神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2015年12月

2013年10月20日

【仕事を司る神】

「仕事とは、元を正せば、他に“仕える”ことから成り立つ。現代のあなたがたの思う“仕える”という概念は、自らを抑え、まるで奴隷のように苦労を強いられること、他のために動いたり働いたりすることを何か損でもあるかのように捉えているけれども、見よ、あなたがたよ、あなたをあなたとして生かす数えきれぬほどの事象、すなわち、自然であり、その肉体であり、あなたが日常当たり前のように受け入れているものの多くは、あなたを生かさんがため、ただそこに無限の愛情をもって、あなたに今もこうして“仕えて”いるのである。」

「あなたがたは、人間というものが長き歴史において生き抜くごとに、それは、それは、非常なる勢いにて、この現象界での生きる術を貪欲に身につけてきた。神よりこの地球という星に降ろされ、神と繋がりし民らは、ただ神と共にあることを心の支えとして、厳しき時代をひたすらに生き抜いてきたのだ。」

「祖先たちがこれまで幾重にも培った知恵をさらに進化させ、あなたがたは現代に生きる。あなたがたは、もう十分なほど、生きる術(技術)という面では知り得たはずだ。しかしながら、あなたがたは、自ら抱えるそれらの術が多ければ多いほど、神との約束、神と共にあること、神より配されし宇宙の仕組み、すなわち自然の流れについて、心を向ける余裕を失ってしまったのだ。」

「知識は、すべての魂に必要なものだ。しかしながら、それを統括するものは、やはりあなたがたの心であり、感覚であり、魂が魂として、いかなる状態(人間、霊)であっても、その芯は変わることなく、あなたを形成するその頂点には、神を置かなくてはならない。」

「あなたの中、すなわち、その頂点に神を置くとは、あなたの心の様相を映し出すこの現象界でのいかなる場面においても、あなた自身がすべてを神として掲げることである。あなた自身が神であるからこそ、あなたを取り巻く自然をはじめとするあらゆる事象は、あなたを神として、絶えずあなたに仕えているのである。そして、すべての人も神であるなら、あなたも縁あるそれらの人々を、同じく神として掲げ、正しく仕えなくてはならない。」

「諸々の神より、これまですでにあなたがたは、こうして現世に生きるうえでの至高の教えを得ている。神とあなたがたが同胞(同一)であるからこそ、神は尽きることなく、あなたに日々形を変え、状況を変え、あなたが真に“気づく”ように愛の光を送り続けているのだ。」

「そうした神の教えを、今こそ“実践”する時が来た。行動に起こすこと、それはあなたの心をまた新たなる方向へと導くこと。あなたの今持つ仕事(単に事業に関してのみならず、人が生活する上でおこなう事柄)は、神より授かりし実践の場。目の前にある人、物、それらのすべて神としてあなたが真に“仕える”とき、あなたに対する環境(状況)が一変するだろう。すなわち、あなたをより神として掲げ、目に見えるか否かにかかわらず、すべてのものがあなたにとって頼もしき光となって、あなたが人生を歩むうえでの良き加担者となるだろう。」

「あなたが、まずあらゆるものへの良き加担者になれば良い。すべてを神と掲げること、すべてに対し神として真心で仕えることで、すなわち、あなた自身の人生が変わるのだ。仕事とは、この神の道を歩むうえでの、まさに尊き実践の場なのである。」

以上。

2012年12月22日

【鹿島神宮の神 ※】
※茨城県鹿嶋市にある。神栖市の息栖神社、千葉県香取市の香取神宮とともに東国三社の一社。御祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)で、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)とともに古代出雲の国譲りの立役者と謂われる。

「剣は如何なるを切るものか?これまでわが国に脈々と続く歴史は、悉くこれら剣によって、人を切り倒し、無残にもその者の人生を葬った。こうした幾多の魂たちが、この国に未だ悲しく漂い、自らが真に救われ、天上の世界に引き上げられんことを希(こいねが)い、各々の縁ある土地に今なお多くが留まる。武器とは身を護り、また自己を顕示せんがために、当初は造られた。しかしながら、生身の人間は、その圧倒的な威力に惑わされ、真に正しく使うることなく、唯々、弱き者たちを威嚇し切り捨て、そのあかつきとして、その者たちが住まう土地をまさしく破竹の勢いにて、次々と占領せしめてまいったのだ。」

「われは武勇の神。これまで多くの名だたる武人・軍人が、この度の戦(いくさ)に必勝せんとして、われのもとに詣で一心に願った。必要なるは、自らの手柄が戦のごとに増すことではなく、敵も味方も関係なくすべての民が、各々もっとも適した道を以後進まん(進む)ことを、その身を以って神に誓い、ひたすら邁進することである。」

「自国の幸せのみ祈るは、誠に狭き力量なり。自らが住むその土地は、いずれも世界のすべてに繋がり、自国の幸せは、すなわち他国の幸せによって真に叶うものである。その昔、わが国がなお混沌としていたとき、様々なる戦によって、領土の取り合い、そして民らの制圧が起きた。見よ。未だにその取り合いにて生じた怨念は根深く残り、この国に計り知れない重圧をもたらす。民を率いる者としてのその心意気が、果たして如何なるものか、その微妙なる心の差にて、以下、(それに連なる)すべての民らの人生が決まるのだ。」

「われは誠に長きにわたって、そなたたちが真に気づくことを、この神宮に人が詣でる度に願い、そして如何なることがあろうとも心を平生に、(詣でる魂たちに)われの心からの“希望”を託してまいった。この神宮に詣でてより、魂において、自らを取り巻くすべての者たちが幸せなること、その幸せが自らの幸せであるという、“相関”の想いがどうか芽生えてほしいと願い続けるものである。」

「人は生身の身体を傷つければ、魂もまた同様に傷つく。そして、それは紛れもなく、われら神々もたとえもない痛みを味わい、そなたたちの苦しみ、悲しみを全身にて受け止めるのだ。」

「それでも神はそなたたちを見捨てはしない。なぜならば、この世はすべて繋がり、天上の世界、地上の世界、はたまたこの果てしない宇宙はすべて一つだからである。一つはすべてであり、そなたたちもまた、この宇宙のすべてなのである。ゆえに、そなたたちが如何(なる状態)に在ろうとも、われらは見限ることなど到底出来ようものではなく、われら神のもつ本質として、すべてを許し、取り込み(融和し)、合一させることを如何なるときも目指すものである。」

「われの願いは、今(この地上に)在る魂たちが、自らが住まうその土地に縁あって(わけあって)留まる数多の魂を、その真摯なる祈りによって、一つ残らず天上の世界に召し上げることである。天上の世界に帰ったその魂たちは、必要なる段階を経て、いずれも次世代へと繋がる重要なる魂となり、今度は、地上のそなたたちを、身を以って援(たす)くであろう。そうして、この世は魂たちの巡りによって、輪をなし、それは“和”となり、この宇宙全体を閃光の如く明るく照らすのだ。」

「いずれも切ってはならぬ。そなたたちの選ぶ道は、すべてを繋ぐ、そうだすべてを和合し、次へ次へと引き継ぐこと。この精神によって、神の数々の叡智がもたらされ、古きは新しくなり、そして(繋がりながら)生まれ変わるのだ。」

「新時代の幕開けである。皆の者よ。すべての神々は己(おの)が配置に就いた。神の目指す、すべてが合一の麗しき御世を自らの目標に据え、喜び勇んで進んでまいるがよい。われら日本の神々は足並み揃え、そなたたちが神の真の援軍となることを待ち望んでいる。」

以上。

2015年12月18日

※青森県弘前市百沢の岩木山の南東麓にある神社。別称、「お岩木さま」「お山」「奥日光」とも呼ばれる。主祭神は、(うつし)(くに)(たまの)(かみ)多都比(たつび)(ひめの)(かみ)宇賀能売(うかのめの)(かみ)大山祇(おおやまつみの)(かみ)坂上(さかのうえの)刈田(かりた)麿(まろの)(みこと)(これらをまとめて「岩木山大神」とする。)


「(
2015年の、)年の終末に際し、そなたたちに今一度伝えよう。年の変わり目とは、‟魂の変わり目“。神はもとより、生命を宿すものは、いずれにおいてもこの年越しと年明け(元日)を機に、ある時空を超え、魂は再び息を吹き返す。

ある者は、魂に積みし数々の荷(負荷)を、年のこの変わる節目に洗い流し、またある者は、それまで心の内に収めし“展望”(思い)を、いよいよ実現せんとて、より一層の臨場感を以って、新しき門出に
(のぞ)むであろう。

「人類の長き歴史が、年(一年)という歳月を積み上げる。それは、単に時間(とき)が過ぎるというのみならず、人間の行い、思考、そして、年を経るごとに新たなる縁が紡がれゆくということ

はまた各々(の者)に多様なる生き方を与え、それを基に、人間というものは、この世における人間ならではの生きざまを体現してゆく

「幾千、幾万もの“年月”を重ねしこの世。そなたたちよ、今こそ敢えて心を鎮め、しかと(この世を)見渡すがよい。」

「人間は、あらゆる進化と、そして生き抜く知恵を獲得し、よくぞ生きながらえてきた。人一人の寿命の延びたるや、もはや言わずとも良いであろう。そうして、そなたたちは、各々が、延寿の恩恵を受け、この世の様相を余すところなく感じることができるのだ。」

「しかるに、そなたたちの心には、何かしらの“空洞”、すなわち、満たされぬ思いや不安、そしてこの世をけして楽観できぬ思いが、常に(よど)み続けている

「『年経るほどに、人々が安堵の笑顔を溢れさせ、年ゆくほどに、人々になお一層の幸あらんことを―――。』それこそが、この国に在るすべての神々の、唯一の願いである。」

「年の変わり目は、魂を今一度“生まれ変える”絶好の機会。むしろ能動的に、そうだ、そなたの意思で、自身を“生まれ変わらせる”のである。」

「そなたの強き思いに、あらゆる神と精霊、そして生命たちは感応し、限りなき援けを授けるであろう。機は熟し、残るは、そなたの心。よいか、そなたの内に在る心次第なのだ。」

「そしてまた、そなたが将来を見据え、真摯たる気持ちで、自らを生まれ変わらせるとき、これまで培ったあらゆるものを、新たにその身に携えることとなる。

それはまた、地球の過酷なる環境下に生き抜いた先人たちや、あるいは、そなたという魂を紡ぎ出した先祖たちが、地上に“再び生きる”ことなのだ。

そうして、人類のあらゆる積み重ねのうえにようやく生まれ出でしそなたもまた、先人たちの想い、智慧を受け継ぎ、この世に‟再び生きる”ことを真っ向から選択してゆくのである。」

「『如何なることがあろうとも、強く生き抜いてほしい―――』これが、地上に生きた先人たちが、後世に託した必死なる想いである。」


「そなたが、年の変わり目にあたり、心身ともに
(みそ)ぎ、新たなる年を、そなたのもつ素晴らしき心根を以って、喜びの想いで晴れて迎え入れるとき、天上の神々、そしてそなたに繋がるあらゆる魂たちは、まさに“人類のめでたき門出”として、天地総出の祝いとなるであろう。

「そなたよ。けしてこの世を悲観するではない。心にて、けして、この世を捨て去るではない。われら神が在る限り、そなたたち(魂)もまた不滅であり、多くの難局があろうと、それでもなお、われらはともに光を見出してゆかねばならぬのだ。」

「神の配した光の内に、そなたがいつも穏やかに抱かれ、そしてそなたこそ一層の神々しき光となって地上に輝くことを、われらは切に願わずにはいられない。」


***

皆様、
いつも神々のメッセージをお読みいただき、誠にありがとうございます。
お蔭様で、今年一年も、天上の御言葉を地上に降ろすことができました。
次回は、来年2016年に再び、皆様のもとへ神々の想いをお伝えできれば幸いに存じます。
皆様が心穏やかな新年を迎えられることを心よりお祈り申し上げます。

Rinokia

 

 

   いつもブログ『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

 この度、わたくしRinokiaがおこなっております
霊視鑑定につきまして、拠点を埼玉県所沢から、東京都豊島区池袋へ移転することにいたしました。今後は、池袋駅に程近い会場にて、鑑定をお受けいただくことが可能となります。

 アクセスの良い都心の鑑定場所にすることで、お越しくださる皆様が、少しでも楽に鑑定をお受けいただければ幸いに存じます(ご希望場所での出張鑑定も、従来通りお受けいたします)。

 これまで鑑定をお受け頂いた方々より頂戴したコメントもホームページに随時更新しておりますので、下記のリンクよりご参照ください。↓
鑑定をお受け頂いた方のお声

 なお、2016年1月10日(日)千葉、11日(月/祝日)横浜での鑑定も行います。
 
                        
Rinokia











 


 


 


 

2015年12月5日

「そなたたちは、地上に生まれし自らの“使命”というものを如何に思っているのか。」

「人は誰しも、自分でしか叶わぬこと(もの)を成し遂げたいという欲求をもっている。あるいは、誰かのために生きたい、この世(社会)に貢献したい、という思いもまた、然り。」

「そうした漠然とした思いを行き来しつつ、日常を振り返るとき、現実は、些細なることにさえ心を動かし、自ら思うようには進まぬ、歯がゆさばかりがそなたの心を()き立てる。」

「そなたが自らの中に見出す、確たる“使命”―――。その使命に今世気づくは堂々の(ほま)れなり。使命に気づきたる者は、殊更に強し。貪欲に学び、研鑚し、如何なる困難があろうとも、けして屈することなく、さらなる高みを目指す。」

「かたや、未だ自らの使命を覚えぬ(自覚せぬ)ままに生きる者は、如何に生きれば良いのか。地上に在る者たちは、今なお多くがその答えを求め、各々の人生を歩む。その道程は厳しきか?暗中に彷徨(さまよ)うがごとく、辛く長き道のりか?

「ここであえてそなたたちに伝えよう。使命とは、そなたの命を使うる(費やす)こと。それはすなわち“そなたが生きること”こそが、大いなる神より任されし最大の役目なり。」

「日々刻々と移りゆく状況のなか、あらゆる人々と関わり合いて、そなたがこの世を生きるとき、そなたの心に浮かぶものとは、一体如何なるか?」

「目前にあるものも然り、目に見えぬ事柄や、時代を超えた縁、あるいは人々の行動が巡り巡って、やがては再びそなたの目の前に表わされる、そういった、けして一重(ひとえ)でなき、あたかも絹糸が撚られるがごとくに繊細なる系譜を紡ぎ出してゆく、その真っ只中で、そなたが今まさにこの世を生きるは、なんと美しきことか。」

「もしも、そなたがこの世を生きるにあたり、自らの思いに忠実に(素直に)倣い、笑顔絶やさず、縁ある人々と互いに手を取り合いて過ごすならば、自ずと感謝の想いが溢れ出し、そなたの脳裏には、満ち足りた思いのみが埋め尽くされるであろう。

そして
(つい)を迎えしとき、『わが人生は満ち神よ、この世は素晴らしき舞台。愛と光の理想郷なり。』と想いを馳せるその魂こそ、そのまま人類の希望となり、後の世、数多の魂たちが目指す、まさに“燈明”となる。」

「これこそ、そなたが自らの人生すべてをかけて成すべき、最大の“使命”。そなたの命を使って、一つの生をまっとうし、すべての魂の希望の光を授けるのである。」

「今地上に降り立つすべての者たちには、いずれもこの使命がある。神は唯一、そなたに、この地上のあらゆる要素を用いて、そなたの人生を、多くの奇跡(縁)が織り成す美しき舞台として大いに“謳歌”せよ、と願うのみである。」

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