2016年05月21日

沖縄のブックカフェで展示「本の風景」

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海津研 個展『本の風景』
5月24日(火)〜6月26日(日)
ブックカフェ・ブッキシュ(西原町棚原83ー1 2F・098‐944‐2760)

火〜土曜日は12:00〜21:00・日曜日は12:00〜18:00・月曜日は定休日


本の好きな人ならきっと、たくさんの本が並んでいる風景を見ただけで、わくわくするのではないでしょうか。そしてその中から選んだ一冊の本の厚み、紙質、表紙の文字や絵の並びなどを眺めながら、その先にある世界を想像して本をひらく・・
この展示では、そんな「本のある風景」や、僕の好きな宮沢賢治の作品をはじめ、沖縄に関連がある本も含めながら、ものがたりなどの「本の内容」をテーマに描いた作品を展示しています。ぜひ、本を読みながらゆっくりとご覧ください。

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kaizuken1 at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)展示 | 沖縄

2016年04月03日

春と修羅

春と修羅

四月になるとその詩句の一節を思いだしてしまうのが、宮沢賢治の「春と修羅」です。
タイトルからも春の詩だ、と分かりますし、詩の中に二回も「四月」という単語が出て来るのです。

いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ

・・・・・

まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ

(宮沢賢治「春と修羅」より抜粋。全文はこちら。
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そして、「おれはひとりの修羅なのだ」という印象的な一節が、自然界も人間界もすべてのものが一挙に明るく動き出すような季節の中で、心のわだかまりを拭いきれないようなこころに響いて来るように思います。

そういえば、

ZYPRESSEN 春のいちれつ

などと詩の中に出て来る「ZYPRESSEN」とは、糸杉のことらしいのですが、イトスギと言えばゴッホの絵に良く描かれているものが有名です。宮沢賢治がゴッホの絵を見ていたかどうかは知りませんが、「いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様」なんていう表現など、詩の複雑で不穏なイメージはどこかゴッホの風景がの雰囲気にも通じるものがあるような気がします。
今日、たまたま見つけた「あけびのつる」が、やはりこの、ゴッホの糸杉みたいに見えたのは、何かの偶然でしょうか。
ゴッホの糸杉あけびのつる

・・・・・・
この絵は、描き上げたら秩父の「ポエトリーカフェ武甲書店」さんへ展示する予定です。
4/10にはこちらで「宮沢賢治を読む集い」があり、僕も参加する予定です。



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2016年04月01日

手賀沼沿いのブックカフェで展示。

そらおよくさかな

4/12(火)〜5/15(日)我孫子のブックカフェ、NORTH LAKE CAFE & BOOKSさんにて展示をさせていただきます。これまでの自分の多くの作品が、手賀沼周辺で生き物を観察することから直接の素材やイメージを得ているところから、手賀沼をテーマに、これまでの作品をまとめつつ、新作としては「人間とその他の生き物の空想的なつながり」をテーマにした絵を展示する予定です。

なお、展示最終日の5/15(日)には、「柳田國男と今和次郎」「災害と妖怪」「蚕」などの著書のある畑中章宏さんによる、トークをして頂けることになっています。

展示情報、トークイベントの予約方法など詳しくは、こちらへお願いします。

kaizuken1 at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)展示 

2016年03月24日

沖縄戦の季節。

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1945年の3/23は、太平洋戦争の沖縄戦で、「ひめゆり学徒隊」として女学生たちが看護要員に動員され、夜に陸軍病院へと向かった日。ひめゆり学徒隊を描いた、資料館製作の「アニメひめゆり」の作品づくりに関わるなかで、繰り返し証言に触れたために覚えてしまった日付けのひとつです。それから3/26に慶良間諸島にアメリカ軍初上陸、4/1に読谷村から本島上陸・・と、ちょうど3ヶ月後の「沖縄慰霊の日」とされている6/23まで、(その後も掃討戦はつづくのですが)あの人はどうしていたんだろう、あの場所はどんなだったんだろう?と、この季節はやはり心がザワザワしてしまいます。
今年は糸満市のひめゆり平和祈念資料館では「学徒隊の引率教師展」が特別展示室で開催されていて、僕の描いた絵も何点か、展示パネルに使われています。
この機会にぜひお立ち寄りください。

kaizuken1 at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)沖縄 

2016年02月22日

本のある風景。

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このところ、読書を通じての人との繋がりが増えて来たなあと思っています。これまでも沖縄の古本屋さんで展示をしたり、一箱古本市にちょこちょこと参加したりして来たのですが、他にも詩の勉強会に参加したり、民俗学の本を書いている方の講演会などに足を運んだりして、本を良く読む人と親しくなる機会が増えているなと。
そんな中で、自分でももっと読書を楽しむために、今年は「本のある風景」をテーマに絵を描いてみたいなあと思っています。ちょうど、4月には地元我孫子で、五月には沖縄で、いずれもブックカフェでの展示の計画がありますし。

imageまた、2/23(火)〜28(日)まで京都で開催されている「本の居場所展」の古本市にも出品しています。これは以前も一度やったのですが、本の内容をイメージした絵を自分で描き、オリジナルの表紙をつけて販売するということを試みています。今回はまだ4冊だけなのですが、様々なジャンルの本にこのような形で絵を描き、たまったらまたどこかで展示などできたらと思っています。こういう形での古本市への参加も、今年は増やして行きたいなあ、と。

kaizuken1 at 23:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 展示

2016年01月02日

夜更かしのメガネザル。

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メガネザルは夜更かしだ、というか夜行性だ・・というわけで、2016年さる年、あけましておめでとうございます。

昨年12月から作品を展示している、秩父のポエトリーカフェ武甲書店さんは、元日からオープンあれているそうで、秩父神社も近くなので初詣も兼ねてお立ち寄り頂けたら嬉しいです。

今年は、あと5月頃に以前から親しくさせていただいている沖縄のブックカフェ、ブッキッシュさんで展示をさせてもらうことになりそうな他、都内や地元我孫子などでも展示を出来たらと思っています。
昨年からちょこちょこと動物をテーマにした絵を描いていますが、今年も、色々な動物や、これまで訪れた場所など、また引き続き宮沢賢治の作品などをテーマにした絵を描いて行けたらと思っています。

それでは、今年も宜しくお願いします。
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kaizuken1 at 21:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 展示

2015年12月17日

秩父ポエトリーカフェで展示。

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秩父のポエトリーカフェ武甲書店 さんでまた絵の展示をさせて頂きます。11月下旬まで展示していた絵を一部入れ替えて、新しい絵や来年の干支にちなんだ絵もあります。1月末までは展示しています。
カフェから秩父神社も近くですし、初詣を兼ねてでも、ぜひお立ち寄りください。
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kaizuken1 at 21:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)展示 

2015年11月25日

沖縄の一箱古本市、今年も参加。

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11/28(土)、沖縄県那覇市のジュンク堂那覇店前の通りで開催される、「沖映通りえきまえ一箱古本市」に今年も参加します。
「一箱古本市」というのは今、けっこう全国各地で開催されているのですが、参加者がダンボール一箱程度の本を持ち寄り、自由に売るというもの。沖映通りの古本市は、企画・運営者にも知人が多かったこともあり、1回目から今回の四回目まで、毎年参加しています。

今回も、あまり準備に時間がかけられなかったのですが、なんとなく「今読みたい本」という観点で何度も読んだ本から、買ったけど読んでなかった本まで、いろいろ持って行きます。こうして、本を選びながら改めて持っていた本に目を通している時間が、また楽しかったりして。

沖縄に行くのも、昨年の古本市以来となってしまったので、色々な方にお会い出来るのを楽しみにしています。

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本以外にも、ミニ額入りの絵など、作品も少し並べる予定です!

kaizuken1 at 22:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)沖縄 

2015年11月09日

ポエトリーカフェさんにて展示

金魚すくい

「金魚すくい」


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「かめ」



9〜10月にも展示をさせて頂いていた、秩父のポエトリーカフェ武甲書店さんにて、11/8(土)より新たに絵の展示をして居ます。
今回は、夏に銀座煉瓦画廊さんで展示をした絵の中からこちらの「金魚すくい」「かめ」など数枚の小さめの絵を選んで展示しています。11/20(金)まででいったん展示は終わりますが、12月中旬からては別の方の展示が入るのですが、また12月中旬から、一部絵を入れ替えて展示させて頂く予定です。

kaizuken1 at 22:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)展示 

2015年11月08日

宮沢賢治と「自己犠牲」

グスコーブドリ

ブドリは、もうじぶんがだれなのか、何をしているのか忘れてしまって、ただぼんやりそれをみつめていました。
「グスコーブドリの伝記」より。





11/8(日)に、秩父のポエトリーカフェ武甲書店さんにて定例の「宮沢賢治を読む集い」がありました。詩人の朱鳥 草さんが主催で、毎回詩と童話を選んで参加者みなで声に出して読みながら作品を鑑賞する集まりです。

この日取りあげられた童話は「オツベルと象」と、数回に分けて鑑賞してきた「グスコーブドリの伝記」だったのですが、「オツベルと象」は声に出して読んでみて、あらためてそのテンポの良さに皆が感心していました。参加者されていた書店オーナーのお母様(90才代!)も「面白くてどんどん読んじゃった」と、ものがたりの中盤からラストまでを一気に読み切ってしまい、参加者を驚かせていました。そして、「白い象は心優しいけれど搾取される労働者の象徴」などと解釈されていました。

個人的には、白い象を助けに来る仲間の象たちが、森の中で碁を打ったりしている、という描写に新たに気付いて、そんな場面を絵に描いてみたいなあ、などと考えていました。

この物語りはやはり、牛飼いという語り手による、という設定がポイントで、白い象にびくびくしながらも虚勢をはってでもその力を操ってみせるオツベルに対して「大したもんだ」と評価をするのも、同業者?としての共感かもしれないなあ、と思いました。物語りの最後に自分の牛に「おや、(一字不明)川へ入っちゃいけないったら」と呼びかけるのも、そんな人と動物の緊張関係のあらわれ、と考えることができるのではないでしょうか。

「グスコーブドリの伝記」は、いつもこれをどう捉えたらよいのか、と考えてしまう物語りであります。それは、最後の結末の設定が、始めからこの結末ありきで書かれている気がするからで、なぜブドリが犠牲にならなければならなかったのか、理由が良く分からないからです。この物語りは、東北地方の飢饉の歴史、凶作の頻発から農民の暮らしを楽にしたい、という切実な願いから書かれたということは良く伝わってくるのですが、まさにその願いをつよく伝えるために、ブドリ自身の命が捧げられていると考えるしかなさそうな気がするのです。

考えてみると、人間が生まれてから、社会の中で様々な役割が与えられることには、他者との関わりの中においてであり、本当の意味で「自分のためだけに」生きている人なんてひとりも居ないのではないだろうか、その中で、宮沢賢治は自分の身体、命をどう「生かそうか」考え続けた人なのだろうと思います。賢治の作品の主題についてよく「自己犠牲」という表現がされるのですが、その「自己」でさえも、他者の存在なくして成立しないものであるならば、それを「犠牲」にして誰かの幸せを願うことが、そんなに特別な事なのだろうか。
ブドリの、そして賢治の願いであり希望だったのは、後世の人びとが自分たちの体験した悲惨を繰り返さずに今よりも幸せに生きてゆくこと。それはどの時代の人びとにとっても共通の、ごくふつうの願いだったのではないでしょうか。
そう考えると、ブドリの解決したいと思った冷害の被害を減らし、飢饉で亡くなる子供をなくすことは、現代では、ブドリの考えた、賢治の描いたのとは違う方法でもある程度、実現されたのではないかとも思えます。それはみんなの中に居た「たくさんのブドリやネリたち」がそうしたのだ、と考えるのはあまりに楽天的でしょうか。
ただ、そのように先人たちの願いの上に、豊かな暮らしを享受している現代のわたしたちは、果たして後世の人びとの幸せをどれだけ想像できるだろうか?と考えると、現代の日本においてそれがかなり困難なことにも思えて来ます。でもその困難の中に希望を持って生きることこそが、この物語りが問いかけて来るものだと思えて来るのです。




kaizuken1 at 23:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)宮沢賢治