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第2次世界大戦末期に使用された戦闘機「紫電改」の日本で唯一のレプリカが完成し、加西市にある飛行場跡地で一般公開されています。

この紫電改のレプリカは、鶉野飛行場跡で毎月第1、第3日曜日に公開されるということです。

紫電改は、第二次世界大戦期における大日本帝国海軍の戦闘機である。紫電(N1K1-J)の二一型以降が紫電改と呼称される。

局地戦闘機紫電は、水上戦闘機「強風」を陸上戦闘機化したもので、紫電二一型は強風と同じく中翼配置の紫電を低翼に再設計した機体であり、紫電改は新機軸の設計(自動空戦フラップ、層流翼)が特徴であった。

昭和19年4月7日内令兵第27号「航空機の名称」では「試製紫電改」は「試製紫電の機体改造及兵装強化せるもの」として定義づけられており、昭和20年4月11日海軍航空本部「海軍飛行機略符号一覧表」における二一型以降(紫電改)は、「試製紫電改(二一型)」「試製紫電改甲(二一型甲)」「試製紫電改一(三一型)」「試製紫電改二」「試製紫電改三(三一型)」「試製紫電改四」「試製紫電改五(二五型)」が該当する。

1944年1月、志賀淑雄少佐、古賀一中尉、増山兵曹らによって紫電改のテスト飛行が行われ、志賀は「紫電の欠陥が克服されて生まれ変わった」と高い評価を与えた。また志賀が急降下テストを行った際には、計器速度796.4km/hを記録し、零戦に比べて頑丈な機体であることを証明。最大速度は11.1〜24.1km/h、上昇性能、航続距離も向上し、空戦フラップの作動も良好だった。日本海軍は「改造ノ効果顕著ナリ」と判定し、4月4日に全力生産を指示する。1944年度中に試作機をふくめて67機が生産された。1945年1月制式採用となり「紫電二一型(N1K2-J)紫電改」が誕生した。