2007年11月26日

monosuki2 杉浦日向子

(mixi日記からの転載)
 
江戸時代を題材にした漫画やエッセイで有名な杉浦氏ですが、私が作品に初めて触れたのは、一昨年お亡くなりになった後のことでした。

ずっとずっと気になっていたのに、どうして読まなかったのか。
「百物語」を手にとって読みながら、そのことばかり後悔しました。
短く、淡々とした掌編漫画を集めたこの作品は、彼女の代表作ですが、
何が素晴らしいって”何気ない”日常にある訳の分からない”もの悲しさ”。それをダイレクトに表現しているところに尽きます。

”何気なさ”を「ダイレクトに」とは何のこっちゃと思われるでしょうが、そうとしか言いようがないのです。

”何気なさ”を、「何となく」、「それっぽく」表現しようとしている作家はたくさんいますが、飽くまでも「何となく」で終わっているものが多いのです。
もしくは、細々と言葉で説明しすぎて雰囲気を壊してしまっているものや、作者の主張が見えすぎるもの。

真夜中に蔵の壁から白い手が生えている話や、遊郭に出る女にしか見えない”フキちゃん”の話。死んだ父が家に来て食事をして帰っていく話。雨の中にたたずむ影を何故だか”女”だと思ってしまう話。

「百物語」は、江戸時代の怪談を元ネタにした話と、創作が半々だそうですが、ほとんどが明確な説明もオチもない不思議な感触の作品です。

しかし、杉浦氏の作品は、「何となく」というような曖昧なものではない、強烈なイメージを読者に与えます。
言葉だけではなく、絵だけではなく、間だけではなく、その全てで
ダイレクトに何かを訴えてくるような、そんな”何気なさ”。

それは杉浦氏が、作品を通して「自分」を語ることをせず、江戸の人々に語らせているからだと思うのです。
江戸の研究家としても有名な彼女だからこその、丁寧に描ける物語の細部。
我の無い、無欲な愛着。そこに、生きた風景がふと浮かんでは消えていく。

同じ空気が、他の作品にも変わらず流れています。
北斎と北斎の娘を描いた「百日紅」も、幕末を描いた「合葬」も派手ではないし、ドキドキハラハラもしない。けれど、何度も何度も読んでしまうのです。知っている話なのにまだ見ていない景色や言葉があるような、次は登場人物たちが違う表情をしているような、そんな気がするのです。生きているんです。

こういう世界を描きたい人は多いけれど、それを面白く描くのは難しいのです。本当に、希有な感性の人だったのだと思います。
46歳の若さでお亡くなりになられたのが惜しまれます。
生きていらっしゃれば、いつか会ってお話がしたかった。

現代の小説は「一人義太夫を延々と聞かされるようで」苦手だとおっしゃっていたそうで、ああもう本当にその通り。
だけど、自分のことを語らずに、何かを伝えるのが今の人間にはなかなかできない。じゃあ黙っていろと言われても、それも難しいのです。

何でこんなにうるさい世の中になってしまったのか、彼女の本を繰り返し読みつつ、思う今日この頃です。




”なんのために生まれてきたのだろう。そんなことを詮索するほど人間はえらくない。三百年も生きれば、すこしはものが解ってくるのだろうけれど、解らせると都合が悪いのか、天命は、百年を越えぬように設定されているらしい。なんのためでもいい、とりあえず生まれてきたから、いまの生があり、そのうちの死がある。それだけのことだ。綺堂の江戸を読むと、いつもそう思う。
 うつくしく、やさしく、おろかなり。そんな時代がかつてあり、人々がいた。そう昔のことではない。私達の記憶の底に、いまも睡っている。
 江戸の昔が懐かしい、あの時代は良かった、とは、わたしたちの圧倒的優位を示す、奢った、おざなりの評価だ。そんな目に江戸は映りやしない。
 私がなぜ江戸に魅せられてやまぬのかを、人に語るのはむずかしい。惚れた男が、相馬の金さんのようなやつだった場合、親きょうだいに、かれをなんと説明したら良いのか。それと同じ気持ちだ。
 いい若いもんで、ぶらぶら暇を持て余している。とくに仕事はない。たまに友達と、ゆすりたかりをする。ちょくちょく呑んで暴れるけれど、喧嘩は弱い。でもかあいい。なによりだれよりかけがえないのだよ。
 私が惚れた「江戸」も、有り体に言えば、そういうやつだ。”


最後に刊行されたエッセイ集
「うつくしく、やさしく、おろかなり」より
(原文は岡本綺堂全集の後書きから)


kajikajitomomo
posted at 22:03

この記事へのコメント

1. Posted by 黒井 菫   2007年11月27日 12:57
杉浦日向子さん。正直そのような方がおられたとは存じませんでした。何気なさを「ダイレクトに」この表現。なんとなく分かるような気がします。「我の無い、無欲な愛着。そこに、生きた風景がふと浮かんでは消えていく」作品を手に取ってみたくなりました。エッセイ集に書かれた「なんのためでもいい、とりあえず生まれてきたから……」と続く文。今これを書きながらも涙ぐんでしまいました。指先は震えています。最近頭具合が悪いのですが、がんばって学校に行ってみよようと思います。失礼をば。
2. Posted by kaji   2007年11月27日 23:06
いいでしょー
杉浦さんの文章は、時々本当に泣けます。
もちろん、普通に面白いモノも多いので是非手にとって読んでみてください。
私も最近まで知らなかったです。でも、必要なものは必要な時に出会うので、どうしたっていつかは出会っていたんだろうなあと思います。
3. Posted by 黒井 菫   2007年11月28日 09:39
ありがとうございました。昨日「一日江戸人」を買って帰り、母上に献上致しました。「お江戸でござる」のファンでもあり、杉浦さんのことが好きだったらしく大変喜んでおられました。漫画家だったとは知らなかったみたいです。私も緻密で可愛いイラストに、にんまりしてしまいました。後で返してもらいます。
4. Posted by kaji   2007年11月29日 01:06
一日江戸人、面白いですよ。
お母さんにあげるなんて、良いことしましたねー
他の江戸本も良いです。文庫になってるのが多いので、買いやすいです。

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