本日は、“教育”について考えてみたいと思います。

 

ときに、若手社員の教育に関する相談があります。

 

 「返事はいいが、やるべきことをやらない」

 「叱った後はやるが、時間が経つと元の木阿弥」

 「現状に満足し、成長意欲が感じられない」

「相談がない」

 

などといった内容です。

 

このような状況に対して、

 

「最初のうちは、まあ、いずれできるようになる

だろうと笑っていたが、あまりの変化のなさに

イライラしはじめ、徐々に厳しい姿勢になり、

遂にはもう、諦めるしかないか・・・と思って

しまう」

 

という声さえ聴かれます。

 

皆さんはそんなことありませんか。

 

私が心配するのは、このような状況に「ゆとり世代

だから」の一言で片付けられてしまい、彼らの更生

と成長の機会が奪われてしまうことです。

 

“ゆとり教育”とは、「物わかりのいい大人」を演じたい

現場を知らない者たちが、

 

自分たちが言うべきことを言わず、

叱るべきことを叱らず、

立ち向かうべきところを立ち向かわなくても済むよう

にできる

 

要するに、自分たちが楽をするための教育システムと

思えてなりません。

 

行動が伴わなくてもいい返事をすれば褒め

結果が出なくても頑張っている姿勢さえ見せれば褒め

成長が感じられなくても、言ったときに言ったこと

さえやっていれば褒める

 

自分たちが楽をして、「いい人」と言われるように

するための仕組みに過ぎないように感じるのです。

 

結果として、前述のような子供たちが育ってしまう。

 

このような環境で育ってきた社員に対して、行動が

伴わなくても、結果が出なくても、成長意欲が感じ

られなくても、「もう、諦めるしかないか・・・」

と育てる義務を放棄してしまったら、“ゆとり大人”

の仲間入りをしてしまうことになってしまいます。

 

これだけは何とか避けなければなりません。

 

そもそも教育とは、

 

社員が素晴らしい人生を歩んで欲しいと心から願い、

厳しく指導・叱責し、

できるようになるまで忍耐強く待つ

 

ことです。

 

ここでいう厳しさとは「強く言う」ことではなく、

「許さない姿勢」です。決して諦めてはいけません。

 

先のような環境で育ってきた社員です。今、そうで

あることは仕方がないのかもしれません。

 

それはそれで受け入れる。しかしそれを許しては

いけないのです。

 

人生80年、20歳で入社してきた社員であれば、

まだ人生の1/4しか経過していません。

 

1日でいえばまだ午前9時です。会社によっては、

やっと始業したばかりです。

 

残りの人生を考えれば、決して諦めてはいけません。

 

縁あってわが社に入ってくれた彼らのこれからの

人生が、もっともっと素晴らしいものになるよう、

諦めることなく、忍耐強く、大いに期待して育てて

いきましょう。