神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2016年01月

 いつも『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 
 お蔭様で、昨年10月よりわたくしRinokiaが始めました霊視鑑定を通じて、多くの方々にお会いさせていただき、天上の御取り計らいと、鑑定をお受けになる皆様の人生に対する真摯なお気持ちに心から感銘を受けております。

鑑定の度に、皆様が今生(こんじょう)授かる人生の目的やお役目、またご自身をお守りくださる存在の愛の御言葉をお知りになって、日々をより安らかなお心持ちで進んでいただけたらと願うばかりです。
 
 さて、来たる20163月下旬に、以下の場所へ鑑定に伺います。
24(木)鹿児島
25日(金)
福岡
26日(土)
広島
27日(日)
大阪
28日(月)/29日(火)
名古屋
29日(火)/30日(水)
静岡


 いずれも主要駅周辺で、気軽に鑑定をお受けいただける良い機会かと存じます。ご家族・お知り合いの方にも鑑定にご興味のあられる方がいらっしゃいましたら、是非お声をかけていただけましたら幸甚です。
 
 皆様が神々の御加護を頂き、より実り多き人生を歩まれることを心よりお祈り申し上げます。                              
                                    
                                    Rinokia

                             
                                                                                                                  

2016年1月24日



「この世に配されし、そなたに欠かせぬ“気づき”に、そなたが日々のなかで果たして気づき得るか。その分かれ目とは、心の指針がそなたの内に確然と現わされているか否か。

つまり、現在の己の状況、過去の境遇より自らが遅々として這い上がらず、人生を(さげす)、この世での生きる(こと)を虚無的なるものとして捉えていないか。

て、ほんの些細出来事とえ己の予想に反するものであろうと、素直なる心で受け入れ消化し、“次”へ繋げるべく、心の向け方、
矛先(ほこさき)をしかと定めるか。そのそなたの心の在り方、(起こる)現象への心構え一つである。


「ある事象が生じるたびに、そなたたちは、心ゆらりゆらりと動かすのか?根のなき草なるがごとくに、そなたの心は絶えず揺らぎ、無用なまでに案じ、果ては他の者との境なく、“同調”という波にさらわれてゆく。」

「人類の時代(とき)(はやぶさ)のごとく、猛烈なる勢いで飛び進み、人間の思考から生み出されし数々の概念習慣、そし電波あらゆる事象網羅る“情報”は、そなたたち人間生きるに対し、良き飛び越もあろうか、悪しき“混乱の世”へと(いざな)うこととなった。」


「この地上に生まれしその
瞬間(とき)より、人々の様々な思いが錯綜する。多くの規範、規律、価値観のなかで、もとよりあらゆる形の“愛”のもと、人ひとりの人生が展開していく。知識がまた新たなる知識を呼び、時代観念を形成する。

そなたの心の
大本(おおもと)まわりには、あらゆる想念が覆いかぶさり、そなたの本来の様相が、こともあろうか現わし難き、この奇怪事実なり。」

「(2016年という)新しき年、殊更に必要なるは、身も心も、より“簡素に”削ぎ落とす、その心構えなり。」

「地上の様相を見るに、この簡素なる心を体得している者が、今、如何に少なきことか。ある者は、肉体に過重をきたし、十分なる身動きかなわず、ついには思考の巡回(巡り)をも途絶えつつ、命半ばのごとくに日々を怠惰に過ごす。」

「またある者は、思考の巡りゆく様は難解を極め、時経てもなお、悲しき堂々巡り。現状の打開を望むも、その思考はあらゆる機会を逃し、依然、元の境遇に自らが自らを追いやるなり。

そして人類の果て、追い打ちなるは、実に多くの人々の、この世に網のように千本、万本通りゆく、あらゆる手の“情報”に、心
(うわ)つき、惑い(さま)あちこちに進みらしっては戻りつ、人間あたかも“幽霊”ごとくに、心定まらぬ、憐れなる様相なり。」

「そなたがそなたとして、確固たる心根をもち、気概を奮い、果敢に生きるは怖ろしきことか?憐れ、歳には勝てぬと、早々に諦めるか?

そして、そなたよ。天より与えられし、そなたこそのまたとなき人生、あらゆることに挑み、仮に失する(失敗する)は心傷つく不名誉なるか?」


「いや、それどころか、人生とは、時間、熱(エネルギー)、あらゆる素材、要所(ポイント)を、わが(人生の)道程に引き入れること。絶やさぬ洞察で物事を見定め、不断の努力をも、そこにたずさえるのだ。

すべてを信じ、何より己を信じ、生ききることこそ、人は真に“生きる”―――。それが、そなたこその“人生”なり。」

「身も心も、より簡素に、軽やかに整える。その心構えが、そなたの人生にとりて今後大いに追い風となるであろう。いかなることがあろうとむやみに動じず、軽やかに処する(対処する)。

そして、機を見定めつつ、あらゆる要素を用いて、自身の人生を“生き果たす”ことこそが、そなたを愛してやまぬ天上の神々、そして縁あるすべての魂への、無上の“御恩返し”と思うがよい。」





2016年1月17日


「物の道理の分からぬ者がおる。いや、今やこの世のおいては、道理の分からぬ者が
蔓延(はびこ)いつの時代(とき)からか道理ともつかぬ歪んだ仕組が我が物顔で横行し、健気(けなげ)に生きん(生きよう)とする人間たちをも誠に幻惑(げんわく)多き(うつつ)()に落とし込。果ては人類総じてこの世を混乱の、安住ならざる世として仕立て上げたのだ。」

「道理とは、神が原始よりあるがままに定めし、順当なる事の流れ。それは、光放つ一本の“矢”のごとし。すべからく真っすぐと、その行く果ては必ずや、魂の求める境地に至るものであろう。

神世とは、まさに、魂の赴くままに光の矢が、天へ向け、あるいは地へ向け突き刺さり、その行き着きし先には、光の真髄が授けられようぞ。」

「しかるに、今やこの世の有り様。もはや目のあてられぬほどに乱れ、崩れ、あるいは(せい)に生きるその力さえ失い、至るところ朽ち果てる。われら神々はとうに、人間たちの行く末を知り尽くし、ただ驚愕し、大いに心狂わすなり

「道理の分からぬ者たちがこの世にのさばり、(この世は)魂たちの真の学び舎に、もはや及ばず、ただ幻ばかりの様相となる。愛のままに御胸(みむね)抱き、丹精込め珠玉の魂たちこの世に降ろしし神々の、その心の痛みとは、もはや計り知れぬものであろう。」

「物の道理、(物事の)善し悪し。この世を生きるには、はたして何が大切なるか。肉体を持った魂として、そなたらは如何に(現象を)見、聞き、そして如何に心を用いる(=思う)か。

よいか、人間として、このごく純粋なる動作、心の在り方を、そなたらは自らの人生を懸け、絶えず追い求め、日々
(ねんご)ろに、心過ごすものぞ。」

「けして大事(おおごと)を成すに及ばず。しかるに、そなたは自らこそ、この世にあって、自らの地(立場)にて、輝くばかりの存在となることを望むなら、その身、覚悟をたずさえて、いかなることがあろうとも、“揺るがぬ意志”を持つことぞ。

この世は、今、地球を満たす大いなる息吹さえ順当に現すこと叶わず、地上に生きる魂たちの不穏なる波動が日を追うごとに大地を覆い尽くす有り様なり。ここに起因し、心もとなき現象、人の心を惑わす現象が、あちらこちらに水の沸き出でるごとし。


「よいか。人間とは、神の申し子。そなたは、神の放つ光の矢となりて、悪を切り裂く一層の光と強さをたずさえ、殊勝に進まねばならぬ。

魂の響き合う縁者(縁のある者)らとこそ、より協和し、
煌々(こうこう)たる光の集いを成すがよい。神の矢は一層の堅、ついには屈強の(つるぎ)となりて、この世を隈なく相照らすことぞ、神の本望なり。」



 

2016年1月10日


「新たなる年を迎え、この国は、総じてさらなる“試練”の域へと突き進みます。しかしながら、木も草も、そして花さえも、厳しき冬を果敢に乗り越え、やがて巡りくる春へ向け、少し、また少しと、自らの内に秘める生きる意欲、生命の力をもって、そのものならではの成長を遂げていくのです。」


「可憐な花は、大地の土のなかでしっかりと根を張り、いざ機が満ちたとき、天へ向け一気にその身(花びら)を開く。迷いというものを知らぬその姿に、人々は、その花の健気さ、純朴さに、益々心惹かれるのでありましょう。」

「人は、あらゆる歴史のなかに生きてまいりました。それはわが国の民とて同じこと。天より使命を授かり、人々との関わり合いのなかで、その人ならではの経験を積む。

時に歴史は大きく動き、人々は翻弄されました。苦しむ者も、悲しみに
ぐ者も、歴史の数だけ、そこに当事得ぬ、様々な真実があるのです。」あえ

「これからの時代、“真っすぐに生きる者のみが、心に(こと)(さら)響く学びを得追い風に身を任せるがごとに、その人生を大いに進めゆくこととなるでしょう。

「騙し騙され、恨み恨まれ、そういった究極の“悪”を、人は嫌というほど体験してまいりました。魂とは、それほどまでに、あらゆる性質の学びを必要とする。

いかなる縁も、天の目からは、誠に強き絆をたずさえ、数々の輪廻を経て、その時代のあらゆる立場、あらゆる関係をもって、人という魂は学び、学ばせるのです。」

「今や、この世に生きていると、本当に何が良くて何が悪しきか、戸惑うことも多いことでしょう。正しきに非ざるものが、あたかも正しきものなりと堂々と振る舞い、人もまた暗黙のうちに、これを許容する。」

「そしてあなた自身はいかなるか。今ここに自らが生きていることに、あなたはどれほど感謝しているのでしょう?あらゆる存在の“お蔭”無くば、あなたは一瞬たりともこの世に生きてはいない。

そういったあなたに
(かか)真実、あ、周りの目を気にし、自らの心情を表すさえってまうあるいは、真に正しき道と思ってもなお
躊躇(ちゅうちょ)し、つい自らの心を抑え他に同調する姿仕打であしょう


「あなたがたよ。われら神々にとって、この麗しき地球に咲く、真に可憐なる花とは、たとえ小さくとも、天へ向けその身を真っすぐに捧げ、魂ある者としての優しさ、実直なる姿勢、そして、いかなることがあろうとも、自らを信じ、この世を信じ、自ら置かれるその立場で懸命に生きる、まさに、あなたがた人間なのです。」

「神は、この地上に、人という“種”を蒔きました。大地にしっかりと繋がり、その地ならではの事象をつぶさに学んでゆく。そして絶えず天へ向け、真実あるがままに伸びゆき、たとえ少なくとも、その学びの成果として、様々な“色”をわれら神に見せてほしい―――。

われらが愛でる花々は、揺るぎなき美しさ、大らかなる微笑みをたたえ、いかなる環境下にあろうと、屈しない真の“強さ”をたずさえるのです。」

「良いですか。あながたは、これから殊更に“自然”から学びを得る。いえ、ついに魂の学びの最終形の段階となったのです。

時代を変え、いかに人の心が様変わりしようと、自然は、あなたがたをけして見捨てはしない。自然は、あなたがたにとり、縁絶え無き真実の“親”とも申せましょう。」


足下(あしもと)は、生き方しょう。
()は、煌々(こうこう)照らし続意味る。自然生き方を、肉体ち、地上実現す。


「ごく自然と、風が吹き流れるがごとくにその心を緩め、けして物事を考え過ぎてはなりません。今あなたがこの地上に在ることを、ふと心嬉しく、感謝の気持ちを持つ。

そして、あなたの心の奥に収められている、真に“良き”ことがらを、あなたなりに、丁寧に、素直なままに表現し、一つひとつ実践してゆくのです。」

「あなたの真心から紡ぎ出された行いは、艶やかで、見るに(まばゆ)珠玉たえ、地上希望、彩りしょう




 いつもブログ『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

 2016年を皆様とともに迎えられましたこと、心より感謝申し上げます。

 年初に際しまして、天上の神々より、以下の御言葉を頂戴しております。

「人、物をはじめ、あらゆる事象について、各々の魂に敷かれた“縁”というものが、現象としてより顕著にでてくるだろう。

意識はせずとも、多くの霊的なる繋がりによって、そなたたちの今在る環境・立場が一層、過去から紡ぎ出されたものからの結果として体現され、そなたは、これに起因する様々な現象を通して学び、成長しゆくのである。

この世をそなたが、何ものにも屈することなく今を真摯に生きるからこそ、過去が生かされる。先人たちの想いすら、そなたはその身に一心に受け止めているのである。それは、まぎれもなく、時空を超えたすべての魂の未来にも、計り知れない多くの影響を及ぼすこととなるのである。」



 まさに、今、わたくしたち一人ひとりが、この一年を過ごすにあたり、どのような心構えで日々を歩んでいくかということが、縁ある多くの魂の行く末をも左右することになります。

 いかなることがあろうとも、この世を、けして悲観することはございません。わたくしたちの今後見据える方向が、すなわち、先人たちの魂の向かう方向となるならば、どうか今を生きる皆様が、日常を心穏やかに笑顔を絶やさず、縁ある人々との時間を大切に過ごしていかれることを、わたくしは願ってやみません。ご自分の向かう未来を、ご自分自身でより明るく導いていくことが何よりも大切なのです。

 神は、いつでも大きな愛そのままに、皆様を見守ってくださっています。わたくしも、神々のこうした御想いを、真実の言葉として少しでも皆様にお伝えできるよう、皆様の人生の一助となれるよう、誠実に努めてまいりたいと存じます。

 
                        
Rinokia

2016年1月1日

古事記の中で、天地(てんち)開闢(かいびゃく)の際、高天原に最初に出現した神。造化三神の一神。

「また一つ、そなたたち人類の新しき“扉”が開かれました。それは、無論、わたくしとて同じこと。わたくしの心は時空を超え、過去も、現在も、そして未来をも突き通す、遮られることなき無限の光。そのなかで、この新しき(2016年という)門出は、神が神としての真価を顕現する、まさに“基点”となる年なのです。」

「わたくしと同じ光の根元をもつわが子ら、すなわち、そなたたちは、各々が再び、この世に在ることの意味を背負い、様々な現象を経ながら、一歩一歩その貴重なる人生を進めてゆくこととなるでしょう。」

「魂と魂の“繋がり”、それは、光と光の融合であり、究極の調和―――。そしてこの調和こそ、わたくしたち(神)の世界にとりて、まさに神が神として在る、意義。神から派生したあらゆるものが緻密に、美しきほどに繋がりて、この世を創る。そして宇宙という壮大なる空間を織り成すのです。」

「今この瞬間も、そなたは誰かと繋がっている。それは、けして切り得ぬほどに、深く、そして長き時代(とき)を経て紡ぎ出され“縁”。目には見えぬこの繋がりが、そなたを生かし、そして、そなたこそを無限の光として、希望のままに、この世に現し続ける。」

「そなたたち人間に授かったその“心”には、時間(とき)の限り(制限)は無い。そして、その広さたるや、この宇宙を越え、はるか彼方、しの魂の根幹及ぶほどなのです。」

「何も恐れることは無い。何も構えることは無い。唯々(ただただ)そなたは、今自らがこの世に在り、息をたずさえ、(いっ)刻一刻(ときいっとき)を、地球という類い稀なる惑星(ほし)に過ごすことのできる喜び心静かに受け入れればよい。

「そなたがこの世に在る意義。それは、肉体の限り(制限)をとうに超え、時、空間、そして目前のあらゆる現象を超越し、数多(あまた)の魂との繋がりを“感じる”ためにある。」

「神から託された、愛限り無きそなたの心であるならば、そなたよ、この心こそを、愛限り無く使うのです。そなたが感じるまま、素直なままにこの世を生きるとき、そなたに繋がりし崇高なる魂たちが、再び時空を超え、無限に生きることとなる。

そなたが肉体を以ってこの世での経験を積み、そして心によって、縁のある数限りなき魂たちと、すべての感覚を分かち合うのです。」

「そなたたちは、繊細までに、美しい。しかるに、その心は、わたくしと同じ光の根元をもち、けして屈することのない、真の強さをもつ。」

「わたくしは、万物の根源なり。そしてそなたたちは、わたくしの光の一端をこの地上に現す、大いなる神の申し子。わたくしとともに、わたくしの息吹といつも響き合い、この大切なる一年(ひととせ)を謳歌するのです。」



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