神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2012年11月

2012年11月30日

【大山祇(おおやまづみ)神社 ※の神】
※愛媛県今治市にある神社で、日本総鎮守。主祭神は大山積神(おおやまづみのかみ)。山の神であるとともに、瀬戸内海の要所に位置することから、海の神としても祀られている。

「遥かなる山々を見渡せば、揚々たる朝日は昇り、すべてを紅く照らし出す。此処(ここ)は神々が、自国(各々の地域)に誇りを持ちて、己(おの)が民らの、時代(とき)ゆくほどに幸(さき)たることを祝詞ととともに宣言し、すべての神に請い願う、光溢れし処なり。」

「人ひとりの人生とは、真に儚きものか?何千、何億という魂が、この地上に降り立ち、縁ある者たちのなかでその人生をまっとうせしめる。時代は移り、己が生きた軌跡が如何なる形で、その時代に刻まれるか。時の武将の如く世を動かし、国を治める逸材の者ならずも、たとえわが人生を、唯黙々と懸命に生き抜くこともまた、同じく尊き所業なり。魂たるは、高低・尊卑は微塵もなく、そこには、縁深き神々の秀逸なる魂として、その恩恵を一心に受け、そなたもまたこの地上に降ろされる。」

「声を発すれば、(山に跳ね返り)返ってくる。心もまた、何かしらの想いを発すれば、必ずや返ってくる。自ら発するものは、如何なるものか、今一度自らに問うてみるが良い。己の発するすべては、“神”に対してぞ。(周囲の)民であれ、物であれ、はたまた止めどなく流るる水であれ、正に神であることには僅かも変わらず。良いか。この真実に気づく者、自ら歩む人生に、疾風の神馬がやってきたかの如く、その人生に鮮やかなる“好機”となるであろう。この想いの生き方こそ、己(おの)が人生をつつがなく歩む真の奥義がある。」

「神々は望む。神のすべてを与え生かし続けるその愛しき魂たちが、如何なるときも、“神”を見い出さん(見出す)ことを。山を見て、神を想う。海を見て、神を想う。神々たるその姿を仰ぎ見、想いを馳せるとき、心は喜びに震え、自らもまた神であることに気づくであろう。」

「心とは、そうした喜びにいつ何どきも触れることぞ。その世界こそ、まさしく神の世界となる。自らが今何を想うか、一刻(いっとき)々々、しかと問うてみよ。想いは、必ずや自らに返ってくる。変えってきたその想いが、己が人生という軌跡となり、そして、そなたを愛してやまない神々の生きた“証”となるのだ。」

「目の前に広がる光景は、気づけばいずれも神の御姿。如何なるものも神の光を身に纏い、その使命をまっとうせんと欲する。その様相は真に麗しく、“神在る”ことを大いに讃えしものなり。神々のなかで生きるそなたもまた、秀逸なる光、揚々たる“暁”となりて、この世を紅く照らすであろう。」

以上。

2012年11月25日

【日本を司る神様】11月23日の新嘗祭(にいなめさい)にちなんで。

(今年一年育ってきた穀物を日本全国無事収穫させていただけたことに感謝申し上げる。)

「万物は巡り、自らもまた他の生命に寄与しその使命をまっとうする。自らが存在することで他が生かされ、そして長らく続く、人類の軌跡(歴史)を創っていく。これは、万物がそれ単独ではなく、多くの生命たちの、文字通り“お蔭”によって、生かされ、そして、互いに生かし合っていることを物語るものであり、食物というのは、その最たるもののひとつでありましょう。」

「生命を育(はぐく)むには、目には見えねども、様々な要素が絶妙に絡み合い、その生命を至上の“傑作”として育て上げようとする。それには、不断の努力と、そしてそれまでに培った叡智が必要となります。そなたたちには、どうか、如何なる時、場所、境遇においても、この精神、すなわち自らが最高の支援のもとで育ち、そして自身もまた存在することで、縁ある人や物たちを最高の状態へと成長、変容させることを、自ら自覚していただきたいと思います。」

「わが国に湛(たた)えるその清らかなる“水”は、まさしく神の恩恵であり、これを如何なるときにも、一滴一滴、大事に使っていただきたいのです。水は古来より、神聖なるもの。これをどのように、その国の民が想うかで、その国の将来は決まると言っても過言ではありません。水というものは、良きに使う。それは決して使うことを制限するものではなく、むしろ積極的な想いで、この水によって、すべてが、そう、本当にすべての物事が潤うことを感謝し、喜ぶのです。」

「近年、世界中よりありとあらゆる食物が、わが国に持ち込まれておりますが、両者(互いの食物)の均衡というものは、誠に図り難いと言うより他ありません。本来ならば、自国にて収穫されし食物を、その地に根差す民が余すところなく戴くことを、神の世界では良し、とするからです。しかしながら、たとえ他国で採れた食物であろうとも、その根源、神の生命宿る大いなる産物であることには違いありません。そなたたちが、今このように、様々な出所より持ち込まれる食物を日々目の当りにしながら生活するというのは、大変意味のあることであり、たとえ如何なる国の食物であっても、(自国との)高低、差をつけず、これらを“平等”なる想いにて捉え、喜んで迎えることにありましょう。そして、これらの食物を作りし(他国の)民たちの平和を願うこと、すべて(の食物)が平らかにこの世界に行き渡ることを願うことが何よりも大事なことなのです。」

「他国を見れば、自ずから、自国(日本国)の素晴らしさが感じられ、恵まれた環境で日々生きていることが実感できるはずです。そうです、この国に在るすべてのものは、神にその根拠を見出すことができ、何を見、何を聞き、何をするにも、この国に数多存在する神々と“共に”、そなたたちは在るのです。今この国を湛えし数多の生命たちは、自らの存在を認め、先人たちに敬意を払う。そして未来を担う、さらなる力を蓄えし高貴なる生命たちに想いを馳せます。代々続く、皇室にて執り行われしこの儀式(新嘗祭)は、ただこの一年の自然の恵みに感謝するのみではなく、この国に採れた食物(=生命)たちの存在を大いに讃え、そして古来より途絶えることなくこうして(食物が自国にて)採り続けられること、そして以後もまた、先行くほどに潤沢に、わが国民の生命を育むものであることを、わが国の頂点でもある天皇が、その身を神に捧げ、一心に祈るものです。」

「食物たちは、このようなわが国に伝わるこの儀式にて、また新たなる活力、そう、生きるエネルギーをその身に取り込み、感謝の念、そして希望の念を持って、その生命たる使命を果たさんとするのです。この光景は、わが国の端から端まですべからく見られ、そしてその黄金に輝く光景を見て、神々たちは感涙の涙を流すのです。」

「そなたたちよ。そなたたちは、尊い。そして、そなたたち一人ひとりは、また尊きこれら(食物など)の魂たちが血肉となって、そなたたちを生かし続ける。自らを尊ぶことは、神を含めたこれらすべての生命たちを尊び、愛しむこと。これに勝る、自国への貢献はありません。この国にいるからこその喜びを、皆で分かち合うのです。そして、これからこの神の国が、そなたたち神の臣民とともにより栄えることを、わたくしは願ってやみません。」

以上。

2012年11月21日

【少彦名命(すくなびこなのみこと) ※】

※大国主命(おおくにぬしのみこと)とともに国造りにあたる。国土経営の神、医薬神、酒神、温泉神として信仰されている。

「国と民との関係は、ちょうど幾本もの絹糸にて編まれた縄のように、互いに“縒(よ)り”をかけ、一層の輝きを讃えるべく、両者が自らを研鑚すること。そして相なる者(相手)を見据え、自身の最高なる資質をもとに、ある一つの方向へと真っ直ぐに向かうのだ。未熟な状態から、互いが存在することにてより一層の“成熟”を目指し、日々精進することぞ、国家の誠の姿となる。」

「民はもはやこぼれ落つるほどに、この地上に解き放たれ、自らの意志のもと、しかるに数多の環境、境遇によって、その人生を(ある一つの)終焉へと向かわしめる。しかるに、これら一人ひとりの人生は、すべてが余すことなく天上へと繋がり、その生きた軌跡は悉く、神の生きた“証”となる。良いか、そなたたちは、いずれも神の使徒なり。自身が生きるは、神が(この地上に)生きたことと何ら変わらず。神が民に託したこの深淵なる仕組は、いずれもそなたたちが、神の御心を分かつ天子であることを正に証明する。この国は、神そのものであり、同時にそなたたちの生き方そのものである。天を、自然を、そしてこの大地を大いに使うがよい。そして我が人生とともにこの国が在ること(すなわち神とともにあること)をいつ何どきも大いに讃えるのだ。」

「苦心あるところ、そこには“迷い”が生じ、その向かう先には、やはり次なる迷いが潜む。そなたたちの心は、如何なるときも、“快”なる先へと向かうこと、これがこの地上に生きる秘訣であり、国家唯一の、新生の手立てとなる。」

「神は急ぐ。数多の神が非常なる勢いにて新たなる世界へと進む、その驚愕たる様相は、この国の創始以来の混沌とした光景。幾多の神々が、新たなる配置につき、この国のみならず、宇宙すべての神々との、真の“協調”へと、その歩みを日ごと大いに進めている。」

「天空(=天上)に還る者、そして天空より(この地上に)降り立つ者。それは見事に計られたかの如くに相和し、そして各々が必要なる(魂の)修行に入る。これを執り図らうも、われらの役目。遠く古来より、幾万、幾億もの、光で包まれし魂が、張り詰めたような静寂のなか、われらの誘いのもと新たなる境地へと進むその光景は、高貴と言う他はなく、そしてその魂一つひとつに、すべての神々の願いと、幸福なる先行きたることを唯、一心に祈るその尊き想いが、温かなる包(くる)みのごとくにそなたたちの魂を護り続ける。」

「われら創始の国造りより、様々な変遷を経て、今を見渡せば、そこにはそれまで生きた民らの一方ならぬ国家への想いと、自らの人生を如何に進むるか、その紆余曲折のもとに発せられた、誠に頑丈なる縄がこの国を締め上げる。しかるに、そなたたちよ。大事なるは、そなたたちの、この国とともに在ることの絶対なる安堵感、そして日々この国を基(=基盤)にして生きることへの謝する(感謝する)想い。国の様相にてそなたたちの想いが決するのではなく、そなたたちのそれらの無上の“喜び”から、この国の将来が決まる。国とそなたたちは、互いに輝きを放ち、両者共に天上へと駆け上がるその先には、神からの至極の歓待と、そして真の神世へと進む、絢爛たる祭り(=政(まつりごと))が大いに執り行われるであろう。」

以上。

2012年11月17日

【大己貴命(おおむなちのみこと) ※】
※国造りの神、農業神、商業神、医療神などとして信仰されている。

「我が心の願い。それは、いずれの民も惑いのなかに、その高貴なる魂を沈ませ、どれほど時を経ようとも自ら魂を磨かざるとする、その途方もなき暗き道より、ただ一筋ばかりであろうとも神の御光に導かれ、その枷(かせ)となるものを自らに解き放ちてゆく、その心意気が(各々の民に)真に備わらん(備わる)こと。これを以って、初めて神を求むる基点に還り、いざ自らに授かりし、大いなる神の命(めい)(=使命)を果たさん(果たせる)というもの。いずれの時代(とき)にも、人々は彷徨い、あたかも轟音(ごうおん)鳴り響く渦の如く、混迷極めるその闇から、如何にか脱さんとするか。我は自ら全知(全能)の神として、その神たらん役目は、この者たちの魂の救済となるか、それとも数多の神、そしてそれに連なる霊魂、一握りの(目覚めし)民を従えて、より一層の理想郷の創建に歩を進むるか。何を以って、すべての者たちの真(まこと)の幸せとなるか、遥かこの国土(の在り様)を見渡すとき、常に我が脳裏をよぎる。」

「お前たちよ。お前たちが真に求むるは、いったい如何なるものか?この地上には、様々な霊魂が、時を構わず、場所を選ばずに発する、誠に強固なる想念を幾重にも絡ませ、あたかもその蜘蛛の巣の上に、現生またお前たちが日々を生き、あるいは(その蜘蛛の巣によって)苦しんでおるのだ。お前たちのその魂は尊い。しかしながら、尊きゆえの、自らに(その尊さ、純粋さを)保ち、己を律する強き精神力をいつ何どきも従えておかねばならぬ。」

「この国の国造りとは、唯々、喜びのままに。そして、互いに在る(共存する)ことへの感謝の念と、神々への大いなる畏敬、そして神そのものを現わす自然への礼賛。これらによってこそ、我が国はまるで疾風が駆け抜けるがごとくに、我が国が神の国たるその誇りと、由緒・伝え(伝統)を保ちながら、清廉なる気質を以って見事に形成せしめるのだ。」

「お前たちの見据えるその先は、微塵たりとも闇であってはならず。良いか。われはもとより、ここに在る(いる)、大いなる我が国ならではの神々は、それこそ、お前たちを珠玉の宝のごとくに、温かな懐にて如何なるときも一心に抱かん。われらの声を聞くがよい。神が望むものは、すなわちお前たちの望みとなる。それは(神と民が)一体なるこその、至上の繋がり(絆)ゆえである。」

「赤子は、自ら真っ直ぐにその視線を据え、これから広がる未来に僅かな不安もなく、ただ(自らが)此処に在る(存在する)ことへの“全肯定”、そして全身(全霊)にてその境遇に立ち向かう。これが、お前たちよ、如何に齢を重ねようとも、すべての民のあるべき姿。神々に抱かれしこその、この無上なる境遇のなかで、己をあるがままに受け入れ、ただ真っ直ぐ一心に“認めし”こと。これが、神の道を進む、正にその第一歩なのである。」

「“変化”とは、いずれの時代(とき)も無くてはならず。しかるに、その変化たる“渦”に、お前たちの尊き魂(心)を乱してはならぬ。大いなる変化は“前進の予兆”。変化という、瞬く間にいずれの色(状況)にも進みゆく盤(円盤)に、自らすくと立ち、お前たち自らの意志により、良きに乗りこなすのだ。良いか、何一つ怖るるなかれ。ただお前たちに在るは、途絶えることなく降り注ぐ神の無上の愛と、必要なる啓示(気づき)のみ。すべてが数多の好適たる存在の、無償の愛ゆえと、さぁ、心せよ。高貴なる魂は、高貴なる想いによってのみ成長を遂げる。これぞ正に、神とお前たちとを結ぶ、揺るがぬ天の架け橋となろう。高貴なる想いによって昇りゆく、お前たちの姿は勇ましく、そして見事に美しい。」

以上。

2012年11月13日

【香港を護る神】

(「人々へのメッセージは何かありますでしょうか。」)

「街も人も、様々に行き来することで“流れ”を作り、そこから絶えずエネルギーが生まれます。世界中至るところで人々の往来のあるところには、古来より必然的に大きなエネルギーが生まれ、このエネルギーこそ、地球全体を巡るものとなります。」

「ここは比較的新しく興隆した地域ですが、この土地を活かそうとした初代の為政者等による意図的な施策によって、今日まで本当に目ざましい発展を遂げました。ここは、中華人民共和国の一部、しかしながら他国(主にイギリス)の支配を受け、中国のなかでもある意味特異な性質を持ち、インターナショナルな文化交流が図られてまいりました。」

「この都市の役割、それは、自国の文化を守りつつ、あらゆる国の文化・人々を受け入れ、そこに新たなるエネルギーを創り出すことにあります。世界中の人々が集まり、この香港という都市の“器”のなかで各国の人々の価値観や文化、技術などを混ぜ合わせることにより、そこに新たなる文化が生まれます。これは、それぞれの国にとっても非常に魅力的な動作であり、この香港は、多様な人々をその思いのままに受け入れることを根本的な使命とします。」

「先にも述べたように、世界中にはここ香港のように様々な国の文化が並存(共存)する都市がありますが、世界の大きな流れ(歴史)のなかでも、以後の人々暮らしに少なからず影響を及ぼす、文化の潮流が生み出されているのです。」

「わたくし(香港)は、いつでも前衛的であり、各国の皆さんが己の国や自身のために、この都市を大いに活用すること、これは言い換えれば、この都市が保持する、(物質・非物質を含む)様々なエネルギーを使い、自らの発展を遂げるわけですが、こうした行為をわたくしは何ら拒むものではありません。しかしながら、あらゆる好機が重なり、そしてこの地域に根差す人々の弛まぬ努力によって成し遂げられたこの一大都市は、やはり大いなる地球の一部。そこには、周囲のあらゆる国々への尊敬の念と、協調の精神が不可欠となりましょう。あなたがたが、この都市を活用することにより、結果的に世界全体でのより良い発展に繋がることを、いつも願っていていただきたいのです。」

「これは、あなたがた日本というとても美しく、魅力的な国土に住む方々にもあてはまることです。世界のあらゆる場所と照らし合わせても、これほど素晴らしい、恵まれた土地はありません。あなたがたの国は何よりも、清廉なる空気が流れている。これは天上の様々な存在の文字通り“息のかかった”土地ならではでありますが、こうした清らなる空気を、自らが日本に降り立っているからこそ、もっと感じ取って、より積極的な気持ちで、自身を取り巻くありとあらゆる環境がより巡るよう、心がけてみてください。」

「すべてのものは、この巡り、エネルギーの流れということですね、この滞りない状態こそ、もっとも望ましい状態と言えるのです。ご自身の本当に些細なことから、あなたがたの宇宙大に広がる、その尊き心によって、世界すべてが今後より良い方向に巡る(流れる)ことを願っていただきたいと思っています。このわたくしのメッセージが日本の皆さんにお伝えできたこと、心から感謝いたします。」

以上。

2012年11月9日【薬師如来 ※】※大乗仏教における如来の一尊。大医王仏とも称する。

(「人々へのメッセージはありますでしょうか。」)
「長きにわたって、人々の生きざまをつぶさに見てまいりましたが、現世という、はかなくも、この上無き“魂修行”の道のり、誠に様々な感情、想いからの、人々の悲喜というものが、時代(とき)を創り、そしてまた人が人であるゆえの、誠に盛んなる(物質、精神を含めた)“交流”というものがおこなわれてまいりました。」

「以前の人々は、現代のそなたたちよりもずっと、(その多くが)日々の生活にも苦しい状況のなかで生きてまいったのですが、やはりその精神力と申しましょうか、苦しみのなか、闇のなかとも思える状況のなかから一筋の光、そこには希望や我が身の求めるもの(神や仏など)に対する、唯々一心からの、自らの魂が救われんことを、一途とも言えるその気概に支えられ、その人生をまっとうせしめたのでした。」

「その(崇拝の)対象の一つとして、わたくし(薬師如来)があったのですが、わたくしは本来、神界に通ずる立場であり、古来より続く様々な神とのやり取りを通じながら、この世の仕組みを鑑みて、そういった(衆生)信仰を求める人々に対して、幸せを願い、真なる愛(慈愛)を授けてまいったのです。」

「この世は、“無常”(はかないもの)と言われますが、わたくしに関しては、そのような認識よりもむしろ、人々の様々な往来、そうですね、(過去世を含めた)古(いにしえ)より誠に深き縁にて結ばれた者たちが、また輪廻の過程でそれぞれの役割を担い、生まれしより、多くの人々の力やその影響により、ある一つの人生をまっとうする、これこそ魂を授かった者ならではの、謂わば、自らが望みし“挑戦”なる、誠にすべてがすべからく揃い相整った、人生の鮮やかなる “舞台”であると認識しております。大勢の者たちのなかに、そなたが存在するのではなく、そなたという大きな存在に対して、(その他の)人、物、そして神・仏すべてが(そなたの人生を)取り巻いているのです。」

「ですから、わたくしは、今の時代を生きるそなたたちに対して、自らの偉大性、自らが本当に珠玉のまたとない魂であるということを、如何なるときも感じていただきたいと願っております。自らを貶めることは、(己の)人生はもとより、自らを取り巻く、そうした多くの存在をも同様に貶めることになります。神界に通ずる者として、わたくしがあえて申し上げることは、そうした考え方は、誠に無知と言えるばかりか、神に対する大きな“罪”になります。神にそぐわない考え方は、やはり仏の世界でも、そして、この人間の世界でも禁事とお考えください。」

「そなたたちには、いずれも“良心”というものがある。これは、口には出さなくても一人ひとりが感じる微妙なる感情であり、しかし見逃すことの出来ない確固たる感情、指針となるはずです。そこには、わたくしたち仏の世界の存在や、もちろん神も宿ります。そなたたちには、この良心という、本来の自己を見つめる機会(=神、仏との対話)をいつ何どきも与えられている。これに勝る“援軍”はありません。そなたたちは、そうした心の指針(良心)に支えられて、より良い、現世という生まれ変わりの舞台をまっとうしていただければと願っております。」

以上。

2012年11月5日

【日本】(日本創成以来の歴史に関わった全ての御魂に感謝の意を込めて祈る。)

「この国に生まれしことの意味を、お前たちは本当に心の底から会得しているであろうか?厳しくも優しい“自然”という神の産物の中にあって、お前たちは他の生命とはまた別の進化を歩むべく、この地上に姿を現した。その“進化”とは、互いの存在を知り、互いに“相乗的に”これまで以上に神本来の姿に近づくべく、己の魂のみならず、自身を取り巻くすべての環境を整え、向上させる、その中心(核)となる存在が、お前たちであることをどうか解ってもらいたい。」

「この地球上には幾多の“国家”が並存している。国家が人々創るのではない。そこにいる人々の“気質”が、国家というものを創り上げているのだ。魂がこの地上に降ろされしとき、各々の魂は、自らが課した前世より引き継ぐ“学び”(=課題)がもっとも最適に現され、習得できる場であることを望み、各々の国に降り立つ。各国にそれまで脈々と流れし歴史というものを深く理解し、それらに残る課題や将来への展望を持って、これまで以上に自身を研鑚せんとして、多くの天上の存在たちの援けを借り、ようやくこの地上に降り立つのだ。」

「この国(日本)に降り立つお前たちは、ある意味、非常に整った環境を選んだと言えるであろう。自然がもたらす恩恵は、今の時代もなお留まることなく、愛しいお前たちにその(自然の)エネルギーを与え続けている。それは、この国の自然というものが、光の存在であるお前たちを心から愛し、信頼し、我が身をすべて捧げんとして、いつ何時も、その営みを続けるからである。」

「この国に降り立つお前たちは、いずれもこの日本でしか経験、習得できないことを学ぶべく、最適なる場を選び、しかし同時に、この整った国にいるからこその、“地球の民”としての使命を果たしてゆかなければならない。」

「“生きる”とは、多様な意味があり、生命の存続というレベルから、どのように己の人生を歩むか、という価値観的なレベルまで本当に幅広いものであり、お前たちは、この国にあって、己の人生というものを、けして我が身一人ではなく、己を中心とした、本当に数多の存在(魂)が繋がったその状態で、自身が如何に生きるか、ということを絶えず良く考えてもらいたい。」

「“感情”とは、お前たちが思うよりもずっとその“伝播力”は凄まじいものがあり、その時その時、一瞬の思い方が、他の者の生き方に影響し、自らのこの先の人生をも決定づける。これが、ひいては国家の様相にも繋がり、お前たちの自覚は今なお乏しいが、自身の感情が、国家の成り行きを決定づけているものと理解すべきなのである。」

「それであるなら、お前たちの(日常の)感覚からは程遠い、国家の権力というものが、それこそお前たちの考え方次第、自身の発するその感情という、瞬時にして発せられるエネルギーによって日々刻々と変化しているというのが、国家の真の仕組みであると言えるであろう。」

「先にも述べたが、お前たちはこの国の民のみならず、地球全体からみた大いなる民である(=地球人)であることをもっと理解せねばならない。お前たちは、本当に恵まれたこの日本という、謂わば“船”に乗って、この広い地球という海原に、それこそ皆が一丸・一体となって出向するのだ。この船を舵取る者は、この国を取り仕切る政治家のみならず、大事なのは、そう、紛れもなくお前たち一人ひとりの存在なのである。」

「国というものは、お前たちの行動を抑えたり、遮ったりするものではなく、むしろお前たちの捉え方によって如何ようにも変化するものであり、それであるなら、お前たちは、この“日本”という国を大いに活用せねばならない。神国としてのこの国は、神棚のように祀り上げるものではく、この神性通うこの国を余すところなく、我が身の血肉として、自身の最大、最強の“味方”として、堂々とこの国の民として誇りを持ち、如何なるときも果敢に行動せねばならぬのだ。」

「良いか、お前たちよ。日本という国は、これまで様々な天変地異や、数多の民族らの介入によって、その歴史というものが創られてきた。それでも、この国は、その神の国としての尊厳を守り続け、それは紛れもなくお前たち一人ひとりに受け継がれているのだ。神の国にお前たち人間がいるのではない。お前たちが“神そのもの”であるからこそ、この国は神の国なのである。様々な謂われはあれども、この国を創ってきた先人たちの中にもまた“神”を見出し、自身の人生、神の道を歩まんとして、この先をしっかりと歩んでもらいたい。お前たちもまた、後世に繋がるこの国の大事な“系譜”として、深く刻まれるのである。」

以上。

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