2017年08月16日

幸せなんて

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随分前に亡くなった知り合いがいる。人を通じて紹介され、打ち合わせをしたのだが、結局仕事にはならなかった。その方の訃報も人を通じてであり、さして感慨も抱かなかったのだけど、ふと思い出した。思い出したのは、その打ち合わせの内容だ。

月刊のA5判くらいの小さな小冊子の編集にまつわる打ち合わせだった。それは自然食品の業界のものだった。私が、これからは「幸せ」がキーワードだと思うと発言したのだった。20年位前、1997年くらいだな。

その頃の私には、幸せであるかどうかということが最重要であり、他の生き物達の幸せにも大きな関心があった。バブルが弾け飛び、経済は混迷しながらも下降し始めていた。それが不幸なことのように一般には言われていたのだけど、私には悪いこととも思えなかった。

ただ、この先、価値観が大きく変わるだろうという確信に満ちた予感があった。それまでは華やかなこと、格好のいいこと、流行の先端であること、リッチなこと、過激に女であることや男であること、希少なことがもてはやされたディケードだった。

有岡さんというその人は私の発言にある意味で怯んだ。たじたじとなった。多分驚いたのだ。今となってはごく当たり前の尺度になっている「幸せ」「幸福度」という秤は、彼の世代には無かったのかも知れない。ちなみに彼は私より10歳くらい年上で、企業戦士という類いの世代だ。

数秒あって彼は「幸せって、なんかこそばゆいというか、口には出せない」と小さな声で呟いた。私はこの世代の無頼な感じが好きでもあったけれど、敢えて無神経に「そーですかー?一番肝心なことだと思うんですけどー。」と食い下がった。

が、彼には到底承服できない感覚だったらしく、その仕事は私には依頼されなかった。もっと彼の反論を書くならこうだ。「幸せというのは各自がこっそり密やかに感じたり、がっかりしたりする感情であるが、人前も憚らず口にするものではない。

自分の幸せよりも、もっと優先すべき為すべき事項が人生にはたくさんあるのだ。結果として幸せであるとかないとかということは、評価の対象にはならないし、目指すべきものでもない。」そういう説明の後,彼は身を縮ませた。本当に恥ずかしそうだった。

よく仕事のできる人で、ワンマンな八面六臂の働きをし、人に任せることができないタイプなのだ、と外野は彼を称した。そうか、納得。病気になっちゃいそうだな、とまだ30代の端っこの私は感じたのだけど、本当に病を得て亡くなってしまった。

滑り出し時代の自然食品の業界には、そんな人々がたくさんいて、扱うものは自然健康食品、目指すは社会改革、自分は働き過ぎでストレスを抱え込み、ヘビースモーカーが多かった。幸せを口にできない闘う人々であったが、彼らが先鞭をつけたことは多い。

私のひとつ前の世代だよねぇ。生き続けることは、自らの価値観が変遷して行くことでもある。この世代で、今も生きて活躍している人々は、新しい価値観と折り合いをつけているはずだ。若い人々に学ぶことも多いから、柔軟にならざるを得ない。

私は今も幸せが一番。そして、幸いなことに幸せには各人各様の形があって、世界中の人々が誰の邪魔もせず幸せになれると信じている。

私もまた有岡さんと同様、仕事のし過ぎで病気を得た。だが、彼の人生は私のそれより遥かに凝縮された濃厚なものだったらしく、旅立ってしまった。私は凡庸な日々を楽しんでいる。どちらもいい。

幸せになりたい、と言うことに照れる必要はないと思う。けれど、それが厚顔なことであった時代も、僅か以前にはあったんだ。或いは戦争中もそうだったろう。生き物は心底では幸せを目指しているはずなのに。






2017年08月13日

良い戦争があった時代

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良い戦争なんてあるわけない。そう思って来た。今を生きている、つまり同時代の人々の大半はそう考えているだろうと思う。自分がいざとなれば犠牲になるド庶民で、かつ産み育てる性であり、自己保存心が強いからかも知れないが。

或いは、必要な戦争はしなくてはならないと考えている人々もいる。現政権がひっくり返らないのは、そういう人達の支えがあるからかも知れない。自衛のための戦争には、大義があると考えるかも知れない。

春から戦後のあり方の現実を探っている間に、戦争直後のことを知りたくなった。その際にアメリカと結ばれた条約が、今の日本を政治的に制限しているからだ。で、東京裁判まで遡り、そもそも戦争はどうやって始まったのか?まで遡って来た。

すると戦争の初めには、庶民が旗を振って喜んでいるじゃないか!平和しか知らない、根っからの平和主義の私としてはびっくり仰天だ。マジ?という感じ。そこで、一息
つきたい思いで明治の日清、日露戦争の頃のドラマを観た。

司馬遼太郎作「坂の上の雲」のドラマ化でそれぞれ凡そ1時間半の13話で描く長いストーリーだ。ここには明治維新からわずか30年という短期間の大きな変化の時代に生きる人々とその価値観、世界観が描かれる。

国家というものが初めてでき、百姓も町医者も、薬売りも、また丁稚や手代のようなお店ものも下男も侍もがおしなべて国民という名の者になる。そして国家は人々に福祉を配るだけでなく、徴兵という義務も強いる。

それでも人々は希望に満ちている。これまでとは世の中が違う。勉強し、目指せば、軍人にも教師にも、官僚にもなれる。立身出世の道が万人に開かれたわけだ。ある程度等しく、その機会が与えられたのだ。人々が鼓舞するに充分な動機であろうね。

この時、日本のすぐ外側では、大国が隣国に攻め入って来ていた。海を隔てているとは言え、満州が、中国が、朝鮮がどこか大国の手に渡ってしまえば、日本にその征服の手が伸びるのは時間の問題だった。世界は帝国主義の時代なのだった。

そんな情勢の中で、農業しか産業のない国が大金を払って軍艦を大英帝国に注文する。兵器を輸入する。なったって鉄鋼業とか造船技術なんか無いから。輸出は絹織物しかないのだから通貨も弱い。気の遠くなるような重税だったに違いない。

だが、誰も彼もが貧しい時代、戦勝によって大きな利が得られると期待をかけた。少なくとも国の存亡がかかっていた。戦費は重税と国債を海外の買手に売って賄った。この時代には軍備にも戦争にも大義があった。庶民はこぞって「やるべし」と囃し立てた。

結局、辛くも日露戦争には勝ったのだが、その戦後処理の講話で日本はロシアから賠償金を得ることができなかった。そのために講話を破棄して戦争続行を!と叫んだ集会が3万人に登ったというから、戦争観に於いて現代との違いがわかる。

日露戦争は黄色人種が白色人種に勝利した初めての戦争だった。歴史上に濃い句点を置いた。この戦争の水面下で進められた工作によって帝政ロシアの圧政に反発していたスウェーデン、ポーランド、フィンランドなどが蜂起。ロシア帝国崩壊までの道のりの端緒となる。

歴史がうねるように大きく変換したのね。この戦勝気分がどこまで続いて行くのだろう?或いは太平洋戦争にまで?私の学習も戦争史めいてきた。少なくとも、思いがけず庶民が「戦争を喜んだ」という事実があったことを知った、そのことが収穫だ。

それにしても戦争には勝ったが、交渉では負けたのが日露戦争の真実なのだね。そこはきちんと押さえておかないとなぁ。ロシアの侵攻は食い止められたし、他の列強もおいそれと日本に手出しはできなくなった。けれど戦利はそれだけか。

独立を辛くも守り抜いたということは評価すべきなのかも知れないが。戦争は結局、お金を貸した人、兵器を売った人だけが実利をとるのではないか。太平洋戦争の終戦記念日間近に、遡って戦争のひもの先を探している日々デス。 

2017年08月09日

人と容れ物の保存本能

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例えば私たちいきものは存続したい、という意志を持つ。通常は死は恐怖だし、変化も恐ろしい。今やっていることを続けたい、持っているものを失いたくないというのは多分本能のひとつだと思う。

これは実はいきものが沢山集まってできたもの、つまり組織にも働く作用らしい。例えば会社。例えば会社内のセクション。かつて、そのセクションに決済を仰ぐことが必要だった時代にできたとする。急な案件や小さな案件で、それを省略したいときがある。

だが、そこのセクションでは省略されること,即ちスキップされることを不満に思う。急いでいたんだね、いいよ、というふうには了解しないのだ。事態が変わって必要性が希薄になってもまだ存在しようとする。これが組織の保存本能だ。

そこに帰属することに依存しているいきものが多い場合は、尚更その傾向が強まる。
なぜ、こんな話をしているか?というと、社会の硬直したシステムの不都合って組織の保存本能が強く働くときに起こるからだ。

よく聞く話では、官庁では省庁間の連絡が悪いらしい。連絡が悪いとどうなるかというと、それぞれが別個の組織として保存本能を活発に働かせる。よってそれぞれの省庁の利益優先になりやすいのだという。「日本国」という大きな目で俯瞰することを忘れがちになるのだろう。

確かに組織は存在意義をいつも問われている。だから軍隊は戦争を必要とし、警察は犯罪を必要とする。病院は患者を、裁判所は争いを。本当には暇であれば喜ばしいことなのだけど。そして予防に精を出せば良さそうなものだけど。

共謀罪が強行採決などという極端に乱暴なことになって、ふと考えてみると、警察は暇なんじゃないだろうか?と思い付いた。ふとどきな思いつきかも知れないけどね。

もちろん現総理の過去への回帰願望もあるのだろう。庶民にとっては悪夢の治安維持法を彼は夢見ているのかも知れないし、この先の言論統制がもっと怖い。でも、もしかして、警察はもっと仕事が欲しいのかね?と単純に考えてしまう。

いやいや、実は裏付けがある。犯罪発生率は40%程下がっているらしい。実に素敵なことなんだけど、あまり報道されないのね、こういうの。人々がワッと飛びつくような話題でないことは確かだけど、こういう地味な良いニュースは伝えて欲しいな。

組織という無機的だが、ひとつの人格を持ってしまうようなものは、いかにそれを管理して腐らないようにするか?が、その目的とは別に抱える最大の問題だと思う。組織がひとつ生まれれば、それに依存する人々が大勢できる。それは道理だ。

けれど、不要になったり変更を加えたりしなければ現実にそぐわなくなることはある。民間企業なら再構築を迫られる。リストラ=人員整理みたいになってしまったけれど、本来はそれだけでなく組織そのものの編成替えだって消滅だってあり得る。

いずれにしてもリストラの憂き目にあう時の備えも含めて、自分というものが所属している組織とは別に繋がっている共同体を各自が持っている方がいいのだろう。その上で自分の所属している組織を高みから見る目を持てたらいいなぁ。

少なくとも公僕という立場の人々や、人々から託されて政治を執り行う立場を得た人達には、そうであって欲しいなぁ。 もし私がお巡りさんで、今月で馘首されるとなったら?それでも生きて行ける場と自信を養いたい。

※画像は「乾燥して保存」のレモングラス。 

2017年08月06日

地球の大穴ぼこ

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いつの日か、地球には大きな大きな穴ぼこが空いてしまうんじゃないだろうか?いや、石油とかガスとかね、ウランもだけど、他の地下資源もだけど、こんな勢いでどんどこどんどこ採掘していると。

私がいっとき熱心に行動していたトランジションタウンという活動は、石油燃料の枯渇を意識した、未来に向けた提案だった。その後、石油はまだまだあるみたいよ、ということになって少し気持は下火になった。

それでも温暖化の状態を動くグラフ化した人がいるので、ちょっと見て欲しい。足元から崩れ落ちてしまいそうな危険が迫っているのに、政治にはそれに対峙した話は一向に出てこない。

環境問題という無視できない且つ誰にでも共通のテーマを放置したまま、大人達は利権に夢中になっているように見える。このまま採っちゃったら大きな穴ぼこが空いてしまうに違いない、と私は子供染みて恐れている。

温暖化は猶予を許さないところまで来ている。化石燃料を燃やさないで作れるエネルギーを一刻も早く採用するべきだ、と告げる。再生可能なエネルギーでの発電や発熱にして安心したいものだ。

そんなわけで、昨年手に入れた我が家には太陽熱温水器を設置した。このメリットが最近の気温の上昇で明らかになったので、ちょっとお知らせしたい。楽しいし。

まず、太陽熱温水器の導入予算。若かったら元気だったら自分でやっただろうな、と残念。設置もまるごとお願いした。屋根の上の設置なので屋根の傾斜と合わせるための架台制作も依頼した。全部で44万円。導入は寒さのピークに向かう1月。

ガス代は給湯機をただで付けてくれるという条件で1㎥当たりが高い契約を飲んだ。これにはミソがついて、私は税込だと思い込んだが違ったの。というわけで請求書が来てびっくり432円。だが契約書を交わしてしまったので数年は交渉も難しそう。

さて、こうなると太陽熱温水器に期待が高まる。晴れた日はガンバレ〜!と内心祈る冬だった。使用料の結果は以下。
2017年1月47.2㎥、(次月から温水器が作動する)
2月43.2㎥、3月38.0㎥、4月36.7㎥、5月6.3㎥、6月3.9㎥、7月3.1㎥、と続く。
3㎥台になると料金は高い料金設定でも、3,000円台の前半で済む。お宅の使用料と比べてどうでしょう?

1月2月は一年で一番寒い時。殆ど全ての暖房(調理と給湯もだけど)をガスで賄う我が家にとっては、2万円を越える厳しい金額だった。1月の22,000円が最高。この辺りはガス代が高いので、少しエアコンも使った。

電気代は12月、1月、2月は東京電力でそれぞれ6239円、5259円、5908円。3月からLooop電気に切り替えて、その後は4720円、5071円、3397円、3322円、3171円と推移。Looop電力は小売り自由化と同時に使っていて、今回は引っ越しのためにちょっとタイムラグがある。

太陽熱温水器の効果が明確に出るのは全く暖房を使わない6月からということになる。日照時間もグンと長くなる。何月まで続くかな〜。6月は夏至だ。と、いうことは冬至まで続くだろうか。一年のうち、半分は太陽熱温水器でガス代が格段に安くなるということだ。

暖房がほぼ我が家の場合、使用料は平均すると10分の1くらいまで下がった。そうでない家庭でも半分以下にはなるだろう。

参考のために言い添えると、自分で設置すれば本体だけの価格で済む。更に広めの庭などがあって屋根の上でなく地面になら簡単に設置できるし、架台も不要。その場合21万円。

できたお湯を落とし込むだけのもの、つまり給湯機に繋がないタイプなら8万円くらいで買える。我が家のように給湯機に繋いで他の蛇口からも出るようなものを設置までお願いしても、大抵は5年ほどでその差額で元が取れるらしい。

知った人ではガスの契約を切ってしまった御仁もいた。その方はボンベをその都度購入しているらしい。そうすれば基本料金がいらなくなる。屋根にゴムホースをウネウネと這わせて、その端を風呂桶にそのまま突っ込んでいる強者もいる。

確かにそんなシンプルな方法でも、お陽さまは充分温めてくれる。地下資源を掘り起こさなくても快適に暮らせる知恵が普通に当たり前になるといいな。そうしたら、やっと枕を高くして眠れるというものだ。画像は設置間もない冬の我が家。


  

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