アメリカ横断ウルトラクイズ (1977~1992 1998年に一度復活) 

知力、体力、時の運」を合言葉に、広大なアメリカ大陸を横断しながら1000問以上に及ぶクイズに挑戦した。昨今、様々なクイズ番組の優勝者を"クイズ王"と呼ぶことがあるが、開催規模・参加人数・番組の量、質・視聴率等のいずれを以てしても当番組での優勝は他のそれを圧倒しており、「ウルトラクイズのクイズ王こそ真のクイズ王」という声も大きかった。


              参加者   視聴率  司会者
第1回大会(1977年)  404名   約25%   福留功男
第2回大会(1978年)  700名   23.9%     ↓
第3回大会(1979年)  1362名   23.9%
第4回大会(1980年)  2707名   29.9%
第5回大会(1981年)  6473名   27.2%
第6回大会(1982年)  7332名   27.2%
第7回大会(1983年)  10203名   34.5%
第8回大会(1984年)  11048名   23.1%
第9回大会(1985年)  11751名  22.2%
第10回大会(1986年)  17162名  26.8%
第11回大会(1987年)  18017名  20.4%
第12回大会(1988年)  20774名  17.9%
第13回大会(1989年)  24115名  16.6%
第14回大会(1990年)  26735名  15.0%
第15回大会(1991年)  28523名  18.1%  福澤朗
第16回大会(1992年)  26121名  14.6%   ↓


1992年での番組終了の原因は視聴率低迷だと思うが、終盤の時期も打ち切りになるほど悪い数字だったとは思えない。やはり何人も引き連れて長期間アメリカを横断するという予算は想像を絶する額だったと思われます。バブルが弾けると同時に終了した感じですね。
(追記)バブル期だったからこそ、NYに行くありがたみが薄れてきたとのご意見頂きました。全くその通りだと思いました。番組スタートは1977年ですから、海外旅行に対する認識も徐々に変わっていたっと思われます。

それにしても皮肉なのが福澤さんに変わってからたった2回で終了した事だ。1991年の放送は途中交代だったので実質一回しかやっていない事となる。福澤さんも名物である敗者復活を廃止し、サバイバル色を高めるなど独自色に奮闘したが、ウルトラクイズ=福留というイメージは壊せなかったみたいだ。



さてさて、16年の放送で私の中で忘れられない大会があります。

それは第13回の長戸勇人さんが優勝した回です。
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この決勝はアメリカ横断ウルトラクイズの歴史の中で「史上最強の決勝」と言われています。彼の決勝の対戦相手の永田良彰さんは「FNS1億2000万人のクイズ王」 で第2回、第4回の優勝に輝いている屈指のクイズ王です。
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その永田さん相手に当時まだ大学生だった長戸さんは圧倒的なスコアの差をつけ優勝します。この他を寄せ付けぬ強さと彼の人間味あふれる姿に視聴者は釘付けになったと思います。


クイズ界では長戸さんは有名人ですが、一般人にはどうもピンときません。
長戸さんがどれだけすごいかというと他の番組でも実証されているみたいです。

ワールド☆レコーズ
http://www.ntv.co.jp/wrs/renewal/kettei/20050116-1/main.html


そしてこの回の放送が記憶に残る事となるもうひとつの理由は優勝賞品にあったと思います。毎回優勝商品は直前まで教えられず、とても豪華な賞品なのですがオチが待っているという事が多かった様に思います。

(例)
小型飛行機 →自分で組み立てないとダメ
カナダ東部に浮かぶ"島 → 満潮時には畳一畳分を残して水没する

そしてこの年の優勝商品は冷凍人間保存の会員権だったのです。うらやましいのか・・そうでもないのか・・
ともかくこの当時としては人間を冷凍保存なんて夢の様な話でしたので記憶に残っています。



現在でも全国高等学校クイズ選手権は継続されていますが、たかだか2時間では出場者に全然感情移入できません。アメリカ横断は飛行機搭乗の前にじゃんけんが組み込まれており、前回のチャンピオンがじゃんけんで負けるといった不条理さがまたおもしろかったりしました。
毎週出場者のさまざまな人間模様を観ていると、自然と肩入れする人も出てきたりして、このクイズ番組の形式は画期的だったと思っています。バブル期ならではの番組だったのでしょうか?またこの番組が観れる様な時代が来れば良いのですが・・