80年代後半~90年代前半を回顧するブログ: Category [ 個人的な出来事・主張 ]

バーバラアキタダの憂鬱

「元気が出るテレビ」でまだゲイリーヨシキとバーバラアキタダが視聴者から同じように映っていた頃の話。
「早朝ヘビメタ」でゲイリー氏はヘビメタ軍団を引き連れ、たけし軍団をターゲットに「起っきろォォー!」とフル絶叫&フルドラムで叩き起すという企画があった。

全ては予定通りだったのだが、ひとつ問題が起きた。
あまりに過激な起こし方にグレート義太夫を先頭として軍団員達が本気になってしまったのだ。当時はあの襲撃事件の直前でもあった訳で、軍団というよりか愚連隊に近い集団であった事は事実である。そのあまりの迫力にオジー・アキラ(後のToshi)をはじめヘビメタ軍団の誰もが「やべぇよ・・」と身動きひとつ出来ない状況下で、ゲイリー氏一人が小道具のミニドラムを凶器とし、一人であの軍団員に飛び込み大乱闘を演じたのだ。この出来事をキッカケに軍団員の中で「YOSHIKIってヤツはあれは~ホンモノだな・・」とイロモノイメージを払拭したと後に水道橋博士が語ったという逸話がある。

男として生きていれば「こいつ・・ホンモノだ・・」と感じさせられる時が訪れる。
そんな私にも今思えばあれはマンガだったな・・と思わせる話がある。 たまには昔話でも・・・・


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マラソン中継で並走する観客に目が行くような違和感

マラソン中継を観る度に思い出される事がある・・

私が中学2年生だった夏のある日、学校から帰ると4つ上の高校生だった兄が既に家に帰っていた。
私は制服のまま横になりテレビを観ていると、家の電話がけたたましく鳴った。
親は共働きなので私が電話に出ると、さきほどまで一緒に帰っていた揉め事好きなSくんからで

「XX町のゲーセンでちょと今ヤバい状況なんだけど、来れない?」

「えぇ?? 向こうは何人?」

「4人」

「いっ・・行くよ・・」!

30秒もない非常に情報量の少ない連絡だったが、彼が危機的状況なのは間違いない。
そしてその電話で最もテンパったのが、私だったのも間違いない。

何を思ったか玄関にある少年野球用のバットを取り出し、それをそのまま自転車の後ろに差し込み、猛スピードでこぎ出したのだ。

そのゲーセンにたどり着くまではバイバス通りのとても長い一本道で、どんなに飛ばしても30分はかかる遠距離だった。
だが、広い一本道ゆえに信号が無い分、トップスピードをずっと維持出来るのだ。

猛スピードーで息を切らしながらバイパス沿いを飛ばしていて10分ぐらい経過した時に、
なんというか・・

妙な違和感を感じた・・

まるでマラソン中継を見ている時に、並走するバカな観客に自然と目が行ってしまうこの感じ・・・


そう、これだけ全力で自転車で飛ばしているのに、車道を挟んで並走している自転車がいるのだ(笑)
それも気持ちちょっと後ろ目で・・・

このスピードで走るなんてそちら様もどれだけの急用なのかとその物体に目を向けると、その並走する自転車の人物は5段変速の自転車を競輪選手のように前のめりで乗りこなしながら即座に顔を反対にそらした。
ええ?と思いつつ目を凝らしてしばらく見ていても、このスピードでずっと顔を横に向けながら走るというさらなる不審者ぶりであった。

だが、私もかなりテンパっていたのでそれが何なのかを考える余裕もなく、その後振り返ることなく目的地に急いだ。
結局そのゲーセンには既に人はいなく事なきを得たのだが、その帰り道にあの異常物体は何だったんだろうという疑念で頭がいっぱいとなっていた。

自宅につき自転車をしまっていると、変則自転車が我が家に一台あったのを思い出した(笑)

家にいた何事もなかったような顔の兄に、「ねえ?もしかしてさっき居た?」と恐る恐る尋ねると
「知らない」と一言だけそっけなく答えた。

よくよく考えたら私は電話直後にすぐ家をでて初速度からMAXだったわけで、家の鍵をしめてからどこに行くかわからぬ弟を追跡できるわけもないと、疑わしくは罰せずの精神でその疑念を打ち消した。

それから15年経った昨年、兄の自宅にお邪魔した時にその時の奇妙な体験談をすると、時効が成立したと思ったのかあれはオレだったとあっさり認めた。遠目で見守ってくれていた感謝の気持ちよりも先に、その脚力すげーよ兄ちゃんと感心しました。

パンチ力のない話で申し訳ないのですが、全力で自転車を並走する兄の姿を思い出すと未だに笑ってしまうのです

そうせざるを得ない環境をつくり出す必要性

たまにはブログっぽいことでも書いて空きがちな更新の間を埋めたい。

昨年、薄型テレビを買ったついでにHDDレコも一緒に買った。安い買い物じゃなかったが、CMカットやCM前後の重複部分をカットする機能などがあり、ダラダラTVをつけるという事もだいぶ減り助かっている。中でも最も便利な機能が毎週観るような特定の番組を自動録画してくれる機能だと思う。そこで最初に登録した番組が心の成人式を迎える30歳以降を視聴対象としている「R30」という番組であった。

この番組はこの時間テレビをつけていたら必ず観るのだが、金曜の深夜ということもあって、よく見逃してしまう。自動録画登録にすることによってここ最近は見逃すことなく観れるようになった。

文化人のゲストが主であるゆえに、中には私がよく知らないゲストが出るケースもあり、そうなると耳を傾けながら別作業に入ってしまう。先週放送のゲストの水野敬也氏と紹介されるも全くわからず、PCを起動させ、ながら見をしていた。

水野氏は作家というのだが、対談最初にイノッチ(V6)と同い年という話になっていた。そうなると自然と私とも同い年になるわけで、同年代の作家に少し興味を持ち始めた。ネットで調べごとをしながら耳を傾けていると、水野氏の紹介で「夢をかなえるゾウ」の著者だと紹介され検索の手が止まった。なぜなら私の本棚にこの本は眠っていたからだ。

夢をかなえるゾウ
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本書の紹介文には

自己啓発本、ビジネス書は世にあふれているのに、成功している人は増えていかないのはなぜだろうか?自己啓発本を年に200冊以上読んだ著者が、何かを始めるけど全部三日坊主に終わってしまうサラリーマンとゾウの姿をした奇妙な生き物とのやりとりでその答えを見つけていく。というもの

数多くの自己啓発本が本棚に眠っている私はこの紹介文でまた衝動買いをしていた。他のビジネス本同様、買った直後はすぐに読み始める。本書では奇妙なゾウが居酒屋の親父の小言のような課題を主人公に与えていくのだが、その2つ目の項目が「コンビニでお釣りを募金をすること」となっており、それは実行し続けるのはちょっと・・と思いがよぎり、その躊躇が他の啓発本同様いつかまとめて読もう本棚へと移動し、たぶん今後読まれないはずであった。

この番組をみていると著者のホットドックプレスの頃からのHow to、マニュアル本を研究してきて、膨大な資料からある結論に至ったという話を聞き、再度本書の続きを読んでみる事にした。

読み進めるとその中で非常に納得する項目があった。
それは主人公のサラリーマンがテレビを観るのを少し控えて、月に5冊本を読むと強く決意する。そのことに関してゾウが叱咤するのである。私も全く同じ決意で挫折した経験があるのだが、挫折はともかく決意に叱咤される意味がわからなかった。本書にて奇妙なゾウは関西弁でこう説いていた。


「人間は意識を変えることはできないんやで。それでも「意識を変えよう」とするのは、楽やからや
みんな今日から頑張って変わろう思うねん。でも、どれだけ意識を変えようと思うても、変えられへんねん。人間の意志はめっちゃ弱いねん。

「その場で「今日から変わるんだ」って決めて、めっちゃ頑張っている未来の自分を想像するの楽やろ?だってそん時は想像しとるだけで、実際にはぜんぜん頑張ってへんのやから。つまりな、意識を変えようとする、いうんは、言い方変えたら「逃げ」やねん。それはある意味、自分に「期待」しているんや


冒頭で決意ごときじゃ人間の意識は変わらないというある種根本を否定される。
主人公は何度も「いや、今回は本当に強い決意を持ってやっている!現に今日も実行した。」と何度もその決意の強さをアピールするのだが、そんな決意は無意味というのだ。

成功法則書を読んで決意する事がイコール逃げという発想は妙に納得させられた。
決意とは自分への陶酔を生み、先の自分への期待へと変わり安心を得るのは事実。成功法則書が常にベストセラーに入ってくるのもここにあると思う。そして私を含めた多くの人がこの満足で足を止めてしまっているという現状があるのだ。

強く想ってもダメ。ではどうすれば良いのか?
本書では次のように指摘している。

「本気で変わろ思うたら、意識を変えようとしたらあかん。意識やのうて「具体的な何か」を変えなければあかん。具体的な何かな。テレビを控えるならコンセントを抜く、帰ってソファに寝転ぶクセがあるなら捨てる。自分を変えるんじゃなくて、環境を変える。」


下手な決意なんかより決めた事を続ける環境を作る事が一番の近道であるというのだ。
この指摘は他本でも言われている事であるが、結局ここが一番の根本であると思う。

例えば、自分の最近の体験談で言うなら、デスクワークに限らずこの歳になると誰でも健康に関する気遣いはあると思う。運動不足で体を動かさないとという意識は常にあるけど、それが実行する事はなかなか難しい。親から電話でよく「土手でも走りなさい」と言われるが、こちらは土手自体存在せず、また夜中道を走っていると間違いなく不審がられるし、私自身も帰り道背後から足音があると怖い。となると環7ぐらいの大通りまでいって周回するしかないのだが、それが出来れば実業団に入っている。。。となんだかんだ理由をつけて長年くすぶっていた運動不足という意識を解消してこなかった。しかし、昨年スポーツジムに入会すると、それまでの溜まっていた決意を発奮するかのように時間がある限り現在も通っている。ここに大きな意識の違いはない。ただ単に環境が変わっただけなのだ。この一事が大事であると身をもって実感している。

本書にも書かれているが、テレビを控えるのにテレビのコンセントを抜くことで実行できる人もいれば、テレビを壊さないと実行できない人もいる。私は残念ながら後者である。なぜなら1年前に小さなエアロバイクを購入したが、組み立てた初日しか使われず家の隅でずっと眠っている。いつでも出来るという安心が実は一番の大敵だったのだ。その点スポーツクラブは月に一万数千円という課金が生じるわけで、多少の強制性が生まれるのだ。

自分がこうしたいという決めた事を実行し続けるためには、そうせざるを得ない環境をつくり出す事に他ならない。
自分を変えるんじゃなくて、環境を変えるのだ。

FU-JI-TSUです。私・・・

木村拓哉と堤真一のFM-VのCMを観る度に封印していたある忌わしい記憶がよみがえってきて、両手で頭を抱え込んでしまう。

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それは今から8年ほど前の出来事である。

休日で朝から引っ越しの荷降ろしをやっていたのだが、急遽仕事となりダンボールも未開封のまま出かけ、翌日の昼ごろまで対応に追われた。クタクタになりながらも布団だけは必要だと、帰り道のダイエーにスーツ姿のまま布団を買いに行った。

2階の布団売り場で布団を抱えながら抱き心地を吟味していると、自分の母親ぐらいの年齢のおばちゃんが私に近寄ってきて
「敷布団はどこにあるの?」
と聞いてきたのだ。

真昼間に若い男子がスーツ姿で、布団を持ち上げていたのだから、そこの店員と間違えられてしまったのだ。徹夜の仕事も相まって学校の先生をお母さんと呼んでしまった直後のような軽いトランス状態に陥り、何を思ったか

敷布団はあちらのコーナーにご用意しております」(なぜかお辞儀も)
店員になりきって案内してしまったのだ。

脚色なしの実話である(笑)

この言動に至るまで思考は一切働いてない。決してからかったわけでもない。とっさに出てしまったとしか言いようがない。
「僕、店員じゃないですけど・・」これが99.99・・%の人が答える回答である。あ~わからない。もうわからない。本当にわからない。


あわわわ・・・。何言ってるのオレ・・・
即座に我に戻ったが、さらなる地獄が待っていた。

10秒も経たないうちにおばちゃんが戻ってきて
「ねぇ! 敷布団の~(メーカーやら意味不明な言葉で説明しながら)は無いの?」

入店して5分も経たぬうちに私はいつの間にか断崖絶壁に立たされていた。


店員口調で丁寧に案内しておいて、「実はぼく店員じゃないんですよ・・」とどの顔で告白するのか・・・。これはどんな秘密をカミングアウトするよりもはるかに恥ずかしい!


かといって何も知らない私が、こんなピンポイントの質問に答えられるわけもない。仮に演じたとしたところでどんなモチベーションを持って演じ切ればよいのか・・。道化師にも限界がある。

結局どちらの道も地獄道!

なぜダイエーに布団を買いに来てこんな究極の二択を選ぶはめになっているのか・・。「ローマの休日」ではアン王女がその身分の偽り、「やまとなでしこ」では堤真一が魚屋なのに医者と偽り、、、、さて、私の偽りは何なんだろう? 目的がわからないのだ(笑)少なくともこのウソで恋は駆けだしてこないのは間違いない。


固まる私と熱視線を送るおばちゃまとの無言・・ 無言・・ MUGO・ん・・

MUGO・ん…いくじなしね~  MUGO・ん…いくじなしね~ 
オレも客だ!! そういう仲になりたいわ~
(でも)言えないのよ~  言えないのよ~


たまらずとっさに目に入ったきたかな~り奥に見えた(正規の)店員さんを指差し
「あちらのものが布団コーナーの担当となっておりますので・・・」
と、そちらを向いたおばちゃまを置き去りに、私は店を飛び出た。

全くFU-JI-TSU(不実)であった。これは罪名はわからないが立派な罪であろうことはよく自覚しているし、今思い出して頭を抱えてしまうのでどうか許してほしい。本当にとっさにでる行動というのは、本人すら想像もつかぬ事をしてしまうのだと学んだ。

奇しくも木村拓哉と堤真一のFUJITSU富士通)の「♪ゴワァ~ン!」という銅鑼(ドラ)の音と共に、忘れてた苦いFU-JI-TSU不実)の記憶がリフレインしてくるのです。

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雨上がりの夜空に・・

この雨にやられて エンジン いかれちまった
どうしたんだ? Hey Hey Hey

車も雨も無かったがそう振り返るしかない事が昨日起きた。

私の仕事場は高層ビルの最上階で、エレベーターはこのフロアで乗る人がいなければ次のフロアで止まるまでエレベーター内は当然一人なのだ。退社時21時も過ぎるとたいがい一人で乗る事が多くなる。

昨日も仕事終わりが22時ごろになり、誰も同乗者なく一人でエレベーターに乗り込んだ。この一人で乗り込んだ瞬間が一息つける私の緊張感が解ける瞬間でもあるのだ。しかも、仕事にも精のでる金曜の午後を経ての3連休というオマケつきで、いつも異常に気分が高揚していたのだ。

いつもはここで「フゥー」と大きく一息つくのだが、この日はそこを小島よしおの「フェェィェィー」と言いたくなったのだ。その理由は今でもわからない。今となっては気の緩みとしかいいようがない。

普段、流行りの言葉は使わない。それが信条で生きてきた。
「そんなの関係ねぇ!」やら「どんだけ~~」と使う人間に対し私はウォーズマンのように表情を消して冷たい視線をおくっている。そんなわたしが「フェェィェィー」だけは一度言いたくなったのだ。


無人のエレベーターで「フィィェェー」と甲高く発しマネしてみたら思いのほか出来てしまった。予想以上の出来に、動きも真似てやってみようと思った。確か肩を動かしながら、首を横にふるよな・・と思い、さらに動きを加え、かなり大きめな声で「フェエエェエ~」とやってみた。

その直後に、無人のはずのエレベーターで気配を感じたのだ。音がしたわけではない。気配なのだ。うまく言えないが人が物音たてずに後ずさりする気配というものを感じたのだ。横を向くふりをして背後をチラっと確認すると、バッグを両手で握りしめて下を向く女性がいた。まれに階下のフロアの人が上り下りを確認しないで乗り込み、最上階経由でそのまま1階に降りるパターンだったのだ。

私の唯一の能力である空気を人一倍敏感に感じるも相まって、一瞬にして凍りついた。

状況把握しようとしたが、パニくってしまっている。とりあえずわかっている事は、さっきのチラ見する限り、背後の女性は怖がっているという事だけだ。

まず、私は毒には毒をではないが、ひとりごとの多い人を演じる事でさっきのをうやむやにしようとした。
「ふぅーつかれた」「あーーそっかそっか~」など適当に当たり障りのない事をつぶやいた。しかし、私のシックスセンスがまだ女性が怖がっているのを教えてくれる。こんな時に限ってどのフロアにも止まらないのである。

2回目の首をふりながらの「フェィィィー」はこんな付け焼刃なキャラでは消せないのである。気づけば独り言も喉が渇いて発生出来ない状況に陥り、生つばだけを飲み込んでいた。体感時間10分はあったこの時間を過ぎ地上につくと、猛スピードで立ち去った。





その帰り道、なぜこんな言葉を言いたくなってしまったのか猛省しながら分析していると、その擬音元祖は「ヒューヒューだよ」じゃないのかと思った。

いっとくが、華原朋美じゃない

森口博子でもないけど、それは半分正解である

牧瀬里穂である。


牧瀬里穂というよりかは、「二十歳の約束」である。こち亀の日暮熟睡男のように数年に一度誰かが言っている気がする。私としては「ヒューヒューだよ、ヒューヒュー! 熱い熱い!」 までセットでお願いしたいのだ。

あまりのインパクトかこの言葉だけが一人歩きしているが、果たしてどれだけの人が方向性の定まっていなかった頃の稲垣吾郎がちょいワル役であったことまで辿りつくりつくだろうか?

「ヒューヒューだよ」は、カップルをはやしたてる言葉である。


・・・・・

・・・


賢明なこのブログを読んでくださっている方は既にお気づきだと思うが、この「ヒューヒューだよ」は前半部分がスベった時ようの保険で書いているのです(笑)「ははーん こいつ・・何も無いな」の読みは正解です。

ε=ε=ε=ε=ε=へ(*´口`)ノ ニゲロォー!!

新しい上司は フランス人

ひと昔前に、「クイズ年の差なんて!」という番組があったが、アダルトチームが大体40代であった事を考えると、自分の今の年齢がどちらなのか微妙であるが、少なくともヤングチームには決して戻れないことを自覚しなければならないお年頃だ。

もっと昔には「男は敷居を跨げば七人の敵がいる」といった時代があったが、現代社会では 「30男は敷居を跨げば100のストレスが有る」だと思う。ヤングチームに属していた頃は気づかなかった地雷が、街中に転がっている事を知るのだ。そのひとつがマナーのない若者への戸惑いだ。憤りではないところがポイントである。ヤングとアダルトチームの狭間でどう関わっていけばよいか戸惑っているのだ。

TVも普段最大音量にしてるの?と問わずにいれない、街中至る所から突き刺さってくる着メロMAX音。
満員電車と自分の部屋との区別がない公共の場での私的な通話。

そんな若者達を横目に胃をキリキリさせながら頭の中で流れるのが
「明日があるさ」の2番の歌詞にあった
(ウルフルズ のリバイバルの方)

近頃の若いやつはとよく言うけれど
自分の頃よりだいぶまし


それだから大目にみようという考え方
褒められる考え方じゃないが、そうやって平静を取り戻す事は多々ある。

自分の(若い)頃よりだいぶマシ!

自分の(若い)頃よりだいぶマシ・・

自分の(若い)頃よりだいぶマシ・・?


オリジナル版作詞の青島幸男の若い頃って
ヘルメットにゲバ棒で突入して放水されてるあれなのか?

ウルフルズの方だって
リーゼントに長ラン姿でタイマンはりましょ。赤テープ同士で。のあれなのか?

それは確かに敬語が出来ないぐらい大目にみようとなるだろう(笑)
だがバブル期に大人の階段を上がっていた私は、せいぜいルービックキューブの白の1マスを赤に塗り替えて,永久に完成しないブツを誕生日プレゼントした若気の至りとも呼べぬものである。

当然時代背景が全然違うのだから、相対的な視点で自分の頃と比較せねばならない。
当たり前だが、「自分の若い頃より~」は人によってその基準が大きく違ってくるのだ。



先週末、自転車に乗りながらメールしている若い女性にふくらはぎを強めに轢かれた。
足元からの激痛と共に湧き上がる怒りに、「自分の頃よりだいぶまし」と坂本九だかウルフルズかが囁いてきた。

相対的に考えれば自分だって・・
ゲームウォッチしながら自転車のったり・・
ルービックキューブ組み立てながら自転車・・・

ない!!!



あまりの痛みにここはちゃんと注意をしようと思った。
尾崎だった昔の自分を思い出し、決して上から振り下ろさず
かよわき大人の代弁者を演じて語りかける事にした。

わたし 「あの・・痛いっですよ(苦笑)」

女性  「(チラっと私をみて) あ、すいません」

(再び下をみてメールを続ける)

わたし 「・・・・気をつけてくださいね」

女性  「何がですか?」

わたし 「あ、メールしながら・・自転車・・」

女性  「・・・・・・・」

    「気をつけるのはお互い様ですよね。
     ここはあなただけの道なんですか?」


おおおお・・
何だろう・・この腹の立つ返し・・
ああ・・悪オシムだ。


比較的丁寧な口調だったが、私には脳内通訳を通じて悪オシムの言葉として聞こえてきた。


ーミスを認めないのか?
「メールをしながら自転車禁止というルールでもあるのかね?
 罰金を払えというなら払う、だがチップだ、と思え。 」


-反則覚悟で来たようにも見えたが?
「(避ける)チャンスの数はどっちが多かったかを考えてほしい。
 徒歩か? 自転車か?逆にあなたに聞きたい」

-背後から来たのに避ける?
「限界の定義は何だと思いますか?
 限界には、限界はありません。」

オフト世代の私に、オシム世代の屁理屈を論破する事は出来なかった。
帰路でヒリヒリする足を引きずりながら、アダルトチームの扉を叩くことを決意し、またあの曲を口ずさみながら帰った。


明日があるさ明日がある
若い僕には夢がある
いつかきっと いつかきっと
わかってくれるだろう

除夜の鐘に学ぶ会議力

大晦日に響き渡る除夜の鐘の「ゴーーン」という音は
我々には澄み切ったひとつの乱れのない音として響き渡って聞こえる。

しかし、実際この釣鐘の中はどうなっているかご存知だろうか?




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下手な図で申し訳ないが、釣鐘の中ではいくつもの激しい音が中で交錯しているのだ

中で激しくぶつかり合うほど、外部には澄み切った音に聞こえる。


自分の体験談を少し真面目に書かせてもらいます。
私が最初に組織というものに属したのは、小学生の頃のリトルリーグだったと思う。そこにいる監督(大人)は少年たちにとっては絶対的な存在であった。そこから学生時代の部活の顧問から大学のゼミの教授に至り、最初に配属された部署の部長に至るまで絶対的な存在のトップがいて、それに従うという上意下達という環境で育ってきました。

もちろん年齢が近い人間同士の会議なら少し踏み込んだデスカッションも行われているのですが、ひとつ年齢が離れたり自分よりも役職の立場の人間がいると、ディスカッションから上意下達の報告会へと様変わりしていくのです。それが正しいとは思わなくても、組織に属するものとして仕方ない思っていたところがありました。

そんな中グループ内のある企画会議に出席した時に驚かされました。そこでは年齢も立場も皆さまざまなのに、今までのやり方に対し保守と反体制に別れ議論を戦わす。その席で一番立場の上の人の意見だって喰い気味に反論する。感情的になるは、机は叩くは、今までの見た事のない会議に私はあっけにとられて、この数時間その場で唯一押し黙ってしまった。
なんてまとまりのない会社だと思っていたが、それは大きな勘違いであった。幾度の激しい意見のぶつかり合いの経緯を経て、最終的にひとつの大きな目標が出来てしまうのだ。それは皆が意見をぶつけあったからこそ、全員納得で意欲的に仕事に取り掛かれるのだ。これこそ最初の釣鐘の図である交錯の繰り返しにより、ひとつの大きな音を奏でるのです。

それに比べて自分のそれまでの会議を思い返すと、外部にひとつの音を奏でているのは同じなのですが、その音は鐘の内部では非常に静かで遠くまで響く音とはならないのです。鐘の中では大人しいのに、いざ会社を離れると各々の本来出すべき音が、仕事後の居酒屋などで不平不満という決して反射してこない音として、夜空に飛散しているだけなのです。

その結果本意ではない事をやらされるという図式になり、さらなる不況和音へと繋がる悪循環の会議を数多く体験してきた。
みんなで決めたことをやる。これが会議の目的のはずなのに、小学生の学級会で行われている事が、大人になると出来ないのだ。

意見をぶつけ合う会議だって、その釣鐘がしっかりしてなければただの騒音を撒き散らす街宣車であり、何一つその音の内容は伝わってこない。この釣鐘の役割こそが、リーダーの器ともいえるかもしれない。先日、このブログのスベっているところを事細かに分析して報告くださったコメントを、迷い無く消してしまった私の釣鐘はまだまだ薄っぺらいみたいだ(笑)


白鳥は、水上をすべるように滑らかに泳いで行くが、実際はその水面下では醜いほど足をバタつかせてその動きを保っている。私はどうもこのバタつく足がいつも水面に出てしまっている気がある。私の釣鐘がきれいに響き渡らないのもこの辺に原因がある気がする。


美しく響いたり、華麗に見えるものの下には、阿鼻叫喚のぶつかり合いによって成り立っている事を忘れたくない。

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バラードのように眠れ!

私は床屋に行くとカット中は、基本黙って目をつぶっている。カット以外の事を話しかけられたら、人として最低限の受け答えはするが、(ちょと寝たい)という空気を出し、けん制してしまう。床屋さん泣かせなのは重々承知しているが、こうなってしまったのには、10年前の床屋でのある出来事が原因なのです。


■10年前の床屋の話
その時に初めて立ち寄った床屋だったのですが、担当の人がとても話上手な人で、だいぶ年上に見えましたが、当時20そこそこの私に合わせてくれ、舌の乾く間もなくマシンガンのようにしゃべってくれる人でした。
決して一方通行な話をするのではなく、「どこ住んでいるのですか?」など、私への質問の答えを土台としながら話を広げ、会話しながら笑わせてくれるといったスタイルでした。

10分もするとすっかり床屋さんのペースにはまっていて、カガミに映る自分にふと目をやると、自然と笑顔になっていました。お客を乗せるのが本当に上手く、普段無口な私も自然と口数が多くなっていくのがわかった。

話が盛り上がっていくと、その人は偶然にも私の地元から大学へと移り住んできた街に、居住経験がある事が判明しました。これによりお互い一層の熱を帯びていったのは、言うまでもありません。地元トークほどその人との距離を縮めるものはありません。

明らかに興奮し声も大きくなっていきました。変な話ですが意気投合したとの言葉が的確かもしれません。

そして今度就職先で東京の○○区に住む事になると話すと、その床屋さんは奇声にも似た声で驚き
「えぇーー! 私もそこに住んでいたんですよ!! 私が経営する店(床屋)もまだそこにあるんですよ! 本当に奇遇ですねぇ!!(笑顔)」

興奮が頂点に達した瞬間だった。
あまりの奇遇に私は気分が高揚してしまい、それまで普通の受け答えに終始していましたが、おもしろい床屋さんに習って、何かジョークめいた事で返そうと思った。もちろんチキンな私が人前でジョークを言うなんて初めての試みであったが、その場の空気が大丈夫だと背中を押してくれた。
住んできた地域がとことん一緒という話の流れで、私がとっさに言ったジョークは・・


私 「あはは・・もしかして僕の追っかけですか?(笑)」


床屋さん 「・・・・」




だ・・黙った!
いや、黙らせたが的確な表現だろう。
プロの喋り手を絶句させてしまったのだ。

私の人生でちょくちょくある事なのだが、Dioのスタンド能力を身につけたのか、どうやら時が止まったようだ。

・・・・・

どれだけ時が止まっていたのだろうか・・
正面のカガミには、急に無口となりハサミに集中しだした床屋さんと、さっきまでの笑顔はどこえやらで、居たたまれない表情で石原都知事なみに瞬きを繰り返している自分が映っていた。


あれ・・こんなにもハサミの音が響く店だっただろうか?



あぁ・・なんでこんな空気を一変させる事を言ってしまったのだろうか・・

もう、魔が差したとしか言いようがない。
勝手に距離が縮じまったと勘違いし、十年来の親友に向かっていうような事を言ってしまったようだ。相手は仕事でしゃべってる事がガキの私には理解できてなかったようだ。初ジョークにしては毒がありすぎた。

冷静に考えれば向こうの方が先に住んでいたのだから、言うならば私が追っかけである。
20そこそこのガキに僕のおっかけなんて言われ気を悪くしたんだろうか・・
それとも「こいつ調子にのりやがったな」とイラついているのか・・

いやいや、待てよ・・
そんなに失言だっただろうか? 
たまたまカットに集中する作業で、黙っていたのかも知れない。
そうだとしてもタイミングがあまりに悪すぎた。私のデビュー戦は炎上し、KOされたのだ。

何故黙ったのかの真偽は未だに不明ですが、あれから10年経った今でも事故前後の風景がくっきりと脳裏に焼きついているのです(笑)


そんな事もあり、今は床屋に行くとバラードのように眠るだけなのです。

ラビットのような臆病さと鈍感力

高所恐怖症が年を重ねる事にひどくなってきている。
自覚があるから自ら高所に出向くことは皆無なはずなのだが、先日テレビで高層ビルの窓拭きに挑戦という企画を見て、収録済みの映像のはずなのに膝の震えが止まらなかった。

この話にはポイントが2点ある。
ひとつは、高所恐怖症は精神科医の手助けが必要な不安障害であるという事です。

高いところに上って地上を見下ろして怖いというのは、人間なら誰しも持ちうる本能でこれを高所恐怖症とは呼びません。高所恐怖症とは地上にいる時やテレビ映像などで、対象となる状況・物が目の前になくても不安を感じたりやパニックになる事を指します。下に落ちてしまうのではないかという不安が常につきまとう病的な心理なのです。

もう一点のポイントは、ハタチを超えた頃からこの症状がひどくなっている点です。

学生の頃は観覧車なんて今では最強の絶叫空間も平気で乗れていたのです。昔は平気だったものが、大人になってダメになる事は大いにあります。子供の頃はカマキリやセミなど手づかみしていたものですが、今やゴキブリなど見ようものならカール君に勝てるほどの猛ダッシュで100メートル避難します。自宅に出ようものなら安全が確保されるまで漫喫生活となります。


一人暮らしなのに耳栓無しでは寝れなかったりと、年を重ねる事にゴルゴ13の言葉を借りるなら、ラビットのように臆病になっているのです。

性格は変わってないはずなにの、何故この臆病さばかりが日増しに増えるのか?

それを考察してみると、学生の頃は個が全てだと教えてこられ、その自分らしさを伸ばすことに重きをおかれていた。しかし、いざ社会にでて組織に属すると、出世や人間関係などで学生の頃に培った個はやすりの様に削られ埋没し、いつしか周囲を気にしながら空気をばかりを読んでしまう敏感力ばかりが身についてしまっているのです。



そんな状況の中、渡辺 淳一の鈍感力を読みました。

鈍感力
渡辺 淳一
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「確率2分の1」が持つモチベーション

占い師に自分のオーラの色やら、前世を占ってもらうよりも、
確率は何より確実な自分の道筋を照らしてくれると、私は常々思っています。


例えば、人間寿命で死ねる確率は47分の1という。
わずか47人に一人しか老衰で死ぬことは出来ず、逆に交通事故や事件など不慮の事態で死ぬ確率は、死亡理由の27分の1とこちらの方が俄然高くなってしまうのだ。寿命を全うして死ぬというのは思いのほか難しい。


聖夜はホワイトクリスマスなんてロマンチックな事を願い続けた事もあったが、
私が生まれてからの30年間、都内でホワイトクリスマスとなった事は一度も無いという事実がある。

その確率は、117分の1となっている(東京) 

117年に一回起きるかどうか・・だから生きている内に一回あれば運がよかったと考えると、雪が降らなくともがっかりする事も無くなる。
どうしてもホワイトクリスマスにしたければ、札幌に行けば1.4分の1の高確率でホワイトクリスマスとなる。


高級な飲み屋に行くとやたら社長の肩書きを持つ人々がいたりして、妙に場違い感を持ってしまうが、確率がその真実を教えてくれる。

社長になれる確率は
5.710.000(国内総企業数)÷63.290.000(全国の労働者数)=11分の1
と労働者11人に一人は社長という意外な結果がわかる。

しかしその社長の中でも10年以上社長でいられるのは
わずか11万人(562万人中)であり、社長の中でも52分の1しかいない。
当たり前の事ですが、社長の肩書きを持てるようになる人は多くいるが、社長であり続ける(その企業が存続し続ける)のは、ほんの一握りの人だけなのです。


いろいろと確率に教わる事は多々あるのだが、

モチベーションを最大にする
「確立2分の1の法則」
 (PRESIDENT Online様)

という記事が非常に興味深かったので、一部引用させてもらい紹介したいと思います。


競争条件とモチベーションとの関係を調べるために、競争率が20分の1、3分の1、2分の1、4分の3、賞金が1000円、2000円を組み合わせて、8通りの競争条件をつくる。これに「今からあなたはこの中の20人と競争し、1番になったら賞金1000円(または2000円)がもらえます。その確率は20分の1です」という説明を、各条件ごとに行う。3人で競争する場合の確率は3分の1、2人で競争する場合は2分の1である。

競争率20分の1のグループでは、勝ったときの喜びは非常に大きいはずだが(成功の魅力が大)、成功の可能性があまりにも小さく、そのためモチベーションは上がらなかった。競争率4分の3のグループは、成功の可能性は高いが、成功の魅力が低く(4人中3人が入賞するのでは魅力がない)、そのためモチべーションは上がらなかった。一方、競争率2分の1グループは、勝つか負けるか、スリル満点で、それだけに成功の魅力も大きく、可能性と魅力が互いの効果を強め合って、最強のモチベーションを生んだと考えられる


宝くじなどのギャンブルでは、報酬(成功の魅力)が全てであり、その一瞬に全てのモチベーションを持っていく為に成り立っている訳だが、普段我々の生活で主を占める仕事やプライベートで、常に宝くじの様に途方もない低い確率を目指しやっていて、長い人生でそのモチベーションを保ち続けれるわけがない。アドレナリンと言っても良いその物質は3分の1でもなければ、1.5分の1でもなく2分の1で一番高く発生するというのです。


モチベーションが最も高いのは競争率2分の1のときで、競争率がそれより高くてもあるいは低くても、モチベーションは高まらない。つまり確率2分の1のときにモチベーションが最高となっている。強いモチベーションは、この両者がともに高いときに生まれ、どんなに一方が高くても他方が低い場合は強いモチベーションは生まれない


目標へのモチベーションの強さは、「成功の可能性」と「成功の魅力」とのかけ算で表される訳で、

例) 目標<社長になる> 
 成功の魅力 (0.9)× 成功の可能性(0.1) =0.09

   目標<同期のあいつに負けない>
 成功の魅力 (0.3)× 成功の可能性(0.5)  =0.15

少し極端な例ですが、どちらかが極端に高くとも他方が0.1ぐらいの数値では意味が無いのです。高い目標を掲げるより、同期とライバル心を持ちながら切磋琢磨していく事が出世への一番の近道となる事は大いにあります。


成功の可能性が0.50、つまり成否五分五分の目標とは、言い換えると難しすぎず、易しすぎず、その人の身の丈に合った目標ということになる。部下にそんな目標を立てさせるには「先月の成績を少し上回り、しかし確実に達成できる目標を立てなさい」と言うのがよい。



私の経験上でも、締め切りギリギリで間に合うかどうかの時の仕事は、とても高い集中力を持って効率よく仕事が出来ていると思います。しかし、時間に余裕がありすぎると、気合が入らずとても能率の低いものとなっています。漫画家や作家などが「何も思い浮かばない時はどうするか?」との問いに口を揃えて言うのは、「締め切り時間ギリギリまで自分を追い込む」、というのも何かうなずけます。学生時代の一夜漬けにも似た集中力なのでしょうか。
この集中力を追い込まれなくとも発揮できる目標設定をつくる事が、常に能率の良い仕事が出来るコツのだと思います。

仕事を楽しみながらやっている人というのは、成功の魅力を得る事がなくとも、休日の過ごし方だったりお金の使い方だったりと、自分に対してのご褒美の与え方が上手い様に感じます。自分の心の中に「できそうな50%の可能性」と「ご褒美・成功の魅力」を置く環境をつくる事が、常にモチベーションを高く保つ最大の秘訣のようです。
プロフィール

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Author: きくりん

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