全国文芸同人誌評掲示板に、根保孝栄・石塚邦男 氏より、批評していただきました。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋します

「海峡派」142号(北九州市) その1 バラエティーに富んだ短詩型ジャンル、 シュールな清水啓介「黒いバス」の方法意識

  

・現代詩は岐路に立っている。詩人も詩の書き方の方向に迷いを覚えて展望を暗中模索している状態であるし、愛読者も流行りの音楽の歌詞には関心を払うが、寂しいことに純粋の現代詩には関心を示さない状況が長く続いている。若者の世代が減少してくるにつれ、詩を書く者は減り詩を読む者は急激しているのだ。
 減少しているのは詩ばかりではない。短歌、俳句も減少している。それは、金になるものではないからだ。高度成長時代が終わり生活が厳しくなると現代詩、短歌、俳句人口は急速に減少し始めた。趣味などやる余裕がなくなったのだ。

・しかし、詩は読者が読む読まないにかかわらず詩人によって書かれる。詩人は詩を書くことによって悲しみが癒され、慰められている。それは詩の神通力とでも言えるだろう。あるいは、祈りとでも言えるだろう。


横山令子
「高く手を振って」は、作者も慰められ読者も心が洗われる作品。第一連紹介。

   庭の椿に雀が集まってきた
   賑やかで 元気な声が響く
   どんな合図があったというのか
   いっせいに飛び立って行く


小川ひろみ「山、笑う」は、詩を書く自分を客観的に見詰める作品か。最終連紹介。

    樹々を抜ける風のごとき一瞬の命
    書こうが書くまいが
    どうとでも好きにするがいいと
    山、笑う


清水啓介「黒いバス」は、戦後詩世代が詩作品にとりこんだ懐かしいシュールな喩法を駆使していて共感するものがあった。全文紹介してみよう。

    小さな路地ばかりの その街を
    不思議なバスが ゆっくりと はしる
    車体は 真っ黒
    運転席の窓も 真っ黒
    客席の窓も 真っ黒で
    そのぶん
    それら客席の窓にはガ内側から それぞれ
    人の横顔の実物大写真が貼られている
    その黒いバスは
    道行く誰の眼にも見えてはいるのだが
    意識にのぼることは全くない

    今日も その黒いバスは はしる
    ゆっくりと はしる その後を
    おびただしい数の ぼんやりとした
    はかない人影たちが
    黙々と 尾いて行進してゆく