神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2013年08月

2013年8月25日

【日本の雨を司る神】

「降りしきる雨は、そなたの心を洗い、この世に生きるにつれ身にまといし多くの悲しみを、ただひたすらに流し続けるであろう。」

「雨よ、雨よ。雨は、そなたのもとに落つるとき、その一粒一粒がそなたと溶け合い、いずれはまた大地に還り、海に還るのだ。」

「わが国に現されし、奇跡のようなこの雨の群れは、大地を潤し、わが国の隅々にまで生命を生み落とし、育む。そこには絶えず生命を繋ぎ、黙々と生きることの使命と静かなる生命(いのち)の歓びをしかと顕現しようぞ。」

「皆が、雨のみならず、この国に授けられしすべての天候の流れ、定めに従いて、自らの心を律し整えるとき、わが国の民ならではの、神妙なるこの自然(自然現象)とともに真に生き続けること、その有り余るほどの潤沢なる愛を、互いに分かち合うことが自ずと叶うであろう。」

「雨降らば、この大地は濡れ、日々降り注がれし溢れんばかりの陽の気を、穏やかに、たおやかに鎮め賜う。これはまた、自然界にその身を委ねし、動植物、すなわち、数多の虫や、樹木の根、大地そのものの構成物が、自らに負う成長過程のなかで、欠くことの出来ぬ要素として、全身にて一心に受け止めるのだ。」

「自然(現象)を受け入れるとは、つまるところ、自らをあるがままに受け入れる、その受容の心に通ずる。己の心の欲するを、自ら聞き取り、そして、自らを懇(ねんご)ろに労わる。そこにこそ、そなたが全身に備えし、数えきれぬほどの素質というものが、音を奏でるように響き合い、清らかなままに溢れだすのだ。」

「自然を受け入れる心こそ、自らを受け入れる心となる。雨は絶えず、そなたに冷静なる思考を授けようぞ。雨落つる天を見上げれば、心吸い込まれるばかりの白雲が、そなたに究極の“無限”を想わせるであろう。無限から出るその雨こそ、万人に隔てなく降り注ぐ、あるがままの純白なる愛となる。」

以上。

2013年8月18日

【日本の自然界を司る神】

(現在の日本の自然環境について)
「いずれの地域であれ、そこに必要なる思考というのはあなたがたの肉の眼で捉えるものよりもはるかに大きいものです。つまり、あなたがたが今置かれている環境、わが国の(自然を含む)住環境に対する考え方ですが、その現象の一つひとつはまさに精妙かつ細かな部分の表れであり、その個々に、あなたがたは焦点を当てようとします。いわば、わたくしたち神からすれば、それは大変に矮小のものに対しての、あなたがた本意の考え方にたつ心のこだわり、言い換えれば、心に必要以上の引っ掛かりを持つ、という状態が頻繁に垣間見られるのです。」

「この国に与えられし環境そして自然は、つまるところ、一つの目的でしかありません。すなわち、各々の存在が、己がもつ素質・能力を、それたった一つにて大いなる力を顕現・誇示するということではなく、それぞれが自らに(神より)備わるその資質を認め、納得し、他と合わさることにて、そこで初めて、真に力が発揮されるということです。それこそ、この国に在るすべてのものたちの本来の姿であり、根源的素質とします。」

「それらの様相は、いずれも潔く、並大抵のことでは屈することのない、まことにしなやか、かつ力強く、美しささえ感じます。」

「あなたがたは、当然その自然の一部。自らが今、この国の環境のなかで日々生活を送るということは、すなわち、この国の自然の呼吸と合わせ、あなたがたの生活がすなわち、(自らを)取り巻く自然をより美しく輝かせる生き方をせねばならぬのです。」

「だからと言って、あなたがたに現況の物質的な生活を捨てることを、わたくしたちはけして望むものではありません。この世界はすべて、あなたがたの魂の修練・向上のために、大いなる神より取り計らわれし魂の学び舎なのですから。しかしながら、あなたがたよ、自らの生活について、日々何らの向上心もなく、ただ時過ぎるのみという意識薄弱ぶりは如何なる思考からでありましょうや。神より頂いた己すべての身体的機能、そしてその心は無二の賜物。わが身を振り返れば、このたいそうな恵みを以ってしても、切ないばかりの(時間に)流されるだけの生活が今、事実この国で繰り返されているのです。そういった生活、自身の在り方を顕現するために、わざわざこの地上に希(こいねが)いて降り立ったのですか?」

「人生の答えとは、如何なるときでも“外”にあるものではありません。わが内に対し、答えを求める。幾度も幾度も、自身の在り方、心からの願い、そして人間という存在のこの世にての役割。考え、考え抜いて、ふと周りを見回したとき、あなたに注がれる優しき眼差しが、そうです、わが国に在る、雄大かつ、四季折々の繊細なる、この自然です。」

「あなたがたは、今後、より自らを見つめなければなりません。わが内には神あり、宇宙あり、それが最高の真実なのです。わが内に宇宙(神)を見たとき、すなわち、あなたの魂は解き放たれ、あなたを取り巻く自然が、あなたと一体となるでしょう自然の息吹、鼓動を感じ、それに沿った行動を自ずととる。それがもっともあなたが心地よく、そして、より力が幾重にも満たされることでしょう。」

「今後あなたがたが、本来の生き方を取り戻すために、わたくしはこの国に煌めく多くの神々と力を合わせ、すべてを配慮し、あなたがたに気づきと、人生に様々なる学びの機会を与え続けるでしょう。そして、あなたがたが、より良く生きたいという、自らの心を揺り動かし、果敢に行動せしめる、その勇気を、あらゆる自然環境をこの地上にて顕現することにて奮起させることでありましょう。あなたがたをより強く、そして、真なる神として掲げる。それが、わたくしの願い。あなたがたの心身が、本当の意味でわたくしと一体となる日まで、わたくしは希望を持ってあなたに慈しみの眼差しを向けることでしょう。」

以上。

2013年8月11日

【伊勢神宮におわす神】

「心を静かに、この数日を送りなさい。そなたたちの目に見えない世界にては、今、誠に数多くの(過去の戦争にちなんだ)魂が、自らの過去を省みて、人間というものの性(さが)や宿命、家族そして、国の在り方を粛々と自問しているのです。」

「ここに宣言いたしましょう。魂の出(いずる)とき、かならずや(他の魂は)没し、それをこの世にては絶えなき決め事とします。しかしながら、いずれの魂であれ、単一にてはこの世に在ることの意味は成さず、そこには、魂が各々獲得した“記憶”というものが残され、または語り継がれ、後世行くほどに(それらの記憶は)増大し続けるのです。」

「そなたたちも、過去わが国の民が経験した戦争という記憶を、なお魂の奥底にて受け継ぎ、今日もまた、この国の“そなた”として生きるのです。生きるとは、“息(いき)”を引き継ぐこと。それは単に身体的な機能を言うのではありません。それ以上に、過去の歴史に生きたすべての魂たちの息、すなわち、“命の鼓動”を、そなたのなかにも息づかせ、そして、それらすべての結晶として、いざ、そなたが今この地上に在るのです。

昨日よりも今日、今日よりも明日、必ずや“栄えある”わが身となり、それを殊勝に積み重ねる。それは、周囲(世間)から見て輝かしいものである必要はありません。自身のなかで、絶えずより良く生きること、より良く“息”を続けることこそ心がけるのです。われは、この伊勢の地にて、わが国のすべての民に対し、この真実の願いを何時(なんどき)も絶やすことはありません。」

「わが国の民よ。そなたたちは本来実に尊いのです。同じく尊き魂であるそなたの先人たちは、いつの時代も、そなたら後世の人々の、生きる有り様に想いを馳せました。魂を持つ者の本能として、自身の片鱗を受け継ぐ子孫を残し、それらが時代とともにまた相まって、様々な要素を併せ持つ、これまで以上の秀逸なる魂たちが、この国を創り、この世を彩らん(彩る)ことこそ、先人たちの真の願い。」

「今日よりも明日。日は刻々と続き、そなたたちに託された、神、そして先人たちの願いもまた膨れ上がらんばかりにそなたたちを熱く押し上げる。真摯な想いで自問すれば、すなわち、心に在る神が、そなたに限りなき知恵と、そして未来へと踏み出す奮起をかならずや授けようぞ。」

「すべてが相整いしこの国が、地上の国々を率いるという本来の目的に向け、いざ、皆の者よ、わが国が経験した終戦という大きな境目を静かに、そしてしかと心に据え、明日に向けいずれも天高く舞い上がろうではないか。そなたの見事なる魂が高らかに舞うその姿に、神々の歓びを重ね合わせて。」

以上。

2013年8月4日

【宮城県・鹽竈(しおがま)神社の神 ※】
※陸奥国一宮。全国にある鹽竈神社(塩竈・塩釜とも表記)の総本社である。

「この(宮城の)地であるからこその、人々が互いに手を携え、他を想い、この地を愛し、そして、ここからまたわが国に発する(発信する)べきことを、どうか、人々よ、しかと心に描いてもらいたい。」

「大切なるは、たとえ如何なることがあろうとも、この地に今自らが在ることに、ただただ想いを馳せること。それは、己が在ることで、それを介し実に様々なる人、物、環境が配され、そしてそれは紛れもなく、互いを生かし合うことで、すべての存在にとって珠玉の学びの場とならん(なる)。そなたが在るからこそ、そなたを取り巻くすべては輝き、生かされるのだ。そなたにしか叶わぬことが、そうだ、その人生において幾重にもちりばめられ、一つひとつが、肥沃な土壌に種を蒔き、実をならせるかのごとくに、美しく、そして価値あるものとなるであろう。」

「そなたたち一人ひとりに流るるわれら(神々)の意志は、そなたを限りなく(同じく)神として掲げ、そなたに“愛そのもの”という、われら、いやこの宇宙にとり、至極の光となって、この世を照らさん(照らす)。」

「そなたたちよ。(そなたの)身も心も、元を辿ればわれら神々と根源を同じくすることを、われはここに明言するとともに、そなたたちの今後の行く末が、より多くの人々との共鳴・分かち合いが成されることにて、この国が本来の神の国として、すべてが、そうだ、すべての存在が“神”として自らを律し、讃え合い、そして喜びを分かち合うことを、われは心から願うものである。」

「今そなたがその場に在ることは、必要なりて見事に叶うものぞ。そなたが在ってこその、この世界ぞ。宇宙ぞ。」

「神は顕現する。神の世界に煌めく愛と絶妙なる采配を。そなたたちもまたわが国の選ばれし民として、この世界に、学びと進化する勇気を顕現せよ。そなたたち一人ひとりが魂にてあらゆる事象を学び、会得し、心の赴くまま、実直に成長を遂げるのだ。それこそ、われらの望むところなり。そうして、神の世界にまた一つ、そなたの魂を現わす花が艶やかに咲き誇るのだ。」

以上。

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