本日は、“先祖”について考えてみたいと思います。

 

今こうして生きていられるのは、その命の元である

先祖代々の方々のおかげであり、そのことに感謝の

気持ちをもつことの大切さは、いまさら言葉にする

必要はないでしょう。

 

その気持ちの表れとして仏壇や神棚に手を合わせる
「親の後姿」はとても大切な教育となります。

 

親が仕事に尽力すればするほど、その後姿は子供の
憧れや尊敬の的になります。

 

オーナー企業の場合、それは親の会社を継ぐことの

意欲にも繋がっていきます。

 

一方で、親が立派過ぎる(と感じる)と、萎縮の心

も生まれるようです。

 

「親のように立派な経営者になれるだろうか」

「自分のような非力な者が本当に跡を継げる

だろうか」

 

と思い悩むのは、実績も経験もない後継者にとって

は当たり前のことかもしれません。

 

現にそのプレッシャーから、心の病となってしまう

後継予定者がいることも事実です。

 

そのときに大切なのは、仏壇や神棚に額ずく親の姿

ではないかと思います。

 

「あんなに優秀な親でさえ、神仏にすがるのだ」

「非力な自分も守られているのだ。」

「だから一生懸命に生きさえすれば、親のよう

 になれるに違いない」

 

と・・・

 

また、親として「私が守る」という意識は必要です

し、自分の存在そのものが心の支えになることは

よいことです。

 

ときに、子に不足する能力や仕事を補ってあげる

ことも必要でしょう。

 

しかし、いずれ直接的な支援はできなくなる。

 

必ずやってくるそのときに、子や後継者に支えに

なるものが何もない、では困りものです。

 

子育て、そして後継者教育において、自分がいなく

ても大丈夫な心の支えをこしらえてあげることが、

最も大切なのだと思います。

 

それが譲る者の神仏への祈りだと思うのです。

 

なかでも、「ご先祖様が守っていてくださる」との

意識は、元来日本人にとって最も心強いもの。

 

そして自分自身がご先祖さまの仲間入りしたその

とき、後継者にとって最高の心の支えになること

は間違いありません。

 

「何があっても父母が見守ってくれている」と。

 

神仏へ額づく親の姿が、子や後継者への最強の

教育となり、心の支えにもなるものだと思います。