しあわせ ・・・・・・・・波多野 保延

夕飯を読んでいる「背から」妻は、「空豆と籠を置いて」いく。それは「菜園の緑の匂いが漂」い、ビールのつまみになる。追加される穴子やジャコ天や浜茹でのシラス。まだまだ日が高い。このひと時を豊かに幸せに感じている。

 

・出足がいい。自家菜園のソラマメを黙っておいていく妻。会話がなくても伝わる間柄。いいですね。明るいうちにビールをのめる。いいですね。

・特別ではない、ほんのささやかな幸せ。それを幸せと感じれるかどうかが、鍵かなあ。幸せと感じれる作者は、本当に幸せだと思う。

・作者が闘病生活を余儀なくされているのを知っているので、このひと時がずっと続きますようにと祈らずにはいられない。幸せが続きますように。

・鞘ではなく、莢と書くところがいいなあと思った。

・醤油の香り、菜園の緑の匂い、浜茹で・・・潮の香り・・・なんともいい匂いが充満しいている詩だろう。

秋の終りに ・・・・・・・波多野 保延

海が好きだった二人。一人は作者で、もう一人はガールフレンド? 貝を拾ったり、砂文字を書いたり、水平線に沈む夕日を見送ったり・・・の幸せそうな1連目、2連目は「あの日」から始まり、何があったのか「会話のない時間が流れ」て、「束の間の出逢いを/闇が引き裂いてゆく/暗黒の深海に消えてゆく」。そして「君を救えなかった僕」と続く。彼女に何があったのか、悩みか・・・それを僕は救えなかったのか・・・重い。そして3連は、今現在もそのときの後悔かもしれない思いに気持ちを揺さぶられている。

 

・失恋の歌かな? 悲しい別れがあったのでしょう。

・「君の叫びが聞こえる/秋の終りのこの海」というところが、なんとも切ない。

・その時、救えなかったことはとても残念だし、どうしようもないことだったにせよ、今でも思い出し、それを詩に書いたということ、忘れていないということは、それでもう十分なのではないか、自分を許してもいいのではないかと思う。

 

死者は雲になる ・・・・・・  池田 幸子

「命日の朝は忙しい」で始まる。それぞれの好きなものをお供えする。姉にはコーヒー、娘にはミルクティー。「遭ったこともない血縁も/それぞれの生き方と人となりを/いつの頃からか聞き覚え」ている作者。覚えている人がいる限り、人は死んではいないのかもしれない。「ISも アルカイダも タリバーンも/数字になった死も、ならなかった死も」ある。みな死んだら雲になる。

 

・雲のように広がりをもつ。最後に雲になった父を思い「田植えを終えただろうか」と締めくくる。なんとも優しい詩だろう。

ISやタリバーンがなければ、と思うが・・・あったほうが社会性があるとか、広がりがあるのか?

・タイトルと内容がくっつきすぎている。

・一人一人に愛をもっている。あらためて命についいて、考える。

・多くの死者に想いを馳せ、「全てを呑みこんで西方の雲になる」と結ぶ。人間の計り知れない部分、最近はパソコンの記憶預かりサイトで収録し、それをクラウドと呼ぶ。


舐められる ・・・・・・・ いよやよい

一人暮らしをしていると「虫に 犬猫に 人間に」舐められる。たとえば、「蜘蛛が庭のあちこち糸を張り」「犬はウンチを置きっぱなし」にし、「人間は・・・・吸いガラ・・・あげくタバコの空き箱まで」置いていき、「家・土地を売れと持ちかけてきた」り。

 

・ラストの親友の一言「女が一人暮らしをするとね/世間が急に冷たくなるのよ」が効いている。

・よくあることだが、それをうまく切り取っていると思う。

・よくあること。がんばってと思う。

・高齢、社会性の一面を切り取っている。

・タイトルの付け方がうまい。

・存在感を感じた。

・作者は今までだれかに守られて世間の冷たさに気づかなかった。一人暮らしになって、世間が急に冷たくなったと感じたのだろう。

 

見切り品―タグくっついてますよ 
              ・・・・・ 
山口 淑枝

大型ショッピングセンターで、台所の暖簾を変えたいと「食品売り場」から「日用品売り場へ移動」し、「色も柄などもさまざま」なものを見たが、探し物は見当たらない。「この次にしましょう!」と歩いていたら、「すらっとした素敵な方が」「タグくっついてますよ」と取ってくれた。「見切り品と書かれた/値札」だった。

 

・商品を見ている時についたのだろう値札。しかも見切り品というのがちょっと情けない。取ってくれたのはすらっとした素敵な方だから、こちらがいっそうみじめな感じ。それがよく表れているのが「じゅわじゅわじゅわっと/得体の知れない感情が迫り上がって/鼻じるを啜りあげた」という部分。恥ずかしさとおかしさがまじりあった気持ちが伝わってくる。ラストはまだ作者が呆然としている状態かな。

・そういうこともある。見切り品というタグがちょっと悲しいが、たいしたことではない。ドンマイ。

 

祈り ・・・・・・・高崎 綏子

「指先でつまむほど/小さくなった」のは、2連の「燭台のように差し伸べた手」だろうか。寂しさで「爪を噛む」のだろうか、そういう日はセーターの緩んだ衿首に手をくぐらせ/巡礼の旅にでる」という。「まるみを帯びた肩骨のイコン」からすっと指を辷らす。

 

※「イコン」というのは、もともとギリシャ語で、「形」とか「像」という意味をもっています。日本正教会では「聖像」と訳されることもあります。「イコン」は、狭い意味では一枚の板に描かれた絵のことをいいますが、広い意味では、正教会が使用する絵画すべてを指す。(ウィキペディア)

 

・自分の体を指でなぞりながら、思うのは神のことか、魂のことか。静謐な詩。ラストの「こころ折れた夜は/なおさらに」が重く入ってくる気がする。

・肉体をなぞりつつ、祈りにたどり着く。巡礼の旅に出る。聖母子像のかたちが見える。

・とてもいい詩。自分に何が足りないか、わかったような気がする。

・ここではイコンはキリスト像でなく、聖母子像に思える。

 

いてん・・・・・・・・・・・さとうゆきの

ひらがなで書かれている。こどもがおとうに、移転の決心を迫っている。下のやつ

らというのは家の中に住んでいる人間。「ぼうじんますくに ぼうじんめがね/こん

いろ の つなぎ」とは、おれたちを駆除しに来たやつ。「ぎんいろの ふわふわふ

とん」とは、断熱材。移転先は悪評高きチクゼン・トヨス。

 

・随想の「わたし、イタチとは暮らせない」と併せて読むとさらに事情がよくわかる。おれという

のはイタチ。イタチが下の人間たちの様子に移転の相談をしているという設定である。移転先を豊

洲にしたところが、うまく時事問題を提起している。人間もイタチとは暮らせないとおびえている

が、イタチも人間の「てっていてき に はいじょ します」におびえているのだ。随想と詩とで

視点を変えたことで、裏表の表現ができた。

・擬人化。

・チクゼン・トヨスが時代に合っていて、風刺になっている。おもしろい。

・随想とセットで読むと、さらにおもしろい。

・ユーモアたっぷり。

・動物などが主人公のとき、ひらがなばかりの詩・・・工夫している。

・築45年ぞ など、言い回しがこぎみよい。

 

訪問者 ・・・・・・・・・・・・・ 清水 啓介

秋の夜、玄関のチャイムが鳴り、空けると、別れた女房が、洗濯機が壊れたから洗わせてとやってきた。別れてすぐに再婚した相手は、再婚して4ヶ月後に肝臓がんで死んだという。洗濯後、「じゃ、頑張ってね」と夜の闇の中に消えて行く。

 

※ラストの「メメント・モリ」は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを 忘れるな」という意味の警句。「死を記憶せよ」などと訳され、芸術作品のモチーフとして 広く使われる。(ウィキペディアより) 

 

・いつかは誰もが死ぬ。その日はわからない。突然やってくるかもわからない。自分でなくても、誰かの詩で自分が翻弄されることもある。訪問者が元妻であり、洗濯機が壊れたからと洗濯をさせてもらいに来るというのも面白い。生きている人も誰かとかかわることで、周りを巻き込み、翻弄することがよくある。

・でんでんむしのような気分の男は閉じ込められている気分。暗い、びしょびしょ。いどのそこに元妻の出現。井戸の中も真っ暗。闇の夜に消えていく女。メメント・モリ。こんな訪問者でもやっぱり、来てくれて嬉しかったかな?

・柘植義春の世界を彷彿させる。暗い。劇画調。

・若い人の気分が出ている。さばさばして、あとくされない。

・元妻との会話がよく効いている。

 

雨になる ・・・・・・・・・・小川ひろみ

「さわさわと 降っていた」雨の雫は、少しわたしにもはいっていく。その間、 いとしいひとを目に留めるのに、面影は追うことができない。そのうちに傘を突き抜けて雨が入ってきて、わたしは濡れていく。

目を引く、5連目の「さわさわ さわさわ」のひらがな、3、4つ目の「さわさわ」はイタリック。そしてちょっと音符のような配置も、「さわさわ」感がよく出ている 。かわいい表現とあえて言いたい。「もう 頭の中まで 全部 雨なので」濡れていくうちにわたしが雨か、雨がわたしか、 わからなくなっていく。

 

・雨との一体化、あるいは同化。わたしという実態のなくなりよう・ ・・消えよう・・・ まさに雨の雫が地面に落ちて流れてどこへ行くのか・・・というような、 意識的でないと目に留めてもらえないようなあやうさ。

・ある別れ。雨のカーテンに消えていく藍色の背中。哀しみが増幅する過程をみごとに書ききっている。さわさわのフレーズが4回。字体を変え、文字の揺れで作者の心情を視覚で訴える技法には、脱帽。

・ひらがなが多いなあと思い、なるほど、詩のやわらかさ、雨の感じはここからも来ているのかと気付き、納得する。

 

宛先のない ・・・・・・・若窪 美恵

「佇んでいたポッと点る灯り」に誘われて、出しそびれていた手紙をふと思い出して登山口の古いポストに落とし込む。タテン・・・はっと我に返る。「少なくとも今日の一通目を呑み込んだ音」・・・空のポストは手紙を出すと音が出るのだろう。まだ宛名も書いてなかった。届くわけはなかろう。でも、届けてくれるというのなら、届けてよ。にせのポスト様。

 

・ポッと点る灯り・・・この詩の幻想的な情景を印象的に表現されていて、言葉の選び方が工夫されている。ポストの赤色のたとえか。

・この世とあの世の境に立つ〈ポスト〉、そして亡きひと宛への手紙―、素晴らしい。

・ポトンでなく、タテン・・・一番いい音を選ぶ努力、工夫されている。夜のポストに手紙を出すと、空だから、そういう音がする。ほかに手紙が入っていたら、音はしない。

・幽玄の世界。

・キツネやタヌキの話を思い出した。

・東北大震災のTVで、無人の公衆電話が死者とつなぐ・・・思い出した。

・黄泉平坂という言葉をよくぞ使ったものだ。

 

俳句

 

香水 ・・・・・・・・・・ 波多野 保延

日帰りの東京見物泥鱒鍋

青梅の闇の上にもたわわな実

梅雨背負う兜太まつわる青い鮫

卍は熟年の性谷崎忌

青葡萄信仰深きダライラマ

棺乗せて傾き下る蜆舟

九条は漢字カタカナ水喧嘩

定年や学歴消えてラムネ飲む

アル中の越前海月原爆忌

香水のなくなる頃に別れ来る

 

・泥鰌鍋は、ドジョウという夏の季語を意識したのかな、それとも東京(江戸)だから、泥鰌鍋を食べたのかな、やっぱり鰻のほうがいいなあ・・・などと思って、楽しくなった。

・青梅、青い鮫、青葡萄、10句のうち、3句の青。香水というタイトルよりも青の色を全体に感じた。

・「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」と書かれた金子兜太の句。こちらは梅ならぬ梅雨。いいなあ。

・卍、熟年、性、エロチックな文字たち

・青葡萄。これも青。卍の句とは一変して、純潔な感じ。

・棺を乗せて傾きながら下る蜆舟とは、なんとも物語性があるなあ。絵的でもある。

・水喧嘩とは、日照りのときに、農民が互いに自分の田に多く水を引こうとして争うこと。9条について、漢字かカタカナか、問題はそこじゃないだろうと、確かに思う。

・定年になると、学歴どころか、会社の看板も消え、いよいよその人の人徳が出るのだなあ。

・大型の傘の直径が2mぐらいあるクラゲ。アル中、原爆忌。形や大きさ、怖さ、狂った感じが、原爆雲に妙に似ているかも。

・香水、別れ、ちょっと物悲しい。香水は作者がプレゼントしたものだろうか? 

10句。きりりと締まっていて、緊張感のある各句のうち、3青い鮫・・・、6蜆船・・・、9原爆忌・・・が好きかな。意味がわからないが、わからなくても選ぶ。何度も口づさんでいたら、アッと謎がとける。その日を楽しみに。

 

短歌

 

抗癌剤 ・・・・・・・・・・波多野 保延

アイリスの栞は荷風の全集にはさまれたるまま押花となる

寝返りの籾殻に聞く波の音夢の渚に桜貝散る

梅雨明けの笹越しに見る星座群酒酔い星は赤アンタレス

咲ききってつぼみをもたぬ朝顔のつるが宇宙の塵にからまる

引き潮の行く末追えば愛犬の鎖が砂に拉致をされいつ

一冊の聖書置かるる島の宿隠れキリシタン漁夫らにもあり

消灯の紐引く闇にゆれ動く蛍光管の丸き残像

夏雲に行く手塞がれ老いの身を悟るも待つもわれの人生

支えくるる左足の杖擦り減りて梅雨の歩道に重心失う

もう少し妻と一緒に過ごしたい焦りつつ今朝も抗癌剤打つ

 

・全体的によくわかる。伝わってくる。籾殻に聞く波の音・・・美しい調べだ。

・夏雲に・・・は、どう生きるも自分次第。気持ち次第と読んだ。いろいろと悲観することも悔やむこともあろうが、ソレも含め、覚悟が伝わってくる潔い一首だ。

・消灯の紐引く・・・入院中の病室か。タイトルで癌の闘病中とわかる。

・もう少し妻と一緒に過ごしたい・・・なんとも切ない願い。どうぞ少しでも長く長く・・・

・これも10首。短歌のほうがわかりやすい。作者の得意なジャンルか、どれもいいけれど、あえて選べば、2寝返り・・・、4咲ききって・・・、6一冊の聖書・・・か。人生を包括する大きな歌心を、あえて小さなものに託してうたう。

 

天を衝く ・・・・・ 永井 哲俊

方丈の狭き庵に人が来る心通える良き朋ありて

杉並木光を浴びて天を衝く古木はあるや緑陰の中

父と手をつなぐ男の子は微笑みてじっと我の目離さず見つむ

伊勢の杜「椿大社」でお守りを互いに贈りてガン治癒祈る

鉄分を求めさ迷う吸血鬼どこにいるのかアドレス捜す

深呼吸 緑の風を奥までに胃のひだ消せよカメラのむ前

爽やかな風満ちたりて清々し旅に出たるかガン無言にて

陽は昇り沈むこと常なりて超新星輝くブラック・ホールに

笹船に「我執」を載せて手を放つ流れ沈みてタコ壺の中

下北の地の果て流さる艱難の花は昔の一夜の夢か

 

・こちらもガンを患っている。心情は「艱難」あるいは、「天を衝く」だろうか複雑な思いはあるだろうが、こうして歌にすることで、支えられることもあるはず。

・鉄分を求めさ迷う吸血鬼・・・貧血状態の比喩だろうか。

・超新星(しんせい)輝くブラック・ホールに・・・全体に流れる宇宙的なもの、これもそうだが、俯瞰しているような感覚。心惹かれる。

・お守りを互いに贈り合ったのは、妻にだろう。

10首。4父と手をつなぐ・・・にこころひかれました。孫だろうか、通りすがりの赤の他人か、ともあれ穢れなき児に見つめられると、なぜかたじろぐ。9笹船に・・・、逃れられない自己に対する偏愛、さてどうする?