神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2017年03月

2017年3月17日

皆様、

いつも『神々からのメッセージ』をご覧いただき誠にありがとうございます。

先日以来、わたくしRinokiaの、霊視に至るこれまでの半生を、ブログにてお伝えしております。皆様からの沢山の励ましを頂いておりますこと、心より感謝申し上げます。

記事を書くごとに、当初思っていたよりも多くのことが思い出され、これまで本当に多くの御導きやお支えをいただきながら自らの人生を送ってこられたのだと、本当にありがたい気持ちでいっぱいでございます。

記憶の辿れる限り自らの人生を振り返ることは、ときに痛みも伴いますが、それ以上に、人生という、素晴らしい神の御祝福をより一層感じさせていただくひと時となっております。そして、少しずつではございますが、こうして記事としてこれまでの経緯を書きつつ、改めて天から授かる使命を自覚し、日々を新たな気持ちで過ごさせていただいております。

さて、明日(3月18日)より、2週間ほど新規の配信をお休みさせていただきます。本来ですと、【“霊視”の道に至った理由】シリーズを一通り書き上げたかったのですが、時間の制約上、「その⑧」までを、現時点で皆様へお伝えするにとどまることとなりました。記事の公開を楽しみにしてくださった方々、大変申し訳ございません。

4月以降、順次また、このシリーズを再開させていただきます。落ち着いた気持ちで記事に向かい、皆様へ、神との対話の様相や、霊視をするということに関する、わたくしの正直な気持ちをお伝えしてまいりたいと存じます。


早いもので、2017年も3ヶ月が過ぎようとしています。この時期は、人との出逢いや別れ、そして、新たな環境や出来事が皆様の人生においてもたらされる、非常に学び多き季節であると感じます。

皆様、どうかくれぐれもお身体ご自愛くださいませ。
皆様のお幸せと益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます。


                            Rinokia

 

 
 

2017年3月14日

 わたくしのなかにいる、“もう一つの大切な存在”―――、それは“守護霊様”という、わたくしがこの世に生を受けてから、片時も離れず見守ってくださった、かけがえのない御霊であり、結果的には、わたくしが自らの意識のなかに、この存在のエネルギーを感じ取ることが出来たのは、以後、今日に至る“霊視鑑定”というものに対して、どのような心意気(スタンス)でご依頼者の方々へ接するべきかを、自ずと示してくださるものでもありました。

 2010年に、わたくしにとって、今思い返しても胸が締め付けられるような出来事が立て続けに起こり、それでも、どうにか日々を平穏に過ごせるよう心がけてまいりました。

 その後、これもまた“数奇なる運命”と申しましょうか、わたくし自身、考えもしなかった“全国の神社への巡礼”が、年に数回、決行されることとなったのです。

 ホームぺージでもお伝えしておりますが、わたくしは、以前より、全国にあられる神社仏閣や、かつての戦地、空襲のあった地域などへ赴き、祈りの旅を続けております。これからの記事では、なぜこのような祈りを続けているのか、その理由をお話してまいりたいと存じます。

 当初は、何ら意図することもなく、ごく純粋に、旅行先において、気になる神社へ参拝させていただいたのが始まりです。

 すでにその頃には、自らの守護霊様とは、折に触れ、自然と対話するような状態でしたが、その最初のきっかけとなった神社へは、そういった、霊魂と対話したいという意識もなく、ごく普通に参拝させていただくつもりでした。

 しかし、この時、再びわたくしの“人生の歯車”が大きく動き出したのです。

 拝殿で参拝のために静かに手を合わせていると、突如、また“声”が聞こえ始めました。

 それは、明らかにわたくしの“守護霊様”のものではありません。日常聴き慣れた声とはまた別の音調―――話されるその声は、実に厳(おごそ)かで、しかも揺るぎのない力強さがありました。

 わたくしにお話くださったのは、その神社に祀られる御祭神であり、独特の声が、わたくしの意識のなかに、あたかも流れるように聴こえ始めた瞬間、「おや・・・?」と思ったわたくしですが、すぐさま事の重大性に気づいたため、その“声”の続く限り、本殿の御神体の鏡を遠巻きに拝見しつつ、謹んでそのお声を聴かせていただきました。

 神社の御祭神は、その場を張り詰めた状態に保ちつつ、「よくぞこちらへ(この神社へ)参られました。」と述べられ、続いて、その神のこの世での御役割(また御神徳)や、また、その神社のある地域の人々への、神の想いなどを実に淀みなく話されたのです。

 「神様というのは、本当にわたくしたちのことを想い、見守ってくださっている。」―――

これが、神という意識体と最初に対話させて
いただいた際の、本当に素直な感想です。感動よりも、もっと深淵な気持ちで、ただただ頭(こうべ)を垂れるーーーわたくしが唯一出来たのは、その神の御心を心静かにお聴きするだけでした。

 以後、わたくしは全国各地にある神社の神々へ、身の余ることと思いながら、時間の許す限り丁寧に参拝し、その都度、神の想いや、神の側から見たこの世の仕組みなどを御教えいただき、同時に、わたくしがこの世で実際に目にしたこと、耳にしたこと、そして思いついたことなどを、神へお尋ねするようになったのです。

 神の声を聴くようになった当初は、守護霊様が必要に応じ、参拝する予定の神社にあられる神についてあらかじめ説明してくださったり、また神と対面させていただく際の大事な心構えなどをご教示くださいました。

 そして、神の意識とは、ある意味、人間の叡智を超えるものでもありますので、その話される内容は、時として容易には理解しがたこともございます。そういった場合には、神社へ参拝させていただいた後に、守護霊様が、「あの神の話されたことの意図するところは・・・」と丁寧に補足してくださるのです。

 そうして徐々に<神>という意識体の“思考”を理解していき、また“八百万(やおよろず)”の神がもつ各々の波動もまた、一つひとつ感じ取る(感じ分ける)ことができるようになりました。そういった意味で、わたくしと守護霊様との関係は、本当に“手取り足取り”ーーー、ありがたいという一言に尽きます。

 そして、特筆すべきは、わたくしの守護霊様の、神社にあられる神々への姿勢(態度)です。守護霊様がわたくしとともに、本殿にて神の息吹を目前にする際、また神について話される際に、わたくしの守護霊様が発される波動はとても丁重(ていちょう)であり、神に対して実に敬虔深いものがございます。そして、どの神へ対しても、霊的に、また現実的にも(わたくしを通して)礼儀を重んじ、心からの敬意を表す、本当に、“誠意を尽くす”という言葉がもっとも当てはまるのではないかと、わたくしはいつも感じ入っておりました。

 「これが、神の世界での霊魂の関わり方なのだ。」ーーー、以来、わたくしは、神はもとより、わたくしが対面させていただくあらゆる状態の霊魂に対して、また、同様に、神が大切な存在と想ってくださる、わたくしたち人間に対しても、“誠実に接すること”が自然と身に着いたのです。

その⑨へ続きます。)


 

 

 

アシスタントです。
1月14日に掲載いたしました神戸/京都/浜松での鑑定のお知らせを再UPさせていただきます。
Rinokiaの鑑定を希望される方は、この機会に是非ご一報くださいませ。
皆様にお会いできますことを、Rinokia、スタッフ一同、心より楽しみにしております。

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皆様

Rinokiaです。
いつも『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

2017年が幕を開けました。皆様各々に今年の抱負を胸に、日々新鮮なお気持ちで過ごされていることと存じます。

さて、来たる3月下旬に、近畿・中部へお伺いします。

19日、20日の神戸をかわきりに、24日、25日京都、そして、26日には浜松で鑑定をさせていただきます。
鑑定をご希望される方は、是非この機会にご予約いただけますと幸いです。

【開催場所・日程】

・神戸/三宮駅周辺:3月19日(日)
・神戸/三宮駅周辺:3月20日(月・祝)
・京都/京都駅周辺:3月24日(金)
・京都/京都駅周辺:3月25日(土)
・浜松/浜松駅周辺:3月26日(日)

※詳細は以下のURLよりご確認ください。

https://www.rinokia.com/%E5%90%84%E5%9C%B0%E3%81%A7%E3%81%AE%E9%91%91%E5%AE%9A/

2017年は殊更(ことさら)、地のエネルギーが強く、世界的にも権力の形勢が次々と変化し、また、一人ひとりの人生の方向も、この一年をかけて形作られていくこととなるでしょう。その意味でも、春にかけてこの時期をどう過ごすかが本当に大切です。

皆様のお幸せと、日々がより充実したものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。   
                                 Rinokia

2017年3月11日

 前回の【その⑥】でもお伝えしましたように、わたくしは幼少期を通し、やや特異とも言える“繊細な感覚”の持ち主ではありましたが、それに関し、自分のことを「そういう人間なのだ」と思う程度で、この感覚を
特に何かに活かしていきたいと考えたことはございませんでした。自分のなかでは、“生きていたら自然とこうなった”、ごく普通の事柄だったからかもしれません。

 しかしながら、人生とは本当に不思議なものです。わたくしが自分なりにではありますが、多くの人と出逢い、日々を歩むその道程にあって、わたくしの人生を大きく左右する出来事が、ある時期に“2つ”、立て続けに起こったのです。

 それは、まるで、その2つの出来事が、わたくしという人間を、神妙なる霊の世界へと急激に誘(いざな)ったかのようでした。いうなれば、人間でいながらにして、“霊的な意識と常に隣り合わせで生きる”という、もはや見過ごすことの出来ない巨大な“歯車”が、わたくしの人生のなかで大きく動き出したと言えるでしょう。

 その出来事は、7年ほど前に起こりました。2010年の半ばと記憶しております。わたくしの大切な人たちが、間を空けず、各々
理由は異なりますが、立て続けに瀕死の状態となったのです。

 この救いようのない絶望を目の当たりにした際、人間の心とは本当に脆(もろ)いものです。それでも何とかしたいと、僅かばかりの回復を求め奔走しますが、わたくしに出来ることはあまりにも少なく、気持ちばかりが空回りいたします。

 もはや手の施しようがない―――悲嘆にくれたわたくしの心は、いつしか、「自分の“内側”」へと入り込んでいきました。そこで、初めて、わたくしは、「自分のなかにいる、もう一つの存在」に気付くことになったのです。

 その“声”は、とても明瞭で、物静かなかにも“芯”のあるような、これまで聴いたことのない、美しい声でした。ある日突然、“もう一つの存在”が、わたくしのなかで“対話”を始めたのです。

 「これが“守護霊様”という存在なのだな」―――。驚くのでもなく、また少しも疑うことなく、この“気づき”は妙に納得するもので、それは同時に、わたくしのなかにいる、自分の意識と、他の意識体との“差”というものを理解できた、“劇的な瞬間”でもありました。

 この感覚を、もう少し詳しく説明いたしますと、たとえば、自分の頭のなかで、わたくしが自身の価値観を基に何か物事を思いつくとします。すると、その自分の頭のなかという一つの“舞台”で、わたくしとは確実に別の意識が、わたくしの考えに“呼応するように”、はっきりとした口調で言葉を発してまいります。

 以来、もう一つの大切な存在との“言霊”のやり取りが始まり、わたくしは、日々あれこれと思いつく自分の考え(思い)を、折に触れ、その“もう一つの存在”に尋ねてみることにしました。

「これは〇〇ということですか?」―――「その通りです。」
「こういった場合にはどのようにすれば良いでしょうか?」―――「いずれはその答えが他(他の人)からもたらされますので、今は、あなたとしては努めて静観していることです。むやみに動いて(行動して)はなりません。」


 わたくしという人間と、いつも寄り添ってくださる、“もう一つの存在”―――。その存在は威圧的でもなく、また不安を駆り立てるようなことも一切言いません。むしろ、わたくしのなかでは、この存在と対話していることがとても心地よく、精神的な安定をもたらしてくれたり、また今後(将来)についての不安さえ払拭してくれます。そして
わたくしのことを本当に何でも把握しているように、適宜アドバイスをくださるのです。

「これを私は買いたいと思うのですが・・・」ーーー「あなたには必要ありません。」
(ちなみに、こういった場合は、わたくしの手が止まり、絶対に買うことはできません。)

「これらのうち、どちらを選ぶべきですか?」―――「どちらを選んだとしても、それほど大差はありませんので、どちらかお好きなほうを選ばれてください。」
(この場合には、明るい軽やかな雰囲気で、“笑みをたたえる”エネルギーを発されます。)

といった具合に、その存在はわたくしが尋ねることに対し、実に速やかに、そして歴然と答えを示してくださいます。

 そして、この“もう一つの大切な存在”によって、わたくしは、これまで生きてきたなかで、もっとも学ばせていただいたことは、「周りのあらゆる存在に対し“誠意を尽くす”こと」でした。

その⑧へ続きます。)







2017年3月9日

 
再び幼い頃の話に戻りますが、わたくしの人生に強く影響しているのは、“映像”すなわち、五感のなかで“視覚”であり、これは、物体の様子はもとより、“色”の具合もまた、ある特有の感じ方をいたします。
 
 小学生のときから、この“色の感じ方”が、他の子たちとは異なることに、わたくし自身、学年を上がるにつれ徐々に気づいてまいりました。それは、図工の時間、たとえば「静物画の描写」です。

 対象の静物をじっと眺めると、わたくしの場合には、たとえば、一見すると“黒”であっても、その黒を成している色が、黒とはまた別の複数の色で構成されていることが分かり、その複数の色は、多いときには何十種類にも及びました。そして、意識を“奥へ”掘り下げれば掘り下げるほど、それらの色たちは整然と重なっており、わたくしはまるで布をめくるように、その物体に潜(ひそ)んでいるのを見出してまいります。自分の視野を一点に集中させますと、「一つめは〇〇色、その奥には〇〇、またその奥には・・・」といった具合に、その物体がもっている色のすべての構成要素が手に取るように分かりました。

 黒の濃淡ということではなく、表立って見えている色は、一見“黒”だとしても、その内実は白であり、黄色であり、赤であり、それはけして“混ざる”という性質ではなく、むしろ、“重なり合って”いて、最後、人間の肉眼で見える際には、“黒”として“認識されている”のだということを、知らず知らずのうちに、わたくしは会得していったのです。

 ですので、他の子が、
多少の濃淡はあれども、単に“黒色”をパーッっと描くときでさえ、わたくしの場合には、そこに“黒”を選ぶという選択肢はなく、その物体に潜(ひそ)むあらゆる色を、一つひとつ“順に”重ねていくしかありませんでした。「なぜ(黒とは)違う色を塗るの?」と尋ねられることもしばしばでしたが、不思議なことに、最後には本当に見た目には“黒”で、しかも、けして単調な色味ではない、繊細なまでの美しい色が、画用紙上に表現されたのです。

 一つのことをおこなうにも、万事がこのような調子です。当然、時間は必要以上にかかりますし、また、これまでの記事でもお伝えしたとおり、当時は、周囲の理解を超えるような、不可解とも言える自らの様相だったではないかと、今となっては苦笑しております。

 ですが、それほどに、わたくしは、この世というものを“繊細に感じる子
でした。そして、自分の目前に現わされる物事が、どれもみな、当時のわたくしにはけして無下(むげ)にはできぬほど強烈な印象をもたらし、また、自らも、現象界に垣間見える、そういった目に見えない“真実”は、感心にも似た驚きでもありました。そして、以来、実際に霊視鑑定士となるまで、この“繊細な”感覚をそのままの大事にとっておきつつ成長したような、今考えますと、本当にありがたい人生でした。

 物の“奥”を視るーーー。それは、現実的にも様々な意味合いがあるかと存じますが、わたくしの場合は、現在霊視鑑定士として、お逢いさせていただく方が、その方こその“性質”をもち、そのお一人ひとりと過ごさせていただく鑑定の時間は、【その⑤】でお伝えしましたように、人間として感じる【五感】が、わたくしならではの“繊細な”レベルで発揮される場面でもございます。

 それは、その方から“感じる”波動から、過去世において(その方が)目の当たりにされた強烈な光景(風景)や当時を象徴する物であったり、色や文字を読み取れることもございますし
(=視覚)、またその方に由縁のある、独特な“音”や“声”を聴き取ることもございます(=聴覚)

 そして、その方から発せられる“波動自体”にも、強弱や震動の様相(程度)、また、剛柔であったり、光(オーラ)の発散の様子、あるいは波動を描線として捉えた場合、その線や孤(こ)がどのように描かれているかを、わたくしは全身で感じます(=触覚)。

 ただ、さすがに“味覚”は、霊視中には可能とはなりませんが、“嗅覚”もまた、特に、わたくしがおこなう“物の状態を視る”霊視(=波動調整)では、物それ自体が発散する独特の香りがあり、それが大事なキーワードとなる場合、必要に応じ、自らの
霊的な嗅覚の感度を上げ、その香りの様相をつぶさに感じさせていただきます。

 本当に、皆様それぞれに違っていて、各々が素晴らしい特徴をたずさえていらっしゃる、それはまさしく“八百万(やおよろず)”であり、この“微差”は枚挙にいとまがないほどです。

(その⑦へ続きます。)


 


 
 

2017年3月7日

 霊視をする際、人間の“五感”は、非常に重要なものとなります。「視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚」―――。霊視は、その五感を超越する、いわば【第六感】の範疇になるのかもしれませんが、やはり、霊能者と言えども、人間である以上は、こういった本当に基本的な機能に依らなくてはならない部分も多くありますし、また、一定の共通感覚(観念)を基(もと)に、目に見えない部分を相手にお伝えするという点でも、この感覚になぞらえて状況(様子)を表わすことは、けして無意味ではないと、わたくしは考えます。

 “霊視”というと、たとえば、「あなたには、こんな霊が憑いていますよ。」といった、その人の傍ら(または背後)に、何らかの様態で至近距離にいる霊魂(=憑依霊)のことを想像される方も多いのではないかと存じます。

 もちろん、それはけしてあり得ないことではありませんが、わたくしの考えを申し上げれば、こういった場合は、何らかのきっかけ(タイミング)で、その方の波動に寄って来たエネルギー体であり、必要に応じて、きちんとご当人と分離していただく必要もあるかと存じますが、やはり、それは“除霊(または浄霊)”の分野です。

 そういった、「霊が憑いている」ということを大きく取り上げ、その方の人生の良し悪しや、または将来にわたる吉凶を示すべきではありませんし、またその方が内面に備えていらっしゃる、“本当に大事な部分”を表すには、正直、十分ではないと感じております。

 では、“霊視”とは一体何をするのか―――。それは、人がたとえば、過去世において、その時代のある人物として生きた際に、何らかの境遇に身を置き、人生を懸けておこなってきたことや、大切に想っていた人や物、そして、その方の過去世における性質(影響)を、今世にも引き続き持ち合わせている場合
、今世における考え方(思考回路)、行動の癖、そして、人生において真に望むもの等を、その方の“大事な部分”を本拠として、そこから発せられる様々な“波動”を感じ取ることで、現実には見えないものまで“視る”ことのできる者が、ご本人に代わってお伝えする(表現する)ことであると、わたくしは考えております。

 もちろん、人は生まれてから、環境の如何や、また教育によっても、考え方や価値観が徐々に形成されていきます。ですが、たとえ同じ環境で育っても、誰一人として同じようには育ちません。その“違い”は、まさに、その方がもつ特有の“性質”、より掘り下げますと、過去世より引き継いだ、“大事な部分”(本質)ということになります。

 人が発する“波動”―――。これは無論、一般的には具現化できるものではございません。しかしながら、この波動とは、先の述べたとおり、その人の本質に依るものですし、同時に、その人の“今”を表わすという意味でも、非常に重要です。

 “今”とは、過去からの繋がりですので、当然、過去または過去世からの“因縁”をも含むことになりますが、その方がもつあらゆる性質は、今まさに“波動”となって確実に発せられているのであり、わたくしがお逢いさせていただく方々に対し、その方ならではの波動を読み取り、まるで一つひとつを紐解くように、わたくしは丁寧に辿ってまいります。

 それを言葉にしてお伝えしていくなかで、その方が、これまでの自らの言動はもとより、人生における大小様々な選択、趣向(好み)、そういった、単純な言葉ではけして表すことのできない、唯一無二の“自分”というものを理解していただけるよう、霊視鑑定士として日々努めております。すると、皆様は、様々な気づきを得つつ、自分は一体何のためにこの世に生まれたのか、何を今生の目的として生きていくべきなのかという、いわば、“霊視”という、これまでとはまた別の角度からの、この世における、“自らの生きる意義”を見出していかれるのです。

 “人々へどのようにお伝えするのが、もっとも理解していただけるのか―――”。これはけして簡単なことではございません。その方の人生からすれば、ほんの束の間のひと時において、幸運にもお出逢いさせていただいたわたくしが、誰一人として同じ性質ではなく、そして、神や縁ある御霊たちにとって、本当に大切な、愛すべき存在―――、そういった方々に対し、今まさに生きる意味をお伝えする、その責務はあまりに大きく、わたくし自身、常に肝に銘ずるところでもございます。そして、皆様に、目には見えない部分を少しでも分かりやすく理解していただく、そこに欠かせぬ術(すべ)は、実は、冒頭に挙げた、この人間特有の【五感】なのです。

その⑥へ続きます。)







2017年3月5日

 霊視鑑定をさせていただきますと、「Rinokiaさんは、子どもの頃から“霊”が視えたのですか?」と尋ねられることが度々ございます。

 それにつきましては、「はい」とお答えするのが、やはり事実に即していると感じます。ですが、現在の、霊視鑑定士として霊視をする際や、全国各地の神社仏閣、また、かつての戦地や空襲の慰霊碑等において、わたくしが祈りのなかで対面させて(霊視させて)いただく御霊の様相と、幼少のわたくしが視ていた霊とは、性質が異なることを申し添えさせていただければ幸いに存じます。

 わたくしの場合、実際に「これは幽霊?」と感じるようになったのは、小学校の高学年頃からと記憶しております。一言で、“霊”とは言っても、人によって視え方が異なるはずですので、すなわち「これが霊の姿」と限定するものではけしてございません。

 わたくしが霊を視る場合、当時は、“霊の現れる方向に、
気づくと、自分の視線が向いていた”ような感じで、意図せず、自分の視線の先が勝手に定まることが度々ございました。じっと眼差しを向ける先に、やがて幽霊が出現するという具合です。

 その際、砂粒のような細かな“粒子”が、その霊が現れるであろう場に一斉に“集結し
、徐々に“人型(ひとがた)”となっていきます。現代の表現であれば、まるで映画の“CG”のように、見事なまでに整然と、素早く、その粒子たちは“サーッ”と集い、積み重なりながら、しかるべく“人物”と思える姿を形成していくのです。

 そして、当時わたくしが視ていた霊の“色”は何かと申しますと、その時々によって、“白、または黒に近い”ものでした。わたくしの場合、それらの幽霊と言われる存在たちは“半透明”でしたので、当然、背景(風景)も透けて見えます。ですが、その霊魂が纏(まと)っている服装の様子もある程度は視えたので、「あぁ、〇〇の時代の方なんだな。」と理解することができました。

 自分のいる場とそれほど離れていない位置で、幽霊は、襲いかかるでもなく、また恨めしい様子もなく、ただ静かに、わたくしを見ています。「この幽霊は、きっとわたしに助けを求めているのだな。」と感じたのですが、当時のわたくしは、そういった、この世をいまだ彷徨(さまよ)う霊に対し、何らしてさし上げる術(すべ)を持ち合わせておりませんでした。

 ですから、子どもながらに、「本当にごめんなさい。わたしはあなた(幽霊)に対して何もすることは出来ないのです。どうか迷わず成仏してください。」と、目前の幽霊に対し、考えつく限りの言葉を伝えておりました。そうすると、その霊は、いささか残念そうな様子ではありましたが、いつしかスッといなくなるのです。

 幽霊と対面する際、
不思議と、わたくしには“恐怖”というものはなく、透明の壁が互いの間にあるような、まるで“映像”を観ているような感覚でした。そして、「こんなわたしのような女の子に助けを求めるなんて、この人は一体どんな状況で命を失ったのだろう。」と、目前にいる幽霊の、人間として生きた時代や、命が途切れた状況などに思いを馳せておりました。

 そのようなことを小学生の頃から幾度か経験し、また、夜中寝ていた際にも、突然自分の意思とは関係なく、気づいたら自分の目が開き、当時の部屋にはあり得ない物体(植物や小動物、またこの世界において発明された機器など)が、半透明でありながらも、まるで能動的に意思をもって生きているように、非常に素早い動き、あるいは震動をしながら、天へと昇華していく現象を度々目にしておりました。

 それらは、砂金のようにきらきらと眩(まばゆ)く、またときには、漆黒の砂粒の状態でしきりに蠢(うごめ)くのです。これらは皆、いつも決まって天井のほうへ移動していきました。そして最後には、天井に突如現れた“割れ目”のなかに吸収されていき、その際の“音”も、寝床にいるわたくしにははっきりと聴こえるのです。

 目前に繰り広げられる、自分の意思とはかけ離れた不思議な“光景”―――。それは、現実の世界と霊魂の世界の、ちょうど“狭間(はざま)”が、“何らかの瞬間に”、自分の目前に現れたようでした。

【その⑤へ続きます。】


 

 

 

2017年3月4日

 前回、【その②】でもお伝えしたとおり、「この世界は、“心(気持ち)”で動くんだ。」と強く信じていた幼少のわたくしは、いつも自分自身の心の動きというものに、とても敏感でした。それは言うなれば、心に想った(念じた)だけで、良いことも、悪いこともすぐさま相手に伝わってしまうという、いわば、“意識がこの世を支配する世界”であり、目前の事象に対し、どのような心であり続けるか(良きに操れるか)を思考し、実行するのが、この世での生き方なのだと思い続けてきた幼少時代でもありました。

 目に見える情報は、無論、とても大切なものです。見た目の印象や、また、その外形の規模もまた、人々の心に強く訴えかけ、何かしらの観念を植え付けます。しかしながら、わたくし自身、自分がごく幼いときから(
おそらくは小学生の頃にかけて周りの人々が、自分に対し、「幼い女の子」として接してくれたり、また言葉をかけてくれたりするのが、どうしても不思議に思えて仕方がありませんでした。

 なぜなら、わたくしは、自分のこの身体が、“単なる入れ物(外もの)”であるだけで、その身体とは年齢的にまったく別の、もっと落ち着いた“自分”がいるのだと常に感じていたからです。「なぜみんなは、わたしの外側(見た目)だけで(わたしというものを)判断するのだろう。本当のわたしはもっと“奥”にいるのに。」と、事あるごとに疑問を感じました。

 肉体のなかの、本当の“自分”―――。それは、今となっては、その違いのギャップに苦しむというよりは、むしろ、人生を経て多くの人と接するなかで、どの人ももっている、外形とは別の次元の“本質”というものを、わたくしのなかでは比較的確然と感じることができますし、その人を形づくる大切な“要素”が、今生での人生の目的に沿って、人それぞれにきちんと配されていることに、“魂の不滅性”であったり、また、神が創り賜う<人間>という生命の緻密(ちみつ)さや素晴らしさを素直に感じております。

 小学校へ上がっても、依然として、思うようには自らの心を良きに操ることができない自分がいる、その煩悶のなかで、わたくしがごく自然と行き着いたものは、やはり、<神>という目に見えない存在へ祈ることでした。

 神と言っても、当時の幼い時分において、わたくしが知り得た神的な存在は、本当に一般的なものです。目には見えないけれど、いつも見守ってくださる存在―――。それをわたくしは、「神様、仏様、イエス・キリスト様、マリア様・・・」と頭のなかで反芻し、それでも足りないと思ったのか、挙句の果てには、小学校への道すがら、何の目的で建立されたのかも理解していない石碑にまで<神>を見出し、一つひとつ丁寧に手を合わせ続けました。
 
 そして、夜の寝際には、一同に介したこれらの“崇高な”存在を、心のなかで
順に唱え、ただひたすら感謝の気持ちと、また時には、涙を流しながら「至らない自分をお赦しください。」と“懺悔”をもおこなっていたのです。

(【その④】へ続きます。)




  

 

2017年3月2日

 今回は、わたくしRinokiaが、幼少のときすでに感じていた、“人間の心もよう”についてをお伝えしてまいります。

 わたくしが、今なお、強烈に覚えている幼少の記憶は、「“反省”しているの。」です。この記憶は、1歳頃より始まっているのですが、なぜか、この“反省”という言葉の意味を、誰に教わるでもない、よちよち歩きのわたくしは、すでに理解しておりました。

 その“反省”は、毎夜、床に就いた寝際におこないました。 母親に寝かしつけられ、目をつぶると、瞼(まぶた)の裏には真っ暗な空間が広がりますが、しばらくすると、ふと、強く眩(まぶ)しい光とともに、その日一日、自分の目前に起こった出来事であったり、体験した物事などを、それこそ、朝、目が覚めてから、夜、再び床に就くまでの、あらゆる情景や周りの人々の様子、そして、自分が発した言葉の一つひとつが、実に克明に、“走馬燈(そうまとう)”のように次々と蘇ってくるのです。

 その一つひとつの場面は、自分の体験でありながら、布団のなかで(その情景を)見ているわたくしが、いわば第三者として、“客観的に”回顧していきます。自分の心の動きと、そして、相手の心もようも同様に、ですが、なぜかこの場合は、その人から発せられる様々な“色”の様子から、相手が感じているであろう快・不快を理解していきます。そうすると、「あぁ、あのとき、どうして自分はそんなことを言ったのだろう。」「なぜ、この人にもっと良い心をかけてあげられなかったのだろう。」と、自分の至らなさが、いやというほど思い知らされたのです。

 わたくし自身、物心ついたときから、目前に広がる“物質”が、この世を占めているというよりは、むしろ、人間とは、目には見えない“気持ち”(心)で、お互いが関わり合うものだと感じておりました。つまり、「この世界は、“心(気持ち)”で動くんだ。」と信じ込んでいたのです。

 ですから、先に述べた、自分の心(想い)の至らなさ、うまく操ることのできないもどかしさは、“みんなが当然に出来ているはず”であるのに、なぜか自分は出来ないという、何とも不甲斐ないものを感じ、それと同時に、朝、自分が目覚めてから、こうして夜寝るまでに関わったすべての人に対し、思うように意思の疎通が取れない、そして、優しい気持ち(心)を伝えられない、その言いようもない申し訳なさで、いつも一人、はらはらと涙を流しておりました。

 そんな人知れずの涙で、むせび泣いていた日もあったのでしょう。ある夜、母が、わたくしが夜いつものように、一日の情景を思い出し、涙を流していることに気付いたようで、寝室のわたくしの枕元に来て、「〇〇ちゃん、なんで泣いているの?」と尋ねたところ、すでに、その頃には2歳になっていたかと思いますが、即座に、「一日を“反省”しているの・・・」と、静かに母に答えました。一瞬言葉を失った母は、「そう・・・」とだけ言い、また立ち去って行きました。当時を振り返り、母は、わたくしのこの発言に対し、「この子はもしかしたら、“不思議な子”かもしれない。」と思ったようです。

 真っ暗闇に浮かび上がる強い光のなかで、その日あった情景を
鮮明に回顧しながら涙を流す、それは、たった一日であっても、本当に尽きることがないほど膨大な量です。次々と目前に浮かぶ情景―――逆に言えば、人間というものは、日々、それだけ多くの事象に関わり、その度に、自覚すらできないほど、毎日大小様々に心を動かしているのでしょう。そして、ほんの1~2歳の子どもであっても、言葉は発せずとも、心は沢山揺れ動いているのです。

 そして、
わたくしの毎夜毎夜の“反省”の時間は、一体何によって「終わり」を告げられたのでしょうか。終わりを“告げた”のではありません。“告げられた”のです。

 一日分の反省をおこなったあたりで、目をつぶるわたくしの、意識のなかでの頭上、いわば感覚的には後方から、いつも、スーッとわたくしの目前へ降り立つ存在がありました。それが、当時のわたくしは、“鸚鵡(オウム)”と単純にとらえていましたけれども、その容姿はとても眩(まばゆ)く、色とりどりの美しい羽根を纏(まと)った鳥でした。その鸚鵡が、反省の涙に暮れたわたくしの目の前へ、音もなく飛んできたかと思うと、いつも同じ方向を向き、綺麗な羽根を休めるのです。その神々しいまでの姿を見て、心の底から、「あぁ、わたしは“許された
のだ―――」と安堵の気持ちを覚え、そこでようやく深い眠りにつくことが出来たのです。

(次回、【その③】へ続きます。)
 




 

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