2007年02月03日

今日はサイクリングのついでに史跡巡りしました。

雨宮の渡し跡の碑


上杉謙信は武田軍の夜襲の裏を掻くべく妻女山の本陣に煌々と大篝火を焚かせて、あたかも未だに夜営しているが如くに偽装させます。そして数千もの上杉軍 は月明かりの無い漆黒の山中をたいまつも持たずに下り、人馬とも物音一つさせずに千曲川の 雨宮の渡しを渡河したと言われています。

頼山陽の詩「川中島合戦」



こちらは妻女山展望台からの眺望です。







川中島合戦のとき、上杉謙信が陣営を設けた山で、この平地は陣場平、その南西は千人窪と称し、伏兵千人を潜ませたと伝えられている。川中島平は一眺の中に入り、海津城の動静を伺い得る地である。
永禄4年9月夜、山を下り雨の宮の渡しを渡ったのが、かの有名な「鞭声粛々…」の詩となり、また「西条山は霧ふかし、筑摩の河は浪あらし…」と学校唱歌などにうたわれている。







(15:44)

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