ブログを書く日は、ドタバタしながら時間との戦いになる事が多い。
先日も、家帰ってからネクタイも外さず勢いで書き上げ、その後、飯、風呂など一通りの事をすますと、時計も既に1時を回り、書いた記事の誤字脱字チェックだけして布団に入ろうと思った。

すると、その記事に一言コメントが付いてるのを見てしまった。もう批判なのか落書きなのかわからない一言コメントで、この手のコメントは残念ながらそんな珍しいことでもないので、いつも通りスルーすることにした。しかし布団に入ったものの、なにを読んでそんなコメントになったのか、自分の書いた記事を無性に読み返したくなった。

しかし、時計を見ると1時半になっている。ブログは仕事ではないわけで、睡眠を優先しないといけない。「鈍感力、鈍感力・・」と暗示をかけるようにつぶやき、布団をかぶった。

だが、それが気になっているのか、なかなか寝れない。まいった・・。結局、読み返すはめとなり、改めて読み返してみると、ますますそのコメントが見当違いに思えた。
最初は丁寧にその批判に応対して書いていたが、時計をみると2時になろうとしていた。たった一言のこのコメントのせいで、こんな時間まで起きる事になってるのかと思うと、最後は結構強めにコメントを返していた。こうなってくると直接関係ない外部要因がますます怒りに火をつけてくるのだ。

次の日、冷静な状態で読み返すと、返信するにも値しない、なんてことないラクガキだとわかった。だが人間怒りに火がつくと、周りが見えなくなっていくものだし、自分でなかなか鎮火はできない。

そんな中、かなり深夜にやっていた「さんまのまんま 総集編」を見て、さんまさんに学ぶ部分が大いにあると思った。
それは「番組事件簿」と括られた総集編で、86年に放送された 
「梓みちよ シャンパン事件」となっていた。

わたしは失礼ながら梓みちよさんが誰なのかも存じあげないのだが、観た直後、これは本当に事件だ思いネットでちょと調べてみると、やはり当時週刊誌をにぎわせた本当の事件だったようだ。


(以下「さんまのまんま 1000回スペシャル」より)

梓   「あなた私の事好きなの?」
さんま 「好きでしたよー」
梓   「でしたよ(過去形)?」
ここで軽く飲みかけのシャンパンをかけられる。

前後の経緯は総集編なのでわからないが、シャンパンを男にかけるのが手馴れている感じに思えた。
さんまも笑いながらかけられたシャンパンを拭いていたが、
その笑顔の裏側で怒りを抑えているのを見逃さなかった。
私も接客業の仕事の経験がある為わかるが、立場的に相手にその怒りを悟られたくない時は、とりあえずひたすらしゃべって隠そうとする。なんだかこの時のさんまの状態が痛いほどわかってしまう。


さんま「かなわんわー。そんなんしていつも男の人にシャンパンかけよるんですか?」
梓  「うん」
さんま「おかしな人とデートしてはるんですなー(笑)」

ここで2度目のシャンパンが強めにかけられ、さんまから瞬時に笑顔が消える。

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テレビで唯一見せたさんまの本気のキレ顔ではないだろうか。
この表情をみてわかる通り、一瞬にして空気が張り詰める。
さきほども触れたが、これは一回目のシャンパンで怒りをなんとか押し殺している伏線があるから、この2回目は間をすっ飛ばして、一気にMAXに到達してしまうのだ。



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この直後に映った梓の顔を見れば、これが冗談ではなく向こうも本気で怒っている事がわかる。

この空気が読めてない一部の観客の笑い声が響きながら、お互い真顔でしばらく沈黙するという、異様な空気が場を支配する。わたしがデレクターなら「はい、スットプですー」とここで収録を止めているだろう。20年前の録画なのになんだか見てられない。

そしてさんまは、おもむろに立ち上がり梓をにらみつけた。

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俗に言う一触即発という状態だ。何故これが放送出来ているのか?
それは、すぐわかることとなった。

ポケットに手をつっこみ、ふて腐れた様に席を離れ部屋を出て行くのかと思わせて、急にしゃがみこみで「あぁー冷たかったぁ~」とおどけて言い、観客の大爆笑を誘い、それに釣られ梓の笑った画も映りこの総集編は視聴者を安心させ終わった。

この時のさんまの切り返しの行動は、笑いとしてはひねりの無いものだったが、以前書いた「緊張と緩和の法則」の通り、このピリピリした空気を逆に利用して笑いに変えたばかりか、この危機的状況をも救ったのだ。


果たしてさんまはどの段階で切り替えしに入ったのかはわからない。かけられてマジ顔になってしまった直後に、この状況のオトし方を考え怒った演技を続けていたのか、それとも本当に出て行こうとして直前でなんとか踏みとどまったのか・・・
少なくとも2回目で本気になったのは事実で、通常はあの空気になると、取り繕いようがない。

さんまが怒りの感情より自分の仕事を優先するプロだという事は間違いない。

ここでもしさんまが怒っていれば、この回は放送できないし、梓とも遺恨を残すはめとなり、彼にとってプラスとなる事は何もない。後の顛末を少し書くと、当然、視聴者から梓へかなりの数のクレームがいくはめとなり、その結果この梓の醜態が週刊誌などでいっせいに叩かれ、梓は高価なブレスレットをさんまに送って謝罪したという。今ではその事をお互い笑い話としてしゃべれるような関係にあるらしい。

さすがにここまで計算していたとは思わないが、結果論としてキレずにあそこで切り替えた事で得たものは計り知れない。お笑い怪獣とは笑いをとるだけで得られる称号ではないようだ。


考えて欲しい。通常職場ではその様な状況にならないようにひたすら忍耐となるわけだが、その我慢をも越えるような事態となった時、ものの数分で大の大人がピエロの様におどけられるだろうか?

あくまでもおどけるのはさんまの仕事柄であって、我々がそこまでする必要はないが、大事なのは瞬時に切り替えられるかどうかだ。これは喜怒哀楽全てに当てはまる事だが、やはり私は怒が一番頻度が高いし、切り替えも怒が一番難しい。
いまさらそう簡単に身につくものではないが、それが出来る様になった対価の大きさをこの事件で教えてもらった気がします。
私に足りない「鈍感力」と「切り替え力」は根底で繋がっているようにも思えます。