2010年12月

九州文学 第七期 弟12号

九州文学 第七期 弟12号 をいただきました。
ありがとうございます。

今号は、すばらしいことに、「新鋭創作特集」の5作が掲載されている。40歳代が1人、4人が19歳から30歳までの人たちです。
作品の内容も若い感覚で、しかも読み応えがあります。今後の活躍も大いに期待できます

新鋭創作特集

裸婦の絵 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・濱松伸作
優秀で何をとっても私より造詣が深い大学の友人、佐藤の部屋には、裸婦の絵が飾ってあった。ある日、一人で佐藤の部屋で待っているとき、大学ノートに少年の記憶」と題する手記を悪いと思いつつ読んだ。手記は、いじめられていた少年、体と心を病んだ母、家のことを引き受ける姉、不義の父など、佐藤自身のことと思われる内容だった。それ以来、佐藤とは疎遠になっている。
佐藤が不義の父の血も自分に流れていることを持て余す苦い感情が、手記を通してよく伝わった。また、佐藤を窺い知ったにもかかわらず、佐藤の理解者とはならなかった私の心情も懐かしさを伴って伝わってくる。

正常の倒立 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・田井英祐
幼いときに両親を精神異常者に殺された十代後半の青年は、二重人格か何かにより精神病院に入院している。青年は自我を喪失し、今ではほぼA博士そのものになっている。病院で、凶悪犯であるW公爵と正常と異常をひっくり返すという革命を起こそうとする。それも副院長と看護師を殺し、二人の人肉を食べるという行為によって。
正常と異常の境界について、そもそも境界などあるのか、考えさせられる。また、人を殺し、食べるという異常を極めている行為の是非を超えた精神世界の知識や想像も個性的で、今後の作品も楽しみだ。

地蔵の絆 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・林由佳莉
祖母は近くの地蔵様の掃除を毎日していた。そんなことをして何の得になるのか、と和子は思うことがあったが、地蔵様に手作りのよだれかけを毎日取り替える人もいることに背中を押され、祖母が亡くなった後、掃除を引き継ぐ。ある日、よだれかけを作っている本人が、小学6年の少年と知る。祖母に教わった折り紙を少年の妹に教えることに。
地蔵様を通じて、人とのめぐり合わせがあり、意味のなさそうなことも続けることの大事さや、どこかで誰かに影響を与えているかもしれないという灯がともるような作品。和子や叔父の心に変化があらわれるラストもいい。

臭う檸檬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森田高志
健一は父と車に乗っていて、老婆を渡らせようと止まることで、老婆は後続のトラックにひかれて死んだ。その罪悪感で健一は予備校に一年行けなくなる。その間に、電車で会う紳士との交流があったり、父は父なりに罪の償いをしていることを知る。一年かけて、ようやく老婆のところにお参りに行けた。
罪悪感から来るいろいろな神経症や、心が回復していく過程で、「檸檬」やにんにくの臭いなどのこだわりが論理的に解きほぐされていくところなど、よく描かれている。

蜜柑 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・黒瀬章
食べるためにデータ入力の仕事をする私の前の机の男性が、入社二週間目に死んだ。管理者の爺さんは、男性の机の上に蜜柑を置いた。それからまもなく、家の近くで遊んだこともある受験生がガス自殺した。重なる死に、私は自分の死を想像し、遺書を書く。その後、四十台の女性に恋をし、死んだ男性の机の上に置かれたまま萎びかかった蜜柑を女性に差し出す。その蜜柑を拒否され、恋が終る。
行き場をなくした蜜柑は、死んだ男性であり、恋に破れた私であろう。蜜柑を題材に生や死を捉える視点が興味深い。

他、「先人たちの遺言」に北川晃二さんの昭和57年の文章が転載。富士正晴全国同人雑誌フェスティバルのこと。13人の詩。8人の小説など、340ページの濃い内容の雑誌になっている。


『海峡派』120号できました

『海峡派』120号、できました

もう、お手元に届いているかと思います。
『海峡派』をご購読いただける方は、コメントをくださるか、下記の文芸同人誌案内『海峡派』のところの通信方法(メールアドレスが書いてあります)で、ご一報ください。
今号1冊でもOKです 一冊600円でお分けしています。

文芸同人誌案内にも紹介されています。ご紹介ありがとうございます。
どうぞご覧ください

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/kakushi/kaikyouha.html

http://8312.teacup.com/caver/bbs

それぞれの作品の合評等は、合評会の後に、改めて記事にしたいと思います
今号は、故大羽崇之さんの遺稿と、佐木隆三氏よりいただきました大羽さんへの追悼文を載せています。佐木さん、ありがとうございました。大羽さんは入院しているだけで、まだ生きているような気がしますね。

編集後記は無記名でしたが、120号編集担当(S.I)によるものです。
たくさんの原稿が集まり120号がぶじに発行できたのは、みなさんのご協力プラス編集同人のおかげ大、です。お忙しい中、編集お疲れさまでした。


目次

ごあいさつ
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・若窪美恵

特別寄稿 
   誠実なダンディ ・・・・・・・佐木隆三

遺稿 
   坂道のトラックと引っ越し ・・・大羽崇之

小説 
    手話 ・・・・・・・・・・・・・・・・・若窪美恵
    二人の娘 ・・・・・・・・・・・・・都満州美
    もう一人のオレ/まさか ・・・伊藤幸雄
    美雪ちゃん ・・・・・・・・・・・有馬多賀子
    理香の里帰り ・・・・・・・・・犬童架津代

 
    逝く夏の/消える ・・・・・土田晶子
    水烟 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・香野莉沙
    二人の哲学 ・・・・・・・・・・・・・いよやよい

随想 
    ひとり親方 ・・・・・・・・・・・・・・高崎綏子
    砧姫物語と夫の骨壷 ・・・・ さとうゆきの
    立待月 ・・・・・・・・・・・・・・・・横山令子

 
    すてます ・・・・・・・・・・・・・・・
さとうゆきの
    5555
    クリスマス・イブ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
笹田輝子
    高齢者の友達が言う事にゃ ・・・・・吉本洋子
    夏休みも終った ・・・・・・・・・・・・・・・ 山口淑枝
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・池田幸子

アート雑感 
    いまどき 恋ばな ・・・・・・・・・・・・・・・
土田恵子

随想 
    銀次郎の日記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
青江由紀夫
    戦中戦後チョイワル少年の映画誌
             第二回 『映画は世につれ』 
・・・・
 伊藤幸雄    
    感涙 北島艶歌 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
永吉 豊
    百笑の島 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柿田半周


表紙・カット・・・・・・・・・・・・・・・・・・土田恵子

北九州文学協会 第4回 文学賞表彰式

12日に、北九州文学協会の募集した文学賞表彰式があった。

佐木隆三選考委員長の挨拶もあり、受賞者にとっては心に残るものであったことと思います。
しかし、できれば、みんなが集まる文学協会の総会のときにあわせて授賞式があり、そのときに、第4回の受賞作品集「ひびき」を配布するといっそう表彰式ももりあがったような気がします。

この北九州文学協会の文学賞は、小説エッセイ短歌俳句川柳の6部門を募集している。これほど幅広く募集しているのはそうないらしい。
北九州の近隣の人はもちろんのこと、全国のみなさん、どんどん応募してくださいね。
来年は、この『海峡派』ブログでも、要綱が届き次第、お知らせいたします。
今年のとおりであれば、9月末が締め切りです。小説については30枚です。

『海峡派』の同人も二人、入賞されました。

エッセイの部 優秀賞 「立屋敷の大銀杏」・・・・さとうゆきの

小説の部   佳作   「碧き海の落し物」・・・・・若窪美恵

おめでとうございます  ますますよき作品を書いてくださいね


胡壷・KOKO 弟9号 2010.7.5

胡壷・KOKO 弟9号をいただいた。ありがとうございました

早くにいただいており、すぐに読んでいましたが、今頃のご報告です。すみません。

今号はー別枠ーがあり、3人の作品が掲載されている。

小説
小倉まで ・・・・・・・・ひわきゆりこ

私は父の亡き弟の嫁である叔母に呼ばれ、住む小倉を訪ねる。駅で、両手を振り回し、叫び声を上げながら目の前を走り過ぎる男性に遭遇する。そのとき、理由なく受け止めてみたいという衝動が起きる。
料理上手でこぎれいなイメージの叔母はそこにはなく、食べることに貪欲で、誰も彼もを恨み、愚痴をたれながしている彼女の現実を目の当たりにする。
私を含める一族を許さないと息巻くが、それでも、かわいがっていた「私」だけは叔母の気持ちをわかってくれるのではないかという望みがあったのかもしれない。
だが、私は叔母が、一族と一くくりにし攻撃する愚痴を受け止められず、叔母を腹立たせ、帰れと言われる。うずくまっている丸い背中が小刻みに震えているように見え る叔母に「叔母ちゃん、また、来るから」 と声を掛ける。
帰り、小倉駅で、行きがけに見た男性を見つける。本当は見ていたかったが、彼のうちがわに秘められている衝動が噴出して、私に向けられるかもしれない。無力な自分から目を背ける。
叔母も男性も受け止めたい・・・と心の中では思っている私の思いが伝わってくる。


崖くずれ ・・・・・・・・・納富泰子

「崖くずれ」という詩がモチーフとして全体を流れている。緻密に構成されている。
部下に連日の徹夜仕事をさせて心筋梗塞で死なせたという夫は、残された部下の妻と子どものころを気にかけていた。定年後、夫が死んだ部下の妻(アザミの女)と浮気していたことを知る。夫のほうは本気だったようだが、年齢の離れたアザミの女はやんわりと一緒になることを断る。その事実を知った私と夫との間には溝ができる。
ある日、夫が家を出ていった。アザミの女も探してくれるが行方不明だ。残された夫の詩集の「崖くずれ」という詩を読み、夫が山に行ったと確信する。その山が夢に出てくる。
崖くずれの音は、頑なな山の心が、揺れ動いて開く音なのだ・・・。崖くずれは、切ない。自分の一部を失いながら、何かを求めて崩れる。
崩れていくのは私の人格や記憶や正常な意識。私は介護されている立場になっている。その介護人は、ずいぶん認知症が進んでいるというふうに思っている。だが、もちろん、私は私なりの正常な意識で、夢で見る山にいるはずの夫と出会おうとする。世界が崩れていくときの音が聞こえてくるかのようだ。その世界の崩れていくずれを「崖くずれ」の詩をからめながら、違和感なしに、みごとに描いている。


渓と釣りを巡る短編
峠越え ・・・・・・・・・・桑村勝士

県庁農林水産部に勤めているぼくは、漁協を統括する団体の総務部長をしている小野と出会い、ふたたび渓流釣りを始める。
こんなにも鮮明な記憶がいったいどこへ仕舞い込まれていたのだろう。
小野の関係する漁協の不正経理が発覚し、刑事事件になるかもしれない時期、渓流釣りに行った山で小野と一緒になった。それぞれに釣りを楽しんでいたのだが、そこで急にきた雷雨に出会う。山の川はうってかわって姿を変え、二人を飲み込もうとする。一緒に行動することで、不正事件との絡みを疑われることを恐れる心がぼくに去来する。しかし、経験豊富な小野についていくほうが安全だと判断する。小野と不正事件とのかかわりは不明だが、それにぼくが巻き込まれたくないとの思いと、小野の渓流釣りの経験値に対する信頼が入り混じる感情がよくでている。命がけの川を渡るところなど、迫力があった。


別枠
壮吉の舞い ・・・・・・・・・・・・・・鯵沢圭

アルツハイマーになった好き嫌いの激しい壮吉は、同じ敷地内に独居していたが、夏の暑い盛りに他界した。壮吉が化けて出ることを予感し、望みもしていたからか、時々気配を感じるようになった。その幽霊壮吉は、私と意思が通じ合うようになる。神楽舞を舞う壮吉。ある日、夫(壮吉の息子)の前にも幽霊壮吉が現れ、舞を披露する。それが壮吉の現れた最後になった。壮吉の生前のことを織り交ぜながら、物語が進み、幽霊壮吉も明るくて楽しい。

顔 ・・・・・・・・井本元義

エッセイ

『ドイツの伝説 グリム兄弟編集』から(2)
ーオルラミュンデ伯爵夫人ー  ・・・・・・・・・・・中山順子








詩誌 たむたむ 第113号

たむたむ 第113号をいただきました。ありがとうございます。

まず一読して、詩とエッセイからなっているこの詩誌では、詩、エッセイのカテゴリー分けをしていないので、「しあわせ」と「対処法」は、文章量からして散文詩かと思いました。二つはエッセイでした。
構成も目次では、詩、エッセイと分けていますが、ページはランダムで、「しあわせ」は2番目です。
雑誌の作り方が違うのは、面白いですね。




ぺルソナ  ― 眼にマスク ・・・・・・・・・・・・・・・山口淑枝
ペルソナというのは、店員さんにsales person のことでしょうか?
作者は出かけるとき、口にマスク。「どうにかすると喘息が飛び出してきそうな様子なので」と、喘息持ちである。季節の変わり目にはお気をつけください。
若いころには目にマスクだった/それも度外れのやつを/もともと洋服や宝石類には無頓着・・・・
少し手が届きそうなものは羨ましいが、ほとんど手が届きそうになければ、欲しいと思っても「目にマスク 目にマスク 目にマスク」と、なきものにすることを選ぶもの。そんな若い頃、自分の欲求に蓋をしていたことを、今、「無駄なことをしていたんだね/もったいないことをもしていたんだよね」とよしよしする。その気持ちが大事。
気持ちを収めることを知っている作者は、素敵な大人になりました。若い頃を振り返って、同じような当時の自分に遭えて、優しい気持ちになるひと時を持ちました。

家族紹介 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いよやよい
作者は一人暮らし。新しい家族として、息子・息子の妻・男の孫・女の孫が紹介されている。
作者には、どうも世間一般の一人っ子はこういうもの、長女はこういうもの、男の子はこういうもの、女の子はこういうもの、下の子はこういうもの、という世間一般のものさしがあるようだ。
それに照らし合わせて、少しずれていると、「もったいない」と思う。ずれを認め、多角評価しているのはいい。作者のリベラルなところであろう。
息子たちが来た夜は/戸締りの気を抜いて 寝る」ほっとするひとときだろう。そして、「・・・帰った夜は/ほんとうの一人をたのしんで寝る」やはり、家族とはいえ、気づかれがあるのだろう。来てよし、帰ってよしというところか。
気兼ねなく テレビの音声を大きくして」という最後の1行、効いていると思います。自由を楽しんでください。


くらげはくらげ
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤本 隆
童心 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・永田喜久雄
青い檸檬のままで ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小川ひろみ
猛暑 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・乙咩よう子
秋本番 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・福田加奈子
出口のない朝 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・神島由紀那
出口のない夜 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・神島由紀那
里山の恵み 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木下圭子
幻魚記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柏木恵美子

エッセイ
しあわせ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・春風美桜
対処法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・植田裕子
九州詩人祭シンポジウムに参加して ・・・小川ひろみ


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