2016年12月01日

改築の話、続き。

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新しい我が家は車の通らない細い道沿いに位置している。だから荷物の出し入れとか、宅急便の人とかは大変だ。自分達も買って来た大きな荷物を家に運び込むのに手間がかかる。200m程離れたところに借りた駐車場から、台車で運ぶことになる。

向かいは一面のお墓。こんな立地だからこそ私にも手に入る価格だったわけだが、改築に際しては当然余計な手間がかかった。重いものを運ぶのが工事の前提なのに、それが極めてやりにくい。

床や天井、壁。造作を分解すれば材が出る。車付けの良い立地だったら、あまり考えもせず、そのまま廃棄しやすかったろう。だが、一番近くに迫って停めた軽トラックにだって、徒歩数分かかる。一輪車で軽トラまで運ぶという余計な作業がある。

設計士の和田氏の提案で、とにかく出たものはなるべく廃棄しないで再利用する、最低限必要な材や資材、設備のみ新しく買い込むことになった。ゴミが増えないという理由で改築に踏み切った私としては、望むところでもある。

元の住人は不思議な人で神棚が三つ、仏壇がひとつあった。その神棚の内、ひとつは私たちの工房の棚板になった。仏壇の扉は面白い意匠の建具だったので、私の寝室の下がり壁を一箇所刳り貫いて灯り取りを作り、そこに背中合わせに合計4枚を据え付けた。
70代後半の工務店主、小島さんのアイディアだ。

建具はその殆どを寸法を足したり削ったりして再利用した。畳を上げてみたら荒床がきれいだったので、それは天井に用いた。室内にあった窓は木製だったので、外壁の窓と入れ替えた。隙間風は気になるし鍵は後付けだが、見た目はとてもいい。

建具に多く嵌められていたのはダイヤガラスというのか、霰(あられ)のような柄。レトロ流行で復刻版もいくつか出ているが、建具屋さんが、もうこれは手に入らないよ、と教えてくれたので、なんだかとても嬉しかった。

捨てない方法は人の手間がかかる。一から工場で量産されたものの方がずっと安上がりだ。けれど、早くにその名を「ナカ」と明かしてくれたこの家の露払いというか、清めのような気持で、ひとつひとつの造作や備品と向き合って、その行く末を決めた。その作業はけっこう清々しかった。

家に名前がある、と考える私はその部材にだって何かがこもると思う。暮らして来た人々の何か、作った人々の何か、それは目に見えないけれど、ある種のエネルギーだ。奇しくも昨夜、私は友人の家から女の人のシルエットが出て行く夢を見た。

ああ、我が家じゃなくて良かった、と夢では思った。だが、目覚めて今思うに、あれは我が家だな。何か、誰か、出て行ったんだ。床下に転がされていたという木箱を娘が昨日手に入れて掃除していた。あれかも知れない。

怖い話とすぐに決めつけたものでもない。王子様の口づけによって千年の眠りから目覚めるような、そんなこじれたエネルギーの解放を私は信じているから。私たちは「ナカ」のモノ達をどれも見て確認した。こちらから送るべき善意はきっと届いたと思う。

家を建てるためには既存の建物を壊すところから始まることが多い。夢膨らむ素敵な家作りは、一方で大量の廃棄物を生み出すわけだ。廃棄物には感情なんか無いに決まっている。それが大方の考え方だよね?でも、何か、ある。

使えなくてごめん。でも、また会おう、明日そう言おう。 全てのものは地球からなくならない。燃やしても壊しても、姿を変えてもどこかにある。好きだった赤い10本入りのタバコ入れも、私の手元にはもう無いけれど、地球のどこかにある。

2016年11月28日

我が家の改築の話。

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ソウちゃん,という今暮らしている家ともそろそろお別れだ。この築40年、リフォーム済みでひとまず普通レベルに快適なソウちゃんにいろいろなことを学ばせてもらった。日照の有り難さ、結露のこと、隙間風の厳しさ、狭い空間の良さと問題など。

その上で、同じ年頃の古家を改造して引っ越すことになった。私は大昔からエコ・コンシャスな考え方の上に、3.11以来いつかはオフグリット(電力自給)で暮らしたいと念願してきたので、省エネや断熱には人一倍関心がある。

日本の家づくりはかつて通気に力を入れていた昔の環境から、なかなか切り替えられない。スクラップ&ビルドは国家の基幹産業みたいであまり好きになれない。けれど、江戸の頃の火事で延焼を防ぐための、たたき壊しやすい構造と地域で材料が手に入った時代の名残かも知れない。

日本の一般的な家は最近までペラペラだった。ソウちゃんも引っ越し先の古家も例外ではない。もちろん、地方の随所に残っている素晴らしい古民家は別格。作り方も違う。コマイという竹を組んだ芯材に藁苆を詰め込んで乾燥させ、更に粗壁、漆喰を塗り上げる仕上げ。

出来上がった家は大きな梁、大黒柱、分厚い壁に支えられた重厚なもので、だからこそ残存しているわけだ。その断熱性能と防音は本当に静謐そのもので、とは言えヨーロッパの堅牢さとは一線を画す優しげな空気を作る。最近はそういう建築には良い酵母が棲み着いているということがわかったりしている。

庶民が住むところはそうはいかない。木の枠組を中心に外壁、断熱材、内壁の3層構造だ。この壁の厚さと中の様子がどんなふうかで断熱、遮音が違う。ソウちゃん級の家には断熱という切り口での発想が無いから、私が欲しい性能が手に入らない。

具体的に言うと、家の中の各場所での温度差が激しい。寒い脱衣所で服を脱いで血圧が上がる。血管が収縮する。それで熱いお風呂に浸かるという動作は血圧の上昇急降下を起こし、未だに日本では死因の上位に君臨している。

病気の症状の一因にも改善にもなるのが家の温度差であるという。記憶にあるのは、老いた父を囲んで親戚一同で鍋をした晩のこと。皆が帰り、鍋のぬくもりが去った頃に父は激しいぜんそく発作を起こした。これは急激に室温が下がった結果。

きちんと断熱された家屋は家中の温度がほぼ一定で、ぜんそくやアレルギー、間接炎などにも有効。半分から三分の一に減ってしまうらしい。医療費の膨らみ過ぎを考えるなら、建築に新しい基準を求めるのもひとつの国家的解決策だな、と本気で思う。

この辺の話は大磯1668で行われた断熱に詳しい建築家,竹内氏のお話会で聞いた。リウマチは寒いと辛い。(一説にはハワイにはリウマチは無いという。ほんとかな?)今年は寒さが早くから襲って来たせいか、ソウちゃんの東の大きな窓は既に結露で濡れている(シートを貼った)。

デザインは洋風で洒落たものになったけれど、性能は「雨風凌げる」だけのことでひと昔前と変わらない。私が育った頃の関東地方では暖房器具はコタツと火鉢のみだった。家中が低い温度で一定だから、これまたあまり問題は無かったのかも知れない。

しかし、化石燃料が容易く手に入るようになった現代人は、をものすごい勢いで消費することになった。無理もない。寒いのも熱いのもツライ。省エネは我慢するのでなく、温めた空気を冷まさないとか、太陽熱を避けて最低限冷房するとかの方が論理的だし、前向きだ。

引っ越し先の家は予算と理想のせめぎ合いとなった。いくつかの機能は諦めた。太陽熱温水器などはまだ決意が付かないで迷っている。45万円の投資で5年程で元が取れるらしい。一年9万円くらいガス代がセーブできることになる。数字は家庭によるだろうけど。

つまり未来のための投資には、今お金がかかるってわけだ。現在と将来のせめぎ合いとも言える。日本はエネルギーの自給率がたったの4%しかない。食料も問題だけど、この数字には驚く。国防云々を考えるなら武装より優先すべきことがありそうだ。

省エネは「節約」よりも「進化」の方が効果的なんだ、ときちんと認識を置き換えないとなかなか進まない。エネルギーを供給するのが民間企業だからだろうか?やっぱりこういうところも政治にしかできないよなぁ、とため息をつく。

2016年11月24日

ハンドクリームの話。

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爪は健康状態を表す、と聞いたことがある。いや、それを言うなら爪だけじゃないよね?全身が心身の健康状態を表現している。髪も肌も目の光もだ。数年前、病気がどんどん重くなるという下り坂にいた私は、ありとあらゆる健康法に興味を持った。

特に冷えとり健康法は長く続けた。半身浴、というのがその中の重大な項目で、上半身を冷さないようにしつつ下半身だけを温めるもの。じっとりと汗ばんで来るまでに20分はかかろうか。私は湯船に浸っては上半身でできる他の健康法(あいうべ)などをやっていた。

ふと手指に目をやると、気づかぬ内に爪がガタガタだ。縦に筋がいくつも入って、ひどいところは竹の節みたいな文様が付いている。艶はもちろん無い。ぞっとしてネットで調べると、どうやら重篤な疾病を患っている人は爪に筋が入ると言う。

あああ、どうしよう。やっぱり私は寝たきりになるんだろうか?目の前が真っ暗になった。その後も爪を観察し続けていると、更に悪化して段差はますますひどくなって、おまけにその中に汚れが入って取れない。小さな爪が表す私の健康状態はまるで瀕死状態だった。

その頃、友人のネイル専門家がハンドケアを始めたので見てもらった。彼女曰く、縦の筋は心配ないよ、横の筋はちょっと心配だけれども、と。ええっ、そうなの?大いに安心する。そして縦の筋は加齢などによる乾燥も一因だとのこと。

「サンプルでも使わないお顔用のクリームでも何でもいいから塗りな。」わかった。「ほっといたらダメだよ?マメに塗るんだよ?」と無精者の私にとっては、少し努力が必要なアドバイスをくれた。

その頃の私はどこもかしこも痛くて曲がらず、充分に顔を洗うこともできない有様だった。しばらくは美容なんか気にせず、痛みをやり過ごすことだけしかできない、と諦め始めていた。

毎月必ず通っていた美容院にも行かなくなったし、ヘナで白髪を染めることもしない。コンタクトレンズも使わない。もちろんお化粧もしない、という諸手を挙げた降参状態だったのだ。

病んで腫れて痛み、血色も悪くなった手は見た目が悪くなった。戻らないなぁ、痛くてまっすぐにできないなぁ、と思っている間に変形も進んだ。半分以上自暴自棄になった私は、人目から手を隠すようになって、おまけに人前に出ることさえ嫌になって行った。

彼女のことばは、ごく普通のアドバイスだったかも知れない。だけど、カサカサに乾いた投げやりな毎日に、それはひとしずくの潤いのような作用を持っていた。きれいに見えるようにする、なんてことはとっくに諦めたけれど、もしかしたら爪の状態が少しでも良くなれば、健康状態だって上向くだろうか?

溺れるものは藁にも縋る。私は一抱えの小さな希望を持って、手や指、爪にクリームを塗るようになった。亡くなった父は「手は品性を表す」と言っていたっけなぁ。品性とは言い過ぎだと思うけどさ、余裕の目盛りにはなる。

自分の身だしなみに関心や努力を払うには余裕が必要なんだ。余裕なんて、あるわけない!と思っていたけれど、外からかけられた優しいことばは一筋の希望になって、キリキリしていた心に効いた。少しぷっくりと膨れたら、その分が心のポケットみたいになった。あくまで外付けのポケットではあるけれど。

そのパッチポケットに、私はハンドクリームを忍ばせて数年。マメとまではいかないけれど、まぁ塗り続けたわけ。今、ふと見る手は薬が効いてくれてリウマチ全体が改善したのもあるけれど、割と柔らかな肌を保っていて、爪のガタガタは随分減った。

右手の親指の爪はきれいなもんだ。艶も出て来た。この頃は、お風呂上がりの夜、ベッドに腰掛けて乾燥する臑、足の甲にクリームを刷り込み、リップバームを塗り、手にはたっぷりハンドクリームを塗る。つまり、自分で自分を撫でるような時間が習慣となった。そして、それはとても大切なひとときになった。

つまりね、どんなハンドクリームだっていいんだと思う。一番効き目があったのは、自分を諦めそうになっていたタイミングで掛けてもらった優しい「お手入れしなよ!」のことばだったんだもの。けれど、できるならオーガニックで。そんなわけでネットショップでお分けしています。 

2016年11月21日

文字霊(モジダマ)ワークショップ

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本当の名前は「筆跡ワークショップ」だ。友人の家で行われたそれに参加した。なんのこっちゃ?って方のほうが多いと思う。簡単かつ乱暴に言ってしまうと、筆跡によってその人の性質とか有り様がわかるというもの。

昨年、店を閉めてメールオーダーとわずかな卸売りに専念している私は、郵便物の宛名くらいは丁寧に書こう、と思うようになった。これまでの効率第一、早さ一番みたいな人生への自戒も込めて。それに、やっとそれくらいはできるように身体が回復したという喜びもあって。

まだまだ誰かの役に立つなんてことにはほど遠いが、郵便局の人や宅急便の人が読みやすい文字を書く程度のことはできるよね、と思うからだ。他に個人の方の荷物には一言書く。店をやっていた頃に印刷した、手描きしたイラスト満載のはがきがまだあるし。

そこには最後に自分の名前を書く。だから週に10回やそこいらは署名を手書きしていることになる。自分が繰り返しする動作には、祈りのような力があるんじゃなかろうか?と思い始めたのは数週間前だった。その他にも役場や銀行など、自分の名前を書く機会は誰でも多い。

名前を書くこと、それは普通、無意識に習慣的になされている。最早、潜在意識の領域と言っていい。実際、何をやっても三日坊主になってしまう人の署名を直して書かせたら、数日のうちに効果が出て集中力や継続力が発揮されたらしい。

つまり、潜在意識で成すことが署名なら、署名を変えることで潜在意識を書き換えてみようではないか、というのがこの「筆跡ワークショップ」の真髄であります。タイミング良く参加することができて、ちょっとワクワクしていた。

さて、書いてみましょう、と言われて最初の記名。向かいに腰掛けたGさんと私ではものすごく違いがあった。私は早いのだ!チャチャッとチョロチョロっと。彼女が書き終える間に、多分私は連呼するくらいの感じで何度も書くだろう。キムラミドリ、キムラミドリ、キムラミドリッ。

大きさも激しく違った。Gさんの書いた名前は私の名前の約4倍あった。へぇ〜、もうここで興味は胸いっぱい膨らむ。人ってこんなに違うんだな!斜め向かいのKさんも何やら私とは違いそうだ。Tちゃんの字は知っているが、という具合。

これは長い人生の間には大きな隔たりを作るよね?絶対の確信を持つ。さて、次には先生はそれぞれの文字を大きく4タイプに分けて、違いを教えてくれる。自分の持つ性質のうち変えたい、と考えていたものを改善するためにはどうしたらいいか?自分の真逆を行けばいい。

その前に、それぞれの記名を見て下さる。私は初めて気づいたのだが、姓の二文字と名の一文字を全くの等間隔で書いていた。しかもその間隔は狭かった。「何か木村家に対する違和感というか」「家への依存というか」ありますねぇ、とのこと。

得たり。この名字は10年前に別れた夫のものなんですぅ。一同爆笑。彼はもうとっくにお幸せにお暮らしだと思うのだが、私はほんのわずかに「クソ」と思う気持が棄てきれない。あはは、後悔も嫉妬も悔しさももう既にないんですけどねぇ。その僅かな悔しさみたいなもので自らを束縛していたわけか。

だとしたら、名字と名前の間を少し離して書いたらいいんですよ、とアドバイスをいただく。なぁるほど。理にかなった話である。いくつかの分析やそれぞれへのご指導の後、さて、新しく真反対の速度、丸み、ハネハライで書いてみましょう、ということになった。

おおお、気持ちいい。なんだ、これは?何だか風通しがいいぞ。脇の下がパカパカ開くみたいだ。(リウマチの私は間接がうまく動かず、右腕が上がらないので脇の下を思いっきり開けたいのが念願。)スカスカするぞ。

しかる後に元の字の感じで書いてみましょう、とおっしゃられたのだが、もう以前の字は全然書きたくない。これ以外書きたくないぞ、という固い決意で新しい「木村 緑」が誕生したのだった。もう「クソ」という小さな石ころ一粒以外の部分では、新しい人生は始まっていたんだな、面白いな、筆跡。

私のように手書きにしろ、タイピングにしろ、読むことにしろ、文字やことばが好きな人間はそこに込められる意思や命、気持などを尊く感じる。だから、先生が「文字霊(もじだま)」とおっしゃったときには納得した。

「書」と端的に言ってもいいと思う。私は文字が巧くないけれど「書」は好きだし、そこには意味以外の、形に表れる、筆に込められた思い、力、ハネ、ハライ、抜け、留めなどに息づかいを見る。みんなそうだよね?モジダマ、きっとあると思うのだ。

本棚って脳内かも?
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