昨日からやたらネットニュースで「BOΦWY」の文字が飛び交っている。
こんなに騒がれるのは、1988年の解散から10周年と銘打ってベストアルバム発売時の大々的なキャンペーンが行われた以来か、話題度で言うとそれを超えているかも知れないほどの騒ぎである。

簡単な経緯はこうである。

■4月18日  チャリティーライブの一環として、氷室京介が初の全曲BOOWYライブ開催を発表

■4月19日  それに対し各メンバーの反応がメディアに掲載

      
布袋 :Twitter上で「今日は一日中同じ質問やリクエストを浴びるのでしょう。僕の気持ちを察してもらえないのは淋しいことです」

松井 : 「こんな時だからこそ、再び4人で手を握り合い、大いなる目的のために、協力し合うべきだと思った。アーティストとして、素晴らしい決断だと思う反面、一緒に活動を共にしていた仲間としては、残念でならない」

「松井常松オフィシャル」より引用 

高橋まこと :「きっと、ボウイの曲で元気になれる方々がたくさんいるんだと思います。それを想うと、バンドに携わってきた俺も嬉しい気持ちになります」

高橋まことのぼちぼちblog」 より引用


■4月20日  前日のコメントが様々な憶測を呼び、布袋がブログで言及


布袋: 「BOΦWYの再結成を望む気持ちは皆さんと同じでした。」と言及し、また「残念ながらそれは叶いませんでした。」と水面下で働きかけがあった事を示唆

布袋寅泰 BEAT主義」より引用



まだまだ今後も流動的だが、現時点での経緯である。
今回の出来事は多くの昔ながらのファンを驚かせたのではないだろうか。私自身もこの展開は正直意外であった。なぜなら再結成が常に望まれるバンドながらも、再結成して欲しくないバンドでもあり再結成が絶対にないバンドとも言われてきたからだ。これがまかり通るならもうチェッカーズの再結成も否定出来なくなる。

各々のブログを読む限り、
・松井、高橋は一般人と同じタイミングでニュースでそれを知った。
・布袋は事前に知っていた。氷室とは別ルートで再結成ライブを水面下で模索していたところに、ちょうど氷室の今回の話を聞きつけ一気に進むかと思いきや、なんだかの理由で折り合いがつかず断念(憶測です)

布袋が松井、高橋と同じタイミングで知り、その日に再結成を申し込みその日に断られたとは考えにくく、布袋が先に打診していたが氷室のソロの動きに合流出来なかったと考えるとつじつまが合う。

BOΦWYの曲で復興支援になるならという各々の気持ちは共通だったが、その手段は折り合いがつかなかったようだ。
これが23年間くすぶっている解散の真相や、不仲説が再燃して各所に飛散していってるように見える。


この再結成の実現に至らなかった経緯は諸説推測されるのだろうが、私の考えは非常に単純だ。

氷室の完璧主義を考えると、一ヶ月ちょとでの準備期間でOKはださない

この理由に尽きると思う。
今やサポートメンバーの方がはるか長く氷室に同行してきているのだ。


その昔、古舘伊知郎、加山雄三、田中律子の異例の3人組での司会で全ての視聴層を取り込もうとし、結果オカマすら見放した「MJ」という音楽番組があった。この番組で特集されるアーティストは何かしらのテーマを決められていた。

氷室京介の特集はこの日を見越したかのような 完璧主義者の憂鬱であった。

彼の音楽に対するその妥協なき姿勢は有名な話である。ライブ途中で音に納得出来ないといってステージを降りてしまったり、風邪程度の体調不良で普通ならニンニク注射で乗り越えるところも、その微妙な声の変化を許せず、数千人規模のキャパを突如休演するなどの過去がある。

東京ドーム規模のキャパで、ただでさえ急遽全てのセットリストが切り替わった完璧主義ゆえの憂鬱は相当なものがあった考えられる。

その一面が伺えるのが、もうすぐ50歳をむかえる氷室がNEWS ZEROで特集された時のインタビューである。

「今、何と闘ってますか?」との質問に


himuro16
「暴威-ボウイ-BOOWY」様より引用

「自分と闘ってます。『才能がない。やっていけない。もう俺は引退するぞ』って毎晩かみさんに言ってますよ。 もう15年前から言ってることなので、『もう一歩も歩けない』って言いながら一歩一歩15年間歩いていて」


このカリスマと崇め立て続けてきた男の抱えた続けた憂鬱がよくわかる答えである。
その氷室がわずか一ヶ月ちょっとの準備期間で23年間の溝を埋める作業も省いてライブを行うとはどうしても私は思えないのだ

95年にも阪神淡路大震災の支援チャリティーライブで氷室と布袋が同じステージに立った事があったが、競演は行われなかった。少なくとも今回もないと私は考える。もちろん4人を見たい気持ちは強くあるが・・

では、将来的には・・? との話になると思うが、
私の過去記事を検索していると、7年前となる2003年の時の氷室のインタビューをキャプった今では貴重な資料が出てきた。
こういう日があるから何でも記録しておくべきだと改めて思った。

20051124154104
 「FNS スーパーニュース」(2003)より 

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7年も前に「あ~そうですか・・良い質問ですね~」と先取っていた驚きもあるが、動画を見てない皆様に池上氏と大きく違う点を言っておくと、「良い質問ですね(感心)」ではなく、「良い質問ですね(殺)」である事だ。

まだまだこの議論は各所で続きそうだが、この最後の笑顔が全て物語ってると思ってます。



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