神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2014年09月

2014年9月23日

【季節を司る神】

「刻々と季節移ろいゆく日々は、そなたの心をも表わし、あたかも四季の一巡せるがごとく、喜びも悲しみも、そなたのたった一人がもつ、あらゆる感情が、心そのままに表(表現)され、再び繰り返されてゆく。」

「四季とは、生命の絶え間なき循環を表わす。春の優しき日差しに、あらゆる生命は歓喜し、息吹の協奏、迸(ほとばし)る光はこの上なく、これから生命が各々の役(役割)をもって躍動し、伸びゆくその希望に、いよいよ胸を高鳴らせるのである。」

「あらゆるものは、まさしく宇宙の法則通り。人間が宇宙の一部、神の創りし愛の光・結晶であるなら、そなたたち人間こそ、自然と共に在ることに、無限の喜びを感じ、そなたの内に季節を巡らせ、老いも若きも、そこには必ずや “生命の躍動”を湛えねばならぬのだ。」

「芽吹く春から、あるがままに伸びゆく夏。そして生命の根幹へと再び還りゆく秋と、自身の力を内に籠め、次への一歩・再生へと臨み、ひたすらに待つ冬。この季節の一巡は、そなたたち人間の生き方・在り方そのものとなる。」

「そして、そなたよ。わが国こそ、この見事に移ろいゆく季節が目に見える現象となり、そなたの生命の循環をも支える、類い稀なる環境なり。神は、こうして定めた。国家に高低なく、しかしながら、わが国に生まれ出でし魂たちの、魂の修行、魂同士の共生がどこまでも、神の想い<愛>と共に進まん(進む)こと、この生命の神秘を、神の息吹を、いつもそなたが自身の肌、そして心にて感ずることを、神は可能にしたのだ。」

「刻々とわが地球の進む時間(とき)は、とうにその終わり(終焉)が見え、宇宙に存在する生命たちの行く末が、一つまた一つと、宇宙の法則に則り、歯車の回るがごとく順を追い、静かに定まりつつある。」

「これからそなたの目の前に展開する様々なる終焉と、再生。それらを、そなたよ、けして心乱し惑わされることなく、季節という、一つの完結する自然界の現象のなかで、自身に宿る生命の息吹と巡りを、そして人生の終焉、自身のなかの完結を、懇ろに慮(おもんぱか)るのだ。」

「魂の普遍性と、肉体の終焉。自身に授けられしこの二面性を、自然、そうだ巡りゆく季節のなかで、魂と肉体をより柔軟に繋ぎ合わせ、そなた自身が、神の御胸にごく自然なままに、ふと抱かれることが叶いしとき、そなたの心は真に解き放たれ、ここに神の永遠の道が築かれるであろう。」

以上。

2014年9月14日

【地球の守護を司る指導霊】

「皆への警鐘として、麗しきこの地球が直面する現状を話そう。」

「そなたたちの住む地球とは、宇宙に在る数多の星々のなかで、類い稀なる性質をもち、過去幾多の変遷を経て(いわゆる肉体として)脆(もろ)き人間が住まうべく(適度なる)環境が整いし巨大鉱物となった。しかし、それは数々の変化の機会が繊細かつ躍動的に重なり合い、(地球の)生命体としての仕組みが機能し確立したがゆえの、はじめて生命を育み続けることの叶う奇跡の一大磁場なのである。」

「元来、人間は自然に対し生命の活動として、その身を委ね、そして自然もまた、人間という小さくも大いなる素質を持つ魂の、その生命の営みの波を間近に感じ、人と天と、そして、地との架け橋として、自然というあるがままの形状を刻々と変えながらもひたすらに存続させ、生命を紡ぎ出してきた。」

「頼り、頼られ、そこには深き信頼関係が築かれ、地球が織り成すエネルギーを、すべてのものが自らの立場により適度に、そして確実に循環させてきたという流れがあったのだ。」

「しかしながら、今まさにこの自然とのやり取り、生命同士の絶え間なき循環力が誠に乏しい。そなたたち人間には、時代(とき)を経るごとに、自然の大いなる息吹を吸収し、わが身に巡らせ、そして敬意の念をもって自然に還す、その柔軟かつ生命体としての確固たる役割が大いに欠如しているのだ。」

「“大いなる天よ。大いなる大地よ。わが身に今日の糧を与え給え。われ地上に在るは、すなわち、神の御心のまま。神の息吹によりわが魂は生き、この地上に遍(あまね)く行き渡らせ、完全なる生命体とすることをわが使命とする。”この境地に至りし者が、今この世に如何ほどあるか?地球に立ち、地球のあらゆるエネルギーを自身に凝縮させん(させよう)とする、その姿勢が、皆の心から取り払われているのだ。」

「地球は歪(ひず)み続けている。神の寵児としてこの地上に降ろされし数々の魂が、時代を追うごとに地球生命体の一員としてエネルギーを循環せることを欠き、それどころか、皆が日々あらゆる事象に心を悩ませ、悲しみ、恨み合うその波動が、地球をすでに幾重にも覆う。黒き波動は天と地を阻(はば)み、それはまたそなたたちをも苦しめる。地球がその巨大なる体を震動させ、発し、吸収すべき生命の源が、もはや皆無に近き状態なのである。」

「今や、取り繕う時期は過ぎた。地球を守護する霊として、われは使命を担い、地球
を生かし続ける。そして、ここ(天界)にはなお多くの地球に関わる霊魂(指導霊)が配置され、次なる機を迎えん(迎えよう)とする。」

「幾億年の地球の変遷とともに、数々の神が生まれ、天はもとよりこの地球にもすべからくおわす。その神々の意が向くところ、大いなる神の意(意向)をわれらは必要なる力を結集し、静かに待つのだ。」

「今後、よりそなたたちが、真に気づくべく、あらゆる事象がこの地球全土にて引き起こされるであろう。そなたの魂がこの地上に在りてなお、神の御胸に在らん(在る)ことが、そなたたち一人ひとりの髄に染み渡るまで。」

以上。

2014年9月7日

【根源神(26)】

「巨大な波が一気に押し寄せるであろう。現象界はもとより、霊界、神界までをも途方もなき変化が次々と各界をのみ込み、ある神は、真に機を満ちて、この現象界・霊界を新たに司ることとなる。霊魂たちは必要なる魂の段階・進むべき道へと、極まる混乱の後(のち)、誘(いざな)われるのだ。」

「そして、そなたたちよ、現世に生きるそなたたちは、目に見える多くの変化に心身は疲弊し、無になりし時、初めて生きる真の勇気が湧くであろう。太古の昔より連綿と続く人類が引き継ぎし、あらゆる遺伝子がそなたを構成することに、ようやく気づくのだ。幾度も惑い、生きることの意味を問い、自身に連なりし幾多の(魂の)繋がりを、この先の変革を経て、心の中核、魂の髄まで徹底的に落とし込むのだ。」

「神、霊魂の完膚無き変化もまた一方ならず。大いなる神が、ひとたび動かば、そこはまさに台風の目のようになり、それを取り巻く神々の激しき変革を示す。魂持つ者、そうだ、現象界も霊界も、変革の疾風にその身につきし、多くの邪念、そして否なる思考・想念が一挙に取り払われることとなる。変革の疾風にわが身を徹底的に磨かれ、研ぎ澄まされ、終(つい)には、各々の真の姿が顕現するであろう。」

「そしてまた、これより起こる巨大なる波は、神の計らいにて、然るべくエネルギーの伝播を呼ぶ。地上のある者の真実の気づきが、人々を目覚めさせ、これより先人類の欠かせぬ燈台となるであろう。同じく時代(とき)を生きる人々は、まるで新たな地を踏むかのごとくに心疼(うず)き、これから人類が辿る道が、遥か彼方、神の社(やしろ)を目指すこととなる。互いに手を取り合いて進む、その人生が、まさしく神と共に歩むことを、元在りしそなたの魂の出どころ、神の御胸に回帰するのだ。」

「大いなる啓示は降りた。神は宇宙となり、宇宙もまた神となる。神の動くところ、この地上のあらゆる構成物が振動し、大いなる神の定めしその日まで然るべくエネルギーを、一つまた一つと充満せるであろう。」

「巨大なる波は、宇宙の変革のほんの片鱗に過ぎず。宇宙に秘められ莫大なるエネルギー、そしてそなたたちのまだ知らぬ神の神威が、今これより現世に生きる魂を通し、押し寄せる波のごとくに現るる。」

以上。

2013年9月28日

【教育を司る神】

「“教育”とは、あなたがた人間が人生において獲得するうえで最も“崇高なる”行為の一つ。あなたが、学校などの教育現場に対し、今まさに教育を受ける側(学生・生徒)のみならず、それを取り巻く(支える)側として、教育というものを如何に捉え、想い、そして、それをあなた自身がその教育の参加者(一体)となって、我が子らとともに次世代へ活かすかが、今後のわが国を真に発展させる一つの鍵となりましょう。」

「あなたがたは、その時どきの時代のなかで、為政者や教育者の意図により、決まった教育がなされます。本来ならば、教育とは、それを受ける当人の溢れる希望(意欲)により、それに見合う知識・方法論が各年齢に沿いながら、良きタイミングで次々と施されるものなのです。“受け身”のなかの“能動”。ある一定の知識は受け入れるが、それに対し、より貪欲に、知識をさらに得たい、自らの知恵として活かしていきたい、という強き熱望が、あなたがたに、生きる意欲を与えます。それは、何も年齢的に低い者(子供)に限ったことではありません。あなたがたはその人生を終えるまで、教育というものは切っても切れない存在であり、形を変え、機会を変えて、すべての者に順当なる施しがなされる、その保証が確実に続くことが、この国の基礎をさらに固めることとなるでしょう。」

「そもそも、教育に則り勉学に励むとは、自らの神性を高めること。冒頭にて、教育とは“最も崇高なる”とお伝えしたとおり、自ら学び、研鑚することは、神の道を歩むことに他なりません。あなたがたの本質として、人生あらゆる場面にて学ぶことを欲しているのです。」

「あなたがたに対して、わたくしたち(神)は、ある意味“教育”を施しています。この地上こそ、まさにあなたが学ぶ最高の場。あなたがたに対し、輪廻を繰り返すほどに、魂的に次元が上がってほしいと願うゆえ、すべての神々は、こうしてあなたがたを大事に、大事に地球という懐に入れ、この世にて起こるすべてに対して、あなたがたが必要なる学びを得、そして対処ができるよう見守り続けるのです。」

「ですから、教育というものは、あなたがた人間のみの範疇ではありません。学校などで施される教育も、元を辿れば、誠に崇高なる行為であり、かの時代、若き有志たちは、未知の世界に憧れ、世界中で起こる(または新たに発見される)事柄を寝食も忘れ、本当に夢中になって学び取ったものです。」

「新しきを知ることこそ、神の真骨頂。神は古来より続きますが、尽きることは決してありません。あなたがたが今後知り続ける神は、ある意味、果ての無き無限の存在。そう、すべてが“新しい”のです。そうした神という最高の真理を知ることに対する新鮮なる想いが、神のこの国に新たなる息吹、神の新時代を到来させることでしょう。」

「あなたがたよ、どうか、教育というものを、もっと自身の味方につけてください。現在のわが国の教育を悲観する者も少なからずいるでしょう。しかしながら、あなたがた一人ひとりが、教育が本来もっとも素晴らしい行為の一つであり、教育を施す喜び、教育を受ける喜びが、まさにかけがえのないものということを心より悟れば、この国は確実に変わります。」

「良いではありませんか。神の国にして、万人すべてが、神の道を歩むべく教育を施す、そして真摯に(教育を)受ける。神の行為を、まさに教育というものを通じておこなっているとあなたがたが新鮮なる想いで気づくとき、わが国の教育が新時代の幕開けとともに、また高らかに産声をあげるのです。」

以上。

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皆様へ
いつも神々からのメッセージをお読みくださり心より感謝申し上げます。本日より二週間ほど新規の配信をお休みさせていただきます。皆様のお心が絶えず晴れやかでありますことを心からお祈りしております。

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