全国文芸同人誌評掲示板 ②

全国文芸同人誌評掲示板根保孝栄・石塚邦男氏より、批評していただきました。   
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋します

「海峡派」142号(北九州市) その2

  

・作品を書くことで、いかなるベネフィット(利益)が得られるのか。損得勘定で考えると、同人雑誌の活動は世俗的な意味合いのベネフィットはないと言っていい。同人雑誌の活動におけるベネフィットは、大半は精神的な意味合いに限定されるだろう。それは、芸術活動のほとんどにあてはまるだろう。なぜ書くのか、なぜ同人雑誌に所属しているのか、という問いは、同人雑誌の古い書き手にとっては、すでに整理済みの課題であろうが、同人雑誌とは関係のない部外者からはどう見られているのか。世俗的なベネフィットを基準に考える一般には理解を超えたことかもしれない。
 以下に小説作品に触れたい。

・小説は連載物が多いのがこの雑誌の特色である。
木村和彦「対馬海峡」は最終回。はたけいすけ「あしたは晴れている」は連載15回、松本義秀「遥子と翔平」は連載4回、西村宣敏「視えない街」は下といずれも連載。前回までの内容はどうであったか、あらすじがあれば読者に親切だろう。

川下哲男「離島の花」は、コンサルタント会社に務める<私>は、亜熱帯の島に派遣され、島の騒動に巻き込まれながらなんとか仕事をやりおえて帰ってくる話なのだが、特異な仕事の内容は興味深いものであった。  注文を言うと、毎回書かなくてもいいから、2、30枚のがっちりした作品を書いて欲しい。気合いを入れて書くと秀作が書ける筆筋が揃っているのに惜しい。単に参加すればいい、というような作品を見ると悲しくなる。気合いを入れて書いて欲しい。


全国文芸同人誌評掲示板より その①

全国文芸同人誌評掲示板に、根保孝栄・石塚邦男 氏より、批評していただきました。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋します

「海峡派」142号(北九州市) その1 バラエティーに富んだ短詩型ジャンル、 シュールな清水啓介「黒いバス」の方法意識

  

・現代詩は岐路に立っている。詩人も詩の書き方の方向に迷いを覚えて展望を暗中模索している状態であるし、愛読者も流行りの音楽の歌詞には関心を払うが、寂しいことに純粋の現代詩には関心を示さない状況が長く続いている。若者の世代が減少してくるにつれ、詩を書く者は減り詩を読む者は急激しているのだ。
 減少しているのは詩ばかりではない。短歌、俳句も減少している。それは、金になるものではないからだ。高度成長時代が終わり生活が厳しくなると現代詩、短歌、俳句人口は急速に減少し始めた。趣味などやる余裕がなくなったのだ。

・しかし、詩は読者が読む読まないにかかわらず詩人によって書かれる。詩人は詩を書くことによって悲しみが癒され、慰められている。それは詩の神通力とでも言えるだろう。あるいは、祈りとでも言えるだろう。


横山令子
「高く手を振って」は、作者も慰められ読者も心が洗われる作品。第一連紹介。

   庭の椿に雀が集まってきた
   賑やかで 元気な声が響く
   どんな合図があったというのか
   いっせいに飛び立って行く


小川ひろみ「山、笑う」は、詩を書く自分を客観的に見詰める作品か。最終連紹介。

    樹々を抜ける風のごとき一瞬の命
    書こうが書くまいが
    どうとでも好きにするがいいと
    山、笑う


清水啓介「黒いバス」は、戦後詩世代が詩作品にとりこんだ懐かしいシュールな喩法を駆使していて共感するものがあった。全文紹介してみよう。

    小さな路地ばかりの その街を
    不思議なバスが ゆっくりと はしる
    車体は 真っ黒
    運転席の窓も 真っ黒
    客席の窓も 真っ黒で
    そのぶん
    それら客席の窓にはガ内側から それぞれ
    人の横顔の実物大写真が貼られている
    その黒いバスは
    道行く誰の眼にも見えてはいるのだが
    意識にのぼることは全くない

    今日も その黒いバスは はしる
    ゆっくりと はしる その後を
    おびただしい数の ぼんやりとした
    はかない人影たちが
    黙々と 尾いて行進してゆく
 

全作家文芸時評より

全作家文芸時評 芸評論家 横尾和博氏より、批評をいただきました。抜粋します。
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海峡派141号は有馬多賀子赤いマッチは中年女性のはかない恋心を抒情的に描いて、映像的な巧さがある。都満州美百日紅の花は家を手に入れた姉に、庭の手入れをかってでる弟の会話や呼吸の交わし方がおもしろく小説の味わいがでている。

全国文芸同人誌評より 

全国文芸同人誌評に、都 満州美「百日紅の花」が紹介されました。
 
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「海峡派」141号(北九州市) その4 味のある短編は、都満州美「百日紅の花」

 
 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  

 ・この雑誌で書き残した最後の作品について触れたい。

・都満州美「百日紅の花」は、弟の憲一が買った中古の家に、春引っ越した泰子は、うっそうと繁った庭をもてあましていた。朝起きると早速庭掃除にかからなくてはならない。弟はフェンスを作ると言い出した。小うるさく命令する弟を手伝わなくてはならない。夜になると牛蛙の声に悩まされ、木々の剪定に難儀する始末だ。

そんな話なのだが、姉と弟のやりとりが味わいがあって、いいのである。

・筋書きが全く同じでも、作家によって作品の色合いが全く違うまとめになるものなのだ。作品の違いは、筋書きだけで判別されるものではない。
画家が同じ風景を描いても、別の作品が出来上がるのと同じなのだ。

全国文芸同人誌評掲示板より②小説部門

全国文芸同人誌評掲示板に、「海峡派」141号の小説を批評していただきました。
抜粋します。

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Re: 「海峡派」141号(北九州市) その2 連載ものの力作は、西村宣敏「視えない街」、武ひとし「ホ―ムアゲ―ン」、はたけいすけ「あしたは晴れている」など  投稿者:根保孝栄・石塚邦男  
・先に詩作品を批評したので、小説に少し触れたい。

 ・赤坂 夕「とんぼ」。息子が高校生になり、暇をもてあましていた桜子は、向かいに住む弘子に誘われ市民劇場の会員になり、運営委員の仕事に夢中。若い役者が忘れたマッチを届けたのをきっかけに親しくなり、やがて。その桜子の変貌を向かいの弘子が見抜いてじっと観察している…という、女性作者らしい筆筋。このような女性週刊誌の身の上相談的内容には、やや白けるが、話の展開の筆さばきは達者なので、気合を入れて書いて欲しいと願って止まない。

田原明子「紫陽花」は、夏休みに子供たちを預かる「遊び塾」の孤独な子供と、この塾でアルバイトをする女の子の心の交流。いいところを狙っている。

・連載ものが多いのが、この雑誌の特色だ。
西村宣敏「視えない街」の力作、はたけいすけ「あしたは晴れている」の方言を生かした少年の成長物語、武ひとし「ホ―ムアゲ―ン」の落ち着いた本格的長編、横山令子「艶やかに」大空裕子「メダル・ソルジャ―ズ」など、達者な作家の作品が並んでおり、完成時には感想を述べねばなるまい。

全国文芸同人誌評掲示板 より

全国文芸同人誌評掲示板 より、批評をいただきました。
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・・・・・・・・・・・・・・・・転載します・・・・

 「海峡派」140号(北九州市)
資質を感じる西村宣敏「砂の砦」  


 ・川下哲男「七月のプリン」は、甲子園を目指す高校の野球部の話。三年生部員が五人しかいないのに、県予選が一ヶ月後に迫っている。なのに、キャップテンが試験のカンニングがばれてしまい、自宅謹慎の処罰を受ける。新しいキャップテンを決めなくてはならない。二年生八人、一年生五人を加えて合計十八人の野球部のピンチだ。三十枚に満たない短編で、特別巧い作品でもないが、素材が新鮮で印象的だ。

山田キノ「勇者の剣」は題名だけ見ると時代劇みたいだが、さにあらず。
僕が父と屋根裏の掃除をしていたら、年季物の剣らしきものが出て来た。
「こんなところにあったか」と父は剣を構えた。その姿はさまになっている。
刃は一メートルもあり、派手な装飾がついている。さて、どう展開する小説だろうか、と思ったら、何と、五枚ほどで終わっている。イントロが面白いので、せめて十数枚にでも仕上げたい作品。小説創りは粘りがなくては仕上げられない。

西村宣敏「砂の砦」は、大学紛争の話なのだが、バスケットコートの場面から始まる描写が、なかなか巧みで存在感があるので、引き込まれて読んだ。そのイントロの部分を引用してみる。

   薄曇りの空が、眠気を誘うように、また夥しい記憶と予感を重く覆い
   ながらゆっくりと揺れたようだった。皮膜に似た雲が日射しをすっかり
   隠し、その鈍い照り返しだけが底の方にあった。冬の終わりの、吹きさ
   らしのコンクリートのバスケットボールコートは、少し寒かったけれど、
   達夫の体は、いましがた激しく動いたせいで快いくらい暖かかった。彼
   はコートの端に座りこんで、すぐ後ろの金網に背をもたせながら、ぼん
   やりクラスメートのゲームを眺めていた。

・このような描写には、この作家の小説の才能が垣間見えるのである。


「海峡派」141号(北九州市) 
若作りの詩作品が目立つが
 ・最近は小説がやや低迷していて、奮起を促したいが、期待できる作品もあった。
今回は詩作品を取り上げてみたい。未だ若々しいが将来性ある作品が並んでいるのはうれしい。

赤坂 夕「とんぼ」

   黄金の稲穂は サワサワと/青い空には鰯雲//錦を纏った

   柿の葉や//はじけた栗の実 いがぐり坊主//どんどこ秋のはじまりだ

この詩は、五七調の旧派の定型詩風ながら、童話詩的な素朴な味が郷愁を呼び、旧さが気にならない。

山口淑枝「郷愁‐十月の苦瓜より」

   ああ 苦瓜/まだあるんだぁ/五、六ぽん棚の上のほうに並べられて/ある/

    このように、どおってことない詩言葉なのだが、行替えの呼吸が整っている詩人である。

小川ひろみ「ミヤコワスレ」

   夏が終わったことを/グラスの影が教えてくれた

    ひかり褪せて/さびしい風の音

  「グラスの影が教えてふれた」の一行がいい。

さとう ゆきの「わたしのライオン」

  かれは砂/海が割れて吹きあがった

     もっとむかし そう 億万年前は大陸にいたという

  ここはリアス式海岸 天然の漁港 宝の海

第一連で夏井ケ浜の岬は恋人の聖地とよばれ愛の鐘が吊るされていることを説明しているが、詩作品では、説明は禁句。説明しないで言葉にするのが<詩>であるので、これは惜しかった

波多野保延「年新たに」

   新しい陽が輝く被災地/放射能 セシウム ヨウ素 危険な記号が

   美しい山河を汚染した

   あれからー/ゆっくり復興してゆく街

まだ、詩になりきらないなまの言葉の羅列が目立つが、批判的詩精神があるので、書いていくうちに詩の書き方を覚えてきそう。

「海峡派」141号 ③随想

鮭の始末 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 高崎綏子

私の住む地域には食品を売る店がない。まさに高齢化社会の買い物難民だ。通っているスーパーでは一定金額以上買い物をすると、宅配してくれる。ある日、いろいろ買った中にシャケを二切れ買ったのだが、帰ってみるとない。電話して確かめるが、押問答の末、後で届けるという。そのあと、食卓と椅子の間にビニールに入った鮭があった。謝ったが、なんとも後味が悪い。店の人たちはよくあることなのか、「苦い思いを乗り越え、気持ちを切り替えて笑顔を届けて」くれる。

 

・スーパーの配達係は笑顔のいい小太りの若い女性。ある日、私の間違いから、この女性を怒らせたかもしれない出来事が起こる。でも、彼女は私を許す。ただ私は見てしまった。私を許すために、宙を睨んで深い息を一回だけ吐いたことを。なんと含蓄のあるエッセーだろう。配達係の密かなため息を忘れないでいよう・・・と作者は控えめに書くが、この作者の警告をしっかりと、わたしは受け止めた。

・本当に上手。セリフもきいている。

・短い随想の中に、配達する女性の動作や心理を推し量り、反省している。

・転んでもタダでは起きない(ちゃんと顛末をエッセーにする)

・ラストのペーパークラフトで世界観を広げている。

・おじさん、配達の人の許し。

・最後の「年齢を重ねても、学ぶことは沢山ある」という言葉が響いた。聞かせてあげたい人もいる。自分も気を付けなければと思う。

・きちんとした性格だから、鮭がないと電話し、あったらまた謝っても後悔するのだろう。私だったらどうしただろうか? まあ、いいや・・・と面倒くさいので電話しないかもしれない。

 

いま時の「癌」治療 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 古濱紘司

平成28年暮れ、右頚部に「びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫」という血液のガンが見つかった。すぐに入院と思ったら、緊急性がないということで、待たされる。そこでセカンドオピニオンを願い、紹介で国立医療センターに入院。食堂兼談話室では、ガン患者による、情報、考え方、生活の仕方など人生模様が見える。私は諦めず、希望を持って最後っまで生き抜こうと誓う。

 

・セカンドオピニオンにみてもらうことが、普通という時代になって本当に良かったなと、古濱さんの文を見ながら思う。一年間、よく闘われた。病人も自分の体を人任せにしていないで、よく知り、勉強し、あきらめず治療に向うことの大切さを、この文を読みあらためて知らされた。

・自分の病状を細かに書いている。

・生きることに懸命。勇者。

 

猫好きですか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 川下哲男

妻は相当な猫好きだ。結婚した当初、黒猫を飼っていて、老衰で死んだとき、妻は悲しんだが、私にはなんでこんなに悲しむのかわからなかった。ある日のこと、猫の死に遭遇した。通りすがりのオバちゃんが、買い物袋から缶詰を取り出し、開け、亡骸の近くに置いて合掌した。それを見て、心動かされた。その後、クロという猫を飼い、死ぬと、シロという外猫を飼った。シロが死んだときには、私は埋めてあげ、静かに黙祷した。

 

・犬も猫も心から家族としてはかわいがった覚えがないので、親が死んだ時より悲しいという人や、ペットレスの人の気持ちが、いまいちよく理解できない。ただ、いつの間にか、シロを家族として過ごしていたことに気が付く作者の静かな語りを通して、ペットの死を、家族の死と思える人は、ある意味、幸せな情の深い人なのだと思った。

・猫は人を振り回す、頭が良い。猫がいると夫婦仲がよくなる。

・「おばちゃん」は女性ではダメか?

・猫好きには尋常じゃない人もいる。

・野良猫は死ぬとき、姿を隠すと言われている。

・家族の一員のようにペットがいる。一緒にいれば、次第に愛情がわいてくる。

・猫にまつわるエピソードがどれも死がからんでいて、さびしく、しっとりとする。

・ペットが死んだときは、もう二度と飼うまいと思うが、どうしてまた飼ってしまうのだろうか。

 

いのち ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若杉 妙

ある日、夫が気分が悪いという。血圧を測ると、低い。主治医に電話すると、ちょうど往診ですぐに帰るから、うちの病院に連れて行くようにと言う。病院で診てもらうと心筋梗塞を起こしかけているからと、記念病院に運ばれる。すぐに手術。長い時間がかかったが、危機一髪で助かった。夫の生命力と、すべての連携がうまくいったという運命に感謝した。

 

・大変な出来事でしたね。若杉さんらしく、そのままの状況をつづっているので、臨場感あふれる作品となった。タイトルもそのまま。主治医との会話をじょうずに使って、緊張感はあっても、ないんか人情味がある文章になっている。ご主人様の生還を心からお喜びします。

・命の大切さはわかっていても、日常は忘れて暮らしている。この文ではっとさせられた。

・臨場感があった。

・よくぞ助かったものだ。すべてが生きるためのタイミング。

・緊迫感があった。

・印象が残った。

・500ccのコーラを一気に飲み干した主治医に好感を持った。

「海峡派」141号感想② 詩・俳句・短歌

とんぼ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・赤坂 夕

オニヤンマやヤマサナエ、アキアカネ、シオカラトンボ、オハグロトンボ、糸トンボを七五調で表現している。

「たよりないのは 糸トンボ/風に流され とんでった/また会いたいね めぐる秋/会えるといいね この宙(そら)で」の終連は未来への時間のつながりや広がりがある。

七五調が心地よく、すいすい飛び交うトンボの群れを見ているようです。

郷愁 ―十月の苦瓜より

 冒頭、スーパーで苦瓜を買う描写、「ある」「買った」などの短い言葉をぽんと投げ出すように置く書き方が、さばさばと小気味良い感じです。苦瓜の苦みと嫁姑の会話が微妙に絡まってドラマの一コマのようです。 

・昆虫図鑑のようにトンボの種類が多く出てくるので、情感に乏しく、五七調が詩の深みを削いでいる。

・最終連で、精いっぱいの想いを伝えている。めぐる季節に命の再来を祈る気持ちがよくわかる。

・童謡のようで優しい気持ちになる。

・五七調がうまくあっている。

作者のことば「辛いことや悲しいことがあったら、外へ出て自然と向き合うようにしている」

 

郷愁  月の苦瓜より ・・・・・・・・・・・・・ 山口淑枝

苦瓜がまだあるんだぁと、買ったのは十月。八月の半ばのこと、「ゴーヤー」と呼ぶ若い女性と、そのお母さんであろう女性は「私は苦瓜が好きです/お父さんも・・・」という。わたしの頭の中は「?マークが浮遊しはじめて」いた。ゴーヤーと苦瓜の違いについて。昔、母親が作っていた「こねり」という苦瓜を使った料理を思い出した。

 

・ゴーヤの人気は昔と比べものにならないほどだ。スーパーでもよく売れているが、ご近所で、グリーンカーテンも兼ねて育てている方が多くて、今年の夏はいただきものが台所でごろごろしていた。

・「こねり」は、市販のゴーヤチャンプルーの素とおなじよう。味噌味がある。

・調べたら、ゴーヤーは沖縄での呼び方が一般的になったようで、ニガウリ、ツルレイシも同じもの。若い人はゴーヤーのほうがなじみがあるのかもしれない。

・こねりは大分の郷土料理。トウモロコシやトマトなども詩に出て来て、寒い冬に夏野菜のことを懐かしんでいる。

・親子か若い女性はお嫁さんかもしれないが、年代で同じものを違う呼び方をするのがおもしろい。食い違いをそのままに合わせないお母さんも強く、おもしろい。

 

ミヤコワスレ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 小川ひろみ

「夏が終わったことを/グラスの影が教えてくれた」「花を探して・・・草臥れて座ったカフェのテエブルに/小さなミヤコワスレ」このミヤコワスレが笑い、心で話しかけると答えてくれる。摘まれて一輪挿しにいるのを窮屈ではないかと問うと、「イイエココハタノシイ/イロンナヒトトアエマス」と。わたしはミヤコワスレが風に吹かれていた頃を思ってみる。

 

・咲いたところが咲くところ。どこにでも楽しみが見いだせるのは幸せ。

・カタカナ表記が効いている。

・草花の季節は短い。秋にミヤコワスレを探して野原を歩きまわっても見つけられないだろう。この詩はミヤコワスレを探していたのではなく、その花が野に咲いて風に吹かれていた頃、それが、自分自身の青春として懐かしく想いを馳せている詩ではないかと思う。

・ミヤコワスレの発音、カタカナのセリフがいい。

 

私のライオン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さとうゆきの

恋人の聖地と呼ばれる夏井ヶ浜の岬の崖の下で、ライオンと遊んでいたという。ライオンは奥万年前は大陸にいた砂で、海が割れて吹きあがったのだという。「ここはリアス式海岸 天然の漁場 宝の海」でもあり、また、影でもある。「目は抉られ耳は削がれ牙の全てを失って/夜は眠る」。そのうえ、彼は恋人だという。そして「たてがみを撫でてくれ」という。わたしは「ほのあたたかいかれを抱いて/今のいままで別れを惜しんでいた」のだ。


かれは砂 かれは影 かれは恋人 とても良いなあと思った。全く違うかもしれないが、燃え尽きたあしたのジョーを連想した。地底のマグマのように猛り狂っていた者が長い歳月、波に晒され、牙を失い、音も無く咆哮する姿を虚しくさらけ出している。わたしは彼の過去と今を同時に愛し、慰撫し、別れていく。海と人と愛と時間、そんな大きなテーマがさらりと描かれていてしびれる。一、二連があったほうがいいか、迷われたのではないか。

・終連が好き。

・意気込み、力を入れた詩。それにしては少し軽いのでは?

・何億年前の岩に対峙している作者の意志が感じられる。

・4連、よく表現されている。畏怖の念。

・人間たちに及ばない自然の凄さを感じる。

・夏井ヶ浜の岩の写真が詩の補足をしている。なくてもだいじょうぶだが、これがあり、なおさら鮮明になった。

・少しずつ説明をたたみかけ、億万年を闘いぬいたライオンに見える岩が十分に表現できている。恋人の聖地にかけて、ライオンに見える岩を恋人というところも素敵だ。本当にライオンに見える。

 

森通い2よいん ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若窪美恵

久しぶりに訪れる森。一足先に冬支度を整えている。「タマシイをくれないといたずらするぞ」とガイコツがいい、ヌエやキメラなど出てくる。被り物をした友達かなと思ったら、違う。「強いていうなら、よいんかなぁ」

すると、空気が震え、葉がカサカサ鳴り出し、しだいにクスクスという笑い声にかわる。わたしはタマシイを奪われてしまったようだ。


掌編小説のような散文詩で、たのしいよいんに浸った。「ぐうっ」「ぶわん」「カサカサ」「クスクス」などのオノマトペがアニメーションのようで躍動感がある。最後の「何か大事なこと」が何か、気になる。でもそれが、余韻なのですね。

 若窪さんの詩は、いつも、その「世界」にぐいぐいっと導かれる。そして、あ、この方は小説家だな、と、感じる。

・森で異形のものたちとかくれんぼ・・・が最初だった。このときは、森通いが1枚タイトル。今回パート2となるので森通い2のフォントを小さくして、少し上に置き、よいんを作品名(タイトル)にするとどうか。

・季節は、あの5月の生い茂る森ではなく、冬支度を始めた美しい色とりどりの森。光もよくとおり、風邪が森を賑やかにしている。タマシイを奪われてしまったみたい。よいんになったのかなあ。

・ファンタジック、メルヘンチック。

・ラストの2行、よいんのないもので終わったらよかった。説明ではなく。

・タイトルのひらがながいい。

・もともとあったものは何かなあ。象徴的で深い。

 

コップ酒 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 清水啓介

十月の或る晩、帰る途中で、「酒屋の自販機のぼんやりとした明かりだけが、闇の中の幻燈のように浮かび上がって」いた。自販機の前に人影があり、見ると、二十代前半ぐらいの女性がいた。「きっちりした業務用の黒スーツに、ショルダーバッグという姿。ワンカップの日本酒を飲んでいる。「つまらなそうなシレっとした顔で飲んで」いる。尋常ではない。帰ってからも不思議な気分だった。「せつないな」そう、思った。

 

・丁寧に状況描写があって、ひそかに娘の心情を推し量る気の弱い作者。この詩は気になる。

・セリフではないので、「  」がないほうがいい。

・つまらなそうなシレっと・・・一つでいいのでは?

・女性自身は切ないと思っていないかも。何があったのか・・・

・今回、作者が他人のことに勝ちっと焦点を合わせて、細かく書いている、他人を書くことによって自分を書く手法。

・5行目、いい描写。

・夜、スーツ姿の若い女性が一人で自販機のワンカップを飲んでいる姿が、アンバランスに思えたのだろう。みな、いろいろとあるのだろう。帰るまでお酒を飲むのが待てない日があっていいかも。

・この女性、せつなさもあり、またカッコよさもあると思った。

・ラスト6行はいらないような?

 

黒ゆりに見送られて ・・・・・・・・・・・・・ いよやよい

「今どきの花屋は/洋花ばかり」で、名前もカタカナで覚えにくい。いつもの花屋で黒ゆりをすすめられ、魅力に負けて買った。明日から旅行があるのに。暑い家の中で、しおれてしまう心配をしている。黒ゆりに見送られて出かける。

 

・花好きの人は、夕食の食材を買い忘れても、花だけ買って帰ったりする。

・明日から何泊の旅に出るのか知らないが、一晩だけでも黒百合と共に過ごせ、黒百合に見送られたと思えるなら、惜しくはなかろう。

 

アキアカネ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 池田幸子

久しぶりに夫と弾薬庫跡地の公園に行った。「夫は無言で/去年痛めた足を擦っている/むかし/子供たちが幼かったころ/みんなの先頭をきって歩いた足」。小さなアキアカネが飛んで行ってはまた戻てくる。

「もしや お前は・・・」「再来など/あろうはずはなき想いに苦笑する」

 

・トンボの中でもアキアカネは特別だ。赤とんぼは仏さんを乗せているから網で捕まえてはいけないと教えられていた。空中でふっと止まり、すいっとまた垂直に動く。公園で休む老夫婦の足元で会話を聞いているかのように、なかなか遠くにいってしまわないアキアカネに、作者は感情移入する。もしや若くして亡くなった娘であるのなら、秋空深く飛び、命を繋ぐがいい、と。

・あろうはずなき想い・・・意図的に

・夫の足のおぼつかなさ・・・はかなさ。全体的なイメージ。

・命の廻り。家族の歴史、先頭きって歩いた足。弾薬庫・・・公園として再生。

・もしやお前は・・・娘さんを思ったのだろう。

・散文では書けないこと。

・終連の「日足が速くなって/夫のおぼつかない足での/バス停は遠い」がとてもしっくりくるまとめになっている。

・再来などないと思っていてもなお、そうかもしれないと思う気持ちがよく出ている。

・ゆったりとした空気感が漂っている。

 

年新たに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 波多野保延

被災地にも新しい陽が輝く。ゆっくり復興してゆく街。「半径三〇キロの避難地は縮まり」港も活気づく。「住み慣れたこの大地に/新しい年を迎えた」

 

・どこまでが復興したのか、まだなのか、遠くの地にいるとわからないことが多い。だが、わからずとも、知らなくていいわけではないし、感心を持たなくていいわけではない。忘れ去られることこそが、何より、被災地の人たちにとって辛いことはないだろう。

・忘れ去らないこと、終わったこととしない。そういう決意を感じさせるし、終連に希望を感じる。

・3.11をテーマにすることがはばかられて、7年も経った。放射能に生活を奪われ、離散した家族の悲劇はもっと語られなくてはならないのに、わたしはいつまでもためらっている。波多野さんのように、元の場所に戻り、幸せな灯りをともす と言えればいいが・・・

 

去年今年 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 波多野保延

タイトルの去年今年は、去年今年つづける四錠抗癌剤 からきている。抗癌剤で、作者がガン患者だということがわかる。しかも 末期がん小さな旅の返り花 では、厳しい状況が見て取れる。そうしてみると、風鈴。螻蛄(おけら)・天高し・小さな旅など、モチーフにしたもののはかなさが目を引く。直球を吸い込むミット天高し は大きいものと小さいもの、静と動の対象が小気味よい。螻蛄鳴く谷のどこかに軍用金 これはおもしろい。オケラは、とにかく、鳴き声だけが頼りで、ジーとかビーとか聞こえ、そこを掘といる。また、オケラ、お金がない状態をいうのだが、逆手にとって、軍用金が埋まっているのだという発想。

 

・好きな句・・・末期がん小さな旅の返り花

         手渡しに廻すリハビリ寒卵

         

シャッター握る ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 波多野保延

一首目が、タイトルになった歌。作者はカメラマン。普通は、シャッター〈押す〉だが、ここでは〈握る〉。写真館のカメラであろう。最後の歌も味がある。  爪切りて鼻毛そろえて眼鏡かけ今日一日はこれでおしまい ここから始まりの朝だろうが、これでおしまいという。それもいいかもしれないと納得してしまう味がある。

髪染めず安い口紅薄くぬり老いの伴侶は暖炉で読書 妻への感謝の念が伺える優しい目線。

宿題を忘れて叱る先生は家に帰ればぼくの母さん 今はこういうことはないだろうが、昔は校区内で教鞭を取ることがあった。母さんが先生という嬉しいようなみんなに取られてしまって嫌でもある、複雑な子供心が出ている。

・好きな歌・・・一瞬の君の笑顔をくださいとシャッター握ればプロの眼に戻る

         夕日へと五指をかざせば老いの爪桜貝なる色に染まり

         晩年の一休和尚に仕えしいは盲目の森侍者いまもなぞめく

 

「境界」を観る ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 永井啓俊

Ⅰ 我ここに居り

・ここに自分がいるという証に短歌があるというように、思いがあふれ出ている。内容から作者がガンであり、転移していることもわかる。「時の長さはところで変わる」というが、地球は、作者の住む地域は、時間の流れが速いのか、遅いのか。

Ⅱ 古里帰る

・門司港、小森江、風師山、海峡など地名が出てくる。ここでの海峡は、どこだろうか、千島とあるから千島海峡なのだろう。そこには結界がなく、4つのルートがあるという。深みのある言葉選びをしている。花火や祭りは郷愁を感じるもの。うまく掬って風景にしている。

Ⅲ 霧の喜望峰  

・作者の学生時代の頃のことや、海外にいったときのことをⅢにまとめている。海外の歌は全体的に、開けた感じがするが、学生時代の歌は、閉塞的。閉塞的な方が短歌の題材に向いているかも。ピラミッドから見た時の感じが「時の重なり」というのはとてもうまい表現であり、素晴らしい感性だと思う。

 

・ⅠⅡⅢと分けていて、読みやすい。

・古里を詠う歌はとくによい。海峡の語感が古里の感じを高める。

・Ⅲの歌は大きな世界観が読者の目を広げさせ、世界旅行へと誘う。

・好きな歌…大海はぶつかり

・タイトルがいい。気になる。「境界」はいろいろな意味にとれる。

・生死の古里を意識したのか。

・断絶、連続、違いがあって結びついている。

・Ⅱで個人的なこと、Ⅲで膨らまでた。

・たゆたゆと・・・精神、落ち着いた。

・ひまわり・・・かくありたしと思ったのでは?

・ロマンと憧れ、Ⅲが好き。モーゼの十戒を思い出した。

・痕跡・・・ジレンマではないか。

「海峡派」141号 感想①小説

赤いマッチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・有馬多賀子

桜子は高校生の息子と、外国に単身赴任の夫がいる。隣家の弘子に誘われ、自分たちで芝居を選び、運営する「市民劇場」に入る。桜子も若い頃、東京の劇団に入っていたことがある。今回の芝居は『無法松の一生』で、千秋楽後、劇団員たちとの懇親会がある。そこで、吉岡大尉役の加藤清という30半ばの役者と、〈凡〉という役者のたまり場の喫茶店の赤いマッチをが縁で、話が弾む。その後、清に誘われ、上京し、しばらく楽しく過ごしていたが、清にしつこく付きまとったために捨てられた。帰ってきたら、事情を察していた弘子にたしなめられる。

桜子の庭がすさんでくるのを、隣人の弘子は観察し続ける。東京に男がいると推理し、嫉妬する。そして東京の恋に破れたらしい桜子を優しい言葉で戒める。桜子は自分がまいた種だと反省し、ナツズイセンの根元の汚れをていねいに取り去る。自分の汚泥を取り去るかのように。

桜子の視点と弘子の視点が並立して描かれていく中で、桜子の恋の惨めな顛末が浮かび上がる。苦い後味ですが、最後にしゃんとしたナツズイセンが立ち上がるところで桜子が立ち直る様を想像させる。ゴミ袋を踏みしだく時、もう桜子はおのれの過ちを痛いほど呪い、したたかに立ち直っている。上手いなあ、と思いました。12、13ページで「狂ったように」が二回使われているのが気になった。 

・なんと素直な桜子。

・タイトルが効いている。

・今までで一番いい作品だと思う。

・目線が、桜子と弘子の二人に分けているところ、じょうずに変えてあって、参考になった。読者の反感を別の人から見ることで、うまく切り抜けた。

・弘子の嫉妬、親切ごかしなどじょうずに書けている。

・「場当たり」・・・じょうずに使っている。

・P12、P13下 「狂ったように」同じ表現。

・途中から段落が多いのが気になる。

・清をもう少し書きこんだほうがいい。「娼婦のように扱った」など、書き込まないとわからない。

P10下段~P11上段にかけて、弘子の視点で物語が動く。短編ではあるが、厚みが出ていいと思った。

・東京での清との場面、やり取りが数行でまとめられていて、どんなふうに楽しかったのか、つきまとったのかわからず、残念だった。

 

紫陽花 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・田原明子

リリー(百合)はイギリス人の父を持つハーフ。栗色の髪と青い目は亡き父のプレゼントだという。リリーは大学生で、夏休みに「遊び塾」でアルバイトをしている。将来は教師になりたいと思っている。塾の創始者は貴子さんという元教師。20年務めたが、子供たち一人ひとりの事情や立場を考えて常に理解を示したことが、教師全体のバランスを壊してダメだったのだという。貴子の幼馴染の裕也の甥っ子の大介が「おじさんが、貴子さんはいつも紫陽花の花を咲かせている」と言ったことで、胸のアザを見せることに。このアザが嫌だったが、子供の頃、プールの時、裕也の「すっげー、紫陽花だ!」の一言で、みんなから受け入れられた。なんともなくなった。リリーの青い目も、母から父のプレゼントだと言われて気にならなくなった。見え方は様々で良くも悪くもなる。


短い中に百合、貴子さん、良太君、渚、大介、背景のエピソードには裕也、百合の両親も登場し、下手をすると、あらすじを読むようなことになってしまうなと思いきや、不思議に生き生きと、それぞれの個性が立ち上がってくる。これは会話を多用し、なるべく地の文で説明しないよう工夫されているからだろうと思った。

・貴子先生に心酔する渚を通して、その人柄を無理なく語らせている。

・現在の保育、教育の問題を捉えている。

・貴子が紫陽花というタイトルから、主人公だろう。

・もう少し整理がほしい。貴子さん、貴子 など統一

・差別問題などもからめている。裕也さん、あったかい視線、好感を持って読んだ。

・イギリスはあまりアジサイを好きでないらしい(移り気とか、メデューサの首)。

・挿し木が普通だが、送るとので、種もあり。

・渚の手紙の、「拝啓」「敬具」はちょっと固いかなあ。その手紙で明かされる、裕也が北海道で獣医をしていること、北海道に行くとき「紫陽花を毎日見たい」と言ったプロポーズをわからずに、アジサイの苗を贈ったことなど、とても面白く読めた。

・こんな「遊び塾」のような場所があちこちにあればいいと思う。

 

視えない街(上) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 西村亘敏

地方都市の高校3年の僕らは、試験が終ったので繁華街に繰り出し、映画を見ることにした。僕は牧田。三村は用があるからと別れた。ところが、映画を見て帰る道で三村に会う。そして三村の行きつけの喫茶店で話すことに。三村が学校の勉強より未来のために何かやらなくてはいけないことがある・・・ような思わせぶりなことを言うのだが、僕にはよく理解できない。白鳥京子と付き合っていることも知った。三日後、人生の深淵をのぞきこんで身震いしたくなるような冬のある日、三村と京子が東京に駆け落ちした。学校や親たちは二人の居所を聞くが、僕には心当たりがない。僕はどうしても二人を見つけ出したいと思った。


大人になりそうでなっていない男子高校生の視点で描かれている。失踪した三村と白鳥。視えない街の話をした三村は何かを言い足そうとしたがやめた。三村の早熟さが痛々しくていい感じ。後編が楽しみ。

 「僕」、「僕たち」、「僕ら」、という人称が多く使われ、「僕」の感じたことを言う場合にも混在しているような気がした。 

・「僕らが唐突にふらっと見知らぬ街に生きたいと思うことがあるだろ。・・・略・・・たとえその街が視えないにしても、心に溢れる郷愁は断ち難い。そしてそうやって、街を求め続けることこそが唯一、過ごせなかった街に生きることだと」・・・たぶん、この視えない街がキーワードだろうと思うが、読者には禅問答のように謎めく。

・駆け落ちした二人の禅問答のように求め続けていることがテーマか?

・三村の思わせぶりなセリフもいい。

・P28 上 三村の優しさ、生きて行く力強い。

・頭のよい学生。文章が一つ一つ、とてもきれい。

・タイトルがいい。街の喧騒や、若者たちの不安感を暗示しているよう。

T大を目指している僕や仲間たちの日常、とても興味深く読んだ。前号に引き続き、青春群像。三村の話が哲学的でもあり、高校生特有の夢見がちでもある感じを懐かしく思いだした。

・白鳥京子の名は、少し古いが、昭和のお嬢様感がよく出ている。

・続きがとても読みたい。

 

艶やかに(二) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 横山令子

三年前夫を亡くした夢香。母の介護で東京から戻ってきている松田という男性と知り合う。二人とも60代。夢香は水泳教室に通うことにした。水泳帰りのある日のこと、松田と偶然に会い、送ってもらう。一人暮らしの女性のところに出入りして噂になると申し訳ないという松田に、夢香は、「代々この土地で生きている人たちの中で気にしているのは松田さんのほうでしょう」と言う。松田は、妻に東京のマンションを渡し、母の介護を続けることに。88歳になるという山本老女は、誰の目を気にすることなく、独自の化粧をして独居老人のところに居場所を求める。食材の支払いは江口さんのお財布から手慣れた様子で支払っている。この老女は江口さんが施設に入って行くところがなくなったとぼやいていたが、すぐに次の人を見つけた。老いの入り口は一つでないことを確信する夢香は、おひとり様を満喫している。


37ページ上段、夢香が久しぶりに夫の部屋に入った時の描写が切なく、良いなあと思いました。日々が単調に過ぎていく中、松田と再会。40ページ下段、「あなたさえよかったら、私は怖いものは何もない生き方をしていますから」という夢香の言葉が、少し強く響き過ぎる感じがしました。

 山本老女は面白いキャラクターでリアルにイメージ出来ました。

最後の方で「人間万事塞翁が馬」と故事成語が出てくるのは、筆者が顔を出して、まとめに入っているようで、少し違和感がありました。 

・夢香もきらりとした艶やかさを残して生きたいと思っている。

・少し丁寧に推敲したほうがいい。

・老いの入り口は一つでない・・・悟り

・喜怒哀楽が率直に書かれている。

・夫に先立たれた物悲しさ。

88歳の老女がとてもよく表現されている。『ガラケーのようにバタンと腰が曲がっている』

・異性の友が次々できる人は気が若くていい。続編ほしい。

・松田とはどうなるかと思っていたが、大人のお付き合いに収まったようだ。気の合う同士でも、異性だと友情というのは難しいだろう。

・おもしろいのは、山本老女。居場所とボランティアと実益を兼ねて独居老人のところへ通う。それぞれ、やはりみな寂しさを抱えているのだろう。

 

あしたは晴れている(十四) ・・・・・・・・・・・・ はた けいすけ

5年生の大島から、胸に頭突きをくらって池に落とされれ、びしょぬれで帰ってきた正太は、母丈子に怒られる。高熱を出し、犬のようなうめき声をあげ、苦しむ。賢くて要領のいい兄の直太と正太を比べてしまう丈子。金の母ちゃんが聞きとがめ、丈子に言いつけに来る。また、30円入った書留を朝鮮から送ってきた山村ツルのことだが、丈子の産みの母だと、武市に告げられた。

 

・長屋の凝縮した場面、うまい。

・会話のうまさが、すばらしいところ。惹きつけられる。

・いつ読んでも会話に迫力がある。

・読ませる。

・丈子が自分の生みの母のことを知らず、武市が知っていることに驚くところなど、臨場感があった。

・今回とくべつに、長尾のおじさん、おばさんなど、人情が支えていたと思う。

 

ホームアゲイン(後編) ・・・・・・・・・・・・・・・・ 武 ひとし

美穂は夫の純を亡くし、純恵(幼稚園)と実家に戻っていた。ある日、美術館に50歳ぐらいの女性が「先日買ったが北崎画伯の絵に似ている」と絵を持ってきた。佐野順二という画家の絵だ。美穂はその絵を見て亡夫の純の絵そのものだと驚いた。佐野は大病で死んだのだが、なぜか生き返り、記憶喪失になり、両親と耳の不自由な春子と暮らしている。縁が絡み合い、春子と北崎の弟雅司は付き合うようになった。しかも兄の順二が祈ると春子の耳が聞えるようになった。天界のホーソンソンの力だった。

また、北崎画伯と佐野の龍王峡の絵がまったく同じだということ、心臓病の主治医の話、純恵が佐野をパパと呼ぶことなど、すべてが佐野が純の生き写しだった。ある日、佐野は意識を失い、目覚めた時にすべてを思い出した。佐野ははやり死に、なぜか同時刻に事故にあった北崎の魂が入って来たのだ。

佐野は北崎家、佐野家、皆の前でホーソンソンを呼び(姿は見えない)、魂が入れ替わったいきさつを説明させた。そして2つ目の願いとして、北崎の、美穂との暮らしをうまく取り計らってほしいという声を聞かせてくれた。佐野は美穂と再婚し、やっと美穂と純恵との家に戻ることができた。

 

・前編後編と長編だったが、とても読みやすかった。

・縁が複雑に絡み合って、エピソードを生み、たとえそれが常識を超えていたとしても、それぞれが破綻なくうまく回収されていく。作者はとても頭のいい人だと思った。

・魂がすり替わるところや、魂がまったく同一人物だと証明できるものとして、絵を選んだのだろう。そして、登場人物を画家として動かした。こうすればうまくいくのでは・・・という思考が見えた気がしてとても楽しく読めた。

・すべてが温かく、ハッピーエンドで終わる。読後感の気持ちよさ、感謝。

 

※作者の 武 ひとし氏は、13日、ガンのためお亡くなりになりました。「海峡派」同人一同、心よりご冥福をお祈りいたします。

 

小布施の旅 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 犬童架津代

巡美は、詩の会のT氏らの呼びかけで、長野の小布施に行こうとの誘いがあり、羽田まで飛行機で行き、それからバスで4時間かけて行った。参加者11人の一人、佐藤さんが小布施に嫁いでいる縁でここに決まった。旅館での合評会には、ペンネームの「夢 みなと」で『息子の手』という詩を発表した。昨年いろいろあった末に結婚し、子どもも生まれた息子のことがとても気にかかっている。その息子の結婚式で巡美を紹介され、息子と手をつないだということを書いた詩だ。

 

・冒頭のゴッホ。ゴッホの激しさ、動き、勢い、情熱をラストにも活かしたかったのだろうが、全体の流れのイメージに差がある。葛飾北斎の絵に対する執念みたいなものと、ゴッホが似ていると言いたいのなら、最初の「激しく燃えて」を活かしたいものだ。

・息子と娘の家族の、見送りを比べてしまうのはどうか。小説とはいっても、どんなことでも身内が読むかもしれない。モデルと思われる息子の嫁さんがかわいそう。

・若い頃から入っている詩の会をだいじにおもっていることが伝わってくる。

・『息子の手』という挿入された詩も、なかなか味わい深い。母親にとっては何歳になっても息子は心配なものだとよくわかる。

・たくさん書きたいことがあるようだが、あちこちにとぶのでもう少し整理したほうがいい。

 

メダル・ソルジャーズ(8) ・・・・・・・・・・・・・ 大空裕子

和雪は伯母が魔女だと告げられ、魔女の住む森に出かけた。相手が魔女だからと、幸一と礼佳も一緒に行く。叔母の家は木の上にあり、2DKぐらいだ。和雪だけ、縄梯子で登る。伯母は、来るのがわかっていたと言い、その声は男性の声に変わった。伯母はその男、ピケロというやつに乗っ取られたのだという。その時、下で二人の怒号がした。

 

・和雪は大丈夫か・・・と心配になるほど、ちゃんと読者になっている。

・魔女の描写は、木の上の2DKなどアニメ的でイメージしやすい。

・展開が目まぐるしい。が、次にどうなるか、読者におどろきをもたらす。

・和雪は魔女の甥っ子にあたる。魔女になったのは、乗っ取られたから。

・伯母が魔女だという展開から、魔女が実はピケロという男で、叔母が乗っ取られていたという。どんどん筋が変って行くが、そのペースが速い気がする。もう少しゆっくりな展開でもいいのでは?

・ピケロの顔形の描写がほしいところだ。

・続きが気になる。

 

コスモス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山田キノ

家族で毎年、行っていた近所のコスモス祭り。満開のコスモスを背景に、家族写真を撮るのが恒例行事。わたしも満面の笑み。だが、この記念写真が遺影に。わたしはこの3日後、事故にあって死んだ。泣いている母、食べない父、ぼうっとしている弟を見ながら、もう消えなければいけない。

 

・亡くなった人と残されて人の命のことを書いていて、優しい気持ちになった。

・満開、笑顔 がマッチしている。

・明るい遺影、後ろ、幽体離脱か。

・コスモスにも白や黄色があるが、ピンクのイメージ。

・死んでいるのだが、意識がまだあるように家族を俯瞰している。

 

記憶の整理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山田キノ

頭の中に記憶したものがどんどんたまり、記憶力が弱ってきたので、頭のネジを外してフォルダーの中のものをゴミ箱に移す。だが、それでも記憶力が弱い。病院に行ったら、加齢のせいだという。そうなると、ゴミのようなものでさえ、捨てるのが惜しくなってきた。

 

・とてもおもしろかった。

・不要な思い出は定期的に空にすべきだとは、なかなか示唆にとんでいる。書かれている人間はどうやらロボットみたいだが、記憶収納装置が劣化して、ゴミとして捨てた記憶が惜しくなるとは、なんたること。

 

ルーツ(二) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山之内一次

伸也の父、喜久雄は、上京後、結婚、3人の子どもがいる。喜久雄は自分の生い立ちがとてもつらかったので、子どもにも聞かせていない。九州に足を踏み入れたが、再婚した母親の消息が知りたい。息子の伸也を日田市に行かせるのだが、伸也はその家にいた老人の姿をちらっと見たりしたのだが、何も聞き出せずむなしく北九州に帰るのだった。

 

・喜久雄の気持ちを知りながら、伸也がどうしても聞き出せなかった祖母(喜久雄の母)のこと。どうしても忘れ去ることはできない後悔となっているのだろう。

・続きは、話を聞こうと待ちわびている喜久雄に、伸也がどう切り出すか。わからなかった、会えなかったと告げるときの落胆が目に浮かぶようだ。

・続きが読みたい。

 

みちのく紀行(二) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 伊藤幸雄

靖之は九十七才の兄、俊樹に会いに仙台に行った。兄は脚が不自由なものの、青春時代を過ごした台湾での話など記憶も確かだ。1945年、台湾北北部の羅東というところで、玉音放送を聞いた。これでグラマンの機銃掃射やボーイングB17などの爆弾を浴びずに済むと、正直ほっとした。敗戦と同時に、養父が亡くなって以来、養父の遺産で食いつないでいく生活だった。そんな生活はいずれ行き詰るので、おでん屋を開いた。意外と繁盛し、顔見知りの登見城弘子15才を雇った。

 

・韓国と台湾では、引揚者の感じ方、現地の人の今の日本に対する感じ方がぜんぜん違う。なぜか。

・当時、作者は16才。

・引き揚げのとき、現金も決まっていて、金、銀、宝石など持ち帰ってはいけない。引っかかったら全員、足止め。きっちり守っていたが、かえってうまくやった人もいる。

・みちのくの旅から、台湾で過ごした思い出をうまく入れている。おもしろい。

・引揚者が持ち出せる金額が一万円と決まっていたからと、では使ってしまえと消費意欲が旺盛だったというのが、したたかだなあと思った。

・台湾時代の思い出が色あせずにあるのだなあと思った。

 

遥子と翔平 (三) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 松本義秀

二、麦畑・・・翔平と遥子のメールのやり取りは続いている。翔平の、調子に乗りすぎたり言いすぎたり、深入りした言葉のあと、冗談のように付け足す言葉も、遥子に指摘される。二人はメールで愛を深め、旅行の場所などを相談する。

三、山口・・・いよいよ二人で山口旅行。遥子は白いセーターにゆったりとした紺のジャケットを羽織って、同じデニム地で紺の長めのスカート。丸い濃紺のキャスケットをかぶっていた。翔平の出で立ちは、ライトグレーのズボンに同じヘリンボーン柄のジャケットにアイボリーの薄手のハイネック。翔平は車で来た。遥子の好きな音楽も入れている。肩を脱臼していたのに、お姫様抱っこするなど、かなり優しい。遥子は翔平がなぜ財務省を辞めたのか聞きたかったが、聞けない。二泊の旅はあっという間で、またそれぞれ東と西に別れる。

 

・新山口で会った二人はなんのためらいもなく、手を取り合い、入念に企画されたお決まりの恋の形を忠実にたどる。勢い余って、急に文体が変る(p186下15行~21行)は、再考した方がいいと覆う。甘く、蜜のような至福の時を過ごしている二人の様子は十分、読む方を辛抱させているのだから。

・20ページはメールの記録でバーチャルの恋はこれ以上ないほど燃え上がり、いよいよ実体験になる。準備期間は十分だろう。

・三でようやくバーチャルから事実になった。こんなにうまくいったら、すごいなあ。

・P186の男女のからみ、がっかりする。

・自分が一番楽しんで書かれたと思う。

・理想の女性と男性。

・P169上段「何も実体がない」・・・深い、掘り下げている。最後に独りぼっちのラストがいいかも。

・P172遥子〈くみこ〉・・・コマーシャル

・メールがかなり長すぎる、饒舌。内容が確かに違うのだが、それでも他愛ないことなので、短くしてもいいのでは?

・3の山口で、ようやく二人のデートが実現する。そこでも現実とメールの仮想世界とのギャップもなく、落胆はない。よかったと思う。が、まだ二泊してもこれからのことを決めかねている。先がどうなるのか?

 

百日紅の花 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 都 満州美

弟憲一の見立てで買った中古の家は、庭も弟の趣味によるもの。泰子自身は庭の趣味はなかったが、朝起きると庭掃除から。その後、憲一は車庫と土手の間にフェンスを造り、門に続くフェンスも造った。庭は憲一の思うとおりになっていく。テーブルや椅子を置いたかと思うと、灯篭や石仏まで置いた。落ち葉をなんとかしてくれと隣家から言われると剪定もしないといけない。剪定も弟がしてくれる。泰子が庭で一番気に入っている木は、百日紅だ。

泰子の弟、憲一は、泰子の家の庭を自分の庭のように思ってくれて、何かと世話を焼いてくれる。なつめの木を剪定していた憲一が、木から落ちてケガをする。やむなく庭師を雇うが、夫婦で来て、重機で、手あたり次第に切りまくる。真っ二つに切られた大木は無残な姿をむき出しにしている。結局、泰子の庭は百日紅が一番ということになる。

 

・時系列がわかりにくい。百日紅は8月9月に咲き続ける花木だが、泰子の家の百日紅は6月に咲いたのか?

・泰子の年齢、職業、弟の家の距離など情報を最初に入れてほしい。

・夏の百日紅、季節感を入れてほしい。焦点がぶれる。

・梅干しの実・・・梅の実

・風やヘビ、猫、つくばいなど、いつも細かい描写だった。ウシガエルももっと細かい描写があればよかった。

・弟が泰子の庭を自分の趣味でいろいろと仕上げていくのはいいが、蜘蛛の巣など掃除の点検もしているようで、気になる。

・どうでもよかった庭のことが、次第に愛情をもってくる。その泰子の気持ちの変化がよく表れている。

・一軒家をもつとなかなか大変だと思った。

毎日新聞「日曜カルチャー」

「毎日新聞」2017年12月17日(日)朝刊「日曜カルチャー」に、古閑 章氏筆により、「海峡派」140号、川下哲男「七月のプリン」西村宣敏「砂の砦」が紹介されました。

全作家文芸時評 108号

全作家文芸時評・・・文芸評論家 横尾和博 108号掲載 文学のふるさと に、「海峡派」140号、西村宣敏「砂の砦」が紹介されました。
          ↓   ↓   ↓   ↓

http://zensakka.world.coocan.jp/bunngeizihyou1.html#a108

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「海峡派」140号、西村宣敏「砂の砦」は青春の学生運動が華やかな時代の一学生の話としておもしろく読めるが、ラストが中途で終わっているようで惜しい。随想のさとうゆきの「わたし、イタチとは暮らせない」はユーモアがあって、文章のセンスのよさが滲みでている。

「週刊読書人」第3213号

文芸同人誌案内より
  ↓   ↓   ↓
http://8312.teacup.com/caver/bbs

「週刊読書人」第3213号(2017年11月03日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆に犬童加津代「運動会」(「海峡派」140号)が紹介されました。

「海峡派」140号 ③随想

随想
台風女 ・・・・・・・・・・・・・・・ 有馬多賀子
若い時から旅行をするとなぜか台風にあった。スイス、フランスアルプスのトレッキング旅行、イタリア旅行、阿波踊り見物で、青海島のキャンプでも台風に遭遇。わざわざ台風の時期を外しても、作者を追ってくるように発生する台風。家族も周知で、何かイベントがあると台風が来たら困るから、旅行しないでよと言われる始末。この夏に行く中国の台連では、台風にあいませんように・・・

・台風でどんな目にあったか、面白おかしく書いてあるが、実際は大変だったことだろう。「雨女」「雨男」とはよく言うが、「台風女」は珍しく、タイトルも面白い。次回は、台連紀行も読みたい。台風に好かれているけど、大して被害がないのは、台風が作者に会いにきただけ・・と言った人がいるが、面白いことを言うなあと感心した。
・軽妙な随筆。
・「遺書をしっかり書いて行って来よう」の締めでなく、台風に関することで締めたほうがよかったのでは?
・小説として書いたらいいかも。
・有馬文体になっている。ほんわか。
・台風女というのは、性格のことかと思った。
・江戸屋猫八・・・多用。
・卒寿でなく、傘寿。

わたし イタチとは暮らせない・・・・・さとうゆきの
アトリエの天井裏に住みついたイタチ騒動。何年も前から気付いていたが、とうとう、ものすごい物音と鳴き声に、駆除を決意する。駆除会社の調査員は30代の清潔な好青年。状況を聞くと「着替えてきます」と防塵マスク、ライト付きヘルメット、濃紺の光る素材のツナギ・・・猟師スタイルで現れた。ムクドリの死骸、スズメバチの巣、コウモリの糞、そしてイタチなど、男の撮った映像をタブレットで見た。

・見えないものには人は寛容になれるが、実際に被害が及ぶと駆除するしかない。猟師スタイル、イタチの永年に及ぶ屋根裏部屋での快適な暮らしぶりなどを面白おかしく書いているが、かなり酷く、駆除も大がかりだったのがわかる。何事も傷の浅い内にケアすることが大事だと思った。
・大変だった様子だが、読んでいるとおもしろい。
・タイトルが、読まずにはいられない。
・ラストの見積もりがかすんで読めない・・・おもしろい。いくらぐらいか、気になる。
・文化的になってイタチもでないが、昔は麓でも出ていた。
・小説の題材になる。業者が動画で実績を見せる(ハクビシンのドヤ顔)など、なるほどなあと思った。

緑とは透明な風船のよう・・・・・・横山 令子
夕方になると無性に散歩したくなる。ふと親子4人暮らしの、夕餉の支度をするお母さんに戻っていた。自分に係わる人は縁があって出会った人だから自然体で接していこうと言い聞かせる。今年のさくらの花見は、友人の景子さんと雨の日に、車の中から。老いて思うことは、信頼できる友がいて、本心で語る時間が持てることがどんなに素晴らしいことか。

・タイトルがとても詩的。2時間以内で食べてというケーキ、いいと思う人もいれば、いらだつ人もいる。同じものでも人によって見方はそれぞれ。身近なことを常に新しく感じ、発見がある人。
・久しぶりの随筆。強く生きていくことばかりに一生懸命な人生だったので、残された時間を信頼できる友と出会ったことで、生きることが楽に感じられるようになったのだろう。
・全体的に情感がこもっている。
・内容的に「二時間以内に食べて」についてのそれぞれの見方があるというところは、なるほどと思った。
・景子さんとの関係がよく描かれている。

まさかの坂 ・・・・・・・・・・・・・・ 赤坂 夕 
喜寿と金婚式の祝いを済ませた矢先、夫の右首に大きなこぶ状のしこりに気づいた。かかりつけ医から大学病院に紹介され、検査したら悪性腫瘍。すぐに入院、手術の後、抗がん剤治療。この半年間に兄と、夫の弟を肺がんで亡くした。自分たちの終末と真剣に向き合う時が来た。まさかの坂は人生どこにでもある、悔いのないように一日一日を生きようと決意する。

・がん治療している夫を毎日見舞いながら、車の中で泣いている作者。自分も持病を抱えながらの介護はどんなにか大変なことだろう。いつも人のために一生懸命な作者でもある。自分が倒れると、ご家族はみな困るだろうから、無理をしないように。
・とても確かな表現で、ご主人の病状を書かれ、わかりやすい。病名が書かれてないのが気になるが、耳鼻咽喉科なので、わかる人はわかるだろう。息子さんに「お父さん、よく頑張ったね。ありがとう」と言われる人は、幸せです、まさかの坂も超えていけます。
・夫の現実問題をリアルタイムで書いているので、とても苦しいことだろう。よく整理して書かれている。
・「うちの夫は死にました」という友人。こんなとき、こういうことを感じていただろうか。
・車を運転しながら、大声で泣いた・・・妻の立場、家族の目線がよく書かれている。
・同じ立場だったからいろいろと思いだした。

今も昔も ・・・・・・・・・・・・・ 田原 明子
15歳で親元を離れ、高校の女子寮で過ごした頃のこと。朝6時に起きて、掃除、食事当番のときは寮のおばちゃんの手伝い。部屋は8畳、4人で寝起きする。寮生活の初日、部屋で歓迎会があり、トイレの怪談話を2つ聞くことに。40年の歳月が経って思うと、ホームシックにならないための荒療治だったか。今はその寮は移転し、鉄筋建てになり、トイレも水洗だろうが怪談話は受け継がれているだろうか。

・押し入れに入らないほどのふかふかの布団は、お母さんの親心なのだなあと思った。寝食を共にするというのは、単なる同級生ではなく、深い絆で結ばれるもののような気がする。
・ラストの2行もとてもいい、ふと、若い頃の気持ちにさせてくれる。
・女子高の寮生活は経験したことがないので、興味しんしんで読んだ。寮母さんや先輩との付き合い方も、自宅通学の女の子の知らない苦労もするだろう。男子寮の寮生活は、何かの本などでもまあ語り継がれているので、ある程度わかっているが・・・。
・今も昔も・・・と作者は言うが、いまどきは高校や大学のあるところにマンションを買い(借り)、娘や息子と一緒に暮らし、夫と別居・・・というのも珍しくない。作者の少女時代は文学を育むいい時代だったともいえる。

「海峡派」140号 ②詩、俳句、短歌


しあわせ ・・・・・・・・波多野 保延

夕飯を読んでいる「背から」妻は、「空豆と籠を置いて」いく。それは「菜園の緑の匂いが漂」い、ビールのつまみになる。追加される穴子やジャコ天や浜茹でのシラス。まだまだ日が高い。このひと時を豊かに幸せに感じている。

 

・出足がいい。自家菜園のソラマメを黙っておいていく妻。会話がなくても伝わる間柄。いいですね。明るいうちにビールをのめる。いいですね。

・特別ではない、ほんのささやかな幸せ。それを幸せと感じれるかどうかが、鍵かなあ。幸せと感じれる作者は、本当に幸せだと思う。

・作者が闘病生活を余儀なくされているのを知っているので、このひと時がずっと続きますようにと祈らずにはいられない。幸せが続きますように。

・鞘ではなく、莢と書くところがいいなあと思った。

・醤油の香り、菜園の緑の匂い、浜茹で・・・潮の香り・・・なんともいい匂いが充満しいている詩だろう。

秋の終りに ・・・・・・・波多野 保延

海が好きだった二人。一人は作者で、もう一人はガールフレンド? 貝を拾ったり、砂文字を書いたり、水平線に沈む夕日を見送ったり・・・の幸せそうな1連目、2連目は「あの日」から始まり、何があったのか「会話のない時間が流れ」て、「束の間の出逢いを/闇が引き裂いてゆく/暗黒の深海に消えてゆく」。そして「君を救えなかった僕」と続く。彼女に何があったのか、悩みか・・・それを僕は救えなかったのか・・・重い。そして3連は、今現在もそのときの後悔かもしれない思いに気持ちを揺さぶられている。

 

・失恋の歌かな? 悲しい別れがあったのでしょう。

・「君の叫びが聞こえる/秋の終りのこの海」というところが、なんとも切ない。

・その時、救えなかったことはとても残念だし、どうしようもないことだったにせよ、今でも思い出し、それを詩に書いたということ、忘れていないということは、それでもう十分なのではないか、自分を許してもいいのではないかと思う。

 

死者は雲になる ・・・・・・  池田 幸子

「命日の朝は忙しい」で始まる。それぞれの好きなものをお供えする。姉にはコーヒー、娘にはミルクティー。「遭ったこともない血縁も/それぞれの生き方と人となりを/いつの頃からか聞き覚え」ている作者。覚えている人がいる限り、人は死んではいないのかもしれない。「ISも アルカイダも タリバーンも/数字になった死も、ならなかった死も」ある。みな死んだら雲になる。

 

・雲のように広がりをもつ。最後に雲になった父を思い「田植えを終えただろうか」と締めくくる。なんとも優しい詩だろう。

ISやタリバーンがなければ、と思うが・・・あったほうが社会性があるとか、広がりがあるのか?

・タイトルと内容がくっつきすぎている。

・一人一人に愛をもっている。あらためて命についいて、考える。

・多くの死者に想いを馳せ、「全てを呑みこんで西方の雲になる」と結ぶ。人間の計り知れない部分、最近はパソコンの記憶預かりサイトで収録し、それをクラウドと呼ぶ。


舐められる ・・・・・・・ いよやよい

一人暮らしをしていると「虫に 犬猫に 人間に」舐められる。たとえば、「蜘蛛が庭のあちこち糸を張り」「犬はウンチを置きっぱなし」にし、「人間は・・・・吸いガラ・・・あげくタバコの空き箱まで」置いていき、「家・土地を売れと持ちかけてきた」り。

 

・ラストの親友の一言「女が一人暮らしをするとね/世間が急に冷たくなるのよ」が効いている。

・よくあることだが、それをうまく切り取っていると思う。

・よくあること。がんばってと思う。

・高齢、社会性の一面を切り取っている。

・タイトルの付け方がうまい。

・存在感を感じた。

・作者は今までだれかに守られて世間の冷たさに気づかなかった。一人暮らしになって、世間が急に冷たくなったと感じたのだろう。

 

見切り品―タグくっついてますよ 
              ・・・・・ 
山口 淑枝

大型ショッピングセンターで、台所の暖簾を変えたいと「食品売り場」から「日用品売り場へ移動」し、「色も柄などもさまざま」なものを見たが、探し物は見当たらない。「この次にしましょう!」と歩いていたら、「すらっとした素敵な方が」「タグくっついてますよ」と取ってくれた。「見切り品と書かれた/値札」だった。

 

・商品を見ている時についたのだろう値札。しかも見切り品というのがちょっと情けない。取ってくれたのはすらっとした素敵な方だから、こちらがいっそうみじめな感じ。それがよく表れているのが「じゅわじゅわじゅわっと/得体の知れない感情が迫り上がって/鼻じるを啜りあげた」という部分。恥ずかしさとおかしさがまじりあった気持ちが伝わってくる。ラストはまだ作者が呆然としている状態かな。

・そういうこともある。見切り品というタグがちょっと悲しいが、たいしたことではない。ドンマイ。

 

祈り ・・・・・・・高崎 綏子

「指先でつまむほど/小さくなった」のは、2連の「燭台のように差し伸べた手」だろうか。寂しさで「爪を噛む」のだろうか、そういう日はセーターの緩んだ衿首に手をくぐらせ/巡礼の旅にでる」という。「まるみを帯びた肩骨のイコン」からすっと指を辷らす。

 

※「イコン」というのは、もともとギリシャ語で、「形」とか「像」という意味をもっています。日本正教会では「聖像」と訳されることもあります。「イコン」は、狭い意味では一枚の板に描かれた絵のことをいいますが、広い意味では、正教会が使用する絵画すべてを指す。(ウィキペディア)

 

・自分の体を指でなぞりながら、思うのは神のことか、魂のことか。静謐な詩。ラストの「こころ折れた夜は/なおさらに」が重く入ってくる気がする。

・肉体をなぞりつつ、祈りにたどり着く。巡礼の旅に出る。聖母子像のかたちが見える。

・とてもいい詩。自分に何が足りないか、わかったような気がする。

・ここではイコンはキリスト像でなく、聖母子像に思える。

 

いてん・・・・・・・・・・・さとうゆきの

ひらがなで書かれている。こどもがおとうに、移転の決心を迫っている。下のやつ

らというのは家の中に住んでいる人間。「ぼうじんますくに ぼうじんめがね/こん

いろ の つなぎ」とは、おれたちを駆除しに来たやつ。「ぎんいろの ふわふわふ

とん」とは、断熱材。移転先は悪評高きチクゼン・トヨス。

 

・随想の「わたし、イタチとは暮らせない」と併せて読むとさらに事情がよくわかる。おれという

のはイタチ。イタチが下の人間たちの様子に移転の相談をしているという設定である。移転先を豊

洲にしたところが、うまく時事問題を提起している。人間もイタチとは暮らせないとおびえている

が、イタチも人間の「てっていてき に はいじょ します」におびえているのだ。随想と詩とで

視点を変えたことで、裏表の表現ができた。

・擬人化。

・チクゼン・トヨスが時代に合っていて、風刺になっている。おもしろい。

・随想とセットで読むと、さらにおもしろい。

・ユーモアたっぷり。

・動物などが主人公のとき、ひらがなばかりの詩・・・工夫している。

・築45年ぞ など、言い回しがこぎみよい。

 

訪問者 ・・・・・・・・・・・・・ 清水 啓介

秋の夜、玄関のチャイムが鳴り、空けると、別れた女房が、洗濯機が壊れたから洗わせてとやってきた。別れてすぐに再婚した相手は、再婚して4ヶ月後に肝臓がんで死んだという。洗濯後、「じゃ、頑張ってね」と夜の闇の中に消えて行く。

 

※ラストの「メメント・モリ」は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを 忘れるな」という意味の警句。「死を記憶せよ」などと訳され、芸術作品のモチーフとして 広く使われる。(ウィキペディアより) 

 

・いつかは誰もが死ぬ。その日はわからない。突然やってくるかもわからない。自分でなくても、誰かの詩で自分が翻弄されることもある。訪問者が元妻であり、洗濯機が壊れたからと洗濯をさせてもらいに来るというのも面白い。生きている人も誰かとかかわることで、周りを巻き込み、翻弄することがよくある。

・でんでんむしのような気分の男は閉じ込められている気分。暗い、びしょびしょ。いどのそこに元妻の出現。井戸の中も真っ暗。闇の夜に消えていく女。メメント・モリ。こんな訪問者でもやっぱり、来てくれて嬉しかったかな?

・柘植義春の世界を彷彿させる。暗い。劇画調。

・若い人の気分が出ている。さばさばして、あとくされない。

・元妻との会話がよく効いている。

 

雨になる ・・・・・・・・・・小川ひろみ

「さわさわと 降っていた」雨の雫は、少しわたしにもはいっていく。その間、 いとしいひとを目に留めるのに、面影は追うことができない。そのうちに傘を突き抜けて雨が入ってきて、わたしは濡れていく。

目を引く、5連目の「さわさわ さわさわ」のひらがな、3、4つ目の「さわさわ」はイタリック。そしてちょっと音符のような配置も、「さわさわ」感がよく出ている 。かわいい表現とあえて言いたい。「もう 頭の中まで 全部 雨なので」濡れていくうちにわたしが雨か、雨がわたしか、 わからなくなっていく。

 

・雨との一体化、あるいは同化。わたしという実態のなくなりよう・ ・・消えよう・・・ まさに雨の雫が地面に落ちて流れてどこへ行くのか・・・というような、 意識的でないと目に留めてもらえないようなあやうさ。

・ある別れ。雨のカーテンに消えていく藍色の背中。哀しみが増幅する過程をみごとに書ききっている。さわさわのフレーズが4回。字体を変え、文字の揺れで作者の心情を視覚で訴える技法には、脱帽。

・ひらがなが多いなあと思い、なるほど、詩のやわらかさ、雨の感じはここからも来ているのかと気付き、納得する。

 

宛先のない ・・・・・・・若窪 美恵

「佇んでいたポッと点る灯り」に誘われて、出しそびれていた手紙をふと思い出して登山口の古いポストに落とし込む。タテン・・・はっと我に返る。「少なくとも今日の一通目を呑み込んだ音」・・・空のポストは手紙を出すと音が出るのだろう。まだ宛名も書いてなかった。届くわけはなかろう。でも、届けてくれるというのなら、届けてよ。にせのポスト様。

 

・ポッと点る灯り・・・この詩の幻想的な情景を印象的に表現されていて、言葉の選び方が工夫されている。ポストの赤色のたとえか。

・この世とあの世の境に立つ〈ポスト〉、そして亡きひと宛への手紙―、素晴らしい。

・ポトンでなく、タテン・・・一番いい音を選ぶ努力、工夫されている。夜のポストに手紙を出すと、空だから、そういう音がする。ほかに手紙が入っていたら、音はしない。

・幽玄の世界。

・キツネやタヌキの話を思い出した。

・東北大震災のTVで、無人の公衆電話が死者とつなぐ・・・思い出した。

・黄泉平坂という言葉をよくぞ使ったものだ。

 

俳句

 

香水 ・・・・・・・・・・ 波多野 保延

日帰りの東京見物泥鱒鍋

青梅の闇の上にもたわわな実

梅雨背負う兜太まつわる青い鮫

卍は熟年の性谷崎忌

青葡萄信仰深きダライラマ

棺乗せて傾き下る蜆舟

九条は漢字カタカナ水喧嘩

定年や学歴消えてラムネ飲む

アル中の越前海月原爆忌

香水のなくなる頃に別れ来る

 

・泥鰌鍋は、ドジョウという夏の季語を意識したのかな、それとも東京(江戸)だから、泥鰌鍋を食べたのかな、やっぱり鰻のほうがいいなあ・・・などと思って、楽しくなった。

・青梅、青い鮫、青葡萄、10句のうち、3句の青。香水というタイトルよりも青の色を全体に感じた。

・「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」と書かれた金子兜太の句。こちらは梅ならぬ梅雨。いいなあ。

・卍、熟年、性、エロチックな文字たち

・青葡萄。これも青。卍の句とは一変して、純潔な感じ。

・棺を乗せて傾きながら下る蜆舟とは、なんとも物語性があるなあ。絵的でもある。

・水喧嘩とは、日照りのときに、農民が互いに自分の田に多く水を引こうとして争うこと。9条について、漢字かカタカナか、問題はそこじゃないだろうと、確かに思う。

・定年になると、学歴どころか、会社の看板も消え、いよいよその人の人徳が出るのだなあ。

・大型の傘の直径が2mぐらいあるクラゲ。アル中、原爆忌。形や大きさ、怖さ、狂った感じが、原爆雲に妙に似ているかも。

・香水、別れ、ちょっと物悲しい。香水は作者がプレゼントしたものだろうか? 

10句。きりりと締まっていて、緊張感のある各句のうち、3青い鮫・・・、6蜆船・・・、9原爆忌・・・が好きかな。意味がわからないが、わからなくても選ぶ。何度も口づさんでいたら、アッと謎がとける。その日を楽しみに。

 

短歌

 

抗癌剤 ・・・・・・・・・・波多野 保延

アイリスの栞は荷風の全集にはさまれたるまま押花となる

寝返りの籾殻に聞く波の音夢の渚に桜貝散る

梅雨明けの笹越しに見る星座群酒酔い星は赤アンタレス

咲ききってつぼみをもたぬ朝顔のつるが宇宙の塵にからまる

引き潮の行く末追えば愛犬の鎖が砂に拉致をされいつ

一冊の聖書置かるる島の宿隠れキリシタン漁夫らにもあり

消灯の紐引く闇にゆれ動く蛍光管の丸き残像

夏雲に行く手塞がれ老いの身を悟るも待つもわれの人生

支えくるる左足の杖擦り減りて梅雨の歩道に重心失う

もう少し妻と一緒に過ごしたい焦りつつ今朝も抗癌剤打つ

 

・全体的によくわかる。伝わってくる。籾殻に聞く波の音・・・美しい調べだ。

・夏雲に・・・は、どう生きるも自分次第。気持ち次第と読んだ。いろいろと悲観することも悔やむこともあろうが、ソレも含め、覚悟が伝わってくる潔い一首だ。

・消灯の紐引く・・・入院中の病室か。タイトルで癌の闘病中とわかる。

・もう少し妻と一緒に過ごしたい・・・なんとも切ない願い。どうぞ少しでも長く長く・・・

・これも10首。短歌のほうがわかりやすい。作者の得意なジャンルか、どれもいいけれど、あえて選べば、2寝返り・・・、4咲ききって・・・、6一冊の聖書・・・か。人生を包括する大きな歌心を、あえて小さなものに託してうたう。

 

天を衝く ・・・・・ 永井 哲俊

方丈の狭き庵に人が来る心通える良き朋ありて

杉並木光を浴びて天を衝く古木はあるや緑陰の中

父と手をつなぐ男の子は微笑みてじっと我の目離さず見つむ

伊勢の杜「椿大社」でお守りを互いに贈りてガン治癒祈る

鉄分を求めさ迷う吸血鬼どこにいるのかアドレス捜す

深呼吸 緑の風を奥までに胃のひだ消せよカメラのむ前

爽やかな風満ちたりて清々し旅に出たるかガン無言にて

陽は昇り沈むこと常なりて超新星輝くブラック・ホールに

笹船に「我執」を載せて手を放つ流れ沈みてタコ壺の中

下北の地の果て流さる艱難の花は昔の一夜の夢か

 

・こちらもガンを患っている。心情は「艱難」あるいは、「天を衝く」だろうか複雑な思いはあるだろうが、こうして歌にすることで、支えられることもあるはず。

・鉄分を求めさ迷う吸血鬼・・・貧血状態の比喩だろうか。

・超新星(しんせい)輝くブラック・ホールに・・・全体に流れる宇宙的なもの、これもそうだが、俯瞰しているような感覚。心惹かれる。

・お守りを互いに贈り合ったのは、妻にだろう。

10首。4父と手をつなぐ・・・にこころひかれました。孫だろうか、通りすがりの赤の他人か、ともあれ穢れなき児に見つめられると、なぜかたじろぐ。9笹船に・・・、逃れられない自己に対する偏愛、さてどうする?

海峡派140号 ①小説

「海峡派」140号の合評会が10月1日(日)にありました。今号、初発表の新入会者の参加もあり、にぎやかに感想を述べあいました。まずは小説の感想から。

遥子と翔平(二)・・・・・ 松本義秀


同窓会の後、遥子が横浜に戻ってから、翔平としばしばメールをやりとりする。それぞれの近況が徐々に詳しくわかっていく。遥子は夫とはわけあって別居し、現在一人暮らし。メールのやり取りは頻繁になり、翔平は遥子を温泉旅行に誘う。

 

・メールなので顔文字も使い、同級生ということもあり、話し言葉でいろいろと書かれている。メールということにしても、顔文字が多すぎてイラっとする。メールのやり取りから、どんどん惹かれ慣れ合っていくのがわかる。

・これを不倫というのか? この段階では違うだろうが、不倫ということになれば、のれらのメールは証拠になるだろう。男女が友人でいるのはなかなか難しいことだ。

50回以上のメールのやりとり。社会性がない。

・新しい小説になるかも。

・メールだけで他の進展がないのはもったいない。

・私小説かと思うが、日常であること。連載なので、今後が楽しみ。

・今の主人公たちの時代背景がもっと出ているといいと思う。

 

虫の知らせ・・・・・・・・都 満州美

弓子は決まって山奥の水海の夢を見る。この日も肝臓のMRIの検査だった。8年前の膀胱がん治療からようやく解放されたと思ったら、今度は肝臓がんの疑い。生検はせず、いきなり手術をするという。だが、弓子は手術はしないと言った。MRIの結果、大きさは変わらなかった。ところが、水海の夢は続き、ふと子宮に異常があるのではと思い婦人科を受診した。結果は子宮がんで、子宮掻爬術をした。

 

・同じ病室の隣りの女性、向いの女性との病状や治療が違うことで、嫉妬されたりする。手術がうまくいって生かされる者、手術が無理で、抗がん剤治療の副作用で苦しんでいる人など・・・生々しい。

・長年続けている韓国語の教室の圭子がやはりがんでセカンドオピニオンを求めて東京へ行ったことなど、それぞれのがん治療について考えさせらる内容だった。

・フィクションにする必要があったのか。1人称でもよかったのでは?

・誠実な医療小説。もっと書いてほしい。

・がんの問題はたくさんある。自然体でいいというのもある。大変参考になった。

・救いがもう少しあるほうがいい。

・同感。身につまされる。

・水海・・・は夢のイメージ。

 

七月のプリン ・・・・・・川下哲男

高野球部3年は、5人。夏の県大会予選が近づいたとき、キャプテンの国仲がカンニングで自宅謹慎に。それで秀樹が新キャプテンに選ばれた。高校のそばの〈小山田食堂〉は運動部がよく利用している。夫婦で営んでおり、耳の聞こえないミロという娘も手伝っている。国仲が部に復帰したときも部員で食堂に行ったのだが、サッカー部のトンビがいた。国仲を見て、「カクサゲされて、たいへんよねえ」などと悪態をつく。それでトラブルになりそうになったとき、ミロがうまく中に入ってくれてトラブルを回避した。その後、また食堂に行ったら、おくさんが病気で、代わりにミロが注文を取っている。不便そうなのを見て、部員たちは数を記入すればいいだけの注文票を作成し、渡す。お礼にミロから手作りのプリンがふるまわれた。

 

・読後感がさわやか。タイトルもセンスいい。キャプテンのカンニングというトラブルにも負けず、5人の部員が力を合わせて乗り切っている様子に、好感が持てる。耳が聞こえないミロではあるが、ホワイトボードを使ってやり取りしたり、店内のことではあるがトラブルの仲裁に入ったりと、知的で勇気のある女性。ミロにかかわる部員たちも思いやりがあって気持ちがいい。

・連載になるのか?

・とてもさわやか。和む。部活の様子がよくわかる。

・高3、もっと若い人が書いたかと思った。

・ミロ、生き生きと描けている。「ア リ ガ ト ウ」がよかった。

・運動部の状況がよくわかった。

・ミロ、名前もいいし、人柄が浮かび上がる。少年たちの潜んだやさしさが出ている。

・ミロ、耳が聞こえないので、〇、×で仲裁した機転。素敵な女性。

 

勇者の剣 ・・・・・・・・山田キノ

ショートショート。父と屋根裏部屋を掃除中に、勇者の剣が出てきた。今、父はガーデニングショップを経営しているが、若い頃は勇者だったと聞いていた。今は魔王は半世紀以上に他の星に行ったから、勇者という職業はなくなった。なにかに使えるかと思った剣は、刃先は切れず、柄も折れて接着剤でくっつけている。インテリアにしたが、親友のマサには接着剤のあとにも、勇者の剣であることにも気づかれなかった。

 

・その昔あったかもしれない勇者という職業が違和感なく入ってくる。父の今の様子とのギャップが楽しいし、勇者は、勇気と希望で悪を斬るというところなど、アニメチックなのもいい。また、ラストものんびりしていて、勇者のイメージと離れていて楽しい。

・魔王は半世紀前(1960年代)いはいたらしいが、わたしはそのころ生きていたが、魔王のことも、勇者のことも、今回が初耳。

・何かの象徴か? たとえば、プライドとか。こだわりなど。

・寓話的で、読者によって、読み方がいろいろできる。

・天井裏にホコリをかぶっていたなど、みもふたもない。ホコリと誇りをかけているのか?


ぼくの大好きな人
 ・・・・・・・・山田キノ

ショートショート。朝、のっそりと目覚めたぼくに、沙由里がホットミルクを出してくれたり、何かと気遣ってくれる。一ヶ月前にぼくが倒れていたのを助けてくれ、「好きなだけいていいんだよ」と言ってくれた。お金もない、仕事もしてないぼくができることは、沙由里が寂しくないように寄り添って癒してあげること。ラストのしっぽを立て、にゃーと鳴くところで、ぼくは猫とわかる。

 

・とても書きなれていて、筆運びがうまい。猫だろうなとは思わせるが、最後まで読ませる。沙由里の性格や容姿なども具体的な描写で、すっと入る。

・猫が飼い主を『清楚で知的、スタイルはいいし、何よりかわいい、さらに温厚な性格で裏表がない。そんな彼女から、いつもいい匂いがした』と褒める。猫の愛はとどまる気配がない。物言わぬペットにしゃべらせ、自己愛を発散か?

・擬人化。ショートショートの手法。

・途中で猫だと少しわかる。最後までわからないように、どんでん返しがポイント。

・ラストの動物落ちはパターン化ではある。うまく、だまされたとなると成功。

 

みちのく桜紀行(一)・・・・  伊藤 幸雄

靖之は、同窓会のついでに、姪の裕美の案内で春爛漫の仙台に来ている。仙台には車椅子になり老人介護施設で生活している兄の俊樹97歳がいる。とても元気だ。靖之は男兄弟8人の末弟として生まれ、子供のいない斎藤家に養子になり贅沢で過保護に育てられた。兄の俊樹は中学にも進学できず、夜学に通いながら現在の大検を突破、一部上場会社の監査まで勤めあげた。靖之は仙台名物の牛タンを食べながら、みちのくの春を満喫した。

 

・時系列になっていず、場面が前後するところは、混乱する。伊達政宗や青葉城などのちょっとした歴史も取り入れているところは、読んでいて楽しい。

・真知子巻き・・・スカーフで頭を覆って、残りを首に巻くスタイルのこと。髪型ではない。

・春の東北の燃え出ずる様子、うまく表現している。

・情景描写に品があり、美しい文章、書きなれている。

・銀嶺だけで山をさす

・出らねばならぬ→出ねばならぬ

 

メダル・ソルジャ―ズ(七)・・・・・大空 裕子

カルサイトが去った後、みな一様にカルサイトが強くなっている、秘密があるのではと感じていた。ある日、和雪の母が来て、学園の裏の大樹に魔女の家があり、その魔女が和雪の母の姉だという。つまり和雪のおば。彼女がカルサイトに手を貸しているという。話を聞いた和雪はおばに会いに行く決心をする。

 

・和雪の母の描写が細かくなってきた。また、話の展開もおもしろくなってきた。和雪のおばが魔女というのも、おもしろい。

・連載菜7回目にして、ようやく物語の形態が見えてきた。礼佳と和雪はお互いに想いを寄せていて、周りのみんなは、それとなく応援している。でも、和雪の伯母は魔女で、カルサイトの側の、異次元の世界に属している。もしかしたら和雪の母も? 普通の人間の女とは? 戻してやれるのは和雪だけ? 長い梯子を上っていける? なぜだらけだ。

・木の上の魔女など、アニメっぽい。

 

ルーツ・・・・・・・・・ 山之内一次

自動車学校の実技コースで自分の番を待っている紳也たち。一緒に並んでいた男が自分のルーツを話し出した。紳也のことも知っている。男は畑中といい、従弟らしい。また、紳也は、畑中の家に行ったとき、家の中から夫婦が「死んでは駄目よ」と幼児に叫びうろたえる場面に出遭ったり、不幸を見てしまったという負い目を感じていた。そんな畑中と話する中で、父の喜久雄のルーツを辿りたいと思った。喜久雄は実母とは離れ、継母に長男が生まれてからは、無戸籍になったことを知り、単身東京に出て苦労、努力して立派になった。喜久雄は戦争でインドネシアに渡り、敗戦と同時に引き揚げた。紳也は陸軍病院で、父喜久雄と再会。自分が生かされていることを思う紳也だった。

 

・教習所で偶然出会った男、畑中くんが、どうやら従弟らしい。畑中くんは下宿ではじらいもなく、自分のルーツを語る。紳也は、父の喜久雄の生い立ちに思いをはせ、ルーツを手繰り寄せようとする。

・三河内の親戚の話は、もう少し詳しくてもいいのではないか。喜久雄からの指図どおり動いたとしても、何を待たされ、何駅から夜行列車に乗って、早朝からついたのか。早朝でないと用がたせなかったとあるが、その用はわかっていたはず。

 

砂の砦・・・・・・・・ 西村宣敏

大学生の達夫は、街坂にA大の集会に行かないかと誘われたが、断った。竹田義男も最初はデモや集会に参加していたが、「赤軍」という過激なセクトが出たころから、一般学生は運動から遠ざかって行った。義男は仲間と『砂の砦』という同人誌を作ることにした。喫茶「アートビレッジ」でバイトをしているA大の児玉景子に惹かれる。ある日、義男は恵子を天ぷら屋(デート)に誘う。一方、達夫は熱で寝込んだあと、行きつけのラーメン屋に。店主はがんさんと言い、学生運動をしていて、機動隊ともみあいするうちに、勉強も手がつかなくなり、運動も大学もやめたという話を聞く。達夫は、天ぷら屋で恵子を同人誌の仲間に誘った。

 

・達夫と義男が主人公のようで、交互に物語が進行していく。登場人物が多いので、竹田とか義男・・・野沢とか達夫・・同じような名前はわかりにくいし、どちらか一つで話を進めたほうがいいと思う。最初、わかりにくい。

・『砂の砦』という同人誌の誕生秘話という物語だが、その中に盛り込められた学生運動とかかわる人物の物語が並行していく。義男と恵子の恋愛も。学生運動を誰の立場で見るのかで、物語が変ってくる。達夫と義男、がんさん・・・誰もが少しずつ、その余波を受けている。それぞれの立場で等身大で書かれているし、読みやすい。おそらく続きがあるのだろう。ぜひ書いてほしい。

・忘れかけていた学生運動という言葉が蘇った。

・出だし・・・バスケットボールの練習をしている。ボールがゴールリンクの縁をくるくる回って、結局中に入らずにこぼれでる。ゲームは終わらず、沢山の手に渡っていく・・・何の比喩だろう?

・骨のある力作。青春群像、よく書けている。

P130 〈でも〉の多用。

・この時代の大学生の考え方がわかる、羨ましい。

1969年かそこらの京都。自分もいたからわかる、「二十歳の原点」6.24 を思った。

 

飛行機雲・・・・・・・・ 勝田純子

芙由子を中心に、恩師と妻、愛人との話と、芙由子と夫の貴の話が交互に展開される。恩師の妻は精神を病んでいて、容姿もひどく老けて見える。恩師は別居していた。愛人にも家庭がある。定年後亡くなり、葬儀には妻が娘さんに支えられるようにして立っていた。一方、芙由子はまじめで心の優しい貴と結婚。だが、めったに体を求めず、たまに事に及んでも最後までいかずに終わる、男性の側の不妊に悩む芙由子。貴はそのうち何とかなると言うばかり。友人の倫子と未婚のときは、結婚に悩み、結婚したら子供が欲しくて悩み、子供ができたらまたできたで悩み・・・といろいろ話すうちに少し気が楽になった。

 

・恩師と教え子の美しい物語。

・現代的で、構成がうまい。

・恩師・・・最初だけで、あとは〇〇先生でいいと思う。

・全体像として、重い。緻密。

・テーマは子供ができない不妊のことだろう。夫との関係、人間との幸せとは一体何か?ということを考えさせられる。

・女は夫によって決まる?

・タイトルがイマイチ決まってないので損。

・人生、悩みがいろいろあるが、子供はできたらできたで、また悩みがつきぬもの。

・主人公の女性とたかしをていねいに書いている。嫌いじゃないが、不妊の悩みを考えていないという不満を描いている。

 

ホームアゲイン(前編)・・・・・・・ 武 ひとし

画家の北崎純は、美穂と結婚し、純絵という3歳の女の子がいる。純は突然、交通事故にあい、即死。だが、天上界では純の死はミスで、大慌て。次に来た肉体に純の魂を入れ、地上に戻すことにした。違う人生を生きるお詫びとして、3つの願いをかなえるという。佐野順二は両親と耳の聞こえない妹春子と暮らしていた。仕事中の事故で死亡・・・のはずが、魂は純として、生き返った。順二は記憶喪失だったが、佐野家でうまくやっていた。春子が買った花を見て、急に絵が描きたくなってきたからと、絵を描く。あまりのうまさに、画商に見てもらうと、亡き北崎純の作品に違いないという。

 

・SFというか、死んで魂が他の肉体に入れ替わるのだが、天上界のやりとりなどギャグみたいでおもしろかった。

・後半、絵から北崎純の存在が明らかになるが、どうまとめていくのかとても楽しみだ。

・なかなか面白い発想で、絵は魂が生きていれば、おのずから手が動くのだろうか?と疑りながらも引き込まれている。

・テンポがいい。達者で引き込まれる。

・読みやすい。北九州のことなどを情景に取り入れているので、親しみが持てた。

・作為的な展開。

・天上界の部分はなくてもよかったのでは?

・おもしろい。エンターテーメント。

 
運動会 ・・・・・・・・・犬童架津代

元子の娘、ゆりには4人の子供がいる。元子と夫は孫の小学校の運動会に呼ばれた。前日から娘の家に泊まり、朝起きて、弁当の準備。中学生の孫はサッカーの試合で運動会に行かれないという。弁当のおかずを朝食べて行く。それぞれの孫の成長を温かい目で見ている。

 

・元子は親が診療所をしていて忙しかったので、運動会も一人で弁当を食べていた。そのことを思い出しては3回ほども夫に言っている。小さい頃のさびしかった記憶というのはいつまでも心の中にあるようだ。子供の場合、孫の場合はさびしい思いをさえないようにと余計にいろいろとしてあげたいのだろう。ラストにもう少し工夫がほしかった。

・丁寧に家族関係を書いている。だが、時間関係が錯綜していて、わかりにくいところがある。

 

あしたは 晴れている《連載第十三回》
                ・・・・・・はた けいすけ

脳病入院中のワカを見舞った帰り、丈子はお金がいるので働かなくてはいけないと思う。戻ったら、金のかあちゃんが山本陸軍大尉、ここの旦那さんが戦死したという。そのとき、丈子に書き留めが。朝鮮の山本ツルからで、30円の為替が入っていた。正太は志那に行ったら殺される・・・と、若奥さんが心配だった。大開小学校に行くと、小使いさんがいて、チャンコロにけがさせられたという。また、桶本先生も綴り方の本を出して社会治安を乱したと捕まったという。そのとき、若奥さんが来た。日本髪はばっさり切られひっつめた髪、凛とした白無垢、ひとを寄せ付けない厳しい顔だった。

 

・「国民精神総動員実施要項」などの言葉が使われているのも、時代背景や物語の進行に厚みをもたらせていると思う。戦争は、いやおうなしに、正太の家族の小さな暮らしにもどんどん崩壊をもたらしてくる。正太はどうなるのだろう。

・韓国語が片言で読みにくい。

・時代のことをよくつかんでいる。だんだんと暗くなっていく。

・若奥さんの表情の描写、正太の反応が印象に残っている。

・正太の目からの時代背景

・山本大尉が戦死した。正太は若奥さんのことを考える。大尉に髪を切るように言われたと嘆いていた若奥さんが、もう髪を切らなくて済むと思ってほっとするのだが、学校に現れた若奥さんが、バッサリ髪を切っていたのを見て、頭に血が上る。気が狂ったワカのことをこんなときにからかわれ、5年生の大島にとびかかって行く。池の中に突き落とされた正太。ラスト、冬空の雲の中を緋鯉がとんだ・・・書きたたがともてうまい。この心情表現はすごみがある。

・髪を切らないでほしかったという正太の恋心、ショックがよく出ていた。

 

〈作者の言葉〉正太があこがれている若奥さんから、脱皮していくための次のステップのために、髪をバッサリと切るという設定にした。

 

対馬海峡《連載第三回》・・・・・・木村 和彦

日本人はユニゾンで歌うことが多いので、和音がわからないという。由枝は音楽を聴いてひとつの音を聞いた瞬間、強い精神感動が起こるという。青木先生はとても興味を持ち、放課後、由枝にいろんな曲を聞かせてみる。由枝と同じ合唱団のみっちゃんが話があるという。一つは新井先生がいなくなったのは、由枝のせいじゃないかということ。もう一つは母の青木先生を放課後とっていること、二人でわからない話をし、母は由枝のことばかり話している。青木先生に言うと、和音の研究は最後にしようとカール・ウォルフの世俗カンタータを聞かせた。途中で由枝が「血の臭いがする」と言った。

 

・由枝の内耳の働きというか、音に対する感性がすごい。どうしてかはわからないが、文章力ですごいことを知らせている。今後の展開が楽しみ。

・由枝は、青木先生にすべてを話し、合唱団をやめると告げる。青木先生は、彼女の才能(特殊な感性、和音に対する反応)に未練をしめす。どうなるのか?

・みっちゃんの嫉妬によく気付いた。

全作家文芸時評・・・107号掲載 読者の鼓動が聞こえる

全作家文芸時評に、文芸評論家 横尾和博氏により、紹介されました。

    ↓     ↓     ↓
http://zensakka.world.coocan.jp/bunngeizihyou1.html#a107

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋

海峡派139号、伊藤幸雄同窓会は、四十代になった小学校時代の同窓生が集まる。三次会までつきあった男、かつての理数系が苦手だった同窓生の男がソフトを開発するエンジニアになっていたのだが。そのブラックユーモアがよい。

「週刊読書人」第3205号より

「文芸同人誌案内」掲示板より

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http://8312.teacup.com/caver/bbs



「週刊読書人」第3205号(2017年09月01日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆により、若杉妙「私の岩下俊作像」(「海峡派」138号)が紹介されました。

「関東文芸同人誌交流会の掲示板」より

「関東文芸同人誌交流会の掲示板」より
     ↓    ↓

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?page=2&&TEACUPRBBS=c38e8d4361e54ebab62a9fdb106337bf


高岡啓次郎さんより、若窪美恵『泰子、河内に吹く風のように』の感想をいただきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若窪美恵さんの『泰子、河内に吹く風のように』

 先回は鰻屋に勤め始めた男性が主人公の小説を面白く読ませてもらったが、今回はまったくおもむきが違うもので、死人が生前を回顧して語るという内容。自由自在に素材を切り取っていくのは豊かなイマジネーションの持ち主だからなし得るのだろう。主人公である沼田泰子は夫がまかされた巨大ダムの建設の重責を影から支える役割を担う。八幡製鉄所の土木部にいた沼田尚徳が泰子の夫だが、産んだ7人の子どものうち5人までを病気で失い、本人もダムの完成を待たずして亡くなってしまうという実在する人物であろうと思われる。
 これを読んで私はこの場所を見てみたいと思った。五つの個性的な橋に囲まれた公園のように美しい沼田貯水池と、そこのかたわらに刻まれた記念碑をぜひ見たいものだ。書き方は平易にして気取りがなく40枚くらいの短編を無難にまとめているが、なにせ主人公や夫が舐めた辛酸はこの長さでは書ききれず、細部の苦悩をありありと描くには最低100枚は必要であろうと思う。
 登場人物は少ないからあえてシナリオみたいに会話の冒頭に名前を入れなくてもいいと思うが、作者には何か意図があったのかもしれない。この作品をたたき台にして雄大な大河小説として手がけられてはどうだろうか。もうすでに誰かが小説にしてしまったかもしれないが、若窪さんならではの力量でお書きになったら読み応えのある作品に仕上がるのではないだろうか。


 

「週刊読書人」第32006号(2017年07月28日)

文芸同人誌案内 掲示板より
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「週刊読書人」第32006号(2017年07月28日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆により、
若窪美恵「泰子、河内に吹く風のように」(「海峡派」139号)が紹介されました。

勉強会

713日(木)門司生涯学習センターで、講師 山口淑枝 による勉強会を行いました。14名参加。

とても勉強になりました。山口さん、ありがとうございました。

 

内容

1)自分の詩について

 ・13~14歳くらいから 現代詩の流れと一緒に生きてきた

 ・近代詩→現代詩

 ・好きな詩人 井上靖「北国」について

 ・AIが新人賞を取る時代・・・変わらない部分、残っているもの、踏ん張りどころ

 ・2005年~56年間勉強会をしていたこと

 

 

2)・火野葦平「聖杯」作品集より

  ・北国より

  ・自作「ダイニングキッチンで」の考察

  ・参加者の好きな詩人は?

全作家文芸時評より

文芸評論家 横尾和博氏による、『全作家文芸時評』106号掲載 「文学」への問い】より、「海峡派」138号が紹介されました。
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http://zensakka.world.coocan.jp/bunngeizihyou1.html#a106

「海峡派」138号は横山令子「艶やかに」はひとり暮らしの高齢女性の寂寥を描いて心理もよく描かれているが、主人公に寄り添い過ぎる感があり、突き放すのも手である。

「海峡派」139号 小説②

対馬海峡《連載第二回》 ・・・・・・・・・ 木村和彦

国があるから戦争は起こるという新井先生の言葉よろしく、日韓親善で韓国に渡った北九州少女合唱団を待っていたのは、国の威信をかけての韓国勢の合唱。しかも、出番が終わると新井先生は何者かに連れ去られた。新井先生を失った合唱団を、由枝は存続させることに賛成した。実は、青木先生のピアノの音が由枝にとっては必要だったのだ。青木先生は、由枝がこの部分を弾いてと頼むと、そこの和音やメロディーだけを弾いてくれるからだ。存続にひと肌脱ごうという人たちも現れた。

 

・由枝に隠された問題とは何か、次回が気になる。面白くなってきた。

・新井先生はなぜ連れ去られたのか、連れ去った人は公安?

・新井先生は日本人か? 韓国のスパイ? 疑問がたくさん残るので、続きが読みたい。

 

あしたは晴れている《連載第十二回》 
                                ・・・・ はたけいすけ

日本と支那の戦争は、中支まで広がっていた。そんな中、母丈子の養母ワカの気が狂った。正太はワカのふるまいは恥ずかしく、みじめで胸が締め付けられるものだった。ある日、母に「何でぇ、あんなおばぁはん。外に、出しとくんやぁ!」と口走った。恥ずかしいというのではなく、ドブ川に落ちたら・・・など心配な正太。源さんに謝るように諭される正太だったが、源さん宅にも丈子のところにも届いていたおヌイからのサツマイモを食べ、シンデレーラのことを思い出すのだった。丈子の電報で朝鮮から帰ってきた子之八は、ワカを脳病院に入院させ、消息を絶った。正太と丈子はワカの面会に行った。痩せこけたワカに声を掛けた正太。幸せの瞬間だったが、ワカは獣のように吠え、白衣の男たちがワカを連れて戻って行った。

 

・正太のこまやかな心理描写が、とても切なく読めた。ワカの気狂いは、年齢からして認知症なのかもしれないと思った。だが、もしかしたら、戦争がなければワカも正気でいられたのかもしれないとも思わせられた。小さな幸せを戦争がずたずたにするような気持になった。

 

同窓会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 伊藤幸雄

同窓会で話が盛り上がる。立花は下手な小説を書いているが、今ではコンピュータが書いた小説が芥川賞の一次審査に楽に通るという話になり、そのうち、コンピュータやロボットだけで成り立つ社会になるのではと・・・。それから富田という理数系がてんでダメだったやつが、素晴らしいソフトを開発したという。二十年の歳月はこうも人を変えるのかと立花は思った。すると、中山は実は富田の頭の中はこうなっているのさと、富田の頭をパカッと開けた。中には超小型のコンピュータが埋め込まれていて、カチカチと慌ただしく動いていた。

 

・なんでもコンピュータやロボットに取って代わられる時代、人間と思っていたのが、実はロボットだったり・・・。まさかというどんでん返しは、頭の中がコンピュータ。つまり、ロボットだったという。

・「  」が『  』になっているのは、何か意味があるのか?

 

川筋少年(下) ・・・・・・・・・・・ 川下哲男

炭鉱では、春の演奏会があり、ぼくの母も日本舞踊を踊った。ある日、雨上がりの帰り道、ぼくと神島満と坂松文夫は、あぜ道を通り、そのまま川を歩いて渡ろうということになった。堰とスロープの境目を通って行くのだが、三分の一ぐらい渡ったときに「危ないからもどりなさーい」という声を聞き、足を滑らせた。ぼくはジリジリと滑った。その時、中田規子先生に助けられ、強く叱られた。夏休みのある日、ぼくは虫捕りに行き、クワガタを二匹捕まえた。それから小学校の裏門から渡り廊下のところに座っていると、雨が降りだし、小さな男の子の手を引いた竹森しのぶがやってきた。しのぶの弟はぼくの虫かごのクワガタを欲しそうに見た。それで、一匹あげた。二学期、『夏休みの友』の自由研究ができてなかったぼくは、表紙のナスの馬?を作った。講堂に展示されているしのぶの形も色も本物そっくりに描かれたクワガタムシを見て、ぼくはしばらく動くことができなかった。

 

・炭鉱に住んでいたころのぼくの少年時代が、小さな出来事と共に、色鮮やかによみがえる。少年であるぼくの等身大の忘れられない思い出は、出来事こそ違うものの、同時代を過ごした少年少女の共感を得る。

・とくにラストにもってきたクワガタムシというタイトルの絵は、ぼくがあげたクワガタムシであり、そのうまさに子どもながら圧倒され、すごいと感動しているのがよくわかる。

・お盆に作る人形は、迎えがキュウリの馬で、早く来てほしい気持ち、帰りがなすの馬で、ゆっくり帰ってほしい気持ちを表している。

・これで終わるのは残念。まだ続きが読みたい。

 

遥子と翔平 ・・・・・・・・・・・・・・・ 松本義男

(1)クラス会:遥子は昭和20年生まれ。神戸から門司港にやってきた。初めてのクラス会で大野先生、松

島翔平、山崎勝彦、24人が来た。門司港西海岸で船の修理などをする会社経営している高田が司会。マラソンがダントツ一位だった吉田、成績がビリの石川、トンネル工事現場を社会見学に行ったこと、皆、思い出話が尽きない。翔平は先生に挨拶に行き、そこにいた遥子と『楽興の時、第三番』という曲を遥子が当てたことを覚えていた。会の終わりに校歌を歌った。

遥子:幸子、京子と会うため、北九州に来た。遥子は三年前、夫の浮気で離婚した。結婚した娘がいる。せっかく会うのだからと、高田、黒木、翔平も呼んで、夕食。翔平と遥子は少し互いを意識する。

(2)翔平:大学、司法試験の勉強、節子との出会いと別れ、財務局勤務、退職後、職を転々とし、損保会

社勤務で北九州に戻ってきた。五十前のこと、娘s息子がいるとき、妻の美代子から離婚を切り出される。晴天の霹靂。翔平は「自分のためだけなく、みんなのためにも頑張ってきたのに・・・」と言うのが精いっぱい。別居。美代子の再婚を聞いた。

 

・門司港の歴史や風景を入れながら、門司港の紹介をしている。門司港愛を感じる。美代子から離婚を言われたとき、言い出したら聞かないからというだけであまり反論もせずに、別居した翔平には同情する。妻はだいたい子どもを味方につける。クラス会での様子が目に見えるようだ。

・思い出はどんどん美化される。離婚した遥子と翔平のその後が暗示されている。

・同窓会の雰囲気はだいたいこんな感じで、よく出ている。

・このあと、遥子と翔平がどうなっていくのか、楽しみだ。

 

メダル・ソルジャーズ(6) ・・・・・・ 大空裕子

カルサイトが一枚の紙片を壁にピンで留めた・・・という夢を和雪と由美は同時に見た。しかし、それは現実に起こった。紙片には「メタモン界の大いなる秘密を教えてやる。今夜十時に理科室へ来い」という内容だった。由美も礼佳も一緒について行った。カルサイトに対して、ブレスレットの中にメダルを入れ、裏のボタンを押す。すると、レッドドラゴンに変形し牙をむきカルサイトに向っていく。

 

・ここでメダルの使い方が明かされる。さすがのカルサイトも、レッドドラゴンなどの怪物には太刀打ちできないようだ。

・少しずつしか物語が進まないが、最後までしっかり仕上げてほしい。

・だいぶ、映像が浮かぶようになってきた。

 

ある正月 ・・・・・・・ 犬童架津代

正月に、初美の息子が嫁を連れて来た。嫁は、食事の支度を何も言わないのに手伝ってくれた。鍋を囲んでの団欒。お酒は体によくないという嫁のお腹には新しい命が・・・。次の日、皆で三社参りをした。安産祈願をしてもらった。三日の滞在で息子夫婦は帰って行った。

 

・子どもが巣立ち、夫婦二人の暮らしに、嫁や婿という子どもたちの配偶者が加わり、また家族が増える。正月などで集まった時のにぎわいはバタバタして忙しいにちがいないが、小さな幸せというものだろう。

・次に会うときは赤ちゃんも増えることを暗示していて、日常の幸せにほっとする。

5行目で「正月が過ぎた」とあるのに、その後の展開で、正月のことを書いている。書いてすぐに出したのではないか。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中北潤之介

林は山口の美術館でジャクリーヌコレクションの秘蔵展を見ての、気になった作品のことを語る。郁雄のところに幼馴染の魹オが尋ねてくる。魹オは鹿毛順子という女性とデートしたことについて話し出す。

郁雄は、お城の周りを散策中、白鳥翔子と出会う。翔子は高校で音楽を教えており、フェミニズム活動をしている。郁雄は日本について、自分のヴィジョンについて語る。郁雄は妻と別れ、長崎に残してきた田という息子がいる。田が家にやってくる。

 

・郁雄をめぐって、いろいろな人物がそれぞれの状況で話をする。ストーリーはさほどなく、オムニバスのよう。

・伏字を用いているが、エロ表現はどうか。

・旧かな遣いを用るなど、書き方に工夫を凝らしている。

「海峡派」139号 追悼・随想・リポート

追悼

―青江由紀夫同人―


青江由紀夫同人を悼む
 ・・・・・・・ 木村和彦

感謝の人 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若窪美恵

銀ちゃんと奥様 ・・・・・・・・・・・ さとうゆきの

 

―加村政子同人―


弔句
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 髙﨑綏子

加村政子氏を悼む ・・・・・・・・・・ 坂本梧朗

加村さんを偲んで ・・・・・・・・・・・・ 都 満州美

好奇心に満ちあふれて ・・・・・・・・・・ 若窪美恵

 

随想

買いくれし ・・・・・・・・・ さとうゆきの

さとう家の正月の集いは続いている。『お年玉贈呈会』が最後の長孫のHは、『買いくれし』を決めておくように言われる。『買いくれし』とは、作者の母のシズカが詠んだ短歌に由来する。初給料でビーズの財布を買ってくれたという『買いくれし』。その母の歌集を家族で分担して作った。挿絵は、絵描きである作者の得意とするところ、ビーズの財布も画いた。がま口。だが、シズカの傘寿祝い・歌集披露の際、シズカが見せたビーズの財布はずっしりと重い長財布。みんな笑ったが、『買いくれし』の習慣は残った。

 

・さとう家の集い、行事、どれもがいつも温かい。なかなかこううまく家族がいっている例はないのではないか。小さな出来事、トラブルはあるだろうが、幸せな家族だと思う。歌集はとても喜んだだろう。手作りの歌集には、これからもいろいろなことを思い出させられ、励まされることだろう。

・子どもたちが母のために歌集を作るという・・・とても幸せ

・ラストもいい

・ビーズの財布を使うことができない母の気持ちがよくわかる

・みなご家族が仲良くて羨ましい

・もう少し母に優しくしてあげればよかったと思った。

読み終わって、タイトルが生きていると思った。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山之内一次

私が小学三年の時のこと。ものの不自由な時代に、叔母が薄汚れた私の制服に気づき新調してくれた。叔母は私が喜ぶ様子に満足気だった。叔母と母が話している間、新しい制服の上着のボタンが留まりにくいので、ボタンホールのところをカミソリで少し切った。帰るとき、叔母がもう一度制服を着て見せてというので、着た時に、ボタンが甘くなっているのを見つけた。私に不審なことはしてないかひどく尋ねられたが、白を切った。叔母は私を連れ、店へ行き、凄まじい形相でクレームを付け取り換えさせた。叔母がどんなにか怖い人かは知っていたので、ずっと言い出せなかったが、数年前に嘘のことを告白する手紙を書いた。それから数年五、叔母は一人で孤独に死んだことを知った。

 

・嘘をついていたことを詫びる気持ちはよくわかるが、知らないままのほうがよかったということもあろう。嘘をついたほうは、心が軽くなるだろうが、嘘をつかれたほうは、二度裏切られるような気持になるのではないかと思うのだが・・・ちなみに私が作者の立場なら嘘をつき通すと思う。

・よく最後に告白された

・誠実さがよく出ている

・言いたいが言われない気持ち、わかる。

・性格がよく出ている、お人柄。

《作者の言葉》

いつまでたっても子ども、甘えが取り切れないなあと・・・と。

 

リポート

「海峡派」新年会 ・・・・・・・・・・ 都 満州美

2017129日の「海峡派」新年会が松柏園ホテルで行われた。参加者が10名と少なかったが、和気あいあいと語り合い、ご馳走を食べ、飲んだ。今年の抱負をそれぞれに語ってもらった。

「海峡派」139号 詩・短歌・俳句


れんじふーど・だいぶ ・・・・・・・・・ さとうゆきの
タイトルも詩もすべてひらがな。「あるふゆのあさ/みんながいくので ついていった」のだが、「おされて/てつのはねのすきまから おちた」「にげなくては」「もどっておいで/なかまが ないている」何が?ヒントは「はねをばたばた ちゅんちゅん」。ここで、スズメだとわかる。一時間後、「にんげんのてが にょきっと でてきて」「にんげんのてと てつのあみのすきまは/ぼくの いきしに を さゆうする/〈かつろ〉というものではなかろうか」と理解する。最後は無事に「なかまのところに もどっていった」

・主人公はぼく。ぼくはスズメ。れんじふーどにだいぶしてしまった。スズメがこわがっている様子が、よく出ている。ひらがなの効果。外の寒さと、「にんげんのいえのなか」の温かさの対比は、この場合、そのままにんげんの優しさにつながっている。
・レンジフード(換気扇)に小鳥が入って来たことを詩にした。面白み。
・小さい出来事でも、鳥にとっては大きな出来事。 ・鳥だったら〈かつろ〉を感じたら書かないだろう
・ドキッとした、ひらがなばかりだから、一見簡単そうに見えるのだが・・・ ・真ん中で主人公が何かわかる 《作者の言葉》 去年までレンジフードの下に気があったが、その木を切ったので、レンジフードからいろいろ入ってくる。

83歳Now ・・・・・・・・ 高崎綏子
なんとも若々しいタイトル。「電波障害で」「司令塔から/指示が届かないので」という出だしからよくわからない。テレビなのか、ラジオなのか。駅前の幹線道路の陥没は、博多で起きたあれだろう。苦江巣氏はクエスチョンのことのようだ。3連目では、司令塔復活。ラストは「わたし/今」「物干竿にぶらさがっている」とある。

・一行に多用する/の意味するものは何? →視覚的に面白いと思った
・/は目で見ての効果 ・陥没事故のことを書いているが、メタファ
・苦江巣氏というのは、クエスチョンのこと。物干し竿にぶら下がっているというのは、クエスチョンマーク ?がフックの形になっていて、ひっかかっている様子を描いているのでは?
《本人談》 まだらぼけのことを書いている。電波障害とは脳のこと。これからは詩を書いていく。

旅行記 ・・・・・・・・・・ 清水啓介
就寝前のいつもの儀式。「目を閉じて、自身の意識の内側を覗」く。古びた階段を降りてみると、扉があり、開けると「そこは裸電球の灯った一畳ばかりの和室」。その鏡に「戸惑った中年男の顔が映っている」のだが、何かおかしい。俺だが、よくよく見ると、木偶人形だ。「意識という現象さへも、実は幻影に過ぎないのかもしれない」と思う。

・自分を探し、その探し当てた自分さえも自分でないと疑う。意識も例外でなく、自分の意識だとおもっているのも、やはり幻影にすぎないのでは?と考える。入れ子式の箱を次々と開けては「違う」と落胆しているよう。いつ作者は自分にたどり着くのだろうか。
・どこかで読んだような詩(作品)
・起きたことに対する判断 ・タイトルが面白い ・村上春樹が自分の意識の内側の地下1F、地下2Fまで下りて行くと言っている。もっと下りてほしかった。
・幻想感を説明しないでいいのかも。
・行間があるので、一行に長く書かなくてもいいのでは?

水自慢 ・・・・・・・・・ 山口淑枝
「水が美味しい。/有り難いねえ。」とは、東南アジアの旅から帰った時のセリフ。さらに、蛇口から水を出し、「日本の・・・水は」と連れ合いが言ったら、「これ北九州の・・・水よね」と私が言って、「にこにこする」。

・海外に行くと、日本のよさがわかるが、ことに水に関しては、日本ほど安心して飲める国はないのでは・・・
・確かに、言われてみれば、日本のように蛇口から出る生水を飲める国は数少ない。
・誰にともなく、自慢げになる。水は体を作る。水なしでは生きられない。本当にありがたいことだと思う。足りすぎて忘れているだけだ。そのことに気づかされる。
・ありがたい・・・と改めて思ってみると、ありがたいのは水だけではないと気づく。

母よ ・・・・・・・・・・・・・ 波多野保延
「九十六年を生きた証が/神は無情な試練を与えている」という。苦労した母が人生の最後にまだ試練があるという。「骨と皮の四肢に/何本もの管が垂れ下がる」ので、見ている方も辛い。そして「十日後遺ろうの決断をした」という。口で食べられないというのは、見ていてなんとも言えない気持ちになるもの。そんな母に好きだった日舞のレコードを聴かせる。

・96歳の母親の看取りをする やつれ果てた母の「生」を神の無情な試練ととらえる作者だが、母が踊ったことがある「柳の雨」のレコードを聞かせ、顔の反応にこころを動かされる作者でもある。この揺れ動く心情を詩にされている。俳句もされ、短歌もされる作者だが、これは詩を選ばれた。
・母を思う気持ちはいくつになっても変わらない。生きていてほしいと願う気持ちも。
・最後にレコードを聴いてかすかに顔に反応があったというのは、ほっとした。
・短歌には、斎藤茂吉の「赤光」がある。波多野さんは当然、意識されただろう。

友は逝く ・・・・・・・・ 横山令子
彼女と私の距離感を「そうだ 友と呼ぼう」。友は「大切そうにいつも箱を抱えていた」「友からの電話は古本屋の匂いにも似て/束の間 時計の針は戻った」・・・友と作者との距離感、そして同じ時代を過ごした日々が感じられる。ラストは「電話も住所も消したけれど/マタ向コウデ会イマショウ サヨウナラ」と、消した後のことはカタカナで表現。

・カタカナ表記の事務的な感じが、なんとなく無機質で終わりの寂しさを捉えている気がする。 ・加村さんの追悼詩だと思った。
・友との別れはとてもつらいもの ・追悼とはいえ、よい詩
・箱はメタファ ・ヒリッと肌がつるという感性がいい。

しあわせ時間 ・・・・・・・ 赤坂 夕
「釣川土堤に/つくしがはえて・・・こがもが十二羽・・・」私は聞く。声に出してか、心の中でか、「何をしてるの/藻を食べてるの」と。そして思う。「きみたち・・・自給自足で/自立していて カッコイイ」と。 自然に恵まれている家の周辺を散歩でもしながら、作者はいろいろと考える。たとえば小鴨を見た時。誰から養われているわけでもなく、自分でエサを取り、生きている。そういうことにもふと思い当たり、えらいなあと感想を持つ。

・素直に詩にできる人。感動こそが詩の原点かと思う。そして、その気づきに、幸せ時間と思っている。しあわせは身近にあるものだと改めて考えさせられる。
・自分の今の辛さを釣川の小鴨に思いを寄せている。 ・車から川面を見たりするのが、なぐさめ
・表記の仕方を工夫している
・ラストの「カッコイイ」の言葉を使わずにカッコよさを伝えることが大事
・小鴨のかわいらしさや、歌いたくなるような、浮かんでいるようなレイアウトになっている。

カティア逝く ・・・・・・・・ 坂本梧朗
26行にわたる第一連。その最後は「君の去り際に/立ち会えたことを/よかったと思い/また不思議にも思った」と締めくくる。カティアの最後を看取ったのだ。二連目はカティアの思い出。「寒い夜中に抱いて出て/大小便をさせた/雨の日には傘の中に君を置いた」など、そこここに君の思い出を探す。ラストもそう。「家のあちこちに/君の思い出がある」という。

・ワラシの子ども、カティア。苦労もさせられたが、家族なのでその死はつらいはず。作者はまた、犬と暮らすことがあるのだろうか。
・ペットは子供のようなもの。亡くしたら悲しい。
・先に誰かをわからせたほうがいい。→せっぱつまった状態が出ている
・愛したものに対する看取りが、愛情こめて書かれている
・ペットロス

短歌
十戒 ・・・・・・・・・・ 波多野保延
冬となり梢の枯葉旅にでて時雨に濡るるは蓑虫ばかり
リラ冷えの未還の四島遠く見て若布刈りとる手こぎの舟は
いい味と妻をほめあげ筑前煮にそっと好みのみりん加うる
岬なる水仙の香を分けて来る沖より届く原発の波
我れの行く遍路の旅に来し妻か札所の道を車椅子押す
天草の「五足の靴」の旅終えてクルスの見ゆる窓辺の聖書
有明けの干満の差は六メートル露天風呂より夕日を掬う
カルデラの盆地に色づく麦の穂は風と余震にさ迷いゆれる
大仏の背より広がる片瀬浜晩夏の昼を江ノ電軋しむ
「十戒」の海割るシーン幾度か新宿コマはわれの青春

・蓑虫ばかり、手こぎの舟は・・・寂しさが出ている。
・いい味と妻をほめあげ、われの行く遍路の旅・・・妻を思い、感謝する作者の気持ちが出ているほのぼのとした歌。
・原発の波・・・水仙の香を分けて届くというその対比がどきっとさせる。
・江ノ電、タイトルになっている「十戒」の海割る・・・青春時代を東京で過ごしたのだろう作者の懐かしむ気持ちが表れている。
・旅行記が多く、行った場所の印象で、一番のものをずばりと。


俳句
海軍カレー ・・・・・・・・・・・ 波多野保延
冬の蝶排卵の日に舞い上る
共謀法一夜で通過春の雷(らい)
モナリザの笑みに嫉妬青葉風
皐月闇寺山修司の性(さが)匂う
六本に性を操る鵜飼かな
けん玉の地球一周テロ炎暑
蟷螂のなほ嚙み砕く生殖器
発艦の湾はぐんにゃり油照り
老婆にも化粧の権利天花粉
湘南に海軍カレー夏の果て

・俳句は、時代背景を伴って、言葉選びも鋭い。
・共謀法、テロ、発艦、海軍カレー ・・・・ 戦争を憂い平和を願う思い
・鵜飼、蟷螂、冬の蝶 ・・・ 性のまばゆさ、あるいは生きること

「海峡派」139号 ①小説

「海峡派」139号 
合評会での感想を目次の順に少しずつ更新していきます。

泰子、河内に吹く風のように ・・・・
若窪美恵

桜や藤の頃、また山登りやキャンプ、サイクリングにと、にぎわいを見せている河内貯水池。そのダムは、全体が石積みでできており、西洋のお城を思わせる美しさで、大正八年に着工されてから完成するまで、おおかた十年をも要した。設計は、沼田尚徳・・・これは、尚徳の妻・泰子にふりかかる悲しくも美しい夫と子どもを想う物語。八幡東区には、製鉄・石炭に関連する様々な近代化産業をけん引してきた歴史的建造物がある。それは地域の発展の軌跡を浮き彫りにし、当時の暮らしや文化を後世に伝える貴重な証でもある。

 

・太字のメモリアルの文や、(男1)(男2)など、必要かどうかわからないが、凝っているし、冒険したなと思う。

・亡くなった泰子の語りで進む。

・いい題材を見つけた。人柱という怖い表現も、うまく取り込んでいる。

・ドラマに使える構成。臨場感があった。

・ダム建設を巡っての作、すでにこの世にはいない妻泰子の視点から、その経過を語られているところが、立体的で、新鮮だった。内容もダム造りという珍しいもので、興味深かった。

・とてもよかった。いいシナリオになっている。

・たしかに製鉄所というものはドイツその他の欧米の技術のほとんど並行輸入かもしれないが、ダムというその為には絶対不可欠な存在などは自前で、自腹ですべて成したはず。

・人柱。なんと重い、痛々しい言葉だろう。場面的には「父の死、娘の死、、、、こうしてお天道様がのぼっていて、、、、、、やはり、父たちはここにいるかもしれないなぁと思え、とても神聖な気持ちになりました」(p11)が素晴らしい。

・この小説は骨格がしっかりしていて、健全、明晰なのでとても読みやすく、好感が持てる。

 

楠木の下を通る日に ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 田原明子

激しい頭痛に襲われ、気付くと息子の太郎や孫の翔太など皆がわたしの周りに集まっている。体は動かない。どうやらあの世へいきそこねて、魂だけが離れてしまったようだ。施設から引き取って育てていた美希も来た。美希はわたしとは母が違う妹の子どもだ。妹は美希が生まれるとすぐに死んだ。その後、20歳離れた男性と結婚し、太郎が生まれた。美希は太郎をとてもかわいがり、知らず知らずにお手伝いさんのように使っていた。高校卒業時に美希は二千万円貸してくれと言って出て行った。病室で、美希と太郎は二人で話す。美希は苦労して医者になり、借りた二千万の中から、元の自分が育った家を買い診療所にした。それぞれの思いの行き違いを二人の会話で明らかにした。

 

・すべてはそおれぞれが相手を思いやってのこと。人の思いはなかなか伝わらないもの。それぞれが勝手に思いめぐらす。そういったことを立場を変えずに、うまく魂が離れたとするわたしも入れて3人の気持ちを繋げたいい作品だと思う。

・今、作者は死後の世界に興味があるのかもしれない。

・まだ若いのによくこのようなものを書けると感心した。

・女性の心理がよく出ている。

・エッセイの臨死体験が、2年後、この小説に生まれ変わったよう。

・口がきけない人の立場から書いている。

・現代版おとぎ話と思う。悪人がいない。感情の行き違いで悪人に見えただけ。

・人は亡くなる前、耳だけは聞こえるらしい。うまく取り入れている。

・二千万円は額が大きすぎるのでは?

〈作者の言葉〉

昔書いたものを掘り起こして、直して書いた。テーマは「自由に生きられるように」

 

五時の女 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 有馬 多賀子

平田先生は、保育園の迎えがあるから5時で帰る。それを快く思わない女性教師もいる。三井弥生は、小学校1年生の担任、幸いなことに近くに住む母親に子どもをみてもらっている。そんなとき、母が脳梗塞で倒れた。だが、弥生は、おいそれとやすめない。母の知り合いの足立夫人に子どもをみてもらうことに。なにがしゃくにさわるかといえば、他人事みたいな夫の態度。結局じぶんにふりかかる火の子は全力でふりはらわねばと、弥生も五時の女になることに。

 

・昔と違い、今はイクメンがもてはやされているようだが、現実はなかなか厳しい。夫の仕事の都合にもよるだろう。いつの世も、やはり女性が子育ての中心になる。仕事をもっていたら、本当に大変だ。弥生のように、周りの協力を得るのが一番だろう。

・仕事をしながら子育てをがんばっている女性への応援小説。

・あの子育て戦争と呼ぼうか、女性が自立して生きていくために、子どもはしばしばじゃまものとしてたちはだかる。夫も女の自立をはばむ。いとしい者たちがなぜ!その時代を生きたものとしてこころから共感。弥生はかしこくきりぬける。同僚の苦境も理解する人に成長していく。えらい。

 

落とし穴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 都 満州美

PCのトラブルの体験談を、微に入り細に入って書かれている。パソコンで書いた文章が操作ミスで消えたこと、誤作動を起こすようになったこと、初期化したこと、マウスの老朽化、XPのセキュリティーが終わったこと、インターネットがつながらなくなったこと、いきなり10にアップデートしてきたこと・・・それからの故障とサポートとのやり取りを細かく追って描いている。

 

・克明に書いてある。仕事をしていれば、PCトラブルなどは詳しい人が必ずいるから、自分で対処することはないが、わからないと大変なことだ。

・結果がどうなったか、知りたい。今、ちゃんと使っているのかどうか・・・

・サポートの人も、いろいろいて、結局は人柄なのかなと思った。いい人に当たるかどうか、ずいぶん違う。

・どれもがPCに非常に詳しい人なら苦笑するような内容だろうが、どれもこれも多少の差こそあれ、思い当たるふしがある私には、身につまされる。他人事ではない。逆に、PCを使わない人には、何のことやらわからないだろう。ともかく、大変でしたね。

〈作者のことば〉

トラブルは怖いけど、今はネットで英語の動画ニュースを見ています。

 

父の贈り物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若杉 妙

淳子ばあばが、孫に昔語りをする。・・・昭和二十五年頃のこと。淳子の父武雄は右足が義足で、松葉杖をついている。母芙美子と淳子はリヤカーに下駄の歯替えをする道具をつんで、行商に行く。頼まれた下駄を武雄が修理するのだ。その父のことで一番印象に残っている思い出は、淳子の結婚式の前日のこと。武雄は、黒地に表面には牡丹の花があしらっている中歯下駄を挿げていた。その中歯下駄を、明日は雨が降るに違いないから、これを履いて嫁に行けと渡してくれた。五十年過ぎても、淳子の宝物である。

 

・花嫁を作り、家から出ていく・・・当時の様子がありありと思い出された。今はなき、風景だろう。

・花嫁を見るため、近所の人たちがやってくる。子供たちは花嫁の後ろをぞろぞろとついてくる。そんな懐かしい風景を再現させてくれた。

・淳子ばあばが孫に語るのは、とてもいいことだと思う。幸せな光景。

・最初のほうに出てくる餃子、作り方どうりに作って食べてみた。シイタケを入れたら、食感がよくおいしかった。

 

関東文芸同人誌交流会の掲示板より

関東文芸同人誌交流会の掲示板に、根保孝栄・石塚邦男さんより、「海峡派」139号の丁寧な批評をいただきました。ありがとうございました。
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抜粋します

「海峡派」139号(北九州市) 木村和彦「銀次郎の日記」で有名だった青江由紀夫氏の追悼文の惜別の情  投稿者:根保孝栄・石塚邦男  

 ・引き続き139号の感想。編集後記で詩人の大岡信さんがなくなったことに触れている。大岡さんの息子さんの大岡玲さんは、イタリア文学の専門家で、芥川賞作家。たまたま、私が所属している苫小牧の読書会で、連休明けに大岡玲さんの小説「黄昏のストーム・シーディング」を取り上げて読後感を話し合うことにしているので、奇遇な気がする。大岡信さんは、朝日新聞で長く折々の歌を連載していたので、古い人は歌人の間でも有名だ。 三十年ほど前に、札幌の詩人の集まりにたまたま来道した大岡さんの謦咳に接する機会を得たことがあった。詩だけではなく歌にも造詣深い方であった。

若窪美恵「泰子、河内に吹く風のように」は、あの世に居る沼田泰子が、夫が自分のために建ててくれた五言絶句の詩を記した記念碑に対して夫の真心に感激、夫とのなれそめからその後の一生を回顧するという設定の小説。明治十九年に八幡製鉄の建設計画が浮上、地元の八幡村の土木部長だった夫の沼田が製鉄に必要な大量の水を確保するためダムを建設、河内浄水場の完成にこぎつけることに成功するのだが、住民との間で摩擦が生じて苦労した次第を、あの世の妻の立場から語るという構成になっている力作短編。

田原明子「楠木の下を通る日に・・」は、突然の頭痛に見舞われ意識を失った老婦人の私から、枕元に集まった家族の様子を幽冥界から見下ろす・・という構成。周りの愚痴や溜息、残った者への冥界からの労り・・作品が読む者を惹きつけるのは、そんな場面がいずれ訪れることを感じている年配者であろう。

有馬多賀子「五時の女」は、残業で遅くまで帰れないのが日常になっている職員室なのに、夕方の五時に帰る教師がいた。それは・・・というような教職現場の話。学校のこと、町内会のこと、育児のことなどをからめて、女性の職場の課題を考えさせる作品。

都満州美「落とし穴」は、パソコン、インターネットの問題点、便利さがあるかわりに機種やセッティングの違いによって不便もある、というような今日的な課題を小説にした新しさは買える。

若杉妙「父の贈り物」は、中心街で四十年スナックバーをやっている淳子が、八幡製鉄の社宅時代を思い出して語る・・という内容。

・詩作品は、さとうゆきの「れんじふーど・だいぶ」が、レンジフドに乗った側からの目線で童詩的に語る構成。高橋糸子「83歳nou」の諧謔時代批評詩は愉快だ。波多野保延「母よ」は、96年散々苦労してきた母が、今病床にある。その母への感謝と労りの詩。

木村和彦「青江由紀夫同人を悼む」は、「銀次郎の日記」の連載で有名な青江由紀夫さんが亡くなり、追悼の文。この青江さんは、私の大学の学部も一緒の同級生だが、大学院で経営学の学位を取った方と記憶している。北海道の「山音文学」にも「銀次郎の日記」を十数年連載していた。函館大学の学長で定年になり、その後東京の団体役員をしてこれを辞し千葉の自宅で読書三昧を楽しんでいた人物。ネットもワープロもやらないので、原稿用紙に直接書き込むやりかたで押し通した方で、私も十年前まで「山音文学」の編集部の一員として生原稿のタイプ打ちを数年手伝ったことがあった。合掌・・・。

関東文芸同人誌交流会の掲示板より

関東文芸同人誌交流会の掲示板に、根保孝栄・石塚邦男さんより、「海峡派」138号の丁寧な批評をいただきました。ありがとうございました。
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抜粋します

「海峡派」138号(北九州市) しみじみした読後感は都満州美「逃避行」  投稿者:根保孝栄・石塚邦男  
 
・遅れましたが、読後感を。
川下哲男「川筋少年」上の作品は、1958年、小学校三年生になった本田正吾が主人公。その目線から炭鉱町に住む一家の模様が語られる。家族は六人、三十代前半の父母と母方の祖母、幼い弟二人の合計六人が木造平屋の二軒長屋に住んでいる。酒が回ると炭坑節を歌う大人たち。線路沿いに水路があり、池がある。川上には滝がある自然に恵まれた町。学校生活、子供たちの遊び。そのような昔懐かしい日本の炭鉱町の風情を細やかに描く。

若窪美恵「まいど。鰻屋です」は、大学で文学部を専攻した太った若者が鰻の養殖場に見習いとして勤めることになり、日々奮闘するという珍しい職場の話。

有馬多賀子「おもちゃのヘビ」は、新しく赴任した女性教師が、難しい年頃の六年生の担任になって奮闘する話。

都満州美「逃避行」は、佳作である。両親と暮らしていた兄は、母が世話をするので日常生活で身の回りのことを何もせず過ごしてきた男。父が亡くなり、世話係の母も亡くなって、一人っきりの生活になった兄の住む実家は荒れ放題。姉はまともな結婚をして家を離れていったのに比較して、語り部の私は一人暮らしをして今はアルバイト生活。実家に帰って兄の世話をしながらアルバイト生活をすることにした・・。実家の一室を自室として住むことになったのだが、兄の日常生活が少しずつ狂い始め、それにつれて自分もおかしくなって行くのを感じ始める。老いに向かう兄妹の共同生活は・・・という話なのだが、細やかに肉親の変わり行く姿を描写する筆筋が地味ながら読者を惹きつける。

横山令子「艶やかに」は、夫の死後、あまり外出をせず、誰とも会話しない日が多くなった夢香は、久しぶりにコスモスを見に外出する。そして、粋な感じの老年紳士と知り合いになる・・というロマンチックな話。

詩作品は清水啓介「あくるひ」は、団地風景の一齣をシュールに点描した着想と構成が光る。山口淑枝「ダイニングキチンで」は、ご飯の炊き具合を竈の神様めいた目線で描写した構成と着想に心魅かれた。随想では、若杉妙「私の岩下俊作像」が同人雑誌ゆかりの岩下氏にまつわる伝説めいた思い出話の披露が心に残った。

高岡さんより批評 木村和彦『輝けブラス』・・・

関東文芸同人誌交流会の掲示板に、高岡啓次郎さんより、木村和彦『輝けブラス』の丁寧な批評をいただきました。ありがとうございました。
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高岡さんは、今年度の、
第十回北九州文学協会文学賞の小説部門、『無口な女』大賞を受賞されました。北九州文学協会文学賞授賞式、懇親会でお会いし、「海峡派」ともご縁ができました。以下、抜粋します。

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①輝けブラス  
 投稿者:高岡啓次郎  
 海峡派の同人である木村和彦さんから上記の題の本をいただいた。以下はその内容を紹介した西日本新聞の数年前の記事である。

盲学校に赴任した23歳、新米の物理教師の悪戦苦闘。

「死ぬ前に、もう一度だけ演奏しないか?」

昭和33年に、初めて盲学校にブラスバンドができた、NHKラジオで全国放送の、あの感動シーンが蘇る。
1956年から7年間勤めた八幡東区の北九州盲学校(現・北九州視覚支援学校)で、全国でも珍しいブラスバンド部を創設した元教員木村和彦さん(82)=門司区花月園=が、当時の体験を基にした小説『輝けブラス』を出版した。視覚障害で楽譜を読めない生徒たちと苦楽をともにしたドラマがつづられる。木村さんは「私の体験を通じて、一般的なイメージとは違う視覚障害者の姿や彼らが考えていることをぜひ知ってほしい」と話す。専門は物理で、音楽の知識が全くない中でブラスバンド部を創設。目が不自由な約20人の部員に代わって楽器を調律することから始まり、部員たちとレコードを聴いて、時には面識がない芸大生に頭を下げて指導を請い、演奏技術に磨きをかけていった。
練習風景を見学しに来た人たちに対し、見せ物見学に訪れたように感じて時に怒りがこみ上げ、部活動に入れ揚げるあまりにほかの教員と対立するなど、血気盛んな20代の木村さんの姿も描かれる。一方、視力が徐々に失われて完全な失明が近づくことに悩む部員を海岸に連れだして励ますなど、盲学校であるがゆえの出来事にも見舞われる。
教職の傍らで同和問題を取り上げる作品を手はじめに小説を書き続け、退職後も同人誌を20年、主宰した木村さん。これまで手掛けた小説は多数あり、今回出版した『輝けブラス』は、かつて第1回蓮如賞の最終候補作に残った作品「アイウルラ」に、失明した部員のその後の生活などを加筆した。
80歳を超えた今もワープロを使って創作活動を続け、たった1行を書くために2、3日考え抜くこともあるという。それでも「小説を書くという好奇心が大事。それがエネルギーになっている」。
その後、ブラスバンド部員たちは卒業して各地で鍼灸師(しんきゅうし)になるなどし、木村さんも北九州市内の高校に転校したが、その後も連絡を取り合っている。木村さんは「一般の人はもちろん、出版した本を音訳したり点字にしたりして、かつての部員たちにもぜひ読んでほしい」と話している。

近々、この本を読んだ私の感想を載せたい。

②「輝けブラス」の続き   投稿者:高岡啓次郎  
 
 私がこの本を褒めるのは他にも理由がある。以下に一部を記す。

 彼の表情を見ているのが私だけだということが、彼と私が二人だけで対決しているようなき重さになって私を捉えていた。

 体育の先生がムッとくる炎熱の匂いを撒き散らしながら入ってきた。

 彼の音は、彼の体臭のように周囲に従えている空気そのものであった。その音は凍りついていた。硬くて重く傲慢でさえあった。
 それが攻撃的ならばまだ若さがあったが、彼はけっして自分からことを起こそうとはしなかった。四角や三角の組み合わさったその音は長調では格言のように、短調では靴に石を入れた歩行のように辛く痛かった。
 それは私に頑固な老人を思い出させた。
 これだったんだな、私はつぶやいた。

 この文章を見ていて分かると思うが、周囲に溶け込まない少年が楽器に向き合っていく様子が描かれ、それを主人公である教師が不思議そうに、扉の中をのぞくように描写している。
木村さんの許可を得てこの本の入手方法を近々みなさんに知らせたいと私は思った。  

③輝けブラスは映画になり得る
 投稿者:高岡啓次郎  
 木村さんの作品を読んですぐに感じたことは、私が映像の世界に生きる人間なら、ためらわずに映画にしたいということだ。この種の成功物語には「フラガール」があり、いま封切り中の「チアダン」があるが、この小説ははるかに精神性をともなった深い映画になりえるのではないかと思う。工学部を出た物理の教師が盲学校に赴任するいきさつや、正義感に満ちた青年教師が、今まで気付かなかったことに目覚め、新しい世界で子どもたちと一緒に成長していく過程が実に面白い。文体は平易にして会話も軽妙。九州にはずいぶん優れた書き手がおられるのだなあと改めて感心させられた。この本についてはもういちどふれてみたい。  

③「輝けブラス」最終考  投稿者:高岡啓次郎  
 前回ふれた周囲に溶けこまない少年のかかえた闇がエンデイングが近づくに連れて明らかになっていく。少年は人間が存在することそのものが罪なのだとつぶやくが、ずっと自死を考えていたのだった。周囲の仲間たちが楽しそうに音楽にのめりこんでいくのを、どこか冷ややかな態度で達観しているふうだった。奏でるトランペットの音色はどこか周囲と違う。その超然とした様子に、ときに教師は苛立ちを感じるが、ある日、少年の心に宿る深い悲しみの理由を知って謝罪したいと望み学校から連れ出そうとする。
 どこに行きたいかと聞くと、小石海岸に行きたいと答える。絶えず死を意識している少年に教師は死ぬなとはいえない。ただひとこと、もういちどだけ全員で演奏してみないかという。少年は暗い海岸にたたずみながら首を縦にふる。何が演奏したいかと教師が質問すると、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレがいいと答える。
 やがて演奏会があり、結果として少年は自死を思いとどまる。ずっと後年になってから大人になった少年は。あのとき先生が小石海岸に連れて行ってくれて、もう一回だけ一緒に演奏しようと言ってくれなければ自分は死んでいたと思うと打ち明ける。少年はやがて小石に住む同級生の女性と親しくなり結婚し、街で鍼灸師として治療院を作る。
「輝けブラス」という表題は、ある意味で人間すべてに向けられた普遍的な言葉である。障害を背負った人たちへの激励であり、不条理な時代に生きている我々すべてに向けられたメッセージなのだ。この本には哲学的な要素も随所にちりばめられており、視覚を遮断された人たちの思考がいやおうなく深くなっていく謎にも迫っている。この本を入手したい人は下記に申し込むことができる。

リーダーズノート出版。 東京都北区田端6-4-18 電話 03-5815-5428   
 
 

勉強会 

3月16日(木)門司生涯学習センターで、講師 髙﨑綏子による勉強会を行いました。12名参加。
とても勉強になりました。髙﨑さん、ありがとうございました。

内容
1)創作(散文、詩)について討議
 ・主題について
 ・省略と拡大(描写)
 ・会話文
 ・視点
 ・表題
 ・プロローグとエピローグ
 ・その他

2)創作実験
  名前、性別、年齢、場所、季節 などの設定を決め、一人二分ずつ、物語を作り繋いでいきました。思わぬ展開になり、最後はこれまた思わぬ結末になりました。

「週刊読書人」第3175号

「文芸同人誌案内」掲示板より
   ↓   ↓    ↓ 
http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

抜粋します・・・・・・・・・・・・・・・

「週刊読書人」第3175号(2017年02月03日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆により、若杉妙「私の岩下俊作像」(「海峡派」138号)が、紹介されました。
プロフィール

kaikyoha

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