2016年07月25日

私は一体何をしたいのじゃ?

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私の職業はこれです!というすっきりした発言ができない。長いことできてこなかったし、今もできない。今は人は「元カロカロハウスの」と紹介してくれるが、それはいつまで有効なのだろう?一体自分は何をする人なのか?ひとことで言えたら一番気持がいいなぁと思い続けて来た。

いや、そんなこと、誰も気にしていない、私だけのことなんだけどね。胸張って言えるなら、どんなことでも気持ちが良いはずなんだ。娘が将来について悩んでいたとき、「何がしたいかなんて私だっていまだにわかんないよ。何ができるかで考えれば?」なんて偉そうに言ったっけ。

洗剤を輸入していたイタリアの会社で、ギャラリーの説明をしている自分。話ってその時、情熱を持っている方向に流れて行くでしょう?気がついたら洗剤の普及戦略から広告へ、広告と言えばイラストレーション、ほんでもってイラストレーター、でギャラリー及び友人の作家の話になっていたのだ。

先方の担当者はこれもまた珍しく、絵に描いたようなビジネス優先の人で、待遇が良くてお給料が倍くらいもらえるから来月でこの会社を辞めてネスレに移るのだ、と言っていた。なんかわかりやすくていいなぁ、と思った。えっ、それだけで?と驚きもした。

私はと言えば、その部屋に貼ってある古いポスターの洗剤やせっけんのパッケージにしびれて「あれ、いいですね〜」なんて言っている。彼は「ああ、古いヤツね、レトロだよね」で終了。「復刻しないの?」「何のために?」

話がかちんと組み合わない。そんな価値観の彼をして「君の本業は何なの?」「洗剤ビジネスはなぜやってるの?」と聞かれる始末だった。うーん、そうか。私のやっていること及び好きなことは彼にとっては「余分なこと」なのだな、とはわかる。幹が細くて枝葉ばっかりなのかも知れないな。

こういう私を「抽き出しの多い人」みたいな評価をして面白がってくれる人もたまにはいるが、たいていは頭の悪い、整理されていない無能な人、みたいに思われてしまうらしい。それは何となく相手の態度でわかる。

まぁ、だけど、そんな私だからあの洗剤を見放さず、育てることができたんだと信じてもいる。なにせ、性能は良いが、船に揺られて日本に着いたコンテナを開けると床は滲み出した洗剤液で濡れているような、そんなモノ達。

デザインはいいけど洗えない服とかを平気で作り、スーパーマーケットの棚では漏れてるジャムだって平気で買う人々の国、イタリア。デリケートなのにあるところでは大雑把で明るく楽しく、日本人には無いものを持ってる人々、イタリア人。 

そのストレス溜るやり取りを大口のお客さまに譲って、今も少し商っている。傍らで縫ったり編んだりしている。それから、家のリフォームが今すごく面白くなっている。こんなんでいいのか?ああ、私は何がしたいんだ?ひとりで自問自答する。

決まってるじゃんか。「面白いこと」だよ。本音はそれに尽きる。そして面白いことは時の経過によって移り変わる。だから一貫性が無いように思えるのか。しかし、面白がることで私は生きる実感を得る。ひとことで言い表せないのは仕方ないねぇ、自分の人生だし。開き直るとしよう。

※画像はリフォーム解体1週間経過の新しい古い(これまたややこしい)家。

2016年07月22日

犬と暮らすこと。

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次に飼うときは、と娘が話し始めた。内心ちょっとびっくり。
なぜなら、私の発病以来、犬の世話が彼女ひとりの肩(脚?)にのしかかり、一時はもう犬は飼わない宣言をしていたからだ。私だって自分の痛みが辛過ぎて、娘が犬を置いて出て行くなら引き取り手を探さねばならないと真剣に考えたこともある。

しかし、状況は変わった。現在は娘の夫となる人が散歩を引き受けてくれる。朝だけだった散歩が朝夕の2回になって犬のアワもうれしそうだ。少しスマートにもなった。話の続きは「里親募集などのサイトから引き取るにしても、年のいった犬にする」という決意だった。

アワも11年前、里親募集サイトで探して見つけたのだが、見つけたときには若干3ヶ月にあと少しという幼さで、その愛くるしさに一目惚れしてしまい、3ヶ月になるのを待って譲ってもらった。一匹しか救い出せないのなら、なるべく長く付き合える仔犬を、とその時の私は思った。

しかし、確かに娘の言う通り、仔犬の方が貰い手が多いだろう。年のいった犬は一旦引き取られた場所でそのまま暮らすか、やむなく殺処分となるケースが多いだろう。私自身もだんだんと老いて行くのだし、海外で暮らすという夢もまだ捨てていない。アワが天寿を全うした後に、犬を飼うかどうかはまだ決めていない。

けれど、もし飼うならそうしよう。死ぬのはいい。仕方が無い。けれど、どんな生命も、生きている間に味わう幸せだけをお土産に天国へ旅立つのだから、それをまだ充分に知らない犬に味合わせてやりたい。私という命ができるせめてものシェアかも知れないと思う。

そう言えば、昔、意地悪な質問を受けたことがある。犬を飼うことの矛盾についてだった。肉食するくせに、なぜ犬や猫はかわいがるのだ?という。難癖のような質問で、真に知りたいわけではなかったろう。私は「この犬達が死んだら解体して食べるわよ」と宣言したんだった。

全然そんな気は無かったし、負けん気だけで言ったのだが、相手は押し黙った。 私は私なりに犬猫を愛していて、何も愛さずに生きて行けないのだ、そう言えばよかったが、なんとなく怒りが勝った。確かカヌーイストの野田知佑さんは人生を共にした愛犬が亡くなり、その毛皮でチョッキを拵えて着ていたというエピソードがあったと思う。

私はそれを残酷だとは思わないんだ。彼に守られていたい、身に付けてもそばにいたいという気分はよくわかる。犬の性質にもよるし、一緒にどんな暮らし方をしてきたかにもよると思うけれど、犬や猫とヒトは分ち難く結ばれる。他の動物だってそうだ。


もちろん、手も汚さず発泡スチロールのトレイに載せられた肉を食べているだけの、実感のない肉食を責められるのは当然なのかも知れない。けれど、一方で殺し利用し、一方で生かし愛するのはもう私の人生では受け入れるしかないみたいだ。

せめてどのような飼育の仕方をされたかがわかるルートの肉を買う。生きている間、
モノのような扱いを受け、苦痛だけの生を生きる動物たちはなくしていきたい。画像は食卓?で待つアワ。野性の欠片もないけれど。




2016年07月20日

ラベンダーの清潔力

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実は結構前、暑くなる頃からこのラベンダーのローションを使っている。湿度がぐんぐん上がって、うっかりするとまな板にカビが生えそうな頃からだ。なぜかというと、この季節になると毎年ピアスのためにウン10年も前に開けた耳の小さな穴がかぶれるからなんだ。

もう殿堂入りしそうなくらいの年期入りの穴だし、1mmにも満たないくらいの小ささなのに、なぜだか穴は穴で、本来は無かったもののせいか、塞がりたがっているみたいな感じ。手や髪が触れることが多いらしく、ちょっと汚れたりするんだろうか?

そして、暑さで長く煮炊きする気にもなれないこの季節は何でも腐りやすい。カレーのお鍋をうっかり冷蔵庫に仕舞わずに寝てしまったりすると翌朝残念なことになる。
そうだ、殺菌だ、清潔第一だ、と思ったら乾燥の季節に役立ってくれたローズの化粧水の会社のこれがあったので試していたわけ。

語源のラヴァンドは確か「洗う」という意味だ。ラベンダーの殺菌作用はティートゥリーの肩を並べるんじゃないかな?せっけんが発明されるまでの歴史ではその花穂や抽出したオイルを衣類の清潔に用いたらしい。エッセンシャルオイルとしては本当に基礎的な香り。

鎮静作用にも優れているので我が家では火傷の後なんかにもすぐさま塗っておく。(ちなみに、その後馬油をつけると火傷には完璧で、最短で治る)雑巾がけの水にオイルを一滴落としたり、掃除機のゴミパックに垂らしたり、ラベンダーの効用は幅広い。

そのラベンダーの爽やかな香りと殺菌作用は、湿度の高い日本の夏にぴったりだ。個人的には、この頃は肝斑が気になるので、夜は皮膚科で入手するそれ用のローションを塗るのだが、その上にこの乳液を使う。お風呂上がりには潤い過剰?だからしばらく放置したあとで使う。

朝はローションに重ねて乳液を使い、余分な水分をティッシュで押さえて日焼け止めを塗る。その後、ていねいに粉をはたくのが私のベース作りだ。グングン肌に入って行くというせっかくの月山の天然水も形なしの湿度だから、この季節は仕方ないな。

予定外の日焼けの後などにも、ラベンダーの鎮静作用が良いです。クーラーがお好きでない方は、この2品を冷蔵庫に入れておくといい。使う時、ひんやりしてとっても良いです。毛穴も引き締まるかな。 そして安眠のお伴は保冷剤だ〜。

サースティナブルなお値段も良い。化粧品に夢を期待する人には寂しいかもしれないけど、私は合理的が気持ちいい。そして日本人の角質層は欧米人よりずっと薄いことを考えに入れると、やっぱり日本製かアジア製がいい。\2500と\2800です。

※ネットショップ
からお求め下さい。 

2016年07月18日

モノの容れモノ

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紙フェチというのかも知れない。いや、それともトラワレのひとつか?
モノを作る、ということ、それも量産すると、それは売らなくてはならない。そして、そのためには流通させなくてはならない。

今、自分でやっているモノ作りは一点づつのものなので、その心配は無いのだが、アイテムの範疇によってはどうしても量産しなくてはならない類いのものがある。特に廉価な日用品はそうだ。一度にたくさんできちゃう。

サポネリアでは、ちょうど私の気分が「消耗品しか買いたくない」という時期だったので、消耗品を作った。そうなると、どうしても中身だけでは済まない。それを入れて売るパッケージというものが必要になる。パッケージね。

パッケージというのは売るときのイメージアップやダウン?にも繋がるが、実は保管上の管理を容易にする、またはダメージだらけにする、という側面がある。くしゃっとした包みはお客さまの手に渡る最終的な店頭では魅力的だけど、管理上は箱に入れたら潰れるし、棚に積めば倒れて来る。

そこで保管も容易く、中身の良さを伝えることのできるパッケージが要求されるわけ。それだけでも充分な課題なのに、私ときたら、そこで「なんとか石油資源に依存せず」なんていう条件も出してくる。 

石油資源を否定しているんじゃない。貴重な大切なものだと思う。掘れば出てくる、埋蔵量がもっとあるらしい、と言っても人為的に作れるものではない。掘ったらその影響が絶対周囲、或いは地球全体に広がるはずだ。大穴が開くんじゃないの?

紙製品は既に再利用もルートに乗っているし、紙になる材料は木製パルプのみならず、ケナフとか竹繊維とか、非木質系のものも発達した。しかも木だって植えて育てることができる。もちろん時間はかかるから、消費との速度調整は必要だけど。

そんなわけで液体などの濡れたり漏れたりするもの以外の保存、販売にはなるべく紙製品を使いたいと考えているわけです。買う時も同じ。でも、内実は紙ってやつが好きなんだと思う。お米を入れる二重の袋(重袋=じゅうたい)なんか大好きだもん。

私の若い頃はバゲット(当時はフランスパンと呼んだね)をクラフト紙の袋(当時は茶袋と呼んだ、これも)に突っ込んで抱えた女性の写真がかっこいい時代だった。素敵な暮らし方の象徴だったのね。そこがポリのショッパーではサマにならないでしょう?

ヨーロッパの食料品店で野菜や果物を買うと、いまだに紙袋に入れてくれる。その素朴な印刷なんかもぐっと来ちゃう。プラスチックって面白くてポップで楽しい。可愛い。だけど、洗濯バサミの木製や、上等な菓子屋の包み紙なんかの持つ「ちから」って絶対にあるでしょう?手触り、温かみというのかな。

そこで、普通にはピーピー袋と呼ばれる透明な袋に入れそうなモノ達をなんとか紙包みでやろうと足掻いた。そのひとつがこれ。開くと一枚の紙で、糊もホッチキスもいらないで箱っぽくなる。

中身が見えて、棚から落ちない、店頭ではフックに掛けられる、といういくつものハードルを越えたもの。すごいヒット!と自分では思った。でも、人はそんなものには関心も示さないのだ。中身が勝負なのさ、商品だから。ちょっと偏執狂なのかしら?私って思う。

本棚って脳内かも?
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