AIの進展には、ポジティブとネガティブの両側面がある。単純労働がAIに代替され、近い将来、人は単純労働をやる必要がなくなり、もっと楽で生産的で付加価値が高い仕事に専念できるとの楽観的予測もある。事は、果たして、そんなに単純なのだろうか?確かに、AIがもたらすプラスの側面は多々あるのは周知のとおりだ。ただ、すべての人が生産的で付加価値が高い仕事にありつけると考えるのは、あまりに楽観的すぎるのではないか。AIが、今ある仕事のうち、かなりの部分を奪うのは確実だろう。であれば、 AIができないような、生産的で付加価値の高い仕事をするには、今まで以上に、知識/知恵/技術の習得と思考力を身につける必要があるし、やる気(Motivation)が求められるのではないだろうか。

   AIのマイナス面の代表例の一つは、戦争への際限なき利用だろう。未来の戦争は、AIによる戦争が、人間が行う戦争に確実に取って代わるだろう。まさに、戦争ごっこに似た状況が再現されるのではないか。今や人類にとって脅威でしかない悪徳国家やハッカー集団が多数、インターネットの闇社会で暗躍中だ。AIの進展は、そんな国家やテロリストに悪用されるだろう。誰も望まないが、一歩間違えば、人類滅亡を引き起こす可能性がある。物事を楽観的に考えるタイプの人が予想さえしなかった悪夢に、我々は苛まれることになるかもしれない。気付いた時は、手遅れになるかもしれない。これは、今、真剣に議論されはじめていることである。

   AI
に限らず、すべての事に、楽観、現実的、最悪の各シナリオを想定しておく必要があると思う。いずれかのシナリオだけが起きるとは限らず、むしろ、複数のシナリオが同時並行的に起きる可能性の方が強いだろう。最悪のシナリオを考えることは、言うまでもなく、それを望むからではない。「悪いことを想像したり、言うと、悪いことが実現する!」は、古来からの言霊(ことだま)信仰だ。行き過ぎると、何も考えないほうが良いという思考停止状態を招きかねず、身の破滅につながる。シナリオ思考は、それを回避するためだ。当事者が「想定外」なる言葉を「免責」の御旗に使用していると勘繰りたくなるほど、関係者が雁首を並べて、頭を下げるシーンが近年TV で頻繁に見られる。想定外なのだろうか。思考の枠を広げることが必要だと思う。

 

  ところで、617日付けの日本経済新聞の記事で、政府は2019年度から、建設・農業・介護などの5分野で単純労働を含めた外国人労働者の受入拡大を閣議決定した。批判を避けるためか、「労働者」という表現で曖昧にしているが、ある識者は、実質的には、『移住者』を指すと言う。政府は、2025年度までに50万人を計画している。当初の50万人の職業人の受け入れは、将来増える家族を含めて、150250万人の規模に膨らむ可能性がある。これら単純労働の外国人受入れをどう見るかで、以下4人の識者の考えが紹介されている。

 

1.野村総合研究所顧問(増田寛也氏・元総務大臣)の意見は、「地方の人材不足解消につながる。家族の生活や日本語教育を支援する制度設計が課題だ。実行部隊を自治体とすべきだ」


2.慶応大学商学部教授(中島氏)の意見は、「高齢者や障がい者など国内の未活用労働力をまず生かすべきだ」「永住要件の緩和の是非など長期的なビジョンがない。将来への影響を慎重に検討すべきだ」


3.日本総合研究所主席研究員(山田氏)の意見は、「産業界を中心に外国人労働者のニーズは高い。条件を生産性が向上しても業種の存続が危うい場合に限り、自治体は共生に取り組む必要がある」


4.みずほ銀行チーフマーケットエコノミスト(唐鎌氏)の意見は、「外国人材受入で労働力人口を増やすことは、日本の潜在成長率を押し上げる。同一労働同一賃金にとどまらず、さらなる雇用改革をセットで進めるべきだ。

 

  私的には、2.の国内の未活用労働力をまず生かすべきという意見に、『優先順位の高さ』の尺度で、説得力を感じる。働く意思があり、社会に還元できる十分な知識経験を持っている人が、筆者の地域社会にも結構いる。働けば、年金が減らされる現行年金制度は、働く意欲を阻害する。労働力不足を主張するなら、大きな矛盾を抱えている。労動力の増大に逆効果しかもたらさない制度の一部分は、即刻、廃止したら、働く人はもっと増えるはずだ。ある調査によれば、自発的に働きたい退職後のシニアの国内人材は7~8割もいる。それに、政治や社会の力で、障害者や、労働意欲が薄い人達にも、もっと雇用機会を提供できるはず。未活用労働力をまずは最優先で活かすというのに同意である。

 

  単純労働力が不足するから、それだけを確保したいというのは、日本側の勝手な都合との主張もある。例えば、外国人技能実習生受入等も、本来の趣旨から外れた使われ方をしているケースが少なからずあると聞くし、運用面のチェックが行われていないと批判もされている。人はモノじゃないから、受入要件を緩和するには、長期的ビジョンが必要だろう。ないという中島教授の指摘があるから、真剣に考えているのか疑問ということだろう。ビジネスや私的に外国人材とさまざまな形で関わった経験がない人ほど、こういうトピックスをいとも簡単に考える傾向があるように感じる。日本では、今でも、この種の国際経験がまったくない人の方が圧倒的多数である。外国人に対する免疫力が弱いということである。尖閣諸島に不法侵入した中国船舶が我が国船舶の横っ腹に武力衝突した事件で、映像をTV に流させず、事実を隠ぺいした首相がいた。相手は日本組みしやすしと侮り、以降、相手国の侵入が止まない。「日本は、日本人のためだけにあるのではない!」と発言した首相もいた。このように、外交や地政学の視点が欠如している政治家も少なくないと識者は指摘する。無知は、国民の安全を危険に晒すから怖いのである。これは、歴史が教えるところだ。

  AIの進展を一時も待てないほど切羽詰まった単純労働の不足があるのだろうか。介護でいえば、病院の機能性・組織の在り方、運営面などで未成熟な面が人材不足の原因になっていないか。生産性を上げる工夫を十分にした後で、人材不足を主張しているのだろうか。Job Description で、どんな仕事をやるべきか明確にしているのだろうか。なければ、生産性も測定できない。企業は、成算もなく、人は増やさない。人が足りないと言っても、もし、売上を超える費用が、追加で増えるとわかったら、間違いなく、企業は人の採用は止める。外国人材の単純労働力がもたらすメリットと、それに伴うあらゆるコストとディメリットをきちんと検証したのだろうか。

  4.は、外国人材受入で労働力人口を増やすことは日本の潜在成長率を押し上げると言う。1.も3.も、この問題を経済だけで考えている。でも、こんな虫のよい視点だけで済む話だろうか?重要なことは、経済の議論だけで済ませるトピックスではないということだ。欧米先進国で現実に起きている移民の事例を考察すれば、将来どういう深刻なトラブルが起きるのかがわかる。後悔、先に立たず。人を受け入れることは、生活と居住等すべて、最後まで面倒を見ることを意味する。そこまで腹をくくっているのだろうか。あまりに単純に物事を捉えていないだろうか?杞憂であることを祈る。あくまでも一つの意見を述べさせていただいた。


  独裁国家や民主主義が根づいていない国、国家と個人は違うと言っても、ある程度の相関関係があるとも言える。「郷に入れば、郷に従う」のは国際常識だ。品性の良い人ばかりではないだろう。自国の習慣と行動を強引に持ち込み、溶け込まない国民も入ってくる可能性もある。単純労働受入は、様々な潜在的な問題を含んでいるのは、欧州でも実証済みだ。国際政治学者の藤井厳喜氏も、移民についても、実際の研究に基づいて、警鐘を鳴らされている。日本は、シンガポールのように、高度な知的労働力を持った外国人材をこそ、更に受け入れる方向を進めるべきで、単純労働受入に舵を切るべきではないと思う。リスクを承知で、単純労働を受け入れるなら、将来、想定外の事態が起きて、様々なリスクが頻発したら、何か有効な手を打つだけの政策を実行するだけの胆力を政治家に持って欲しいと願う。頭を下げるだけで終わりにして欲しくない。杞憂であることが一番望ましいのだから。