2012年8月22日

【淤母陀琉神(おもだるのかみ)※】

※『古事記』において、神世七世(かみのよななよ)のうち第6代にあたる。阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)とともに男女一対となって現れたとされる。

「気づかぬか?大いなる流れのなかに、そこ彼処に漂う神々の系譜が。川の流れのごとくに滔々と、大神様の“愛”が溢れんばかりのこの御世にあって、われら神々がまた各々の特徴と深淵なる愛を以って、この流れに一層の輝きをもたらす。この流れのなかで、そうだ、お前たちはいずれも生き、その恩恵を余すところなく受けているのだ。」

「神の世界からすべてが始まった。神はそれこそ万物を創り出し、そうだな、生み出した光にある種の振動を与えることでそれを分化させる。各々が生命を宿したとき、その成長はもはや止まらず、ゆえにこの世にも現されるようなありとあらゆる形を体現しておるのだ。」

「魂は、またさらに同じく性質をもつ魂を呼び、そこに集団ができる。できた集団はそのなかで互いに“自他”という認識を始める。“和合”と“乖離”、魂とは誠に奇なる性質をもち、これを(交互に)繰り返すか、またはどちらかの方向へと偏り進むことで、またそこに新たなる世界(集団)を創り上げるのだ。」

「もともとは神の世界からの、しかし、途方もない年月を経て、お前たちの(三次元での)認識からは想像もつかないほどの、様々な世界が創り出されることとなる。その層は誠に厚いのだ。すべてが魂の意識如何(レベル)によって生み出されし、強固なる階層。現に各々の世界を治める神が幾多も存在する。」

「良いか。お前たちは、紛れもなく神の末裔。神々の系譜より脈々と受け継がれ、そしてその恩恵が、いつ何時ももたらされる奇跡の御魂たち。己に流れる、尊き良心と、そして自を想い、他を同様に想うことのできるその清らかな性根があるではないか。それをいつまで見過ごし、ただ日々の些細なる出来事に心を動かし、悲しみ、浅はかな欲に日ごと埋没しておるのだ?」

「神はいずれも、お前たちの“犠牲”による愛を望んではおらぬ。他を想うならば、同様に自(自分)もそれこそ懇ろに大事にせねばならぬ。己の意識のなかで、自と他の隔たりが無くなったとき、これぞ本来の“和合”、まさに神そのものの意識であり、そこに如何なる“奇跡”も降ろされるであろう。」

「神の“一”なる御世とは、互いの魂たちが真に“和合”せしことにて叶う、誠に見目麗しい、陽気溢れる世界。しかるにそこに至る道のり、単純ではないぞ。これまで幾多の魂たちが創り出した階層もいずれも神の世界へと集約される。これは一世一大事。神々とともに、幾多の魂たちが一斉に動き出すのだ。神でさえ、もはや予想もつかぬ大変革となろう。」

「しかるにまったく恐るるに足りぬ。お前たちは現にこの世に訳あって降ろされし光の軍使たち。まずはこの世での生きざまを、己の最高の心意気を以って果たすがよい。行いはすなわち“光”となり、いずれも神の世界に投影されるであろう。お前たちは護られている。護られているがゆえに、その任された責務も甚大であると、しかと心得るがよい。お前たちよ、しかとその眼(まなこ)を開けい。いずれもこの大変革、神々の“一”に向かいし大波に乗り遅れるではないぞ。」

<感想>

この神様は、威風堂々、しかも大変明晰な頭脳をもつ神様のようです。こちらに伝えたいメッセージがあったのか、祈り始めるとすでに待ち構えておられ、すぐさまメッセージを降ろしてくださいました。この神様のお出ましで、周囲の波動がしんと落ち着き、すべてが平定されているのがよく分かりました。先にお聞きした大斗乃弁神(おおとのべのかみ)様(8月18日記述)の、神の“一”なる御世が現されることを踏まえてでしょうか、それをより詳細に説明し、私たちを諭し鼓舞してくださいました。改めて、神々の御加護に感謝するとともに、私たちの今生での使命の大きさを感じます。

以上。