2007年11月11日

それは軌跡であり、軌跡。

(mixi の日記からの転載)

昔から調子っぱずれで、雰囲気読めません。
基本、自分のことだけ大事で、他人に興味無くて勝手な性格でした。
しかし、どことなく自覚していたから、自分に優しい人や近づいて来てくれる人が、うれしいけど不思議であり、大事にしなきゃバチがあたるな、とは思っていたのです。

思っていたので、大事にしようという姿勢はあったのだけれど
それほど大事に出来なかった気がします。
特に、若い頃、今も若いけどもっと若くてイタタな頃、人との出会いや付き合いはもっと運命的でドラマチックだと思っていた頃は。
分かってなかったわけです。バカな私にはまだ。

何人もの大事な人に何気なく出会い、何気なくその貴重な時間を存分に楽しんできたのです。
贅沢に浪費し、人並みに別れを惜しみ、だけど新しい出会いとともに、忘れてきた長い年月。

その出会いのありがたさの本当の意味を、改めて知る今日この頃。

奇跡という言葉がありますが、あれは突然降ってわいてくる
宝クジの当たりのようなものではなく、
積み重ねる月日と努力と苦労と信頼と感情とご飯とお酒と、その他数え切れない様々なものの上に訪れる、ちいさな花のようなものなのだと、しみじみと思い知ったり致します。


例えば、苦労して、得にもならないことを成し遂げた後の幸福感。

あるとき、タクシーの運転手さんを主役にしたお芝居を書いて公演を終えたその夜。
帰宅するタクシーの運転手さんが、私の作った登場人物と同じセリフを
同じ雨の中、言っているのを聞いた時。


そしてまた例えば、かつて同じ時間をすごした友達に必然のようにもう一度出会う喜び。

長い道のりをお互い別々に歩んでいるけれど、ふと、道のりの途中で軌道が近づいてくることが、あるんでしょうね。
だけど、別れた人全員にまた会えるわけでもなく、やはり必然なんでしょう。

どこかで会えるという確信はあったよ。

人は結局のところ、一人だから、
他人は自分の一部ではなく、自分も他人の一部ではない。
それを分かっている人こそ、ほんとに人を大事にできるのだと
そう知っていた君は、やはり大事な人だったと思うよ。
ジタバタしていた時期が懐かしい。何かめちゃくちゃだったね。
あんななのにみんな優しかったね。懐かしいよね。
今も変わらないけど。

個人的なメッセージを書こうと思ったけど、やめたやめた。恥ずかしい。
どこかで誰かに何かが伝わればそれで良い。

それは奇跡だし。



kajikajitomomo
posted at 23:30

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