獲に力を貸すことにした。藤甲軍とは、藤のつるで編んだ鎧を身につけた精鋭部隊である。この鎧に使われる藤はこの国の山中の絶壁に育つもので、この蔓を採って油に半年漬けたのち取り出して陽にさらし、乾くとまた漬ける。これを十回あまり繰り返したものを編んで鎧にする。これが藤甲である。軽量で水にも強く、この藤甲を着た兵士は、刀も矢も受け付けぬと言う。


9. 韓国人
>>8
このコメントが、なぜ出てこないのかと思っていたよwwww


10. 韓国人
チェーンメイルには及ばない


11. 韓国人
汗のにおいがすごそう


12. 韓国人
首はどうやって守るのか?


13. 韓国人
>>12
動く


14. 韓国人
>>12
ネックウォーマー


15. 韓国人
2番目の映像は痛くないのか


16. 韓国人
重要なのは、あの時、すでに銃の時代だったということwww


17. 韓国人
刺身包丁の前では紙切れ


18. 韓国人
李舜臣の刀は、日本製だというが
カイカイ補足:韓国「反日英雄像」が手にしているのは「日本刀」と判明、「撤去せよ」と大騒ぎ…「これは降伏のポーズ」の指摘も、笑えぬ韓国「時代考証」の杜撰さ
韓国で「抗日」の象徴として英雄視される李氏朝鮮の将軍、李舜臣(イ・スンシン)(1545~98年)の銅像が日本刀を持っている-と韓国内でクレームがつき、撤去や改修の声が上がる騒ぎとなっている…


19. 韓国人
>>18
wwwwwwwwwwwww


20. 韓国人
あれをすべての歩兵に普及させなければならなかったが、それができなくて敗北


21. 韓国人
隣国の倭兵の甲冑を模倣すべきだった
倭兵の甲冑は、中世の騎士を圧殺するほどのデザインなのに


22. 韓国人
>>21
デザインはさておき、性能自体は朝鮮の甲冑の方が優れていたというのが正しい
そして、倭寇の甲冑は、百済の甲冑デザインを真似して、1000年以上も発展がなかったデザインなのに何を言っているのか
 

23. 韓国人
>>22
日本の鎧は、百済というより伽倻の方に近い


24. 韓国人
貫通しなかったとしても、めっちゃ痛いだろ


25. 韓国人
天下の日本刀でも、戦争中では絶対に槍には勝てない
刀は槍に勝てず、槍は弓に勝てない…これが昔の戦争技術の基本である
天下の武蔵も、刀は絶対に槍には勝てないと言っていた
カイカイ関連記事:韓国人「ナギナタという日本固有の武器について調べてみよう」


26. 韓国人
>>25
壬辰倭乱の時、白兵戦は日本が優勢だったのは、そんな理由か?
 

27. 韓国人
>>26
白兵戦は戦術と勢いである
同じ戦力では、槍が勝つというだけ


28. 韓国人
ただ矢が病身なだけだし


29. 韓国人
戦国時代の倭軍連合vsモンゴル帝国が戦ったら、倭軍が圧勝しそうだが…
戦争民族サイヤ人のようなものではないか?


30. 韓国人
実際の戦闘で最も威力的な武器
日本刀<朝鮮の槍<矢


32. 韓国人
李舜臣:???


33. 韓国人
>>32
李舜臣は火縄銃でやられた


34. 韓国人
実際、戦争は勢いの戦いである
戦って死ぬ場合より、勢いで押され、逃げる時に死ぬ方が多い


35. 韓国人
>>34
もともと戦死者の60~90%は逃げて死ぬ


36. 韓国人
閑山島海戦と鳴梁海戦に参戦した
質問を受け付ける
カイカイ補足:閑山島海戦 - Wikipedia
閑山島海戦は、文禄の役における海戦の一つ。 文禄元年(1592年)7月7日に閑山島と巨済島の間の海峡で単独出撃をした脇坂安治率いる1500人の水軍を、朝鮮水軍が誘引迎撃戦術により撃破した海戦。
カイカイ補足:鳴梁海戦 - Wikipedia
鳴梁海戦は、鳴梁渡海戦ともいい、豊臣秀吉の慶長の役により慶長二年(1597年)9月16日に陸に呼応して西進した日本水軍と朝鮮水軍との間に起こった慶長の役における海戦の一つ。


37. 韓国人
>>36
李舜臣のチン〇は、何cmだった?


38. 韓国人
真面目な話、朝鮮の矢がワンピース1冊でも貫通できたのか?wwwwwwwwwww


39. 韓国人
>>38
ワンピース1冊って…
こんなのを見ると、日本信者のキモオタ野郎のようだ


40. 韓国人
あれが実際に朝鮮の鎧だという証拠は?


41. 韓国人
>>40
実際には新羅の鎧だね


42. 韓国人
朝鮮時代には防弾チョッキがあった
朝鮮の科学を無視しないでください

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