神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2015年11月

2015年11月29日

愛知県名古屋市熱田区にある神社三種の神器1つである草薙(くさなぎの)(つるぎ)を祀る神社として知られる。主祭神は、熱田大神。

 

「われら日本に鎮座する神がもっとも望むもの、それは何より、この国に在る民が、仲睦まじく手を取り合い、日が昇るところに希望を持ち、日が沈むに際しては己の一日を静かに想う姿。そして、わが民らが日々を重ねゆくほどに自然の恩恵を想い、人生に益々深みと喜びを味わえることなり。

そして、家族や愛する者たちへの無上の幸せを願い、我ら(神々)と心を重ね合わせ、一日を、そして一年の実りに大いに感じ入る姿は、まさしく神世の極みである。」

「何よりわれらの不幸せは、この国の愛する民が、僅かなる出来事に心惑わせ、家族を心から信ずることの叶わぬまま、未来の展望も開けず途方に暮れること。この国の自然物に宿るあらゆる神は、その悲嘆なる民の姿に心痛め、大地を揺るがす雄叫びを上げる。」

「この世に自らが在る意味、それを暗中にもがき、答えを見出せず、やるせなき思いで日々を重ねゆく者が、今、如何に多きことか。」

「この宮(熱田神宮)に詣でる民らの心を見るにつけ、わが心はいよいよ深淵となる。それでもなお、一筋の希望を捨てず、自身を奮い立ち、目前のわれらに真摯に詣でるその姿の愛しさよ。」

「この世に人間が在る意味は、皆まさしく異なる。異なる状況、異なる縁のなかで、しかるに、ただ一つ、いずれの民も同じくするもの有り。」

「それは、われら日本の神々が、そなたを珠玉の光、わが魂の真髄としてけして欠くことのできぬ大いなる存在として、天上にいたころより、なお微塵すら変わらず、そなたを見続けているということなり。」

「愛しき民らよ。このわれらの想い以上にそなたがこの地上に在る意味はあるか?この想いを知らぬまま、そなたは日常の目前の現象にのみ心を動かし続けるか?」

「現代と古来、その差と申せばただ一つ。人々の、神を信ずる心。いや、自らを神から愛されてやまぬ尊き存在とする揺るぎなき信念である。それを会得していたからこそ、古来の民は、如何なる苦境にありても、寡黙に耐え、道を拓き続けたのだ。」

「わが国に対するわれら日本の神々の想い、そしてこの国に生まれ出でし民への無上の愛しさは、幾千年のときを超えなお、一寸も変わらず。」

「年の瀬が迫り、なお一層この国の繁栄と多福を想うとき、何より、わが民らの安寧を願わずにはいられない。」

2015年11月22日

※大阪市住吉区にある神社。御祭神は、(そこ)筒男(つつのおの)(みこと)中筒男(なかつつのおの)(みこと)(うわ)筒男(つつのおの)(みこと)(じん)(ぐう)皇后(こうごう)全国に約2,300社ある住吉神社の総本社であるほか、下関の住吉神社、博多の住吉神社とともに「日本三大住吉」の一社である。また毎年初詣の参拝者の多さでも全国的に有名。

「この国(日本)に生きる民よ。今なお脈々と続く、数多(あまた)の家(家系)の意味するところ、すなわち、人と人とが出逢い、愛を睦び、後世その結晶として現わされる珠玉の玉(=子孫)が連綿と続くは、遠く神世の時代から受け継がれし普遍の(ことわり)。神は地上に神の心(魂)大地に満たす、これを原始、一等に(最初に)定めたのだ。」

「しかるに、今やその珠玉の玉、そなたらの心を読み入る(読み解く)に、確たる“拠りどころ”無きままに、思い惑い、安寧に生きられぬ者が如何に多いことか。」

「神は案ずる。そなたらが、未だ天界に在りし頃、そなたらは一人ひとり、神の御胸(みむね)に抱かれ、契り(約束・使命)を交わした。

そして、地上にいざ花開かせん(実現させよう)と、そなたにまつわる多くの霊魂・指導霊たちが、そなたがこの世に生まれしより今なお、絶えずそなたの日々を援くにも拘らず、そなたがなぜこのように
心許(こころもと)なき面持ちで、目前にある現象に揺さぶられる(動揺する)のか、その様相を目の当りにする霊魂・指導霊たちの心もまた如何ばかりか、と。

「人の生きる鼓動に呼応し、大地は揺れ動く。そなたが愛豊かな人生を、自らの“意志”で謳歌するなら、それは、大地への至上の慈しみとなる。山は謳い、山沿いを流るる川もまた滾々(こんこん)と溢れ、この国を潤すであろう。大地はそなたの心こそ、大いに共鳴するのだ。

「はたまた、そなたが、見聞きするその瞬間、心を頑なにし、責め続けるを止めず、悲観のままに魂を塞ぎ込むとき、大地は沈み、草も木も生きる力を失い、やがては枯れゆくであろう。」

「それが、今や地上に生きる多くの者たちの“現実”―――。そなたが、悲嘆に暮れ、この世を如何に生きるべきか、と悩み誰か(何か)を恨み、(すさ)とき、そなた縁で結ばれた者たち、霊魂、そして神もまた、そなたの心に感応し、“そなたが喜ばずして、如何にわれらは生きるか”を、鎮痛なる面持ちでこの世を見つめることとなる。

「大地が揺れるなら、海原(うなばら)もまたその動きによって、自らの使命をあらゆる形で体現し、この世に還元してゆくのだ。大地の波動を受け、人々の心の動きをもつぶさに感じ、今後海は大きく揺れ動くであろう。

生命あるものが、生きるも、その命を天に帰すも、すなわち、水ありてこそ―――。生命の根元たる海原が、あらゆる形に依りて地上不要なるものを削ぎ落とす。今を生きる人が、真に見るべきもの
に気づくその時まで、われら神々の道程は続く。」

 

 いつもブログ『神々からのメッセージ』をご覧頂き、誠にありがとうございます。

 2012年、わたくしは神より命を受け、神や精霊たちから降ろされる愛の御言葉を、ブログという形で皆様にお伝えしてまいりました。

 皆様からの心温まるコメントをいつも嬉しく拝見しております。この場を借りて心より御礼申し上げます。

 私事ではございますが、先月1024日に霊視鑑定依頼のホームページ『 Rinokia鑑定所 ~ The Invisible World Concierge ~“神霊界コンシェルジュ”』を立ち上げました。( http://www.rinokia.com/

神はもとより、様々な霊的存在と意識を通わせ、≪言葉≫にできる力を用いて、皆様にお役立てすることを目的としたものです。

 ここに至るまで、長き道のりを辿りました。機会をみつけては全国各地におわす神や霊魂、また自然と対話する巡礼の旅をおこない、その過程でわたくしが霊的に出来ることを自覚するようになりました。

 それは、目に見えない存在からのメッセージを伝えることの他、霊魂の波動を読み取り、要望に応じてその霊魂がもつエネルギーを調整すること、またさまよえる霊魂を、本来在るべき霊の世界へと送り出すこと(=浄霊)などです。霊魂のみならず、“物”の意識も、同じく即座に感じ取ることが出来ます。ホームページに具体例を掲載いたしましたので、ご覧いただけますと幸いです。

 2015年12月6日(日)には厚木、12月28日(月)には京都に伺い、鑑定させていただきます(詳細はホームページをご確認ください)。皆様にお会いできるのを、心より楽しみにしております。

Rinokia

2015年11月15日 


「人々の心を
(ことごと)崩壊させるもの、それは、目に見えないものへのそこはかとない“恐怖”である。人日々暮らすなかで、ごく些細なことさえも、人は確証なきものへ、そぞろな恐怖を感じる。」

「その恐怖は、ある瞬間(とき)、他の者が恐怖接点に交わり、あるいは、人の口にのぼる(話す)におよんで果たしてその正体は明らかならずも、ついには一層の脅威となって人の想念のなかに棲み込み、その心を(むしば)んでゆく。」

「人間とは、感情によって生き、そして感情によって死にさえするもの。今や地球全体が、人類歴代、重なり合う人間の感情の渦となる。しかし、その渦たるや、喜びよりもさらになる厚き“層”となって麗しき惑星(=地球)を覆いつくす、非情戦列なる“恐怖”である。」

「人が赤子として生まれ、成長過程あらゆる試みを繰り返すなかで、母に励まされ、まわりに教わりながら、少しまた少しと、出来ることを増やしていく。」

「四つん這いの歩みが、二足でしかと大地を踏み、歩みだすその行為と同様に、そなたの肉体は、“順当に”、あらゆる物事を成し得る(出来る)ようになった。」

「“順当に生きる”―――。それは、人間が神の光として、この地上に降ろされたそのままに、“喜び”“安堵”“調和”のなかで生きること。それが、人間たちに課された至上の使命と、今こそ心得るがよい。」

「人間が本来感じる“心地良い”という感覚。ふわりとした、心弾む、悠々たる風。それを今、あろうことか、日常あらゆる場面、あらゆる行為のなかで悉く崩壊せる(させる)、悪しき暗黒の集団あり。」

「人間の安らかなる心の指針を根こそぎ取り去り、何が良く、何が悪しきかを、もはや、神より授かりし人間の順当なる人生のなかで、それすらも迷わせる現象が、地上此処(ここ)かしこに配され(仕組まれ)、恐怖の感情の巣窟として、地上を制覇せしめるのだ。」

「人々の心の指針を、順当なるままに、正しく整えることこそ、今や人類の最大の“命題”。人間のもつ感覚が、喜びに依り、慈しみに依り、繊細にしなやかに反応せるとき、それは地上に揺るがぬ天への御柱となって、その“悪”の(やから)の居所は消え失せるであろう。」

「地球が数多の惑星のなかで創成された意味。宇宙に(とどろ)く地球変容の激震―――。今こそ、人々は地球の枠、既存の常識を超えた壮大なる真理(仕組み)を追究する時代(とき)であろうそれがまた、困難極める地上の道標(みちしるべ)となる。

「他の惑星が見守る地球の行く末―――。その航路の舵取りは、神でもわれらでもない。まぎれもなく、地上に降り立つそなた。安らかなる心の指針を取り戻したそなたなのだ。」

以上。

2015年11月7日

「人間が地球に宿り、肉体をもって人生を送る。数々の縁者がすでに地上にあるなかで、父なる魂、そして母なる魂とあの世にて約束し、適する機(機会)に、しかるべくそなたは生まれた。」

「だれかがこの世に産声をあげ、そしてその瞬間、だれかが(この世を)去る。生まれては、死に、死んでは、生まれる。人間もまた、自然の流れに則る“巡りゆく”魂なり。」

「神が定めた生命(いのち)の循環において、人間の在る意味は何か。限りある人生(寿命)ならば、楽を追い求め、日々欲を貪り続けるか?」

「この世に人間が在る意味。それは、そなたという魂が、神そのもの、神の化身として地上に降り、肉体をもってこそ得られる学びのなかで、多くの縁の(たす)けを頂き自身もまた縁を紡ぎつつ、“何か”を生み出すのである。」

「それは、たとえ母(女性)という存在でなくとも、新たに生み出だすもの。生命とは“息吹”、新たなる潮流なり。」

「神の光通うそなたの魂と、神によって授けられし肉体によって、そなたはこの地上に何かを生み出だす。そして、子、子孫、後世に生きる者たちが、それを受け(受け継いで)ゆくのである。」

「何か大ごとを成さずとも良い。見るべきは、一人ひとりに備わる、何かを生み出だす“力”。それは、現象界の目にては、良きことも、あるいは悪しきこともあるであろう。心と肉体によって生み出されし波動が、ついに現象として現わされるとき、それが良きか悪しきかは、人々の感じ方にもより、あるいは後世の人々の感覚も千差万別なのだから。」

「しかるに、肉体は朽ち果てようとも、そなたが生み出したものは、永遠に生きる。そなたの心(想い)もまた、たとえ、時代が如何に変わろうとも、いや、この地球が未知なる状況に陥ろうとも、生き続けるのだ。」

「現象界にて何かを成すための肉体。そして、そなたには、永遠に生き続ける、尊き心がある。肉体をもって何かを成すとき、そなたの心は如何に“生きる”か。そなたの心は、肉体によって成した出来事に、なんらかの“彩り”を添えるのだ。その彩りとは、紅か白か、はたまた、漆黒か―――。」

「そなたの心が後世、永遠に生きるのなら、そなたはこれまでよりも一層そなたの心の有り様、変化をしかと見てゆかねばならぬ。」

「神は、そなたをこの地上に降ろして以来、そなたをかけがえのなき光として、一刻(いっとき)も途切れることなく、そなたを見守。そなたは神の魂であの真髄そのものだからである。」

「そなたもまた、永遠に生きるそなたの心を、かけがえのなき光として、神と同様、懇ろに見守らねばならぬ。神はそなたに(さち)人生を歩むことを願う。

そなたもまた、そなたの心を愛しき永遠の光として、後世人々に輝き続けることを願い、自身偉大性、奇跡“善よう添うのである。」

 

2015年11月1日

「年の終わりに一日一日と近づくにつれ、より一層、人々の心はざわめく。」

「本来ならば、そなたよ。“12ヶ月”という(一年の)(くく)人間時間(とき)当てで、自然息吹呼応人間辿変化を、自身だ。

「そなたたちは時刻に追われ、『未だ何も成さず』と()心持に、年末日々貴重よ。

「季節の移り変わりを肌で感じ、芽吹く春、日差し勝る夏、そして実り豊かな秋を迎えるこの国にあって、そなたの心模様は如何なるか?

新たなる年を迎え入れる冬にこそ、身も心も、そなたは一年の計(総決算)として、自ら心静かにその身を正し、清め、神の御前にての“禊”を成さねばならぬのだ。」

「一つの年が終るとき、いずれの魂も、“終”を告げる。しかるに、ここにこそ、神威宿るものぞ。年明け(元旦)に、宇宙のあらゆるエネルギーを神は地上に凝縮させ、魂に吹き込む。そして、魂の見事なる再生―――新たなる門出を祝うのだ。」

「年の変わりは“魂の変わり”―――。自らに備わる感覚で、神の定めしこの真理をしかと会得せる者が今、如何ほどあるだろうか。」

「神の施す愛を、ごく自然なるままに受け入れる――。それが今のそなたには如何に難き(難しい)ことか。刻々と移りゆく自然の絶妙なる変化に、あらゆるものの再生への道を見出す。

まさに、この実る秋にこそ、そなたはこの先に待つ年明けの生まれ変わり―――魂の成長を遂げるべく、冬へと向かうこのひととき、じっくりその身を据え、物事を懇ろに成してゆくことを心に据えるのである。」

「そなたが、年の変わりを迎えるまでの日々を大切に、新たなる年へ向け、希望を持って万事を果たすとき、神の与うる最高の祝福が、いよいよ元日の日の出とともに、そなたに訪れるであろう。」

「心静かに物事を見定める冬。魂の再生へ向け、いよいよ自らを律し、磨き上げる冬。そのなかで新しき年、すべては“追い風”となりてそなたを(たす)と、よいか、如何出来事ろうも、希望れ。

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