神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2015年06月

2015年6月27日


「あなたがたは思い違いをしている。何が良くて何が悪しきか。自らの規範によって“悪”を定める(決めつける)ことで物事に優劣をつけ、ついには、自ら偽の王位(立場)に君臨せんとする。

生まれてから今日に至るまで、あなたは、すべて“善悪”の判断にのっとり、自らの生き方を選んできた。いや、“狭めてきた”と言っても過言ではないだろう。真に尊きあなたこそ、真に尊き“ものの見方”をせねばならぬことを、今わたくしは、あなたがたに切に伝えたい。」


「“静”なる心は、物事を正確に判断する。たとえ、急速なる事態のさなかにあっても、その心は微塵も動ぜず。あらゆる事象が起こるこの地上であるからこそ、如何なることが起きようとも、静なる心持ちで神に問い、“心伴う”動作を開始するのだ。

動なる行い、つまり“行動”は、静なる心有りてこそ、まさに真価を大いに発揮する。」


「神の御心は、とうに“静”なるままに在りて、太古よりこの宇宙のあらゆるものを創り成す。神の本髄、光の様相は、
煌々(こうこう)とあかるく、しかるにそれ体現するものはまさに“静”に依りて、ここよりすべてが生み出される

「地上は今、“動”の波動に覆われ、今後あなたがたが見聞きするもの、そして出逢い、それらが(またた)く間に変容がおこなわれることとなるだからこそ、あなたがたは、は、いつでも“静”を味方とし、自らのおこないを常に省みて、これから展開する数多の変容、そして難局を乗り越えなくてはならぬのだ。」

「神は大局に俯瞰(ふかん)し、宇宙を包括する“善悪”を。よいか、ここに人間の入る余地無い。しかるに、あなたがたはこの地上に今を生きる尊き生命だからこそ、心と身体を余すことなく活かす、真の“静”と“動”の協和



 


 

2015年6月20日

 

生命(いのち)をたずさえる人間たちよ。神はなぜ、そなたら人間に、他の生命を食、自らの生命維持なることを定めたか。」

「それは、幾億もの生命の頂点であるそなたら人間こそ、栄えある生命たちの真髄・魂を身に取り入れ、神と交わした約束を地上にて果たさんがためなり。

神は、人間がこの世に生まれ、そして去りゆくまで、“食する”ことを、生命を存続させるうえでけして欠くことのできぬ要素と定めたのだ。」

「食す、それは、食するその(もと)の命をいただき、文字通り、そなたの身にこれらすべての命を“重ねゆく”こと。そうして、人間は数えきれぬほどの生命のを得て、自らの魂に豊かなる厚みを加える。」

「食から、この世が変わる。しかるに、食は今まさに、未曾有の混沌たる状況。何が身(身体)に良く、何が悪しきものか、時代を経て通信の発達とともに、あらゆる知識・情報が入り乱れることとなった。」

「食に窮するは、人生を混迷に(おちい)。食を飽くることなく盲目に追い求めるは、まさに大罪と(たが)わず、らの日々惑い、彷徨(さまよ)うこととなる。」

「人間に備わりし本能として、食が大事なることと会得するからこそ、人間はこれまで数多くの材(食材)を追い求め、見極め、食にまつわるあらゆる側面を発展させてきた。」

「神がそなたら人間に授けた“食”というものを、今一度、自らに問うてみるがよい。数えきれぬほどの生命(いのち)をいただき、その(生命の)息吹を得て、そなたが今この世を生きる。そして、日々そなたの身に入りし生命たちもまた、そなたの中に、そなたを通し、この世を生き続けるのだ。」

「『食について、地上に知らしめよ―――。』 宇宙の大根源神は、そう命ぜられた。神のいずる国・日本こそ、生命たちの魂の繋がり、すなわち“食”を真に改め、この行為は今後一層尊ばれなくてはならぬ。」

「地上が迎えた大いなる変容の今この時、人類は生まれ変わる。ここに生命存続の(もと)、“食”という神聖なる行為が、変わりゆく地上、人類の未来希望の光明となる時代がきた。」

2015年6月14日

「これから(のち)、あらゆる現象がこの地上巻き起こされる。天上界と地上界、そして霊界、地獄界、各々がを以って成り立ち、存続されたこの宇宙にあって、今こそすべては混沌とし、霊魂たちは一気に異(次)世界へと流れ込むであろう。」

「神は、これまで数多くを地上に配した。それは何もかも、そなたたち魂をもつものが、これらに起(起因)した現象を通し、如何に学び、魂を向上させるか。

けして
(ゆる)まぬ速さではなく、しかしながら、少しま少しと階(階段)を上るがごとくに、着実なる高みを目指す、その援けとして、この地上にあらゆる“素質”を授けたのだ。」

「そなたの在る現象界、そして、その他あらゆる段階に在る(霊界の)霊魂たちは、これまで必要ありて、“棲み分け”がなされた。」

「しかるに、そなたよ。神総出の宇宙の変革には、必ずや、魂の編成あり。神は動き、地を鳴らす。驚愕たる地上の変貌に、人間以外の霊魂たちは、波打つがごとく次々と呼び覚まされるであろう。」

「この地上の変容のさなか、刻々たる変化の流れに勇み乗じるは、はたして如何なる者か?」

安穏(あんのん)と日常を過ぎ、目に映る些細なる現象にのみ心を動じる愚か者は、いつしかこの世の変わりよう、一変の有り様に、涙枯れただただ天を仰ぐこととなるだろう。」

「すでに気づきし霊魂たちは、神を身近に感じ取り、心の(さま)を据え、果敢に歩み出している。それら(の者たち)は、これまでの縁をさらに紡ぎ、より強固なる絆をもちて、なお一層の経験を得る。

そして、ついには、この先展開されるこの世の行く末を、天・大地のエネルギーをも自らに取り込み、“我すなわち神”と会得、必要なる段階に進むのだ。」

「すでに時は来た。この地上にみる変容は、さらなる強大な変容を呼ぶであろう。大波のごとく、地球全土を巻き込む。すべてが瓦解し、すべてが、再び“新生”へと歩むのだ。」

2015年6月7日


「大いなる神は定めた。生命とは、すべて“動き”にあり。たとえそれが微塵すらの動(動き)の無きがごとくに(肉の眼にて)思うとも、その奥底は血潮(たぎ)らせ、生命の進むべき方(方向)へと、少しまた少し確なる(確実かい進むことを。」

「大いなる神はまた、定めた。人間とは、あらゆる“動”の協奏のごとく、その人生を鮮やかに辿りゆくことを。意識はせずとも、身体を司るすべての組織は、それらが止むことなく、協同のさなかに、そなた一人の地上に生きるを支え続ける。」

「人間に備わる心(意識)は如何なるか。人は動かねばならぬ。他(他人)との差異ではなく、自らが神・天命に対して、真っ向に心を定め、動き、進みているか。

この類い稀なる地球にあって、様々な縁の渦巻くなか、そなたはけして欠くことのできぬ存在。そなたが、神、そして地上のあらゆるものに対し、心(意識)を傾け、自らの場(環境)にあって、堅き意志のもとに現世ならではの貴重なる経験を果敢に積みゆけるか、それこそ、天の采配をも決めるものとなる。」


「“動”の日々に、必ずや新たなる風は、来たり。己の心、感覚を研ぎ澄ませ、目に見るもの、耳に聞くもの、あらゆる現象を、そなたは焦らず、しかるに、常に“動”、動きの心向き(心持ち)にて捉え、謝する(感謝する)心にて一つまたひとつと乗り越えてゆくのだ。」


「新風の女神は、いざ、そなたの人生に大きな喜び、そして、この世でしか叶わぬ“気づき”を与えるであろう。」

「そなたの、今地上に在り、動き進むるは、そなたに連なる数多の魂(霊魂)の気づきともなる。そなたこそ、この世に強く輝く新風となるのだ。動きのなかに生み出されるそなたの気づきは、それらすべての魂の、これまでの数限りなき輪廻をも刷新する、壮大なる“躍進”となるであろう。」


 

 

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