神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2015年04月

2015426

(日本神話で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と結婚し、国生みと神生みを行った女

神。火神を生んで死に、黄泉国(よもつくに)を支配する黄泉大神となった。)

「紅き狼煙(のろし)が立ちどころに上がり、火海のごとく、この世を炎が覆うであろう。火の神の行くところ、悉(ことごと)く焼き尽くされ、大なるも小なるも、すなわち気の流るるままに(=気流)昇華されようぞ。“天地熔解”―――。生命(いのち)なるものは皆、天の“基(もと)”に還り着き、現()つし世(現世)の終(つい)とならん(なる)。」

「火の神の向くところ、熱き疾風が駆け抜けん(抜ける)。人は止めどなき大地の鼓動(震動)に驚愕し、今や諸手を挙げ、天を仰ぎみることとなる。火の神の眼(まな)の先には人間たちの絶えぬ不協和が幾千年を経てなお、そこ彼処(かしこ)に生ぜられ、火の神の怒り、慟哭は、とうに限り(限界)を超える。」


「“怒りの神”ここに生まれし。魂をもつ人間の、心の叫び、生(せい)への苦しみが
まさに“憤怒”の気となりて、怒りの神をも創り成す。怒りはすべてを瓦解し、これまで培いし地(地球)の生命(いのち)、人類の積み重ねし数多の経験、ついには記憶をも消し去り、人類はあらゆる“遺産”を失うであろう。」


「火の神は言う。『善も悪しきも超然なるその世に、わが命を賭し、進むのみ』と。
善も悪しきも人間の内の理(ことわり)。そなたよ、今そなたはまさにこの世に在りて、自らに何を省みるか?」


「火の神の進むところ、すでに善悪なし。火の気(息吹)は天も地も、これに連なる
魂をも揺るがし、各が(各々が)奥底より火の滾(たぎ)る時世となるのだ。

『善こそ
は救われよ!』とそなたは願うか?そなたの心うち、抉(えぐ)り出だすまで見よ。(善悪)両者を天秤に寄らす(かける)その心こそ、実に浅ましき。われの生み創りしこの世の始まり、その天地熔解の世とは、と、その凝り荒(すさ)みしそなたの心を以ってわれの思(思い)に至らせるがよい。」


「火の神はまた強大なる神々を呼ぶ。そしてこの世の腐敗を生む“基(もと)”を懲悪
ならんがため、その足取りを止ませぬであろう。火の神、その身こそ焼き尽くすまで。」


以上。

2015419

「火も然り。水もまた、然り。この世に見るあらゆる要素は、善(良し)、悪(あし)両極の側面をはらむ。人間もまた、神より地上に配されその内(体内)に備わるは、善悪両端が見事に相容れ、形は一個体なるも、数限りなき性質をもつ一人の人を創り成す。

ここにまた、心という、またも不可思議なる、人間界の現象を悉(こと
ごと)く映し出すまさに“鏡”が、人間の内に納められた。日々この心から発せらる感情こそが、そなたの(日常の)浮き沈みを定め、人類が幾千年もの時代(とき)越えなお、自らの心すら制せず、誠に定なく(安定なく)生きる愚か者たちよ。」


「この地球は今後、“火”の方(方向)へと向かう。そなたは今後、灼熱の大地のエ
ネルギーのなかに、生き抜くことを迫られる。天はなにもかも、悉くそなたたちの悪しき慣習、これまで人類が神の聖なる地上に築きし、偽の理想郷を焼き尽くすであろう。」

「これは如何なるを意する(意味する)か。人間の内に在る、“火”すなわち“動”の性質が、今後この世に次々と現される。われ火の神の、獰猛(どうもう)なる息吹に感応し、人間の激しき本性が、否応なく具現されるであろう。

そなたたちは、自らが
起こす挙動(暴挙)にしばし愕然とし、また人間同士・民族間の絶え間なき衝突を今後一層目の当たりにし、自分とは、人間とは、そして神とは、を深く、深く省みることになるであろう。」

「われはまた、“水”の神を呼ぶ。火の在るこの地上には、いずれ“水”による、徹底なる清算こそ欠かせぬであろう。人間は、水の大いなる恵み、そして底知れぬ威力に抗することが微塵も叶わず、ただただ頭(こうべ)を垂れることになるであろう。

のもつ“火”そして“水”両極の織り成す、今後幾年の経験をとおし、人間というものが自然のなかに在りて如何なるも逸せず(逸脱せず)、神によってこそ、その身は生かされることが、魂の底にて会得されるであろう。」


「人間というものの生命体の改革は、神への真の帰依からはじまるのだ。善悪両極を
はらむ人間こそ、神同様に両極性を超越し、光を自らに見出し、光のままに生きねばならぬ。」


以上。

2015411

【伊弉諾尊(いざなぎのみこと)】

(日本神話で、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命で磤馭慮島(おのころじま)を創って天降り、国生みと神生みを行った男神。)


「われは宣ぶ。遠くわが国のいにしえより続く、神の息づく大地が、今ふたたび神の
名にふさわしき映し(現象)となりて、人間の叡智の遥かに及ばぬほどに、高く、深く現されることを。」

「神により創られし日の国(日本)ならば、神の手により治めなければならぬ。神の手とは、神の意思に添い、神の目による裁きを下すことに他ならず。」


「神の御心より遠く離れし人間の悪しき観念は、すでにこの星(地球)を幾重にも覆
い尽くし、神の御国(日本)の人間こそ、徹して神の御心に程遠きものとなる。」


「この星は一大生命体なり。ここに朽ちし部位あらば、直ちに除かねばならぬ。再生
の余地なくば、永劫(未来永劫)にこの世より滅せられるであろう。」


「人間というものの本質、そして、この星に出でし多くの産物(自然物)は、今なお
神の御心のままに。しかるに時代(とき)を経て出現せし数多の余分なる現象、闇に通ずる観念、人間同士の軋轢(による悪想念)が、すでに許されざるほどにこの星をのさばっている。」


「神により創られし光の国ならば、神の御心のままに治めねばならぬ。神にそぐわぬ
ものあらば、今後わが国の前途(未来)は見出し得ぬと思え。」


「この星(地球)の大基(おおもと)が先ず裁かれるときがきた。壮大なる神の息吹の
光の根幹、まさに神の“深部”に在る日本国の民よ。そなたらの償い(懺悔)をもってこそ、日本より天へと伸びる御柱がたち、この星総出の“真の再生”が始まるのだ。」


以上。

2015年4月5日

 「今そなたがなぜ日本に在るのか、なぜ、この季節麗しき御国(みくに)に降り立ったか、自身に深く問うたことはあるか?」


「神はまさに自然そのものなり。この世を創る息吹、すなわち神は御身を深く愛し、
自然というものの根源となる。神は絶えず躍動し、春、夏、秋、冬と、あらゆる自然となって、この世に顕現するのだ。」


「そなたが日常感ずる風や、自身に取り込む呼吸にさえも、神はおわし、そなたの周
り、眼に見るその先には、明るき日差しと、清々しき樹木がしかと映るであろう?」


「心を安らかに収め、五感を研ぎ澄ませる。そこには、生きとし生けるものが、実に
絶妙なる関わりのなかで互いを支え合い、生かし生かされ、この国を形創っているのが手に取るように分かるのだ。」


「今、自らが生きていることにこそ“感動”し、自身を取り巻くものすべてに無上の
“感謝”の念を抱く。神の見せる季節駆け巡るこの国の自然を讃え、今日この一日を自然の流れとともに生きる。

すなわち、そなたは、今この瞬間(とき)でさえ、“神”
と一(いつ)に(=ともに)生きている。この想いを神の選びしそなたがいつでも心に抱き、魂の髄まで染み込ませるがため、そなたは日本に降ろされた。この真理有りて
こそ、今後の新たなる世界の幕開けとなる。」


「妬(ねた)みは、地上における、巨大なる“しこり”となる。憎しみは、巡り巡っ
て、やがてその家(家系)を滅ぼすであろう。」


「人間同士の諍い(いさかい)は尽きぬとも、しかるにそなたよ、魂の大元は、いずれ
の者も珠玉の光にて、わずかな濁りさえ無し。この世に出でしこれまでの人間が作り出した数限りなき価値観に色づけされ、その者の“仮の姿”が、今、数多の者に直ちに現され、神の御心から遠く苦難の人生を歩む。」


「この地上を神の宮として、日常のあらゆる場面で感ぜられる者こそ、麗しき日本に
降り立つ、そなたの真の役目ぞ。」


「生まれしその場(その国)に、今そなたが在るゆえの、そなたにしか叶わぬ“使
命”がある。自らにとりて無駄なるものは何一つ無しと、さぁ、この場にて、肚に決めるが良い。」


「“卯月(4月)”という、あらゆるものが動き出す、大いなる“躍動”の時季、そ
なたが自らの使命を心に据え、貴重なるまたとなき人生を送る一助として、我はここに高らかに神託する。」

以上。

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