亀井英孝の「千年続く経営」ブログ

名南経営コンサルティング 亀井英孝 公式ブログ

2016年01月

本日は、「会議」について考えてみたいと思います。

 

本来会議は、「必要悪」だと考えておいた方がよいで
しょう。なぜならば、会議など開かなくても、全員が
同じ方向性をもち、日頃の取り組みの中で具体策が
次々と決まっていき、チェック・確認などすること
なく確実に実施され、目標以上の成果を出し続ける
ことができるのであれば、別に会議など行う必要が
ないからです。

 

しかし現実はなかなかそううまくはいかないものです。
そこに会議の必要性があります。

 

会議を実施されるにあたって、常に念頭においていた
だきたい言葉があります。

 

「外では一枚岩」

 

です。これは私どもの創業者・佐藤澄男が常々口にして
いた言葉です。社員の誰からも同じ反応が返ってくる、
そんな組織にしたい。それが佐藤の願いでした。

 

しかしそのような組織になるためには、お互いが思って
いることを出し合い徹底的に議論して、同じ心になって
いかなければなりません。それができなければ単なる
メッキで、いつかはがれてしまいます。よって佐藤は
「外では一枚岩」と同時に「内では徹底的に議論せよ」
と言い続けていました。

 

思ったことを口にするわけですから、険悪な雰囲気に
なることもあるでしょう。しかしそこは大人の世界。
最後には「すっきりしたね!」で終わることが大切です。

 

そのような状態で終われるようにするためには、大事な
要素があります。それは

 

「互いを思いやる心」

 

です。これがなければ、喧嘩別れに終わってしまうこと
になってしまうかもしれません。これでは本末転倒です。

 

お互いがお互いの立場や状況を思いやり、相反する利害
をどう調整すれば良いかを真剣に考え、お互いが落とし
どころを真剣に探り合う。そのような姿勢で臨んで初めて
「すっきり」が実現できるのだと思います。

 

同一の目的・目標、何でも言い合える間柄、そして互いを
思いやる気持ちを持つ集まりを組織といいます。そうで
なければ単なる烏合の衆です。

 

ぜひそのような認識で、活気ある会議を現実のものとして
いただければと思います。

本日は「言葉」について考えてみたいと思います。

言葉というのは恐ろしいものです。一度口から出てしまうと、
もう取り戻すことができません。仮にそれが言い間違えで
あったり、本心でなかったとしても、取り返しがつかないもの
なのです。「実に恐ろしきは言葉なり」です。


しかし、思ってもいないことが口から出てくることはそれほど
多くはないでしょう。仮に顕在意識にはなくても、もしかすると
潜在意識の中にあるのかもしれません。


また、その言葉が相手を不愉快にさせたり、傷つけてしまう
ことなるとはまったく気付いていないがために、平気で口に
できてしまうというケースもあるでしょう。


いずれにしろ、口から一度出てしまったものは、引っ込める
ことはできません。これを機に、顕在・潜在を問わず、自分
自身の意識の中の改めなければならない自分、ないしは
本来持つべき正しい意識・見識を、人間の根源に立ち返って
考え、新たな正しい言葉遣いを実践していく機会とするしか
ないのです。


また言葉というものは、愛の薬になることもあれば、人を殺す
ほどの毒になることもあります。だからこそ一言一言を大事
に口にすることが大切です。


かといって委縮してしまう必要はないと思います。逆に言えば、
どんなに気を付けていても、出る時は出てしまうものです。
ときに私は「神様に言わされたんじゃないか?」と思うことさえ
あります。


また口が滑ることによって、自分の至らなさや間違った考えや
行いなどに気付くことができると考えるならば、「口が滑る」のは
自己革新のための必然なのかもしれません。


繰り返しになりますが、口に出たものはしょうがありません。
それを機に、何が悪かったのか、どうすれば良かったのかを
心から反省し、新たな正しい行動を取っていけばよいのです。

その真摯な姿勢が、仮に一旦は心が離れてしまったとしても、
必ずや信頼の絆を手繰り寄せ、より一層強固な関係を構築
することができるようになるのだと思います。

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