ミリオン出版株式会社様

先日、このブログの読者の方から 「きくりんさん 吉川(晃司)さんに関して本を出しました?」との質問がありました。
当然ある訳ないのですが、ゲーセンの傘立てに金属バッドが置かれていたあの雨の日以来のイヤ~な悪寒が全身を走りました。

今年の春頃に出版されていたその書籍を教えてもらいアマゾンで購入し、先日私の元へ届きました。
本書は数多くの著名人の逸話や武勇伝をランキング掲載するもので、吉川氏は上位に位置し2ページに渡って記載がありました。

最初の1ページは吉川氏の経歴と紅白やベストテンでの破天荒ぶりを記載したある程度有名なことを箇条書き程度に書き連なるものであった。問題は次ページで1ページ丸々使って解説した吉川氏の暴行事件による記述だ。
私が3年前に書いたエントリーがこれである。

「ワン、ツー・・ スリー?」 に隠されたプロの技

私のこの記事はまず記者会見で行われた客観的事実を最初に記述。
それだけではこのブログの記事として面白みがないので、PVにて吉川氏が射撃訓練しているのを思い出し、
勝手にプロの殺し屋と見立てての妄想を行ったのだ。その境目がわかるようちゃんと改行を前後に入れて目立つように

> ここからはわたしの推測(妄想)に入る。

ここからいつもの悪ふざけ、悪戯、ご遊戯であり、ここに何の事実も存在しない。
事実よりもおもしろ味を追求する分岐点であり、完全に脳内妄想ゆえのオリジナリティーなのだ。

大事なことなので2度言いました。  妄想なのです!


書籍掲載文章
>素人同士のケンカでは顔面、特に眼や鼻を狙わず、大体は頬を殴るものだ。
>なぜなら、人間の理性がどんな興奮状態でも最低限働き、無意識のうちに正中線への打撃をストップさせるから。
>だが、吉川は一発目から拳を鼻に打ち込んだ。
>一撃で鼻を折るパンチだから、腰の回転と体重が十分載った、いいパンチであろう。

私のブログでの文章
通常、素人同士のケンカで顔面を殴る時は、頬に集中する。人間というものはどこかで恐怖心があるため、眼や鼻という場所はいくら興奮状態でも無意識に避けてしまうのだ。それが常人の喧嘩である。その点、初弾を鼻に打ち込むとは、愚地独歩なみの実践空手の考え方である(吉川は少林寺拳法の使い手でもある)。そして一撃で鼻を折るほどのパンチであるから、ひねり(回転)と腰(体重)がのっていた事は容易に想像できる。


読んだ直後、笑い飯の西田じゃないが「それオレの妄想(オモロいやつ)!」と叫びそうになった(笑)
正中線とか用いコンパクトにまとめる辺り、プロの書き手さんが私のボケを添削しながらさらなるボケを重ねてきており、哲夫への嫉妬が止まらない。申し訳ないがあなた様とコンビを組んだ覚えはない。
ついでに言っとくと一発目に鼻を殴ったとか私の勝手な仮想バトル妄想であり、それを事実として広めないで欲しい。


書籍掲載文章
>そして注目は肋骨の骨格である。ヤクザ関係者によると、プロが素人をシメる際に有効なのは、脇の下を強く殴ることらしい。
>いくら強打してもアザが出来ない=証拠が残らないからである。
>加えて、激痛が一瞬にして体中に響くため、どんな巨体な男でも一発でのされてしまうのだ。
>吉川が鼻に続いて肋骨を狙ったこと自体、プロにしかわからない勘所を十分熟知していたことを示してる。
>それ以上に恐ろしいのが何の躊躇なく、一発で骨折させるぐらい的確にヒットさせたという、吉川の「仕事人」の側面だろう。

私のブログでの文章
そして、もっと興味深かったのが肋骨の骨折である。元警視庁にいた経緯を持つ北芝健の書物を紐解いていると興味深い記述があった。取調室などで暴れるヤクザや凶悪犯を大人しくさせるときは、必ず脇の下をピンポイントに強く殴るというのだ。この理由は簡単で、どんなに強打してもアザが出来ず(証拠を残さず)、尚且つ、吐血を伴うほどの激痛が一瞬で体中に走り、どんな巨体の男でも一発でダウンし、のた打ち回るという。そう、脇の下とはその筋のプロが好むヒットポイントなのだ。吉川が鼻の後になぜここを狙ったのか?そして、たった3発で仕事が終わった理由は理解してもらえたと思う。



北芝氏をヤクザ関係者と表記したのは、あながち間違いでもないので笑わせてもらったが、ここまで文章が類似する偶然があるならあなたは私のドッペルゲンガーに違いない。お会いして時空的なものを一緒に歪ませてみませんか?

偶然でなく盗用である事が確信できる部分がある。なぜならこの部分は私が勝手に都合割愛した事実と少し異なる文章だからだ。これ正確には脇の下の急所を握ったコブシの中指関節を軽く立てナックル上にしてピンポイントで殴るが正確だからだ。なので秘孔を突くがより正確な表現で、これでは肋骨に打撃は全く伝わらない。殴り方を失敗すると肋骨折れるかもという部分を妄想にそこまでディテールは必要ないとのこちら勝手都合で省いて書いているだ。

上記を含めその他も私のページを元に書かれたであろう文章が1ページに渡って書かれていた。その他の引用部分は客観的事実の引用と多少の表現の仕方の模倣だから問題には思ってない。

正直これを読んだとき、見事にパクったなと思ったものの問題にする気はなかった。こられの著名人に一人ずつ取材する訳にもいかないだろうし、逸話のネタ元を辿るにも限界があるだろうからネット上の信ぴょう性の薄いカキコミをソース源として使ってしまう事もあると思っているからだ。

しかし、どうしてもこれから書く点が譲れないというか気に触り今回の記載に至る。

吉川氏以外の他ページを読むと、他所から引用した文章はそれと分かるようにカギ括弧で括られ
「あるスポーツ氏デスクはこう語る」「(音楽関係者談)(ボクシング関係者談)」「XXXX(対象者)著書より」とそれが引用だとわかるようになっていて情報元に敬意がみられるのだ。筆者の憶測には「~らしい」と情報源のわからないものについては伝聞表記されているのだ。

結論から言えば完全にネット上の書き手はナメられていという事だ。

ネット上での名のなき書き手なら盗用したところでバレないだろうという安易さを感じるし、問題になったところでそれを知る人間の少なさを甘く見積もっているのである。引用表記するか盗用するかを相手の媒体規模によって変えてる点が気に入らない。これだけ引用表記をしているなら、それがない記述に関しては100人読めば全員が筆者の考えだと思うはず。

こんな現状じゃネット上での書き手は育たないぜよ。私を含めほとんどの人がネットでカキモノをしていても収入どころかお小遣いにもなってないはずである。時給換算したら50円にも届かない人が大多数であろう。趣味と割り切り身内内で読まれている内なら問題も少ないだろうが、不特定多数が月に何十万人も訪れるようになると、見えない銃で撃たれまくるのだ。そうなっていくと聖者の様なありがたみのある記事しか書けなくなっていくのだが、だけど聖者になんてなれないのだ!いろいろ言われながらも自分色をだしている方がいい。こんな戦いを日々繰り返しながらやっているのにゴールが全く見えなさすぎる。収入も名誉もない、ただただリスクだけはつきまとうネット上のカキモノにおいて、多くの人がやり始めるもそのほとんどが辞めてしまうのはよ~くわかる。

大手サイトになるには規模は違えど実際の大手の雑誌になるほどその過程は険しいのに、批判と盗用で潰されるなんて悲しすぎる。なんせそれを達成したどころで書き手としての通過点にもなっていないのが実情だ。これが仕事になって飯を食えるようになればどれだけ素晴らしいだろうと満員電車に圧縮されながら考えたりするが、今の現状じゃプライベートを圧迫する見返りのほぼ無いリスクだけは高い投資である。

こんな現状じゃネット上での書き手は育たないぜよ!
これも大事だから2度言いました。


私が松本零士だったら烈火の如く怒り、今頃裁判所にいる事だろう・・・

わたし  「裁判長。A氏は無断で私の文章を盗用し、時給チロルチョコ程度の私を差し置いて収入を得てます」

A氏弁護人 「異議あり! きくりん氏の考えと、被告の考えが偶然一致したに過ぎません」
      「あなたの考えは人と被る事がないのですか?ありえないでしょうに」

わたし  「うぐっ・・こ、、こんな妄想 吉川愛に充ち溢れてないと書けません。
      A氏に吉川さんが「アフォフォ」言うのを辞めた時期とその理由を答えさせてください!」

裁判長   「・・・却下します」

わたし  「じゃぁ・・じゃぁさ~・・
      吉川さんが歌番組で「ゴルフする奴はロックじゃないですよ」って言った時にすかさずフミヤが
      「でもミックジャガーやロッドスチュアートはゴルフやってるよ」と言われた時の吉川さんの体が一瞬ピクって震えたのは
       殺意を押し殺す為だったか、笑いを堪えたのか答えてみろよ!」

裁判長  「・・・閉廷します」


私の裁判の発言など、常時ストⅡのベガの強キックである。
きっちりしゃがみガードをした弁護士のフルコンボをフリーズ状態で体いっぱいに堪能することしかできないのは目にみえている。

元々その気もないがこんな事で私のか細いロウソクの炎を燃やすことはしない。
だから筆者もわかっているが本の名前と共に伏せさせてもらう。筆者がこれを読んでイエローカードを提示されたと思ってくれればいい。
良い機会だから申し訳ないが、この件を元にネット上での書き手のグチを上乗せさせてもらっているだけだ。


私が自宅で無断で松本零士の詩を使って、小林亜星の曲にのせ替え歌歌っても誰も怒らないが
槇原敬之が亜星のメロディーを借用し零士の詩をのせて発売したら大問題なのである

私ごときの文章に著作権うんぬんを叫ぶ気はないが、この本を読んだあとに私の文を読んだら私が盗用してると思われる点と、こんな間違った妄想を誌面を使って流布されちゃー、いざ情報元が私だとわかった時に吉川さんにシンバルキックされても文句言えないですからね。

各出版社/ライター様へお願いしたい
今回の元記事は妄想ですとはっきり明記してるが、全てのこの限りじゃない。全ての記事の冒頭に(これは妄想です)と書かれていると思って欲しい。そして全ての文章の末尾に(らしい)が隠されていると思って欲しい(笑)私に確認を取らず本にするのであれば全ての文末に~らしいを付けて頂きたい。私が書籍化するなら使えるとこと使えないところは自分なりに判断できる。勝手に使われ、その事に関してまでリスクをこれ以上しょいたくないというのが本音だ。今回の件でウワサが事実と代わり間違ったまま大きく伝わっていく過程を確実に見た。普段はブログなど信ぴょう性0と思っている影響力のある大手マスコミ関係者も、この本がソースだと信じてしまうケースだって十分考えられる。

ネット上の書き手ほど育ちにくく、その環境も整ってない環境も珍しいじゃないだろうか。
昔と違って文才溢れる書き手がネット上で書き始めるケースも多いはず。
こんな現状じゃネット上での書き手はいつまで経っても育たないぜよ

大事なことなんで3度言いました。