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アメリカが設計した拳銃「FP-45」の射撃動画です。

FP-45は、1942年にアメリカのゼネラルモーターズ社で設計された拳銃である。リベレーター(Liberator、解放者)やウールワース・ガン(Woolworth Gun, ウールワースは安売雑貨店の名)の通称で知られる。

1942年3月、既にナチス・ドイツの侵攻を受けて国土を失っていたポーランド亡命政府から連合各国に対し、占領下にある各国の対独抵抗運動に武器の供給を行うよう要請がなされた。これを受けたアメリカ陸軍合同心理戦委員会(Joint Psychological Warfare Committee)では、一般の装備の生産に影響を及ぼさないような、安価かつ早急に生産しうる銃器の設計を模索し始めた。やがて、プレス加工の鋼材とライフリングが刻まれていない滑腔銃身から成る安価なピストルが提案された。このピストルに軍用銃として十分な性能は期待されておらず、抵抗運動の闘士らが小銃や短機関銃といった「まともな」銃器を奪うべく敵兵を襲撃する際に用いられることを想定していた。

.45ACP弾を使用し、装弾数は1発のみである。銃身はライフリングが刻まれていない滑腔銃身であった。グリップの内側は空きスペースになっており、グリップ下面のスライド式の開閉蓋から、10発程度の予備弾を収納できた。装填は撃つたびに手動で行う必要があった。また鎖栓(コッキングノブ)を開いても薬室の空薬莢や未使用弾薬は自動排出されないため、取り出すには銃口から棒などを突き入れなければならなかった。トリガーガードはフロントサイトも兼ねていた。

射程は50フィート程度である。部品数は23点で、銃身やコッキングノブなどを除くほとんどの部品がプレス加工で成形されていた。一見して粗末で刻印などが見られない外見から、この銃を「日本軍が設計した自殺用拳銃」と誤解したアメリカ兵もいたという。

品質管理のため、全てのFP-45は組立後少なくとも1発は射撃試験を行わねばならず、また無作為に選ばれたサンプルについては50発の射撃試験が課された。この試験の最中の暴発で死亡した作業員もいる。試験の結果、およそ10発から15発程度の射撃を行うと溶接部から割れることが多く、問題なく50発の射撃を行える銃はなかったという。精度も劣悪で、弾頭は銃口を飛び出してすぐに回転し、横倒しになることもあった。ただし、ごく至近距離で1発ないし2発程度の射撃のみ行うことを想定した銃であった為、これらの点は問題視されなかった。大部分のFP-45にはシリアル番号や製造地などの刻印はないが、グリップ内部やコッキングノブ上に何らかの数字や文字が小さくエンボス加工で記されているものも少数ある。銃の表面はボンデ処理のみ施され、パーカー処理や黒染め処理は行われなかった。すぐに錆が浮いたが、短期間で使い捨てることが想定されていた為、やはり問題にはならなかった。

FP-45は、銃本体、.45ACP弾10発、木製ダボ(薬莢を押し出す道具)、マニュアルがダンボール箱に収められた状態で出荷された。箱には一切の文字が書かれておらず、銃口から煙をたなびかせるFP-45のイラストだけが描かれていた。マニュアルにも文字はなく、誰にでも分かるように漫画のコマ割り風の絵図面で描かれていた。1箱あたりの出荷コストは当時の価格で2.10ドル程度で、銃本体のコストは1.73ドル程度であった。