人とお会いして、ときに“上がり感”を感じることがあります。
ここでいう“上がり”とは、すごろくなどでゴールしたときの、
あの“上がり”です。人生の途中でありながら、既にゴールを
迎えてしまったような雰囲気を持っておられる方です。
そのような方からは、得てして「こんなことではいけないとは
思うのですが・・・」といった趣旨の言葉も聞かれますが、
決して積極的に変えていこうという意思は感じられません。
一方で、ときどきの達成感を感じつつも、常に夢を追い続けて
いる人がいらっしゃいます。その違いは何なのでしょうか?
一つに“使命感”があると思います。
「私は何のために生まれてきたのか?」の認識です。人には必ず
「生まれてきた意味」があります。もちろんそれは、生まれた
ときから明確に認識されているわけではありません。逆にいえば、
その答えを見つけるために生きている、といっても過言ではない
でしょう。しかし「これが天職、私の天職」と諦観すれば、必ず
そのときどきにおける“使命”は明確になるものだと思います。
第二に“感謝心”です。
これまでの人生において、大変な苦労をされてきたのかもしれま
せんが、決してご自身だけの力でここまで来たわけではありません。
いろいろな方々の支えがあって今がある。その感謝の気持ちから
発する「○○のため」が必要だと思うのです。
そして最後に「後継者」。
特に経営者である場合、“上がり感”を振り撒く方は「子供は自分
の好きなことをすればよい」とおっしゃります。「じゃあ、この
会社の後継者はどうするのですか?」とお尋ねすると、明確な答え
がありません。
夢を追い続けている人すべてが後継者を明確にしているとは限りま
せんが、後継者を明確にされている人、特にそれがご子息の場合で、
“上がり感”を発する方を見たことがありません。
いずれにしろ“上がり感”は決してよい状態とはいえません。一時
的に陥ってしまったとしても、できるだけ早いタイミングで立ち
直らなければならないのです。そのとき、是非この3つの視点を
思い出していただきたいと思います。
