神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2018年04月

2018年4月8日(春の霊験修行11日目)

Rinokia、平 将門の首塚へ参拝。
平 将門の首塚・・・東京都千代田区大手町に所在。平安時代中期の関東の豪族であった平将門の首を祀った塚。平将門は、武士団として最初の大規模な反乱を起こした(平将門の乱/935年~940年)


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「“使う”という言葉をよく、よく考えるのだ―――

それは、物を操作する、という意味もあれば、“利用する”という意味もまた、この言葉にはある。人も、また物(物事)も、人が“使う”ことで、そこに互いの連鎖が生まれる。

多くの人は、“使う”(利用する・活用する)ことを、無意識のうちに目指そうとする。しかしながら、世(世の中)を生きていると、どの人であれ、自らが“使う”ことと同じように、人に“使われる”ことも少なからずあるだろう。

“使われる”という言葉は、今の世にては、望ましき言葉として解(解釈)されないかもしれない。しかし、私は違う―――。己が(人や物事を)“使う”以上に、如何(いか)に良きに“使われる”人物となるかを、あの頃、常に心に描いていたのだ。

“人に使われる”、良いではないか。どのような人物に、良きに“使われる”か、それは、自らの技量や振る舞いによる。その意味で、良きに使われるは、武者たる者の本望とも申せよう。人は、自らが生きる時代、巡りくる(逢う)人々の間で、互いを使ったり、また使われたりもする。片側(=人を使う)に寄ろう、寄ろうとするならば、それは“意固地”となり、結果、自らの心さえも窮屈にする。

家の確執(※当時の平氏内での争い、ということだそうです。)も、あるいは、世の情勢(形勢)の不利など、私の身の回りにおいても、不都合やまた、如何(いかん)ともし難い事柄は実に多くあった。人々が自らの権利や有利を得ん(得よう)といきり立ち、頑なまでに思考を追い詰めていったさなか、私はただ一人、(使われることの本望を思い)誠に“自由”であった―――」

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(Rinokiaより: 千代田区大手町のオフィスビルが並び立つ、その一画に、将門の首塚はあります。崇敬会も発足されているそうで、塚は綺麗に手入れが行き届き、わたくしがお参りさせていただいた際にも、お掃除をされている方もいらっしゃいました。

お参りのひととき、次から次へと参拝される方が後を絶ちません。将門の首塚と言いますと、現代においても様々な謂(いわ)れがあり、畏怖や畏敬の念などから、ここでお参りをすることを多くの人が目指されるのかもしれません。

そのさなかに、わたくしが意識を通わせていただいた御霊は、威勢の良い強者、というよりむしろ、落ち着いたなかにも聡明で、穏やかな心根をもつ息吹でした。

その御霊へ、「今の(この首塚のような)形で、あなた様が祀られることはどう思っていらっしゃいますか?」とお尋ねしました。

すると、「この地(関東)を守るため、この場に今なお祀られる。これも、後世の人に(私の魂が)良きに“使われている”ということだから、私は一向に構わない。人のみならず、あらゆる“時代”にも、自らが必要とされる、このたった一つの魂であっても、そういった使われ方がなされることを、あなたがたの人生の本望としなさい。」と優しくお答えくださいました。

わたくしが、Rinokiaとして、世の人々にどのように“使われるか”、そのためにはどう自らが在るべきか、まだしばらくは探求する日々が続きそうです。)

以上。

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2018年4月6日(春の霊験修行9日目)

Rinokia、鎌倉 鶴岡八幡宮へ参拝。
(鶴岡八幡宮・・・神奈川県鎌倉市にある神社。
御祭神は、応神天皇・比売神(ひめがみ)・神功皇后で、武家源氏、鎌倉武士の守護神。鎌倉初代将軍 源頼朝ゆかりの神社として知られる。

「源(=源氏)、ひいては、鎌倉武士が心得ていた所作(術(すべ))とは、志を構え、そこに至る諸々(の行動)につき、小なる(小さき)物事を、一歩一歩着実に成し、それを“積み上げていく”気(気構え)の長さ、そして、揺るがぬ程の信念である。

源、そして鎌倉武士たるは、男気(おとこぎ)が、その者の生きざまを表すものである。鷹揚(おうよう)として、あるいは無骨。時に、傍(はた)からすれば、それは誠に得無き(=損)とも思えることでさえ、ある種の楽観と、また男ならではの、後には引けぬ、そういった気位(きぐらい)の高さが、武士たる厳しき戦いと隣り合わせの日々を強く支えたのである。

小さき石ころのような、実に僅かなことも、積み上げればそれは大きな岩となり、果ては山となる。一つひとつ積み上げた物事は、そう簡単には崩れぬもの。信念と地道な歩み。それは、いつかは大きな“流れ”を作り、(自らを支える)人の波、そして、運気の波とも相まって、これぞ無双の“昇龍”となる。

良いか、この世には、自らが成した(行動した)ものしか具現化はせぬ。言い換えれば、想い、はたまた祈りでさえも、いつかは巡り巡って、己の人生に相まみえる(対面する)と肝に銘じることである。

それこそは、かつての武士、そして源氏の真骨頂。些細なる物事にても、誠の心をかけることにある(※ここでは、人への“心遣い・親切”という意味で用いられています)。何らか(人にしてもらえたゆえ)の、誠意ではない。そのような見返りを求めるは、武士の恥。そなたら(現代の世)とても、また同じこと。己の持てるその技量(力量)にて、関わり合う者たちへ、(それを)真心として表すは難きこと(難しいこと)ではないはずである。

その真心は、人の世における“恩義”となり、また、必ずや自らに巡りくる。戦(いくさ)の世とても、またこの世とても、人の恩義はけして軽んずべからず。いつか自らが窮状、あるいは瀕死の際(きわ)に遭いて、損得無く手を差し伸べる者は、そなたの真心に恩義を感じ得し、再び真心より発せられる、実に有り難き“光明”なのである。」

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(Rinokiaより: かつての戦国の世は、朝廷側と、源氏をはじめとした幕府側との対立する、現代のわたくしたちからは、まったく想像もつかないほどの、戦(いくさ)の世であったはずです。

全国に在る、かつての武将(武士)たちの崇敬篤い神社仏閣へ参りますと、かつての、多くの人々が命を潰(つい)える激動のさなかにあって、先人たちはどのような気持ちで、自ら信ずる神仏へ願いを伝えていたのか―――それと同じ神仏の御前に、何不自由なく暮らしているわたくしたちは、一体何を願えるのだろうと考えることもございます。

こうして今回の鶴岡八幡宮参拝では、神は、かつての戦乱の時代における肝要な物事を、現代にも当てはめつつ、わたくしたちの以後の処世術となるよう、丁寧に諭してくださっています。

先人たちが命を懸けて、繋いでくださったこの国を、かつての先人の御霊の生きざま、心意気を少しでもなぞらえつつ、命の限り、より幸せな世となるよう努めてまいりたいと存じます。

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余談ではありますが、メッセージ中の、信念と地道な歩みからの、無双の“昇龍”とは、同時に“勝龍”とも言い表せるそうです。神がその場(拝殿)で見せてくださった龍とは、はじめはほんの小石のような粒ですが、砂鉄のように一極に集まり、徐々にうねりを生じ、ついには雄々しい龍の姿となって一気に天へ向かって昇りゆく、大変勢いのある(龍の形をした)現象でした。

源氏をはじめとした武士の守護神、後世における、勝運・出世運の神社として永らく篤い崇敬を集める神ならではの御言葉ですね。)

以上。

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2018年4月1日(春の霊験修行4日目)

Rinokia、戸隠神社 宝光社(ほうこうしゃ)へ参拝。
(宝光社・・・御祭神は、天表春命(あめのうわはるのみこと)。同じく、戸隠神社の中社(ちゅうしゃ)の御祭神である、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)の子。学問や技芸、裁縫、安産や婦女子の神とされる。)


「人は時に、“耐え忍ぶ”という言葉を用います。その意(意味)は、どちらかと申しますと、苦労や
苦難、また上からの強制(圧力)に我慢を強いられる、というような意味として、暗に不遇なる様相を示すもののようです。

しかしながら、人間の人生として、目に見える次元においては、すべてが(物理的に)順風に運ぶ、ということもありませんし、また、複雑な人間関係においては、ごく単純に、自らの意思を(端的に)発露するわけにもいきません。

周りに比して(比べて)みますと、ある場合には、あまり自らの想いを発言(表現)せずに、時としてその場をやり過ごす、という不甲斐ない気持ちさえ感ずることもあるかもしれません。

しかしなが、その(外面的な)様相のままに、自らの“内”(心内)まで、その様態を“抑える”必要は、けしてないのです。“耐え忍ぶ”、その心内には、何ものにも左右されぬ、高き志をもつ、それこそが、時流に乗る術(すべ)となりましょう。

見た目(外見)には、ごく冷静に淡々と、日ごと訪れる事象(運命)を受け入れる、いわば“受け身”であったとしても、その心は、自らの意思、これから紡ぎゆく夢、そして将来の在り方を見据え、燃え盛るような“気概”をもつことが、時機を外さず(逃さず)、いざ運命が大きく動くとき、恐れすらを乗り越え、果敢に挑むことができる、その“下地”として、わが身の所作(佇まい)というものを、今一度考えていただきたいのです。

この世のすべては、“動”と“静”との兼ね合い(バランス)です。動き(“動”)ばかりでも、人間という肉体をたずさえし魂は、その生命を(必要以上に)無碍(むげ)に費やしてしまいます。そして、静かなるばかりでも、人間たる生命を絶妙に維持していくことは、やはり難い(難しい)と言わざるを得ないでしょう。

だからこそ、あなたがたの人生のなかで、“いざ”という、大切なる時(瞬間)が訪れた際に、その力を余りなく発露(発揮)するべく、普段、いわば、日常における所作は、“耐え忍ぶ”が如く、小事(※「大事」の反対の意として用いています。)なる場(状況)において、淡々と粛々と、そして状況を見定めつつ、目前の物事に“専念する”がよろしいでしょう。

今の時代、あまりにもあなたがたは、“動”あるいは“静”に大きく“傾く”ことが実に多く見られます。自ら、“人間”という、神から授けられた“小宇宙”は、静寂のなかにも、時に激しく、生命(いのち)の鼓動を絶えることなく息づかせているのです。

あなたがたに訪れる、人生を大きく展開させるその時機(時流)に、あなたが本来の意味で、真っ当に向かい、あなたの真の力が発揮されるよう、わたくしはいつも希(こいねが)うものです。」

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(Rinokiaより:数年ぶりに、戸隠神社に参拝することが叶いました。春の陽気が清々しい日和に、まだ至るところに雪解けを待つ、沢山の雪が大地を覆っている状況で、普段は都内にいるわたくしからしますと、これが同じ日本の、“春”という時節かと思えるほどに、とても新鮮な雰囲気を味わうことができました。

天表春命(あめのうわはるのみこと)様は、日本語に込められたその意味というものを、もっと的確に捉(とら)えていただきたい、とおっしゃいました。もちろん、時代に合わせて、言葉とその意味は、変容を遂げるものではありますが、現代のわたくしたちは、あまりにも安易に、日本語という“言霊”を扱っているのではないでしょうか。

以後の日本においても、やはり言葉は本当に大事です。いずれの形であれ、言葉を介して人の命が繋がっていく、その事実に思いを馳せ、自らの人生をより有意義に生かすべく、大切に言葉を使っていきたいものです。







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