随想
台風女 ・・・・・・・・・・・・・・・ 有馬多賀子
若い時から旅行をするとなぜか台風にあった。スイス、フランスアルプスのトレッキング旅行、イタリア旅行、阿波踊り見物で、青海島のキャンプでも台風に遭遇。わざわざ台風の時期を外しても、作者を追ってくるように発生する台風。家族も周知で、何かイベントがあると台風が来たら困るから、旅行しないでよと言われる始末。この夏に行く中国の台連では、台風にあいませんように・・・

・台風でどんな目にあったか、面白おかしく書いてあるが、実際は大変だったことだろう。「雨女」「雨男」とはよく言うが、「台風女」は珍しく、タイトルも面白い。次回は、台連紀行も読みたい。台風に好かれているけど、大して被害がないのは、台風が作者に会いにきただけ・・と言った人がいるが、面白いことを言うなあと感心した。
・軽妙な随筆。
・「遺書をしっかり書いて行って来よう」の締めでなく、台風に関することで締めたほうがよかったのでは?
・小説として書いたらいいかも。
・有馬文体になっている。ほんわか。
・台風女というのは、性格のことかと思った。
・江戸屋猫八・・・多用。
・卒寿でなく、傘寿。

わたし イタチとは暮らせない・・・・・さとうゆきの
アトリエの天井裏に住みついたイタチ騒動。何年も前から気付いていたが、とうとう、ものすごい物音と鳴き声に、駆除を決意する。駆除会社の調査員は30代の清潔な好青年。状況を聞くと「着替えてきます」と防塵マスク、ライト付きヘルメット、濃紺の光る素材のツナギ・・・猟師スタイルで現れた。ムクドリの死骸、スズメバチの巣、コウモリの糞、そしてイタチなど、男の撮った映像をタブレットで見た。

・見えないものには人は寛容になれるが、実際に被害が及ぶと駆除するしかない。猟師スタイル、イタチの永年に及ぶ屋根裏部屋での快適な暮らしぶりなどを面白おかしく書いているが、かなり酷く、駆除も大がかりだったのがわかる。何事も傷の浅い内にケアすることが大事だと思った。
・大変だった様子だが、読んでいるとおもしろい。
・タイトルが、読まずにはいられない。
・ラストの見積もりがかすんで読めない・・・おもしろい。いくらぐらいか、気になる。
・文化的になってイタチもでないが、昔は麓でも出ていた。
・小説の題材になる。業者が動画で実績を見せる(ハクビシンのドヤ顔)など、なるほどなあと思った。

緑とは透明な風船のよう・・・・・・横山 令子
夕方になると無性に散歩したくなる。ふと親子4人暮らしの、夕餉の支度をするお母さんに戻っていた。自分に係わる人は縁があって出会った人だから自然体で接していこうと言い聞かせる。今年のさくらの花見は、友人の景子さんと雨の日に、車の中から。老いて思うことは、信頼できる友がいて、本心で語る時間が持てることがどんなに素晴らしいことか。

・タイトルがとても詩的。2時間以内で食べてというケーキ、いいと思う人もいれば、いらだつ人もいる。同じものでも人によって見方はそれぞれ。身近なことを常に新しく感じ、発見がある人。
・久しぶりの随筆。強く生きていくことばかりに一生懸命な人生だったので、残された時間を信頼できる友と出会ったことで、生きることが楽に感じられるようになったのだろう。
・全体的に情感がこもっている。
・内容的に「二時間以内に食べて」についてのそれぞれの見方があるというところは、なるほどと思った。
・景子さんとの関係がよく描かれている。

まさかの坂 ・・・・・・・・・・・・・・ 赤坂 夕 
喜寿と金婚式の祝いを済ませた矢先、夫の右首に大きなこぶ状のしこりに気づいた。かかりつけ医から大学病院に紹介され、検査したら悪性腫瘍。すぐに入院、手術の後、抗がん剤治療。この半年間に兄と、夫の弟を肺がんで亡くした。自分たちの終末と真剣に向き合う時が来た。まさかの坂は人生どこにでもある、悔いのないように一日一日を生きようと決意する。

・がん治療している夫を毎日見舞いながら、車の中で泣いている作者。自分も持病を抱えながらの介護はどんなにか大変なことだろう。いつも人のために一生懸命な作者でもある。自分が倒れると、ご家族はみな困るだろうから、無理をしないように。
・とても確かな表現で、ご主人の病状を書かれ、わかりやすい。病名が書かれてないのが気になるが、耳鼻咽喉科なので、わかる人はわかるだろう。息子さんに「お父さん、よく頑張ったね。ありがとう」と言われる人は、幸せです、まさかの坂も超えていけます。
・夫の現実問題をリアルタイムで書いているので、とても苦しいことだろう。よく整理して書かれている。
・「うちの夫は死にました」という友人。こんなとき、こういうことを感じていただろうか。
・車を運転しながら、大声で泣いた・・・妻の立場、家族の目線がよく書かれている。
・同じ立場だったからいろいろと思いだした。

今も昔も ・・・・・・・・・・・・・ 田原 明子
15歳で親元を離れ、高校の女子寮で過ごした頃のこと。朝6時に起きて、掃除、食事当番のときは寮のおばちゃんの手伝い。部屋は8畳、4人で寝起きする。寮生活の初日、部屋で歓迎会があり、トイレの怪談話を2つ聞くことに。40年の歳月が経って思うと、ホームシックにならないための荒療治だったか。今はその寮は移転し、鉄筋建てになり、トイレも水洗だろうが怪談話は受け継がれているだろうか。

・押し入れに入らないほどのふかふかの布団は、お母さんの親心なのだなあと思った。寝食を共にするというのは、単なる同級生ではなく、深い絆で結ばれるもののような気がする。
・ラストの2行もとてもいい、ふと、若い頃の気持ちにさせてくれる。
・女子高の寮生活は経験したことがないので、興味しんしんで読んだ。寮母さんや先輩との付き合い方も、自宅通学の女の子の知らない苦労もするだろう。男子寮の寮生活は、何かの本などでもまあ語り継がれているので、ある程度わかっているが・・・。
・今も昔も・・・と作者は言うが、いまどきは高校や大学のあるところにマンションを買い(借り)、娘や息子と一緒に暮らし、夫と別居・・・というのも珍しくない。作者の少女時代は文学を育むいい時代だったともいえる。