2013年09月

「海峡派」128号 ③ 実録・随想・評論・読捨三文

実録
大貝彌太郎の絵画 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  さとうゆきの
遠賀郡水巻町の農家の長男、大貝彌太郎が、現東京芸大卒業後、長崎の五島中学の美術教師になった。「ヤタバン」と慕われ、教え子の温子と結婚。絵は、展覧会でも入選を果たし、将来を期待されていたが、38歳で死亡。温子夫人が彌太郎の絵を守る。作者のさとうが温子と出会い、彌太郎の絵と出会う。その運命が、野見山先生や、さとうの尽力により、ボロボロになった「飛行士立像」の絵をよみがえらせ、無言館でのシンボル的な役割を担うことになった。

※おしらせ・・・・みなさま、どうぞお越しください

と き: 2013年10月2日~20日(午前10時~午後6時)
ところ: 水巻町図書館・歴史資料館 の町民ギャラリー

あの絵にまた会える!
大貝彌太郎遺作展 PART1 

・大貝彌太郎の絵を巡って、人が奔走する。絵の持つ威力、力を知ることとなって嬉しい。
・今号の作品で一番読み応えがあった。彌太郎の遺作展が開かれるのが楽しみ。
・圧巻だった。無言館に収められた「飛行士立像」見てみたい。野見山暁治画伯の返信、いいお手紙ですね。こころを打たれました。いいお仕事をなさいました。
・1枚の絵で、これだけのものを書くのがすばらしい
・大貝への入れ込みが伝わる
・作者自身が本当の芸術家、尊敬する
・ボンドではった・・・行動力、スタミナがすごい。感謝
作者より・・・「厚紙に書かれた/無言館で修復された」など、これは違うということを今、言っておかなければと思った。そのままの状態だった、作者がボンドではっただけ。

随想
銀次郎の日記 
    ―平和な丘で脱線的読書の老人 ・・・・・・・・・・・・  青江由紀夫
隣人の農家の人から、新鮮な野菜をもらい、お返しのやり取りなど、主に妻たちの交流を描く。銀次郎は相変わらず、読書三昧。本を読んでは脱線するのもお約束・・・今回は中国。陶淵明や白楽天に思いをはせる。

・優雅な生活を送っているなあと思った
・読書三昧が羨ましい。健康なればこそ。
・勤勉でありながら、真面目さをも遊びに変える楽しみを持っている。
・ここのところ、作詞を手掛けていて、今号は「レモンの花は二番咲き」を発表している。多才な人

梅吉物語  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 古濱紘志
梅吉というのは、飼い犬の名前。飼い犬の来歴、物語。我が家の犬、一代目の五郎が車に撥ねられて、「ワーワー」鳴きながら足を噛もうとする。あたかも「親父、この足を切り落としてくれ」と言っているよう。それ以来、犬は飼わないと決めていたが、息子夫婦の都合で梅吉がやってくる。気性の激しい梅吉との八年間を振り返る。

・びっしり紙面を埋める活字で損をしている。会話や行替えをすることで、視覚的にも効果がでる。
・どんどん読めた。
・梅吉をどんなに愛したか、丁寧に書かれている。
・素直に読んだ
・人が亡くなる時の眼、犬が亡くなる時の眼、母さんに思えた・・・など、人と変わりないのだなあ。
・臨終で「ワーン」となく声、切ない
・ペットレスという言葉があるとおり、精神的に落ち込む
・飼う意思のない犬を飼いだして、愛犬家はこうして深みにはまっていくのだなあと思った。


評論
日本よどこへ行く(二) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 木村和彦
コケシの由来を「子消し」ということの説明から今回の論は展開していく。
日本が戦争に突入した原因。私たちは知っているようで案外知らない。
・世界の先進国との誤差、胸に落ちた。
・上から目線で書いていくことに抵抗がある、無責任すぎる


読捨三文
ある小説家の運命 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今田早苗
北九州にまつわる作家、松本清張、林芙美子や、今東光のエピソード。本の中でのコラム的役割をしていて、ほっとする一作品。豊富な雑学と本好きの作者の語りの一部。
・ラストに触れているような、地域に根差した作家のことを書いてほしい
作者より・・・小説家はすべて強い運命を持っている。誰かが押し上げる、つながり。

「海峡派」128号 ②詩

わからない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 笹田輝子 
バスの中での会話に耳をそばだてる。「私のおとむらいの時、あなた達泣く?」の答に、長男が「微妙」、孫娘が「わからない」。その女性は「憤懣やるかたなしの雰囲気」。「微妙」「わからない」という言葉を「心の奥に折り紙のように畳みはじめていた私」は、降りる停留所を通り越していた。
どのあたりか、定期券は?「わからない」

・考えてみればわかることなんてとても少ないのではないか。親や祖母が死んだときに泣くかと、元気に聞かれても返答のしようがないだろう。泣くと言えば安心してもらえるだろうが、そんな質問もどうかと思う。ラストの「わからない」がとても効いている。
・「難聴の声」がよくわからない。
・「賀詞きいて青衣のひとり泣けばよし」横山白虹が余命を測りながら病床で詠んだ句です。白虹にしてこの寂しさです。

落日の焦点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ はたけいすけ
八幡市民会館前の復興平和記念像を見て、「時空の涯てに/飛翔した」「もんぺ姿の/少女」を思う。「灼熱地獄」、「七色の火焔」を思う。そのことがすでに伝説として「風化する」ことを憂うように。その「少女が/飛翔去った彼方」」「落日の焦点」を心眼で見ている作者。

・説明になっている部分もあるが、心眼で見ている風景の描写なのでいいのかもしれない。
・その象の写真を見ると、詩とはまったく違う印象なので驚いた。。詩も彫刻も芸術作品は、人によって受け取り方が全然違うのだなあ。
・平和記念像に寄せる反戦歌
・今号は夏の号ということもあり、静かであっても反戦をテーマにする作品が並んだ。この詩も、平和の像から、戦争の犠牲になった少女を浮き彫りにして平和を問うている。

詩情探して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 登り山泰至 
想いを伝えたい私は、シジョウを探している。シジョウは詩情、至上、市場、四条・・・と姿を変え、捕まりそうでスルリと逃げていく。もう少しで詩情が湧きそうなのだが、初めて恋に落ちた私を、なかなか詩情の居城へとは踏み込ませない。

・詩情、シジョウ・・・の羅列で物語を構成している。その言葉の力はたいしたもの。
・言葉遊びですね。詩情―ラブソングはおかしいです。
・非常に軽快で、リズムがある。
・言葉に敏感
・次の作品が楽しみ

一輪挿し
・わかりやすい詩
・羨ましい気持ち、妬み、悲しみを「そっと挿したい/その一輪挿し」と抑えているところがいいと思う。
・あなたへの羨望た伝わる
・「詩情探して」とは趣が異なる作品。作風が固まっていないという点で、広がりや可能性を感じる

履歴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 清水啓介
「まっくろい 夜のそこに / よごれた紐が いっぽん ぶらさがっている」光景。その下に「赤い 車輪のひしゃげた乳母車を押して」あらわれた「髪の長い女」。「とおくで・・・笑う声」。
・恐ろしい光景。何の、どこの光景なのか。わからないが、ぞっとする印象を残している。
・母が狂っているようなイメージ。母が乳飲み児を失って、気が狂い、地獄をさまよっているようなイメージがした。
・よくわからなかった。一連は胎内の風景ですか?
・私の履歴というふうに、タイトルに私のを加えたらわかりやすかったのでは?
作者より・・・タイトルの履歴がテーマ。履歴について思うこと。

象の眼  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 池田幸子
「平和の国の夏休み」にテレビを見て昼寝をしている私。テレビには、動物園の「仔象」、「小さな客」が写り、その仔象の眼には故郷サバンナの花畑が写る。その故郷の「中央アフリカでは政変による混乱で 密猟団が増え」「牙を抜かれた屍が散乱し」ているという。私は「象のお話」を思い出し、幼い子らに伝えようと思っている。
・象牙は何の象徴なのか?豊かさや浪費の象徴?それは自然や命を犠牲にしたものの上に立つものかもしれない。
・「それを見ているわたしがいる」はいらないのでは?
・4連目のわたしの位置、難解です。終連の終わりの二行も。

もうひとつの日本 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 坂本梧朗
「原発をなくせない/基地をなくせない」アメリカと大企業に牛耳られた棄民の国、日本でなく、「幾多の義人たちが/血と汗と涙を流して/拓こうとしてきた/国民の福利と厚生を第一義とする/もう一つの日本」であってほしいとの祈りにも似た思いが伝わってくる。フクシマの後、「もう一つの日本」を願う人たちの息吹をひしひしと感じ、だいじょうぶと確信をつかみたい作者の思いがよく出ていると思う。
・3連がテーマ。終連は希望。
・田中正造・・・足尾銅山の農民たちと一緒に寝泊まりしながら、闘った
・カタカナでナガサキ、ヒロシマ、フクシマ・・・と書くときのきな臭さと、「絆」に象徴されるような、もう一つの闘う力、平和をもぎ取ろうとする力のある日本を希求する
・この時期だからこそ、どんな形でもいい、今一度反戦の思いを作品にしてくれてありがとうという気持ち


される ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さとうゆきの
「二〇一三年の夏」に起こった出来事で、本来はそうでないことを不本意ながらも政府など上の機関から“〇〇される”ことになったものについて問題提起をしている。ゼロ戦に乗り体当たりした飛行士の絵、福島産の米、東電福島第一原発元所長の死、どれもがわからないように報道「され」ている。終連で、言い分があるなら声をあげよと警鐘を鳴らしている。
・終連を入れたほうがいいかどうかはわからないが、より伝わるようになった。作者の叫びである。
・1連・・・特攻。2連・・・フクシマサンの米。3連・・・吉田昌郎氏の死を兵士の戦死と
認識するに及んで、4連目は要らないのでは?主題の“される”で充分伝わる。

せみになる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 赤坂 夕
夫を「おとうさん」あるいは「ジィジィ」と呼ぶと、「そっちのおとうさん(ジィジィ)じゃない」と返ってくる。それでわたしは「そっち」じゃないと言い返す。それでいろいろやり取りがあったのだろう、互いを「ひろさん」「ゆうさん」と呼ぶように。

・夫婦の長年の歴史のようなものが、ジィジィというセミの声や孫の声に重なり、かい間みられほのぼのとした作品
・若い感性、青春を感じさせる
・詩のほうがノックしたのだろう。自然体の詩
・蝉の声を途中に何度か挿入することで、夫婦喧嘩や、孫の騒ぎ声などのBGM効果が出ている。

だいじょうぶ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 若窪美恵
病気で寝ている妻に「だいじょうぶ、心配しなくてもいいと言う夫。子どもたちと夕食を楽しそうに。しかし、病気の妻の分はない。

・生活語の詩~朗読するとおもしろい。
・リズム、調子がよすぎる。抑えたほうが、“品”が出るのでは?
・主婦、そして母親の悲哀

わけは
カレーに肉が入ってないことに文句を言う息子に、カレーは煮詰まってなくなったと心の中でつぶやく母。

・最近の若者は、こんな言葉使いをするのか?特定の土地言葉なら、注釈が必要では?「海峡派」は全国誌なので、そのへんの配慮はいると思う
・ラストが面白い。気持ちがよくわかる

「海峡派」128号 ①小説

9月1日に「海峡派」128号の合評会がありました。
まずは、小説の感想から。

「蝉時雨の応援」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 有馬多賀子
学芸大学に入った和子は、政夫と聡子の家庭教師をし、夏休みに山登りをする。「先生」と呼ばれ大事にされ、「お月謝」をもらえ、勉強後の出前の食事もあるこのアルバイトは大きな生き甲斐になっている。和子が高校3年の時、急性盲腸炎になった。逼迫した家計から入院・手術費は出ない。実はツネが父親だと言っていた地域の名士である老紳士が払ってくれたと知る。その後、ツネを訪ねて、しばしば老紳士が家にやってくる。
その後、和子は教員採用試験を迎えた。学科試験、実技もクリアし、面接。その時に、勤務評定のことで試験管に反論する。試験管は「そんな教師は現場に必要ない」と言う。軽はずみな言動で教職を絶たれるぐらいならと、ダメ元で試験管の一人に会ってみようと思う和子であった。

・老紳士を「旦那様」と言って化粧し派手に装って迎え入れる母に、年頃の和子が反発する気持ちがよく描けていた。面接時の勤務評定のやり取りのことは、臨場感があった。その後、どう展開していくのか楽しみな作品。

・母や老紳士(実の父)に対する、思春期の和子の反発がよく書かれている。心情がよくわかる。
・老紳士の反発だけで終わるが、連載にしていないので、この回でも、あえて反発しながらも父に対する情のようなものを感じる・・・というような部分があってもいいのでは?
・勤務評定をめぐる問題が主題。家族の暗部が作品に厚みを加えていると感じた。
・書きたい中心棒のところを大きくして、他を少し整理したほうがよかったかも。あれこれと枝がいっぱいな感じ。
・力作
・タイトルが平凡
・蝉時雨というのは複合語、蝉の応援か、時雨の応援ですっきりしたのでは?
・書き出しと結末を統一したほうがいいのでは
・「彼女」と「和子」の配分がどうか

「あしたは 晴れている」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はたけいすけ 
正太は、昭和5年、大阪、淀川そばの商家で生まれた。5歳になった正太は、弁士の娘サトが好き。二人は、決して近づくなと言われている運河の土手に行き、赤飯と一銭銅貨を供えている“おまじない”を探す。サトは平気で“おまじない”の1銭だけをとり、“ベロベロ”を買いに行く。印刷会社の長さん、メリヤス会社の源さんは、「先生」と呼んでいるサトの父のために映画会を企画。弁士が必要とされなくなる映画の行く末を心配している。「先生」は、朝鮮に映画館ができると聞き、朝鮮に行こうか悩んでいる。その話を聞いて、朝鮮でなく、支那だろう、いや、満州国らしいという話になる。

・運河に並ぶ町工場から流れる鼻をつく臭い、けたたましい音、活気ある人んの声など、ありありと目に浮かぶような描写はすごい。
・会話がはずみ、ストーリーを支えている。芝居を見ているような臨場感がある。
・満州国の建国が始まったばかりの時代背景がよく描かれている。「いくんやねん(P19)→いくねん」「持ってんのやねん(P20)→持ってんのや」
・127号の「あしたは 晴れている」が序章
・とてもリアルに描かれていて、引き込まれる。昭和の下町の風景がよく出ている。
・情景描写が心象風景まで突き抜けている。この時代のことを書く人が減っている。力のある作品。
・筋書きはまだわからないが、展開が楽しみ
・前回の会話からの作品とトーンがかわっている
・話の作り方がうまい
・20pあたりのサトちゃん、かあちゃん・・・とてもよい
・もたつくところもあるので、もう少し短く
・時代背景がよく出ている。宮本輝の「泥の川」を思い出す
・大衆小説のよう。うまい、会話が自然
・臭いの文学

作者より・・無声映画の時代を知っている。映画「キューポラのある町」を見た。芝居の演出をしていた。


苦節川(その1) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  山之内一次
1804年、江戸、永代橋で崩落事故があった。秋野家のご先祖が、崩れ落ちる橋げたにくらいついて助かった話が語り継がれている。関東大震災では秋野家は、山の方に逃げたので生き延びた。一族の初孫、浩一は、その時の話を自分が見たように話す。浩一は秋野家から嫁いだ梶原家に生まれた。叔母にあたる数歳しか違わない女の子たちと姉弟のように育つ。祖母と手をつないだ記憶の中、母と手をつないだ記憶は一度。父の邦夫は会社で義母の弟から「俺を伯父と思うな」と言われ、転職し、婿養子の縁を切る決意をする。祖母は浩一を養子にする手続きをする。

・オート三輪、修験者ふうの男が香具師まがいの商売、相撲部屋に出入りする力士の様子など、当時の状況をよく描いている。
・最初の秋野家の人達、梶原家の人達の家系図が複雑なので、物語を進めつつ登場人物ごとに説明していってもいいのではないか。
・浩一が大事にされつつも、家の事情で運命が変わっていくような感じがして、先が楽しみだ。
・冒頭の秋野家の顎の強さの描写が巧み。家族の歴史を小説として読者に差し出すには、何か工夫が要るのでは?
・秋野家の人達の家系図は、すっと入ってきた。
・P30「白紙に塗り替えられてしまった」は、作者の顔が出ている。


秘花(3) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  那津瑠々
孝子は津羅との結婚を前に、岡田と会う。岡田は孝子を横たえて、祈祷する。その経の声が、孝子の意識を現実から遠ざけ、歓びに誘う。津羅との結婚の打ち合わせの時に、その時の残り香のようなものがふと蘇る。

・きれいな、心が洗われるような文章。詩的表現。
・作者の美意識が現れている作品。
・欲を言えば、もっと大作にしてほしかった。
・「文芸」で佐藤亜紀子という作家の遺作となった作品「蜘蛛」を思い出した。老婆がベランダで大きな蜘蛛を見つけて親しむのだが、孤独死した老婆が匂いのいい蜘蛛の糸で繭のように包まれていたという話。

手抜き ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  伊藤幸雄
お化け屋敷のバイトで、「手抜きはいかんぞ」と社長に怒られる。古井戸の担当がボーッと出て来て突っ立っているだけ、手抜きだというのだ。しかしその日、バイトが集まらず、古井戸には誰も配置していなかった。
・どんでん返しの妙がショートショートの醍醐味だが、今回はオチが分かった。

・ラストの背筋がゾーッとしたところは、わからなかったが、どんでん返しはさすが
・社長の言葉はもう少し具体的に
・タイトルは読ませる
・伏線のはり方ひとつ

部長のおくさん ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  若窪美恵
妻とデパートに買い物に出かけたとき、ばったり部長夫妻に会う。部長が係長時代、妻と年始に行ったことがある。そのことを覚えていたのか、部長が妻に相変わらずお美しいとお世辞を言うのに対し、妻が「おくさまこそ、以前よりスマートになられて・・・」と返す。すると、おくさんが「前のおくさんはぽっちゃり系でしたものね」と言う。

・最初、おかしくて笑うが、後でじわっと怖さが広がる
・これで昇進がなくなったという、サラリーマンの悲哀も感じる
・落とし方を会得した感じ

帰り道
残業で疲れて帰る途中、男性が倒れているのを発見。連絡しようと思うが、ふと、警察が来るまで待つのかとか、いろいろ聞かれるだろうとか、死んでいるのなら犯人だと疑われるのではなどと思い、疲れているのだから、たぶん酔っ払いだろうからと見過ごす。

・「助けてー」と言っても誰も来ないが、「火事ー」というと人が出てくる世の中
・見過ごすのが当然という現状もある
・心の葛藤(善人)―見過ごしてしまったことが怖いものという解釈

日和坂 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  赤坂 夕
菜美はハンドケアを学び、日和庵という高齢者施設に通う。日和庵の高齢者と接すると、亡き母の雪を思い出す。雪が骨折から寝たきりになり、そのために認知症になったこと。水泳のコーチをしながら雪の介護をしていた時の苦労。その菜美を案じている雪。

・菜美の中からひと時も忘れ去ることのない雪の姿が、今ある自分を作っていると思う菜美の優しさが伝わってくる。
・親の介護は、多くが働き盛りの忙しい時に訪れる。今だったらもう少し優しく手をかけてあげられたのに・・・という思いがあるだろう。それを他の困っている高齢者に返すことによって、自分も満たされていく。菜美が穏やかになっていく過程がよく出ている。
・「菜美」が多い。取ってもいい部分もある
・日和庵のことをもっと書いてほしい
・ハンドケアについて、具体的に。一人ひとりの人生の物語があると思うので、書いてほしい。

癖 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  犬童架津代
ゆきは結婚して40年。子どもたちも巣立ち、広い家に夫婦二人。時々娘の家に行くゆき。夫は食料を安かったからと買い込む癖がある。夫に、娘の家に行きたいか尋ねると、行きたいという。ゆきは夫のことも考え、今度は一緒に行こうと思う。

・ゆきが主人公であるが、客観的に書いてある。
・よくある日常の風景の切り取り方がうまい。小説になっている
・読後感がほっとする作風
・タイトルの「癖」の部分、もう少し誇張して書き込んでもいいのでは?

プロフィール

kaikyoha

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