宇多田ヒカルが27歳という年齢で音楽活動休止を決断した。
これに対する反応はこの27歳という年齢を自分が既に経験したかどうかで、感じ方が異なってくると思う。

私が10代の頃にバンドブームが過熱し、同時にその崩壊劇もみてきた訳だが、当時は解散時のメンバーの年齢など全く気に留めていなかった。解散時の彼らが20代だろうが30代だろうが、10代から見ればそこに何の違いもないのだ。だが自分がその年令を過ぎると、『20代後半』での決断だったかと『30代中盤』での決断だったかでは、そこは感じ方が大きく異なるのだ。

あのバンド(ユニット)が解散した時、彼らは一体何歳の時の決断だったのかを調べてみた。
それと同時に書籍「バンド臨終図鑑」に記載されている、今だからわかる各バンドの解散の理由も簡潔に引用表記する。

当時の彼らが下した決断時の年齢とその理由を知ることで、あの頃とは異なる視点でいろんな物事が見えてくる事をお約束できます。





シブがき隊

ヤっくん モっくん フっくん  22~23歳
3年目までコンスタントに20万枚のヒットを生み続けていたが、「スシ食いねェ!」を最後にヒット曲が生まれなくなる。デビュー以来出場し続けた紅白にも落選し、同時期に後輩の光ゲンジがブレイクしていき、解隊という形をとった。



キャロル 

矢沢永吉 25歳      ジョニー 大倉 23歳
解散の理由は、矢沢とそれ以外のメンバーとの確執である。成功しても妻と子供の待つ川崎に真っ先に帰る矢沢を尻目に、他メンバーは高いマンションに移り、夜通し遊ぶようになった。こういった価値観のズレからバンドの結束力は崩れていった。



ZOO

HIRO(現EXILE) 25歳     YU-KI(現TRF)→脱退  26歳  
「プライベートではお互い仲良くやっていたが、仕事上では求めるそれぞれに趣味も違えば、求める方向性も違う」ため、HIROが「もう、やめちゃいましょうか」と切り出した事による解散である。またHIRO自身も「もう売れないよな・・とは解散のだいぶ前から思ってましたよ」と認めており、92~93を境にセールスは後退していた。そうなった理由としてプロとしての自覚が全くなかったと述べている。



◆ access

浅倉大介 28歳    貴水博之 26歳
浅倉によると「二人のベクトルや温度感がピッタリあって初めて出来るものだから、違うことがやりたくなったらヤメればいい」と音楽性の違いを明らかにした。貴水も「方向性とか世界観の違いだった」と口を揃えている。



ユニコーン

奥田民生  27歳    他メンバー 26~33歳
結果ラストアルバムとなった「SPRINGMAN」制作時、川西(Dr)が「人間話し合えばわかるなんてウソですよ。話しあえば話し合うほど溝は深まるんです」と、レコーディング中に脱退してしまう。また阿部も「このままの状態だったら続かないと思ってます。バンドじゃなくて僕が・・」と答えるほど相当精神状態が追い込まれていく。メンバーの話し合いは2分32秒で解散の結論が出たという。ライブ動員やCD売上も好調の中、事務所と揉めた訳でもなく金で揉めたわけでもないある意味幸せな解散であったが、内情は相当ヘビーであったようだ。



Wink

鈴木早智子 27歳     相田翔子  26歳
セールスは89年の「寂しい熱帯魚」をピークに下り坂になり、最盛期は70億円あったあったレコード売上が晩年は2億円まで低下。結局、事務所判断で活動停止の命が下った。



一世風靡セピア

哀川翔 28歳       柳葉敏郎 28歳 
当初から個人活動を重視し、発表されていた『セピアの誓い』には「引き際が肝心」と書かれていた事もあって、グループ活動にあまりこだわりが無かったと思われる。



BOOWY

氷室京介 28歳      布袋寅泰 26歳
・氷室 「本当に最高のところまでいったので解散した」
・布袋 「俺には俺の『絶対に解散せねばならない理由』があった。しかし、その理由は墓まで持っていく」
・育ての親である東芝EMI石坂敬一 「解散は何が原因かさっぱりわからない」
音楽的な充足や達成感とは別の明確な離別の理由が存在した事を匂わせる。



REBECCA

NOKKO 27歳        土橋 安騎夫 30歳
最後の武道館ライブで際に配布されたプレスには、REBECCAが"ユニット"である事が強調された。もともと同じ音楽性を共有していた訳でじゃなく、「売れるバンド」作りを目指していたこともあり、その目的を果たした以上、バンドを継続する事に意味を見出せなくなったのだろう。



C-C-B

渡辺、笠、関口  28~30歳
イカ天を中心とした80年代バンドブームの流れの中でウケなくなった背景がある。チェッカーズ同様アイドル路線からアーティスト風路線へと変更していくこととなる。こういう現象はどのグループでも起こりうる事だが脱アイドル路線からうまくいったバンドはビートルズしか思い浮かばない。



JUDY AND MARY

YUKI 29歳       TAKUYA 29歳       恩田&五十嵐 38歳
JAMは恩田が作ったバンドでありイニシアチブも恩田ににあった。だがTAKUYAという恩田よりも8つ年下の野心家が力を蓄え、いわば下克上する形でバンドを乗っ取る。主従が入れ替わってしまった時に、小共同体も解体した。5thアルバム製作中に「悪いけどみんなと同じだけの金じゃあやってやれないっすよ」とTAKUYAが周囲に漏らしたと後のインタビューで語っている。直後に恩田が脱退表明を行い、その理由を「TAKUYAひとりでもうできるんじゃないかな・・」と述べこれが直接の引き金となった。




30代
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チェッカーズ

藤井フミヤ 30歳     他メンバー 28~30歳
筋肉少女帯の大槻ケンヂは、チェッカーズの解散について「長年同じ釜の飯を食い、下手すりゃ兄弟よりも多くの歳月を過ごしたバンド仲間との訣別は、愛と憎しみが複雑に交差し、ほどけない」とフミヤと高杢の確執を愛憎が交差した関係と述べた。



◆ 黒夢

清春 30歳         人時 26歳
インディーズ時代から共に歩んできた所属事務所社長が覚せい剤で逮捕された同時期に、人時が子どもが生まれた事に伴い長期のツアーは不可能と判断し、清春に「辞めます」と宣言。99年名古屋の公演を最後に無期限の活動停止状態に入る。



LUNA SEA

河村 隆一 30歳       他メンバー 30~31歳
RYUICHIは「同じ光を見ていると目も慣れて、より強い光を求められなくなった」と今のメンバーでこれ以上の発展が期待出来ない意味を含んだ。SGIZOは後に「今だから言うけど・・RYUはLUNA SEAに戻ってきてもあくまでも(ソロ活動の)河村隆一でいたから・・・」とメンバーの個々の個性が発揮されなくなった事を挙げている。



BARBEE BOYS(バービーボーイズ)

KONTA 31歳       杏子  31歳       いまみちともたか 32歳
杏子は解散後「なぜバービーを続けてきたかというと、やめたら、とにかく音楽がないと。もう音楽業界にいないし、ということは、大好きなライブが出来ない。そういう逆からの考えで」と、決してBARBEE BOYSの活動に積極的でなかった事を吐露している。杏子と他のメンバーの関係性がバンドの存続に影響を与えた可能性が高く、男女混成バンドの難しさを示している。



UPーBEAT 

広石武彦 30歳
岩永(G)が「自分の中でUPーBEATをUPーBEATとして捉えていく音楽性を消化しきれていけなくなってる」と脱退を申し出る。広石は3人が同時に存在しない限りUPーBEATも成立しないと解散を決意



プリンセスプリンセス

奥居香 29歳       他メンバー 32~33歳
メンバー間に解散の話が持ち上がったのはコンサート動員やCD売上が低迷が顕著になった93年のアルバム「Majestic」を出した後のこと。次のアルバムの方向性を決める会議で、メンバー間で「年相応の女性としての成熟した完成度の高い音楽」を主張し、もう一方は「ヘタでも勢いでかっこよく見せれる元気のいい音楽」を主張した。こういった議論の中で、「解散した方が良いんじゃない?」という中山の発言が流れを決める決定打となり、全員解散の決意が固まった。



JUN SKY WALKER(S)

宮田 和弥 31歳      森純太   32歳
ストレートなピートパンクから路線からプログラミングを多用するなど音楽面で試行錯誤を繰り返すがセールスは低迷する。ホコ天から花開いたバンドブームは終焉を迎えていた。宮田曰く、「仲が悪かった。先のない解散。喧嘩別れのドロドロの状態であり、ファンに感謝の言葉をかけることなく淡々とやってしまった解散コンサートだった」と述べている。



ザ・ブルーハーツ

甲本ヒロト 32歳      真島昌利  33歳
彼らの解散の理由として有名になっているのは、ベースの河口純之助が「幸福の科学」に入信し、ファンに布教をはじめたものである。こうした宗教問題は直接の引き金じゃなくとも、バンド活動の妨げる要因となった可能性は高い。ヒロトは「倦怠期の夫婦」のようになったバンドの状態に嫌気がさしたと発言している。



◆ X JAPAN

YOSHIKI 32歳        TOSHI 32歳        Hide 33歳
『DAHLIA』製作時当時YOSHIKIを除くメンバーは並行してソロ活動を展開。YOSHIKIが楽曲について相談を持ちかけても「YOSHIKIがいいんだったら、いいんじゃない?」という反応が帰ってくるばかり。レコーディングも終盤になると5人が揃って行うことはなくなっていった。そしてTOSHIの脱退の申し入れである。「目をみた瞬間にもうダメだと思った」とTOSHIを留意する事を行わなかった。「Xの曲を歌うのは他のボーカリストでは考えられない」との理由で解散発表に至る。



LINDBERG

渡瀬マキ  33歳       その他メンバー 38歳~43歳
渡瀬は解散の理由について「やりたいことはやりきった。書きたいことも書いた。歌いきったことも歌った。この先2人目(子供)も欲しいし。そういう状況でバンドを続けていくのは、やっぱり無理と」と語っている。



BLANKEY JET CITY

浅井健一  36歳        他メンバー 35歳~36歳
解散の理由としてメンバー間の確執が取りざたされており、ファンの間で語られたのは浅井と照井の不仲説。浅井曰く、「ソロワークとしてやってきたSHERBETSでやったような音はBLANKEYに持ち込むことはねぇ・・遠慮があるんよ。それだけに摩擦が起きないようにしてた」からわかる通り、既に興味の主体はソロに移っていた。



ミッシェル・ガン・エレファント

チバユウスケ 35歳        他メンバー 34~37歳
のちのインタビューでチバは「人間のやってる事だから動物と同じ一緒じゃんか。いつか・・死ぬ。それがこないだだったっていうだけの話とだけ語っており、何故解散したか真相は明らかではない。



米米CLUB

カールスモーキー石井 37歳       ジェームス小野田 37歳
カールスモーキ石井が映画製作に取り組むも興行的に大コケし、数億という借金を抱え込む事となる。「関係者に対してでも、自分のやってきたことに対しても、すごい後悔とか憎悪とか、そういう塊になっちゃてた」と語るほど追い詰められた石井は全てをリセットする為、解散を提案する。



THE YELLOW MONKEY

吉井和哉 37歳           他メンバー 36~40歳
メンバー間は不仲ではなかったが、音楽面については吉井に対して他のメンバーが遠慮しがちになっており、吉井はその事を「仮面夫婦」と表現していた。活動休止という形態をとったが、3年半の休止期間の間、メンバーに進展が無いことを感じとった吉井が解散を決意した。


40代 
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ウルフルズ

トータス松本 41歳          他メンバー 38~42歳
ジョン・B・チョッパーは一度「もう松本君と一緒におるのはイヤや。こんな人とおるのはしんどい」と才能の差を感じて脱退するも、03年に復帰している。松本は解散の理由としてメンバーとモチベーションの差があったことと、ソロ活動への意欲を語っている。



THE HIGH-LOWS

甲本ヒロト 42歳    真島昌利  43歳  他メンバー42~55歳
ドラムの大島はある日突然、理由もなしに活動休止を伝えられたという。真島は「有機体としての活気が無くなちゃった」と解散の理由を説明。それを受けて甲本が「もういいね」と了承した。ブルーハーツ解散の時も10年やれば飽きると発言しており、THE HIGH-LOWSの活動もちょうど10年目だった。


50代 
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CHAGE and ASKA

ASKA 50歳     CHAGE 51歳
事務所発表による表現はあくまで「無期限活動休止」だが、二人の間で「解散を含んだ話し合いが行われていた事は事実」と認めており、事実上の解散である。週刊誌では主に作詞、作曲を手がける飛鳥とチャゲの収入格差によるトラブルと報じている。永年に渡って活動してきた彼らだが、解散に対して一切にコンサートを行わず終えた。


◆ サザンオールスターズ

桑田佳祐 52歳      他メンバー51~54歳
いくつかの週刊誌は活動休止の「真相」として所属事務所アミューズの相談役大里洋吉との関連を取り上げている。(中略)サザンが世間に与える影響はあまりに強く、もはや個々の音楽性や人間関係を理由に解散などできなくなっていった。


(注)上記記載の中には、その後再結成をしているバンドも多くあります。
   上記は当時の解散時の年齢とその理由となります




引用文献: 本書では洋楽、邦楽を問わず数多くのバンドの解散の理由がいろんな角度からの見方で詳細に記載してあります。
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