神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2016年10月

いつも『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 
 年に数度、全国各地にお伺いし鑑定をさせていただいておりますが、今年の年末は、和歌山/大阪/名古屋にて実施することとなりました。以下、日程をお知らせいたします。

 
  【 開催場所・日時 】 

  • 和歌山/和歌山駅周辺:12月25日(日) ※受付終了
  • 大阪/JR大阪環状線・森ノ宮駅周辺:12月28日(水) ※受付終了
  • 大阪/JR大阪環状線・森ノ宮駅周辺:12月29日(木) ※受付終了
  • 大阪/JR大阪環状線・森ノ宮駅周辺:12月30日(金) ※受付終了
  • 名古屋/名古屋駅周辺:12月30日(金) ※受付終了
  • 名古屋/名古屋駅周辺:12月31日(土) ※受付終了


 いずれも駅周辺で、気軽に鑑定をお受けいただける良い機会かと存じます。ご家族・お知り合いの方にも鑑定にご興味のあられる方がいらっしゃいましたら、是非お声をかけていただけましたら幸甚です。


 2017年へ向け、この年末は、心身ともにエネルギーを充足させるとても大切な時期となります。皆様の未来が、神の愛に守られながら、より一層実り多きものとなりますよう心からお祈りしております。
                                                                                                            Rinokia



 
 

(筆者が神に問いました。「恋愛・結婚について――良い相手と幸せな恋愛・結婚をするには、どうしたら良いでしょうか?」)

「わたくしは“縁結びの神”という名を冠しておりますので、あなたがたに、“縁を結ぶ”という観点からお話しいたします。」

「この国(日本)は、生きていくうえでの様々な出会い―“縁”というものを、殊更に大事にします。そのなかで、縁を“結ぶ”、すなわち、人との出会いであったり、物との関わり合いといった状態を、少しでも“良き”ものとしたい(得たい)という考えが、古来よりとても根強い民でもあります。」

「それは、古来先人たちが、人ひとりの人生でさえも、家族であったり村であるといった、人が形成する“集団”、そこでのあらゆる種類の“人”によって大いに影響され、また、関わる人(出会う人)によって、自らの“幸せ”、“不幸せ”というものが自ずと決まるとさえ感じることが、実際の生活の随所に見られたためです。」

「交通の便、また情報量というものは、現代と以前とでは、もはや比べるべくもありません。現代に生きるあなたがたは、どこか遠くへ移動しようとすれば、また、何かを知りたいと思えば、何らかの利器(機器)を用いて、短時間に実現することができます。」

「しかしながら、昔だから不自由であるとか、今だから便利であるというように、この世の中はそう簡単に決められるものではありません。それは、その時代、その環境に見合った人々、言い換えれば、その“丈(たけ)”に合う人間こそが、この世に生まれていたのであり、そこには、時代の“変遷”こそありますが、単純な“良し悪し”や“甲乙”をつけ得るものではないのです。」

「それでもなお、昔と変わらず、今も、あなたがたにとって大事な点は、“良い人と巡り会うには”という、日々の暮らしのなかで、人の“縁”をいかに頂くかということであり、それはすなわち、人間にとっての、生きる本質とも言える、人生の課題でもあるからでしょう。」

「日本全国、縁結びの神社と呼ばれる所は、実に沢山存在し、年間を通し、多くの方が参拝に訪れます。若い方は良縁を、そして、それよりも年齢を経た方々は、仕事の成功や、人生の充実などを熱心に祈られております。」

「わたくしも永年、縁結びの神としてあなたがたの願いを受けておりますが、あなたがたの願い(祈り)はどれ一つとして軽んずるべくも無きほどに、みな尊く、また、けして嘘偽りのない、人間本来の心からの願いを、わたくしに託していただいているように感じております。」

「一人の人生においても、実感のある無しにかかわらず、実は、本当にあらゆる“出会い”が配されています。それは人との出会いも当てはまりますし、また物事(物)があなたの目の前に訪れることも、また然りです。あなたがたは得てして、(結婚などの)人生の大きな節目における事象を、良縁―“良き人との
出会い”と捉えがちですが、本来は、一日の生活のあらゆる場面における人とのやりとりが、すべて、縁であり、人生とは、その“出会い”の繰り返しと思っていただけたらと思います。」

「ですから、日常の出会いの繰り返しこそが、あなたがたの言う、大きな節目の“出会い”に繋がるのです。人はあらゆる意味で、“繋がり”をもってこの世を生きる存在ですから、すべてのことは、何らかに起因し、次へと繋がり、そしてまた、しかるべく結果をもたらすのです。」

「“良い相手と出会いたい”―――。その気持ちは本当によくわかります。だれしも、心が喜びに沸き立ち、人生に安堵し、愛する人とともに平穏に暮らしたいものです。」

「先ほど、人は、あらゆる意味で“繋がり”をもってこの世を生きる存在とお伝えしました。繋がりとは、目には見えないものですが、実に正直で、強力な作用を及ぼします。もし、あなたが、良い相手と出会い、良い人生を送ることを心から望むのなら、あなたこそが、“良い繋がり”の真っ只中に身を置かねばなりません。」

「すなわち、あなた自身の人生、言うなれば、その生活が“良い繋がりを持っているか”ということです。家族に対して、また、日々顔を合わせる職場の人々に対して、そして、自らの実生活、食生活に至るまで、“良い繋がり”を続けることのできる自分自身か、ということをつぶさに見ていかなくてはならないのです。」

「“良い縁”というものは突然やってくるものではありません。物語では、突如降ってきたような、驚くべき稀なる縁という形で表現されますが、それは、その(良い)縁を頂いた本人の、日々の“良き繋がりのある”生活の積み重ねから、晴れて“実現した”ものなのです。」

「一つ、秘訣をお伝えしましょう。これは、人相(にんそう)の話に及びますが、良い縁を得たいと思うのなら、泣き言、恨みつらみは今後一切口にしない(言わない)ことです。泣き言、恨み言、不平不満は、否定的なエネルギーとなり、自分自身、とくに顔を着実に歪ませます。これは、これから結婚をと考える方のみならず、年齢を経た方も同様です。人との繋がりとは、“対面”ということでもあります。人との対面、交流をもって、自らの人生が良くも悪くも展開していくのであれば、皆どの方も例外なく、この秘訣は実践していくべきでしょう。これで、人生の様相が一変します。」

「そして、良い相手と“恋愛・結婚”をしたいと望むのであれば、これもまた、その恋愛であり結婚というごく短期的な視点ではなく、その出来事すら、自らの人生の通過点として、自分のスタイルというものをきちんと保ち続けるのも秘訣です。あくまでも、自らの人生を、より“良く繋げていく”ための、一つの大事な出来事と捉えていただければと思います。」

「これから、年末へ向けて、益々、人が人を恋しく思う時期、人との出会い(良縁)を求める時期になりますね。今わたくしがお伝えしたことを、一つでも実践していただければ、きっと来年以降のあなたがたにまつわる運気も変わっていくことでしょう。大切な人生ですから、日々、大切に明日へと繋げる生き方を、一つひとつ丁寧に選択していただければと願っております。」



2016年10月9日

(筆者が生活を司る神に問いました。「“お金”との上手な付き合い方を教えてください。」)

「お金を本当の意味で、“大事に”しているか、ただその一言に尽きます。ただし、これは何も、お金を使わない(節約)ということのみを指すのではありません。」

「概して、現代のあなたがたの世は、お金というものを、ほとんど“意識なく”使う(使わせる)事象が氾濫し、そのなかでお金を如何に使うべきか(または控えるべきか)という判断を狂わせることがあまりにも多すぎます。」

「今、お金という意識が、この地上をすべて覆っているとして、それが各々に一個体の意識を持っていたとします。仮に、そのお金が(支払いなどで)持ち主の手元を離れた場合、別の持ち主へお金が渡る、そのやり取りに係る、お金を放出した(支払った)者、あるいはそのお金を受け取った者のお金に対する意識が、いいえ、それ以前に、お金をもつ、あるいは使うということに関し、本当の意味で、意識が費やされたもの(お金)は、実に“少ない”というのが現状です。」

「言い換えれば、つまりはお金が意識としては、どの主(あるじ)にも属さない、“浮遊”しているという状態であり、そのお金は一体、何のために、誰のために生かされているのか、その所在(在り処)が不明瞭なままなのです。」

「お金とは、人間が生きるうえでの、何か“目的”を実現するために使用されるものです。自分はこうしたい、これを得たい、そしてそこではじめて、お金というものが動く。当然のことですが、まずは、“人ありき”なのです。」

「そして、お金は、ある意味、“正直”です。正直な存在に対しては、やはり人としてもまっとうな気持ち、噓偽りのない思いで接し、使って(手放して)いかなくてはならない。適当な思いのままで、つい先頃のことでさえも、その(お金の)使途がわからない、意識(目的意識)の不明瞭な人に対しては、お金というものは、本当に、なぜか“不明瞭な”ままに、その人のもとから離れていきます。」

「一つ、あなたがたに問います。お金とは、物であり、それを使う(または、受け取る)ということは、当然のことながら、あなたがたがするものです。そういった、直接的な形で、当事者であるあなたが、いかほどにも使う(または使わない)ということができる状態にあって、あなたがたは、本当に、そのお金というものを“使いこなして”いますか?」

「お金が大事なのは、誰しもが理解していることでしょう。そして、お金が無くては、やりたいことも叶わないこともある。それほど、現代において、お金は重要な位置を占めています。しかしながら、それが分かっていながら、あなたがたは、そのお金を使うに関し、あまりにも意識なく使ってしまうことが多いのです。」

「自らが現に手にしていない、この世界を巡るお金に比すると、今あなたが持っているお金は、差こそあれ、ほんの僅かなものでしょう。しかしながら、お金も“意識体”です。その優劣はなく、そして、誰かが所持しているという点を除けば、どのお金もみな一様(いちよう)に尊ぶべき存在なのです。」

「それであるならば、世界からすればほんの僅かな、あなた自身が現に所持するお金こそ、縁あって、あなたのもとに巡ってきたのですから、それを、大事に思い、自らの目的に沿って、きちんと使う、という気持ちを持つことは、けして理不尽なことではないはずです。

むしろ、そのようにして、自らのもとに巡ってきたお金こそを、本当に感謝の気持ちとともに、使う意識(目的意識)を明確にし、また別の主(あるじ)のもとへ送り出す、それこそ、この世に巡る、あらゆるお金が、本当に確固たる意識をもち、互いに連携しながら、あなたの目的、夢というものを実現させてくれるものとなるのです。」

「“お金”は、あなたがたがこの世を生きる“指標”です。それは、お金があるから良いとか、無いから悪いということを意味しているのではなく、むしろ、お金という、あなたが直接的に関わることのできるものに対し、あなたが、この世を生きることを、どのように、それら(お金をはじめとする)生きる素材一つひとつを“大事に”扱って(想って)いるかという、あなたの心の“バロメーター”なのです。」

「この世は、あなたという存在をはじめ、本当に“大事に”するべき存在の“宝庫”です。何一つ、無駄なものも、またないがしろにされるべきものもありません。何より、あなたが神にとって“大事な”存在だからこそ、直接関わることのできる人、物、そしてお金、ひいては、この世のすべてに対し、あなたが“大事にする”気持ちをもって、この現世ならではの貴重な学びを得ていただきたいのです。」

「以上が、この世において、お金と上手に付き合う秘訣です。言い換えれば、お金を“大事に”する生き方なのです。」




2016年10月2日

※豊国神社・豊國神社(とよくにじんじゃ、ほうこくじんじゃ)は、豊臣秀吉(豊国大明神)を祀る神社。秀吉の生涯に縁のある各地に鎮座する。

(筆者が、神社に祀られる意識に問いました。「
現代を生きるうえでの何か秘訣を御教えいただけますか?」)

「“人”をもって、これを“利(利益、利点)”と成し、また、人こそ、“禍(わざわい)”なることを心得よ。」

「この世は“人”の世なり。何処(どこ)を向いても、老若(男女)が数多(あまた)あり。人が動き、時代が変わる。」

「人の“心”を掴む者に、適(最適)なるすべての時運がもたらされるであろう。他(他人、相手)の動きによって、けして、わが身を動かすなかれ。他の動きを予見し、わが心内は、すでにその者の心の動き(反応)こそを得(理解し)、そこにもっとも果(結果)が得られん(得られる)ことを、わが手の内を明かすことなく、しかるに、淡々たる面持ち(おももち)にて、即座・適時に行うことを良しとする。」

「人(の人生)によって、自らの人生を動かされることなかれ。人(他人)たるものは、わが身を取り巻く、光景のうち(光景の一部)なり。人の動きに埋もれるわが身とすべきにあらずして、わが人生こそを、(観念としての)この世の“頂点”と従えよ。」

「人の“後手に”回ることを、われはけして潔しとはしない。たとえ困難、悪路たるものでも、それを自らの“道”と定める心こそ、自らは定まり、人(周囲の人々)は従いゆく(魅了される)もの。求心力のある者に、この世と人は味方する。」

「この世を見渡す限り、あぁ、“人”が生きる。人動くゆえ、この世は絢爛(けんらん)な“華”となる。しかるに、(人への)“情け”ほど、危うきものはなし。すなわち、その情けとは、“理知(理知的)”にておこなうもの。それは、つまるところ、情けをかける自らが、真に心の“標(しるべ)”(=指標)たるが確実かを、常に問うものとすべきなり。安易な心の浮(うわ)つき(思いつき)によって、人生の些細なることさえも向かうべからず。それは、
その(情けをかけられた)者の、真の“援け”にもならざること。

「再三、そなたに伝える。“人”の心を掴むべし。その時代その地の、人の趣向、思考をまずはいつ何時(なんどき)も覚知すべきなり。人に伝わる魅力とは、自らの“最大”を見せる意気込みこそ、人の心を掴む秘(秘訣)なり。“極上(=常に最大、最高を目指すこと)”こそ、わが人生の向かうところ。(笑いながら)“変わり者”もまた、良し。」

「“懸命なる”姿こそ、この世を変えることとなるであろう。“虚無”は最大の“敵”。その頭(思考)も、その身(体力)も、大いに使わざれば、ただ“衰微”に向かうのみ。」

「今の世を生きる者へ、戒めとして告ぐ。安穏(あんのん)とした思考、安穏たる居住(暮らし方)は、不幸にして、自らをこの世に“埋没”させる。すなわち、これこそ、この世の背(背景)となる生き方なり。わが身こそ、時運に乗り、この世に生かしめん(生かしめよう)とするならば、人の先、人の倍、そして、人のより下(=支え)として、わが身を投じる心意気こそ、実に愉快にて、この世を生きる秘訣なり。」




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