先日都電13号系統跡の一部の路線跡を歩いてきた。
都電は現在の荒川線(早稲田〜三ノ輪)を残して、全て廃線になって久しい。
大東京の車社会の影響であの懐かしい姿が無くなった。
都電廃線跡を歩くというと、気の遠くなる道楽なので、廃線跡が散歩道として残されたものの一つ13号系統路線跡・新宿を歩いた。
都庁にお邪魔して、若干の資料を頂いたのでまずその羅列から始めて行くことにしよう。では、懐かしい写真や資料の羅列から。

                                     都電昔01
いま時局を賑わせている国会正面。
11号系統が走っている。
新宿駅前から両国駅前まで走っていたものである。




昭和一ケタ台〜37年前後の新宿近辺の様子など、今と比較しての変遷をご覧頂きたい。当時から都市化の進捗に伴って、線路の敷設変えなどの大工事が行われていたようだ。
今回の廃線歩きと関係ないことだが、京王線が新宿南口前を通って、いままだ存在する京王ビルまで通線されていたが、電圧の関係で、甲州街道をまたぐ陸橋を上がれなくなった・・・・という下りは、今では理解できないことだ。
2枚の地図で、京王線のルートをご参照。
都電昔02都電昔03都電昔04





13号系統の路線図とその資料。
都電昔07
都電昔06





都電昔05






今回歩いたのはこの13号路線の一部。以下写真の羅列に過ぎないが、抜弁天から青梅街道(市役所通り手前)までのルート。
新宿文化センター担っている場所は、当時の車庫。
新宿7丁目から青梅街道までの遊歩道は、線路跡。

13号線0000
この写真の●点ルートが、歩いた道。
途中には、新宿ゴールデン街と交差していて、昼間と夜の通行人はいろんな意味で異なっていると思う。
お断りとして、この歩いたルートが13号系統路線であったのか、単なる引込み線だったのかが、確認できなかった。上掲の資料によると、13号系統路線は、伊勢丹脇を左折となっており、歩いたルートは大久保車庫引込み線と表示されている。
また別の資料では、新田裏・大久保車庫前の路線が示されている。





スタート地点=抜弁天〜新宿文化センター通り
向かって左の道を歩いて行く。 細い道で一通。引込み線も単線だったのではないかと類推できる。
13号線001813号線001713号線0016
















右に左に傾斜し進んでいくと新宿文化センター前に。
ここが車庫だったということにうなずける。
13号線001513号線001413号線0013
















新宿文化センター前を過ぎ、明治通り交差点に近づく。
右のは写真は某食品会社。その右側が廃線跡の新宿文化センター通り。
13号線001213号線001113号線0011-1






明治通りとの交差点は
左に池袋方面
右に渋谷方面









交差点を杉歌舞伎町方面に入ってきた。
新宿遊歩道公園=廃線跡のプロムナード入り口を示す標識とその入り口風景
13号線001013号線000913号線0008
















暫くこういう風景の中を歩く。途中ゴールデン街との交差点、飲み屋街が隣接している。ゴールデン街を抜けていくと、花園神社。11月のお酉さんでは人出で賑わうところ。
13号線000713号線000613号線0005
















そろそろ青梅街道が近づく。

13号線000413号線000313号線0002







13号線0001このプロムナードの正式名称は「新宿遊歩道公園四季の道」という。






13号線0001-1青梅街道に出る。
向かって右が、今歩いてきた遊歩道。
左側が、区役所通り。

都電はここ遊歩道に入っていったのである。