「輝きながら…」 (1987年)

徳永英明の出世作でもあり、そのやさしく切ないメロディーで今でも愛される名曲である。

この頃の邦楽PVは楽曲を視覚で訴えるという概念はあまりなく、曲の歌詞を映像でなぞるというカラオケ映像に近いものが多かったように思う。

過去、このブログで検証した
ハウンドドッグの「ff(フォルテシモ)」 泥場で本当の意味の泥試合を行った惨劇
COMPLEXの「BE MY BABY」で5分自由演技を求められた吉川選手のまさかの正拳突きの繰り返しという暴挙。

今回もこれらに匹敵する恐怖映像であった。

どうぞ思い返して欲しい。
この「輝きながら・・・」は南野陽子のフジカラーCMソング起用でわかるように、少女が大人に変わっていく姿を見守る男性の視点で歌ったものである。そういった意味でH2Oの「想い出がいっぱい」に酷似するかもしれない。

ただ、「想い出がいっぱい」と大きく異なるのは、その少女の成長を見守る男の立ち位置がとても不透明な事だ。
PVを観終わった時、CDを聴いた当時には感じ無かった110番的な危機感を確かに感じた。

どうぞ鼻歌で軽く振り返って欲しい。

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イントロ~Aメロ
非常にゆるやかなメロディーで、美しいヒロインの少女がそれを際立たせる。
2人で浜辺で踊ったり、草原でキャッチボールをしたりと、曲調に合わせた楽しい2人の時間を過ごす。

ただ、この曲はBメロだけ曲調が一変するのだ。

Don't say good bye

キミだけの夢を刻むのさ



察するに少女が自分の前から急に姿を消したようだ・・
この悲しみをあなたならどう映像表現するだろうか?

そこには小学生ぐらいが安易に発想しそうな絵コンテが見事に再現されていた。


叫ぶ・・・
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のた打ち回る・・・
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砂浜を転げ落ちる・・・
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波打ち際に沈む・・・
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この間、わずか  1.62秒

この変調となるBメロの冒頭 「Don't say good bye」
このわずか一言の間に地獄の業を全てまわったような仕打ちを受けるのだ。


少女と年代を限定している子に「good bye」と言われたぐらいで、これだけ取り乱せる大人はそりゃ新聞を大きくにぎわすクラスのポテンシャルをお持ちの予備軍に違いない。
その表現も、砂丘を転げ落ちるという昭和発想もすごいが、海の浅瀬に沈むはもはやコントではないか。

その直後、少女がまさかの草木でかくれんぼしただけという驚愕のオチが発覚する。

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アナタのその思いつきかくれんぼのせいで、英明がどうなったのかその代償をよく考えて欲しい。
これは一国が戦争を決意するぐらいの怒りが生まれそうなものだが、英明の愛は深かった。
英明はサビには平静を取り戻し、2人はまた愛を語らい、はしゃぐ姿へと戻って行く。

だが、それも長くは続かない。

なぜなら、Bメロは望まなくとももう一度やってくるからだ!!

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叫ぶ・・・
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倒れこむ・・・
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砂丘にエルボーアタックで崩れ落ちる・・・

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波打ち際で冠水・・・・


4コママンガのような落とし方である。

(この間、1.68秒)


まさかのグレードアップした地獄の2週目に突入である。
この美しいメロディーとこの映像のズレはなんなんだろうか・・

努力家(イメージ)の石井浩郎と応援ソング(イメージ)の岡村孝子が離婚した時に、石井が「人魚だと思って釣り上げたらホオジロザメだった」と発言したあの衝撃にも似るものがある。離婚の原因が合コン三昧やらラブホテル経営難など聞こえてくる話が黒すぎ、そのイメージとのギャップで軽くトランス状態になってしまうのだ。

少女を温かく見守る紳士な男・・・
この大前提が崩れると時代が時代だけに非常に危険な曲となってしまう。

この乱れっぷりは全体の5秒未満でしかないが、前後の繋がりを考えると情緒不安定すぎだ。

「輝きながら・・・」 Youtube