2020年08月03日

小さくて輝かしいもの

116884352_2667526370187511_5825747982990844574_n

我が家のチビさんは2歳半を過ぎたばかりだが、大人たちにとって既に偉大な存在感を有している。いや、どこのチビさんもそうだろう。この小さな人に私たちは振り回され、笑わされ、慰められ、元気付けられ、時にイラッとさせられる。みっちりと水分を蓄えたその体には、水分だけでなく希望や未来がぎっしりと詰まっている。

昨年の夏、住まいの鎮守さまの高麗神社のお祭りで盆踊りを見た。親たちに手を引かれてじっと見ているだけだったのだが、心に深く残ったようで、それ以来神社や提灯を見つけると「あれ、お祭りなの?」と尋ねるようになった。

その後、何やら口ずさみながら体を動かしているのに気づき、youtubeで炭坑節を見せると目を輝かせる。いくつかの動画で熱心に踊りの練習をして1年が経った。夏祭りで見て覚えていたのか、手拭いを肩からかける。「意気で掘り出す黒ダイヤ」などと意味もわからず歌っているのを見ると結構可笑しい。

動画で踊る人々が浴衣や夏着物を着ているのを見ては、自分の服にたもとが無いとか、お腹周りに何か巻いてみたいとか、言い出した。私は着物が好きなのだが、リウマチ発症以来、手が後ろに回せないので着られずにいる。だから彼が着物を好いてくれるのはとてもうれしい。

今年はコロナウィルス感染症の影響で楽しみにしていた夏祭りがない。その代わり、温泉のある海岸に旅しようと言うことになった。まだ彼が生まれる前に家族で行ったことがある場所だ。あ、確か浴衣貸してくれるよね?あそこ。確か前の時、あなた着てる写真あるよ。子ども用の用意はないだろうね?あってももう少し大きい子向けかもね?

着たがるだろうね?無いとぐずるかな?と言うことで、彼用の浴衣を縫ってみる。30年以上前の教本を片手に、インターネットでどなたかのブログを検索してみる。半年ちょっと齧っただけの知識では、なかなか難しかった。生地は実家から出てきた昭和40年代と思われる、当時大人気だった力士、大鵬の染め抜きの反物。見事な注染で歪な丸と十字が素朴で愛らしい。

IMG_20200726_133500

数日かかって縫い上げたそれは、まるで人形のためのような大きさ。一つ身と言うのだが、要は35cm内外の反物幅いっぱいを使って後ろ身頃とする。大人はそれを繋ぐので倍近くであることに比べると、本当に小さい。えっ、こんなに小さいの?と我ながら思わず声が出る。そうだよ、そんなもんだよといつも彼を抱き上げている娘は保証する。

お人形みたいだよ?その小ささに思わず胸の詰まる思いがする。こんなに幼い(いとけない)のか。こんなに非力なのか。私たちは誰もが、こんなに小さくて弱くて、それでいてこんなふうに太陽のように明るい強烈な輝きを持つ「コドモ」と言う存在だったんだなぁ、と思うと驚嘆せずにいられない。

うーん、大人は精一杯彼らを守り抜くことでしか、未来はないのじゃないか。それは生きものとしてごく自然な、あるべき姿であり、イデオロギーなど無用の世界なんじゃないか。それをただ一つの判断軸として原子力発電でも経済行為でも、考察したらいいのだ、と思ったりする。

それは具体的には地球全体を俯瞰して「将来においても持続可能であること」 「現在よりもむしろ将来において効果のあるものや、長く効果の続くもの」だろう。また、そう言う政策を生み出すためには、未来を具体的に思い描く能力がいる。そう言う能力が高齢化している現政府にあるのか?と言うツッコミもしておかないとね。

2020年07月28日

心の澱が出てしまってからのこと

359204_s

絵を描くというのは不思議なもので、単純に手先だけを動かしているうちに、心に残滓のように溜まっているものが出てくる。それが出切ってしまって、やっと自分が描きたい絵が見えてくる。いや、これは文章も同じかも知れないし、私が今、熱心にやっている服の形もそうかも知れない。

娘のことで苦しんでいる友人に、何も的確なアドバイスができなかった。数年前の私なら、いや、患う前の私なら、多分もうちょっと様々断言的なことが言えたろう。けれど、病気で苦しんでいる間にこれまでと180度価値観の変わる、いわば私的コペルニクス的大転換を遂げた私は、生きているものはおおよそ愛しいって感じになった。死んだものも愛しいけれど。

まさに大人へと脱皮せんと苦しんでいる若いお嬢さんと、それを心配する父母のどちらもが私にとっては等距離で愛しい。友人であることでその母は特にだ。苦しいこと、それ自体が宝石のような輝きを持って、私には見えてしまう。だから、何も高みから言うことができないし、そもそももう私は高みにはいないらしい。そうして大きく緩やかに登場人物全体を抱きしめることができるなら、本当にそれが私の望みなのだけど、物理的にはそうはいかない。なので、心でそうしてみる。

それから、私が苦しかった時、家族が苦しんでいた時、絵を描くことが随分心の凝りを解した。できるならば家族が揃って、あるいはひとりで描く。描くものは何でも良い。できれば具体的な「木」とか「お花」とか「傘」とか「動物」とか。ルールは何もない。画材はすぐ始められる色鉛筆やクレパスがいい。下書きはしない。

そしてその絵は誰も評価してはならない。何枚も何枚も描いているうちに、或いは家族の描いたものをみているうちに不思議なことが伝わってきた。居心地が悪そうだったり、すっぽりと収まっていたり、頭が詰まっていたり、グラグラと揺れていたり、たくさんのものを抱えていそうだったり。

それでもまぁ、あんまり考え込まない。とにかく毎晩のように描く。そんな数ヶ月で、私の心はすっかり晴れたことがあるよ、そう伝えた。あれから2ヶ月くらい経った。軽やかに晴れやかにいるだろうか。長い雨は彼女たちに憂鬱をもたらしたろうか。それとものんびりと過ごす、良い口実になったろうか。

心の澱がすっかり出てしまったら、やっと本当の自分が顔を出す。そこからが始まりだから、それまでの彼女や自分をあーだのこーだの、判断してしまわなくていい。心の澱が出てしまってから、それからがやっと自由の始まり。それも伝えなくちゃね。 

2020年07月24日

死にたいは生きたい

210615_s

れいわ新選組の候補者だった大西つねきさんの動画がしばらく前に話題になった。
高齢者が増え、高度医療が行き過ぎることを懸念しての、更に言えば死に方が決められない人への厳しい申し渡し的な意味もあったのかも知れない。

彼自身、そう若くはないから自戒の意味もあったかも知れない。穿って聞き込めばそういう文脈であった。それでも「命の選択をやるのが政治だ」という主旨は緩みはしない。同じ政党が難病を患っている議員、重度障害を持つ議員を擁していて、彼らはこの命の選択発言に反対意見を出した。

そして10日ほど経った頃、国会議員と同じ病のALS患者を依頼されて殺害したとして、2名の医師が逮捕された。このふたつの事柄で、社会のありようと死のこと、特に我が国に顕著な自死の多さについて考えることになった。

人はどうなのか知らないが、私は人生で三度以上死にたいと本気で思ったことがある。一度は自殺未遂という周囲を巻き込む大騒ぎをしでかして、死にきれなかった。一命を取り止めて数年経った頃に、あれはむしろ「生きたい」という痛切な行動だったのだ、と気づいた。

その後、孤独な苦しい子育て期に一度、死のうかなと橋から下を見つめて思った日々がある。経験者だったので、その時には「現状を打開したい、ということなのだ」と自分で把握できた。その後には50歳を過ぎて発病したリウマチの激痛と、将来が見えないことに絶望して、だった。

私は安楽死を全否定する気はない。フランス、カナダの合作映画「みなさん、さようなら」も良かったし、望んで海外で安楽死をする難病患者とその姉妹のドキュメンタリーも観た。本人が100%望むなら、それを妨げる理由が思いつかない。ただし100%で誰の影響も受けずに。

けれど、今回の安楽死殺人は教唆も含むんじゃないだろうかと想像する。件の医師はSNS上で尊厳死についてたびたび発信していて被害者と知り合ったらしかった。そこには死を美化したり、呼吸器や胃瘻などの重度の介護を受けて生きることを非難するニュアンスがあっただろう。

彼女にはそんなにまでして生きたくない、という意識があったかも知れないし、または感化されていったか。まだ呼吸器も利用していない状態だったそうだ。つまり医療をきちんと受けてみる前に、生きることに懸命になることを恥じるような精神状態になっていたのではなかろうか。

私がそう思うのは「死にたいと口走る時は、生きたい、ただし他の方法で、他の状態で」という意味だと実感しているから。そしてリウマチで死にたいと思ったときには、たったひとりの家族を私の介護の犠牲者にするのは嫌だ、社会のお荷物になるのは嫌だという気持ちが強く働いた。

あの、どちらもの時、どうして私は公的機関や医療を含む広い範囲に「助けて」と言えなかったんだろう?もちろん友達に頼ることはできたし、友人のことばは暖かい慰めになった。けれど、あの時、私の中の大部分を占めていたのは、今でいう「自己責任論」だと思う。

自己責任論は小泉純一郎内閣の時に広まり始めた。これについてはまた別に考えたいが、この社会は健常であること、豊かで優れていることこそ尊ばれる。尊ばれるだけなら問題はないが、そうでない人々は大抵は隔離されて暮らし、通常目に触れにくい。そういう人達と触れ合い、話し合うなんて想像もつかない。そういう仕組みだ。

そういう仕組みで生きていくと、社会に何かザルのようなものがあって、そこからこぼれる存在になる事を極端に恐れるようになる。一定以上の水準にいないと不安になる。だからこそ、困ったときにこそ、助けて、と言える人はそう多くないと想像する。

例えば、私たちにはホームレス=路上生活者と親しく話をする機会はない。彼らがどういう経路で住まいを失ったのか、何に悩み、何を望むのかを知ることがない。困難は私たちの暮らしのすぐそばに現存しているというのに、私たちがそこに直接繋がることがない。そのことは彼らとの境界線を強化してしまう。

大人になって以降、好きなように生きてきた私にとって障害者に認定されることは屈辱を伴った。それは高額の医薬品の自己負担がゼロになることと同時に敗北を意味したわけだ。色が反転するくらいの違いがあった。もちろん、今となっては新しい景色が見えてきたし、障害を負っても不幸というわけじゃないとわかる。

けれど、このキチキチした社会の小さなザルからはみ出す事を恐れていた自分も確かに覚えている。誰もが弱さを隠して生きているように思える。みんな行儀良く人に迷惑をかけずに上手いこと生きているように見える。だからこそ、助けて、と声を上げることのハードルが上がってしまうんだ。

もうひとつ、きちんと向き合っておきたいのは、あの時の私を左右した「社会のお荷物」や「介護の犠牲者を作る」ということばに隠されたところ。ここには自分軸の価値観がない。自分はどうしたいのか?という答えも問もない。他人からどう見られるか、という自分であって、それは一転、エゴでしかない。

この社会で人は他者や社会からの視線から自由になりにくい。親や教師から、あるいは世間から高い評価を受けることが、より良い暮らしや職業につながっているのだから、誰もがより良い評価を得ることに邁進するし、それができないと劣等感を持つ。

その仕組みが強化されると「助けて」と声を上げることは敗北に見えてしまう。これは悲しい。政治は命の選別などでなく、弱い自分のままでは生きられない、分断された現状こそを変えるべきだろう。そして自分軸で生きることこそ、私やあなたにもできる「社会をより住みやすくする」貢献になると思う。


2020年07月18日

レジ袋が有料化になりましたね。


149035918_o1

コロナ禍のもとで、一度依頼された布製エコバッグの試作が中断になった。大好きなパン屋さんからの依頼だったのだが、希望の容量のサンプルを一つ縫った段階で新型コロナ肺炎の流行と相成った。確かにマイバッグを食品を製造しているキッチンに繋がっているレジカウンター内に持ち込むのは躊躇われる。

しかし、きっとあちこちにある、そんな繊細な事情は吹っ飛ばして、施行発布はスケジュール通り7月1日からレジ袋の有料化が始まった。制度というのはいつだって乱暴なものです。けれど、その一律による良さもある。

個人的には、以前から買い物にはマイバッグを持って行くのが習慣になっている。でも忘れてしまうこともあるし、既にマイバッグが一杯なこともある。これまでは日常の食品もショッパーと呼ばれるビニール袋に入れてくれたし、衣類などを買うと立派な紙袋をいただくことになっていた。

レジ袋はリユースしやすい。だから片道で廃棄することは私には無い。最も溜まりすぎないようにコントロールしているからでもある。人によると思うが、私はショッパーと呼ばれるレジ袋より、この立派な紙袋が溜まって行くのが嫌だった。リユースがしにくいからであります。

大きな衣料品を買うさいも薄紙やP P袋のままで受け取るのが常だった。つまり、環境保護目的というよりは自己都合。家に持ち帰ってから使いまわせないサイズは拒否し、使い回すサイズはいただくという利己的判定。

たった一度しか使われないものをもらって溜めて、ただ廃棄するよりはリユースした方がいいに決まってる。ワンウェイよりツーウェイ、できればもっとがいい。私の利己的判定は環境保護の考えのもとでもそう間違いでもはないと思う。

レジ袋有料化に伴って、新しくエコバッグビジネスがちょっと盛り上がっているらしい。なんでも金儲けのチャンスと捉えて実行できるそのセンスは羨ましい。

しかし、私と娘で作っているモノづくりはいつだってそういうブームには乗り遅れる。ブームはあまり行動指針にならない。 むしろこの事態であんまり素敵じゃない石油製品が安価に大量に溢れ返っているさまを、それらがゴミになった時のことを想像してゾッとしてしまう。

149035918_o8

私たちが作っているショッパーの形をしたものは、結果としてはそこそこに高い。原価を考えるとこうなってしまったのだけれど。作るときに、エコバッグとしてだけでなく「これを持つために服を考える」くらい素敵なものにしようと考えた。かと言って、あんまり凝ったものでなく、気負いのないものを、と思って作った。

マイバッグがないとき、わずかなお金を払うのはいいと思う。この政策は、環境への負荷が減るかどうか、という観点では大した効果が期待できないらしいけど、なんだってコストはかかることを自覚するためにはいいと思うな。

現在、世間を騒がせている「go to travel(英語間違ってるよね?)キャンペーン」もそうだけど、制度に踊らされたり、自ら踊らなくていいと思う。 旅は自分がしたいときにする。半額じゃなくても、する。レジ袋が有料であってもなくても、自分の生きている環境への関心は持ち続ける。どうでしょう?

アフリカンファブリックのショッパーはMとLサイズがあります。ネットショップからご覧いただけます。(現在展示中のため、21日以降お買い上げいただくことができます。) 

記事検索
プロフィール

kimuramidore

Kalokalohouseの代表。
仕事は新しい誰かと繋がるため。素敵なおばあちゃん修行中。
ここ数年はリウマチと仲良くつきあっていて、車椅子ユーザーでもあります。