五輪エンブレムの盗作問題が騒がれたのは記憶に新しいですが、今度は歌詞の盗作がワイドショーを賑わしています。日曜日のワイドナショーでも取り上げられていました。ミスチル「抱きしめたい」と平浩二「ぬくもり」の歌詞をはじめて見ましたが、ほぼ全編同じでしたね。完全なコピーです。ここまで似ると、盗作とは違う次元の問題のように思えるのですが、真相はどうなんでしょうか。

小説家による盗作問題で、先に山崎豊子の例を挙げました。今回は、バイオレンス小説のパイオニア、大藪春彦を。

大藪春彦は、学生作家としてデビューしました。早大在学中に、ガリ版の同人誌「青炎」に「野獣死すべし」を発表。これが江戸川乱歩に認められて作家になりました。

伊達邦彦という、これまで日本の小説に存在しなかったダークなヒーローを創出、これが若い人の圧倒的な支持を受けて人気作家に。当然、注文が殺到します。

この人は遅筆で有名でした。書くのが苦しい、と吉行淳之介との対談で告白したことがあります。が、編集者に尻を叩かれ、書かざるを得ません。人気作家の宿命でしょうか。

大藪春彦は学生時代から、アメリカのペーパーバックスを原書で読んでいました。締切に間に合わないとき、頭に刷り込まれたペーパーバックスの一部が浮かぶのは当然でしょう。翻訳されていないアメリカの小説。意識的か、無意識のうちにか、引用してしまいます。これが盗作ではないか、と指摘されました。

世の中は広いものです。編集者は知らなくても、読者の中には、同じ原書を読んでいる人がいたんですね。人気作家ですから、マスコミが大々的に取り上げます。こういうことが2度、ありました。

「週刊文春」は、二流作家は2度盗作する、と書きたてました。一方、新潮社は不問にし、「週刊新潮」に「血の来訪者」や「探偵事務所23」を連載させています。大手出版社の対応が分かれたわけです。

人気作家ですから、2度の盗作騒ぎで抹殺されることはありませんでした。最後まで執筆活動を続けたわけです。晩年は、江戸川乱歩賞の選考委員も務めていましたね。余談ですが、この人の選後評を何回か読んだことがあります。非常に柔軟な感性を持っていました。新しい作家を発掘し、育てようという暖かさがあって、感心したのを覚えています。

あらゆる分野で、盗作問題は起きえます。これだけ先人の作品が氾濫している現在、もはや独創的な創作は不可能、と思えるからです。「芸術は模倣からはじまる」