神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2017年02月

2017年2月24日

読者の皆様、

 2012年より5年間にもわたり、<神>と呼ばれる高次元の意識体からのメッセージを、このブログに載せる形で、読者の皆様へお伝えさせていただきました。今もこうして途切れることなく続けることができますのは、ひとえに、天上からの御導き、そして皆様の温かなお支えこそと、いつも心より感謝しております。

 現在わたくしは、霊視鑑定士として、霊視鑑定のご依頼者と実際に対面し、様々なご相談やお悩みを伺いつつ、その方とご縁の深い神や守護霊様などからのメッセージをお伝えするというお役目を、日々務めさせていただいております。

 その鑑定のなかで、ご依頼者の皆様から、「あのブログ(『神々からのメッセージ』)は、一体どうやって書いているのか。」や、「どういった経緯で、神や仏の言葉がわかるようになったのか。」、そして、「幼い頃から、霊能力があったのか。」といった、率直なご質問を多くいただくようになりました。
 
 この霊能力につきましては、わたくし自身、「霊能力を得たい」と望み、修行するというよりは、むしろ、この世に生を受けてから
人生を辿るなかで、ごく自然と身に着いた要素も多分にあったため、皆様からの素朴な疑問は、「あぁ、なるほど。」と、人の思考・心理を学ばせていただくという意味で、本当にありがたい機会でもありました。

 これまで、天之御中主神をはじめ、日本全国の、本当に霊験あらたかな神社の神々、そして、地球の意識体や自然物に至るまで、実に様々な存在と意識を通わせ、“日本語”という言霊(ことだま)にのせて、このブログにて公開させていただいたかと存じます。

 こうして、今、この世を懸命に生きる人々へ、神から<愛>の御言葉を伝えるということは、わたくしにとりましては、本当に身に余る大役であると同時に、自らがもつ“特有の感覚”を研ぎ澄ませ、目には視えない、高次元の意識体からの波動を、少しでも“純粋な”形で皆様にお伝えするという責務を常に背負っているものと、肝に銘じております。

 あくまでも、このブログにて、今後【霊視】というテーマにて、
わたくしがお伝えするのは、いわば、Rinokiaというひとりの人間が、この世に肉体をもって生きながら、それとはまた別の世界(次元)のエネルギーを敏感に感じ取り、独自の感性によって表現するものです。この世には、実に多くの、いわゆる、“霊能力”と呼ばれるお力をもつ方がおられるかと存じますが、おそらくは、人生の変遷にともない、本当に繊細なレベルで各々に独自の感覚がもたらされ、皆様が多彩な表現方法にて、その能力をこの世に表されていらっしゃるのだろうと感じております。

 この『神々からのメッセージ』というブログを通じて繋がってくださった全国の皆様が、「神と意識を通わせる際の“特有の感覚”」や、「“霊を視る”とは、一体どのようなことをするのか」などをご理解いただく、その一助となればと願い、今後、数回にわたり、ブログの筆者であり、霊視鑑定士であるRinokiaが、本当に思いつくままに、“霊視”という力に目覚めた経緯と、それに関する想い等々を、
素直に
記させていただきたいと思っております。どうか、しばらくの間お付き合いくださいませ。

 そして、いつもブログへコメントをお寄せいただく皆様、本当にありがとうございます。皆様からのお言葉の一つひとつを噛みしめ、何よりも励みとなっております。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

 今後、数回にわたってお伝えする、【“霊視”の道に至った理由】に書かれている内容につきましてご感想をいただけますと幸いです。また、ご質問や、もっとこんなことを知りたい、というご要望などもございましたら、どうぞ遠慮なくコメント欄にお寄せください。可能な限り、皆様の想いに応えてまいりたいと存じます。

 次回は、Rinokiaが幼少の頃より感じていた、現在の霊視に繋がる、「独特の世界観について」をお伝えいたします。


                          Rinokia






 

2017年2月12日

(筆者が神に問いました。「わたくしが日々鑑定をさせていただくなかで、自分にとって何が本当に“望ましい”(おこなうべき)ことなのか、また、果たしてこのままの人生を歩むべきか、迷っていらっしゃる方が実に多いとお見受けします。わたくしたちが人生を歩んでいくなかで、神から御照覧になり、“これだけは”という、大事なもの(こと)を御教えください。」)

「あなたがたが、かけがえのない人生を過ごそうと思うなら、今あなたの目前にいる人、目前に在る物事こそを大切にすることです。出逢った人、巡ってきた物事、そしてあなたが今まさに置かれている環境は、あなたが、自らの身体に備わるあらゆる機能と、そして繊細なる感覚を用いて、“つぶさに” “丁寧に”、対処していくべきものです。」

「目前にある人や物事を大切にする、そのことで、あなたはやがて、“目には見えない”部分”、つまり、出逢う人々は、あなたに縁あるゆえ、そして起こる出来事は、あなたにとって必要であるがゆえ、ということに“気付く”ことになるでしょう。その気付きとは、自分が本当に多くの存在に“支えられている”という安堵であり、また感謝でもあり、何ものにも代えがたい“心の平安”となります。そのような(自分にとって)本当にかけがえのない、ありがたい人、物、そして出来事が、出逢うべくして、自分に出逢ってくれた、それは、何より、あなたが“この世に生きていて良かった”と思えることであり、自らが“大切な存在”と気付くことでしょう。」

「神は、ただあなたの心のみを見て、あなたのすべてを慈しみ、愛おしみ、そして、他でもない、“あなた”という一人の魂が、今生において、多くの恵みと喜び、そしてあなたにとっての大事な学びを順当に得ていかれることを、一瞬一瞬、希(こいねが)うのです。」 

「しかしながら、現状は、あなた自身が、“他”のことに心を奪われていることが実に多いと言わざるを得ないでしょう。あなたにとって、まさに、今の自らに置かれた環境、生活、また人間関係こそが、心をかけるべき対象です。逆に申し上げれば、日常のそこから目を背けていては、大切なあなた自身の“幸せ”も見出すことはできないのです。一つひとつを大事に考え、大切に想う、そして丁寧におこなっていく、そう心に定めたのならば、自ずと、あなたが今何をすべきかが見えてくるのではないでしょうか。」

「何ゆえの人生。何を目的とする、あなたの今生にての生まれ変わり(転生)なのか―――。わたくしたち(神)は、いつもあなたがたの生きざまを見て、この意識を、誰もが皆、持っていただきたいと心から願います。」

「行き着くところは、あなた自身が、自らを大切に想う、ということです。そのための出逢いであり、起こる出来事であり、しかるに、それは、他をないがしろにするでもなく、また犠牲を強いるものでもありません。あなたが、自分こそを大切にしてようやく、その生き方をこの世に示すことが叶うのです。見栄でもなく比較でもない、ただこの世に生きることが何よりも素晴らしいと感じ、自身をより高みへと上げていくこと、そのなかで自らが本当に心の底から求めるもの、生活、そして自らの姿を目指し、あらゆる試行を重ね、実現していく、その姿に、周りの人々は心沸き立たせ、この世を生きることへの喜び、あるいは、人として不断を努力を続けていくことの、人間こその“輝き”を見出すでしょう。

“人を変える”ことは至難の業(わざ)。何よりも、あなたが自らの人生を楽しみ、家族にも、周囲の人々へも、素直な心のままに、“わたしは幸せである”と、沸き上がる感謝を伝えることができる、それが何よりの、あなたが願う、本来の自分の姿なのではないでしょうか。」 

「人の価値観は、皆それぞれです。だからこそ、この世はあらゆる“彩り”があり、風習や、また流行がある―――。神は、どれも、“皆良し”とするのです。この世は、自然界と直結し、様々な制限があるとは言え、心のままに“想像”し、意思によって“実現”することも可能な世界です。『あらゆることを試みなさい。あなたが、この世に配されたありったけの“素材”を用い、感じ、考え、人間の世を“生きる”こと。そうして、神が愛してやまない、あなたがた人間の、本当の素晴らしさに気付くのです。』―――。あなたが、自らを卑下し、愛おしむべきその身体と心を荒(すさ)ませる、それ以上の“罪”はありません。神がもっとも悲しむべき、哀れな姿なのだと、どうか心に銘じてください。」

「あなたがたの生きる究極の目的は、他でもない、“人間礼賛”です。人間としてあなたが生を受けたのであれば、人間である、ということこそをもっと大切にしなければならない―――。人間としてこの世を生きる、そこには、あなたに繋がる数え切れないほどの縁や魂、そして、神の想いや願いが込められているからです。」

「あなたがたのかけがえのない、今生という、一つの時間(とき)の流れ―――。何よりも、その一瞬一瞬を大切にするあなたがたの笑顔がこの世に満たされることを、わたくしは切に望みます。」 




 

2017年2月4日

(筆者が神に問いました。「今日は『立春』です。この一年をより充実して過ごすための“開運”行為について、御教えください。」)

「『 開運 』―――、それは、文字通り、人生のなかで起こる出来事であったり、出逢う人であったり、そういった、自らの目前に広がる事象が、より良きものに、そして、次へと順調に繋がっていくような大切な一連の行為であり、それはまた、運を“天へ
向け開く、という意味でもあります。」

「今、あなたがたの世では、“これをすれば開運につながる”といった謳い文句や、“これを持てば良いことが沢山起こる”という様々な情報によって、多くの人が、ごく気軽に、開運を得るための行為をおこなおうとします。」

「その思考(思い方)は、けして否定するべきではありません。どの人も皆、
人生を現状より少しでも良くしていきたいですし、また、こういった行為は気分を盛り上げ、生きる“意欲”にもつながるものだからです。」

「ですが、ここで一つ、あながたに大事なことをお伝えします。人間の身体をみてもわかるように、生命は、“呼吸”をし、また食物を体外から取り入れ、必要な過程を経て、体外に“排出”します。何かを取り入れるには、既存物を排出する、潔く手放す必要がある、もしそれを怠るならば、必ずや、どこかに支障をきたすことでしょう。」

「あなたがたは、この時代にあって、得てして多くのものを得よう(取り入れよう)とします。まだ何か足りない、もっと上乗せしたい、それは、逆に言えば、自らを“重たく”し、また、霊的な言い方をすれば、本来ならば、一つの生命に、必要かつ順当にエネルギーが巡り、そして互いに絶妙に関係し合っているにもかかわらず、不要なもの(エネルギー)が混在するために煩雑となり、結局は、二進も三進も(にっちもさっちも)いかない、そういった不安定な状態へと陥ってしまうことにもなるのです。」

「“足るを知る”こと、そして、“すでに十分に満たされていると感じる”こと、これが、あなたがたにとってまずは必要な考え方ですし、今後本当に必要な物事、人、そして、運が巡ってくるためには日々持ち続けていただきたい大事な心構えです。」

「そして、もう一つお伝えすることがあります。それは、神があなたがたのどの人に対しても、その存在を受け入れ、愛し、そして、ごく純粋なままの生命の光を見出している、その一方で、神に愛されている当のあなたがたは、皆どの人も、自らをあらゆる部分で“否定”しようとします。つまりは、自らの過去であったり、今の状況であったり、「こんなはずではなかった」と拒絶し、目をそらし、本来ならば平安であるはずの心でさえも、けして
赦そうとはしないのです。

これらは他人と比較することでも、また、“清栄(見栄)を張る”ことでも生じていきます。そうして、あなたは窮屈に塗り固められ、少しずつまた少しずつ、本来の“あなた”という存在からかけ離れていく―――。受け入れない思いは、何より自らを苦しめます。過去に蓋をする思いは、自らの存在意義さえ危うくします。“不透明な生き方”―――、言葉は荒くなりますが、あなたがたは、年を経るごとに、まるで曇りガラスのように、生命の輝きを“鈍く”しているのです。」

「“立春”ということでお話ししますと、今日(立春)をはじめとして、この二月において、この世は“陽(よう)”の気が特に強く、それは、“生命”の力、“誕生”の息吹、そういった、ごく純粋なまでに生命に直結したエネルギーがこの世を満たします。陽の光(=太陽)もしかり、また、自然の息吹もまた、次々と芽吹くような、強い生命力を発揮します。それはすなわち、あなたがたが、日常生きる際に、心の持ち方次第で、これらの強い陽の気を自らに存分に得られるかどうかにも直結します。この時期の気(エネルギー)を、自身にどの程度取り込めるかで、これからの一年の生き方を決定づけるとも言えるでしょう。」

「その、この月(二月)ならではの気を得るには、何よりも、あなた自身がより、“透明度”を上げておかなくてはなりません。ちょうど、水晶玉のような、光を即座に通し、集め、そしてきらきらと輝く、光のままの存在です。それには、これまでお伝えしたような、体内にも、日常においても、それこそあらゆる場面で、不要なものを取り去ることです。これが、古代では“禊(みそぎ)”といって、霊的にも身体的にもごく清浄な状態に、急激に自らを戻す行為なのです。

そして、何より、誰しも
元は、本当に水晶玉のような、本当に明るく清らかで純粋な光を放つ存在であり、神も光、あなたも光、なのです。過去もすべてあなたにとって必要な縁であり出来事であったこと、そして、今のあなたの生活もまた、あなたにとって必要であり歓迎すべき(喜ぶべき)ことを、他の誰が肯定するのでもない、あなたこそが、そのように受け入れねばなりません。それが、あなたという生命が、本当に“無垢な”状態に還り、今後、運を上昇させるために必要な、この時期ならでは素晴らしい気を存分に得られる“秘訣”でもあります。」 

「“運”とは他の誰が開くものでもありません。運は、自らの意志で“拓く”ものです。あなたの意志で
純粋な状態に(自らを)戻し、陽の気、すなわち“天”へとその身を大いに開いていくのです。光はあなたのなかに共鳴し、あなた本来の生命の力が発揮されることでしょう。これこそ、地上にての“開運”―――。あなたの人生を彩る多くの縁をつなぐ、欠かせぬ“気運”として、強く、確実に、顕現されていくのです。」





 
 

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