■ローゼンクランツ・リファレンス RK-R

カイザーサウンドがこの八月、本拠地を十数年ぶりに東京から自宅のある広島に移され、その際何日間か引っ越しや荷物の片付けのお手伝いをさせていただき、ある程度片付いた時に、貝崎さんが店のメインステレオのセッティングをするのをそばで見届けさせてもらいました。

立派な無垢の板張りのステージにセッティングされたステレオは朗々とした音を奏で、普通のオーディオ店で鳴るステレオの音とは一線を画します。

それでもまだまだ完成された状態ではなく、特にスピーカーは、ハイ、ミッド、ローと三段積みピラミッドのように構成された高音部分のハイが欠け、低音部分のローもただ中音部分のミッドの箱の置き台になっているだけで、配線もされず音も出ていない状態です。つまりその時は真ん中のミッドがアンプ直結で接続され、フルレンジとして音を出していました。

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けれどそれはそれでもう十分にウエルバランスであり、下や上を追加したいという思いはまったく感じられません。自分は昔からフルレンジ党だったのでそう感じるのかもしれませんが、特に古いシンプルな録音と相性がよく、試聴したバーバラ・リーの「In Love」というアルバムは1957年録音の古いもので周波数レンジも狭く、まるでAMラジオのような音ですが、それが逆に音楽の楽しさに焦点を当て、ハッピーな気分にさせてくれます。

in love

ただ左側のスピーカーユニットに少し不具合があり、ある特定の低い音が入った時にビリつきを生じます。特にダイアナ・クラールの「Love Scenes」をかけた時、張りのあるベースの音に伴ってビリビリという不快な音が盛大に響きます。それ以外の音はきれいに奏でますが、これは明らかにユニットに何らかの原因あり、たぶん交換の必要があるものと思われます。

Love Scenes

ミッドに使っているE.J.Jordanのスピーカーユニットは現在製造中止になっていますが、幸い手持ちの在庫があるとのことで、その取り替え作業の時にはその様子を見せていただき、是非レポートさせてもらいたいとお願いしていました。そしてそれがこの12月25日クリスマスの日に実現しました。


■本格的なセッティング・・・第一回目

今日はハイ(高音)のユニットも加えようということで、何らかの原因で飛んでしまったツイーターユニットを新しいものに取り替えました。このユニットの取り替えは二十年ぶりとのこと、この間、貝崎さんはネジの加速度組み立てという技術を開発され、エネルギーが自然と流れていくような、各ネジの適材適所、締め具合の調整技術を習得されています。

ハイを含めた各エンクロージャー、コイルやコンデンサーの入ったチャンネルボックス、ラックの棚板等は、すべて堅い無垢のハードメイプルを使用しています。特にハイのエンクロージャーというか台座は、なんと無垢の木材ブロックをL字型に削り出したもので、木ネジの頭やネジ穴をつぶさないように、念入りにドライバーを回していきます。

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その間もステレオからは音楽が鳴っています。

メインシステムのCDトランスポートは、ベルトドライブ方式で素直な音のC.E.C製で、中央手前真上のディスク収納部にCDを置き、その上にスタビライザーを乗せる仕様となっていて、これらがそのスタビライザーです。


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手前左がカイザー寸法φ10.5cmのSTB-1。これはTL1、TL2用なので、いったん再生ボタンを押してスタートさせ、その直後に再び上扉を開き、またすぐに閉じて再生ボタンを押すという手間が必要でした。

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今回はそれに換え、その後C.E.C 51シリーズ用に開発されたという少し小ぶりのφ9.45cm、0.09カイザー。これはトルクの弱いトランスポートでもボタンひとつで再生します。

さすがに開発時期が新しく、かつ専用であるだけあって音がその形通りでとても滑らかです。ほんのわずかな形の違いも音は如実に表します。

さらには参考にということで、写真右上の黒いC.E.C付属のスタビライザーの音も聴きました。これはひどい・・・、音が団子になり、まったく音楽になっていません。その時イメージとして浮んだのは、黒い色と相まってどろりとしたタレのかかったみたらし団子です。

本物のみたらし団子は美味しいですが、これはいただけません。ローゼンクランツ二枚のスタビライザーの音の差を1とするならば、このC.E.C付属のスタビライザーの音は、その下に4か5ぐらい下がった印象です。もしこれを使われている方がおられたら、早めに交換されることをお勧めいたします。


■中音部 RK-Rmをチューニング

つづいては今回のメインテーマである、ミッドのスピーカーユニット交換作業に入ります。ビリつきが出るのは本当に特定のところだけで、交換する時になって左右どちらかが分からなくなり、その確認のため少し手間取ったぐらいです。

左スピーカーの裏蓋を開けると吸音材となる裁断された紙がギッシリと詰まっていました。紙の種類は硬いカタログ紙と軟らかい新聞紙が混在しています。今の貝崎さんの感覚ではこの量は多すぎるとのことで、終了後は少しだけこれを減らして適量にしました。

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ところがその吸音材を取り、ユニットを外してみてビックリです。なんと取り付けてあったE.J.Jordanのスピーカーユニットと、予備として在庫したあったユニットの形状が異なるのです。

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左が予備のもの、右が取り付けてあったもので、コーン部とフレームは同一のようですが、マグネット回りが明らかに異なります。

これにはちょっと困りましたが、左右両方とも同時に交換すれば支障ありません。しかしここでまた新たな問題が発生しました。予備の二つのうち片方のユニットのマグネットに、貝崎さんが書いたと思われる字で、NGという文字が記されているのです。

なにぶん古いことなので、なぜNGと書いたか覚えていないとのことですが、NGと書かれているからには何か問題があるということなのでしょう。少し判断に迷った後、両方のユニットともに今のまま行こうということになりました。

このスピーカーを組まれたのが二十年前、その間加速度組み立てをはじめとしたオーディオクリニックの技術は大きく向上し、それをこのスピーカーに加えるだけでもいいだろうという判断です。

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少し減らした吸音材とともにスピーカーユニットを収め、裏蓋を閉じ、ネジを一本一本どこに配置するかを決め、慎重にトルクを見定めながら締めていかれます。

この加速度組み立ての効果だけでもたぶん絶大なものがあると思われます。そして更には二十年間締めたままになっていたネジの圧力やストレスをほどいてやることにより、各部材にかかっていた歪が解き放たれる効果も見逃せないでしょう。

カイザーサウンドで使われている無垢のハードメイプルは美しい響きを持つと同時に、その硬さゆえにクセが強くて狂いが生じやすく、以前ネットワークボックスの蓋を開けた時、一本のネジに強烈な力が加わり、見事に根本からねじ曲がっていました。使われているステンレスネジの硬性は相当なもので、それを曲げてしまうハードメイプルの強靱さはそれに勝っています。

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丁寧に組み直した左ミッドスピーカを定位置に置き、まずは左のみ調整済みの状態で音を聴いてみました。

もうこれは、全然違います。左スピーカーの音が一気に躍動しだし、余分な響きがなくなったため音の減衰していく様子を美しく聞き取ることができ、聴感上のS/N比がアップしています。システムとして左スピーカーのエネルギー感が完全に右に勝り、自然と左側に耳が傾きます。

そして驚くなかれ、あのユニットに問題ありと推測されていたビビり音が完全になくなってしまったのです。これはどういったことなのでしょう。たぶんあのビビり音はユニットの不具合ではなく、ユニットとエンクロージャとの歪みが取り付け部分に強烈な力としてかかり、そこで共振が生じていたのだと思われます。

各部材の間で押し合いへし合い、とても窮屈な状態で過していた大きな力が一気に解放され、今度は逆に理想的な振動の流れを与えてもらい、そのスピーカーユニット全体が放つ喜びの波動が音となって聴き手に伝わってくるようです。

けれど人間のストレスでもそうであるように、長期間蓄積されたものは短時間でそのすべてを解放することはできません。ステレオもまた同様で、長期間のストレスは長い時間をかけて徐々に解放へと向かっていき、事実この後も様々なクリニックを施し、その変化速度は時間経過とともに大きくなりました。


その次は同様の吸音材処理と加速度組み立てを右ミッドスピーカーにも施しました。これで左右が理想的な状態で揃い、広い音場に心地よいスウィング感が漂い、ノリのいい曲をかけると身体が自然とリズムを刻みます。これが貝崎さんがいつも言われている『音の時間軸が揃う』という状態でしょう。

普通のオーディオマニアが求めるいい音というのは、きれいな響き、リアルな音色というのが一般的ですが、音楽を聴く上では、そういった音色よりも、各楽器演奏のピッタリと合ったタイミング、これを正確に表す時間軸表現の正確さがより重要です。これは理屈ではなく、そういった音を耳にすれば体で理解できます。

もちろん時間軸表現の正確さと美しい音色は相反するものではなく、ほとんど同時に向上するものですが、最近のデジタル機器で作り込まれた“バーチャルリアリティー音楽”は、一聴するととても美しい響きに聞こえても、その各楽器の時間軸の不整合さゆえ、正確な表現力を持ったオーディオシステムで聴くと、その不自然さという化けの皮が剥がれてしまいます。

このノリのよさ、音ではなく音楽として聴くことのできる楽しさ、これがオーディオであり、音楽の真骨頂と言えるでしょう。


■ネットワークボックスも蓋を開け、ネジの加速度組み立てを施す

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ここで使われているのはたくさんのものの中から厳選されたコイルやコンデンサーとのことで、構成は至ってシンプルです。ローはコイル直列の高音6dBカット、ミッドとハイはともにコンデンサー直列の低音6dBカットで、クロスオーバー周波数は150Hzと8kHzあたりとのことです。


■ネットワーク周りの配線を、No.1 Conductorで一新

このネットワークボックスを使い、スピーカーをフルレンジから2ウェイ、3ウェイとしていきます。まずは左スピーカーはそのままフルレンジ、右スピーカーには低音用ウーハーの入ったローを加え、フルレンジだったミッドもネットワークを通してほんの少しだけ低音をカットします。これは音に少しゆとりが出てきました。右ミッドの低音部分の負担が減ったことが影響しているのでしょう、少し楽に音が出ている印象ですが、やはり左右アンバランスでは不自然です。


次は左右ともにローとミッドの2ウェイとするとバランスが整ってきました。そしてゆったりとした印象はより強まったものの、音にまとまりがなく、スウィング感は明らかに減少します。やはりフルレンジからマルチウェイへと拡張する際は、かなり慎重に調整しなければその変化をすべての面でメリットとするのは難しいと感じます。ましてや自分は大のフルレンジ党ですし・・・。

その音にまとまりをつけるべく、今度は「No.1 Conductor」という、最高のネーミングを冠したスピーカーケーブルの登場です。これは見た目は実に質素で価格も2,500円/mと安価なものですが、様々なノウハウが凝縮された絶対の自信作とのことです。

このケーブルを、ネットワークボックスの各チャンネル間のジャンパーケーブルとして使用します。これまでは硬いテフロンの皮膜を持つ0.15カイザー、15.75cmだったものを、新しいケーブルを0.3カイザー、31.5cmにカットしたものに交換しました。

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これは明らかにいい方向へと変化しました。最初は左だけ交換すると、音のモヤモヤ感が消え、ローとミッドのつながりがよくなり、そして左右ともに交換し、一気に音場が軽やかになりました。

そしてその素晴らしいケーブルで、次はネットワークボックスから各スピーカーをつなげていきます。それまでは、そこもやはりテフロン被膜のケーブルが使われていて、長さの関係でスピーカーの振動の影響をもろに受けるスピーカー台の上に乗っていたネットワークボックスを、各ケーブルをローは0.3カイザーの三倍の0.9カイザー、ミッドは四倍の1.2カイザー、ハイは五倍の1.5カイザーとして間合いを取りながら長くすることで、ネットワークボックスをスピーカー台の下へと下ろしました。


これで音場の透明感と楽器の実在感が一気に上がりました。ステージの様子が手に取るように分かり、もうノリノリで、特に古い録音の音の素直さ、炸裂するブラス、楽しそうに楽器を奏でる演奏者の思いが聴いていてしっかりと伝わってきます。

ベニー・グッドマンのクラリネットも眼前で自由自在に鳴り響きます。この時代の演奏レベルは今よりも高いように感じられ、各楽器のリズムと間合いは抜群で、この臨場感はよほどのステレオ装置でないと再現できないでしょう。

トゥゲザー・アゲイン



■ウーハー部の、RK-Rwを加速度組み立て

さらにはローのウーハーボックスもスピーカー台から下ろし、裏蓋を外し、ユニット取り付けネジを腹んうたすべてのネジを加速度組み立てし、紙の吸音材も適量になるように少し減らして調整しました。

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これも左だけ、左右両方と、音を聴いて確認しながら作業を進めていきました。二十年間締め付けられていたネジはそれを外すだけでも一苦労で、だからこそ解放された時のエネルギーは大きいと言えます。

この変化はさらに自然で、伸びやかで実在感の向上へとつながり、しっとりと歌うダイアナ・クラールの口の形だけではなく、その口の中の粘膜の湿り具合まで耳で感じられます。もうここまで来ると音がどうの、各スピーカーのつながりがどうのという次元を超え、ステレオの存在を感じず音楽にどっぷりと浸れるようになってきます。


■ツイーター RK-Rtを追加して3ウェイ化

その上に、今度はツイーターを加えます。このツイーターはバンドールというメーカーの5センチほどのコーン型です。バンドールはジョー・ダンワッツ社の流れを持つ会社なので、E.J.Jordan製ユニットとのつながりはいいかもしれません。

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そのユニットを後面開放型の置き台に取り付け、伸びやかさと同時に、無指向性スピーカーのような音の広がりを持たせることが目的だとのことです。

ツイーターの爽やかな高音は、音全体に解放感と透明感与え、女性の声がよりチャーミングに響きます。これは普通のスピーカーにスーパーツイーターを加えた変化と同じです。加わったのは高音だけであるにも関わらず、全音域の透明感が向上したように感じるから不思議です。

この段階で、一番下のウーハーの入ったエンクロージャーの下にあるインシュレーターの位置を微調整しました。すると音はさらに整い、焦点の定まったものとなりました。


■カイザースネークの不思議なパワー

数多いローゼンクランツのアクセサリーの中で、蛇の形に添ってケーブルに波状のうねりを与えるカイザースネークのことが頭に浮び、それをスピーカーケーブルに取り付けてもらうようお願いしました。

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これは本来イヤフォンケーブルに取り付けるために開発されたもので、貝崎さんはこれをメインシステムのスピーカーケーブルに取り付けることは頭になかったとのことです。自分もこの日初めてカイザースネークの実物を目にし、その全長わずか0.05カイザー、5.25cmという極めて小さなサイズであることを知りました。

もしこれを事前に知っていたら、カイザースネークのことは口にしなかったでしょう。そしてこの時使われていたスピーカーケーブルは、絶縁体処理がシンプルで細いNo.1 Conductorであり、だからこそカイザースネークを取り付けることができました。

貝崎さんはこれを直感で、ツイーターに伸びるケーブルのマイナス側、そのスピーカー端子近くの場所に取り付けました。


これは音の構造が根こそぎ変わりました。すべての音域で一気にエネルギーレベルが上がり、音の密度感、躍動感が半端ありません。これは極めて豪華な音で、各ユニットの音が豊かな情報量とともに一体化しています。この段階で、音像の締まり以外すべての項目でフルレンジ一発を凌駕しています。

貝崎さんは「カイザースネークが今日一番効いたね」と満面の笑みを浮かべておられ、自分もまったく同じ感想です。

こんな極めて小さなもの、しかもツイーターケーブルにのみ取り付けて、なぜこんなにも絶大な効果があるのか、その理由は知りようもありません、ただこの事実から推測できるのは、電気というのは動的な波を伴って流れているものではないのかということ。

そしてその動的な波動特性を理解し、完全にその法則に則って線材の経、組み合わせ、撚りピッチを設計したNo.1 Conductorと、同じくその法則に基づいて作られたカイザースネークとの組み合わせだからこそ、こんなにも大きな変化が現れたのでしょう。これが市販スピーカーケーブルだと、ここまで絶大な変化は出てこないものと思われます。


■色々な物を使って音の実験

ここまで書いた音の変化に対する説明は、決して誇張したものではありません。けれどこれを読んで、そんな大きな変化が起きるはずがないと感じる方が自然だと思います。『信じる者は救われる』ならぬ『聴いた者は理解できる』という世界なので、それは致し方ありません。是非一度この音を耳にする機会を持っていただきたいと願います。

このクリニックをした前日、関西からお客さんが来られ、ローゼンクランツのイヤフォンを耳にし、「なぜこんな音がイヤフォンから出るんですか!」と驚愕され、さらにメインシステムの音を聴き、「イヤフォンと同じ音が出ている!」と、再び驚かれたとのことです。

その時と今とではスピーカーから出る音は根こそぎ変わっています。もしその方が再度このシステムの音を耳にしたらどう感じられるでしょうか、そのことに少し興味を持ちました。


■木彫りのフクロウ

細かい調整はまだ続きます。インドの民芸品として有名なフクロウの木彫りの置物を、パワーアンプの上に鎮座させました。この置物にはたくさんの孔(あな)があり、それが空気の流量や加減速面に於いてアナログディレイ的音色変化を生み出す力を持っています。

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これは音全体に温もりが出たように感じます。それはフクロウの持つイメージであり、また置物自体が丸く滑らかな形状なので、その影響が音に反映されたのだと思います。


■伊万里焼きの瀬兵音鏡(せひょうおんきょう)も置いてみました


瀬兵音鏡
■伊万里焼CD音質改善器(瀬兵音鏡)
http://rosenkranz-jp.com/Product/Accessories/sehyoonkyo.html


陶器は土から作られたもの、ということで、一番下のCDトランスポートの上に置くと、どっしりと安定した音になりますが、少し重心が下がり気味です。そこで上から二番目のプリアンプの上に場所を換え、適度なバランスを得ました。これまでよりも音量が上がり、ボーカルが全力で歌い上げているような感じです。

瀬兵音鏡は緻密に設計、デザインされたものなので、その完璧で優等生的資質が音に出ています。


■3憶年前の石墨千枚岩のパワー

続いては石です。これは石墨千枚岩と呼ばれ、ミネラル豊富な太古の海底堆積物が隆起し、山梨県で採掘された3億年前の物で、ネット上では様々な効用がうたわれています。この石を大きさでもって適度に組み合わせ、布袋に入れ、そのいくつかの中から低音に効きそうなズッシリとしたものを選んでウーハーの下に置いてみました。

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この作業は音を鳴らしながら行いましたが、この石の袋をスピーカーの下に入れた瞬間、低音がズンと重く響くのが分かりました。この石から遠赤外線、電磁波、ピラミッドパワー、・・・どんなものが出ているのでしょう。効果があることは確かです。

他の袋を上のスピーカーの下にも置いてみましたが、やりすぎはあまりよくありません。なにごとも適度に、いい塩梅が大切です。いろんな方法で改善の施しをしていくたびに確実に音は変わり、時間の流れとともにその変化は深みを増してきます。これがエージングというものです。

それとともに、最初はまだ十分に馴染んでいないからなのか、音の変化が少し騒がしい方向に行くことがあり、その過剰な明るさは、まるで薬物中毒で躁状態になっている人間のようだとイメージしました。それはシステム全体のエネルギーレベルが極めて高いところまできているので、ほんの少しのアンバランスさも増幅して表現するからだと思われます。


■グラスに入れた水でも実験

水も音に変化を与えるということで、手元のグラスに水を適量入れ、貝崎さんにラックの一番底に置いてもらいました。これも変化があった気がしますが、あまりに微妙でよく分かりません。

水に限らず、すべてのものが音に影響を与えます。それは音だけではなく、見るもの、かぐもの、味わうもの、そして触れるもの、みな同じだと思います。そしてその中で、音が最も微妙な変化を現わしてくれる、そういうことになのでしょう。

クリニックがはじまって長い時間が経ち、音全体がだいぶ完成の方向に向かってきました。その音の完成度が高まるにつれ、シンプルで素性のよい古い録音のもののよさが際立ち、新しい録音の加工された音は、その不自然さも同時に見えてくるようになりました。

ベニー・グッドマンのクラリネットはますます緻密でリアルになり、他の楽器との位置関係が手に取るように感じられ、それぞれが完璧にタイミングを合わせて響いてくるので、まるで生のステージを聴いているかのような臨場感です。

そしてそれでもってうるささを感じさせないのは、生の楽器以外の余計な響きが排除されているからでしょう。それが少しずつ減衰していく余韻の美しさ、無音部分の静けさに表れています。


クリニック終盤は、主に巨匠フランク・シナトラのアルバムを聴きました。

フランク・シナトラ

このアルバムはベスト盤で、各曲の録音時期や状態が異なりますが、曲が進むごとにシステムの状態はアップし、歌と演奏の一体感が高まり、シナトラの囁くように歌う歌の上手さが際立ってきます。

古い録音の音は素直ですが、現在の音作りで使われているエキスパンダーをかけたような人工的ダイナミックレンジの広さや透明感はありません。そこにあるのは生成りの透明感であり、それが自然で優しく体に馴染んできます。

ここで「ちょっとやってみようか」ということで、貝崎さんがツイーターの結線を外しました。これで高音を支えるツイーターなし、カイザースネークなしになります。

この音は、まるで暗く沈んだ葬送曲のようで、まったく聴いていられません。ツイーターを外してもミッドスピーカーはネットワークを通るわけで、それで高音がカットされているから仕方がないと思いましたが、考えてみるとそれは勘違いで、ミッドにはコンデンサーが直列に入っているだけで、低音はカットされても高音はスルーされています。なのになんでこんなにまで音が沈むのか・・・。

それはカイザースネークの張りのある音が抜けてしまったため、数値以上に高音のエネルギー感が減少したのと、やはりいったん伸びやかな高音に耳が慣れてしまった、その影響でしょう。慣れとは本当にすごいものです。そして人間は様々な要素を比較で判断するのだということを感じました。


■政振ステッカー(ローズバイブレーション)

さらに仕上げとして、振動を美しく制御するローズバイブレーションを、ミッドのエンクロージャー中央上部に貼りました。

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このバラの模様が振動を美しく拡散し、裏面の両面テープもそれを助けるようカットの仕方が工夫されています。

これもその形状通り、バラのように美しい女性の声がより一層美しく響きます。音にさらなる色気と表現力が加わりました。

重なった三つのスピーカーは二十年以上前に開発されたもので、今の技術から見ると理想から外れた状態なので、ローズバイブレーションなど何種類かある貼り物でその振動を制御すれば、音はさらに向上するであろうとのことです。それは次回のお楽しみです。


■カイザーラックとブラスプレート

中央に置かれているラックもカイザー理論を具現化したものであり、乗せられた機器の響きを抑えるのではなく、最も美しく自然な響きを得られるように設計されています。その響きは調整可能で、棚板のネジの締め具合だけではなく、各カイザーピッチで開けられた孔にブラスプレートという金属板を取り付け、それを付ける場所、枚数、表裏、上下の方向性、ネジを留める場所、本数、締め具合、まさに無限の要素で振動を制御、生成していきます。

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これは熟練の技と経験、そして特別な感覚を携えた職人のみが行えるものであり、自分はそれをそばで見て、その結果を耳で確かめることしかできません。

ただその法則の中にはシンプルなものがあり、それは取り付けたブラスプレートの枚数が多くなれば響きは豊かになり、プレートの取り付け位置が高ければ高い音に、低ければ低い音に影響が現れるというものです。

これもやはり馴染むのに時間がかります。ブラスプレート取り付け当初は音が少しうるさく感じられ、全体的にアップライトな印象でしたが、時間をかけると落ち着きを増し、音の重心位置も少しずつ下がっていきました。

このラックの支柱にある孔も空気の流れを制御する欠かせない働きをしていて、試しに四本の支柱すべての孔をテープでふさぐと、音は途端に詰まったような面白味のないものになってしまいます。そしてそのテープをすべて剥がしても、しばらくはその影響が残りました。孔を通る空気の流れは回りの空気との関係の中にあり、その全体の流れを取り戻すには時間を要するのでしょう。


不具合のあるスピーカーユニットを交換するという目的ではじまったこのクリニックは、結局はそのユニットを交換することなく、他の様々な改善施策を行い、そこから響く音は劇的と言えるまでに変化しました。

その変化は、後半は曲が進むごとにハッキリ感じ取れるほど大きくなり、それを楽しむかのように試聴を繰り返し、気がつけばクリスマスの午後3時からスタートしたクリニックは翌日の朝6時まで、15時間にも及びました。

この変化の流れはこれからもしばらくは続くだろうとのことであり、また改善ポイントはまだたくさん残されていて、未踏の頂はまだまだ先にありそうです。


■オーディオに求められる実在性(リアリティー)とは・・・

今回感じたことを一言でまとめると、それはオーディオに本来求められるもの、そこにある実在性(リアリティー)とは何かということです。

最近の音楽録音は、省力化、効率化、電子化の流れの中、オーケストラをはじめとする様々な楽器が“打ち込み”と呼ばれる電子音となり、その音はとても豪華でも、実際の生演奏とは異なるもので、人間の聴感覚はその差を敏感に感じ取ります。

マルチトラックレコーディングで音を重ね合わせたものと生一発録りのもの、この違いは完璧に調整されたステレオで聴くと明かであり、この違いが先に述べた時間軸(タイミング)の整合性で、これが音を音楽として聴く上で最も大切な要素であることは、理屈ではなく体感として理解できます。

現代オーディオの求める低歪率、ワイドレンジ化は、それ自体悪くはありませんが、それが結果ではなく、目的として強制的に得られたものであった場合、そこに不自然なものが入り、数値は優秀でも聴感的に満足できないものになる可能性があります。


風鈴のチリーンという音色は誰の耳にも心地よく響きます。(これは角田忠信博士の研究によると、日本人だけとのことですが・・・)もしこの風鈴を振動体としてスピーカーを作ったとしたら、元々の風鈴の音色はきれいに再生できても、他の楽器の音は不自然に鳴らすことしかできないでしょう。

これは少し極端な例えかもしれませんが、現代の物量と技術に頼ったHi-Fi(高忠実度)オーディオとは、こんな強制力をもって組み敷くようなものです。

それと対極にあるのが素材の持つ特性を知り、それを活かすことによって本来の響きを得るという方法です。


カイザーサウンドのメインシステムのスピーカーユニットは、下から20cm、13cm、5cmのコーン型で、下二つは密閉型エンクロージャー、上のツイーターは後面開放で、これがどの程度の再生周波数帯域を持っているかは、少しでもオーディオを知っている人なら容易に想像できるでしょう。

けれどこのシステムで、帯域が狭い、リアリテイーがないと感じることはまったくありません。それはこのシステムを構成するものすべてがその持てる力を十分に発揮しているからであり、それが音楽を聴く喜びに直結しているからです。

よりオカルト的表現を許していただけるなら、それは持てる生命(いのち)活かすということです。それが『あるものをあるがままに活かす』、『その素材の持つ最もいい部分を引き出す』、また音楽でも各楽器間のコンビネーションが大切なように、各素材の特性を知り、それを『互いに最も活かし合う組み合わせを考える』ということだと感じます。

生命あるものにその生命を感じ、それを活かし、光輝かせる、これはオーディオに限らずすべてのものの究極の目的であり、オーディオはその結果を何よりも如実に反映します。

今回の左スピーカーユニットのビリつきは、ユニットの持つ生命がその歪みに耐えかねて、システム全体を代表して叫んでくれた魂の響きだったように感じます。


■人間の持つ聴感覚と音楽の普遍性

今回オーディオ以外で心に残ったもうひとつのことを最後に記します。

クリニック中はたくさんのアルバムを聴き、そこに収められた音楽を様々な角度から味わいました。その中で最も心に残り、お気に入りになった曲が、フランク・シナトラと娘ナンシー・シナトラがデュエットする「Something Stupid」(邦題:恋のひとこと)という曲です。

 
 
この五十年以上前の名曲をこのたび初めて聴き、完全に魅了されてしまいました。カイザーサウドドでの試聴で十回は繰り返し聴いたと思います。特に父シナトラの歌声に寄り添うように低音でハモる娘ナンシーの表現力が素晴らしい。そこには何の気負いや力みも感じられず、ただ淡々とメロディーを口ずさむだけであり、だからこそその中に限りなく深い父娘の情愛が感じられます。

これは日本の伝統文化であるわび、さびの表現と一致するものであり、世阿弥の説く「秘すれば花」の世界です。


クリニックを終えて家に帰り着いたのは午前6時半、そこから眠い目をこすり、家のパソコンでYou Tubeを検索し、再び「Something Stupid」を聴きました。

パソコンのスピーカーから流れる音は、さっきまで聴いていたカイザーサウンドの音とはまったく比較になりません。けれど一度いい音を耳にしているので、それを脳が再現しようとするからか、または貧弱な音ながらもそこでバランスが取れているからなのか、さきほど感じたのとほとんど変わらない感動を覚えます。これが人間の持つ聴感覚の素晴らしさであり、音楽の普遍性ではないのでしょうか。


この音楽の普遍性と、シナトラ、ナンシー父娘の愛の普遍性、この二つがパソコン画面に向かっている自分の胸の中で折り重なり、カイザーサウンドでは流すことのなかった涙が、自然と頬をつたいました。

素晴らしいオーディオシステムは、人間の魂の何かを導く大きな力を持っています。自分も過去オーディオフリークとして過した何十年間は、音からたくさんのことを学ばせてもらいました。今はその道から外れてしまい、普段聴くのはパソコンスピーカーから流れる質素な音のみです。けれど過去蓄積した普遍的な財産は今も消えることはなく、時折このたびのようなその財産を賦活させる経験を積ませていただけるのは、何にも勝る幸せです。

自分にとって音は生命の持つ真理を解き明かす貴重な存在です。

この素晴らしい音に多くの人が触れ、音楽の持つ感動を味わい、より一層心豊かに過していただくことを願います。

2019年12月27日
酒井伸雄
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