手塚社長のひとりごと

2002年に隅田川が眼下に見える事務所でスタート。その後2013年には新潟にも事務所をおいています。新潟市西蒲区でのお米作りは一旦休止中。2024年に本社を移転。 日々の様々を書きます。

何でもやってみないと気がすまない性格で、社会人になってから大学院に通い、法政大学大学院公共政策研究科博士後期課程を2017年3月で満了。新潟では田んぼを借りて、4年間お米作りをしました。全国の農家さんを紹介する、食べもの付情報誌「旅する食べる通信」の取材で全国に出没。(詳しくはこちら https://sites.google.com/view/tabisuru/

将来、やりたいことが見つからない・・・
という大学生は少なくない。
「先生(←私のこと)は色々やりたいことをやっていますが、目標があったのですか?」
と、あるとき授業中に学生から質問された。

私はいつも行き当たりばったりで、計画性がないことは自認している。
っていうか、突然「やってみたい」と思うことが出てきたり、
「その道を選ぶしかない」場面に遭遇するのだ。

そしてここ数年、何がしたいかわからない状態が続いている・・・
ただ一つ、変わらないのが「書きつづけたい」という気持ち。
そうは言っても、趣味で書きたいわけではない。
「書く」ことがどうやったら「仕事」になるのか、わからないまま数年が経過している。

数年かー。数年もグダグダしているのかー。
調べてみたら、私はここ10年余で約90人ものインタビューを書きまとめていたことが分かった。

今日、あるメルマガ配信の記事を読んで、ちょっとパワーをもらった。
何か書いてみよう。
というわけで、noteの準備を開始!スタートしたらお知らせします♪

余談
10代〜20代に私がなりたかった職業。

「スチュワーデスさんになりたい」と思っていた中学生時代。
飛行機に乗ったこともなかったのに、どうしてそう思ったのかは不明。
しかし、中学〜高校時代の英語の成績が壊滅的で、選択の余地なく子どもの頃の夢を諦めた。

大学生になる頃は「アナウンサーになりたい」と思うようになった。
とはいえ、そう簡単になれるものではいと心のどこかでは気がついていて、「税理士」という現実的な仕事も予備に考えていた。
「税理士」を予備にするなんて、なんて失礼な!!!
数字は好きだったから、日商簿記2級まではラクラク取得できたことも、そう思った理由だった。
しかし、日商簿記1級は理解不能だった。
増して、税理士資格を取るための科目勉強は、もはや日本語とは思えない教科書を目の前に、これまたギブアップ。

それでも「アナウンサー」になることはあきらめず、アナウンサー試験を受けた。
実は、大学4年生になってから知ったのだが、私が通っていた大学には、当時NHKとTBSに推薦枠がった。ラッキーと思ったのもつかの間、既に2名の女子が推薦枠を勝ち取っていた。

それでもあきらめずに日本テレビとテレビ東京のアナウンサー1984年採用試験に応募。
どっちの放送局だったか忘れたけど、書類提出に行くと全員がそのまま面接に誘導された。(この辺は記憶が定かではないけど)
10人ぐらいが一列に並んで座り、2〜3人だったかの面接官の面接を受けた。
多分所要時間は10〜15分だった気がする。
後からわかったけど、その年のアナウンサー応募者は2000人だったそうで、結果採用は2人。
合格率0.1%の難関を、何の準備もなく試験を受けたことは、怖いもの知らずとしか言えない(笑)
でも、そのおかげで後悔は全くない。

大学新卒の就職試験では行きたい会社がなく、やりたいこともなかったけど、なんとか就職。
(随分省略)
紆余曲折続きで、今、61歳。

どんな職業に就きたいか、と、どう生きるか、は全く別なんだよね。

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オードリーの「オールナイトニッポン」を運転しながら聞いていて
コンビにはボケ担当とツッコミ担当がいることを思い出した。
若林くんはツッコミ、春日はボケ(春日はなぜか呼び捨てになる)。
芸人さんじゃなくても、人間にはボケタイプとツッコミタイプがあるんじゃないかと思った。

私はどっち?
ん−−、ボケタイプだな。
↑↑↑今さらそんなこと言う?って、友人たちにいわれそうだ(笑)

あなたはどっち?

ということで、写真は敢えてボケっぽく撮ったものをアップ!
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「人を見た目で判断してはいけない」とか「多様性」とか、よく聞くけれど
本音と建前、頭ではわかっていても心が伴わない場合も多いと思う。
多くの人と同じような見た目にしておけば、まぁ波風は立ちにくい。

とわかっていても・・・
何年も前から、髪の毛を金髪にしてみたいと思っていた。
元々白髪が多く、染めていても色が抜けていくタイプの髪質なので、結構明るい茶色だったけど
それでも、金髪にしたみたかった。

金髪に踏み切れなかった理由
〇合わないかもしれない(自分自身も後悔するほどの似合わなさになるかもしれない)
髪の毛が痛む(切れ毛とか、ぱさぱさになるとか、復活できないかもしれない)
6眸韻砲靴晋紊蓮△匹鵑壁になるのか不安(プリン?ごま?)
せ纏に影響が出るかもしれない(講演とか、大学での授業とか、断られるかもしれない)

まあ、こんな具合にグズグズ考えて、先延ばしにしていました。
い亡悗靴討蓮∋笋金髪の他人に対して、少なからず偏見の気持ちをもっていたのかもしれない・・・

「そんなにやりたいなら、やればいいじゃない」
と友人に言われ、「えっ?!」と、まじ絶句。
「やめた方がいい」と言いそうなイメージの友人だったから、驚き100培。

たしか11年前も、新潟に引っ越したいのに、アレコレできない理由を並べてグズグズしていた私に
別の友人から「引っ越してくればいいじゃない」と言われて、エイヤーと2カ月後には新潟に住んでいたなー。

金髪にして気がついたこと
A)髪の毛は、鏡を見ない限り自分では見えないから、たとえ色が変わっても、自分自身はなんら変わらないことに気がついた。
B)SNSに写真をアップしたら、「私もやってみたいー」という同年代の人が、意外と多かったことに驚いた。
C)髪の毛の手入れがマメになった。
D)金髪にしたことをきっかけに、決断したことがもう1つ発生した。人生における分かれ道で、行先を選択した気がする。

い砲弔い討蓮結果が見えてきたらまたご報告します。

元々の私を知っている人は、髪の毛の色がどうなろうと、影響はないと思うけど
初対面の人はどうなのかな?
今度初対面の人に会う機会があったら、聞いてみよう^^
ブリーチ1


一人暮らしをはじめてから、約30年間に7回引っ越しをしています。
転勤のない会社員と自営業という職業から考えると、多いんじゃないかと思います。

22年前に自営業となってからは、引っ越しの度に会社登記の変更が必要でした。
‥亠変更
印鑑登録住所変更
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っ楼萓婆浬陝陛堝刺楔と管轄地区)

,鉢△亡悗靴討蓮∋碧―饂里気鵑飽様蠅垢襪自分でやるかで費用が異なります。
安価に済ませたいと一度自分でやりましたが、手続きや複雑な書類作成に悩む時間を考えると、どちらがいいのか

10年前に新潟に引っ越し、当時はまだ珍しかった2拠点生活をスタート。テレワークで東京の仕事も継続しつつ、お米を作ったり食べる通信を発行したり、やりたいことをし続けた10年間でした。
数年前から、今取り組んでいることをさらに広げるため、そろそろ本社を新潟に移した方かいいかなとも思うようになりました。
「そろそろ」と思いつつ実行できなかった理由が、私の引っ越し回数。引っ越しのたびに本社を移転させるのが大変、と考えていたからです。

10年前とは変わり、今はテレワークも、オンライン会議も当たり前になって、東京にオフィスを置く意味はほぼなくなりました。なんならバーチャルオフィス(本社)も認められつつあります。

善は急げ!新年早々、近くの司法書士事務所をネットで検索して依頼。
・東京から新潟への移動は、東京から出る手続き費用と新潟に入る手続き費用が各3万円(これは実費)
・株主総会議事録や株主一覧作成、申請書類作成、申請など司法書士事務所に支払い
など、約13万円かかりましたが、無事手続きは完了しました。

一番近いスタバまで車で30分の生活にも、すっかり慣れました(笑)
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引っ越し好きの私、この先が楽しみ^^
今年はブログ更新します!

年に4回発行する「旅する食べる通信」では、全国の一次産業に関わる方を特集しています。最新の21号で特集した富山県朝日町の2組3名の方は、期せずしてどちらも移住者で、2名はIターン、1名はUターン。Iターンのお二人は、冊子を実家にもお送りいただいたと連絡をもらいました。
「あ〜喜んでくれているんだな〜」とうれしくなります。

1,000人いたら1,000通りの人生がある。
ってだれか言ってた?
今回も、これまで特集してきた方々も、みんな素敵な人生です。

旅する食べる通信の購読お申し込みはこちら

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今年11月で創刊10周年を迎える旅する食べる通信!
読者の皆様に支えられながら、農家さんや市役所区役所、役場の方々のご協力のもと、ここまで続いております。陰で支えてくれるスタッフや友人知人含め、心より感謝申し上げます。
このたび創刊10周年を記念して「旅する食べる通信別冊(仮称)」を発行する運びとなりました。
 特集する渡辺さんご夫妻は、これまでのいちじく作りの経験を元に、1haという前例のない面積でいちじく畑の整備に、今年挑戦しています。周囲の大人からは否定的な声も出ているようですが、ともに35歳という若いお2人にはワクワク感しかありません!こんな風に無謀とも思える挑戦が世の中を変えるのだ!と、私は確信しています。皆様もどうぞ応援よろしくお願いします。
このような別冊発行が実現できるのは、関係者様のご尽力のおかげです。改めて感謝いたします。ありがとうございます。
【別冊内容】
発行日:9月又は10月予定
特 集:渡辺克也さん、祐季さんご夫妻(新潟市西区)
付 録:いちじく
頁 数:12P
発 送:ヤマト運輸クール冷蔵便
対 象:8/10現在で次号22号のご購読お申込を完了している方全員
購読料:0円
※ご購読者以外の方には、創刊10周年記念号として販売を検討しています

8月号の購読お申し込みはこちら(8/8締切)
https://taberu.me/post/latest/1899.html

11ヶ月ぶりの投稿です💦
2002年6月6日に創業して、まる21年!
新潟に事務所を構えて2拠点生活をはじめたのが、もう10年前なんですね。
今取り組んでいるのが、移動食品販売。明日、11日日曜日にデビューです。

最近は車での移動販売の申請が増えているそうです。確かに、店舗を構えるほどの負担はないから、始めやすいですからね。それに伴い、PL保険などの整備が追いついていないとも。

デビューを目前に、アレは大丈夫か、忘れていることはないか、と緊張してます。
そういえば、私、見かけによらず緊張しぃですから(笑)
兎にも角にも、頑張ってきまーす♪

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実は私、クラウドファンディングに挑戦中です。
昨年春から取り組んでいる、地元産の柿を使った柿ソースを作るためにやっています。
私の住む新潟市西蒲区は渋柿の産地で、渋抜き後JAを通して出荷されるものは
牘朮Δけさ柿というブランドになります。
しかし、大きさ、形、キズの有無、硬さなど、条件に合わないとB級品又はC級品扱いになります。
C級品=廃棄です。
廃棄になると、それを作った柿農家が廃棄費用の一部を負担します。
なんだか変な仕組みです・・・・

柿ソース(ジャム)という、非常にニッチな商品を、いかに売るか!
作る大変さと並行して、試行錯誤しています。

廃棄される柿を減らす!
柿農家さんの新たな収入源にする!
柿産地としての名産品にする!
そして、フルーヴの新たなビジネスに挑戦!

色々な夢を背負った商品なのです♪
残り10日!!
ご支援よろしくお願いします♪
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15年前からお取引させていただいている会社の社長さんが亡くなったと
担当の方から電話があった。
私より若いのに・・・

社長と担当者と私の月1回のミーティングは、10年位続いたと思う。
「手塚さんはいいよね、社員いないから」という社長の言葉も
「手塚さんが何を言いたいのかわかりません」というメールの返信も
お得意のブラックジュークと聞き流せた。

若くして突然会社を継ぐことになってからの苦労を、
ブラックジョークの間からなんとなく感じた。

10年前、私主催の生誕50年祭では、当時社長が個人的に経営していた銀座のお店を
貸切で提供してくれた。
来て欲しいとお願いしたけれど、予想通り断られた。

ちょっとひねくれていて(失礼1)
見かけによらず(失礼2)とっても気を使う繊細な人で、
目立つことを嫌がる社長だったからね。
コロナのこともあって、3年ちょっと会っていないまま、
さよならになってしまったことが悲しい。
また一緒に飲みたかったな、社長のゴチで(笑)

生誕祭当日、サプライズプレゼントで届いたアマンドのケーキ。
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ご冥福をお祈りいたします。