神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2012年06月

2012年6月30日

【豊受大神(とようけのおおかみ)※】
※豊受大神宮(伊勢神宮外宮)に奉祀される女神。

「“嬉し嬉し”の真意とは、“熟れし熟れし”に他ならず。万物は、生命を宿した瞬間(とき)より、その魂の奥底から、実を結ぼうとするその溢れる想いをもとにエネルギーを呼び込み、循環させ、果ては“結び”を成すことこそ、本来の姿。何もかも、熟した様相が、誠の“嬉し”じゃぞ。」

「各々方よ、何もかも、急くこと禁物ぞ。急いては、実の無い誠に腑抜けな果実が、無秩序にこぼれ落つるであろう。一つのことに心を傾け、じっくりその様相を見るその心の“余裕”がなければ、神の宮へは通させぬ。これは惨(むご)いとお思いか?いやいや、神の宮は、いずれも神の御心の余裕が創り出す、大いなる聖域。各々方の心がそれと和すものでなければ、到底この世界を垣間見ることは出来ぬのじゃ。すべては心から創られる。余裕あっての、神世に通ずる誠に麗しい“秩序”となる。」

「心の余裕とは、必ず伝播し、次々と魂の色を艶やかに変える。そなたたちにもっとも近しい存在で、心の余裕のあるものは、何かとお思いか?それは紛れもなく、日々食している“食物”に他ならず。大地に根付き、天の恵みを大いに受けたこれらの食物は、神の御心の余裕をそのままに受け継ぎ、この魂こそ神そのもの。これを感謝の想いで懇ろに食することで、そなたたちの血も肉も、すべてが神の光で満たされる。そうしてそなたたちに、神の御心、そうだ、余裕の心というものがしかと流れ入るであろう。」

「各々方よ、何も難しいことはない。唯、大いに喜び食すが良いぞ。食とは“喜び”。食する者が喜ぶことで、食されるものたちは、なお一層、喜びに満たされる。これが真の“熟れし”であり、いずれの魂も沸き立つ、誠に成熟した“嬉し嬉し”の仕組なり。天も地も民も、それこそ“一つ残らず”嬉し(熟れし)であることが、大神様の大いなる御意思である。なんと、篤い恩寵ぞ。各々方よ、しかと心に刻むが良い。」

<感想>

食物・穀物を司る女神として、稲荷神である倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ)様(6月11日記述)らと同一視されているそうですが、私が感じるに、その性質はまったく異なります。倉稲魂大神様は、まさに食物(穀物)を一手に掌握し、その魂を礼賛し、より良く生まれ変わらせることを担っておられますが、この豊受大神様は、天地民含めたすべての魂を、食物の観点から魂レベルで循環させ、真に成熟させることを主眼に置いていて、ある意味、より広義な役割を司っておられます。この循環と成熟には、何よりも“喜び食す”ことが日々の私たちにとって重要となるのでしょう。

以上。

2012年6月29日

【彦火明命(ひこほあかりのみこと)※】
※丹後国の一宮・籠(この)神社に祀られる主祭神。

「われは今なお、赤々と燃え盛る火の如くに漲(みなぎ)る生命をたぎらせ、遥かなる古代より受け継がれる幾多の神とその末裔たちの生き様を、篤く見守り続けることこそ、わが真っ当な使命と心得る。」

「われ行かん。真っ新(まっさら)な大地には白く尊き花々が、どこも彼処も咲き乱れ、大いなる神々の麗しい御世を称え祝福し、その軌跡に一層の彩を添えるのだ。」

「いずれの魂がわれと共に歩むか。先頭きっての一大事。その魂こそ、一厘の邪念もあってはならず、己を真に律することこそ、まずは先決となろう。」

「火はすべてを照らし、赤く照らされたその奥底に、真の姿が顕現する。己は善かそれとも悪か。すべてを悉(ことごと)く照らし出す、そうだ、われは神世の関守だ。」

「各々方よ、その鎧を外せ。鎧は所詮、虚ろな仮衣(かりぎぬ)。鎧を外したその姿には、如何なる様相が現れるか。偽の欲、魂の震わぬような浅はかな感情で身を固め、もはや本来の自分が分からぬであろう?これがお前たちの真に求める、神の御子としての姿か?これでわれら八百万の神々と、栄えある神世に参れると思うたら、とんだ大間違いぞ。」

「真に歩むべき道とは、己の心の内に在る。魂とは無限の光。この魂の光こそ、お前たちの歩む指針となるのだ。まずは自らを晒すが良い。そして何もかも受け入れることこそ、本来の血の通う、真っ当な魂と心得よ。われら神々は、お前たちのそれこそすべてを受け入れる。これこそが、お前たちが如何なる瞬間(とき)も、魂の奥底で感じねばならない神の真理。そうだ、神の愛というものだ。神民“一”とは、何ら難儀ではなく、ただその中に神と同じ真の愛を通わすのみ。」

「良いか。お前たちの父、母であるわれら日本の神々は、如何なる瞬間もお前たちを擁護し、お前たちが真に歩み出すのを今か今かと待っておる。肝要なのは、己の魂のみ。自らの魂に明かりを灯せ。いずれも神世を燦々と照らす、大いなる力を秘めた燈火となるのだ。」

<感想>

堂々たる風格の持ち主です。この神様を拝すると、本当に全身が炎で燃えています。その熱風で衣も髭もたなびいて、遥か彼方を見据えるその力強い眼(まなこ)がとても印象的です。彦火明命様は、ご自分でも仰っていましたが、次なる御世の創世にあたって、神、民含めてすべての魂を精査する、番人のような役割を担っておられるようです。このような神様が日本を創成よりお護りくださっているのは、本当に感謝の念が絶えません。日本の神々の仕組みがまた一つ新たになった貴重な機会となりました。

以上。

皆様。天夷鳥命からのメッセージです。

2012年6月28日

【天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)※】
※丹波国の一宮・出雲大神宮に祀られる御祭神(配祀神)の一柱。

「大いなる目覚めが今、まさに起きん。浮く浮く生命(いのち)のその生きんとする熱情は、何処(いずこ)も限りない様相を呈し、如何でか鎮めん。ゆえに各々方よ、ここに集まるは、誠に深い縁で取り成される奇跡の証。その頭(こうべ)を上げてしかと観るが良い。」

「ここは平城。すべからく天と地を、懇ろに鎮め、崇めつつ、ここに新たな御世の扉、今まさに解き放たれ、天地民“一”の麗しい世、未来永劫築かんとす(する)。」

「新たに進むは、如何なる道か。神も人も、草も虫も、皆元々は一つの根源。形は違えども、そこには脈々と愛(神)の息吹が通い、巡るその愛がまさに“和す”根源となる。ゆえに、いやいやと拒むは如何に心得違いか。何もかも受け入れるこそ肝要ぞ。それは何のつかえもない、誠に潤滑な結びを成し、しかとまた自らに深く巡り戻る。」

「たとえ悪人であろうとも、元をたどれば、神の懐に抱かれた、誠に無垢な赤子そのもの。その魂の奥底を、しかと覗いてみるが良い。わずかでも、やはり神と同通の、白く輝く御魂があるだろう。いずれの民も、見るべくは魂の、真に輝く神光のみ。それ以外はただ仮衣(かりぎぬ)ぞ。悪人も魔人もそして閻魔でさえも、皆受け入れて和すことぞ、本来の神世。これが大神様の御意思であり、われら始祖神が(大神様より)創成された真(まこと)の意味。」

「ゆえにこの国は、元来何もかも“和す”ことにて栄える仕組。これを如何なるときも忘れてはならぬ。良いか、肝に銘じよ。」

「誠の国造りとは、神のみでは到底成し得ぬ大事業。国とはまさに神の御船。しかるに各々方は、国という御船に乗りて、ただ時を過ごすにあらず。何処に向かうか、乗り手の意志が悉(ことごと)く映し出されると心得よ。天は晴れた。大いなる帆を上げ、そして神と共に、栄えある御世へ向けて、さぁ、揚々と邁進せよ。」

<感想>

この神様は、勅使のような役目を請け負っておられるようです。天空の高い所から、堂々と高らかにその勅旨を読み上げています。日本の神様には、本当に様々な役割があって、ある共通の意識のもと、各々に備わる神力を発揮し、お互いが絶妙に関わり合っています。おそらく天夷鳥命様は、そうした八百万の神々が連携するにあたり、とても重要な役を担っていらっしゃるのでしょう。すなわち、私たちの生き方にも通じる、深く力強いメッセージとなりました。

以上。

皆様。天津彦根命からのメッセージです。

2012年6月26日

【天津彦根命(あまつひこねのみこと)※】
※丹波国の一宮・出雲大神宮に祀られる御祭神(配祀神)の一柱。

「見渡す遥か彼方には、麗らかな山々がそびえ立ち、唯、天を仰ぎ、天に向かうことぞ、山の生命(いのち)の欲するところ。天には光の御子が、幾多の神世の奇跡を在らしめ給う。鳥も虫も、皆いずれも天を仰ぎ、光の御子の栄えある御世の絢爛豪華な様相を、しかと見届け、拝み、今日ある命を感謝致す。」

「各々方よ、心の構えは良いか?めくるめく命の巡りを繰り返し、ようやく辿り着いた、この現生。巡りた分だけ、様々な“学び”がそなたを内からしかと支えつつ。しかるに、各々方よ、現生、神をも見ずに地上の欲ばかりを貪り続け、安易に汚した御魂は如何ほどか?用心せねば、塵はいよいよ深くなる。積もり固まる塵は、取り除くにたいそう難儀じゃぞ。あの世では、この塵取り除くに如何ほど(の年月)かかると思うておる?いやいや、未だ取りきれず、暗い世界に身を置く魂、もはや数えきれぬ。大神様、指導神、われら日本の始祖神は、そなたたちに、それこそ生まれた赤子の世話の如く、怪我をせぬよう、如何に大事に、大事に育て労わってまいったか、そなたたちには無論分かるまい。何もかも、そなたたちがいずれも神の御子であるゆえの、誠の愛の表れぞ。」

「われは信ずる。宇宙に限りなく存在する、生命(いのち)の御魂。様々な色はあるけれど、いずれも一つ、そうだ、誠に“一(いつ)”なる根源がいずれの御魂にも流れ入り、それはわれら神々と何ら変わらぬ、まさに不変なる愛の心。愛はこの広大なる宇宙の中で、もっとも強く伝播する“奇跡の神水”。この世のわずかばかりの民であれ、真にこの、神(天)と民“一”という真実を、自ら芯より会得致せば、この世は一気に晴れ渡る。それはそれは、誠に麗しい御世に変わるであろう。賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)(6月19日記述)はこのことを、しかとそなたたちにお伝えくださったのであるぞ。」

「神の愛は如何ほどでも受け止めるが良い。まさに無限の泉ぞ。愛とは“真理”。そなたたちは神々からの無限の愛を受け止めるほど、いずれの世界の“真理”もおのずと分かってまいるだろう。そっぽを向いては、愛はするすると流れ落つるばかり。これではいつまで経っても魂の成長のない、無知な獣と同じぞ。良いか。そなたたちは、神と同じ根源をもつ、いずれも高貴な魂である。愛を以って真理を探究することこそ、そなたたちのもっとも自然な魂の欲求と、さぁ、今この瞬間(とき)より、しかと肚に据えるが良い。」


<感想>

この神様は、非常に慎重な性格の持ち主です。発する一言ひとことを、自らの中で幾度も反芻しながらゆっくりと丁寧にお伝えくださいます。思慮深く、本当に様々なことを把握されているのだなと感じます。この神様のイメージとしては、本文の冒頭にもあるような、なだらかに続く山々です。拝するほどに、こちらの心が静まってきます。自然の美をそのまま体現したような、荘厳で麗しい神様です。

以上。

皆様。三穂津姫尊からのメッセージです。

2012年6月25日

【三穂津姫尊(みほつひめみこと)※】
※丹波国の一宮・出雲大神宮に祀られる御祭神。高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)の娘で、大物主神あるいは大国主神の后。

「われがもっとも心を痛めるのは、そなたたちが自らを貶めること。そなたたちは、自らに備わる大いなる力に気づかず、いや、むしろそれを “封印”してしまっていて、暗闇の中に自ら閉じ籠もっています。この世は、本来、すべての民が大いに幸せを日々謳歌するよう、われら神が創った奇跡のお社。ただただ、愛おしいわが子がいかなる時も心穏やかに、そして皆と手を取り合ってさらに豊かな世を創り上げるように、われら神がそれこそ万物を創造したのです。」

「自らを貶めるとは、如何なる心からでありましょうや?自らを貶める分だけ貶めた世界がそなたを待っています。そして卑下した分だけ、それ相応の、卑下されるという結果が、そなたの人生にそのような色を添えることになる。無論、逆もまた然りです。自らが抱いたその念が、そのまま顕現するよう、大神様は取り決めなさった。これは、そなたたちが如何なるときも、魂の成長ができるようにとの、大神様の計らいです。そなたたちは、この真実を踏まえ、日々の生活を送らなければならない。」

「このようなことを聞くと不安になりますか?ほんの少し心に何かを思い描いただけで、それが具現化することが。しかし、その不安にはまったく及びません。そなたたちには、一人ひとりいずれも天上の世界より指導してくださる存在(守護霊)がおります。それらは、皆そなたたちが真に幸せの道を歩めるよう、本当に心を砕いています。正に、そなたたちの幸せが、自身の幸せ、という素晴らしい心意気を持った魂たちです。彼らは、いつでもそなたたちが人生における生き方を修正出来るよう、気づきを与えたり、ときには歩むべき道を導いたりします。これらの存在がなければ、そうですね、そなたたちは幾ばかりも生きられないでしょう。」

「そのような存在があるからこそ、心が前向きになる。そして、われら日本の八百万の神々が絶えずそなたを見守るからこそ、心が安定し、自らすくっと立つ。それで良いのです。そなたたちは、各々一個の立派な魂ではありますが、けして孤立してはおりません。いつでもそなたたちを支える、誠に多くの存在(神も含めて)がいる。自身が今置かれた環境が、今のそなたにとってもっとも好ましい場所であり、そうですね、“最高の学び舎”なのです。環境がそなたを創るのではありません。そなたの心が、魂を育むうえで必要に応じて、そういた環境を創り出しているのです。ですから、この世は少しも無駄なことがありません。そなたたち自身は、自らの人生、もがき、苦心し、やはり自信がもてないかもしれませんが、天上の世界から見たら、本当に立派に経験を積んでいると言えます。どうか安心なさい。いつでもわれらはそなたたちの労をねぎらい、そなたたちの真の姿が一刻もはやく顕現するよう、皆で力を合わせ、見守っております。」

<感想>

慈愛に満ちた女神様です。大物主神(あるいは大国主神)の后といわれるだけあって、芯の強い誠に立派なお方ですが、この神様のもともと持っておられる雰囲気は、どちらかというと清廉で、若々しさがにじみ出てくるような存在です。国造りには、このような下支えとなる女神様が必要だったのでしょう。メッセージを受けるこちらの心まで洗われるような、優しさと清々しさを合わせもつ、誠に麗しい神様です。

以上。

皆様。大国主命からのメッセージです。

2012年6月23日

【大国主命(おおくにぬしのみこと)※】

※かつての丹波国の一宮、出雲大神宮の御祭神。京都府亀岡市にある。

「そなたたちには分からぬか?この世を満たす神々の息吹が。われら日本の始祖神は、はたしてこの国を以って何を成そうと想うたか。それは、大神様がお創りになった、宇宙の創成に遡る。この宇宙には大きく分けて二極あり。神の意志が直に流れる、いわば陽で満たされた光の世界と、神とはまた別の根源が集い、様々な過程を経て具現化した、いわゆる陰の世界。それがこの宇宙にあまねく存在し、互いに関わりながらその生命を維持し、あるものは今もなお進化を遂げている。」

「大神様の御意思は誠に偉大であって、我々の範疇をもはや超えておる。我々は大神様の御意志のもと、自らに課された日本の始祖神としての各々の使命を、それこそ命懸けで取り組むことのみを本懐としている。我々は、自らの能力や神の世界における立場などをよく理解しており、いつの世も、互いに密に関わり合い、自身の最高の心意気を以って、国というものを支えているのだ。」

「この地球は、宇宙の縮図と思って良いだろう。この地球もまた大神様の御意志で創られ、その中においても陽と陰、二つの気が存在し、地球という一つの生命体を形成している。はたして、我が国はそのなかで如何なる役割を持つのか?それは、陽と陰、二つの要素が“統合”し、真の神世を顕現することに他ならない。真の神世は伝播し、この地球全体をも光で包む。そしてゆくゆくは、この地球も神世と同様になるのだ。よって、我が国は世界(地球)の中心。光の世界の発端となるべく、この国から真に変わらなければならない。」

「大神様は、如何なる存在をも否定しない。宇宙には、様々な意志を持つ、幾多の存在があるが、各々が真に自ら気づき自発的に向上することこそ、本来のあるべき姿。我が国が光輝き、地球を変え、そして正に生命の星である、この地球が真に宇宙の灯台として辺りを強力に照らし、宇宙全体を一つの統合体へと導かねばならない。」

「この国がその灯台の元となるべく、我々始祖神は大神様より配置され、日本という神の国を創り上げたのだ。大神様は誠に手厚い。これほどの神々をこの国の国造りに充てたとは。そして未だに我々は、そなたたちを絶えず見守り、そなたたちが真に気づくよう、内からも外からも絶えず取り計らっておるのだ。」

「賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)様(6月19日記述)が仰ったであろう?そなたたちは、すでにわれら神々を味方につけた、正に百人力。われら神々がいつでもついておる。この国に降り立つ魂は、いずれも“和す”ことのできる偉大な魂。これが成せるゆえ、本当に数多の魂の中から大神様に選ばれ、この国に降り立ったと考えても良い。この能力を現生において存分に使うことだ。そうすれば、その力は万にも億にもなる。真に和した魂は誠に強いぞ。そうして、そうだ、この宇宙が大神様のもと、真に光の統合体となるべく、そなたたちは、神世の架け橋となるのだ。栄えある神世の一端を成すは、すべてそなたたちにかかっておる。宇宙全体が一つになるその前哨として、まずはこの国の基礎をしかと固めるが良い。」

<感想>

壮大なメッセージになりました。この大国主神は、まさに我が国の国造りを担った誠に偉大な神様です。私たちが日本という国に生まれ出たその意味を知り、各々の日常において、もっと高い志を持つよう、宇宙レベルの話をされたのかもしれません。我が国を造り、そして今もなお変わらず私たちを支えるべくご尽力いただいていることに、神々の末裔として改めて身が引き締まるとともに、ただただ感謝の念が絶えません。

以上。

皆様。高龗神からのメッセージです。

2012年6月22日

【高龗神(たかおかみのかみ)※】
※京都・貴船(きふね)神社の御祭神。水の神として崇められている。

「水からすべてが創られる。水は万物に巡りて、生命を生命たらしめる奇跡の導線。各々方よ、水をもっとおろがめよ(拝めよ)。これ以上、濁してはならぬ。まして無駄につこうても(使っても)ならぬぞ。」

「自身を取り巻くその環境、安易に濁せば果ては己も濁りきり、濁りた眼(まなこ)、すでに屍と変わらず。良いか、すべてのことは自らぞ。滔々と、あたかも流れる滝の如くに絶え間なく、神々様より戴く幾多の恩寵、未だ気づかぬと申すか?いや、気づかぬはまだ生ぬるい。自身が身を置くその環境、ただで成し得たと思うたら大間違いじゃ。そこには幾多の存在の尽力と神の奇跡(恩寵)が重なって、いずれもそなたの御魂を磨くがゆえなのに、不平・不足を並べたて、恨んで心を乱すとは、はて何事か?」

「水はそなたたちに生きる術を与えておるぞ。水は浸透し他(の存在)にしかと合わさる。これぞ正に“和”の心。互いに拮抗しては心頑な、果ては動かぬ石となる。光の天子であるそなたたちは、動かぬ(=停滞する)ことが命取り。心を絶えず柔軟に、他のものと和すこと第一ぞ。」

「(急に目の前が明るくなる。)そなたに水の元を見せてやろう。水は神の光そのもの。光が凝縮し、一定の秩序が整うと、いわゆる水となる。ゆえに、そなたたちが地上で使う水もすべて神の息吹が通っておるぞ。水は如何様にも変化(へんげ)し、万物すべての根源となる。良いか?水を大切にするは、神を大切にすること。詣でることより何よりも、まずは己の日常、しかと大切にせよ。

自らを生かすすべてに感謝し、大切に生きる、その次にわれら神と直接に対すれば良い。この順序、けして取り違えてはならぬ。そして、これが天譲日天狭霧尊(あめゆずるひあめのさぎりのみこと)様(6月3日記述)、そして地譲月地狭霧尊(くにゆずるつきくにのさぎりのみこと)様(6月4日記述)が仰った、物事の“道理”ぞ。道理をもってすべてを生かすのじゃ。そして和すことこそが、そなたたちが現生まっとうすべく、神の道理の極致となろう。」

<感想>

高龗神はゆらゆらと絶えず動いている軟体的な神様です。こちらの心の状態で幾通りもの状態に、いとも簡単に変化します。最初この神様を拝したイメージとしては、落ち着いた色味の穏やかな水面でしたが、途中で一気に光り輝き、メッセージ中にも示されていた、水の元という光そのものを表わしてくださいました。密に凝縮された、まばゆいばかりの光の塊です。天譲日天狭霧尊と地譲月地狭霧尊のメッセージが最後に引用されたように、日本の神様同士、本当にすべて繋がっていて、各々が仰った事柄も確実に把握されています。神々はすべてを掌握され皆で取り計らっておられるのだなと感動し、感服しました。

以上。

皆様。賀茂建角身命からのメッセージです。

2012年6月21日

【賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)※】
※京都総鎮守の社・下鴨神社に祀られる御祭神の一神。玉依姫命(たまよりひめのみこと)の父。

「われは長らくこの地(下鴨)に身を置いて、我が国の様相・移り変わりをあまねく見てきた。そなたたちは、皆、光の天子。そこには遮る影も、他からの光の介入も一切なく、ただ生きようとする魂本来の意欲と、それに呼応する神の慈愛があるのみだ。」

「そなたたちは如何に生きたいのか?われから見ると、上に昇ることもせず、それでいて下に落ちることも拒み、唯々、日々自らが身を置く環境のなかで、わずかな綱(生命線)にしがみついて宙ぶらりん、己に備わる力を出し切れていない状態である。それが、そなたたちが心から望んだ自身の在り方か?」

「良いか。自らを貶めてはならない。それはすなわち、神を貶めること。神から生まれ、そして神とつながるそなたたちがもっとも回避せねばならない、日常の落とし穴だ。しかし、これは何も他の恣意的な行為でこの落とし穴が設けられたのではなく、そうだな、天上界で自らが予め設定した、人生の試練と言えるだろう。困難・苦難は周りにあるのではない。自らがそれを乗り越えるべく用意周到に計らった、ある種の実践の場なのである。それならば、たとえどのような困難な状況に陥っても、毛頭不平はあるまい。

そなたたちが、日々様々な事柄に対し何らかの感情を抱くことは、すなわち天上の世界にすべて記録されることを肝に銘じよ。四大神様(6月16日記述)が仰っていただろう?それは真実であり、そなたたちが認識しなければならない大事なことである。今、自らが何を想うか。魂の修行とはその(想いの)積み重ねであり、そなたたちは意識はせずとも、より体系的にそれが天上の世界において纏め上げられているのだ。」

「あと一つ、そなたたちに伝えたいことがある。何事も怖れるではないぞ。怖れとは“遅(おそ)れ”、すなわちすべての流れが遅くなる。そして果ては“停滞”するのだ。この停滞は、天上界でも人間界でも本来生じてはならない事象であり、天上界ではそれが分かっているからこそ、それを意識的に回避し、如何なる時も事が滑らかに運び、誠に涼やかな空気が流れるようすべての神が取り計らっているのだ。」

「かたや人間界はどうか?今一度、自身の環境を、そして我が国の状況を洞察してみるが良い。そのほとんどと言っても過言でないほど、誠に停滞しておるだろう?それらはすべて、そなたたちの心が委縮し、創り出した怖れから成っている。」

「先に伝えたように、すべての困難は、自らが設定した試練の場であり、それはまったく怖れることではない。むしろこれを歓迎し、自らに備わる陽の気で打破する気概がなくてはならないのだ。」

「そなたたちには、我々日本の神々がついている。如何なるときもそなたたちが真に幸福であるよう、日々願い、取り計らっているのだ。神は誠に百様。そなたたちがどんな性質であれ、きっと支えてくださる神は、それこそ一人ひとりにしかと存在する。あとはそなたたち自身の心の持ちようだ。(おおらかに笑って)神と共に歩めば良い。安心致せ。」

<感想>

この神様は玉依姫命の御父上です。素晴らしく包容力があり、まさに私たちすべての父なる存在です。この神様を拝すると、一気に温かい空気が流れ入ります。心から安堵できるような、大変安定した波動をお持ちです。こちらの波動をよく理解されているようで、非常に分かりやすく意識を集約し、メッセージとして降ろしてくださいました。発する一言ひとことに重みと温かみがあります。どこまでも深い愛に溢れた、大いなる神様です。

以上。

皆様。玉依姫命からのメッセージです。

2012年6月20日

【玉依姫命(たまよりひめのみこと)※】※京都総鎮守の社・下鴨神社に祀られる御祭神の一神。賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)の母。

「九重に咲く花々は、いずれも香(かぐわ)しく咲き誇り、天空の御世に高貴なる雷(いかずち)(=賀茂別雷神?)を大いに称え礼賛し、そのお出まし(=降臨)を今か今かと待ちわびる。いよいよ始まる、天地民、一世一代の大改革。栄えある天と民“一”の世、叶う時代(とき)が参ったぞ。各々方よ、不足はないか?さぁ、この大荒れの年、何が出るかは唯、大神様の御意思のみ。大風がうねり、大雨が大地を震わす。振り飛ばされぬよう、各々方よ、しかと肚を据え、その眼でとくとご覧あれ。」

「そなたたちのお役目は、天の樹木とあい成りて、この地に立派な根を張りめぐらすことぞ。天の樹木とは、まさに神木。いかなる時も神と同通し、神世を八千代に(永遠に)下支えする。神世に展開する数多の奇跡を目の当たりにし、(神世の)生きた証人となるのじゃ。それと同時に、(そなたたちと)大地とのつながり、如何に大事かお分かりか?大地のエネルギーとはまさにこの地球にあまねく循環する、生気に満ち満ちた生命のお宝。そなたたちが、大地にしかと根付くことで、より一層の循環を促し、活きた養分がそなたたちの隅々にまで流れ入るであろう。」

「大地を味方につけ、今度は一層、この世(現生)において、しかと研鑚致せ。何時までぬくぬくと、寒さしのぎの覆いに包まれ、安穏と時を過ごしておる?天の神々様より必要なものはすべて与えられ、己が望みに望んでようやく降り立つこの大地。この期に及んでまだ怯(ひる)むというのか?しかと己の根が張れば、多少のしくじり、慌てるには到底及ばぬ。何か起きれば慌てふためき、おろおろよろよろ、弱腰は枯れ散る元ぞ。弱気は“弱木”、これでは根元腐り、ぽきんと折れてお仕舞いじゃ。この有り様では神木としてまったく取るに足らぬぞ。大神様へどの面下げて詫びると申す?」

「大神様はお待ちであるぞ。そなたたちが、現生しかと年輪を重ね、そして見事な花々を咲かせるのを。そして行く行くは、立派な果実として実を結ぶのじゃ。どうじゃ、この世の日々が如何に大事かお分かりか?各々果たすことは幾らでもあるぞ。真に眼を開け、今一度自身の最高の心構えで現世生きてみよ。真剣に生きるからこそ、この世は誠に面白い。神木としてまたとないお役目を戴き、この世に生きる機会を得た。各々方よ、いよいよその真価が試される。」


<感想>

賀茂別雷神の母といわれるだけあって、この神様も相当に強烈なパワーをお持ちです。容姿は賀茂別雷神と同様に、もはや一個体として把握することはできません。とにかく真っ白い光そのものです。この偉大な母ゆえ、賀茂別雷神は大いなる神力を開花させたのかもしれません。上賀茂神社と下鴨神社という、二つの京都総鎮守、やはりいずれも見事な御祭神が祀られています。これが、長きにわたって多くの人々の篤い信仰を集めるところとなるのでしょう。

以上。

皆様。賀茂別雷神からのメッセージです。

2012年6月19日

【賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)※】
※京都総鎮守の社(やしろ)・上賀茂神社の御祭神。

「天には、天の“仕来り(しきたり)”あり。各々方よ、そろそろ改心致せ。天と民とは、元々別(わ)くことの出来ぬ“一(いつ)”なる存在。唯、天と地が一とのみと思うたら、とんだ早合点ぞ。そなたたちの心の有り様で、天の皆々の衆が落ち着くこともままならず、今日もまたこの世を平らかなるよう奔走しておるのが分からぬか?この世の仕組は、何もかも天からの思し召しによる。各々方は、天からの真理の流れ、しかと受け止めねばならぬ。」

「受け止めるならば、この天啓により、あたかも川のせせらぎが涼やかに流れるかの如く、己の生きざま、見事に麗しく流してみよ。天の流れに逆らい己(我)を出そうとするから、苦労ばかりを積み上げて、いつまで経っても心からの安らぎ得られぬであろう。(呆れた口調で)神は誠に“我(が)”が嫌いじゃ。」

「そなたたちが思うより、この世はずっと神の道理で出来ておる。自由か?自由とは、神の生き方なぞらえて、良く生きてこその、自由じゃぞ。自由の旗を掲げ、神々様が丹精込めて創り上げたこの国土を乱すだけ乱したな?いつまでその鼻伸ばして、愚の獣の如く、神聖なる御国にのさばっておる?天から見たら、そなたたちの国土はもはや獣、獣、獣で溢れておるのじゃぞ。これでは天の大神様、目も当てられぬ。」

「しかるに幸いにも、この国には八百万の神とその神の降りる社(=神社)が未だ多く存在する。この役割は誠に大きい。この国土を清浄し、上からも下からも支える誠に理にかなった、神国ならではの篤い恩寵じゃ。未だに脈々と受け継がれる、神世の時代からの習わしを、各々方よ、今より一歩踏み出し、上手く紐解いてみよ。」

「そこには、神とその神の子のそなたたちが見事に溶け合い、輪、つまり“和”を根源とした、誠に深淵で大いなる仕組が配置されておる。神は自らであり、自らは神である、ということをそのままに表現した、正に、天と民が“一”という真理。各々方よ、神はわが内なる魂(=内)にも、また自身を取り巻くすべて(=外)にもしかと存在する。神がいつでも自らと共にあると思うたら、正に百人力であろう?百人力が備わったそなたたちすべてがまた和し、何万力にもその力を増強させるが良い。そうして栄えある神世の一端を成す、この国の礎をしかと築くのじゃ。」

<感想>

京都総鎮守の社に祀られているだけあって、非常に威厳に溢れる偉大な神様です。こちらが圧倒されるくらいの気概があり、発せられる言葉にとても重みがあります。イメージとしては、大きなうねりのように、力強く回転しておられ、一個体の神様としてその容姿を把握することはできません。卓越した見解と、すべてを凌駕する圧倒的な神力を兼ね備えた、古都・京都ならではの見事な神様です。

以上。

皆様。誉田別命(応神天皇)からのメッセージです。

2012年6月18日

【誉田別命(ほんだわけのみこと)=応神天皇※】
※源氏を代表する武家から篤く信仰され、以来全国に信仰が広まる。「八幡さま」として今もなお、庶民に広く親しまれている。

「素晴らしい世の中になりました。わたくしが生前、天皇として在位していた時代には、我が国はまだ本当に混沌としていて、民らも往々にして寿命が短く、とかくわたくしは、この国を組織的に整えること、そして、その当時は、諸外国との関係において交流の手立てがまだ確立されておりませんでしたので、それら他国と関係を結ぶことによって、如何に友好かつ効率的に、我が国の発展に寄与させるかに、わたくしは日々心を傾けておりました。」

「わたくしは生来、とても穏やかな性格と言えましょう。もちろん、政治を執る者として、即時の決断、また急進的な行動をおこなうことはありました。しかし、わたくしはそれよりも、身近に咲く花々を愛(め)で、句を詠み、愛する者たちと互いに慈しみ語り合うということを何よりも好んだ。わたくしの母・神功(じんぐう)皇后はとても偉大なお方で、わたくしをいつも支えてくださいましたので、それこそわたくしは伸び伸びと、自らの才能を伸ばしていくことができたのでしょう。」

(「現在あなたは“八幡さま”と呼ばれ、今も親しまれているそうですが、それについてはいかがですか?」と尋ねる。)

「わたくしを祀る神社は、全国各地に多数建てられました。今もなお、人々の篤い信仰を戴いていることは、わたくしは誠に感謝の一言に尽きます。わたくしは、もちろん、意識体としてですが、今もこの国の守護に努めておりますから、あなたがたお一人おひとりが幸せであることが、わたくしの至上の喜びなのです。」

「大切なのは、神に祈るような謙虚な気持ちで、日々をしっかりと堅実に生きることです。感謝の気持ちからすべてが始まります。これはあなたがたの人生の中で、滞りのない、誠になめらかな“潤滑油”となるでしょう。そしてあなたがたは、与えられた現生、確実に歩みを進めてゆきなさい。」

「各々の人生において、一見、障害だと思えることでも、実はそうではありません。それは自らの心が創り出した幻影、心の有り様を“壁”として具現化しているのです。まず如何なることも、まず“許容”しなさい。そして心を落ち着けて、目の前に横たわるその事象をよく観察するのです。あなたがたは、現在何もかもが速い。自身を取り巻く環境も、そして自ら結果を求めようとするその気持ちも、速さばかりに重点が置かれ、心にまったく余裕がありません。物事は本来、少しずつ醸成することがもっとも望ましいのです。わたくしは、そなたたちに備わる大いなる力を認識しております。その本当の力を出すには、まずその土台、心をしっかりと確立せねばなりません。急ぐ必要はありません。あなたがたはすべて、神の創られた“傑作”です。現生着実に歩みを進めて、その傑作である自らを、より磨き上げていただけたらと願っております。」

<感想>

ご自身でも仰っていたとおり、本当に穏やかな性格でいらっしゃいます。生前、周囲と和し、絆をもって天皇としての役目を果たされていた様子が目に浮かびます。天皇在位中は、我が国の基礎を創るべく大変心を砕かれていたようです。思慮深く、洞察力に非常に優れたお方です。このような方が我が国の基礎を創り上げてくださったからこそ、現在の私たちがあるのだと思います。今もなお天上界より私たちの守護に努めてくださることに感謝し、心から敬意を表します。

以上。

皆様。四大神からのメッセージです。

2012年6月16日

【四大神(しのおおかみ)※】
※京都・伏見稲荷大社の御祭神の一柱。

「“言葉”というものに、皆の者、くれぐれも用心致せ。まずもって、“言葉”じゃ。言葉はすべてを現実と化し、またそれを、良きにも悪しきにも一瞬で変化(へんげ)させ得る。誠に仕組の詰まったたいそうな道具じゃぞ。」

「各々方よ。これまでそなたたちは如何ほど、この地上に肉体を以って生命を営む間、悪しき言葉を放ってきたのか?そなたたちの魂はもとより、この地上を護る層にまで、誠に薄汚れた泥水がべっとりついているのじゃ。それを未だ気づかぬと申すか?これでは四苦八苦、いずれも人生立ち行かず苦しむばかりであろう。」

「魂の息吹でさえ、子々孫々と受け継がれる。“言霊”である言葉もまた然りじゃ。今そなたたちが使う言葉の波動が、すなわち子も孫も、この先絶えることなく受け継がれていくのじゃぞ。そなたたちが安易に発した悪しき言葉で、子も孫も汚(けが)すというのか?」

「神世も然り。そなたたちの世界もまさしく何もかもが受け継がれる。祖先たちが紡ぎ出した生きた結晶が、そなたたちに受け継がれ、そして今後生まれ出でるであろうそなたたちの子孫に、しかと受け継いでいくのだ。頂きは与え、与えては頂くを繰り返す。これが神に創られたそなたたちの、生命の“循環”である。」

「そなたたちの祖先は、そなたたち子孫のことを、生前本当に心から想っていた。大地の恵み、天(自然)の恵みに感謝し、それが末代にまで滞りなく行き渡るよう、子孫の繁栄と幸せを、それこそ“命懸け”の祈っておったのじゃ。祖先たちの弛まぬ努力と、真心からの願いにより、今の世が創り上げられた。なのに、あれが足りぬ、これが足りぬと不平・不足ばかりを申すは、なんとまぁ呆れた、とんだ心得違いよ。これでは祖先様もおいおいと涙を流し、いつまで経ってもその御霊は浮かばれぬ。」

「(なにか分厚い帳面のようなものと筆を持っておられます。)われは、地上においてそなたたちが起こした出来事のすべてを把握し、記録している。そなたたちが発した言葉も例外ではないぞ。各々が言葉という道具を用いて良い波動を発すれば、そのように記録される。悪しき波動もまた然りじゃ。現時点、どちら(の波動)が多く記録されているか、もはや分かるな?」

「魂は消えることはない。各々方が発するものもまた、いずれも消えることはない。それは記録、つまり“記憶”され、後世にしかと引き継がれるのじゃ。終わりがないから、この世は誠に面白い。楽しめ、楽しめ。この世は楽しむためにある。楽しむその軽やかなる心で、各々方よ、地上において互いに絆を結び、栄えある神世に彩りを添えるのじゃ。」

<感想>

地上の様子を古来よりずっと見守る“番人”のような神様です。人間界の移り変わりをいつの時代も隈なく見ておられたのでしょう。このような神様がお伝えくださるメッセージは、今を生きる私たちが今後より幸せな人生を歩むうえで、大きな指針となります。細やかな心遣いと、ある種豪快な性格、その両面を持ち合わせた、大変人間味溢れる素晴らしい神様でした。

以上。

皆様。田中大神からのメッセージです。

2012年6月15日

【田中大神(たなかのおおかみ)※】
※京都・伏見稲荷大社の御祭神の一柱。豊穣の神として祀られている。

「麗しきかな、この世は幾多の恵みに溢れ、実りの年月如何ぞ称えむ。各々方よ、己の周りしかと見回すがよい。神々様のお恵みは、各々方を絶えず取り巻き、祝福と喜びそのままを生命に宿らせ、一層の栄えと致す。」

「天には天の“礼賛”あり。天はすべてを創造し、生き物たちをそれこそあるがままに容認する。そこには如何なる横槍も、なんらの介在も必要なく、ただ天と各々方が光の御綱(みつな)で結ばれる。あぁ、素晴らしきかな。神は即我(そくわれ)、我は即神。」

「地にはまた、特異な性質、大神様は与え賜う。地はすべてのものを育み、より良く生きるその切なる想いに感応し、大地を巡るすべての生命を捧げることこそ、大地のお役目。この生き様は、各々方の地上における秀逸なる規範となろう。」

「(やっとこちらを向いてくださいました。)そなたよ。ここで相対(あいたい)するのも何かの縁。神世とそなたたち人間の世の違いは如何なるものか話してやろう。」

「神の世界には、“否定する”思いはない。そなたが以前、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)様のご案内で神世の一端を垣間見たとき、それはそれは整然として、誠に麗しい世界だったであろう?」

「そなたたちが人間の世界で思ったことは、たとえ認識はせずとも現実になっているのだが、神世も然り、いやそれ以上に現実と化す速さが増すのだ。美しい想いから、美しい世界が創られる。これは誠に理にかなった仕組で、そなたたちは、もっとこの仕組を踏まえ、自らの想いを良きに使いこなさなければならない。」

「そして、神の想いには限りはない。限りがないからこそ、次々と国土を造り上げ、生命たちを生まれさすことができるのだ。そして、われらはいつ如何なる時をも越え、それこそ望んだままに移動し現れることができる。(にやっとして)そなたとわれが存在する“時点”は明らかに異なることは分かるな?しかし、われは意識の使いようで、同じ時間をあたかも共有するかの如くに、現に相対することができるのだ。この概念は、今はまだ理解し難いかも知れないが、これは何も神のみが持つ力ではない。そなたたちもいずれは理解し、それを自由に使いこなせるようになるだろう。」

「“信ずること”がもっとも肝心であり、これはすなわち陽の気がそなたたちの心にしかと流れ入ることを意味する。何もかも、疑うではないぞ。唯々肝を据え、己はもとより、取り巻くすべてをしかと信じてみよ。信ずることは未来への架け橋となり、より自らを高みへと押し上げる。そうして各々方は、天への階段を昇るのだ。そなたたちは、何よりも、我々神にもっとも信じられている。神が創り出した真(まこと)の愛の結晶がそなたたちであることを、ここに明言しておこう。」

<感想>
とても雅(みやび)なオーラを持つ男性の神様です。最初は、はるか彼方を眺めながら、あたかも詩を口ずさむかのように、感情を豊かに表現し、独特な世界観を繰り広げておられました。この神様にお伝えいただいたことは、いずれも魂の根源とその在り方です。正に私たちの生きる秘訣だと思います。私たちのことをいつも限りない愛情で包んでくださる、偉大で本当に素晴らしい神様です

以上。

皆様。大宮能売大神からのメッセージです。

2012年6月14日

【大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)※】
※京都・伏見稲荷大社の御祭神の一柱。市の神、食物の神として崇められている。

「こちらによくぞお越しくださいました(実際に赴いたのではなく、こちらの意識が向いたということです)。われは、そなたたち民の永遠なる繁栄と幸せを願って、目に見えない世界において、物の流れはもとより、人の流れをも絶やすことなく良きに導いております。」

「神の世も然りですが、そなたたち人間界も生命の営みを継続させるには、ある種の“活気”が必要です。ただ人数が集まるだけでは、到底叶うものでもありません。そこには、より良く生きようとする積極的な姿勢が何よりも必要とされ、そなたたちは栄えある神の末裔として、感謝の心とともにこの世をより良く創り上げるのです。」

「お金というものは、単なる手段に過ぎません。ですが、このお金との付き合い方こそ、そなたたち各々の現時点での心の有り様を端的に表すものと言えましょう。日々、お金が自身より優位となり、その収支に翻弄されてはいませんか?お金とは本来、“感謝の札”として、神の世界では造られた、誠に麗しい想いの込められた証書なのです。そなたたちは、お金により一層の感謝をすべきです。このことで、そなたたちに必ずや素晴らしい見返りとなって顕現されるでしょう。お金というものは、とても吸引力が強い。ですから、そなたたちが、感謝の想いでそのお金を手放すならば、それはそれ相応の、感謝するような事態が引き寄せられて、再びそなたの元に戻ってきます。これが、大神様がそなたたちに授けた、誠に順当な循環の仕組みです。わたくしは市の神ですから、こうしたそなたたちのより積極的な想いをもっと流通の経路に乗せ、この世をより豊潤な世界にしてまいりたいと心から願っております。」

「ここではっきりと申し上げますが、感謝をすべきはわたくしではありません。そなたたちは、わたくしたち始祖の神々が祀られた神社に詣で、感謝と願い事を述べますが、そなたたちの想いはもう十分に伝わっております。むしろ、そなたたちがもっとも意識を向けることは、自身を取り巻く物質、お金、食物、そう、本当にすべての環境に対して、です。日本の神々はまさしく万物に意識が流れておりますから、そなたたちが身の回りに対して心から思いやり、感謝の想いで丁寧に接することは、その時点でわたくしたち神に対し、これ以上のない恩返しをしていただいているのです。」

「わたくしは、そなたたちのことが本当に愛おしい。何人(なんぴと)も苦しみや悲しみのない、真に自由な魂として、授けられた各々の肉体を以って、より良く生きていただきたいのです。大神様は、わたくしに、そなたたち人間の生活にとって切っても切り離せない生命の営みを司るよう仰せつけました。これは本当に大きなお役目であると、常に自らに言い聞かせております。そう、わたくしは、日々そなたたちの生活の様子を見守りつつ、必要な手助けをしておりますから、どうかそなたたちは、心穏やかに、与えられた人生を喜びのままにまっとうしてください。そなたたちの心がいつでも晴れやかでいられるよう、わたくしは全霊を賭して神としての使命を果たしてまいりたいと存じます。」

<感想>
大変にこやかに微笑まれる女神様です。この神様の放つオーラゆえ、今もなお多くの人々の信仰を集めるのでしょう。市を司る神様だけあって、とてもエネルギーに満ち溢れています(色としては淡い虹色で、きらきらと揺らめいています)。その一方で、大変慈悲深くもあり、この神様の発せられる一言ひとことが、とても心に染み入りました。子を想う母の心そのものを表現されるような、素晴らしい日本の女神様です。

以上。

皆様。佐田彦大神からのメッセージです。

2012年6月13日

【佐田彦大神(さたひこのおおかみ)※】
※京都・伏見稲荷大社の御祭神の一柱。別名、サルタヒコ。

「我が名は、サルタヒコ。古来より、縁あって幾多の神々の先達として重要な役割を担い、その土地々々に住む民らを平定し、より強固な国を造るべく、我が全精力を傾けてきた。」

「そなたはいかなる神の使いか?聞くに、近頃では人間界から直接、我々始祖の神々と直接対面し、意識の疎通を図っているというではないか。無論、これまで幾度か、そのような人間が我々の意識に通じ、対話をするよう試みたことがあった。だが、これだけ長期にわたって、しかも万(よろず)の神と直接対話するのは大変めずらしい。しかるに、そなたには、我らに対し、何ら恣意的なものはなく、天に近い波動は発するものの、あたかも何でも吸収する軟体的な存在である。」

「良いだろう。そなたに、神世の一端を見せてやろう。(目の前が光の束で幾重にも瞬き、パソコン上の文字が途切れ途切れに映る。しばらくすると朱塗りの立派な橋が見えてきた。)」

「これは、天の橋だ。いずれの神もこちらを通って、各々の治める国土に赴く。橋の向こう(本殿)には、神々が集まる宮があって、必要な時に皆が寄り合い、話し合いを開くのだ。わが国の民を今後如何に護り、国土を繁栄せしめるか、いつもそなたたちの神々様はそれこそ時間の経つもの忘れ、互いに意見を出し合い、真剣に心を砕いておる。」

「あちらには、“禊の泉”というものがあって、神もまた日常の穢れをそこで洗い清めている。そなたたちも日常の生活で身に着けた穢れというものを、もっと認識し、今後しっかりと(その穢れを)落とすよう努めると良いだろう。」

「(少しの食べ物が載せられた、お盆のようなものが見える。)神々様は、非常に粗食である。人間と同様に食すのだが、各々が治める国土から採れたもののみ、意識体として天に吸い上げ、食べ物という形で具現化している。神はまずもって、食の恵みに大いに感謝する。そのことで、余すことなく、食物の栄養が神の身体に満たされるのだ。」

「この国の神々は、そなたたち人間のことを本当によくご照覧だ。それは真に、そなたたちが神の分け御魂なればこその、限りない慈愛と心得よ。」

「時が参った。今日そなたに話して聞かせた事柄を、心してしっかりと読み解くように。必要なときにまたわれと話せば良いだろう。さらばだ。(お住まいの宮へと戻られたようです。)」

<感想>
これまで様々な神様と対話させていただきましたが、この神様も本当にユニークで、独特の素晴らしいオーラをお持ちです。颯爽とした身のこなしで、とても反応が速いです。始めは私の顔をしげしげとご覧になって(その時にはいささか緊張しましたが)、その後、快く次々と神の世界を紹介していただいたのは、とても嬉しかったです。また近いうちに、この佐田彦大神様にお目にかかりたいと思います。

以上。

皆様。大物主大神からのメッセージです。

2012年6月12日

【大物主大神(おおものぬしのおおかみ)※】
※日本神話に記された神で、別名、三輪明神。奈良県にある大神(おおみわ)神社の御祭神として祀られている。

「(そなたよ、)ようやくこちらへ来たか。われは国造りの始祖。これまで様々な神から直接ご指南を受け、我が国ならではの国の成り立ち、そして(神世、人間の世を含め)世の仕組が少しずつ分かってきたであろう?」

「大切なことは、そなたたちが、日本神話に出てくるような神々の真の子孫であると理解することである。これが分かる者は、視界が開かれ、すでに幾歩も先に進んでいる。」

「よいか、見誤るではないぞ。これからが正念場。神界からすでにその変化は始まっているのだ。神とつながるそなたたち人間もまた、大きな変革期を迎えるであろう。この世が神世とつながっているがゆえの定めである。しかるに、各々方よ、日常の出来事に心翻弄されるばかりでは、いざというとき、如何に行動せしめるのか?」

「そなたたちの多くがまだ知らぬ、様々な階層の世界が、神と和する流れになっている。これが本当の“神一(かみいつ)”なのだ。そなたたちもまた神の使いとして、神を助けてもらわねばならぬ。(にやっとして)神はそなたたちを助けるばかりではないぞ。何もかも神に助けられ、その真意も知らず、自ら完全なる骨抜きになったものよ。いつまで神に両脇支えられ、よちよちとその歩みを進めるか?そなたたちは、いずれも気概が足りぬのだ。」

「(大物主大神様のところへ、どなたかいらっしゃったようです。)あぁ、ここに現るは、眩いばかりの光の御子。麗しいお姿、いかぞ例えようか。一たびその光に包まれれば、いかなる魔人も生まれたばかりの赤子のよう。至極の安心に満たされて、すべては許され、再び“無”に立ち返る。」

「このお方の光、紛れもなく、地上のそなたたちの世界にも差し込んでおるぞ。見つけるがよい。地上の光は我が国だけではなく、世界各所にしかと現る。なんと大神様は、深い縁でこの地上すべてをお繋げなさる。」

「麗しきかな、この世は、いずれも大神様の愛によって満たされる。生命たちの躍動は、大神様への賞賛の歌。そなたたちの心さえ洗い清める。」

「大神様の御力を借り、いよいよ道は開かれた。いざ参ろうぞ、国造りの旅。各々方よ、神界の御舟に乗って出発じゃ。」

<感想>
とにかく存在の大きい神様です。力強さと威厳を感じます。感情の表現が本当に豊かで、絶えず身動きしていらっしゃいます。威勢が良いのも、この神様の特徴かと思います。ただそのお姿を拝するだけで、元気と勇気を与えていただいたような、素晴らしい始祖の神様です。

以上。

皆様。倉稲魂大神からのメッセージです。

2012年6月11日

【倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ)※】

※京都・伏見稲荷大社の主祭神。稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されている。

「わたくしの使命は、そなたたち人間が食する食物(しょくもつ)を含め、それこそ万物すべての食物をこの世から途切れさせぬよう、永続的に供給する役目を司ります。食物とは、命そのもの。たとえ本当に些細なものであっても、そう、よくそなたたち人間の世界で例えられる、“米粒一つにも”というレベルに至るまで、本当に脈々と命が通(かよ)っていて、様々な存在がお互いに命を捧げ、または(その命を)頂き、さらなる生命を育み、維持しているのです。これが食物という観点から見た、一つの“循環”です。」

「わたくしには、独自の、いわゆる“食物礼賛”の宮があって、この世に存在する、または生まれる食物に対して、その尊い(食物の)御魂へ、感謝と礼賛の祈りを捧げます。ですので、この世に存在する食物には、すべて、わたくしの祈りが込められているとお考えください。」

(「私たちは、今後どのように食物を頂くのがよろしいでしょうか?」と尋ねる。)

「この世に存在する食物には“限り”があります。そなたたちの日常において、一見食物というものは、無尽蔵に作られると見えますが、実は、食物の持つ魂も、そなたたちの魂同様にその数が決まっております。ですので、食物各々の魂が生まれ変わりを繰り返すこと、つまり形を変えることで、この世に何度も現れていると思っていただければ良いでしょう。ある意味、食物の“転生輪廻”ですね。」

「そなたたちも、もちろん古代より、様々な時代を生まれては死に、を繰り返して、ようやく辿りついたのが、現生です。そなたたちには実感するのが難しいかもしれませんが、生まれ変わるごとに、人間というものは確実に(魂的に)成長しているのです。これは決して“自然に”成長しているのではない。そなたたちが心からその成長を望んだゆえ、そのように成し得るのです。」

「食物もまた同様です。食物もある一つの寿命がまっとうされ(食され)、そして次回、新たな食物として生まれ変わる際には、より良く生まれ出でようと心の底から望んでいます。それは現にわたくしを通して(成長という願いが)叶っていますので、どうかそなたたちは、己が食する食物が真に成長した姿であると理解し、それを基に、自らもまた心身共に成長するのだと固く信じてください。そして、いかなるときも心から喜び食していただければと思います。それがそなたたちにひたすら命を捧げ続ける食物がもっとも喜ぶことであり、一番の恩返しとなるでしょう。」

<感想>
京都の伏見稲荷大社で女神として崇められているそうで、私が感じ取ったこの神様の雰囲気も、やはり女神様でした(『古事記』や『日本書紀』では、男女の記述がなく、男神とも女神ともされているそうです)。人間味溢れる、本当に優しい神様で、食物に対する深い愛情と私たち人間への慈愛がひしひしと感じられました。「食物礼賛の宮」を持たれているというのがとても素晴らしいです。このような神様が、私たちが食する物へ日々祈りを捧げくださり、私たちの命の糧となっていることは、本当に感謝の一言に尽きます。

以上。

皆様。須比智邇神からのメッセージです。

2012年6月10日

【須比智邇神(すひぢにのかみ)※】

「天照らす光はすなわち、わが内なる神の姿も隈なく映し出し、出(いずる)は時代(とき)の中で永遠なる生命(いのち)を育み、入(い)ることもまた神世の繁栄の一端を成す。」

「これまで幾度かの神の戦あり。神界において、各々の領分と致すところ、誠にふさわしく、しかるべく地上の覇権も果たされる。神の戦は、瞬く間におこなわれ、そこで滅する神あり、また生まれいずる神あり。」

「神とは、光。光と光の衝突は、誠に凄まじい風圧となり、取り巻くすべてを飲み尽くす。光がまた更なる光を生み給う。そこから生まれた生命(いのち)は如何ほどか。」

「地上の戦は、唯々、民の心得の違いから。心得違いは、悪を生む。しかし、地上の人間のみの戦と早合点してはならず。そこには目に見えぬものの存在がまた自らの強欲示すため、操り、加わり、地上の戦をより複雑に至らしめる。」

「光を使いこなさねばならぬ。各々方に備わる光は、神と同じ。神と己は同一と心得よ。光は悪を飲み込み、悪を消え去らせる。光を唯々まっすぐに降ろす。これが神の世の道理である。光を曲げるは、欲にまみれた愚弄の仕業。」

「地上の拗(こじ)れ、如何に難儀か?神々様も呆れ果て、各々の宮にお戻りなさる。しかるに、これでは地上はいつまで経っても救われぬ。神々様を呼び起こすお役目、大神様はすでに地上の幾ばかりの民に降ろさせ賜う。なんとも深い縁で結ばれたことよ。」

「混乱は、悪の光。平穏もまた、(善の)光。この世は、光で成り立つ仕組。光、光、光であるぞ。今後は、よりそなたたちの心に強力な光が流れ入るであろう。己に流れ入る御光に如何なる色を与えるか、各々方よ、真の力量の見せどころ。時代(とき)は来た。」

<感想>

この神様を拝すると、強烈な光しか見えません。宇比邇神(うひぢにのかみ)(男神)と対になる女神様ですが、宇比邇神が大地なら、この女神様は大地を覆い尽くす光そのものです。どちらが欠けても、神聖なる強固な国土は創られないということでしょう。須比智邇神(すひぢにのかみ)は、優しいというより、むしろとても厳格で、はっきりと判断を下すようなある種の厳しさがあります。これまでメッセージを頂いた日本の女神様とはまた一味違う、誠に立派な神様です。改めて身が引き締まる想いです。

以上。

皆様。宇比邇神からのメッセージです。

2012年6月9日

【宇比邇神(うひぢにのかみ)※】
※『古事記』のなかで、神世七世(かみのよななよ)のうち、須比智邇神(すひぢにのかみ)とともに男女一対となって現れた神。

「雲隠れの神々は、いずれも再びこの世に現ることを今か今かと待ちわびて、いよいよ天の扉開けるとき、われ先にと数多の御魂がそれこそ多様な姿となって顕現致すであろう。」

「行くは、ヨイヨイ。心もきりりと晴れやかに、取り巻く木々は神歌を歌い、喜びに身を溢れさす。」

「帰るは、いずれの心かしみじみと、沸き立つ魂、如何にか遣わす。」

「悠々巡るこの大地の内なる力は、いずれも神世に帰り、しかとまたここに戻り来る。これはいかなる時代(とき)も緩やかに、また艶やかに、栄えある御代の定めと致す。」

「民らは、不変の仕組のなかで永久にその魂を燃やし続け、肉体を持ち、この地上に降り立つは、すでに神の奇跡の一端を成す。己を取り巻く万物と和すことで、よりその魂を強固に、またしなやかに鍛え上げる。万物とは光そのもの。地上でしか叶わぬこと誠に多く、ゆえにいかなる瞬間(とき)も、自身の最高の姿を顕現するべし。このことしかと心得よ。」

「神は内に巡り巡りて、その御力を増し、民は、外へと巡り巡りて魂たちと交わることで学び合うこと誠につつがなし。内と外、各々の仕組が揃ってこそ、真の神世が現れる。」

「天の扉開くは、誰のお役目か?神のみでは叶わぬ。民よ、ただひたすらに神の存在を見過ごすは一体何故(なにゆえ)の心意気か?そなたたちが地上に降り立つは、神世の顕現のため。神を忘れては、導(しるべ)のない、放浪の旅と何ら変わらず。彷徨い、惑い、これでは、道中楽しむことができぬであろう?神はそなたたちの内にもしかと備わり、しかしそなたは神の御胸の内にもいかなるときも抱かれ賜う。これが神の世界の摩訶不思議。神は内であり、外である。これぞ深淵なる愛の証。」

<感想>
この神様の雰囲気を感じ取ると、ふつふつと絶えず熱で湧き上がる溶岩のような粘っこさを感じます。メッセージ中も大地の仕組みについて言及されていましたが、おそらく大地の根源を司る神様なのだろうと思います。次回は対の須比智邇神(すひぢにのかみ)です。はたしてそのメッセージが今回とどのような違い(または関連性)になるのか楽しみです。

以上。

皆様。 豊雲野神からのメッセージです。

2012年6月7日

【豊雲野神(とよぐもぬのかみ)※】

※『古事記』のなかで、神世七世(かみのよななよ)のうち、国之常立神(くにのとこたちのかみ)の次に現れたとされる神。

「見渡せば、空は限りなく広がり、万物が共鳴するそこはかとない揺らめきともに、すべてのものを内包し、放つ、無限のエネルギーの渦が途絶えることなく巡り、光に満ち満ちた生命たちは、生じては消え、消えてはまた生ずる。」

「大神様より仰せつかるは、わが国土の創造と永遠の繁栄。そこを撫で去る風も、煌めくばかりの空気もすべてはしかと調和し、あまねく大地の糧となる。」

「各々方よ。己の道、ようけ歩けぬは如何ばかりの愚弄か?天にて己の道自ら決めて、神々様に懇ろにお助けお頼み申し、やっとこさ、神の子として地上に降り立つ。しかし、齢を追うごとに忘却甚だしく、ただ地上の偽の快楽に溺れ、貪り喰う虫として這い回るは、まぁ、なんたる心得違いか。」

「己の道は神の道と心得よ。神の道とは新たな息吹を創り出し、大いなる御心のままに神の世を体現する。これぞまさに地上の極楽。己が歩んだ分だけ生命の種を蒔き、見事な花を咲かすのが神世の真(まこと)。大輪の花々は、やがて躍動する力を秘めた実を結び、そして再びこの大地に帰る。そこにはただ麗しい生命の営みがひたすら喜びのままに受け継がれ、一切の逸脱もなく順繰りにまた組み込まれていく。」

「四季とは、神々様がこの国(日本)に授け賜う奇跡の仕組み。生き物たちの成長を促し、次々と木々を芽吹かせ、しかるべく世代替えを促すことで、この国に常に新鮮極まりない生命力が流れ入り、これを隈なく(この国にある)すべての御魂に流れ入らせる。生命力とは神の慈愛の一端を表わし、ただそこには伸びゆく(成長する)それ自体が限りない喜びとなる。それは何ものも止められぬ真の欲求として、万物に与えられし神々の恩寵。」

「神世を表わすこの国において、生命の流れを止めてはならぬ。生きるとは、喜ぶ行為そのもの。喜びのない営みは滞りとなり、悪を生み、それは神国の重荷、足かせとなる。己のまわりしかと見渡せよ。下ばかり向いては、絶えず降り注ぐ神々様の御光も見出せぬであろう?神の蒔いた種はこの国において数えても数えきれぬ。それを見出し、見事に咲かせることこそ、(地上の)各々方に任された、真に大切なお役目なのである。」

以上。

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