毎日新聞「日曜カルチャー」

「毎日新聞」2017年12月17日(日)朝刊「日曜カルチャー」に、古閑 章氏筆により、「海峡派」140号、川下哲男「七月のプリン」西村宣敏「砂の砦」が紹介されました。

全作家文芸時評 108号

全作家文芸時評・・・文芸評論家 横尾和博 108号掲載 文学のふるさと に、「海峡派」140号、西村宣敏「砂の砦」が紹介されました。
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「海峡派」140号、西村宣敏「砂の砦」は青春の学生運動が華やかな時代の一学生の話としておもしろく読めるが、ラストが中途で終わっているようで惜しい。随想のさとうゆきの「わたし、イタチとは暮らせない」はユーモアがあって、文章のセンスのよさが滲みでている。

「週刊読書人」第3213号

文芸同人誌案内より
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「週刊読書人」第3213号(2017年11月03日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆に犬童加津代「運動会」(「海峡派」140号)が紹介されました。

「海峡派」140号 ③随想

随想
台風女 ・・・・・・・・・・・・・・・ 有馬多賀子
若い時から旅行をするとなぜか台風にあった。スイス、フランスアルプスのトレッキング旅行、イタリア旅行、阿波踊り見物で、青海島のキャンプでも台風に遭遇。わざわざ台風の時期を外しても、作者を追ってくるように発生する台風。家族も周知で、何かイベントがあると台風が来たら困るから、旅行しないでよと言われる始末。この夏に行く中国の台連では、台風にあいませんように・・・

・台風でどんな目にあったか、面白おかしく書いてあるが、実際は大変だったことだろう。「雨女」「雨男」とはよく言うが、「台風女」は珍しく、タイトルも面白い。次回は、台連紀行も読みたい。台風に好かれているけど、大して被害がないのは、台風が作者に会いにきただけ・・と言った人がいるが、面白いことを言うなあと感心した。
・軽妙な随筆。
・「遺書をしっかり書いて行って来よう」の締めでなく、台風に関することで締めたほうがよかったのでは?
・小説として書いたらいいかも。
・有馬文体になっている。ほんわか。
・台風女というのは、性格のことかと思った。
・江戸屋猫八・・・多用。
・卒寿でなく、傘寿。

わたし イタチとは暮らせない・・・・・さとうゆきの
アトリエの天井裏に住みついたイタチ騒動。何年も前から気付いていたが、とうとう、ものすごい物音と鳴き声に、駆除を決意する。駆除会社の調査員は30代の清潔な好青年。状況を聞くと「着替えてきます」と防塵マスク、ライト付きヘルメット、濃紺の光る素材のツナギ・・・猟師スタイルで現れた。ムクドリの死骸、スズメバチの巣、コウモリの糞、そしてイタチなど、男の撮った映像をタブレットで見た。

・見えないものには人は寛容になれるが、実際に被害が及ぶと駆除するしかない。猟師スタイル、イタチの永年に及ぶ屋根裏部屋での快適な暮らしぶりなどを面白おかしく書いているが、かなり酷く、駆除も大がかりだったのがわかる。何事も傷の浅い内にケアすることが大事だと思った。
・大変だった様子だが、読んでいるとおもしろい。
・タイトルが、読まずにはいられない。
・ラストの見積もりがかすんで読めない・・・おもしろい。いくらぐらいか、気になる。
・文化的になってイタチもでないが、昔は麓でも出ていた。
・小説の題材になる。業者が動画で実績を見せる(ハクビシンのドヤ顔)など、なるほどなあと思った。

緑とは透明な風船のよう・・・・・・横山 令子
夕方になると無性に散歩したくなる。ふと親子4人暮らしの、夕餉の支度をするお母さんに戻っていた。自分に係わる人は縁があって出会った人だから自然体で接していこうと言い聞かせる。今年のさくらの花見は、友人の景子さんと雨の日に、車の中から。老いて思うことは、信頼できる友がいて、本心で語る時間が持てることがどんなに素晴らしいことか。

・タイトルがとても詩的。2時間以内で食べてというケーキ、いいと思う人もいれば、いらだつ人もいる。同じものでも人によって見方はそれぞれ。身近なことを常に新しく感じ、発見がある人。
・久しぶりの随筆。強く生きていくことばかりに一生懸命な人生だったので、残された時間を信頼できる友と出会ったことで、生きることが楽に感じられるようになったのだろう。
・全体的に情感がこもっている。
・内容的に「二時間以内に食べて」についてのそれぞれの見方があるというところは、なるほどと思った。
・景子さんとの関係がよく描かれている。

まさかの坂 ・・・・・・・・・・・・・・ 赤坂 夕 
喜寿と金婚式の祝いを済ませた矢先、夫の右首に大きなこぶ状のしこりに気づいた。かかりつけ医から大学病院に紹介され、検査したら悪性腫瘍。すぐに入院、手術の後、抗がん剤治療。この半年間に兄と、夫の弟を肺がんで亡くした。自分たちの終末と真剣に向き合う時が来た。まさかの坂は人生どこにでもある、悔いのないように一日一日を生きようと決意する。

・がん治療している夫を毎日見舞いながら、車の中で泣いている作者。自分も持病を抱えながらの介護はどんなにか大変なことだろう。いつも人のために一生懸命な作者でもある。自分が倒れると、ご家族はみな困るだろうから、無理をしないように。
・とても確かな表現で、ご主人の病状を書かれ、わかりやすい。病名が書かれてないのが気になるが、耳鼻咽喉科なので、わかる人はわかるだろう。息子さんに「お父さん、よく頑張ったね。ありがとう」と言われる人は、幸せです、まさかの坂も超えていけます。
・夫の現実問題をリアルタイムで書いているので、とても苦しいことだろう。よく整理して書かれている。
・「うちの夫は死にました」という友人。こんなとき、こういうことを感じていただろうか。
・車を運転しながら、大声で泣いた・・・妻の立場、家族の目線がよく書かれている。
・同じ立場だったからいろいろと思いだした。

今も昔も ・・・・・・・・・・・・・ 田原 明子
15歳で親元を離れ、高校の女子寮で過ごした頃のこと。朝6時に起きて、掃除、食事当番のときは寮のおばちゃんの手伝い。部屋は8畳、4人で寝起きする。寮生活の初日、部屋で歓迎会があり、トイレの怪談話を2つ聞くことに。40年の歳月が経って思うと、ホームシックにならないための荒療治だったか。今はその寮は移転し、鉄筋建てになり、トイレも水洗だろうが怪談話は受け継がれているだろうか。

・押し入れに入らないほどのふかふかの布団は、お母さんの親心なのだなあと思った。寝食を共にするというのは、単なる同級生ではなく、深い絆で結ばれるもののような気がする。
・ラストの2行もとてもいい、ふと、若い頃の気持ちにさせてくれる。
・女子高の寮生活は経験したことがないので、興味しんしんで読んだ。寮母さんや先輩との付き合い方も、自宅通学の女の子の知らない苦労もするだろう。男子寮の寮生活は、何かの本などでもまあ語り継がれているので、ある程度わかっているが・・・。
・今も昔も・・・と作者は言うが、いまどきは高校や大学のあるところにマンションを買い(借り)、娘や息子と一緒に暮らし、夫と別居・・・というのも珍しくない。作者の少女時代は文学を育むいい時代だったともいえる。

「海峡派」140号 ②詩、俳句、短歌


しあわせ ・・・・・・・・波多野 保延

夕飯を読んでいる「背から」妻は、「空豆と籠を置いて」いく。それは「菜園の緑の匂いが漂」い、ビールのつまみになる。追加される穴子やジャコ天や浜茹でのシラス。まだまだ日が高い。このひと時を豊かに幸せに感じている。

 

・出足がいい。自家菜園のソラマメを黙っておいていく妻。会話がなくても伝わる間柄。いいですね。明るいうちにビールをのめる。いいですね。

・特別ではない、ほんのささやかな幸せ。それを幸せと感じれるかどうかが、鍵かなあ。幸せと感じれる作者は、本当に幸せだと思う。

・作者が闘病生活を余儀なくされているのを知っているので、このひと時がずっと続きますようにと祈らずにはいられない。幸せが続きますように。

・鞘ではなく、莢と書くところがいいなあと思った。

・醤油の香り、菜園の緑の匂い、浜茹で・・・潮の香り・・・なんともいい匂いが充満しいている詩だろう。

秋の終りに ・・・・・・・波多野 保延

海が好きだった二人。一人は作者で、もう一人はガールフレンド? 貝を拾ったり、砂文字を書いたり、水平線に沈む夕日を見送ったり・・・の幸せそうな1連目、2連目は「あの日」から始まり、何があったのか「会話のない時間が流れ」て、「束の間の出逢いを/闇が引き裂いてゆく/暗黒の深海に消えてゆく」。そして「君を救えなかった僕」と続く。彼女に何があったのか、悩みか・・・それを僕は救えなかったのか・・・重い。そして3連は、今現在もそのときの後悔かもしれない思いに気持ちを揺さぶられている。

 

・失恋の歌かな? 悲しい別れがあったのでしょう。

・「君の叫びが聞こえる/秋の終りのこの海」というところが、なんとも切ない。

・その時、救えなかったことはとても残念だし、どうしようもないことだったにせよ、今でも思い出し、それを詩に書いたということ、忘れていないということは、それでもう十分なのではないか、自分を許してもいいのではないかと思う。

 

死者は雲になる ・・・・・・  池田 幸子

「命日の朝は忙しい」で始まる。それぞれの好きなものをお供えする。姉にはコーヒー、娘にはミルクティー。「遭ったこともない血縁も/それぞれの生き方と人となりを/いつの頃からか聞き覚え」ている作者。覚えている人がいる限り、人は死んではいないのかもしれない。「ISも アルカイダも タリバーンも/数字になった死も、ならなかった死も」ある。みな死んだら雲になる。

 

・雲のように広がりをもつ。最後に雲になった父を思い「田植えを終えただろうか」と締めくくる。なんとも優しい詩だろう。

ISやタリバーンがなければ、と思うが・・・あったほうが社会性があるとか、広がりがあるのか?

・タイトルと内容がくっつきすぎている。

・一人一人に愛をもっている。あらためて命についいて、考える。

・多くの死者に想いを馳せ、「全てを呑みこんで西方の雲になる」と結ぶ。人間の計り知れない部分、最近はパソコンの記憶預かりサイトで収録し、それをクラウドと呼ぶ。


舐められる ・・・・・・・ いよやよい

一人暮らしをしていると「虫に 犬猫に 人間に」舐められる。たとえば、「蜘蛛が庭のあちこち糸を張り」「犬はウンチを置きっぱなし」にし、「人間は・・・・吸いガラ・・・あげくタバコの空き箱まで」置いていき、「家・土地を売れと持ちかけてきた」り。

 

・ラストの親友の一言「女が一人暮らしをするとね/世間が急に冷たくなるのよ」が効いている。

・よくあることだが、それをうまく切り取っていると思う。

・よくあること。がんばってと思う。

・高齢、社会性の一面を切り取っている。

・タイトルの付け方がうまい。

・存在感を感じた。

・作者は今までだれかに守られて世間の冷たさに気づかなかった。一人暮らしになって、世間が急に冷たくなったと感じたのだろう。

 

見切り品―タグくっついてますよ 
              ・・・・・ 
山口 淑枝

大型ショッピングセンターで、台所の暖簾を変えたいと「食品売り場」から「日用品売り場へ移動」し、「色も柄などもさまざま」なものを見たが、探し物は見当たらない。「この次にしましょう!」と歩いていたら、「すらっとした素敵な方が」「タグくっついてますよ」と取ってくれた。「見切り品と書かれた/値札」だった。

 

・商品を見ている時についたのだろう値札。しかも見切り品というのがちょっと情けない。取ってくれたのはすらっとした素敵な方だから、こちらがいっそうみじめな感じ。それがよく表れているのが「じゅわじゅわじゅわっと/得体の知れない感情が迫り上がって/鼻じるを啜りあげた」という部分。恥ずかしさとおかしさがまじりあった気持ちが伝わってくる。ラストはまだ作者が呆然としている状態かな。

・そういうこともある。見切り品というタグがちょっと悲しいが、たいしたことではない。ドンマイ。

 

祈り ・・・・・・・高崎 綏子

「指先でつまむほど/小さくなった」のは、2連の「燭台のように差し伸べた手」だろうか。寂しさで「爪を噛む」のだろうか、そういう日はセーターの緩んだ衿首に手をくぐらせ/巡礼の旅にでる」という。「まるみを帯びた肩骨のイコン」からすっと指を辷らす。

 

※「イコン」というのは、もともとギリシャ語で、「形」とか「像」という意味をもっています。日本正教会では「聖像」と訳されることもあります。「イコン」は、狭い意味では一枚の板に描かれた絵のことをいいますが、広い意味では、正教会が使用する絵画すべてを指す。(ウィキペディア)

 

・自分の体を指でなぞりながら、思うのは神のことか、魂のことか。静謐な詩。ラストの「こころ折れた夜は/なおさらに」が重く入ってくる気がする。

・肉体をなぞりつつ、祈りにたどり着く。巡礼の旅に出る。聖母子像のかたちが見える。

・とてもいい詩。自分に何が足りないか、わかったような気がする。

・ここではイコンはキリスト像でなく、聖母子像に思える。

 

いてん・・・・・・・・・・・さとうゆきの

ひらがなで書かれている。こどもがおとうに、移転の決心を迫っている。下のやつ

らというのは家の中に住んでいる人間。「ぼうじんますくに ぼうじんめがね/こん

いろ の つなぎ」とは、おれたちを駆除しに来たやつ。「ぎんいろの ふわふわふ

とん」とは、断熱材。移転先は悪評高きチクゼン・トヨス。

 

・随想の「わたし、イタチとは暮らせない」と併せて読むとさらに事情がよくわかる。おれという

のはイタチ。イタチが下の人間たちの様子に移転の相談をしているという設定である。移転先を豊

洲にしたところが、うまく時事問題を提起している。人間もイタチとは暮らせないとおびえている

が、イタチも人間の「てっていてき に はいじょ します」におびえているのだ。随想と詩とで

視点を変えたことで、裏表の表現ができた。

・擬人化。

・チクゼン・トヨスが時代に合っていて、風刺になっている。おもしろい。

・随想とセットで読むと、さらにおもしろい。

・ユーモアたっぷり。

・動物などが主人公のとき、ひらがなばかりの詩・・・工夫している。

・築45年ぞ など、言い回しがこぎみよい。

 

訪問者 ・・・・・・・・・・・・・ 清水 啓介

秋の夜、玄関のチャイムが鳴り、空けると、別れた女房が、洗濯機が壊れたから洗わせてとやってきた。別れてすぐに再婚した相手は、再婚して4ヶ月後に肝臓がんで死んだという。洗濯後、「じゃ、頑張ってね」と夜の闇の中に消えて行く。

 

※ラストの「メメント・モリ」は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを 忘れるな」という意味の警句。「死を記憶せよ」などと訳され、芸術作品のモチーフとして 広く使われる。(ウィキペディアより) 

 

・いつかは誰もが死ぬ。その日はわからない。突然やってくるかもわからない。自分でなくても、誰かの詩で自分が翻弄されることもある。訪問者が元妻であり、洗濯機が壊れたからと洗濯をさせてもらいに来るというのも面白い。生きている人も誰かとかかわることで、周りを巻き込み、翻弄することがよくある。

・でんでんむしのような気分の男は閉じ込められている気分。暗い、びしょびしょ。いどのそこに元妻の出現。井戸の中も真っ暗。闇の夜に消えていく女。メメント・モリ。こんな訪問者でもやっぱり、来てくれて嬉しかったかな?

・柘植義春の世界を彷彿させる。暗い。劇画調。

・若い人の気分が出ている。さばさばして、あとくされない。

・元妻との会話がよく効いている。

 

雨になる ・・・・・・・・・・小川ひろみ

「さわさわと 降っていた」雨の雫は、少しわたしにもはいっていく。その間、 いとしいひとを目に留めるのに、面影は追うことができない。そのうちに傘を突き抜けて雨が入ってきて、わたしは濡れていく。

目を引く、5連目の「さわさわ さわさわ」のひらがな、3、4つ目の「さわさわ」はイタリック。そしてちょっと音符のような配置も、「さわさわ」感がよく出ている 。かわいい表現とあえて言いたい。「もう 頭の中まで 全部 雨なので」濡れていくうちにわたしが雨か、雨がわたしか、 わからなくなっていく。

 

・雨との一体化、あるいは同化。わたしという実態のなくなりよう・ ・・消えよう・・・ まさに雨の雫が地面に落ちて流れてどこへ行くのか・・・というような、 意識的でないと目に留めてもらえないようなあやうさ。

・ある別れ。雨のカーテンに消えていく藍色の背中。哀しみが増幅する過程をみごとに書ききっている。さわさわのフレーズが4回。字体を変え、文字の揺れで作者の心情を視覚で訴える技法には、脱帽。

・ひらがなが多いなあと思い、なるほど、詩のやわらかさ、雨の感じはここからも来ているのかと気付き、納得する。

 

宛先のない ・・・・・・・若窪 美恵

「佇んでいたポッと点る灯り」に誘われて、出しそびれていた手紙をふと思い出して登山口の古いポストに落とし込む。タテン・・・はっと我に返る。「少なくとも今日の一通目を呑み込んだ音」・・・空のポストは手紙を出すと音が出るのだろう。まだ宛名も書いてなかった。届くわけはなかろう。でも、届けてくれるというのなら、届けてよ。にせのポスト様。

 

・ポッと点る灯り・・・この詩の幻想的な情景を印象的に表現されていて、言葉の選び方が工夫されている。ポストの赤色のたとえか。

・この世とあの世の境に立つ〈ポスト〉、そして亡きひと宛への手紙―、素晴らしい。

・ポトンでなく、タテン・・・一番いい音を選ぶ努力、工夫されている。夜のポストに手紙を出すと、空だから、そういう音がする。ほかに手紙が入っていたら、音はしない。

・幽玄の世界。

・キツネやタヌキの話を思い出した。

・東北大震災のTVで、無人の公衆電話が死者とつなぐ・・・思い出した。

・黄泉平坂という言葉をよくぞ使ったものだ。

 

俳句

 

香水 ・・・・・・・・・・ 波多野 保延

日帰りの東京見物泥鱒鍋

青梅の闇の上にもたわわな実

梅雨背負う兜太まつわる青い鮫

卍は熟年の性谷崎忌

青葡萄信仰深きダライラマ

棺乗せて傾き下る蜆舟

九条は漢字カタカナ水喧嘩

定年や学歴消えてラムネ飲む

アル中の越前海月原爆忌

香水のなくなる頃に別れ来る

 

・泥鰌鍋は、ドジョウという夏の季語を意識したのかな、それとも東京(江戸)だから、泥鰌鍋を食べたのかな、やっぱり鰻のほうがいいなあ・・・などと思って、楽しくなった。

・青梅、青い鮫、青葡萄、10句のうち、3句の青。香水というタイトルよりも青の色を全体に感じた。

・「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」と書かれた金子兜太の句。こちらは梅ならぬ梅雨。いいなあ。

・卍、熟年、性、エロチックな文字たち

・青葡萄。これも青。卍の句とは一変して、純潔な感じ。

・棺を乗せて傾きながら下る蜆舟とは、なんとも物語性があるなあ。絵的でもある。

・水喧嘩とは、日照りのときに、農民が互いに自分の田に多く水を引こうとして争うこと。9条について、漢字かカタカナか、問題はそこじゃないだろうと、確かに思う。

・定年になると、学歴どころか、会社の看板も消え、いよいよその人の人徳が出るのだなあ。

・大型の傘の直径が2mぐらいあるクラゲ。アル中、原爆忌。形や大きさ、怖さ、狂った感じが、原爆雲に妙に似ているかも。

・香水、別れ、ちょっと物悲しい。香水は作者がプレゼントしたものだろうか? 

10句。きりりと締まっていて、緊張感のある各句のうち、3青い鮫・・・、6蜆船・・・、9原爆忌・・・が好きかな。意味がわからないが、わからなくても選ぶ。何度も口づさんでいたら、アッと謎がとける。その日を楽しみに。

 

短歌

 

抗癌剤 ・・・・・・・・・・波多野 保延

アイリスの栞は荷風の全集にはさまれたるまま押花となる

寝返りの籾殻に聞く波の音夢の渚に桜貝散る

梅雨明けの笹越しに見る星座群酒酔い星は赤アンタレス

咲ききってつぼみをもたぬ朝顔のつるが宇宙の塵にからまる

引き潮の行く末追えば愛犬の鎖が砂に拉致をされいつ

一冊の聖書置かるる島の宿隠れキリシタン漁夫らにもあり

消灯の紐引く闇にゆれ動く蛍光管の丸き残像

夏雲に行く手塞がれ老いの身を悟るも待つもわれの人生

支えくるる左足の杖擦り減りて梅雨の歩道に重心失う

もう少し妻と一緒に過ごしたい焦りつつ今朝も抗癌剤打つ

 

・全体的によくわかる。伝わってくる。籾殻に聞く波の音・・・美しい調べだ。

・夏雲に・・・は、どう生きるも自分次第。気持ち次第と読んだ。いろいろと悲観することも悔やむこともあろうが、ソレも含め、覚悟が伝わってくる潔い一首だ。

・消灯の紐引く・・・入院中の病室か。タイトルで癌の闘病中とわかる。

・もう少し妻と一緒に過ごしたい・・・なんとも切ない願い。どうぞ少しでも長く長く・・・

・これも10首。短歌のほうがわかりやすい。作者の得意なジャンルか、どれもいいけれど、あえて選べば、2寝返り・・・、4咲ききって・・・、6一冊の聖書・・・か。人生を包括する大きな歌心を、あえて小さなものに託してうたう。

 

天を衝く ・・・・・ 永井 哲俊

方丈の狭き庵に人が来る心通える良き朋ありて

杉並木光を浴びて天を衝く古木はあるや緑陰の中

父と手をつなぐ男の子は微笑みてじっと我の目離さず見つむ

伊勢の杜「椿大社」でお守りを互いに贈りてガン治癒祈る

鉄分を求めさ迷う吸血鬼どこにいるのかアドレス捜す

深呼吸 緑の風を奥までに胃のひだ消せよカメラのむ前

爽やかな風満ちたりて清々し旅に出たるかガン無言にて

陽は昇り沈むこと常なりて超新星輝くブラック・ホールに

笹船に「我執」を載せて手を放つ流れ沈みてタコ壺の中

下北の地の果て流さる艱難の花は昔の一夜の夢か

 

・こちらもガンを患っている。心情は「艱難」あるいは、「天を衝く」だろうか複雑な思いはあるだろうが、こうして歌にすることで、支えられることもあるはず。

・鉄分を求めさ迷う吸血鬼・・・貧血状態の比喩だろうか。

・超新星(しんせい)輝くブラック・ホールに・・・全体に流れる宇宙的なもの、これもそうだが、俯瞰しているような感覚。心惹かれる。

・お守りを互いに贈り合ったのは、妻にだろう。

10首。4父と手をつなぐ・・・にこころひかれました。孫だろうか、通りすがりの赤の他人か、ともあれ穢れなき児に見つめられると、なぜかたじろぐ。9笹船に・・・、逃れられない自己に対する偏愛、さてどうする?

海峡派140号 ①小説

「海峡派」140号の合評会が10月1日(日)にありました。今号、初発表の新入会者の参加もあり、にぎやかに感想を述べあいました。まずは小説の感想から。

遥子と翔平(二)・・・・・ 松本義秀


同窓会の後、遥子が横浜に戻ってから、翔平としばしばメールをやりとりする。それぞれの近況が徐々に詳しくわかっていく。遥子は夫とはわけあって別居し、現在一人暮らし。メールのやり取りは頻繁になり、翔平は遥子を温泉旅行に誘う。

 

・メールなので顔文字も使い、同級生ということもあり、話し言葉でいろいろと書かれている。メールということにしても、顔文字が多すぎてイラっとする。メールのやり取りから、どんどん惹かれ慣れ合っていくのがわかる。

・これを不倫というのか? この段階では違うだろうが、不倫ということになれば、のれらのメールは証拠になるだろう。男女が友人でいるのはなかなか難しいことだ。

50回以上のメールのやりとり。社会性がない。

・新しい小説になるかも。

・メールだけで他の進展がないのはもったいない。

・私小説かと思うが、日常であること。連載なので、今後が楽しみ。

・今の主人公たちの時代背景がもっと出ているといいと思う。

 

虫の知らせ・・・・・・・・都 満州美

弓子は決まって山奥の水海の夢を見る。この日も肝臓のMRIの検査だった。8年前の膀胱がん治療からようやく解放されたと思ったら、今度は肝臓がんの疑い。生検はせず、いきなり手術をするという。だが、弓子は手術はしないと言った。MRIの結果、大きさは変わらなかった。ところが、水海の夢は続き、ふと子宮に異常があるのではと思い婦人科を受診した。結果は子宮がんで、子宮掻爬術をした。

 

・同じ病室の隣りの女性、向いの女性との病状や治療が違うことで、嫉妬されたりする。手術がうまくいって生かされる者、手術が無理で、抗がん剤治療の副作用で苦しんでいる人など・・・生々しい。

・長年続けている韓国語の教室の圭子がやはりがんでセカンドオピニオンを求めて東京へ行ったことなど、それぞれのがん治療について考えさせらる内容だった。

・フィクションにする必要があったのか。1人称でもよかったのでは?

・誠実な医療小説。もっと書いてほしい。

・がんの問題はたくさんある。自然体でいいというのもある。大変参考になった。

・救いがもう少しあるほうがいい。

・同感。身につまされる。

・水海・・・は夢のイメージ。

 

七月のプリン ・・・・・・川下哲男

高野球部3年は、5人。夏の県大会予選が近づいたとき、キャプテンの国仲がカンニングで自宅謹慎に。それで秀樹が新キャプテンに選ばれた。高校のそばの〈小山田食堂〉は運動部がよく利用している。夫婦で営んでおり、耳の聞こえないミロという娘も手伝っている。国仲が部に復帰したときも部員で食堂に行ったのだが、サッカー部のトンビがいた。国仲を見て、「カクサゲされて、たいへんよねえ」などと悪態をつく。それでトラブルになりそうになったとき、ミロがうまく中に入ってくれてトラブルを回避した。その後、また食堂に行ったら、おくさんが病気で、代わりにミロが注文を取っている。不便そうなのを見て、部員たちは数を記入すればいいだけの注文票を作成し、渡す。お礼にミロから手作りのプリンがふるまわれた。

 

・読後感がさわやか。タイトルもセンスいい。キャプテンのカンニングというトラブルにも負けず、5人の部員が力を合わせて乗り切っている様子に、好感が持てる。耳が聞こえないミロではあるが、ホワイトボードを使ってやり取りしたり、店内のことではあるがトラブルの仲裁に入ったりと、知的で勇気のある女性。ミロにかかわる部員たちも思いやりがあって気持ちがいい。

・連載になるのか?

・とてもさわやか。和む。部活の様子がよくわかる。

・高3、もっと若い人が書いたかと思った。

・ミロ、生き生きと描けている。「ア リ ガ ト ウ」がよかった。

・運動部の状況がよくわかった。

・ミロ、名前もいいし、人柄が浮かび上がる。少年たちの潜んだやさしさが出ている。

・ミロ、耳が聞こえないので、〇、×で仲裁した機転。素敵な女性。

 

勇者の剣 ・・・・・・・・山田キノ

ショートショート。父と屋根裏部屋を掃除中に、勇者の剣が出てきた。今、父はガーデニングショップを経営しているが、若い頃は勇者だったと聞いていた。今は魔王は半世紀以上に他の星に行ったから、勇者という職業はなくなった。なにかに使えるかと思った剣は、刃先は切れず、柄も折れて接着剤でくっつけている。インテリアにしたが、親友のマサには接着剤のあとにも、勇者の剣であることにも気づかれなかった。

 

・その昔あったかもしれない勇者という職業が違和感なく入ってくる。父の今の様子とのギャップが楽しいし、勇者は、勇気と希望で悪を斬るというところなど、アニメチックなのもいい。また、ラストものんびりしていて、勇者のイメージと離れていて楽しい。

・魔王は半世紀前(1960年代)いはいたらしいが、わたしはそのころ生きていたが、魔王のことも、勇者のことも、今回が初耳。

・何かの象徴か? たとえば、プライドとか。こだわりなど。

・寓話的で、読者によって、読み方がいろいろできる。

・天井裏にホコリをかぶっていたなど、みもふたもない。ホコリと誇りをかけているのか?


ぼくの大好きな人
 ・・・・・・・・山田キノ

ショートショート。朝、のっそりと目覚めたぼくに、沙由里がホットミルクを出してくれたり、何かと気遣ってくれる。一ヶ月前にぼくが倒れていたのを助けてくれ、「好きなだけいていいんだよ」と言ってくれた。お金もない、仕事もしてないぼくができることは、沙由里が寂しくないように寄り添って癒してあげること。ラストのしっぽを立て、にゃーと鳴くところで、ぼくは猫とわかる。

 

・とても書きなれていて、筆運びがうまい。猫だろうなとは思わせるが、最後まで読ませる。沙由里の性格や容姿なども具体的な描写で、すっと入る。

・猫が飼い主を『清楚で知的、スタイルはいいし、何よりかわいい、さらに温厚な性格で裏表がない。そんな彼女から、いつもいい匂いがした』と褒める。猫の愛はとどまる気配がない。物言わぬペットにしゃべらせ、自己愛を発散か?

・擬人化。ショートショートの手法。

・途中で猫だと少しわかる。最後までわからないように、どんでん返しがポイント。

・ラストの動物落ちはパターン化ではある。うまく、だまされたとなると成功。

 

みちのく桜紀行(一)・・・・  伊藤 幸雄

靖之は、同窓会のついでに、姪の裕美の案内で春爛漫の仙台に来ている。仙台には車椅子になり老人介護施設で生活している兄の俊樹97歳がいる。とても元気だ。靖之は男兄弟8人の末弟として生まれ、子供のいない斎藤家に養子になり贅沢で過保護に育てられた。兄の俊樹は中学にも進学できず、夜学に通いながら現在の大検を突破、一部上場会社の監査まで勤めあげた。靖之は仙台名物の牛タンを食べながら、みちのくの春を満喫した。

 

・時系列になっていず、場面が前後するところは、混乱する。伊達政宗や青葉城などのちょっとした歴史も取り入れているところは、読んでいて楽しい。

・真知子巻き・・・スカーフで頭を覆って、残りを首に巻くスタイルのこと。髪型ではない。

・春の東北の燃え出ずる様子、うまく表現している。

・情景描写に品があり、美しい文章、書きなれている。

・銀嶺だけで山をさす

・出らねばならぬ→出ねばならぬ

 

メダル・ソルジャ―ズ(七)・・・・・大空 裕子

カルサイトが去った後、みな一様にカルサイトが強くなっている、秘密があるのではと感じていた。ある日、和雪の母が来て、学園の裏の大樹に魔女の家があり、その魔女が和雪の母の姉だという。つまり和雪のおば。彼女がカルサイトに手を貸しているという。話を聞いた和雪はおばに会いに行く決心をする。

 

・和雪の母の描写が細かくなってきた。また、話の展開もおもしろくなってきた。和雪のおばが魔女というのも、おもしろい。

・連載菜7回目にして、ようやく物語の形態が見えてきた。礼佳と和雪はお互いに想いを寄せていて、周りのみんなは、それとなく応援している。でも、和雪の伯母は魔女で、カルサイトの側の、異次元の世界に属している。もしかしたら和雪の母も? 普通の人間の女とは? 戻してやれるのは和雪だけ? 長い梯子を上っていける? なぜだらけだ。

・木の上の魔女など、アニメっぽい。

 

ルーツ・・・・・・・・・ 山之内一次

自動車学校の実技コースで自分の番を待っている紳也たち。一緒に並んでいた男が自分のルーツを話し出した。紳也のことも知っている。男は畑中といい、従弟らしい。また、紳也は、畑中の家に行ったとき、家の中から夫婦が「死んでは駄目よ」と幼児に叫びうろたえる場面に出遭ったり、不幸を見てしまったという負い目を感じていた。そんな畑中と話する中で、父の喜久雄のルーツを辿りたいと思った。喜久雄は実母とは離れ、継母に長男が生まれてからは、無戸籍になったことを知り、単身東京に出て苦労、努力して立派になった。喜久雄は戦争でインドネシアに渡り、敗戦と同時に引き揚げた。紳也は陸軍病院で、父喜久雄と再会。自分が生かされていることを思う紳也だった。

 

・教習所で偶然出会った男、畑中くんが、どうやら従弟らしい。畑中くんは下宿ではじらいもなく、自分のルーツを語る。紳也は、父の喜久雄の生い立ちに思いをはせ、ルーツを手繰り寄せようとする。

・三河内の親戚の話は、もう少し詳しくてもいいのではないか。喜久雄からの指図どおり動いたとしても、何を待たされ、何駅から夜行列車に乗って、早朝からついたのか。早朝でないと用がたせなかったとあるが、その用はわかっていたはず。

 

砂の砦・・・・・・・・ 西村宣敏

大学生の達夫は、街坂にA大の集会に行かないかと誘われたが、断った。竹田義男も最初はデモや集会に参加していたが、「赤軍」という過激なセクトが出たころから、一般学生は運動から遠ざかって行った。義男は仲間と『砂の砦』という同人誌を作ることにした。喫茶「アートビレッジ」でバイトをしているA大の児玉景子に惹かれる。ある日、義男は恵子を天ぷら屋(デート)に誘う。一方、達夫は熱で寝込んだあと、行きつけのラーメン屋に。店主はがんさんと言い、学生運動をしていて、機動隊ともみあいするうちに、勉強も手がつかなくなり、運動も大学もやめたという話を聞く。達夫は、天ぷら屋で恵子を同人誌の仲間に誘った。

 

・達夫と義男が主人公のようで、交互に物語が進行していく。登場人物が多いので、竹田とか義男・・・野沢とか達夫・・同じような名前はわかりにくいし、どちらか一つで話を進めたほうがいいと思う。最初、わかりにくい。

・『砂の砦』という同人誌の誕生秘話という物語だが、その中に盛り込められた学生運動とかかわる人物の物語が並行していく。義男と恵子の恋愛も。学生運動を誰の立場で見るのかで、物語が変ってくる。達夫と義男、がんさん・・・誰もが少しずつ、その余波を受けている。それぞれの立場で等身大で書かれているし、読みやすい。おそらく続きがあるのだろう。ぜひ書いてほしい。

・忘れかけていた学生運動という言葉が蘇った。

・出だし・・・バスケットボールの練習をしている。ボールがゴールリンクの縁をくるくる回って、結局中に入らずにこぼれでる。ゲームは終わらず、沢山の手に渡っていく・・・何の比喩だろう?

・骨のある力作。青春群像、よく書けている。

P130 〈でも〉の多用。

・この時代の大学生の考え方がわかる、羨ましい。

1969年かそこらの京都。自分もいたからわかる、「二十歳の原点」6.24 を思った。

 

飛行機雲・・・・・・・・ 勝田純子

芙由子を中心に、恩師と妻、愛人との話と、芙由子と夫の貴の話が交互に展開される。恩師の妻は精神を病んでいて、容姿もひどく老けて見える。恩師は別居していた。愛人にも家庭がある。定年後亡くなり、葬儀には妻が娘さんに支えられるようにして立っていた。一方、芙由子はまじめで心の優しい貴と結婚。だが、めったに体を求めず、たまに事に及んでも最後までいかずに終わる、男性の側の不妊に悩む芙由子。貴はそのうち何とかなると言うばかり。友人の倫子と未婚のときは、結婚に悩み、結婚したら子供が欲しくて悩み、子供ができたらまたできたで悩み・・・といろいろ話すうちに少し気が楽になった。

 

・恩師と教え子の美しい物語。

・現代的で、構成がうまい。

・恩師・・・最初だけで、あとは〇〇先生でいいと思う。

・全体像として、重い。緻密。

・テーマは子供ができない不妊のことだろう。夫との関係、人間との幸せとは一体何か?ということを考えさせられる。

・女は夫によって決まる?

・タイトルがイマイチ決まってないので損。

・人生、悩みがいろいろあるが、子供はできたらできたで、また悩みがつきぬもの。

・主人公の女性とたかしをていねいに書いている。嫌いじゃないが、不妊の悩みを考えていないという不満を描いている。

 

ホームアゲイン(前編)・・・・・・・ 武 ひとし

画家の北崎純は、美穂と結婚し、純絵という3歳の女の子がいる。純は突然、交通事故にあい、即死。だが、天上界では純の死はミスで、大慌て。次に来た肉体に純の魂を入れ、地上に戻すことにした。違う人生を生きるお詫びとして、3つの願いをかなえるという。佐野順二は両親と耳の聞こえない妹春子と暮らしていた。仕事中の事故で死亡・・・のはずが、魂は純として、生き返った。順二は記憶喪失だったが、佐野家でうまくやっていた。春子が買った花を見て、急に絵が描きたくなってきたからと、絵を描く。あまりのうまさに、画商に見てもらうと、亡き北崎純の作品に違いないという。

 

・SFというか、死んで魂が他の肉体に入れ替わるのだが、天上界のやりとりなどギャグみたいでおもしろかった。

・後半、絵から北崎純の存在が明らかになるが、どうまとめていくのかとても楽しみだ。

・なかなか面白い発想で、絵は魂が生きていれば、おのずから手が動くのだろうか?と疑りながらも引き込まれている。

・テンポがいい。達者で引き込まれる。

・読みやすい。北九州のことなどを情景に取り入れているので、親しみが持てた。

・作為的な展開。

・天上界の部分はなくてもよかったのでは?

・おもしろい。エンターテーメント。

 
運動会 ・・・・・・・・・犬童架津代

元子の娘、ゆりには4人の子供がいる。元子と夫は孫の小学校の運動会に呼ばれた。前日から娘の家に泊まり、朝起きて、弁当の準備。中学生の孫はサッカーの試合で運動会に行かれないという。弁当のおかずを朝食べて行く。それぞれの孫の成長を温かい目で見ている。

 

・元子は親が診療所をしていて忙しかったので、運動会も一人で弁当を食べていた。そのことを思い出しては3回ほども夫に言っている。小さい頃のさびしかった記憶というのはいつまでも心の中にあるようだ。子供の場合、孫の場合はさびしい思いをさえないようにと余計にいろいろとしてあげたいのだろう。ラストにもう少し工夫がほしかった。

・丁寧に家族関係を書いている。だが、時間関係が錯綜していて、わかりにくいところがある。

 

あしたは 晴れている《連載第十三回》
                ・・・・・・はた けいすけ

脳病入院中のワカを見舞った帰り、丈子はお金がいるので働かなくてはいけないと思う。戻ったら、金のかあちゃんが山本陸軍大尉、ここの旦那さんが戦死したという。そのとき、丈子に書き留めが。朝鮮の山本ツルからで、30円の為替が入っていた。正太は志那に行ったら殺される・・・と、若奥さんが心配だった。大開小学校に行くと、小使いさんがいて、チャンコロにけがさせられたという。また、桶本先生も綴り方の本を出して社会治安を乱したと捕まったという。そのとき、若奥さんが来た。日本髪はばっさり切られひっつめた髪、凛とした白無垢、ひとを寄せ付けない厳しい顔だった。

 

・「国民精神総動員実施要項」などの言葉が使われているのも、時代背景や物語の進行に厚みをもたらせていると思う。戦争は、いやおうなしに、正太の家族の小さな暮らしにもどんどん崩壊をもたらしてくる。正太はどうなるのだろう。

・韓国語が片言で読みにくい。

・時代のことをよくつかんでいる。だんだんと暗くなっていく。

・若奥さんの表情の描写、正太の反応が印象に残っている。

・正太の目からの時代背景

・山本大尉が戦死した。正太は若奥さんのことを考える。大尉に髪を切るように言われたと嘆いていた若奥さんが、もう髪を切らなくて済むと思ってほっとするのだが、学校に現れた若奥さんが、バッサリ髪を切っていたのを見て、頭に血が上る。気が狂ったワカのことをこんなときにからかわれ、5年生の大島にとびかかって行く。池の中に突き落とされた正太。ラスト、冬空の雲の中を緋鯉がとんだ・・・書きたたがともてうまい。この心情表現はすごみがある。

・髪を切らないでほしかったという正太の恋心、ショックがよく出ていた。

 

〈作者の言葉〉正太があこがれている若奥さんから、脱皮していくための次のステップのために、髪をバッサリと切るという設定にした。

 

対馬海峡《連載第三回》・・・・・・木村 和彦

日本人はユニゾンで歌うことが多いので、和音がわからないという。由枝は音楽を聴いてひとつの音を聞いた瞬間、強い精神感動が起こるという。青木先生はとても興味を持ち、放課後、由枝にいろんな曲を聞かせてみる。由枝と同じ合唱団のみっちゃんが話があるという。一つは新井先生がいなくなったのは、由枝のせいじゃないかということ。もう一つは母の青木先生を放課後とっていること、二人でわからない話をし、母は由枝のことばかり話している。青木先生に言うと、和音の研究は最後にしようとカール・ウォルフの世俗カンタータを聞かせた。途中で由枝が「血の臭いがする」と言った。

 

・由枝の内耳の働きというか、音に対する感性がすごい。どうしてかはわからないが、文章力ですごいことを知らせている。今後の展開が楽しみ。

・由枝は、青木先生にすべてを話し、合唱団をやめると告げる。青木先生は、彼女の才能(特殊な感性、和音に対する反応)に未練をしめす。どうなるのか?

・みっちゃんの嫉妬によく気付いた。

全作家文芸時評・・・107号掲載 読者の鼓動が聞こえる

全作家文芸時評に、文芸評論家 横尾和博氏により、紹介されました。

    ↓     ↓     ↓
http://zensakka.world.coocan.jp/bunngeizihyou1.html#a107

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋

海峡派139号、伊藤幸雄同窓会は、四十代になった小学校時代の同窓生が集まる。三次会までつきあった男、かつての理数系が苦手だった同窓生の男がソフトを開発するエンジニアになっていたのだが。そのブラックユーモアがよい。

「週刊読書人」第3205号より

「文芸同人誌案内」掲示板より

     ↓    ↓
http://8312.teacup.com/caver/bbs



「週刊読書人」第3205号(2017年09月01日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆により、若杉妙「私の岩下俊作像」(「海峡派」138号)が紹介されました。

「関東文芸同人誌交流会の掲示板」より

「関東文芸同人誌交流会の掲示板」より
     ↓    ↓

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?page=2&&TEACUPRBBS=c38e8d4361e54ebab62a9fdb106337bf


高岡啓次郎さんより、若窪美恵『泰子、河内に吹く風のように』の感想をいただきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若窪美恵さんの『泰子、河内に吹く風のように』

 先回は鰻屋に勤め始めた男性が主人公の小説を面白く読ませてもらったが、今回はまったくおもむきが違うもので、死人が生前を回顧して語るという内容。自由自在に素材を切り取っていくのは豊かなイマジネーションの持ち主だからなし得るのだろう。主人公である沼田泰子は夫がまかされた巨大ダムの建設の重責を影から支える役割を担う。八幡製鉄所の土木部にいた沼田尚徳が泰子の夫だが、産んだ7人の子どものうち5人までを病気で失い、本人もダムの完成を待たずして亡くなってしまうという実在する人物であろうと思われる。
 これを読んで私はこの場所を見てみたいと思った。五つの個性的な橋に囲まれた公園のように美しい沼田貯水池と、そこのかたわらに刻まれた記念碑をぜひ見たいものだ。書き方は平易にして気取りがなく40枚くらいの短編を無難にまとめているが、なにせ主人公や夫が舐めた辛酸はこの長さでは書ききれず、細部の苦悩をありありと描くには最低100枚は必要であろうと思う。
 登場人物は少ないからあえてシナリオみたいに会話の冒頭に名前を入れなくてもいいと思うが、作者には何か意図があったのかもしれない。この作品をたたき台にして雄大な大河小説として手がけられてはどうだろうか。もうすでに誰かが小説にしてしまったかもしれないが、若窪さんならではの力量でお書きになったら読み応えのある作品に仕上がるのではないだろうか。


 

「週刊読書人」第32006号(2017年07月28日)

文芸同人誌案内 掲示板より
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「週刊読書人」第32006号(2017年07月28日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆により、
若窪美恵「泰子、河内に吹く風のように」(「海峡派」139号)が紹介されました。

勉強会

713日(木)門司生涯学習センターで、講師 山口淑枝 による勉強会を行いました。14名参加。

とても勉強になりました。山口さん、ありがとうございました。

 

内容

1)自分の詩について

 ・13~14歳くらいから 現代詩の流れと一緒に生きてきた

 ・近代詩→現代詩

 ・好きな詩人 井上靖「北国」について

 ・AIが新人賞を取る時代・・・変わらない部分、残っているもの、踏ん張りどころ

 ・2005年~56年間勉強会をしていたこと

 

 

2)・火野葦平「聖杯」作品集より

  ・北国より

  ・自作「ダイニングキッチンで」の考察

  ・参加者の好きな詩人は?

全作家文芸時評より

文芸評論家 横尾和博氏による、『全作家文芸時評』106号掲載 「文学」への問い】より、「海峡派」138号が紹介されました。
      ↓       ↓       ↓

http://zensakka.world.coocan.jp/bunngeizihyou1.html#a106

「海峡派」138号は横山令子「艶やかに」はひとり暮らしの高齢女性の寂寥を描いて心理もよく描かれているが、主人公に寄り添い過ぎる感があり、突き放すのも手である。

「海峡派」139号 小説②

対馬海峡《連載第二回》 ・・・・・・・・・ 木村和彦

国があるから戦争は起こるという新井先生の言葉よろしく、日韓親善で韓国に渡った北九州少女合唱団を待っていたのは、国の威信をかけての韓国勢の合唱。しかも、出番が終わると新井先生は何者かに連れ去られた。新井先生を失った合唱団を、由枝は存続させることに賛成した。実は、青木先生のピアノの音が由枝にとっては必要だったのだ。青木先生は、由枝がこの部分を弾いてと頼むと、そこの和音やメロディーだけを弾いてくれるからだ。存続にひと肌脱ごうという人たちも現れた。

 

・由枝に隠された問題とは何か、次回が気になる。面白くなってきた。

・新井先生はなぜ連れ去られたのか、連れ去った人は公安?

・新井先生は日本人か? 韓国のスパイ? 疑問がたくさん残るので、続きが読みたい。

 

あしたは晴れている《連載第十二回》 
                                ・・・・ はたけいすけ

日本と支那の戦争は、中支まで広がっていた。そんな中、母丈子の養母ワカの気が狂った。正太はワカのふるまいは恥ずかしく、みじめで胸が締め付けられるものだった。ある日、母に「何でぇ、あんなおばぁはん。外に、出しとくんやぁ!」と口走った。恥ずかしいというのではなく、ドブ川に落ちたら・・・など心配な正太。源さんに謝るように諭される正太だったが、源さん宅にも丈子のところにも届いていたおヌイからのサツマイモを食べ、シンデレーラのことを思い出すのだった。丈子の電報で朝鮮から帰ってきた子之八は、ワカを脳病院に入院させ、消息を絶った。正太と丈子はワカの面会に行った。痩せこけたワカに声を掛けた正太。幸せの瞬間だったが、ワカは獣のように吠え、白衣の男たちがワカを連れて戻って行った。

 

・正太のこまやかな心理描写が、とても切なく読めた。ワカの気狂いは、年齢からして認知症なのかもしれないと思った。だが、もしかしたら、戦争がなければワカも正気でいられたのかもしれないとも思わせられた。小さな幸せを戦争がずたずたにするような気持になった。

 

同窓会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 伊藤幸雄

同窓会で話が盛り上がる。立花は下手な小説を書いているが、今ではコンピュータが書いた小説が芥川賞の一次審査に楽に通るという話になり、そのうち、コンピュータやロボットだけで成り立つ社会になるのではと・・・。それから富田という理数系がてんでダメだったやつが、素晴らしいソフトを開発したという。二十年の歳月はこうも人を変えるのかと立花は思った。すると、中山は実は富田の頭の中はこうなっているのさと、富田の頭をパカッと開けた。中には超小型のコンピュータが埋め込まれていて、カチカチと慌ただしく動いていた。

 

・なんでもコンピュータやロボットに取って代わられる時代、人間と思っていたのが、実はロボットだったり・・・。まさかというどんでん返しは、頭の中がコンピュータ。つまり、ロボットだったという。

・「  」が『  』になっているのは、何か意味があるのか?

 

川筋少年(下) ・・・・・・・・・・・ 川下哲男

炭鉱では、春の演奏会があり、ぼくの母も日本舞踊を踊った。ある日、雨上がりの帰り道、ぼくと神島満と坂松文夫は、あぜ道を通り、そのまま川を歩いて渡ろうということになった。堰とスロープの境目を通って行くのだが、三分の一ぐらい渡ったときに「危ないからもどりなさーい」という声を聞き、足を滑らせた。ぼくはジリジリと滑った。その時、中田規子先生に助けられ、強く叱られた。夏休みのある日、ぼくは虫捕りに行き、クワガタを二匹捕まえた。それから小学校の裏門から渡り廊下のところに座っていると、雨が降りだし、小さな男の子の手を引いた竹森しのぶがやってきた。しのぶの弟はぼくの虫かごのクワガタを欲しそうに見た。それで、一匹あげた。二学期、『夏休みの友』の自由研究ができてなかったぼくは、表紙のナスの馬?を作った。講堂に展示されているしのぶの形も色も本物そっくりに描かれたクワガタムシを見て、ぼくはしばらく動くことができなかった。

 

・炭鉱に住んでいたころのぼくの少年時代が、小さな出来事と共に、色鮮やかによみがえる。少年であるぼくの等身大の忘れられない思い出は、出来事こそ違うものの、同時代を過ごした少年少女の共感を得る。

・とくにラストにもってきたクワガタムシというタイトルの絵は、ぼくがあげたクワガタムシであり、そのうまさに子どもながら圧倒され、すごいと感動しているのがよくわかる。

・お盆に作る人形は、迎えがキュウリの馬で、早く来てほしい気持ち、帰りがなすの馬で、ゆっくり帰ってほしい気持ちを表している。

・これで終わるのは残念。まだ続きが読みたい。

 

遥子と翔平 ・・・・・・・・・・・・・・・ 松本義男

(1)クラス会:遥子は昭和20年生まれ。神戸から門司港にやってきた。初めてのクラス会で大野先生、松

島翔平、山崎勝彦、24人が来た。門司港西海岸で船の修理などをする会社経営している高田が司会。マラソンがダントツ一位だった吉田、成績がビリの石川、トンネル工事現場を社会見学に行ったこと、皆、思い出話が尽きない。翔平は先生に挨拶に行き、そこにいた遥子と『楽興の時、第三番』という曲を遥子が当てたことを覚えていた。会の終わりに校歌を歌った。

遥子:幸子、京子と会うため、北九州に来た。遥子は三年前、夫の浮気で離婚した。結婚した娘がいる。せっかく会うのだからと、高田、黒木、翔平も呼んで、夕食。翔平と遥子は少し互いを意識する。

(2)翔平:大学、司法試験の勉強、節子との出会いと別れ、財務局勤務、退職後、職を転々とし、損保会

社勤務で北九州に戻ってきた。五十前のこと、娘s息子がいるとき、妻の美代子から離婚を切り出される。晴天の霹靂。翔平は「自分のためだけなく、みんなのためにも頑張ってきたのに・・・」と言うのが精いっぱい。別居。美代子の再婚を聞いた。

 

・門司港の歴史や風景を入れながら、門司港の紹介をしている。門司港愛を感じる。美代子から離婚を言われたとき、言い出したら聞かないからというだけであまり反論もせずに、別居した翔平には同情する。妻はだいたい子どもを味方につける。クラス会での様子が目に見えるようだ。

・思い出はどんどん美化される。離婚した遥子と翔平のその後が暗示されている。

・同窓会の雰囲気はだいたいこんな感じで、よく出ている。

・このあと、遥子と翔平がどうなっていくのか、楽しみだ。

 

メダル・ソルジャーズ(6) ・・・・・・ 大空裕子

カルサイトが一枚の紙片を壁にピンで留めた・・・という夢を和雪と由美は同時に見た。しかし、それは現実に起こった。紙片には「メタモン界の大いなる秘密を教えてやる。今夜十時に理科室へ来い」という内容だった。由美も礼佳も一緒について行った。カルサイトに対して、ブレスレットの中にメダルを入れ、裏のボタンを押す。すると、レッドドラゴンに変形し牙をむきカルサイトに向っていく。

 

・ここでメダルの使い方が明かされる。さすがのカルサイトも、レッドドラゴンなどの怪物には太刀打ちできないようだ。

・少しずつしか物語が進まないが、最後までしっかり仕上げてほしい。

・だいぶ、映像が浮かぶようになってきた。

 

ある正月 ・・・・・・・ 犬童架津代

正月に、初美の息子が嫁を連れて来た。嫁は、食事の支度を何も言わないのに手伝ってくれた。鍋を囲んでの団欒。お酒は体によくないという嫁のお腹には新しい命が・・・。次の日、皆で三社参りをした。安産祈願をしてもらった。三日の滞在で息子夫婦は帰って行った。

 

・子どもが巣立ち、夫婦二人の暮らしに、嫁や婿という子どもたちの配偶者が加わり、また家族が増える。正月などで集まった時のにぎわいはバタバタして忙しいにちがいないが、小さな幸せというものだろう。

・次に会うときは赤ちゃんも増えることを暗示していて、日常の幸せにほっとする。

5行目で「正月が過ぎた」とあるのに、その後の展開で、正月のことを書いている。書いてすぐに出したのではないか。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中北潤之介

林は山口の美術館でジャクリーヌコレクションの秘蔵展を見ての、気になった作品のことを語る。郁雄のところに幼馴染の魹オが尋ねてくる。魹オは鹿毛順子という女性とデートしたことについて話し出す。

郁雄は、お城の周りを散策中、白鳥翔子と出会う。翔子は高校で音楽を教えており、フェミニズム活動をしている。郁雄は日本について、自分のヴィジョンについて語る。郁雄は妻と別れ、長崎に残してきた田という息子がいる。田が家にやってくる。

 

・郁雄をめぐって、いろいろな人物がそれぞれの状況で話をする。ストーリーはさほどなく、オムニバスのよう。

・伏字を用いているが、エロ表現はどうか。

・旧かな遣いを用るなど、書き方に工夫を凝らしている。

「海峡派」139号 追悼・随想・リポート

追悼

―青江由紀夫同人―


青江由紀夫同人を悼む
 ・・・・・・・ 木村和彦

感謝の人 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若窪美恵

銀ちゃんと奥様 ・・・・・・・・・・・ さとうゆきの

 

―加村政子同人―


弔句
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 髙﨑綏子

加村政子氏を悼む ・・・・・・・・・・ 坂本梧朗

加村さんを偲んで ・・・・・・・・・・・・ 都 満州美

好奇心に満ちあふれて ・・・・・・・・・・ 若窪美恵

 

随想

買いくれし ・・・・・・・・・ さとうゆきの

さとう家の正月の集いは続いている。『お年玉贈呈会』が最後の長孫のHは、『買いくれし』を決めておくように言われる。『買いくれし』とは、作者の母のシズカが詠んだ短歌に由来する。初給料でビーズの財布を買ってくれたという『買いくれし』。その母の歌集を家族で分担して作った。挿絵は、絵描きである作者の得意とするところ、ビーズの財布も画いた。がま口。だが、シズカの傘寿祝い・歌集披露の際、シズカが見せたビーズの財布はずっしりと重い長財布。みんな笑ったが、『買いくれし』の習慣は残った。

 

・さとう家の集い、行事、どれもがいつも温かい。なかなかこううまく家族がいっている例はないのではないか。小さな出来事、トラブルはあるだろうが、幸せな家族だと思う。歌集はとても喜んだだろう。手作りの歌集には、これからもいろいろなことを思い出させられ、励まされることだろう。

・子どもたちが母のために歌集を作るという・・・とても幸せ

・ラストもいい

・ビーズの財布を使うことができない母の気持ちがよくわかる

・みなご家族が仲良くて羨ましい

・もう少し母に優しくしてあげればよかったと思った。

読み終わって、タイトルが生きていると思った。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山之内一次

私が小学三年の時のこと。ものの不自由な時代に、叔母が薄汚れた私の制服に気づき新調してくれた。叔母は私が喜ぶ様子に満足気だった。叔母と母が話している間、新しい制服の上着のボタンが留まりにくいので、ボタンホールのところをカミソリで少し切った。帰るとき、叔母がもう一度制服を着て見せてというので、着た時に、ボタンが甘くなっているのを見つけた。私に不審なことはしてないかひどく尋ねられたが、白を切った。叔母は私を連れ、店へ行き、凄まじい形相でクレームを付け取り換えさせた。叔母がどんなにか怖い人かは知っていたので、ずっと言い出せなかったが、数年前に嘘のことを告白する手紙を書いた。それから数年五、叔母は一人で孤独に死んだことを知った。

 

・嘘をついていたことを詫びる気持ちはよくわかるが、知らないままのほうがよかったということもあろう。嘘をついたほうは、心が軽くなるだろうが、嘘をつかれたほうは、二度裏切られるような気持になるのではないかと思うのだが・・・ちなみに私が作者の立場なら嘘をつき通すと思う。

・よく最後に告白された

・誠実さがよく出ている

・言いたいが言われない気持ち、わかる。

・性格がよく出ている、お人柄。

《作者の言葉》

いつまでたっても子ども、甘えが取り切れないなあと・・・と。

 

リポート

「海峡派」新年会 ・・・・・・・・・・ 都 満州美

2017129日の「海峡派」新年会が松柏園ホテルで行われた。参加者が10名と少なかったが、和気あいあいと語り合い、ご馳走を食べ、飲んだ。今年の抱負をそれぞれに語ってもらった。

「海峡派」139号 詩・短歌・俳句


れんじふーど・だいぶ ・・・・・・・・・ さとうゆきの
タイトルも詩もすべてひらがな。「あるふゆのあさ/みんながいくので ついていった」のだが、「おされて/てつのはねのすきまから おちた」「にげなくては」「もどっておいで/なかまが ないている」何が?ヒントは「はねをばたばた ちゅんちゅん」。ここで、スズメだとわかる。一時間後、「にんげんのてが にょきっと でてきて」「にんげんのてと てつのあみのすきまは/ぼくの いきしに を さゆうする/〈かつろ〉というものではなかろうか」と理解する。最後は無事に「なかまのところに もどっていった」

・主人公はぼく。ぼくはスズメ。れんじふーどにだいぶしてしまった。スズメがこわがっている様子が、よく出ている。ひらがなの効果。外の寒さと、「にんげんのいえのなか」の温かさの対比は、この場合、そのままにんげんの優しさにつながっている。
・レンジフード(換気扇)に小鳥が入って来たことを詩にした。面白み。
・小さい出来事でも、鳥にとっては大きな出来事。 ・鳥だったら〈かつろ〉を感じたら書かないだろう
・ドキッとした、ひらがなばかりだから、一見簡単そうに見えるのだが・・・ ・真ん中で主人公が何かわかる 《作者の言葉》 去年までレンジフードの下に気があったが、その木を切ったので、レンジフードからいろいろ入ってくる。

83歳Now ・・・・・・・・ 高崎綏子
なんとも若々しいタイトル。「電波障害で」「司令塔から/指示が届かないので」という出だしからよくわからない。テレビなのか、ラジオなのか。駅前の幹線道路の陥没は、博多で起きたあれだろう。苦江巣氏はクエスチョンのことのようだ。3連目では、司令塔復活。ラストは「わたし/今」「物干竿にぶらさがっている」とある。

・一行に多用する/の意味するものは何? →視覚的に面白いと思った
・/は目で見ての効果 ・陥没事故のことを書いているが、メタファ
・苦江巣氏というのは、クエスチョンのこと。物干し竿にぶら下がっているというのは、クエスチョンマーク ?がフックの形になっていて、ひっかかっている様子を描いているのでは?
《本人談》 まだらぼけのことを書いている。電波障害とは脳のこと。これからは詩を書いていく。

旅行記 ・・・・・・・・・・ 清水啓介
就寝前のいつもの儀式。「目を閉じて、自身の意識の内側を覗」く。古びた階段を降りてみると、扉があり、開けると「そこは裸電球の灯った一畳ばかりの和室」。その鏡に「戸惑った中年男の顔が映っている」のだが、何かおかしい。俺だが、よくよく見ると、木偶人形だ。「意識という現象さへも、実は幻影に過ぎないのかもしれない」と思う。

・自分を探し、その探し当てた自分さえも自分でないと疑う。意識も例外でなく、自分の意識だとおもっているのも、やはり幻影にすぎないのでは?と考える。入れ子式の箱を次々と開けては「違う」と落胆しているよう。いつ作者は自分にたどり着くのだろうか。
・どこかで読んだような詩(作品)
・起きたことに対する判断 ・タイトルが面白い ・村上春樹が自分の意識の内側の地下1F、地下2Fまで下りて行くと言っている。もっと下りてほしかった。
・幻想感を説明しないでいいのかも。
・行間があるので、一行に長く書かなくてもいいのでは?

水自慢 ・・・・・・・・・ 山口淑枝
「水が美味しい。/有り難いねえ。」とは、東南アジアの旅から帰った時のセリフ。さらに、蛇口から水を出し、「日本の・・・水は」と連れ合いが言ったら、「これ北九州の・・・水よね」と私が言って、「にこにこする」。

・海外に行くと、日本のよさがわかるが、ことに水に関しては、日本ほど安心して飲める国はないのでは・・・
・確かに、言われてみれば、日本のように蛇口から出る生水を飲める国は数少ない。
・誰にともなく、自慢げになる。水は体を作る。水なしでは生きられない。本当にありがたいことだと思う。足りすぎて忘れているだけだ。そのことに気づかされる。
・ありがたい・・・と改めて思ってみると、ありがたいのは水だけではないと気づく。

母よ ・・・・・・・・・・・・・ 波多野保延
「九十六年を生きた証が/神は無情な試練を与えている」という。苦労した母が人生の最後にまだ試練があるという。「骨と皮の四肢に/何本もの管が垂れ下がる」ので、見ている方も辛い。そして「十日後遺ろうの決断をした」という。口で食べられないというのは、見ていてなんとも言えない気持ちになるもの。そんな母に好きだった日舞のレコードを聴かせる。

・96歳の母親の看取りをする やつれ果てた母の「生」を神の無情な試練ととらえる作者だが、母が踊ったことがある「柳の雨」のレコードを聞かせ、顔の反応にこころを動かされる作者でもある。この揺れ動く心情を詩にされている。俳句もされ、短歌もされる作者だが、これは詩を選ばれた。
・母を思う気持ちはいくつになっても変わらない。生きていてほしいと願う気持ちも。
・最後にレコードを聴いてかすかに顔に反応があったというのは、ほっとした。
・短歌には、斎藤茂吉の「赤光」がある。波多野さんは当然、意識されただろう。

友は逝く ・・・・・・・・ 横山令子
彼女と私の距離感を「そうだ 友と呼ぼう」。友は「大切そうにいつも箱を抱えていた」「友からの電話は古本屋の匂いにも似て/束の間 時計の針は戻った」・・・友と作者との距離感、そして同じ時代を過ごした日々が感じられる。ラストは「電話も住所も消したけれど/マタ向コウデ会イマショウ サヨウナラ」と、消した後のことはカタカナで表現。

・カタカナ表記の事務的な感じが、なんとなく無機質で終わりの寂しさを捉えている気がする。 ・加村さんの追悼詩だと思った。
・友との別れはとてもつらいもの ・追悼とはいえ、よい詩
・箱はメタファ ・ヒリッと肌がつるという感性がいい。

しあわせ時間 ・・・・・・・ 赤坂 夕
「釣川土堤に/つくしがはえて・・・こがもが十二羽・・・」私は聞く。声に出してか、心の中でか、「何をしてるの/藻を食べてるの」と。そして思う。「きみたち・・・自給自足で/自立していて カッコイイ」と。 自然に恵まれている家の周辺を散歩でもしながら、作者はいろいろと考える。たとえば小鴨を見た時。誰から養われているわけでもなく、自分でエサを取り、生きている。そういうことにもふと思い当たり、えらいなあと感想を持つ。

・素直に詩にできる人。感動こそが詩の原点かと思う。そして、その気づきに、幸せ時間と思っている。しあわせは身近にあるものだと改めて考えさせられる。
・自分の今の辛さを釣川の小鴨に思いを寄せている。 ・車から川面を見たりするのが、なぐさめ
・表記の仕方を工夫している
・ラストの「カッコイイ」の言葉を使わずにカッコよさを伝えることが大事
・小鴨のかわいらしさや、歌いたくなるような、浮かんでいるようなレイアウトになっている。

カティア逝く ・・・・・・・・ 坂本梧朗
26行にわたる第一連。その最後は「君の去り際に/立ち会えたことを/よかったと思い/また不思議にも思った」と締めくくる。カティアの最後を看取ったのだ。二連目はカティアの思い出。「寒い夜中に抱いて出て/大小便をさせた/雨の日には傘の中に君を置いた」など、そこここに君の思い出を探す。ラストもそう。「家のあちこちに/君の思い出がある」という。

・ワラシの子ども、カティア。苦労もさせられたが、家族なのでその死はつらいはず。作者はまた、犬と暮らすことがあるのだろうか。
・ペットは子供のようなもの。亡くしたら悲しい。
・先に誰かをわからせたほうがいい。→せっぱつまった状態が出ている
・愛したものに対する看取りが、愛情こめて書かれている
・ペットロス

短歌
十戒 ・・・・・・・・・・ 波多野保延
冬となり梢の枯葉旅にでて時雨に濡るるは蓑虫ばかり
リラ冷えの未還の四島遠く見て若布刈りとる手こぎの舟は
いい味と妻をほめあげ筑前煮にそっと好みのみりん加うる
岬なる水仙の香を分けて来る沖より届く原発の波
我れの行く遍路の旅に来し妻か札所の道を車椅子押す
天草の「五足の靴」の旅終えてクルスの見ゆる窓辺の聖書
有明けの干満の差は六メートル露天風呂より夕日を掬う
カルデラの盆地に色づく麦の穂は風と余震にさ迷いゆれる
大仏の背より広がる片瀬浜晩夏の昼を江ノ電軋しむ
「十戒」の海割るシーン幾度か新宿コマはわれの青春

・蓑虫ばかり、手こぎの舟は・・・寂しさが出ている。
・いい味と妻をほめあげ、われの行く遍路の旅・・・妻を思い、感謝する作者の気持ちが出ているほのぼのとした歌。
・原発の波・・・水仙の香を分けて届くというその対比がどきっとさせる。
・江ノ電、タイトルになっている「十戒」の海割る・・・青春時代を東京で過ごしたのだろう作者の懐かしむ気持ちが表れている。
・旅行記が多く、行った場所の印象で、一番のものをずばりと。


俳句
海軍カレー ・・・・・・・・・・・ 波多野保延
冬の蝶排卵の日に舞い上る
共謀法一夜で通過春の雷(らい)
モナリザの笑みに嫉妬青葉風
皐月闇寺山修司の性(さが)匂う
六本に性を操る鵜飼かな
けん玉の地球一周テロ炎暑
蟷螂のなほ嚙み砕く生殖器
発艦の湾はぐんにゃり油照り
老婆にも化粧の権利天花粉
湘南に海軍カレー夏の果て

・俳句は、時代背景を伴って、言葉選びも鋭い。
・共謀法、テロ、発艦、海軍カレー ・・・・ 戦争を憂い平和を願う思い
・鵜飼、蟷螂、冬の蝶 ・・・ 性のまばゆさ、あるいは生きること

「海峡派」139号 ①小説

「海峡派」139号 
合評会での感想を目次の順に少しずつ更新していきます。

泰子、河内に吹く風のように ・・・・
若窪美恵

桜や藤の頃、また山登りやキャンプ、サイクリングにと、にぎわいを見せている河内貯水池。そのダムは、全体が石積みでできており、西洋のお城を思わせる美しさで、大正八年に着工されてから完成するまで、おおかた十年をも要した。設計は、沼田尚徳・・・これは、尚徳の妻・泰子にふりかかる悲しくも美しい夫と子どもを想う物語。八幡東区には、製鉄・石炭に関連する様々な近代化産業をけん引してきた歴史的建造物がある。それは地域の発展の軌跡を浮き彫りにし、当時の暮らしや文化を後世に伝える貴重な証でもある。

 

・太字のメモリアルの文や、(男1)(男2)など、必要かどうかわからないが、凝っているし、冒険したなと思う。

・亡くなった泰子の語りで進む。

・いい題材を見つけた。人柱という怖い表現も、うまく取り込んでいる。

・ドラマに使える構成。臨場感があった。

・ダム建設を巡っての作、すでにこの世にはいない妻泰子の視点から、その経過を語られているところが、立体的で、新鮮だった。内容もダム造りという珍しいもので、興味深かった。

・とてもよかった。いいシナリオになっている。

・たしかに製鉄所というものはドイツその他の欧米の技術のほとんど並行輸入かもしれないが、ダムというその為には絶対不可欠な存在などは自前で、自腹ですべて成したはず。

・人柱。なんと重い、痛々しい言葉だろう。場面的には「父の死、娘の死、、、、こうしてお天道様がのぼっていて、、、、、、やはり、父たちはここにいるかもしれないなぁと思え、とても神聖な気持ちになりました」(p11)が素晴らしい。

・この小説は骨格がしっかりしていて、健全、明晰なのでとても読みやすく、好感が持てる。

 

楠木の下を通る日に ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 田原明子

激しい頭痛に襲われ、気付くと息子の太郎や孫の翔太など皆がわたしの周りに集まっている。体は動かない。どうやらあの世へいきそこねて、魂だけが離れてしまったようだ。施設から引き取って育てていた美希も来た。美希はわたしとは母が違う妹の子どもだ。妹は美希が生まれるとすぐに死んだ。その後、20歳離れた男性と結婚し、太郎が生まれた。美希は太郎をとてもかわいがり、知らず知らずにお手伝いさんのように使っていた。高校卒業時に美希は二千万円貸してくれと言って出て行った。病室で、美希と太郎は二人で話す。美希は苦労して医者になり、借りた二千万の中から、元の自分が育った家を買い診療所にした。それぞれの思いの行き違いを二人の会話で明らかにした。

 

・すべてはそおれぞれが相手を思いやってのこと。人の思いはなかなか伝わらないもの。それぞれが勝手に思いめぐらす。そういったことを立場を変えずに、うまく魂が離れたとするわたしも入れて3人の気持ちを繋げたいい作品だと思う。

・今、作者は死後の世界に興味があるのかもしれない。

・まだ若いのによくこのようなものを書けると感心した。

・女性の心理がよく出ている。

・エッセイの臨死体験が、2年後、この小説に生まれ変わったよう。

・口がきけない人の立場から書いている。

・現代版おとぎ話と思う。悪人がいない。感情の行き違いで悪人に見えただけ。

・人は亡くなる前、耳だけは聞こえるらしい。うまく取り入れている。

・二千万円は額が大きすぎるのでは?

〈作者の言葉〉

昔書いたものを掘り起こして、直して書いた。テーマは「自由に生きられるように」

 

五時の女 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 有馬 多賀子

平田先生は、保育園の迎えがあるから5時で帰る。それを快く思わない女性教師もいる。三井弥生は、小学校1年生の担任、幸いなことに近くに住む母親に子どもをみてもらっている。そんなとき、母が脳梗塞で倒れた。だが、弥生は、おいそれとやすめない。母の知り合いの足立夫人に子どもをみてもらうことに。なにがしゃくにさわるかといえば、他人事みたいな夫の態度。結局じぶんにふりかかる火の子は全力でふりはらわねばと、弥生も五時の女になることに。

 

・昔と違い、今はイクメンがもてはやされているようだが、現実はなかなか厳しい。夫の仕事の都合にもよるだろう。いつの世も、やはり女性が子育ての中心になる。仕事をもっていたら、本当に大変だ。弥生のように、周りの協力を得るのが一番だろう。

・仕事をしながら子育てをがんばっている女性への応援小説。

・あの子育て戦争と呼ぼうか、女性が自立して生きていくために、子どもはしばしばじゃまものとしてたちはだかる。夫も女の自立をはばむ。いとしい者たちがなぜ!その時代を生きたものとしてこころから共感。弥生はかしこくきりぬける。同僚の苦境も理解する人に成長していく。えらい。

 

落とし穴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 都 満州美

PCのトラブルの体験談を、微に入り細に入って書かれている。パソコンで書いた文章が操作ミスで消えたこと、誤作動を起こすようになったこと、初期化したこと、マウスの老朽化、XPのセキュリティーが終わったこと、インターネットがつながらなくなったこと、いきなり10にアップデートしてきたこと・・・それからの故障とサポートとのやり取りを細かく追って描いている。

 

・克明に書いてある。仕事をしていれば、PCトラブルなどは詳しい人が必ずいるから、自分で対処することはないが、わからないと大変なことだ。

・結果がどうなったか、知りたい。今、ちゃんと使っているのかどうか・・・

・サポートの人も、いろいろいて、結局は人柄なのかなと思った。いい人に当たるかどうか、ずいぶん違う。

・どれもがPCに非常に詳しい人なら苦笑するような内容だろうが、どれもこれも多少の差こそあれ、思い当たるふしがある私には、身につまされる。他人事ではない。逆に、PCを使わない人には、何のことやらわからないだろう。ともかく、大変でしたね。

〈作者のことば〉

トラブルは怖いけど、今はネットで英語の動画ニュースを見ています。

 

父の贈り物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若杉 妙

淳子ばあばが、孫に昔語りをする。・・・昭和二十五年頃のこと。淳子の父武雄は右足が義足で、松葉杖をついている。母芙美子と淳子はリヤカーに下駄の歯替えをする道具をつんで、行商に行く。頼まれた下駄を武雄が修理するのだ。その父のことで一番印象に残っている思い出は、淳子の結婚式の前日のこと。武雄は、黒地に表面には牡丹の花があしらっている中歯下駄を挿げていた。その中歯下駄を、明日は雨が降るに違いないから、これを履いて嫁に行けと渡してくれた。五十年過ぎても、淳子の宝物である。

 

・花嫁を作り、家から出ていく・・・当時の様子がありありと思い出された。今はなき、風景だろう。

・花嫁を見るため、近所の人たちがやってくる。子供たちは花嫁の後ろをぞろぞろとついてくる。そんな懐かしい風景を再現させてくれた。

・淳子ばあばが孫に語るのは、とてもいいことだと思う。幸せな光景。

・最初のほうに出てくる餃子、作り方どうりに作って食べてみた。シイタケを入れたら、食感がよくおいしかった。

 

関東文芸同人誌交流会の掲示板より

関東文芸同人誌交流会の掲示板に、根保孝栄・石塚邦男さんより、「海峡派」139号の丁寧な批評をいただきました。ありがとうございました。
   ↓       ↓       ↓

  http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
抜粋します

「海峡派」139号(北九州市) 木村和彦「銀次郎の日記」で有名だった青江由紀夫氏の追悼文の惜別の情  投稿者:根保孝栄・石塚邦男  

 ・引き続き139号の感想。編集後記で詩人の大岡信さんがなくなったことに触れている。大岡さんの息子さんの大岡玲さんは、イタリア文学の専門家で、芥川賞作家。たまたま、私が所属している苫小牧の読書会で、連休明けに大岡玲さんの小説「黄昏のストーム・シーディング」を取り上げて読後感を話し合うことにしているので、奇遇な気がする。大岡信さんは、朝日新聞で長く折々の歌を連載していたので、古い人は歌人の間でも有名だ。 三十年ほど前に、札幌の詩人の集まりにたまたま来道した大岡さんの謦咳に接する機会を得たことがあった。詩だけではなく歌にも造詣深い方であった。

若窪美恵「泰子、河内に吹く風のように」は、あの世に居る沼田泰子が、夫が自分のために建ててくれた五言絶句の詩を記した記念碑に対して夫の真心に感激、夫とのなれそめからその後の一生を回顧するという設定の小説。明治十九年に八幡製鉄の建設計画が浮上、地元の八幡村の土木部長だった夫の沼田が製鉄に必要な大量の水を確保するためダムを建設、河内浄水場の完成にこぎつけることに成功するのだが、住民との間で摩擦が生じて苦労した次第を、あの世の妻の立場から語るという構成になっている力作短編。

田原明子「楠木の下を通る日に・・」は、突然の頭痛に見舞われ意識を失った老婦人の私から、枕元に集まった家族の様子を幽冥界から見下ろす・・という構成。周りの愚痴や溜息、残った者への冥界からの労り・・作品が読む者を惹きつけるのは、そんな場面がいずれ訪れることを感じている年配者であろう。

有馬多賀子「五時の女」は、残業で遅くまで帰れないのが日常になっている職員室なのに、夕方の五時に帰る教師がいた。それは・・・というような教職現場の話。学校のこと、町内会のこと、育児のことなどをからめて、女性の職場の課題を考えさせる作品。

都満州美「落とし穴」は、パソコン、インターネットの問題点、便利さがあるかわりに機種やセッティングの違いによって不便もある、というような今日的な課題を小説にした新しさは買える。

若杉妙「父の贈り物」は、中心街で四十年スナックバーをやっている淳子が、八幡製鉄の社宅時代を思い出して語る・・という内容。

・詩作品は、さとうゆきの「れんじふーど・だいぶ」が、レンジフドに乗った側からの目線で童詩的に語る構成。高橋糸子「83歳nou」の諧謔時代批評詩は愉快だ。波多野保延「母よ」は、96年散々苦労してきた母が、今病床にある。その母への感謝と労りの詩。

木村和彦「青江由紀夫同人を悼む」は、「銀次郎の日記」の連載で有名な青江由紀夫さんが亡くなり、追悼の文。この青江さんは、私の大学の学部も一緒の同級生だが、大学院で経営学の学位を取った方と記憶している。北海道の「山音文学」にも「銀次郎の日記」を十数年連載していた。函館大学の学長で定年になり、その後東京の団体役員をしてこれを辞し千葉の自宅で読書三昧を楽しんでいた人物。ネットもワープロもやらないので、原稿用紙に直接書き込むやりかたで押し通した方で、私も十年前まで「山音文学」の編集部の一員として生原稿のタイプ打ちを数年手伝ったことがあった。合掌・・・。

関東文芸同人誌交流会の掲示板より

関東文芸同人誌交流会の掲示板に、根保孝栄・石塚邦男さんより、「海峡派」138号の丁寧な批評をいただきました。ありがとうございました。
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  http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs
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抜粋します

「海峡派」138号(北九州市) しみじみした読後感は都満州美「逃避行」  投稿者:根保孝栄・石塚邦男  
 
・遅れましたが、読後感を。
川下哲男「川筋少年」上の作品は、1958年、小学校三年生になった本田正吾が主人公。その目線から炭鉱町に住む一家の模様が語られる。家族は六人、三十代前半の父母と母方の祖母、幼い弟二人の合計六人が木造平屋の二軒長屋に住んでいる。酒が回ると炭坑節を歌う大人たち。線路沿いに水路があり、池がある。川上には滝がある自然に恵まれた町。学校生活、子供たちの遊び。そのような昔懐かしい日本の炭鉱町の風情を細やかに描く。

若窪美恵「まいど。鰻屋です」は、大学で文学部を専攻した太った若者が鰻の養殖場に見習いとして勤めることになり、日々奮闘するという珍しい職場の話。

有馬多賀子「おもちゃのヘビ」は、新しく赴任した女性教師が、難しい年頃の六年生の担任になって奮闘する話。

都満州美「逃避行」は、佳作である。両親と暮らしていた兄は、母が世話をするので日常生活で身の回りのことを何もせず過ごしてきた男。父が亡くなり、世話係の母も亡くなって、一人っきりの生活になった兄の住む実家は荒れ放題。姉はまともな結婚をして家を離れていったのに比較して、語り部の私は一人暮らしをして今はアルバイト生活。実家に帰って兄の世話をしながらアルバイト生活をすることにした・・。実家の一室を自室として住むことになったのだが、兄の日常生活が少しずつ狂い始め、それにつれて自分もおかしくなって行くのを感じ始める。老いに向かう兄妹の共同生活は・・・という話なのだが、細やかに肉親の変わり行く姿を描写する筆筋が地味ながら読者を惹きつける。

横山令子「艶やかに」は、夫の死後、あまり外出をせず、誰とも会話しない日が多くなった夢香は、久しぶりにコスモスを見に外出する。そして、粋な感じの老年紳士と知り合いになる・・というロマンチックな話。

詩作品は清水啓介「あくるひ」は、団地風景の一齣をシュールに点描した着想と構成が光る。山口淑枝「ダイニングキチンで」は、ご飯の炊き具合を竈の神様めいた目線で描写した構成と着想に心魅かれた。随想では、若杉妙「私の岩下俊作像」が同人雑誌ゆかりの岩下氏にまつわる伝説めいた思い出話の披露が心に残った。

高岡さんより批評 木村和彦『輝けブラス』・・・

関東文芸同人誌交流会の掲示板に、高岡啓次郎さんより、木村和彦『輝けブラス』の丁寧な批評をいただきました。ありがとうございました。
   ↓       ↓       ↓

  http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

高岡さんは、今年度の、
第十回北九州文学協会文学賞の小説部門、『無口な女』大賞を受賞されました。北九州文学協会文学賞授賞式、懇親会でお会いし、「海峡派」ともご縁ができました。以下、抜粋します。

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①輝けブラス  
 投稿者:高岡啓次郎  
 海峡派の同人である木村和彦さんから上記の題の本をいただいた。以下はその内容を紹介した西日本新聞の数年前の記事である。

盲学校に赴任した23歳、新米の物理教師の悪戦苦闘。

「死ぬ前に、もう一度だけ演奏しないか?」

昭和33年に、初めて盲学校にブラスバンドができた、NHKラジオで全国放送の、あの感動シーンが蘇る。
1956年から7年間勤めた八幡東区の北九州盲学校(現・北九州視覚支援学校)で、全国でも珍しいブラスバンド部を創設した元教員木村和彦さん(82)=門司区花月園=が、当時の体験を基にした小説『輝けブラス』を出版した。視覚障害で楽譜を読めない生徒たちと苦楽をともにしたドラマがつづられる。木村さんは「私の体験を通じて、一般的なイメージとは違う視覚障害者の姿や彼らが考えていることをぜひ知ってほしい」と話す。専門は物理で、音楽の知識が全くない中でブラスバンド部を創設。目が不自由な約20人の部員に代わって楽器を調律することから始まり、部員たちとレコードを聴いて、時には面識がない芸大生に頭を下げて指導を請い、演奏技術に磨きをかけていった。
練習風景を見学しに来た人たちに対し、見せ物見学に訪れたように感じて時に怒りがこみ上げ、部活動に入れ揚げるあまりにほかの教員と対立するなど、血気盛んな20代の木村さんの姿も描かれる。一方、視力が徐々に失われて完全な失明が近づくことに悩む部員を海岸に連れだして励ますなど、盲学校であるがゆえの出来事にも見舞われる。
教職の傍らで同和問題を取り上げる作品を手はじめに小説を書き続け、退職後も同人誌を20年、主宰した木村さん。これまで手掛けた小説は多数あり、今回出版した『輝けブラス』は、かつて第1回蓮如賞の最終候補作に残った作品「アイウルラ」に、失明した部員のその後の生活などを加筆した。
80歳を超えた今もワープロを使って創作活動を続け、たった1行を書くために2、3日考え抜くこともあるという。それでも「小説を書くという好奇心が大事。それがエネルギーになっている」。
その後、ブラスバンド部員たちは卒業して各地で鍼灸師(しんきゅうし)になるなどし、木村さんも北九州市内の高校に転校したが、その後も連絡を取り合っている。木村さんは「一般の人はもちろん、出版した本を音訳したり点字にしたりして、かつての部員たちにもぜひ読んでほしい」と話している。

近々、この本を読んだ私の感想を載せたい。

②「輝けブラス」の続き   投稿者:高岡啓次郎  
 
 私がこの本を褒めるのは他にも理由がある。以下に一部を記す。

 彼の表情を見ているのが私だけだということが、彼と私が二人だけで対決しているようなき重さになって私を捉えていた。

 体育の先生がムッとくる炎熱の匂いを撒き散らしながら入ってきた。

 彼の音は、彼の体臭のように周囲に従えている空気そのものであった。その音は凍りついていた。硬くて重く傲慢でさえあった。
 それが攻撃的ならばまだ若さがあったが、彼はけっして自分からことを起こそうとはしなかった。四角や三角の組み合わさったその音は長調では格言のように、短調では靴に石を入れた歩行のように辛く痛かった。
 それは私に頑固な老人を思い出させた。
 これだったんだな、私はつぶやいた。

 この文章を見ていて分かると思うが、周囲に溶け込まない少年が楽器に向き合っていく様子が描かれ、それを主人公である教師が不思議そうに、扉の中をのぞくように描写している。
木村さんの許可を得てこの本の入手方法を近々みなさんに知らせたいと私は思った。  

③輝けブラスは映画になり得る
 投稿者:高岡啓次郎  
 木村さんの作品を読んですぐに感じたことは、私が映像の世界に生きる人間なら、ためらわずに映画にしたいということだ。この種の成功物語には「フラガール」があり、いま封切り中の「チアダン」があるが、この小説ははるかに精神性をともなった深い映画になりえるのではないかと思う。工学部を出た物理の教師が盲学校に赴任するいきさつや、正義感に満ちた青年教師が、今まで気付かなかったことに目覚め、新しい世界で子どもたちと一緒に成長していく過程が実に面白い。文体は平易にして会話も軽妙。九州にはずいぶん優れた書き手がおられるのだなあと改めて感心させられた。この本についてはもういちどふれてみたい。  

③「輝けブラス」最終考  投稿者:高岡啓次郎  
 前回ふれた周囲に溶けこまない少年のかかえた闇がエンデイングが近づくに連れて明らかになっていく。少年は人間が存在することそのものが罪なのだとつぶやくが、ずっと自死を考えていたのだった。周囲の仲間たちが楽しそうに音楽にのめりこんでいくのを、どこか冷ややかな態度で達観しているふうだった。奏でるトランペットの音色はどこか周囲と違う。その超然とした様子に、ときに教師は苛立ちを感じるが、ある日、少年の心に宿る深い悲しみの理由を知って謝罪したいと望み学校から連れ出そうとする。
 どこに行きたいかと聞くと、小石海岸に行きたいと答える。絶えず死を意識している少年に教師は死ぬなとはいえない。ただひとこと、もういちどだけ全員で演奏してみないかという。少年は暗い海岸にたたずみながら首を縦にふる。何が演奏したいかと教師が質問すると、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレがいいと答える。
 やがて演奏会があり、結果として少年は自死を思いとどまる。ずっと後年になってから大人になった少年は。あのとき先生が小石海岸に連れて行ってくれて、もう一回だけ一緒に演奏しようと言ってくれなければ自分は死んでいたと思うと打ち明ける。少年はやがて小石に住む同級生の女性と親しくなり結婚し、街で鍼灸師として治療院を作る。
「輝けブラス」という表題は、ある意味で人間すべてに向けられた普遍的な言葉である。障害を背負った人たちへの激励であり、不条理な時代に生きている我々すべてに向けられたメッセージなのだ。この本には哲学的な要素も随所にちりばめられており、視覚を遮断された人たちの思考がいやおうなく深くなっていく謎にも迫っている。この本を入手したい人は下記に申し込むことができる。

リーダーズノート出版。 東京都北区田端6-4-18 電話 03-5815-5428   
 
 

勉強会 

3月16日(木)門司生涯学習センターで、講師 髙﨑綏子による勉強会を行いました。12名参加。
とても勉強になりました。髙﨑さん、ありがとうございました。

内容
1)創作(散文、詩)について討議
 ・主題について
 ・省略と拡大(描写)
 ・会話文
 ・視点
 ・表題
 ・プロローグとエピローグ
 ・その他

2)創作実験
  名前、性別、年齢、場所、季節 などの設定を決め、一人二分ずつ、物語を作り繋いでいきました。思わぬ展開になり、最後はこれまた思わぬ結末になりました。

「週刊読書人」第3175号

「文芸同人誌案内」掲示板より
   ↓   ↓    ↓ 
http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

抜粋します・・・・・・・・・・・・・・・

「週刊読書人」第3175号(2017年02月03日)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆により、若杉妙「私の岩下俊作像」(「海峡派」138号)が、紹介されました。

「西日本文学展望」2017年01月31日

「西日本新聞」2017年01月31日(火)朝刊「西日本文学展望」に、長野秀樹氏筆により、「海峡派」138号、笹田輝子さんの追悼特集若窪美恵「まいど、鰻(うなぎ)屋です」坂本梧郎「ラスト-ストラグル」最終回が紹介されました。

「海峡派」138号 ④(4)小説・俳句

艶やかに ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 横山令子

夢香は夫が亡くなって二年、「古文書読む会」やシニアコーラスにとようやく自分の生活リズムを取り戻している。ある日、コスモスを見に行こうと出かけたとき、ふとしたことから男性と知り合った。その男性は松田といい、映画館で再会。お茶を飲み話すと、松田は定年を機に、学生の頃から住んできた東京を離れ、妻や息子たちとも離れ、一人で戻ってきた。夢香は松田を親しく思うと同時に、自分の息子は自分のために戻ってくることはないだろうと寂しくも思った。

 

・父が付けた《夢香》の名前が芸者の名前というところ、なかなか時代的でおもしろかった。

・書き出しと終わりが自然でよかった。

・《古文書読む会》は、地元民を入れない・・・本当

・恋心、ういういしさ、ぎこちなさが出ていた。

・独り身の立場と母としての立場で夢香の気持ちが違うのがよく出ていた。

・夢香が夫亡きあと、自分なりの生き方をしている。松田の出現は今後どうなっていくのか・・・

〈作者の言葉〉続きを書くつもり

 

メダル・ソルジャーズ(5)・・・・・ 大空裕子

前回までの戦いでは、メダル・ソルジャーズが、カルサイトに負けた。カルサイトはニタニタ笑いで、残りのメダル・ソルジャーズを葬り去り、あらゆるメタモンを自由に操ろうと企む。負けた礼佳たちメダル・ソルジャーズの間では「メタモン界のこと・・・私達人間がでしゃばることではないんじゃないかしら?」との思いもよぎる。だが、みんなが帰ったあと、カルサイトは不敵な笑みを浮かべていた。
 

・カルサイトとは鉱物の名前。そういうこともカルサイトがどんな容姿なのか、想像するヒントになるが、もう少し描写、情報を書き込んでほしい。

・イメージを創造しながら読んでいく。

・戦いはまだまだ続くようだ。悪を倒すということは、平和につながる。負けた時の退廃的なムードがよく出ている。

 

永鞆中学校 ・・・・・・・・・・・・・・ 中北潤之介

僕の、故郷の永鞆中学校の物語。ヤンキー気取りの僕は、柔道部に入っている。顧問の賀鬼先生からよくビンタをくらう。2年になって、「〇〇ちゃんと付き合って」と言われるが、付き合うという意味がわからない。また、ジンエという矢沢に熱狂していた同級生や、W里香、そしてもう一人、釣りマニアのKの存在は、僕に大きな影響を与えた。3年になってMさんとの恋が、僕の永鞆中学校での独りよがりな尻の青い自伝を自由な世界へと広げてくれた。
 

・長い小説。最初とラストを比較すると、変化が大きい。

・書き方が気になる。もっと推敲を。

・書きたいことをバッと書いていく。ある意味、うらやましい。

・ポルノ的な部分、特に中学生なのに・・・読めない。

 

サプライズ ・・・・・・・・・・・・・・・・ 犬童架津代

幸子の息子、一郎はひでみと結婚する。式はハワイでする予定だったが、ひでみが妊娠しているため、幸子、夫信也、ひでみの両親と4人でハワイ観光。その時に幸子は足をくじいた。帰国し、披露宴。ウエルカムボードはひでみの母の手作り。受付は一郎の友人。あたたかく幸せそうな息子夫婦の披露宴だった。
 

・式をしないで披露宴・・・友人たちが式をしてくれた。貴重な経験。

P224下、後ろっから6行目「ぜひ息子と・・・」のセリフは誰が言ったのか。友人の言葉に直し、すぐにわかるように。

・披露宴などの状況はどこもさほど変わりはないのかもしれないが、結婚しないと思っていた息子がひでみの父に迫られ、結婚を決意する様子や、ひでみの妊娠でハワイ行きが若者抜きのそれぞれの親同士が4人で行くなど、面白かった。

 

俳句 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・髙﨑綏子

漂着の鯨渚に星明かり

たぷたぷと鯨の骸岸壁に

ふり向くな寂しい鯨が自爆する

鯨埋めて不在の岸を波洗う

図書館を居場所と決めて冬に入る

図書館の黙に匂える冬林檎

「海峡派」138号 ④(3)小説

逃避行 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 都 満州美

兄は母が亡くなり実家に一人暮らし。実家は散らかり放題。三歳上の姉は結婚し、子どもや孫もいて、私に実家で暮らし、兄の面倒を見てほしい様子。私は兄と暮らす決心をする。兄に認知症の兆しが表れ、好きなダンスもやめた。私は近所に住む兄を車でショッピングモールに連れ出し、散歩させるのが日課になっている。次第に兄と一緒にいると窒息しそうに思え、逃避行のためのマンションを借り、兄の目をかすめてはやってくるようになった。部屋を観葉植物でいっぱいにした。

 

・背負い込んでしまう人の運命というものがある。

・認知症はいろいろな症状があり、性格も変える。誰もが直面する可能性がある。

・兄をショッピングモールに連れていく・・・などリアル。

・逃避願望からか、一人になる部屋を借りるが、そこは異常な部屋。メンタルをやられている。深層まで入り込んで書いている。

・兄弟とはいえ、離れていた者同士が一緒に暮らすのはとても大変なこと。私の気持ちがとてもよく表現されていたし、よく伝わってきた。兄と母との相互依存の関係が崩れたことで、実家があれていく様子が現実的で自分の実家のことと重なった。

 

対馬海峡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 木村和彦

昭和50年のこと。新井先生は、市内の由枝の小学校で合唱を指導している。新井先生の提案で、韓国に演奏旅行に行くことになった。韓国は1945年、日本が戦争に負け自由の国になった。その後三八度線という境界で北と南に分かれて行き来ができないという状況にあった。春休み、ようやく韓国へ。ソウルへの列車の中でちょっとしたトラブルになり、新井先生が韓国語ができることがわかった。ソウルで、由枝たち日本人が合唱した後、新井先生が黒い服を着た男性二人に連行された。男らは特務員ではないかと他の先生たちは言ったが、定かではない。結局、新井先生を欠いたまま、帰国した。

 

・韓国は反日、台湾は親日という感じ。台湾は唯一植民地として成功した?

1919年(P143 )、日本の植民地になった。

・歓迎の挨拶、創作だと思うが、反日的でひどい内容。本当のよう・・・

・とても興味深かった。こういうことが本当にあったのではないか・・・

・小学生とは思えない、非常に聡く賢い由枝だと思う。

・p153上段の「あとは時間が運んでくれる・・・甲板に出た」までは、大人の目線。

・続きはあるのか。続きを読みたい。

 

ちょっと変・本能寺の変 ・・・・・・・ 伊藤幸雄

軽口、悪口は本人に知れるとまずいことになるが、歴史上の人物の悪口なら誰も文句は言わない。

飲んで帰り、寝る前、どこからか『それでは、お前、俺と代わってくれるか』と声がし、『勿論、俺が信長なら、あんな馬鹿はしないなあ』と言ったら、起きた時に、本能寺の変の日だった。目の前には森蘭丸が「トノ、お覚悟を」。

 

・本能寺の変には、秀吉がやったなど、いろんな説がある。

・夢ではなく、タイムスリップ。ちょっとわかりにくい。

・ちょっとした世間話のつもりが、後で本人に知れ大変なことになるという話だが、前振りの江戸時代の儒学者の言葉や、焼き鳥屋での会話など、本筋に引き込むための布石がうまい。

・『信長協奏曲』という信長と入れ替わる現代の若者が、歴史を参考にうまく事を処理していく映画があったが、この小説では入れ替わったのは暗殺される当日。笑える。

 

酔って候 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山之内一次

職場での30人ほどのわれわれのチームが受け持った仕事が順調で、結果も残すことができた。山陰の入船亭という料亭で一席をと、部長から持ち掛けられた田中は、酒の席で過去、屈辱的なことがあったのを思い出す。しかし、逆にその事件があってから部長は飲みごとの席では田中に目をかけるようになった。魚料理に皆、舌鼓を打った。帰り際、5歳くらいの少年が、悲痛な声で「伝家の宝刀が盗まれた」と叫んでいた。主人も、今日のお客はあなた方だけだから、子どもの言う宝刀が戻るまでは帰すわけにはいかないという。酒に酔った前川と野田が、刀を持ち出したのだった。その刀は本物だった。

 

・ひと昔前の会社の宴会風景という感じが伝わってくる。

・少年が遊んでいた刀が本物だったこと、それを冗談のつもりで取り上げた前川と野田の酒癖の悪さが大きなことになっていく。本物と気付き、警察沙汰になる前に返すことができてよかった。
・ラストの月に照らされている男たちの姿が目に浮かぶ 

「海峡派」138号 ④(2)小説

あしたは 晴れている(連載第十一回) 
                ・・・・・・・・・・ はた けいすけ

正太がセルロイドの筆箱を馬島に取られ、からかわれているのを兄の直太が見た。そのことで母丈子と直太は万引きかも・・・と思うが、正太を問いただし、若奥さんからもらったことを知る。ある祭りの夜のこと。アセチレン・ランプの灯りの元、バナナの叩き売り、飴屋の前を通り過ぎ、雑踏の中、聞きなれた声が・・・。お面屋のところに座った一人の女の子を見たとたん、正太は胸の鼓動が止まるほど驚いた。なんと、サトちゃんだった。しかも目が見えない。元活動弁士の父親がお面を売っている。正太は、ドブ川の土手でまじないの一銭銅貨を拾ったせい(そんなことしよったら、眼が潰れてしまう)だと思い込む。だが目が見えないふりしているとお面がよく売れるという。ただ、朝鮮に行ったはずのサトちゃん親子がなぜお面を売っているのかは、謎。また、正太親子で肉飯屋に行ったのだが、そこで若奥さんに再会した。
 

・一回ごとに完結しているので読みやすい。

・セルロイドの筆入れ事件が、効いている。

・物語の展開のさせかたがとてもうまい。

・アセチレン・ランプに照らされた懐かしいサトちゃんを見たときの正太の驚き、しかも目が見えなくなっている・・・この回は、たっぷりと昭和初期の下町を活写して、人間関係のもつれもその喧騒に巻き込んで動きがある。

 

雨に咲く花 ・・・・・・・・・・・・・・古濱紘司

睦男と妻弘子、その娘時枝の物語。睦男が出て行ったまま帰らず、警察に保護されていて、引き取りに行った。認知症の疑いがあるということで、病院に。昔のことは覚えているが、最近のことは覚えていない睦男。検査の結果、アルツハイマー型認知症と診断され、妻の弘子が娘の援助を受けながら、地域の隣組に病気を公開し、協力を頼む。隣家の大久保さんも町内会長さんもよく話してくれたと、「カラオケ教室」に誘ってくれたり、ドライブに連れ出してくれたりした。
 

・恥ずかしかっただろうが、正しい対処だ。作者は、よく女の気持ちを表現できるなあと感じた。

・認知症の介護問題、世間に恥を忍んで助けを求める。役に立つ情報がたくさんあった。解決策の一つを提示してくれた。

・元会計士が簡単な引き算もできなくなる。

・認知症確認から一年後、庭の紫陽花が声援を送ってくれているようというラスト、うまくまとめている。

 

ラスト‐ストラグル(連載最終回)
           ・・・・・・・・・・・・・ 坂本梧朗

ついに最終回。カーツンは退職を迎え、今日が最後の授業の日。これまでを振り返り、進学理系の二クラスはカーツンに教える喜びを与えてくれたことを思う。そのクラスの最後の授業で、最後にアンケートを書いてもらった。アンケートの内容は感謝の言葉であふれ、カーツンを幸福にしてくれた。一方、離任式で考えていた挨拶は代表の挨拶のみとなったことや、離任式に担任が来てなかったこと、離任式後に学習会の監督があることなど、ちょっとしたことがカーツンをイライラさせた。離任式後の生徒とのふれあいはとても嬉しいものだった。卒業生もやってきた。後日、ムーサンの車でサンバーと一緒に来て、荷物を運び出し、学校を出るとき、記念写真を撮ってもらった。そこで終わればよかったのだが、学習会の監督があった。離任式で別れた後に生徒に会うのは気恥ずかしかった。やっと終わったとき、菊丸という若くて気軽に話せた国語科教員に「お疲れさまでした」とにこやかに声をかけられたのに、別れ際、〈先生、お体大切にね〉という言葉をかけられなかったのか。菊丸を追いかけようとして、一度は足を止めたのに。

 

・坂本さんの描く教師像は直球。対して中北さんは変化球。書き方はいろいろ、どんなふうに書いてもいいのだと思った。

・学校を去る場面、細かい描写。最後までストラグル。

・教師集団のさまざまな葛藤の中で、ああ思い、こう思いして、揺れ続ける一人の気弱な、まじめな、人間らしい、普通の人を最後まで描いて、ハッピーエンドなどどこにもないと思い知らす作者の意図を、複雑な思いで受け止めた。

・最後の授業「一字題、一行詩」の授業風景は心が温まった。そのあとの生徒の感想文に感激するカーツンの人の好さに、おかしみを覚え、この膨大なつらいことばかりだったような小説を救っていると感じた。

・連載最後は退職の時のこと。生徒たちに色紙をもらったり、写真を一緒に撮ったりと、それなりに教師生活の最後を迎えられてほっとした。だが、私立校の人手不足ゆえか、離任式後も仕事があり、それがラストの「やはり学習会の監督はカーツンを躓かせる罠」だと感じさせた。なかなか大変な教員生活だったようだが、お疲れ様でした。生きる、生活費を稼ぐというのは本当になかなかに大変なものですね。

「海峡派」138号 ④(1)小説

川筋少年(上)・・・・・・・・・・・ 川下哲男

1958年、ぼくは小学三年生。担任は中田規子先生。ぼくは炭鉱の社宅に住んでいる。線路に五寸釘を置き、蒸気機関車にひかせたりして遊んだ。5月のある日のこと。若い兄ちゃん、シュンさん(炭鉱の野球部でショートを守っている)に誘われ、野球の試合を炭鉱のバスで見に行く。ボタ山を見ながら、竹森しのぶが中田規子先生を書いた絵のことを考えていた。納得できた試合ということで、帰りのバスの中は盛り上がった。帰って、『クラブ』に行き、テレビで月光仮面を見た。

 

・当時の子どもたちの遊び、まんが、テレビなど取り込みながら、細やかに日常を描いている。

・次回に続くが、中田規子先生や竹森しのぶがぼくにとって、どういう役割をしているか、気になるところだ。

・子どもの目線で書くのはとても難しいのだが、よくぶれずに描写している。

・自分が知っているもう十年前の炭鉱の子どもたちは、もっと男の子は元気よくいたずら、悪そうをしては怒られたり。この小説の子どもたちはとてもいい子。

 

かべちょろの誕生日 ・・・・・・・・・・・ 髙﨑綏子

洗濯物を干していると、何か落ちてきた。かなへびの交尾中と判明。法事で家族8名、レストランで食事しながら、孫のはなちゃんが、学校でかなへびを飼育している話を聞く。かなへびの産卵のことをしきりに聞いていると、次男が、スマホで検索をかけ、映像を見せてくれた。

 

・短い中に家族それぞれの性格などがよく出ている。

・思わぬことからかなへびの産卵に興味がわく。すると、孫娘がかなへびの飼育係という展開。そしてスマホの映像。かなへびがどんどん情報を引き寄せているかのようだ。

・「出生時に呼吸不全で一ヶ月近く保育器に・・・とりわけ次女のはなちゃんに煩悩がかかる」など、さすが髙﨑さんと思える美しい表現がたくさん。

・作者はエッセイとして出したが、小説でもいいのでは・・・というので小説で発表。

〈作者の言葉〉これを出すにあたって、お嫁さんに発表するけどいいかと訊いたら、「OK その通りでしたね」と言われた。

 

まいど。鰻屋です ・・・・・・・・ 若窪美恵

僕は大学を卒業したものの、就職が決まらず、ハローワークで探し、大隅の養鰻業に就職した。3ヶ月は試用期間。鰻の養殖は砂利を敷いた池(プール)にパンツ一枚で入り、池を洗うことから始まる。砂利が痛く、あちこち擦り傷だらけになる。毎日疲れて眠るだけ。餌作り、餌やり、出荷・・・と少しずつ仕事が増えていく。愉快な仲間たちもいる。そんなとき、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定され、僕は試用期間が終わり、正社員になる。

 

・近頃の青年が裸になったり、裸足になったり、まったく初めての経験をする。すごいこと。

・バイクで行ったという場面と、車に乗っている場面が出てきて、ちょっと1行でも車を買ったとか、面接のとき(バイクで行った)とか書いていたら混乱しなかった。

・珍しい職場のことを書いている。足の裏の痛み、ぬるぬる感、暑さなど皮膚感覚の描写が優れていた。

・若い青年の仕事に対する心理がとても豊かに、繊細に表現できている。中でも、若い青年の内面性と「更科日記」「菅原孝標女」などとの交わりがとても面白く、この文章表現に感激した。

・とてもおもしろかった。鰻が食べたくなった。

・読んで元気が出た。がんばろうと思った。

・青年の仕事に対する苦悩がもう少し書けていたらよかった。

 

おもちゃのヘビ ・・・・・・・・・ 有馬多賀子

小学校教師、紺野幸美26歳は化粧化がなく、男性教師のような言動をとるので、6年生たちにユキオと呼ばれている。理科担当の村上のことを想っている。ある日、クラスの陽平たちは、紺野の苦手なヘビで脅かそうと教卓の隅にゴムのヘビを袋に入れて置いた。袋を開けた紺野は驚き、教壇から降りるが、おもちゃのヘビを持って陽平が追いかける。「たすけてー」と叫ぶ紺野の声に、理科準備室にいた村上が出てきた。女校長も出てきた。事情の説明を求める校長に、村上が「後はわたしが・・・」とかばうように引き受ける。その10か月後のこと、紺野と村上は結婚式をあげる。

 

・ラスト、陽平たちも一緒に写真撮影するが、そのとき、二人の間におもちゃのヘビを並べるといういたずらに笑える。子どもたちと先生たちの親しい交流がほほえましい。

・紺野はなかなか大変なクラスの担任になったことから、対抗するために男性教師のような言葉遣いをしたのだろう。そういう背景がよくわかる。

・ラストはあったほうがいいと思うが、写真撮影に子どもたちが一緒に写るものなのか?→ スナップ写真ならみんなで写るのもあるだろう。→ 新郎新婦の間でおもちゃのヘビをかざしているというのはあり得るのかなあ?(まあ、小説だが)

関東文芸同人誌交流会の掲示板より

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 根保孝栄・石塚邦男さんより、たくさんの「海峡派」の感想をいただいていました。
遅くなりましたが、まとめて、貼り付けます。
 根保孝栄・石塚邦男さん、いつも丁寧に読んでくださり、また、感想を書いてくださり、一同感謝しています。本当にありがとうございました。
 
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貼り付けます

「海峡派」129号(北九州市) 読ませる都満州美「沈黙の人」 柿田半周「秋刀魚は苦いか塩っぱいか」の文壇裏面史の面白さ  

投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2013年12月18日(水)
 
 北九州市は文芸の盛んな土地柄で名のある作家があまた定住して活躍している。
「海峡派」も有名同人誌として名がある。
今号では都満州美「沈黙の人」に注目したのは、主人公満子が亡き父政太郎の旧い日記を70年経って開き読む内容が、第一生命の外交員として満州で業績をあげた内容の珍しさにある。大阪毎日新聞の記者から転進して生命保険の辣腕外交員になった政太郎がの旧仮名書きの日記に記された満州の生活、満人の性向、満州の地の日本の統治状況など、詳細な記録が貴重である。終戦の混乱期と戦後の貧しい生活なども、日記を読み解く主人公の目線と共に読者の目を釘付けにするところがいい。
文体は素朴で地味な写生文なのだが、珍しいリアルな素材内容だけなのに読ませるのである。

小説ではこのほか、加村政子「プライド」有馬多賀子「三十人の花盗人」
犬童架津代「秋の音」などが印象深い。
エッセイでは、柿田半周「秋刀魚は苦いか塩っぱいか」が、詩人の佐藤春夫と谷崎潤一郎などの文壇の周辺について、記した文壇裏面史的内容が愉快だった。
国文学者の吉田精一が早稲田の講堂で公演したのは昭和四十二年の年末。この公演内容を引用しているイントロなのだが、どうも、全部が公演内容なのか、途中から柿田氏の論調なのか、はっきりしないところがある。世間的には文壇的醜聞として有名なのだが、この場面は面白かった。佐藤春夫と谷崎潤一郎は知る人ぞ知るどろどろした家族ぐるみの友情で結ばれていたのでも知られている同時代者同士。佐藤春夫は谷崎より四歳上だったが、谷崎の千代夫人と佐藤の結婚を承諾したのに、そのうち急に惜しくなって元の木阿弥にかえってしまった話、有名な佐藤の秋刀魚の詩の背景などの逸話など<文壇こぼれ話>が読めるエッセイであった。

詩作品では、登り山泰至「黒猫」「力場」「オートマチック恋愛実験」の三編を掲載していて、どれも作者の情念的心境を詩という表現手段であばいて見せる姿勢が、佐藤春夫的ディレッタンティズムを感じて面白かった。

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「海峡派」40周年記年号132号) 
投稿者:根保孝栄・石塚邦男  
 

有馬多賀子「月乃雫梅」は、幕末から続く老舗の菓子店の人間模様と家族の話。長編にすると、宮尾登美子風の作品になりそうな雰囲気。

古濱紘志「地獄からの脱出」①は連載1回。
事故があって運転していた男は逃亡、同乗の女は大怪我をする。
男は逮捕され、賠償金の支払いの行方がどうなるか、
相手は500万円で和解したいと弁護士を通して言って来た。さてどうする、という話。

はた けいすけ「あしたは晴れている」は、戦時中の少年の話。

・詩作品は以下に。
清水啓介「夜汽車」は、筋書きのある散文形態。死の間際、見たものは・・・
 
山口淑枝「見落としてゆく」は、忘れていた冷凍庫のキューリ揉み、という日常の隙間を。
 
池田幸子「混沌の窓」は気になった詩。

    この狭いアパートで
    年金暮らしの数年が過ぎ
    これから先に何をしようというのか

以上のようなフレーズが読者の心に突き刺さる。

坂本梧朗「集団的自衛権」

    戦争はいつも
    「自衛」「邦人保護」から始まる・・・

    どんどん拡大して
    侵略までいっても
    「自衛」と言い続ける

    ポイントは
    発火だ
    血が流れてしまえば
    後はモウ

この作品の行方ははっきりしている。

詩作品は、色々な形がある。
発想も多様だ。しかし、読者の心を鷲つかみにできるものは・・と考えると、なかなか難しい。
詩は古来から東西問わず巫女の呪文であったことを思い出したいもの。

このほか、小説では、横山令子「流れる」は虐待された夫を今は看病しているが・・という話。
 
高崎綏子「海鳴り」は、アーティストの苦悩の青春記。
 
伊藤幸雄「身から出た錆」は、同級生のヤスは本物の殺し屋だったというオチのショート話などの気のきいた短編の佳作が載っている。

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「海峡派」133号(北九州市) ① 横山令子「薫子 六歳の夏」は終戦間近、浜で倒れていた米兵を家に連れて来てかくまった父だが・  ・・
投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2015年 5月24日(日)
 
「海峡派」は創刊40周年を迎えたという。編集後記によると、書き手も第二次海峡派といってもいいくらいに、新旧が入れ替わったらしい。これも年月というものだろう。

坂本梧朗「ラスト・ストラグル」は、連載一回目。教師のカーツーンが飼っているシーズー犬の親子。親犬のワラシは老犬になってよぼよぼしているのに、子のツムジが親犬のワラシに噛みつくようになった。どういう理由で噛みつくのか知らないが、これではワラシが哀れなのでツムジをどこかに預けなくてはと思う・・という話をイントロにカーツーン一家の話、彼の糖尿病との闘い、職場のことなどが語られる、という120枚にもなる作品は、教師としての奮闘振り。今後、どのような展開になるのか。

はたけいすけ「あしたは 晴れている」は、戦中の話で迷子になった正太が巡査に引っ張って行かれようとしていた現場に行き合わせた山本閣下の若奥さんが助けてくれて、家まで連れて行き風呂に入れてくれた。若奥さんの亡くなった弟が同じ正太という名前だったことから、若奥さんは特に正太のことが気に入ったらしい・・。この30数枚の作品も連載第1回。関西弁が面白い。

横山令子「薫子 六歳の夏」は、戦地で指を怪我して鉄砲が撃てなくなった父が漁師をしている。浜で波打ち際に米兵が倒れているのを発見して、空いている離れに内緒で連れ帰り看病することになる。薫子は父から「誰にも言うな」と口止めされる。そして・・米兵と友だちのようになるのだが・・という珍しい15枚ほどの短編は印象に残った。5、60枚の作品にしたかった。

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「海峡派」133号② 若窪美恵「ミシンの音」は知恵遅れの姉たちに向かう妹の複雑な気持を描いた問題作  
投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2015年 5月25日(月)

伊藤幸雄「他人の不幸は蜜の味」は、官僚の天下りがトップを占める会社の派閥抗争激しいなか、サラリーマンの人事をめぐる右往左往のショート・ショート。この作者は日頃、良い作品を書いている注目の作者の一人なのだが、この作品は走り書き程度の作品。

都満州美「ホームスティ」は、英国のラムズゲートでホームステイをしながら朝子が英会話学校に通う体験の詳細。日本人に会わず、日本語を話さないをモットーに英語力を培う生活。50枚ほどの作品には、各国から英語を学ぶため滞在する者が多い実体とその振る舞いが紹介されており、これからの人には参考になるだろう。

青江由紀夫「銀次郎の日記」は、闘病生活を中心に読書や家族、親族、知人の近況など。この人は函館大学の学長であった現役時代から北海道の同人誌「山音文学」で同じ日記を連載、定年後東京に居を移してからも、日記をかきつづけて来ている。

木村和彦「日本よどこへ行く」は連載7回目。日本の特殊性とその長所、短所などを作者の目線で示唆的に提示してきた内容には、参考になることが多々あった。今回で終了ということらしいが、また別の表情でお会いしたいもの。

若窪美恵「ミシンの音」は、二人の姉が知恵遅れであることに何かと気にしている久美は小学校六年生のときに初潮を迎えた。母に「何で産んだの」と姉たちのことで不満をぶっつける久美。母は黙ったままだ。言ってから、「まずいことを言っちゃった」と反省し自己嫌悪に陥る久美だった。姉たちを感情的に嫌になることもあり、煩わしいと思うこともあるが、やはり姉妹である。他人のように知らんふりすることもできない・・・という微妙な姉妹の感情を描いている問題作であった50枚・・は考えさせられた。

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「海峡派」133号③ 柿田半周「やまは夕焼け」方言の会話が作品を魅力的に彩る  
投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2015年 5月27日(水)
 
 ・大空裕子「メタリック ファンタジー」は、冒険好きのユウイチは、これまでさまざまな異世界に旅をして来た。そのうちのメタリック世界へ旅した話の次第。友人たちがその世界に行ったっきり帰ってこない。また、付き合っていた女性もどこかの異世界へ吸い込まれるように失踪してしまう。残されたユウイチは、ある日朝食をとっていると、メタリック世界の扉が突然目の前に現れた。そこに入って行くと・・という7、8枚のショート・ショート。

柿田半周「やまは夕焼け」前編。町外れに雑木が茂った丘があり、鉄条網が張り巡らされている。少年の省一は、好奇心をつのらせる。一月ほどして東京の金持ちが別荘をつくると噂が立ち、工事が始まる。派手な餅撒きがあり、やがて瀟洒な洋館が建った。六年生になった省一は「皇軍は連戦連勝です」という校長の挨拶をたいくつに耳にしていた。戦争中の子供たちの教育現場を詳細に再現する一方、東京から転校して来た洋館の美少女が紹介され学校中が噂で持ちきりになる。悪戯少年たちの好奇心・・・という話は会話の田舎弁が生き生きとしていてなかなか読ませる30枚弱。
作者は誰しも、方言の魅力にもう少し目覚めていいのではないかと思ったことであった。

山之内一次「苦節川」は、連載⑥。戦時中、米軍機影に怯える敗戦色濃い頃、少年航空兵を志願したいと願書まで手にしたのに、父に激怒されていた浩一は、満州開拓義勇軍に志願した同級生を見送っていた・・・そして・・という話はつづく。

犬童架津代「決心」は、70近くなっての同窓会の話。よくある話だが、それぞれの人間模様、交友模様があり、一度は書きたいものなのだろう。

古濱紘志「地獄からの脱出」は、連載②。長崎の島で生まれた波子は、小学校三年のとき両親は離婚、新しい母になじめず高校を卒業すると東京の病院で医療事務員をしていて日出男と知り合いになる。日出男は酒気帯びの交通事故を起こし、同乗していた波子は負傷、日出男は逃走しようとする。そんなことで波子は博多に舞い戻って来たのだが・・という話。

ショートショート短編と連載が多く、がっちりとした構成の短編が少なかったのがやや物足りない内容であったが、それぞれの書き手の思惑もあるのだろう。長い目で見守りたい。

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「海峡派」134号(北九州市)  
投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2015年 9月 8日(火)
 
 ・有馬多賀子「40年前の紙芝居」は、喜寿を迎える和子が暇を見ては納戸の整理をしていた。身辺整理をする歳になった自覚である。すると、小学校に勤めていた頃、社会科の授業で作らせた六年生の児童の紙芝居が出てきた。題は「おばあちゃんの満州脱出」というもの。敗戦後の満州の赤い夕日・・。ソ連兵の進駐で右往左往した日本人。そして、最後の十場面は、やっと帰れるようになった貨物船の甲板・・。かれこれ40年前、赴任先の学校での六年生の荒れた学級を受け持った頃のこと・・その子たちは今52歳になるはずだ。結局、紙芝居は新しい紙に包まれてまた納戸の奥にしまうことになった。夫は「お前が先に死んだら、紙芝居も子供らの作文も、ぜーんぶ棺桶にいれてやるわい」と言った、というオチが何とも味がある。

はたけいすけ「あしたは 晴れている」は、夫婦喧嘩の末に家を飛び出し、三ヶ月も音信普通だった祖父。居所が判明したので義母は迎えに行った。その後をこっそりつけていく養子の少年の正太。そのあと大人たちは何事もなかったかのように暮らしている様子を不思議そうに観察する正太だった・・。前作からの続きで、昭和十二年の満州事変が勃発する前夜までの話。時代背景の中で、当時の庶民の生活が生き生きと描かれていて飽きさせない。

都満州美「蹲いの水と野良猫」は、庭の蹲いの水を飲みにやってくる野良猫の10数枚の話なのだが、庭の自然描写か゜なかなかいい。

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「海峡派」134号②  多様な詩法の彩り  
投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2015年10月30日(金)
 
前回は小説について触れたので、今回は詩作品について。

山口淑枝「柿の花」は、庭に植えた柿の苗木が数年たったとき、実を結ぶようになった。そして30数年経ち見事な柿の木になった。そこに着想して詩想を広げた作品。
おはよう。/君に朝の挨拶をして/土の乾き具合など見ながら/水遣りをする

横山令子「ニオイバンマツリ」は、花の魔力を感じる作者。巫女的なまなざしである。
老女よ なにが欲しくて/立ち尽くしているのか/花失せては面白うない
そして、最後の一行がいい。おんなの盛り たちあがる

清水啓介「バナナ」は、妻が朝起きてリビングへ行くと、いつも新聞を見ているはずの夫の姿がなく、かわりにバナナが一本あるだけで、それには走り書きがそえてあった。俺はバナナになってしまった。食べようが捨てようが冷凍保存しようが自由だ、と書いてある。それを読んで妻は、あの人らしい。いつも逃げることばかり考えている。情けなくて涙が出ると慨嘆する妻・・という内容の散文詩。皮肉な喩法は通じる人には通じる、という神がかりだ。

笹田輝子「八十八夜の月明かり」は、夫婦らしきAとB二人の会話をもじった一情景詩はさまになっている。

土田晶子「終戦の日」
「戦争が終わったぞ」/田舎の道を我が家に向かっていると/すれ違いざまに兄は言った
こんな一行で始まる一場面を切り取った作品の実感は同じ体験を持つ年配者の心に重く響く。

さとう ゆきの「加計呂麻島にて」は、沖縄戦の悲惨な例を挙げたあと、次の結句を置いている。
自衛隊から死者は出しませんという総理の文言//2015年 この夏/あなた 信じられますか

若窪美恵「メンタル系疾患」は、やや散文に流れた語法が目立つが、精神的な内面の悩みを悩む者の立場で描く。
すれ違ったままで なお/生き辛さを抱えたままで まだ

池田幸子「カラスが嗤う」は七十年前の田舎での一風景。
夕焼け空を 山に帰るカラスのひと群れ/祖母の膝で聞いた おぼろな話

いよ やよい「悲しみの正体」は、夫が亡くなったとき泣かなかったのに、夫の乗っていた車が車庫から業者に運び出されたときに泣いたこと。いつもこの車に私を乗せてくれた夫・・。
車庫が空っぽになったとき/緑の車が思い出を運び去ったとき/泣いた

加村政子「空想」は、感覚を研ぎ澄ませると命のエネルギーが飛び交っているのを感じる、という詩人的霊感を描いたのか。
間隔を研ぎすませて/天空を見上げると/微細な電波の粒つぶが/受信する相手を求めている


関東文芸同人誌交流会の掲示板より

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根保孝栄・石塚邦男さんに感想をいただきました。ありがとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貼り付けます

「海峡派」135号 清水啓介「居る」の詩作品に観る存在の意味・・はたけいすけの連載小説「あしたは 晴れているか」は先行き楽しみな練れた文章

投稿者:根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2016年 6月13日(月)

水啓介「居る」
・・ふと自分が「居る」ことに、気が付いてしまったのだ・・こんな書き出しから始まる散文の実存的エスプリ詩作品。・・自分は、一番手近な扉のノブをつかみ、回して、引いた。//呆気にとられた顔の女性が一人、ドアの開いた厳寒の内側に立って、つぶやいている。/「変ねえ?何でドアが勝手に開いたのかしら?誰も、居ないじゃない。それとも、誰か、居た、のかしら?」・・・ ・上の清水の作品は、コント風のドラマを語りながら、人間の存在のあり方を問いかけたコミック批評詩として成立する作品。前号の作品から継続するドラマを盛り上げているところが愉快。

はたけいすけの連載小説
「あしたは 晴れている」は、支那事変のころの大阪を背景にした少年正太と紡績工場で働く十六歳の少女ヌイとの淡い心の交流・・・という場面。先行きが楽しみな練れた作品である。


 「海峡派」134号(北九州市) 清水啓介「バナナ」エスプリの効いた現代詩

投稿者:根保孝栄・石塚邦男 投稿日:2016年 6月13日(月)

・短歌、俳句もそうだが、現代詩の描写の方法は一つではない。その方法を区別するのは、一言で言えば当然ながら文体の差異によるものである。そのことをよく知っている者は実作者以外にはいない。それは小説の解析でも同様に言えることだろう。野球の解説でも、投手経験者と打者経験者の解説では大きな差異があるように、実作現場にない者が解説できるのは、作品の傾向と作者の事跡を探査した研究に根ざした作者の振る舞いについてのみに限定されるものだ。それはともかく、作品の鑑賞に入る。

・今号の「海峡派」は散文はやや低調だが、詩作品に良いのがあった。差異や上手下手は別にして、観賞してみたい。

山口淑枝「柿の花」 
桃栗三年柿八年/ここ貫に居を構えて/裏庭にすぐさま植えた・・・こんなイントロで作者の日常が描写された後・・・消毒などこまめにやってきたが/それももうきつくなった//足腰がめっきり弱り/すぐには立ち上がれない/近頃はランホーだ・・・こんな作者の体調と日常の生活動作を描写する。

横山令子「ニオイバンマツリ」 
皮革に似た葉が繁ると/小さな花びら・・・こんなイントロで始まり、題名の植物の独特の香りに酔う作者・・終章は・・ 別名 イエスタデーと呼ばれる/南米産の低木/一年に一瞬/おんなの盛り 立ち上がる ・・・老女にしてなお花失せない気持を秘かに主張するのである。

清水啓介「バナナ」  
朝、起きてリビングに行くと、毎朝そこで新聞を見ている筈の夫の姿が無かった・・こんな書き出しの散文詩・・というよりも、ちょっとしたショート・ショートづくり。・・夫がいないかわりにテーブルにバナナ一本と手紙が置かれていた。その手紙には「このバナナは自分だ。どう処分しようが君の自由だ。人間としての啓介はもう現れない。さようなら」と書いてある。それを読んだ妻の葉子は「今度はこんな手できたか。あの人らしい。いつも逃げることばかり考えている」と嘆く・・エスプリの効いた見事な現代詩である。

「海峡派」138号 ③随想

郷愁 ・・・・・・・・・・ 田原明子

私の故郷、島根県岩見では、十月の収穫のあと、祭りがある。家では新米で作った押寿司やご馳走。大人たちは宴会。夜中に石見神楽を見に出かける。とくに好きなのは塵輪の舞の鬼。鬼は妖術を使い、白い蜘蛛の糸のようなものを滝のように落とす。神が現れ、鬼と戦う。そのくるくると激しく舞う様、お囃子は見事だ。島根県浜田市に神楽面を作っているところがあり、訪ね、購入した。鬼の面の写真もある。
 

・島根県にふさわしい伝統の神楽の様子がいきいきと描かれている。集落で祭りの様子は違うだろうが、石見は銀山があったところ。昔の祭りの際はさぞかしにぎやかだったことだろう。鬼の面の写真を入れたことで、ぐっと臨場感が増し、迫るものがある。

・短いが。文章に迫力がある。特にお神楽の部分。

・らすとが、少し早く終わった。余韻がほしい。

〈作者の言葉〉島根県でも広島に近いところ。祭りは一晩中行われていた。神楽の衣装もすごかった。

 

マルクスとロボット社会 ・・・・・・・・・ 中北潤之介

現代社会は弱肉強食の社会であり、力がすべて。善も悪も時代制約も超えて人間世界を支配している。そして近年必ずやってくるロボット社会に、仕事を奪われていくだろう。日本では「職人気質」というと、匠という賞賛の言葉でもあるが、欧米では手作業、職人という言葉は、繰り返し作業しかできない人たちを指す。マルクス思想は旧共産圏の古びた時代遅れのイデオロギーではけっしてない。むしろマルクスの市場分析論を資本主義社会は「良心の呵責」を免れて、借用しつづけているように思える。
 

・大きく広げすぎているようなので、ロボット社会ならロボット社会、人工知能なら人工知能に焦点をしぼってまとめてみたらどうだろうか。

・時事エッセイは珍しい。

・職人についての日本人と欧米人との捉え方の違いなど、興味深かった。

 

私の岩下俊作像 ・・・・・・・・・・ 若杉 妙

夫が買ってきた『ひろば北九州』に、佐木隆三が岩下俊作の家でやっている研究会に行っていたと書いてあった。私は佐木隆三は岩下俊作の弟子ではないと言われたので、聞いてきたことと違うと思っていたが、事実が明らかになり溜飲を下げる思いだった。その16年後、中野の出版記念パーティーが縁で、「創作研究会」山下克敏が編集する『周炎』に入り、『熱風』にも作品を載せるようになる。「俊作忌」での様子が、映画「この天の虹」でのエピソードなども織り込み、細やかに描かれている。
 

・岩下俊作を中心に、佐木隆三、山下克敏など、たくさんの製鐵所の関係者の話、文学者の話をうまくまとめている。随想にするか、小説にするか迷うところだ。ラストの、自分に手渡されたものを誰かに繋げていかなければとの思いでいっぱいだが、後ろに誰もいないことに気づくところ、寂しいやら、不安やら、怖いやら・・・誰か後ろをついてきてほしいものだ。

「海峡派」138号 ②詩

「あくる日」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 清水啓介

場所は「人の気配の希薄な白っぽい団地の中」男の子は「凶々しいまでに赤黒く、それでいて寂しさの漂う一輪の花の絵」を見ている。その絵の題名を教えられてないのに「あ…く…る…ひ」と読み上げる。「団地の別の場所」では、女の子が排水溝の中を覗き込んでいる。「きたならしい水は・・・水の『最後』って、あるのかしら?」と呟く女の子。
 

・二つの場面のつながりはなさそうに思える。団地の部屋は同じようでも、まったく違う人が住み、違うことをしている。少年は「あくるひ」を思い、少女は終わりを思う。

・題にカギカッコがついている。男の子の言葉が詩の題名になる。それは壁にかかった絵の題。女の子は排水溝を覗き込んでつぶやく。『最後』これは二重カギカッコだ。思わせぶりな詩。不安感が漂う。

・少女の「汚らしい水」というのは、むかえている日常か。少年の内面、「あ・く・る・ひ」は重い。

・社会性チラリ、まあまあ理解できる。

〈作者の言葉〉子供の頃住んでいた市営住宅の壁に、見えないが絵がかかっているように思えた。その題が「あ・く・る・ひ」で、詩全体では不安感を表しているつもり。

 

置き去り ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さとうゆきの

「ぼく」は、「あんた」が忘れていったトートバッグ。ぼくの語りで時間が進んでいく。場所は甘木鉄道大板井(単線)駅のベンチ。ぽつんと置き去りにされたトートバッグのつぶやきから、持ち主は「詩の学校」に行って、詩を作ったようだ。「あんた/いまどこ」から、「よーし いいぞ/ぼくはきっとまた/あんたにあえる」まで、単線ゆえの妙味を織り交ぜながら、持ち主が戻ってくる様子をトートバッグの思いに語らせている。
 

・忘れてられたバッグの立場での発想がよい。

・トートバッグの語り口が軽妙で、持ち主との仲の良さ(お気に入り)を感じさせる。

・「  」がせりふなのかどうかわかりにくい。「詩の学校」→〈詩の学校〉などとしたほうがいいのでは?

・「かもね」が効いている。

・詩のレジメ、甘木線など情報が背景をわかりやすくして、効果を上げている。

・シーンを切り取るのはとてもうまい。

〈作者の言葉〉擬人化ではなく、トートバッグに人格を与え、人間である「あんた」が空疎なものとして書いた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 加村政子

水の起点、「岩の窪みから湧き出る 一滴の水」が、「一筋の川に」なり、「大川に注ぎ」「海に向かう」・・・「年を重ねる毎に 流れ下っていくと/母の故郷であるいろは川の河口に出る」そして、「季節を彩りながら」「やがて周防灘の海に」出る。命の水。
 

・少々当たり前のこと。これから浮上する視点が必要だろう。

・水と自分との接点は、母の故郷だろう。また、命を謳っているのだろうが、大きいゆえに弱まっている気がする。

・観念的だが、「いろは川」が出てくると、細かいところまで入っていく。これは小説に書いた『故郷喪失』のいろは川と一緒。ふるさとの話で、切実感が出ている。

・地球は水の惑星。うまく表現している。

・ラスト2行がいい。

 

ダイニングキッチンで ・・・・・・・・・・・ 山口淑枝

わたしが小さかったころ、祖母は「薪をくべたり懊を十能で/消壺に移したりしながら」ご飯の炊き方などを教えてくれた。「物(事)には何でも加減って言うものがあるの/それがいっとう/大切なことなのね」などなど。時を経て、今。わたしには孫がいて、電気釜でご飯を炊いている。それも面倒な時があり、孫言い訳の「一人芝居でもしているように喋って」「そこのレトルト食品とって頂戴」と言う。時折「知恵や枝のごときものを授けてくれた/祖母を・・・静かにうら(こころのなか)で想う」
 

・自分が祖母の年代になり、貧しかったかもしれないが、心豊かでスマートだった祖母を思い出すことがある。同じような思いをした経験があるのでとてもよくわかる。祖母の姿は、明治の女性像を感じさせる。尊敬するが、だからといって、そうそう真似できない。すっかりラクチンに慣れている。教わったことを実行できなくても、時折、祖母の言動を思い出すことが大事。

・解き文字をつけながらだと、読者を立ち止まらせて・・・を生むのでは?

・祖母のこと、優しさや懐かしさなどが伝わってきた。

 

疾風の如く ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 赤坂 夕

孫娘の成長をバレエ、ラグビーと夢中なものを中心に描く。「家族全員が魅せられ/家業のようなラグビーに/又もや、とり憑かれてしまった」は、女子高生がラグビーに夢中になることに、祖母として複雑な心境なのか? だが、「周囲の心配をよそに/自由な、柔軟な思考と/確かな決意を胸に目標に向って/突き進む彼女」から終連の「青春を翔けて/疾風の如く」まで、強い応援見守りになっている。
 

・ラ、ガールの青春の躍動感が出ている。

・ラグビーの若者の理解はよいが、詩としては少し不足かもしれない。

・リズム感たっぷり。幸せな青春群像が描かれている。

・家族の風景が垣間見られる。

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