2012年8月6日

【広島】

「人は“繋がり”を以ってこの地上に生き、その生きた軌跡がまた他を少なからず揺り動かす。幾多の魂が、あの日の出来事(原爆投下)によって非業の死を遂げ、愛する家族も、友も、皆散り散りに引き離された。そしてその後の人生が、いずれもこの日になぞらえたものとなる、これは言葉に尽くしがたい悲しみとして、今日においてもなおその心の傷は完全には癒されていない。」

「敵国への“恨み”は、もうとうに過ぎた。恨んでも恨んでも、その(心の)傷は癒えることはなく、己の心に暗く重たい苦しみとして募るばかり。一面に広がる惨状を前に、当時、我々はただただその場に立ちつくし、この先にはだかる幾多の困難に、思いを及ばすことは誠に酷であった。将来?この有り様を前にして、思い描くことは、そうだ、誰しもできなかったであろう。辛(から)くして生き残った者たちは、粉々に散り落ちた家々の傍らに佇み、ただ懸命にその時を“生き抜く”のみであった。」

「戦後70年近くが経とうとしているが、広島におけるこの年月は、人々にどのようなことを提示したのか。戦後の生存者が年々減少し、あの時の衝撃が薄れつつある。原爆という大量の殺戮兵器が、わが広島に落とされ、そして一瞬にして幾多の命を奪い去った。語り継ぐべきは、戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさか?我々の魂は、もはやその多くが天上に帰り、未だ地上に残ったままの魂たちへの鎮魂と、我ら自身、癒し、癒される日々を送る。そして、今後のこの地上における、真に在るべき平和な姿を絶えず思い描いているのだ。」

「皆に伝えてほしい。平和を願う、その心がこの世界には必ずや必要なのだ。それはけして我が国のみの平和ではなく、この地上すべてが戦いのない、穏やかな世界であることを心の底から思い描き、いずれの魂も、生きる尊厳が守られること、これを如何なるときも今を生きる人々に抱いていてほしい。我々は、惨い戦争によって、この地上での歩みを突如止むこととなった。しかしながら、今もなお、世界中で戦争が起きている。あなたがたには、想像もできない悲惨さと、誠に多くの命がその戦争によって昇天している。我らはその魂たちが、地上界における肉体を離れ、そして天上に引き上げられるのを見ると、我らのあの日の出来事が一瞬にして蘇えり、これらの魂が一刻も早く癒され、次回こそは真に平和な世界に降り立てること、そして地上における真の平和を心から願わずにはいられないのだ。」

「原爆という非情な兵器によって甚大なる被害をこうむり、そしてあの日の禍根からそれにも屈せず、ここまで我が国を復活させたあなたがただからこそ、出来ることがある。けして悲しみを引きずるのではなく、そうした出来事から、それでも明るく前に歩むこと、そして他を認め、皆で“共に”生きるという選択を、今後の人生のなかで絶えずおこなってほしい。平和への祈りは、確実にこの天上においてきかれる、ということを私からは伝えたい。」

「今日のこの日は、それこそ、数えきれないほどの魂たちが、再びこの地上に降り立つ。どうかいずれの魂への感謝と、今後各々が望ましい道を歩めるよう、祈りを捧げてほしい。地上のあなたがたに、我々は本当に感謝をしている。どの人々も、我々は愛おしくて愛おしくて仕方がない。終戦当時から生き続けている人々、そして縁あって、戦後我が国に降り立った魂たちは、いずれも我らの無二の“宝”なのだ。どうか、日々希望を以って心豊かに生き抜いてほしい。本当にありがとう。またいつの日か。」

<感想>

原爆投下の日に合わせて、広島へ祈りを捧げました。そこを治める神ではありませんが、広島の原爆によって被曝し、ほどなくして亡くなった魂の一人が降りてきて、このメッセージを伝えてくださいました。この方の役目は、地上に比較的近いところで、未だ生まれ変わりをしない、原爆を経験した魂たちの中心的存在としてそうした魂を導き、互いに癒し合いながら、地上の人々のことも見守ってくださっているようです。原爆によって命を落とされた人々の魂は、その甲斐もあって、そのほとんどが後悔に苛まれることなく、むしろ穏やかな気持ちでそれぞれの段階に進まれているようです。いずれも地上の平和を願い、人々が笑顔であることを心から望まれています。祈り、祈られる関係、それが私たちを含めた魂たちが、真に“繋がる”ということなのではないでしょうか。

以上。