日比谷野外音楽堂 (通称:野音


キャロルの解散コンサートで炎上したことが、野音伝説の序章となった。
炎上とはなにも比喩的表現じゃなく、本当に燃えたのだ。何を言ってるかわからない人は、お父さんにでも聞いてほしい。皮肉にもこの事故がキカッケで「ロックのメッカ」としての、その後多くの「野音伝説」を創りあげていった。

野音伝説の中でも、このブログとしてはずせないのは、あのバンドの結成のキッカケとなった場所である事だ。

スピニッジパワー時代の氷室が、当時の所属会社に嫌気がさし地元に帰る事を決意した時期に、ふらりと立ち寄った場所がこの野音であった。そこでRCサクセションのライブパフォーマンスと「スローバラード」にショックをうけて、もう一度思い直し、あの男を六本木アマンド(喫茶店)に呼んでBOOWYは結成された。これをもう10回は書いた気がする(笑)


そして、今回取り上げたいのが、ちょうど今から20年前のこの初夏の時期 

1987年7月4日  ザ・ブルーハーツ 初のワンマン野音コンサートだ。

80年代のライブを語るうえでも、ブルーハーツの歴史を振り返る意味でも、はずせない一夜となった。

その理由はまず、このライブの前に起きた悲劇を知ってもらう必要がある。
三ヶ月前に野音にて、ラフィンノーズのライブに集まったファンが将棋倒しになって、死者3人を出す事故を起こした。この事件は当時社会問題にまで発展し、過激なライブに多くの非難が集中した。

熱狂的なファンを持つ事で有名なブルーハーツのライブの開催は危ぶまれることとなり、野音側とのブルーハーツ側の話し合いが続けられた。なんとか開催にこぎつけるも、その条件として、多数の警備員と機動隊、そして鉄の柵を観客席の設置する事であった。

ライブ冒頭に登場したヒロトは、彼なりの皮肉った言葉で、自分たちの思いを素直に観客にぶつけた。
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(会場の鉄の柵を見つめて)

みんな動物園のようなオリに入って、ええなぁ、オイ! 
おれらはサーカスみたいな台に乗せられて、みんなバカみたいよ(笑)

(中略)
音楽のことは一生懸命やる、ということしかないから、やるけども。
警備のやり方とかね、俺等が考えても、(野音側が)やらしてくれんのじゃぁ。


でも、ひとつだけ信じていることがあるんです。
こんなもん(鉄柵)なくたってケガ人出さないライブ出来るよなぁ?

表には機動隊も待っとるし みんな安心して騒いでくれ!



この言葉と共に一曲目の「ブルーハーツのテーマ」に突入する。
この時のオーディエンスのボルテージは、容易に想像できると思う。

少し脱線させてもらいます。
これも何度か書いた気がするが、中学生の頃、吉川晃司のコンサートに初めていった。当時の吉川ファンといえば、前髪が滝になっている工藤静香みたいなお姉さまと、異常な肩パットスーツに柴田恭兵のサングラスを着用したお兄さま。観客のほとんどがそういう人たちで、独特の異様な空気が会場に流れていた。曲が一通り終わり、皆でアンコールを言わなければいけないお約束の場面で、誰もアンコールを言い出さないのだ。間違いなく誰かがアンコールと言い出せば、そこから広がっていくのに、その第一声がどこからも出ない。「お前が言えよ」という観客同士のお見合い状態がだいぶ続き、結局、アンコールコールなしで吉川さんは登場するはめになった。その年以後長い間、私の土地には吉川さんは来なかった事も記しておく。

何が言いたいかといえば、ライブの空気はその時の観客が作るということなのだ。
障害はオーディエンスを一体化させその興奮は伝染していく。

この観客の熱気はさらに彼らをヒートアップさせ、いつもに増しての圧倒的なパフォーマンスを演じ、その興奮はDVDからでも十分伝わってくる。
ライブも中盤に入り、ケガ人も出ずに大熱狂となっているこの状況に、ヒロトはMCで興奮しながら、あの名言を言うことになる。


どうやら、どうやら・・
この鉄のオリは、人の心までは縛れんようじゃなぁ! 

ザマぁみろ!

(リンダリンダへ)



野音にひとつまた伝説が刻まれた瞬間だった。
この流れでリンダリンダなんて、どれだけプライスレスなライブなんだろうか。

私はこの野音のコンサートの映像が強く残っているせいか、
坊主頭にボロボロのロンT、左腕に赤い腕章のこの時のヒロトの姿が、一番輝いて思い出されるのだ。


この名言の後のリンダリンダで

決して負けない強い力を

僕はひとつだけ持つ


「ぼくはひとつだけ持つ」と唄いながら、一本の指を会場に突き立てたシーンはなぜか泣きそうになった。
そのときの会場との一体感は、本当に鳥肌ものであった。

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大人になった今でも、まだ残る少年の部分をチクチクついてきやがるザ・ブルーハーツが、
いくつになってもやっぱり好きだ。


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