2017年07月23日

住む町の横顔

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あなたの町の政治はいかがですか?納得のできないことはありませんか?いやぁ、全然知らないんだよね,という人も多いと思う。かつて住んだ茅ヶ崎では市民負担4万円近くに昇る市庁舎立て替えが計画され、それを知るまで私も関心すらなかった。

国の政治は大きな問題だが、ここに連なっているのは、その下のサイズの県やそのまた下のサイズの市や町の政治である。大きな問題は日常棚上げにしやすい。見えにくいからだ。だが、身の回りは見える。自分ごとに近い。

あなたの家の隣に困った建物が建つと決まったら、初めて当事者の気持がわかる。下から辿って見つめてみると、政治というものや政治家という人々が「お上」なんかではなく、公共の利益を任された機関と立場であるという簡素な事実に思い至る。

大磯には越して2年経つけれど、元々知り合いだった人々以外にも、違うレイヤーの人々とも知り合いたいなぁ、もう少し幅広く町自体を知りたいと思って、議員さんの報告会に出てみた。そのうち選挙もあるだろうし、知っておいて損はない。

そこで「みんなの声がいきる大磯まちづくり実行委員会」という団体の存在を知る。聞けば、大磯には理念条例はあるけれど、法的な規制力のある条例がまだ無いのだそうだ。そこで、心配ごとや困ったことが持ち上がる度にその当事者達が立ち上がって町役場などに出向き、市民運動をしてきた。

おおよそ4つに分けられる、ここ数年のそんな問題のグループ。それらがお互いに連携した方がいいということになって、この実行委員会というのが発足したという。毎月一度ある集まりにちょっと前から参加してみている。

80歳になるというAさんが、今、大磯で当たり前に見る風景について説明して下さる。これらは多くが市民運動によって獲得して今の姿があるらしい。彼は50年住んでいて、この長閑な大磯にも経済成長の波は押し寄せ、公害企業が4つ程あり、市民運動でそれを追い出してしまったなどの経緯を教えてくれた。

この実行委員会というのには、この世代から私のような50代くらいまでが参加しているようだ。シルバー色が強い。私たちは、想像するよりずっと多くを過去の人々の努力や運動によって獲得した権利の上に暮らしている。

今日に至るまでの戦争や公害、経済成長の被害者犠牲者も数えきれない。ともすれば裏のカラクリなどが複雑に絡み合っていそうで手強く見える「制度」というものや「法律」というもの、つまり決まりごとだけれど、それが今を生きる私たちに不都合であれば変えて行くしかないのだ。

これは変えられるのだ。少なくとも過去の人々が変えて来て今があるのだ、と知る。生きている限り諦めることなどできない。未来を見つめる限り、今ほど多くの決まりごとが現実にそぐわなくなっている時代もない。

これまでになかった新しい問題が環境破壊であり、新しい理想が人類規模での平和であり、新しい思想が分け合うというものだ。どうやって動けばいいのか?何を原動力とするのか?それは過去に学ぶこと、現在を知ることに尽きる気がする。

私の好きな大磯のポイント、大磯駅に広告の無いこと。駅は町の出入り口だが、これはこの町に静謐さと美しさをもたらしている。これも地域住民の働きかけによって保たれているらしい。町には住まう人々の感性が表れる。先住の大磯町民のセンスに敬服だ。

だが、それも行動によってしかもたらされないという事実を噛み締める。役場とか法律とかってあくまで受け身というか、人々の要請に依ってできたり、変わって行ったりするものなんだ、と。使われなければ錆びる道具のようなものなんだな。

2017年07月19日

手のカイカイのこと

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主婦湿疹っていうのだろうか。名前だけはよく聞くけれど、私が?。あまり勤勉な主婦ではないし、洗い物も洗剤はあまり使わないのに。手の主に甲、指の横当たりに小さなぷつぷつができる。放置しておいたけど、それが結構痒くなって来た。

ちょっとこれに似たものに記憶が蘇る。もう40年近く前、初めて外国に行ったときのことだ。ギリシャだった。日本にはまだ存在すらしていなかった(少なくとも庶民の私には)オリーブオイルというものをふんだんに使うギリシャ料理。着いて数日で早速油負け。

オイル抜きで、と頼んでもことばが通じないのか、オリーブ油は必須なのか、どちゃどちゃかかってくる。あれよあれよという間に手の甲に水泡がたくさんできた。きっと油が合わないんだろうと思っていたけど、あれは別に痒くは無かった、ような記憶。

放っておいたら治ってしまったが、慣れてきたのかも知れない。あれとは違うのかな、このぷつぷつは?見た目はそっくり。けれど、痒い。それにあれはぷつぷつの中央が硬くなってやがて消えたが、このぶつぶつは全体が硬くなる。

調べてみたらやっぱり主婦湿疹らしかった。皮膚かに行けというアドバイスの他に、乾燥が原因ではないかと言われている、水仕事の後、必ずハンドクリームを塗るように、というアドバイスがあったので、そうしていたら数日で治った。

よしよし、と思って過ごしている内に、また同じようなものができた。すぐ治ると油断していたら、その水泡が弾けて硬くなる。皮がむけるような、むきたいような、ちょっとした瘡蓋みたいな感じになって、今度は痛い。あかぎれのように、ところどころ割れて来ているみたいだ。

デリケートな繊維を扱うと、ピリッと糸が攣(つ)れてしまう。縫い物もしにくいし、水仕事にも少々痛い。気休めにボディローションを塗ってみていたが、一向に浸透して行く感じがない。なんたって指の腹も横もガサガサだもの。

そこで、今さら効くだろうか?と思いつつティートリー・クリームを塗る。ラベンダーとティートリーが入っているので殺菌力と鎮静作用はばっちり。潤い分もコクがあってしっかりしている。

なまじなハンドクリームより保湿成分は強そう。けれど油のべとつきは感じなくて、塗ってすぐに作業しても気にならないところはハンドクリームよりいいかも知れない。

1週間近くかかったかな?やっと治って来た。痛みは数日でとれた、ということは傷は割とすぐ塞がったってことだ。ラベンダーとティートリーのコンビということは、キッチンでのちょこまかした火傷の応急処置にも最適。

私は火傷のとき、咄嗟にラベンダーの精油を塗り、ひと仕事終わったら馬油を塗って対処している。ひどく大きく無い限りそれで充分なのだけど、このクリームは精油成分としっかりした油分が両立しているから、きっともっといいね。

手荒れだけじゃなく、お肌の荒れや、ニキビ、大人の吹き出物にも効きます。ティートリーだもの。この季節、汗をかいた前髪が当たったのか、おでこに吹き出物ができちゃった。それにも良し。

私の好きなFreshという会社のもの。地味だけど実力派。ネットショップからお求めください〜。

2017年07月16日

アワの日々、来し方。

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我が家の斑(ブチ)犬のアワの話。東町の近所だったシュナちゃんにとってアワは宿敵だった。数年間、空家でその庭にも自由に散歩の際に出入りしていたところにいきなり入り込み、居座ったのがアワとその一家だからだ。

シュナちゃんは、我が家が引っ越して来て以来、家から奥の路地にはめっきり入って来られなくなった。飼い主が連れて行かない。癪に障るあのブチというわけだ。だから10mほど離れていても、アイツが来るとすぐわかる。何よ!と吠えてやるの。すると、あの生意気なブチも吠えまくる。けったくそ悪いったら無い。

2軒先のチワワのリンちゃんにとっては、ちょっと大きいけど、別に怖くない犬がアワだ。リンちゃんは小型犬ながら外犬で番犬だ。ワンワン吠えるのがお仕事。リンちゃんの仕事場を毎日通りかかる斑犬は「あたし、これから散歩〜」みたいにちょっと自慢する。

ちょっとむっとするけど、内心羨ましい。だってリンちゃんは日が暮れてからのお散歩と決まってるから。人間がふたりとか3人付き添うあの斑犬は、なんだか上等の犬かも知れない。たまに小さな車と一緒に散歩しているのも見た。あんなの初めてだ。

こころ動物病院の先生から見たら、アワは演技派。診察台に載せられると顔をぺろぺろ舐めてご機嫌を取るが、ひとたべ爪を切ってもらうときなど、ひどい!やめて!とキュンキュン悲しそうに吠える。いささか同情を引くのが巧くて飼い主はオロオロしているようだ。

飼い主の私から見たアワは、結構頭も使ってるし、したたかなメス犬。狭量で他の犬とは強調しにくい自己チューなタイプ。散歩とごはんを提供してくれれば、どこの誰にでも、いつでも魂を売り渡す気がする。でも、ちょっと面倒見のいいところがあったりするから面白い。

毎週マッサージしに来てくれるOさんにしたら、一向に懐かない面倒な犬だと思う。ずっと吠えてるのは飼い主は「私が横になってOさんが上に乗るから、ヤバイ!やられる!と思ってる」と言うが、本当だろうか?撫でてみたいけど、大げさにビクッ!とするんだよね、あの子。

12歳の雑種のブチの中型犬。通り過ぎる人はかわいい〜と言ってくれる。いつもニコニコしていてすこぶる楽しそうである。所有物はおもちゃが3つとセーターがひとつ、レインコートが一着。専有物はクッションが上下階にひとつづつと散歩用のリード。財産はまことに少ない。

だが、石垣島で生後すぐに野良犬になりかかったところを保護され、3ヶ月までそこで大勢の犬達と暮らし、飛行機に乗せられて我が家にやって来た運の強い犬。 そして先輩のおじいちゃん犬に叱られつつ仲良く育った。幸せと言えるのじゃないだろうか。

犬がいるという日常は、笑いや家族間の会話を多くする。犬は幸せになること、今を生き切ることの天才。 面倒なことも学ぶことも多い。病気の重い時、何の役にも立てないよ、と嘆いた私を横目で見ていたのは彼女だ。あたしだって別に。私の人生の師は犬達で、子育ての師は猫達だ。

アワとは里親探しのネットで出会った。友達の多くもそんな犬や猫を引き取って暮らしている。生き物と暮らすことは、愛しくてままならず、可笑しくて切なく、健気である時狡くもあり、生きること、死ぬことの縮図を見せてもらうことになる。

※画像:この家はアワにとって3軒目。昼寝をするリビングから直接庭に出られて最高らしい。ちょっと涼を求めて木陰にね。ウチの人達は庭のお手入れ中。 

2017年07月12日

どんな政治家がお好み?


あらまほしい政治家の資質というのは、時代により変化すると思う。そんなことを感じたのは、1996年の厚生大臣だった菅直人氏の薬害エイズ被害者への答弁をyoutubeで見たからかも知れない。いや、むしろその後に続いたバラエティ番組のコメンテーターのコメントを聞いたからだと思う。

菅直人氏50歳のあの時代、人々は人間臭い強引な汚れ役、且つオレ様な政治家を欲していた。田舎の顔役のおじちゃんみたいな存在、そう、田中角栄氏をどこかで懐かしんでいたような気がする。強い者にグイグイイ引っ張ってもらいたいという気持。

テリー伊藤氏が「厚生大臣としては良いと思うけれど、学級員になったらどうかな?」と言っていて、それは一国の総理が務まる器かどうか?という懸念であるようだった。その後、菅直人氏は一国の総理になった。

その仕事ぶりがどうか、という話ではない。コメンテーターって何か人の気づかない視点だったり、それが見つけられない場合には斜めから物を見て、けして手放しで誉めたりしない。視聴者の感情を掻立ててナンボのお仕事のようだ。

伊藤氏以外の並みいるコメンテーターも概して批判的で、得られないものを描いては「こういう人が良いんだけど」みたいに言うのね?このお仕事は必要があって成り立っているのだろうが、これこそが一票を投じる候補者が見当たらない、という幻想を生み出しているのかも知れないなぁ。

でも、それは20年前だからなのかも知れない。相変わらず私はテレビを観ていないので、その辺りはわからない。けれど、これでは政治はエンターテイメントで、スターを欲する大衆のようだと思う。本当には、政治にスター性なんか要りはしない。

スター性を求める人々はいまだに確かに存在しているが、その人々は自分の住んでいる自治体の政治への関心をきちんと持っているのだろうか?自分の町の政治や税金の使途が暗闇でも、お友達優先でも仕方ないと言えるだろうか?

何か国の政治というと「水清ければ魚住まず」と言われる。だが水が汚すぎれば、やはり魚は死滅する。どこかから巨大なお金を都合して来て、外国の巨悪を退治してくれるような幻想を政治に抱いているとしたら、それは幼過ぎる。感覚が古過ぎる。

私は政治家に必要な資質は「誠実」だと思う。謝罪できること、これが欲しい。原発事故後の小出裕章氏の講演は謝罪から始まるものだった。同時代に生きる、同業の者としての謝罪だった。自己責任を素直に認めるところから始めなくては、積み木は積み上がって行かない。

一番謝罪のお辞儀の角度が深くあって欲しい人々ほど、謝ることができない。それどころか「地位に恋々としがみついている」。360度、様々な立場から見ての正義などありはしない。自分の仕事を愛するのなら、それを全う仕切れなかったことを詫びたい気持になる。それが誠実だ。 

政治家であろうと、上司であろうと、謝罪のない人=誠実のない人を上に抱くことを、私はしたくないなぁと思う。菅直人氏を支持するという意味ではない。もう少し知らなければ判断ができない。けれど、謝れない政治家が多過ぎはしないかしら?

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