October 28, 2004

アウトロダクション


バックパッキングとしての旅行は実に2年ぶり。出発前日にあんな情報が入ってきたり、行ったら行ったで高山病をはじめとしたハプニングの山・・・何回か行った旅行の中でも今回が一番きつかったかもしれない。でも、これは簡単に他と比べられるものじゃないけど、内容的にはこのチベットは本当にすばらしかった。まだまだ世の中にはこんなところがあるんだな。世界って広いわ。

すでに延長戦気味のおれの学生生活だが、社会人になったら間違いなくこんなことは出来ないだろな。かといって会社を辞めて旅に出るなんてことがおれにできるかどうか。旅行に限らず時間はうまく使わねばと、旅をしている間中ひしひし実感。あと1回か2回、将来では行くのが困難なところになるべく行きたいものです。

この旅もとにかくいい出会いに恵まれました。一人旅とは言うものの、純粋に一人だったら絶対におもしろくもなんともないはず。おれの旅を盛り上げてくれたみんなに心から感謝。どうもありがとう。トゥチャイナ。またいつか、世界のどこかで会いましょう。

thanks to
卓矢 ワンさん キウィ 小川さん 豊くん 千恵 野間さん ミロさん
尚美さん シネ スチ ハルカ セラのナマグサ坊主どもとデプンのお坊様
ツトム コバさん 博子さん トシさん ジョカンの子供たち サトシ ノリ
山本さん 大澤さん ドライバーのおっちゃん 高橋くん 小寺くん 安藤さん
キレーのうんこスタッフども

旅で出会ったすべての人たち

2004年10月28日 梶山啓輔




outro


  

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9月5日


9時起床。起きたら安藤さんはもう出発済み。顔を洗って朝ごはんを買いに行く。外にでると揚げパンのようなものを売っている屋台が。あまりのこんがりした香りに買ってしまう(0.5元)。別の店でパオズも4個。ゲストハウスの庭でのんびり朝食。飛行機は14:10なのでまだ十分時間があるので外をプラプラ散歩。

11時半頃にタクシーで空港へ。成都の空港はなぜか国内線ターミナルがきれいで巨大、一方国際線はまさに地方空港といった感じ。搭乗時刻とかが載っている掲示板がどこにあるのかと思ったら、これが電光掲示板どころかチョークで黒板に書かかれとる。しかも壁に立てかけてるだけだし。

お土産を探すも、空港だっつーのに全くもってろくなものがない。パンダの街なんだからせめてパンダのお菓子くらい用意しとけよ。仕方ないのでものすごくまずそうな、中国語に混じって「後味が尽きない!」なんていう日本語表記のある豆の菓子を購入。後味が尽きないとはいったい・・・

搭乗を待っていると日本人の団体ツアーが。おばあちゃんたちに「ニーハオ」と声をかけられる。いやいや、日本人っすよ。どうもこの旅行で日本人に見られたためしがない。基本的にはおれは韓国人見えるらしい。日本人はたいてい「あ、日本人だったんですかー」とか言うリアクションしてくるし、英語で話しかけてくる日本人までいやがる始末。韓国人が見ても韓国人に見えるというのだからたいしたもんだ。みんなの話を聞くと、どうやら髭がないのが一番影響してるとのこと。確かに日本人旅行者で毎日髭を剃るのはおれくらいのもんだったけどな。

おばあちゃんグループとの話も弾み、お菓子を分けてもらったりする。「私たちは全然高山病なんて平気だったわ〜」などと言う。65歳に負けた・・・

飛行機でいったん北京へ。行きの時と同じく、北京で出国審査をする。さて、ついに勝負のときが来た・・・。果たして2万円がぶっとぶか否か。

ここでまず、早足で通路を歩いて、審査の列の先頭に並ぶという作戦にでた。ビザ切れがばれた場合、列の先頭のやつがいきなりオーバーステイというやっかいな仕事を持ち込んだら、めんどくさがってスルーできるかもしれない、という中国人のめんどくさがりな性格を見込んでのこの作戦。

何食わぬ顔でパスポートを見せ、審査を待つ・・・・、やはり気づかれた。
「おい、ビザはどうしたんだ?15日を越えてるじゃないか」
「そうなんだよ、ネパールに入れなくてさ」
「オーバーステイは一日につき500元の罰金だ」
「いやいや、ネパールに行くつもりがダメになっちゃったんだよ、勘弁してよ」

そした別のブースで審査をしているおっさんに何ごとか相談し始める出国審査官。

「Next time, No」(シッシッと追い払うような仕草付き)

き、きたー!お咎めなし!いいとこあるじゃん、中国人!作戦成功か?!この嬉しさを伝える相手もいなかったので、一人でにやにやしながら出国完了。イェー

9時頃には成田に到着、いよいよ旅も終了し、遂に日本に帰ってきてしまった。思いのほか入国審査と荷物受け取りに時間がかかってしまい、東京駅発の筑波センター行き終バスに間に合わなくなってしまったので、行きと同じく電車でひたち野うしく駅へ。「高山病になった」とメールして以来連絡を取っていなかった両親に無事帰国の電話をいれ、携帯に入っていたメールの返信をする。うーむ、なんだか急激に現実に戻ってきてしまった感が・・・駅に着いたのは12時半にも関わらず後輩を呼び出して車で迎えに来てもらった。すまねえ栗原、ありがとう。

部屋に帰ってきたのは深夜1時過ぎ。そして明日は1限から授業、みたいな。現実戻るにしてももうちょっとリハビリが欲しかったが・・・ここで今回の旅は終了。いや楽しかった。こんなに楽しいものとは、ちょっと忘れかけてたな。
  
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October 18, 2004

9月4日


起きると外はまだ真っ暗。寒い。顔を洗って髭を剃る。だるかった体も、薬を飲んで寝たせいかだいぶ回復。準備は夕べほとんど済ませてあったので、洗面用具をバックパックに詰め込んで準備完了。隣のベッドで寝ていた尚美さんにだけ一声かけて出発。

空港までのバスが出ているバスターミナルへ。さすがにリキシャは走っていないのでタクシーを使う。そういえば初のタクシーか、これ。バスは満席になり次第出発。ここでも外国人は2・3人で、他は漢民族。みんな遠慮なく密閉空間でタバコをふかすのでかなりの苦痛。1時間ほどでゴンカル空港へ。余裕を持ってきたせいか手続きもなんなく済む。

10:30発。飛行機は行きよりも一回り大きいもの。見渡してみるとエコノミーは満室になってるじゃねえか。よく昨日取れたな・・・考えると恐ろしい・・・。なにより気づいたのが昨日でほんと良かった。空港まで気づかなかったら完全アウトだわ、こりゃ。

12時前には成都に到着。ん、やはり空気が重い感じ。湿度が高くてじっとりしてるからなおさらか。とても上着を着てられない。

バスで市内へ。中心地近くで降りて、尚美さんに紹介してもらったsim's cozy guest houseへ。5元で行くと言ったリキシャのドライバーが10元よこせと言ってちょっともめる。あー、めんどくせーから10元持ってけこのヤロー

部屋は2段ベッドが2つの4人部屋。出来たばかりというだけあってめちゃめちゃきれい。部屋もすっきりしてるし、シーツは真っ白だし、荷物棚もあるし、鍵もきちんとしてるし。設備も充実していて、シャワーもきれいでお湯が出るし、ネットも使えるし、漫画もたくさん。成都は三国志で有名な都市だけあって、横山光輝の三国志全巻完備。時間さえあれば沈没しかねないな、ここは。

chengdu昼寝をしたあと外を散歩。成都はいかにも地方都市といった感じ。通りには大きなビルが立ち並ぶなかで、一本路地を曲がると長屋のような家が並んでいて、ちょっと薄汚れたような雰囲気の中で人がゴロゴロしている。雀荘がけっこうあって、上半身裸の男どもが雀宅を囲む。

友達へのお土産を全く買っていないのでデパートを覗く。成都はパンダでも有名ってことでパンダチョコレートでもないか探してみるが見当たらず。お土産になりそうなものはなし。しょうがない、明日ちょっと早めに空港に行って探すか。

夜は同じ部屋の人たちと食事へ。本当のラストディナー。中国語について話していると、「昨日お茶を頼んだら楊枝が出てきたんだよねー」と言う話が出た。さっそくおばちゃんに「チャ、チャ」(日本語の『茶』と発音近い)と頼んでみると、やはり爪楊枝登場。爆笑。

上のベッドの安藤さんという方と遅くまで話し込む。世界中を旅しているだけあって、いろいろなところの生の感想を聞けてとても楽しい。とりあえずオーロラと南極は行っとけ!と。オーロラは近いうちに見るしかねえ

明日はいよいよ日本へ帰国。昼のフライトだから明日は遅くまで寝るぞ。
  
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October 12, 2004

9月3日


泥のように眠った。でもさすがにここ数日はたいして睡眠もとらずに過酷な旅をしていたせいか体調すぐれず。体だるいなー。

まずはキレーでずっと同部屋だったコバさんがシャングリラに出発。リキシャで去っていくのを見送る。さらにノリ・サトシも出発。仲の良かった韓国人たちも出て行ってしまい、もう当初のメンバーは尚美さんくらい。9月に入ったせいか、旅行者の数自体が格段に減った気がする。空いてるベッドもあるし。

昼前にビザの問題をなんとかするべく公安局へ。ガイドブックにはラサではビザに関する業務は行っていないとなっているが、隣のベッドの高橋くんはダメ元で行ってみたところ、なんと一日でビザが延長できたらしい。おれはそれを聞いていたからこそ安心してエベレストまで行ってこれたわけだ。

同じ公安でもビザの申請と発行で扱っている部署が違うらしく、まずは申請所に行って書類を書いてもらう。空いていたので意外とすんなり。そこから20分ほど歩いて発行所へ。が、ここで全く愛想のない、かつものすごい聴きずらい英語をものすごい早口で喋るお姉さんに「書類が足りないから戻ってとってきな」とバッサリ。なんだよー

また20分かけて申請所へ。書類が足りないと伝えたところ、これまた無表情のおっさん「いまは順番待ちだ。4日後まで無理だ」と言いやがる。待て待て、さっきのは何だったんだよ。それに明日もうラサを出発しちゃうんだって。「なら次の街で申請すればいい」成都にも1日しかいなくて帰国するんすが・・・「ならインポッシブルだ。」友達は一日で取得できてたぞ!なんでおれはダメなんだよ!「今は混んでるんだ。インポッシブル。」じゃあおれはどうしたらいいのさ?「知らん。インポッシブル。」頼むよおっさん、なんとか今日中にできないの?「インポッシブル。」

と、インポッシブルという単語で切り刻まれてしまった。いたた・・・「じゃあ成都でトライしてみるか」とも思ったが、考えてみたら明日は土曜日。当然公安はお休み。ハイおしまい。

もうこうなったら出国審査の見落としに期待するしかない。期待薄だが・・・そうなったら罰金は2000元(30000円)。一応銀行で両替しとかねば。あー、めんどくせー

だるい体で歩き回ったので疲労してホテルへ戻って少し休憩。疲れたぁ。ここで、何気なく明日のラサ⇒成都の航空券を眺めてみた。と、驚愕の事実発見・・・やばい、departure dateがなぜか9月21日になってやがるぞ・・・焦る。焦りまくる。これはしゃれにならん。帰れないじゃねえか。

キレーの旅行社に駆け込むも担当者はおらず、ホテル中を探し回る。外出していたらアウトだが、中庭でカップラーメンを食っているところを発見。詰め寄る。「おい、おれは4日のチケットと言ったよな?!なんだこの日付は!どういうことだおい!」さすがにおれもいっぱいいっぱい。このチケットが使えなかった時点で確実に5日に帰国は不可能。大学ではすでに授業が始まっているので、これ以上休むわけにもいかないし、研究グループにも迷惑がかかってしまう。
そいつもやばさを察知したのか、すぐに車で出て行った。頼むよほんと・・・

まあちゃんとチケットもらった時点でチェックしていなかったおれにも問題あるんだけどね。やっぱこういうのはきちんとしとかないとダメだな。結局無事に明日の日付に変更することができました。あー、助かった。胃がいてえ。

lhasaお土産を全然買っていないのでジョカンへ。ぶらぶら歩いてマニ車などを購入。そのまま両替をするために銀行へ向かう。で、この道中、北京路というかなり賑やかな通りを歩いていたのだが、ふっと肩掛け風に背負っているヒップバックが引っ張られたような感覚が。後ろを振り向いてみると白いシャツを着た中国人。一瞬目があうと走っていってしまった。そしてなんとバッグが半分開けられているじゃないか。道端に座って念仏を唱えていたおばあさんが「あの男があんたのかばん開けようとしていたんだよ!」というようなジェスチャーをしている。スリか!中にはデジカメ入ってんだぞ!焦って中身を確認。幸い唯一の高級品であるデジカメは無事で、どうやら他の被害もなし。肝心の男はというと、とっくに視界から消えてしまっていた。

陸上競技で鍛えた鬼の反射神経(?)でスリを凌駕してやったわけだが、さすがにこれは血の気が引いたわ。財布はチェーンをしてあるし、パスポート・TC類は腹巻の中なので問題ないが、デジカメ取られてここまでの写真なくなったと思うと・・・

ビザ・航空券・スリ、今日はなんという一日だ・・・日本でもこんな致命的なことが重なるなんて滅多になかろう。おれのチベットは高山病に始まりスリに終わるか・・・ハードな旅行っす。

夜は卓矢に同部屋の高橋くん・小寺くんを加えてラストディナー。余った料理を靴磨きの少年に分けてあげる(レストランにいると靴磨きや物売りが堂々と入ってきて飛び入り営業を行う)。おそらく10歳にもなっていないような小さい少年。きっとこれだけで暮らしているのだろう。食べ終わると慣れた手つきでタバコをふかす。彼らはおれらとは全く別次元で、奇麗事なんてない世界を生きているのだろう。行き抜いているという感じか。なんとたくましい。

部屋の連中と惜別の会話をしつつ、たいして物は買っていないはずなのに膨れ上がった荷物をバックパックに詰め込む。いよいよ明日チベットを離れるのか。ここにきてやり残したことが山のようにあるような無いような。もっとここにいたいというのが正直なところか。

明日は5時半起き。しっかり起きねば。
  
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October 08, 2004

9月2日


おっちゃんに8時半出発だと言われていたので7時半起床。まだ薄暗いが、ホテルの正面にある大きなお寺からチベット音楽の「ブオー」という重低音が聞こえ、なんともいい感じな目覚め。どうやら深夜から朝にかけては電気が使えないらしく、廊下とトイレは真っ暗なため懐中電灯片手にトイレ・歯磨き。でもここは水洗だからまだいいな。同じ真っ暗でも、エベレストBC、ラツェ、ナムツォは正に床に長方形の穴が開いているだけだったので、足元を踏み外したら完全アウト。風が強いBCではその長方形から上昇気流があがってくる始末だったもんな。

eve41山本さんと大澤さん、完全に寝坊。2人を待つ間少し時間ができたためシガツェを散歩する。シガツェもちょっと前までは道路も未舗装の田舎町だったらしいが、今では道は舗装され、鉄筋の建物が建てられてりしている。ここもあっという間にラサのようになってしまうんだろうか。写真屋のポスターがなぜか小倉優子だった。朝食はパオズとお粥。お粥は日本でもそうだけど、味がなさ過ぎてどうにも苦手。

eve42eve43帰り道は行きでも通った道だが全く飽きない。途中で休憩したところはまたしても素晴らしい川辺だった。ねずみなのかリスなのか、ちっこい動物が何匹もちょろちょろ駆け回っていた。峠にある小さなチベット料理店で昼食。チベット風カレーを食べる。チベットにカレーというイメージは無かったが、やはりネパールが近いせいなのかな。他にもカレー風の味付けの料理もあるし。当然肉はヤクだった。

eve45eve46相変わらず車の調子は上がってこず、1・2時間に一度はおっちゃんがボンネットを開けてエンジンルームをいじる。途中、なんとこんな道で渋滞が。原因はトラックのタイヤが砂利道をうまく噛めずにタイヤが空回転していたため。行きでもタンクローリーが深い溝に片輪取られてりしてて、もしこんなとこで動けなくなってしまったらと思うと・・・恐ろしや。ランクル君、頑張ってくれよ。



eve47eve48ラサまであと2・3時間ほどのところで、おっちゃんが知り合いの遊牧民のところに寄ったため、おれらもその遊牧民のテントにお邪魔させてもらった。ここまでたまに見ては気になっていたテントの中に遂に潜入。中には夫婦とおばあちゃん、子供が5・6人。子供は他のテントの子が遊びに来ていたりしていたらしいので正確な家族の人数は分からないが、それでもこの狭いテントの中に一家族が暮らしているのか。どうやって寝てるんだ?ってくらいの狭さ。

中央にストーブがあって周囲に家具が並ぶと言うエベレストBCと同じスタイル。なんとこのテントはヤクの毛で編んだものらしい。すげえ、こんなとこまでヤクが絡んでるんだなー。でも編み目はけっこう荒く、うっすら外が見える。これ雨降ったら入ってくるんでない?と聞いたら、ヤクの毛は油分が多いので雨をはじいてくれる、とのこと。なんだか生活のすべてがチベットで生きるための術にフィットしていて、きっとこれが本来人間が持っていたスタイルなのだろうと思わされてしまう。

eve49バター茶をごちそうになる。が、ここのバター茶はきつかった・・・正直まずい。でも家に上がりこんでお茶をもらって無作法にしてるわけにもいかねぇ。口は「まずいまずい」と言いつつ、顔はジャパニーズスマイルで乗り切る。ここでもデジカメが大活躍。子供たちは興味深々。でもきっとあまり写真に撮られたことがないのだろう、カメラを向けても表情はカチコチ、ものすごい緊張している。

1時間ほどゆっくりさせてもらっておいとまする。おっちゃんのおかげでものすごいいい経験できた。最高。おっちゃんありがとう。やっぱこのおっちゃんを選んだことは正解だな。

ラサが近づくにつれなんとなく祭のあとのような感覚に。もう終わっちゃったのかーという寂しさがある。修学旅行の帰り道みたいな。おれの場合、帰国が3日後に迫っていたからなおさらだな。

ラサに入ってから車の調子はさらに悪化。自動車部品店のようなところに立ち寄る。が、おっちゃんがしばらく店員と話した後、怒り心頭で帰ってきた。どうしたのかと思ったら、どうやら出発前に部品の交換を頼んでその分のお金も払ったらしいが、実際にはちょっといじっただけで部品は交換されていなかったらしい。旅の途中から車の調子が悪くなったのもそのせいとのこと。怒りをあらわにするおっちゃん。「ハンズどもが!だからあいつら信用できねえんだ!絶対明日また文句言ってやる!ハンズが!」ハンズとは漢民族のこと。その後も「ハンズ」を連発。あらら・・・やっぱりチベット人は漢民族嫌いなのね。

なんとかホテルまで無事に帰宅。おっちゃんほんとにありがとう。お疲れさまでした。再びキレーの205号室にチェックイン。またこのうんこの館に帰ってきてしまったか。

夜は卓矢も交えて打ち上げ開催。お店で飲んだ後もキレーでラサビールをビンでラッパする。こっちに来て一番飲んでるな。楽しいぜー。

そして12時をまわった時点でおれのビザは終了、めでたく不法滞在者となっちまいました。
  
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October 05, 2004

9月1日


一応6時起床も夕べは眠りがものすごく浅く、何回も目が覚めてしまった。みんなもそうだったらしく、おそらくこの寒さと酸素の薄さのせいだろう。何回か夢を見たが、すべてエベレストが見れないというものだった。うーむ、正夢にはなるまいな。

しかし残念ながら外に出てみると夢の通り、エベレストの周りは厚い雲で覆われていた・・・雲は少しずつ動いていたので、一瞬でも全景が見えるチャンスを見逃すまいと極寒の中で震えながら耐えて待つ。

2時間ほど粘るが風が舞ってしまって、晴れそうかと思いきや別の雲に覆われてしまい一向にエベレストはその姿を見せてくれない。おっちゃんに10時までにはロンボクに戻ってくるように言われていたので、刻々とリミットが迫る。その間、朝ごはんにリンゴを丸かじりして、アンモナイトの化石の値段交渉したりする。このあたりは昔は海なので、化石がワンサカとれるらしい。日本では考えられないような値段の化石がテントの中に無造作に転がっている。荷物にならない程度の小さなアンモナイトと三葉虫の化石を4個、5〜10元(75〜150円)ほどで購入。これはいいお土産買えたな。

太陽は出てきたものの、依然としてエベレストは雲の中。時間は10時を回ってしまったのでやむなく出発することに(すでに時間オーバー)。ここで、ベースキャンプにある郵便局が開いているのを発見。富士山の山頂のように、ここにもなんと高度5300mの郵便局があるのです。これは試してみるしかねえと思い、みんなで急いで絵葉書に一筆。全部まとめて19元。これまたおもしろい。(ちなみに葉書が着いたのは3週間後でした)

eve31ここでいよいよ出発と郵便局から出る。と、なんとエベレストが見えてるではないか!背景が雲で白いため美しくとまではいかないが、全体像は十二分にはっきりと見える。す、すげえ、これがエベレスト・・・やったよホント。こんなに興奮したのっていつ以来だろう。感無量とはこのことか。他の山とは全く違った迫力と存在感。そうだよ、おれはこれが見たくてここまで来たんだよ。これでもうチベット旅行に思い残すことはないね。胸張って帰れる。

と、感動に浸っているのもつかの間、おっちゃんに言われていた10時はとっくに過ぎてしまい、11時になろうとしていた。ロンボクまで徒歩では2時間、馬車はこちら側にはない。うーむ・・・。と、キャンプのチベット人に「バイクで送っていってやるよ」と持ちかけられる。かなり焦っていたので考える間もなく20元で交渉成立。これなら10分で着ける。

eve32が、この帰り道は昨日のずぶぬれ馬車以上にデンジャーだった。ってかおれのチベット人ドライバーが馬鹿野郎だった。足もとは一応道にはなっているものの舗装もされていない土と砂の混じった悪路、すぐ左側は切り立った崖。その下は大きな川。そんな道をその馬鹿野郎は80km以上のスピードで爆走しやがったのだ。当然ヘルメットなんか被っているはずがなく、走れば土煙が舞うような道なので、ちょっとバランスを崩せば転倒してしまいそう。そのときは「転倒⇒谷に落下⇒エベレストの土へ」という道が開けてしまうだろう。そんなおれの思いを逆撫でするかのごとく、その馬鹿はカーブにもひるむことなく、高速で突っ込んでいく。落下のイメージが確固たるものとなっていく。

eve33一応必死の形相でアピールしてみるも言葉は全く通じない。「おい!ちょっとマジ死ぬって!おい!スロースロー!!」「イエィ!ヒュー!」通じないどころかこいつはおれが「にいちゃん最高だぜこのスピード!」と言ってるとでも思ってしまったらしい。「馬鹿コラ!止めろ!死ぬって!死ぬって!」「ヒューヒュー!!」おれ死ぬな・・・


幸いにして断トツ一番乗りで無事にロンボクに戻ってくることができた。久しぶりに人間をグーで殴りたいと心底思った。

eve34eve35おっちゃんにせかされてロンボク寺を出発。さらばエベレスト。いいものを見せてもらった。こんなの見てしまったら「そこに山があるから」と言って登りたくなる気持ちも分からなくないな。あの山のてんっぺん行けたら間違いなく気持ちいいわ。

帰りは来た道をひたすら戻る。昨日はラツェから来たのだが、おっちゃんの提案で今日はロンボクから一気にシガツェまで行ってしまうことに。かなりの距離だけど大丈夫なのかな。

eve36ヒマラヤ山脈が見渡せる峠を越えた辺りから車の調子がだんだんおかしくなっていく。行きでも何回かボンネット開けていじっていたが、どうやらエンジンにうまくガソリンが供給できていないらしい。でもおっちゃんがかなりメカニックが分かるようで、その辺りはおれはかなり安心してみていられた。車も85年製と古いが、その分構造が単純で、きっと素人が修理しやすいのだろう。


eve37峠を越えた後の下り道から見える山は地層がとてもきれい。これだけ縦に傾いている地層は初めて見た。チベットの気候があってこそここまできれいに保存されてきたんだろなー。中には円形に捻じ曲がった地層まである。すげえな。



eve38eve39帰りも相変わらず豪快な景色が広がる。途中の川辺で休憩。水がものすごく澄んでいる。昨日は顔も手も洗っていないのでここで顔を洗う。すっきり。ラサで買ってきたスイカをみんなで食べた。BGMは川の音。最高。

ところがシガツェはまだまだだと言うのに、悪い予感が的中、日が暮れて真っ暗になってしまった。時折ある村の小さな明かり以外は街灯なんぞは全くないので、ライトの照らす光以外は本当の真っ暗闇の中を進む。

行きでは干上がった川の中を突き進んだりしたのだが、夕べの雨のせいで川には水が流れている。そしてその川に突っ込むおっちゃん。おいおい、大丈夫か・・・道ではないのでどこを進んだらいいのか分からない上に、このランクルのライト程度では目指す先まで光が届かない。ここはさすがにみんな不安で、車の中も沈黙状態。

しかしやはりおっちゃんはプロだった。見えない道でも足元さえ分かれば進行方向がつかめるらしい。芸術的なハンドルさばきで川の深みを避けていく。無事に道路にリカバリーすることができた。これには一堂拍手。すげえ。

シガツェに着いたのは12時近く。おっちゃんの紹介でちょっと豪華なホテルに格安でチェックイン。ようやく晩御飯にもありつけた。さらにさらに、念願のシャワーも浴びることができた。4日ぶりのシャワーは感動的だった。ダブで洗顔したら顔がツルツルに。おれの顔ってほんとはけっこうツルツルだったんだな。

日本と似たような健康器具の通販の番組を見つつ、ふかふかのベッドに入り込む。弾力があって湿っていない枕。感動。山手線ゲームで朝青龍の物まねとかさせられつつ就寝。最高の一日だった。
  
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October 01, 2004

8月31日


7時起床。ゲストハウスのレストランでトーストを頼むも、普通の食パンが出てきたがまあ気にしない。8時出発。ラツェの街は街灯が全くないため昨日はどんな街なのか全く分からなかったが、意外と商店や中華料理屋もあって田舎町という雰囲気がプンプンする。5分ほど運転すると家屋は見えなくなり、再び大自然が広がりだした。

eve21相変わらず朝は天気が悪いが、例によって今日もしばらくすると青空が見え始めた。2時間ほど谷を流れる川沿いの道を進む。ここの川+山+空のコントラストは素晴らしい。この景色は今まで見た中でもベスト3には入るな。ロード・オブ・ザ・リングの景色(撮影はニュージーランドでとのこと)に近いものがあるが、それをもっと荒々しくした感じ。力強い。


eve22そこを抜けると小さな街に到着。ここではエベレストへの入山証を取得する。車一台400元、さらに一人につき65元。手続きはおっちゃんがすべてやってくれたので、おれらはお茶を飲みつつのんびりしていた。この街はおそらく入山証のために作られたのだろう。町並みが人工的で、すごく埃っぽい。昔ながらという雰囲気は感じられない。川沿いには大量のゴミが散乱していた。

中国人はあまりゴミをゴミ箱に捨てるという感覚を持っていない。ところ構わずその辺にポイ。ゴミ箱があるのに利用しないんだからどうしたもんだかね。野良犬やカラスの多い日本では考えられない。

そういえばチベットに来て以来、どこを歩いてもずっと違和感を感じていたのだが、どうやらそれが「鳥が少ない」ことだと最近気づき始めた。たまにスズメを見かけることもあるが、群れで飛んでいるのは見たことがない。高地だっていうのも関係あるのかな。大量の鳥が群れをなしているつくばから来た身としては、違和感がどうしても感じられてしまう。

eve23eve241時間ほどでおっちゃんは戻ってきた。ここから大きな峠を越える。山といっても木は全くなく、大きな凹凸のない平べったい山なので、頂上から足元がきれいに見える。この峠の道はチベット版いろは坂といったところか。おそらくこの峠で標高6000m近いと思うが、ここまで来ると本当に空が近いことが実感できる。空気が薄いせいか空が真っ青で、空自体がせまってきているような感覚になる。

峠のてっぺんからはエベレストを含めた7000m超えのヒマラヤ山脈が見えるらしいが、おれらが着いたときはヒマラヤ山脈の部分だけがっちりと雲で覆われていた。さらに途中でヤクホテルに滞在していた日本人グループのランクルと遭遇したが、エベレストは一応見えはしたもののイマイチだったとのこと。おいおい、大丈夫か・・・しかしおっちゃんは「おれが車を出したときは見えなかったことはねぇんだ!」と自信満々。今はこの自信を信じるしかないか。

eve2114時過ぎに宿泊予定地であるロンボク寺に到着。ここからエベレストのベースキャンプまでは車は立ち入り禁止なので馬車で移動。以前は車でも入れたってことは、おそらくここらの馬を持っている人たちに産業を興すための立ち入り禁止なのだろう。馬を使わざるを得なくなれば、それだけ懐は暖かくなるわけだしな。

2台の馬車に乗り分けてベースキャンプを目指す。しかしおれの乗った馬車の遅いこと遅いこと。もう一台はあっという間に見えなくなった。坂道に至っては馬が馬車を引くことができなくなってしまい、馬車のドライバーが重量を減らすべく降りて馬を引く始末。おいおい、これじゃ歩くのと変わらないじゃねーか。本来なら1時間で着くところをハルウララ君はたっぷり1時間半以上かけて到着。

eve28そしてついにエベレストと対面となったわけだが、残念ながら雲は晴れず、時折わずかに雲の切れ目から見えるのみ。(写真では中央付近の雲の隙間に見えるのがエベレスト)キャンプの人は「明日はたぶん大丈夫だよ」と言う。ここはこの人たちの長年の経験を信じるしかないな。っていつでもそう言ってたりして。

当初の予定ではロンボク寺の招待所に泊まる予定だったが、どうやら観光客もベースキャンプに泊まれるとのこと。明日の早朝からエベレストを見るためにも予定変更してこちらに泊まることにした。

おっちゃんにそのことを伝えて、荷物と食料をとってくるためおれと大澤さんだけ馬車でロンボクへと引き返す。帰りはハルウララくんは使わなかったのでかなり快速だった。しかし今度は快速すぎた。下り坂でも遠慮なくすっとばしていくもんだから振動直撃。内臓・関節・腰と、あっちこっちが痛くなる。同じ車でもランクルとはサスペンションの有無でこうも違うものか・・・

しかし戻ったものの問題発生。どうやら夜になったので馬車営業のボスである公安の人間が帰ってしまったらしく、彼の許可なく馬車は出せないというのだ。おそらく違反がばれたらそれなりの罰則があるのだろう。しかも雨まで降り出してきた。しかしここは大澤さんの語学力で悪状況回避。賄賂を払ってなんとか馬車を出してもらえることになった。ふー、助かったー。おれだけだったら回避できた自信はないっす。助かりましたありがとう。

ところが馬車に乗ったは乗ったでまた問題が。一応ビニールシートでほろはついているものの、強くなってきた雨がようしゃなく馬車の中に入り込んでくる。あっという間にずぶぬれ。さらには途中で雨がミゾレ交じりになってきた。このとき気温は5℃。この寒さで雨に打たれるって、おい。凍えた。後半は会話をする気力も失せ、二人でひたすら寒さに耐える。

eve26eve29やっとの思いで到着したテントにはストーブと暖かいお茶が!素晴らしい!地獄に仏とはこのことか。しかもテントでは食事まで出してくれた。非常食のつもりだったのでかなり嬉しい。料金もナムツォとは違いそこまで高くない。宿泊費も10元だし、なかなか好印象。おれらの隣では三浦雄一郎のシェルパ(登山ガイド)をした人が酒を飲んでいた。その人いわく、野口健は女性方面においては相当しょうもない男らしい。まあ真偽は分からんが。

テントの中は電球はついていた。どうやら昼に発電した太陽電池をバイク用のバッテリーに貯めておいて、それを使っているみたいだ。チベットの小さな村にはいろんな所でソーラーパネルが見ることができて、エネルギーを勉強してるおれにとってはなかなか興味深い。さらにこのテントではストーブの燃料も木や灯油ではなく山羊やヤクの糞を使っている。話は聞いていたが、実際に使っているのは始めてみた。バイオマス燃料か。おもしろいなー

お菓子をつまみつつ、お茶を飲みながら遅くまで下らない話をする。テントの中にはビールもあったが、さすがに高度5700mでビールを飲むのはちょっとね。あっという間に体がおかしくなりそうだ。

ストーブが消えてしまうとテントの中とはいえ寒い。ラサでレンタルしてきたダウンジャケットを着て、同じくラサで購入したタイツをパンツの下に履いて、毛布を2枚かけて就寝。チャンスは明日の朝しかない。頼む、エベレスト見えてくれ。
   
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