神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2018年10月

皆様。 万物の創造主“一なるもの”からのメッセージです。

2012年4月15日

【万物の創造主“一なるもの”からのメッセージ】

(静寂の中に、目の前を満たす粒子の渦と、それが発する微妙な音が聞こえる。この世に存在するエネルギーにも音があるのだということを感じる。)

「(地球も含め)この宇宙は様々な魂が折り重なり、それぞれ絶妙な音を奏でている。魂たちは各々独自の音をもつが、互いに和合するかのように響き合い、宇宙全体を表現する。それは得も言われぬ煌(きら)めきとゆらめき。それこそがまさにこの宇宙そのものである。」

「神の世界では、この魂たちが奏でる音楽を誰しもが感じ取り、その音は、物質界、霊界等、各々の界においてもさらに幾層にも分かれ異なっているが、しかしどれひとつとして逸脱はなく、調和された音を奏でている。」

「魂は互いに共鳴することによって、その段階を上げる。どんな共鳴においても善し悪しはなく、この共鳴し合う行為こそ、魂本来の性質であり、定めなのである。人間界においても、意識するか否かに関わらず、人は魂同士が互いに引き寄せ合い、共鳴する。同じレベルの魂が集団を作って一様に魂を奏で、この現象界を存続させている。」

(「私たちが存在する目的は何でしょうか?」と尋ねる。)

「何者もこの“一なるもの”の範疇からは逸しない。各々が異なる方向を進んでいようと、この中では、結局は皆が同じ方向を向き、魂を向上させているのだ。お前たちは誰一人として個の存在ではない。個でないからこそ、数多(あまた)の魂とそれを取り巻くエネルギーが存在し、一つの流れを成し得ている。この流れとは、神の息吹そのものであり、至極の“喜び”なのである。喜びから生まれ出た魂は、喜びでしか成長し得ない。これが神の世界の決まりである。各々の魂は身を以って、自らが置かれた段階(世界)で体験し、神の喜びを顕現させるのだ。」

以上。


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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia出雲 祐気取りの旅にてお伺いしました、“縁結びの聖地” 八重垣神社は、境内より少し離れた後方に、“佐久佐女(さくさめ)の森”があり、この八重垣神社に参拝する方々の多くは、その森に佇む“鏡の池”を目指されることが、本殿に次いで多い印象を受けます。

この“鏡の池”には、素戔鳴尊がヤマタノオロチを退治する際の、稲田姫にまつわる伝承があり、現在では、参拝者が“縁占い”をおこなうことができます。

その池の奥には、
稲田姫をお祀りする小さなお社、「天鏡神社」がございます。
今回は、“自分には将来どんな縁がやってくるのか”と、幸せを願い、訪れる方々を目前にして、美しき稲田姫が一体何を想っていらっしゃるのか、お伝えさせていただきます。

Rinokia

***

「男と女ーーーそれは色事ということではなく、むしろ“性別的”な意味合いでお伝えいたしますが、やはりこの世には、身体にみる男女の性差、および、人類の歴史の、長らく紡がれたなかで、男女の役割の違いがありてこそ、今のあなたがたの世は形成されております。

無論、時代は移り変わり、人の価値観や、少しまた少しと、家族の構築程度も変わりゆくものではございますが、男と女はもとより、この世には、幾重もの“役割の違い(差)”があり、それでこそ、物事が運ばれる(進展する)という側面を、少なからずもつのです。

わたくしは、長らく、自身の“役割”を考えます。

一つの魂(あるいは一人の人間)として、自らに成せる(出来る)ことには“限り”があります。それは、落胆を含むものではなく、むしろ、神の世もまた人の世も、“確然たる各々の違い”がありてこそ、互いに力を合わせる(協力する)ことが叶い、さらにはまた(この神社にて幾度も伝えている)“睦び”が、一層の求めゆくべきものとなるのです。

縁を引き合い、人は、互いに関わりを深めてまいります。
その様々な状況のなかで、“自身の役割(あるいは立場)”を、人は、いずれも見定めていかねばなりません。

わたくし自身、(
素戔鳴尊との)夫婦神として、娘(娘神)として、また、美しきことの象徴としてなぞらえられることもあり、これは良し悪し(や、高低)ではなく、ただ、わたくし自身に寄せられた、数々の“役割”が、わたくしの神としての側面を、一層責(責任)をもたせ、どれほど時(時代)を経ようとも、変わらぬ自戒(律すること)となるのです。

わたくしは、元よりあまり、公(表立って、あるいは人目)には出ぬ(※人間で言えば、一歩下がる控えめな、という御姿です。)ものを、光のありどころとしておりますので、その控えの様相が、“奥ゆかしさ”として感ぜられるものかもしれませんが、わたくしにとりては、常に、自らがどうあるべきか、交わる(関わり合う)神々のなかで、一体わたくしが成すべき物事、あるべき姿とは一体どのようなものであるのかを、様々に思案いたします。

何もかも“控えめに”いるべき、という意味ではなく、むしろ、自らの挙動(立ち振る舞い)は、やはり自身の意志ありてこそ、それが発露(挙動として現実化)いたします。ですから、まずは、誰しもが、意志(発露)より先んじて“わが身の位置であり、在り方”を考えゆかねばなりません。

そうしますと、あなたがたも、自身に叶う(出来る)物事、そしていまだ叶わぬものなど、いわば、自身の技量(能力)の程度を見出す(実感する)こととなるでしょう。

それでこそ、人は、次なる高みを目指し、以後に欠かせぬ物事について、専心(努力)する気概が沸き起こるのです。

自身(の今の程度)に向かい合うとき、そこには、やるせなさであったり、無念の想い、あるいは落胆の気(気持ち)さえ起こることもあるでしょう。

しかしながら、わたくしども(神)は、あなたがたについて、今たとえいかなる様相(状態)であろうとも、そこには悲嘆もなく、常に希望たる“光”を見い出し、あなたがたが迎えるであろう先(将来)の益々幸なることを願い、見守るのです。

ですから、あなたがたよ。神も人も、ある意味同じく、自らの“役割”について、それこそをまっとうするべく、
ときに己を奮い立たせ、またときに意(意志)を決するべきなのですーーー

“自らを知る者
は、容易には朽ちることなき深遠なる光あり、時(時の流れ)とともに地道に歩むーーーやはり“美しき”人となるのです。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia出雲 祐気取りの旅にてお伺いしました、“縁結びの聖地” 八重垣神社にあります、複数のお社にて、神より降ろしていただいた御言葉のなかで、
是非皆様へお伝えするように、との天の命がくだりましたものをお伝えいたします。

わたくしは、神社では、時間の許す限り、境内を隅々まで巡り、またたとえ境外の、木々の鬱蒼と茂る森の奥であろうとも、他にお社がありそうなら、ひるむことなく自然と足が向かいます。

元々、この世に在る霊魂はもれなく感知する性質ですので、人からは、「そんなに奥深いところに入って大丈夫なのか」(※憑依されたりしないか、ということです。)と心配していただくこともございますが、わたくし自身はあまり気にいたしません。向かうべき場(目指すべきお社)へ、すでに意識は集中しておりますので、わたくし自身の魂が、他の霊魂に左右されるほど動じていないのでしょう。

神社は、古来より山岳信仰や、山を御身体とした思想と結びついていることも多く、長い歴史のなかでは、人が
あまり踏み入らないような場にお社(あるいは祠(ほこら))がある場合も多く、毎回、各地へ参りますと、ほぼ“山登り”を兼ねた参拝になります。

道なき道や、急勾配をひたすらに登りますと、いつか、そこに、ひっそりとお社が建っており、荘厳な静けさに心を打たれ、その場でおこなう祈りもまた感慨ひとしおです。

神社によっては、本来の目的である参拝どころ以上に、“実はこんな場所にもお社が”ということもあるかと存じます。ですので、皆様も是非、神社へ参拝に訪れました際には、少し時間に余裕をもって、境内を散策する気持ちで行かれてみてはいかがでしょうか。

Rinokia

***

(境内社:山神神社、および乙女椿(夫婦椿)にて)

「人間の身体は、生命を成すものとしての、欠かせぬ性質(機能)があり、また、“性別”にみる(男女の機能の)違いの、その(共通と差異の)“両面”を持ち合わせるものである。

互いに“関わり合いをもつ”ことが、人たる生命の辿り方であるならば、まずは、状況に違いはあれども、いずれの者も(生き合う前提として)互いに(気持ちを)分かち合う、解する(理解する)ことが肝要なり。

そしてまた、これぞ、人の、誠に“奇なる”(不思議な)側面ーーー“性”ごとに、その特異たる性質を持ち合わせる、これは、何もかも、“陰陽”つまりは、互いに組み合い、“光”を成す、あるいは、その差異こそが、より一層の“睦び”(結びつきや、絆)を果たさんがために、神は、人間たる生命を、一様(一辺倒)にはせず、これらの互いの差(特徴)をも配したのである。

ゆえにこそ、いずれの者とて、自らの“身体”についての機能(特徴、性質)を知り、そして、これらを盲目的なる(無視した)扱い、あるいは、否とする(否定する)心を、まずは一途に排する(退ける)べきである。

人もまた、世にみる“自然”と同じくし、生命の真理(仕組み)に従いて、その欠かせぬ物事こそをたずさえるものと、しかと心得よ。

この、人間たる生命の機能、ひいては“性差”について、けして軽んずることなかれ。

高低(優劣)ではなく、その双方の、自然の仕組み(流れ)のなかでたずさえし“あるがまま”こそ、(どちらも)真に尊く、また、以後のいずれの世も、これによりて、また人類の歩みが叶うのである。

各々ありしこそ、この世は“睦び(結ばれ)”、より一層の、“和(調和)”、“光(喜びや幸福)”など、一つ(単体)では及ばぬほどの、誉れ(良さ)となり、われら(神)の愛しきこの世を豊かに満たしゆくであろう。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia出雲 祐気取りの旅、前回までの佐太神社(および田中神社)を離れ、同じ松江市にございます、八重垣神社、通称『縁結びの聖地』とも呼ばれる神社へお伺いしてまいりました。旧称は“佐久佐神社”と呼ばれていたそうです。

御祭神は、夫婦(めおと)神であられます、
素戔鳴尊と稲田姫を含めた四柱の神が祀られ、その他、境内社なども複数点在しておりますので、しばし時間をかけ丁寧にお参りしたい神社でもございます。

実は、わたくし、縁あって数年に一度は、この八重垣神社へお伺いしておりまして、迎え入れてくださる神々と、数年のわたくし自身に起きた出来事や、日々の状況などをお話しつつ、その度に、各地からお越しになられたであろう、とくに若い女性のご参拝の多さを垣間見させていただきますと、なるほど、今の時代は、本当に“良き縁”を結びたい、と真剣に願われるお方が多いのだな、と一人合点いたします。

出雲の地は、出雲大社をはじめとして、“縁結び”について有名な神社があり、この八重垣神社も、そうした“縁結び”の代表格ともいえる神社です。

今回は、八重垣の神々様より、“身体”にまつわる“良き縁の結び方”について御言葉を頂戴いたしましたので、これより数回に分けてお伝えさせていただきます。

Rinokia

***

(拝殿にて)

「神は、必要ありて、あなたがた(人間)について、その肉体たる(
各々の)機能を授けました。身体的な良し悪し、また、老いとともに以前のような動きを遂げることができぬ、そうした様々な不都合は時に得るものではありますが、しかしながら、人間として、現世に生きるうえで、あらゆる現象を得て、学び、気づき、そして生命として助け合い生きてゆく、そのなかで欠かせぬ物事(機能)を、あなたがたはいずれにせよ、身体に宿しております。

この社(やしろ)には、実に多くの方々が、若き御魂はもとより、各々の年齢(や状況)に応じ、一層の良きご縁、ひいては、良き出来事、出逢いなどを願い、心を(様々な感情や思いで)彩り、
日々こうして絶えず訪れます。

わたくしども(神々)は、あなたがたが日常生きていくなかで、その本(本性)たる様相についてを重視し、そこから発せられる、あなたがたの魂の光をはかりつつ(見つつ)、必要なる(次の)物事・出逢いを順次もたらしてまいります。

あなたがたは、わたくしどもの“分け御霊”ーーーつまりは、神のもつ要素を、あなたがたは、なお、身にたずさえることを心得るべきなのです。

この現世にて生きるうえでは、わたくしどもと同様の心構えを据えていることは、見えぬ世界ーーー“良き縁”を、と願うならば、なおさら欠かせぬ物事でありましょう。

あなたがたの身体は、いずれも大切なりて、しかしながら、そのなかで殊更に要(かなめ)として構えていただきたいのが、その“眼”なのです。

“目は口ほどにものを言う”とも(人間の世界で)申しますが、やはり、目には、それ特有の“光”があり、“眼”は、その人となりを表し、また、この世を生きていくうえで“見定める”などの、歩みを確実に成す、希望を成し遂げるといった、その欠かせぬ力として、“目”は、あなたがたの(人体の)上方にしかと据えられているのです。

ですから、以後まずは、自らの、今まさにその“眼”が、どのような光(強さや意欲の程度も含め。)を発しているのか、知り得なくてはなりません。

そして、やはり、幾多の人と関わるこの世界、あなたがたが、これより接する人々、出逢いゆく人々の、その“眼差し”(眼力、真剣さ、など。)をきちんと見定めてまいるのです。

真摯な思いは、“眼”へと伝わります。このように生きたい、幸せになりたいーーーこの世はひとえに、波動(エネルギー)の世界ですので、それを(現実的に)見えると見えざるとにかかわらず、やはりすべては、“繋がり”ゆき、そして類として“引き合う(惹かれあう)”のです。

あなた自身のその眼ーーー眼差しを、以後まずは欠かせぬものと思うことです。

眼差しは、あなたの心意気、純なる(純粋な)思い、そして、謙虚な心根すら、諸共に映し出す“鏡”でありましょう。

そうして、自ら、常に”美しき眼差し”をたずさえた人となるよう、いずれ(の立場の
)も日々、心を洗い(清め)努めてまいりなさい。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
前回の記事にてお伝えいたしました、島根県松江市 佐太神社の境外摂社、『田中神社』の東社磐長姫命:縁切り・長寿)に引き続き、今回は、西社に祀られます、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)より、“縁結び”に対する心構えを伺っております。

古代日本神話において、天孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)が一目惚れしたという、絶世の美女といわれるこの姫君が、現代のわたくしたちに対し、一体どのような意味合いで、“縁を結んでほしい”と御思いになられているか、是非ご一読いただけますと幸いです。

Rinokia

***

②(
木花開耶姫命縁結び・安産

「あなたがたは、自身について、身体的および精神的、いずれも人間たる生命に備わりし幾多の側面にあって、天より授かる(※ここでは、ご先祖様方から頂いた、大事な命や身体のことです。)“美しき”部分について、いまだ見い出すに至らぬ方が、今(の時代)実に多いと、わたくしは感じております。

“美しき部分”とは言え、それを安易に、“容姿”(外見)と括(くく)ることは、けして叶いません。

滞りなく動く身体の機能や、ふとした所作(物腰)、言葉の発し方や、他への気遣い等、あなたがたは、自ら気づかずとも、それらすべてにおいて、天より計らわれた、
“人間”という生命に至ることへの、誠に数知れぬ“美しき繋がり”がありてこそ、あなたがた(という命)が、今この世を生きているのです。

“美しさ”とは、他の誰に言われるものでもなく、誰に作られるものでもありません。

あなたがたは、すでに“光”そのものの御魂であるゆえに、なお、その実(じつ:ここでは、魂の核、という意味です。)より、発せられる様相(オーラ)こそが、あなたの姿にみる、“美しき”を表わすのみなのです。

ですから、あなたがたには、まず、自らが、自身の“美しき”を、たとえ小さくとも良い、一つひとつ丁寧に紡ぎゆく(見い出す)ことです。

その、自らの“美しき”(=良さ)を意識へ上げ(自覚し)、あるいはまた、“声”(※ここでは、“言霊”という意味合いです。)に発し、(自身を)存分に愛(め)でてまいりなさいーーー

ついには、あなたは、自らをもっとも“信ずる存在
として見ることができるでしょう。これこそ、たとえ何があろうとも、容易には絶えぬ(屈せぬ)ほどの、“凜”とした佇まい(有り様)となるのです。

ゆえこそ、あぁ、麗しきかな、“縁”という、元より離れし各々の魂が、稀なる好機を得て、惹かれ、惹き合い、ついには“睦ぶ”(むつぶ=仲を深める、愛を結ぶ)のです。

再び申し上げますが、“縁結び”とは、他(外)に求めるものではありません。

それは何よりも、あなた自身が自らに“美しき”(“良き”)を(見い出し)繋ぎゆくことで、一層の“輝き”を増す行いなのです。

これこそがまた、天よりもたらされる幾多の計らいのなかで、
この世に生きる数々の御魂と、かけがえのなき“絆”(光)を繋ぎ合う、“縁睦び”(=美しき光の調和)となることでしょう。

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia、出雲 祐気取りの旅は続きます。

前回の記事にてお伝えいたしました、島根県松江市 佐太神社には、境外摂社があり、ちょうど鳥居を出て斜め左の方向に100mほど歩きますと、『田中神社』という小さなお社が見えてまいります(田中神社の鳥居(正面)の裏手に辿り着きます)。

この田中神社は、御祭神として、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)(=西社:佐太神社の方面を向いています。)を祀り、そのお社に背を向けて、磐長姫命(いわながひめのみこと)を祀り(=東社)、西社は、縁結び・安産の御神徳を、東社は、縁切り・長寿の御神徳があるといわれております。

縁結び、および縁切りを、並びで祀り、そして、互いのお社が背を向けて建つ、という、おそらくは全国でも珍しい様式の神社ではないでしょうか。

今回わたくしがお伺いした際には、田中神社の鳥居が新しく建立され(平成30年7月)、また、小さな境内の地面も綺麗に整備されている状態でした。鳥居をくぐりますと、まずは、縁切りに御神徳のあられる、
磐長姫命(いわながひめのみこと)(=東社)のお社に参拝する形です。


新しき縁、良き縁をいただくには、やはり、それまでに自身にいただいた縁について、熟慮し、誠実に断ち切っていくことが必要なのではないかと、わたくし自身感じております。

今回の記事では、“縁切り”と“縁結び”に関して、人生を幸せに歩むために必要な心構えについて、各々の神よりメッセージを頂戴しましたので、これから2回にわたりお伝えしてまいります。

Rinokia

***

①(
磐長姫命:縁切り・長寿

「この世において、“縁”(※ここでは、縁となるエネルギーを言います。)を、互いに引き寄せ合い、絡ませ合い(関わり合い)、留まることなき時(時代、時間)の流れに乗じ、人(という魂)は成長を遂げてゆくものです。

一つの縁を授かり、それをまた紡ぎゆく、あるいはその縁こその、しかるべく次なる物事(縁・出逢い)が大いに引き寄せられる、という、誠に絶妙たる“引かれ(惹かれ)合い”が、縁たるものの“奇”なる
(=不思議な)由縁でもあることでしょう。

魂ならば、“繋がりゆく”ものーーー

これはけして軽んじるべきではなく、繋がりゆく縁こそ、近く(間近)も、あるいは遠く(遠い将来)においても、いずれもまた、(
その繋がりし縁が)物事の起こり(きっかけ)となる、これは真に、大切に向き合う(対処する)ことを示しているのです。

“縁を切ること”(=縁切り)について、お伝えいたしましょう。

繰り返しとなりますが、人とはすべて、(エネルギー体として)繋がっております。何人(なんぴと)も、端的な意味で、“切れる”(途絶える)という側面を持ち合わせてはおりません。

それであるならば、“縁を切ること”は、一体何を表わす
(示す)かーーー

それは、あなたが、たとえば自らの先(将来、未来)を考えしとき、新たな局面こそを賜ることを目指し、このときこそ、
自ら天より(すでに)授かりし、現行の“縁(繋がり)”について、“切り”をつけ(キリをつけ)、これすらも、(今後への)良き“弾み”として、高みへと向かうことの、その“ありがたき契機”となると、心に念じてゆくことなのです。

ですから、単に、縁を切るのは、厭う(拒絶する)意味で、けっして発せられる(行動される)べきではなく、むしろ、自らの以後(今後)について、より一層の(誠実に生きる)覚悟と、また、すべて、謝する(感謝する)念ありてこそ、それら(縁を切ること)もまた、今のあなたに必要な“力”となるーーー

良き縁とは、自身の在り方を見定め、人として“正しき誠の心”を紡ぐがゆえに、ようやく導かれるのです。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia、出雲 祐気取りの旅の続きで、前回の佐太神社 北殿「天照大神」のもう一方、
南殿におわします「素盞嗚尊」の神より降ろしていただいた御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

***
南殿「素盞嗚尊

「どの時代にあっても人の世は、幾多の(人の)関わり合い、そこから派生ゆく事象(出来事)が意図せずとも揺り起こされ、とかく留まるところを知らぬ“波”のように、寄せては上げ(
打ち上げ)、引きつつ再び次の波(=事象)が覆い、人の生き様(人生)を彩るものである。

確たる物事(※ここでは、核心、本質などです。)が見えねば、人は立ちどころにその矛先(歩むべき道)を失い、脇を見ては右往左往、そしてまた勘どころの得ぬ(的を得ぬ)挙動を繰り返すのだ。

これほどの、先の見えぬ時世 ーーー

たとえ恨めしと思えども、世は、留まることのなき波にて、それに遅るる(乗り遅れる)は、それもまた、後悔の尽きぬこととなろう。

ゆえこそ、ここに生きる“業(わざ)”あり。

力ずくにて、いかに時世(の波)を鎮めようとも、それは自然の成りゆき、徒労に過ぎぬ。

世の流れに抗う、その心意気は誉(ほま)れ。しかるに、それを一つ“高み”へ押し上げる、物事の見方を得るこそ、真の処世(=生きる業)となる。

所詮、この世(の現象)は“幻”に過ぎず、その本意(物事の核心)について、人は得つつ、臨機(機敏)に動くことを目指すもの。

道中(日常)、あらゆる波(出来事)がもたらされる、そのなかで、見ゆくものは唯一、その“本意”(核心)なるぞ。

その本意(核心)得らば(得るならば)、たとえ、波に揉まれ、打ち上げられ、自らの在りどころを(一瞬)見失えども、再び人は、必ずや“生きる糧”を見い出すであろう。

地は動き、水(波)は高きに押し上がり、山々を巻き込み、こだまする。

確たる物事(核心、本質)の、まさに、今(の時代)ほど欠かせぬときは、無き。

大いに揺れ動き、鎮まぬ世にあって、確たる心根を据(す)える者こそ、新たなる時代、真の“導き手”となる。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia、出雲 祐気取りの旅についての続きです。

今回は、前回書かせていただきました、島根県松江市にある佐太神社の正殿の両脇に構えます、
北殿「天照大神、他」および南殿「素盞嗚尊、他」の、北殿の神より降ろしていただいた御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

***
北殿「天照大神」

「この世は“剛 柔”(ごう じゅう)の倣い(仕組み、流れ)にて、猛(たけ)きままに進みゆくものもあれば、また柔らかき様相をもっとも現わし、この絶えず(エネルギーが)巡り、交わる(交錯する)世にあって生きゆくことを目指すものもあります。

“剛”も“柔”も欠かせず、物事には、なお、この二面ありてこその“玉”(ぎょく※ここでは剛と柔が兼ね合うことで現わされる姿だそうです。)が、誠に美しき地上の“花”となりて、触れ合う人をまた、惹き付けて止まぬものとなるでしょう。

“剛柔”の倣いは、神々とても同じこと。

同じく(たとえば猛き)姿では、先々においてぶつかり合い混乱をきたし、元来の姿、二極(※ここでは陰と陽)をも顕現することは叶わぬのです。

ゆえにこそ、そなたらよ。自ら迎えし新たなる日(※太陽が昇り、おとずれる毎日、ということです。)において、再び豊かに“生の気”を受け、歩みゆくときには、自らの一日(いちじつ)の在り方をまず心得ること。

そして、そなたの今まさに在る(現状の)生き様(剛なるか、柔なるか)を見定め、“玉”となるよう懇(ねんご)ろに生きてまいりなさい。

ここにおいて、人はなお、迷い多きものでもあり、ひとえに頑な(偏屈な)るほどに、硬き、あるいは軟弱たる気概のままに、生きる道程、その芯(確信)たるを得ぬときもある。

それこそ、われらの(神社に祀られる神としての)意義ーーー

ここ(神社)に参らば(参拝したならば)、自らもっとも、今在る(状態の)ままにて、われらと対話するがよい。

誠に厳しき局面を迎え、苦に在るならば、その自らの心もようを神へ示しなさい(見せなさい)。

社(神社)とは、そなたらが、もっとも生(うぶ)なるままに“立ち戻る”べき場ーーー

われらと静かに心合わせしとき、もっとも穏やかとなり、清々しく、再び生きることへ向け、在りどころ(立ち位置)を得ることこそ、われらの本懐ーーー

剛も柔も、再び和し(調和し)、生き重ねゆく麗しき花々こそ、そなたらよ。この時世にあって、天(神)を感じ、地に触れ、健気(けなげ)に歩むそなたの姿を、神は慈しむのです。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
Rinokia、島根県は出雲の地へ降り立ちました。

出雲縁結び空港の周辺は快晴、しかしながらこの日最初の神社への移動時には、突如どんよりと重たい雲が立ち込め、にわか雨となりました。その後、わたくしが神社の境内に入りました際には、すでに止み、湿り立ち込めた空気が、神社の荘厳な雰囲気を一層引き立てます。

さて、Rinokia祐気取り、最初の神社は、島根県松江市鹿島町にあります、出雲二宮「佐太(さだ)神社」です。

御祭神は、正殿が「佐太御子大神(=猿田彦大神)、他」、北殿「天照大神、他」、南殿「
素盞嗚尊、他」と、御祭神の大変多いお社(やしろ)です。

今回は、正殿に祀られます「佐太御子大神(=猿田彦大神)」の御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

***

(“力”をキーワードとして、佐太神社および、後にご紹介します、摂社境外の田中神社の神々は御話しされました。)

「自らを、良き運気へと誘(いざな)うのは、何よりも“威勢を張る”ことである。

当初(最初)は、実(実際)を伴わずとも、その言葉のみ、形(見た目、姿)のみでも構わない。

この(威勢を張るという)行為は、自身に秘める、いまだ知り得ぬ多くの“力”(※これが、人の魂から発せられる“光”なのだそうです。)について、自ら“呼び起こす”行為なのである。

肝心たるは、何よりも、以後の自身の人生が、より多くの出逢いと気づき、そして、向上へと向かわせる際に、その“通り道”を、“威勢を張る”ことによって貫き(貫通させ)、そして新たな“風”を吹き入れることなのである。

一方の、“卑下” “卑屈” “見下す”―――、これらの行為は、自身を暗き底知れぬ沼へと向かわせる行為と、今一度心得よ。

良き(積極的な)言葉を使うのもよかろう。良き(上質な)物事を求め、自身の意気(気持ち)がより高みへと向かうのであれば、それもまた、人の(人生の)辿り方でもある。

自身への評(評価)はけして低めてはならず、まずなによりも、自身を慈しみ、それを堂々と“威勢”として、自らに良きおこないをもって勢いづけること、それがまた、周りの人々を感化させ、必要な物事(出逢いや出来事等)を引き寄せるだろう。

そしてまた、自身を“高み”へと押し上げる行為は、そなたの“見える世界”―――、そなたが現象界のあらゆる出来事を見ていくうえでの“視野”が、それこそ高みより望める(見渡せる)ようになる。(※視野が広がり、高い視点で物事が見られるということです。)

これが、自らが、この世(現象界)にいながらにして、一つの“解脱”(=高み)を得ることなのである。

(ここで、神の御話の雰囲気が変わられました。)

そして、われこそは“導き”の神として、人々より、良き人生を導かん(導く)がため、日ごと願いを受ける存在にあって、一つそなたらに伝えよう。

誰一人として、天より授かる役目を持たぬ者はおらぬ。いかなる存在も、いかなる状況にある者であろうとも、神は、その欠かせぬ命(生命)がこの地上に在ることを切に望むがゆえの、この地上の(一人ひとりの)“生(人生)”なのである。

ゆえに、そなたらこそ、自らが、縁ある者たちとの日々のなかで、良き“導く者”となれ。

(人数、集団の規模などの)大小は、問わず。

いかなる状況であろうとも、今まさに置かれた場(環境・状況)で、そなたこそが、高き視点を得て物事にあたるならば、それこそが、人々のなかで“導き”として、総じて、難局を打開する手立て、より良き関係を結びゆく業(わざ)などが、天より(直観や、現象を通して)降ろされるのだ。

ーーー 神は、地上の“導きたる者”を待つ。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。
わたくしRinokiaは、霊視鑑定を始める以前より、全国を巡りつつ、神社仏閣や、また歴史に名の残る古戦場などへ伺い、天と意識を通わせるなかで、祈りを続けてまいりました。

やはり全国には、様々な“気”をもつ場があり、それはどれ一つとして同じものはございません。言うなれば、そこには、“地”を治める神があられ、そして、古来より先人たちが生きた、まさに数え切れぬほどの由縁ーー歴史が積み重ねられているものとも申せます。

“これほどまでに、“地”には、しかるべく強いエネルギーが巡っているのだ”ーーー

これが、祈りの旅を重ねるごとに得た、わたくしなりの実感でもございます。

その一方で、わたくしが各地を巡るのとほぼ同じくして、“パワースポット”という、強い運気をもたらすような、強大なエネルギーをもつ場所に、人々が願いをもって訪れ、あるいは、その強い気にあやかろうと、観光的な要素も兼ねて、“パワースポット巡り”のような形で楽しく各地を巡る方々も多く見られるようになりました。

かつてですと、“伊勢参り”のような、人が「一生に一度は、是非ともお伊勢さまへ」と、万感の思いで、遠く伊勢を目指して参拝を果たされる、ということもありますし、今なお伊勢神宮への参拝は、多くの人を魅了いたします。

それほどまでして、“大地のエネルギー
は、古(いにしえ)より、人々を惹きつけて止(や)まぬものがあるのです。

全国を巡るわたくしの旅は、基本的には、天からの啓示によって、どちらの方面に赴くべきか、また、どの神へ参拝し、以後のわたくしの活動の基盤として、新たな神の啓示を受けるべきか、などを決めてまいります。これはあくまでも、わたくしの、天から授かった使命に基づき、霊能を司る者として独自に命ぜられる、霊験修行の一環でもございます。

その一方、わたくしは、日本全国を彩る、津々浦々の景色を楽しみ、風光明媚な場に赴くことも大いに好みますし、また山登りなども、山頂にそびえるお社(やしろ)での参拝を目指し、“霊峰(霊山)”と呼ばれる山々を果敢に挑戦してまいりました。

ダイナミックに、地より発せられるエネルギーは、先ほどの“パワースポット”と呼ばれる場はもとより、全国には実に沢山ございます。

その流れは、人間であるわたくしたちからは見えずとも、しかしながら、しっかりと息づき、わたくしたちの日々を支え、あるいはときに強く影響を及ぼすのです。

“もっと、この“地”のエネルギーを、生活や人生に反映させ、
体系的(具体的)にその良さを実感できるようになるには、どのようにしたら良いのだろうか”と、わたくしなりに思案してまいりましたところ、様々な方とのお出逢いから、「吉方位での運気取り(=祐気取り)」を知るところとなりました。

わたくしにとって、この世はすべてチャレンジですので、この祐気取りに基づく旅もまた、可能な限り実践してみようと、すでに10年を超える年月をかけ、自身にまつわる吉方位を、時期(年月日)とともに把握し、各地へ出かけては、神々と対話するなかで、その地の運気を、感謝の念とともに大いに吸収してまいりました。

実際のところ、その効果は、以前を振り返ってみますと絶大で、古来の先人たちの知恵から編み出された、この祐気取りという手法は、驚くべきものがございます。

わたくしに関しましては、幼い頃からの、霊能という力が、実際に全国の皆様とお出逢いするなかで、霊視鑑定士として日々を歩める、という素晴らしい好機にも恵まれましたし、Rinokia鑑定所として立ち上げることができましたのも、神の御加護はもとより、こうした祐気取りの積み重ねの部分も大きいものと、つくづく感じております。

さて、今回は、10月17日(水)より3日間、出雲方面へ祐気取りへ旅立ちます。
神社で参拝もいたしますので、神からの御言葉をいただいたり、また祈りのなかで気づいたことなどがありましたら、順次ブログへUPさせていただきたいと存じます。

Rinokiaは、日々パワーアップいたします。
何卒宜しくお願い申し上げます。

Rinokia


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皆様、

いつもありがとうございます。
10月8日付の記事(長野県 渋温泉 横湯山温泉寺)の程近く、下高井郡山之内町にあります、金倉神社へ参拝いたしました。斜面の途中に構える、小さな神社です。創祀は不詳で、おそらくは越後国(新潟県)から、信濃川を遡上した氏族が祀ったものと考えられているようです。


境内へ向かう斜面には、ちょうど秋季ということもあって、りんごや栗などがたわわに実り、その風景を、小雨のなか眺めつつ細いなだらかな坂と急な階段を登りますと、すぐさま鳥居が現れます。

その参拝時、神の「“ただ、在り続けること”の意味」について、御言葉を頂戴しましたので、謹んでお知らせいたします。

Rinokia

***

「いつの時代にも、“変わらぬもの”があるでしょう。
この進みゆく世(現象界)にあって、目覚ましい変化も見られず、ただ、そこに一定の流れや様相(状態)が、ゆっくりと時を刻む ーーー それらもやはり、息づき、存在しているのです。

人は、変化(※ここでは目立った動きを指します。)へと心を向け、ときに、その変化に“我こそは”と夢中となって追い求めようとします。“変化”とは、エネルギーの変容を含みますので、それはいずれも、人の思考や行動を駆り立てるとも申せましょう。

しかしながら、この世には、自然の倣い(ならい・・・順序、流れ)があり、これは、人の世にみる、激しき変化とは程遠きほどに、長き時(時代)を経てなお、静かに“息づく”もので、それもまた、この世にあって、一端を支えております。

“ただ、在り続けるーーー”

今のあなたがたには、この、静寂のわずかな流れの空間、自分自身を見失わず、それでいてなお、しっかりと“息づき、在り続ける”ことができるでしょうか?

在り続ける、というのは、ただ何もせず、人でいうところの“虚無”であったり、また(進化をしない、という意味での)“退化”であったりを示すことではありません。

その、一見(傍からは)動きや大差の見られぬ、そのなかでさえ、進むべきところ、目指すべき姿を、当人こそがしっかりと見据え、それを生命の流れに従い、ゆっくりと育んでいく、その心は、安直な事柄ではけして培うことのできぬほどの揺ぎなき安定感、風情を醸し出すものとなるしょう。

そして、これが、たとえこの世の難局ありても、不動の姿となり、ある場(場合)にては、人々の救いや、この世の欠かせぬ支えともなるのです。

あなたがたには、そういった、生命が時とともに織り成す、静寂のなかの存在感、心収まる、整然とした様相が、あるときには、あなたがた自身であること、そして、あるときには、人生において、この、“ただ、在り続ける存在”というものが、実はあなたがた自身を、この現象界にあって、ゆっくりと、しかしながら、それもまた、あなたと同様に“息づき”、常に支えゆくことを、心に留めていただきたいとわれら(神は)願います。

この世に“在る(=生きる)”あなたがたが、時代の急速な流れ(変化)とともに、しかしながら、生命として息づいていく、そのもっとも難き(難しい)局面を、今この世は、まさに迎えようとしております。」

以上。

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2014年1月19日

【根源神(3)】

「われ、この世の創成を志ししとき、比類なき二つの大いなる玉(ぎょく)を創る。それは、陰陽が重なり織り成す、まさしく“珠玉”。ここにこそ、過去・現在、そして未来をも超越する、すべてを抱き込む真の光が顕現する。」

「陰陽、それは、いまだ人類のほんの幾ばくかの者のみぞ知る、究極の真理。すべてには光と影有りて、両者は不可分とする。光は影あることこそ、一層その輝きを増す。影は、光があってこそ、静寂なる自然の理に回帰する。」

「この地上。天照(あまてらす)の神が天界の光を降ろし、この宇宙を占拠せし暗黒の層を突き破り、あらゆる生命をここに宿させた。闇より生まれ出でし宇宙は、しかと光をもはらむ。高貴なる神の意志のもと各々の神(の因子)が生まれ、その神らが元素の光を集結し、また影をも朋友とし、両者共立した無限の可能性を秘めし類い稀なる星<地球>を創り賜う。」

「天照の神有らば、そこには必ずや御影(みかげ)の神あり。天照の神はこの地上にこそ、両者援けあう高貴なる光と影を望み、あらゆる生命に影を創り賜う。御影の神・御影の心こそ、光を生み、生かす奥義となる。影あっての光、光あっての神妙なる影。良いか、真にこの世を生きるとき、影となりて他を生かし、それがまさしく自らを生かし輝かせる唯一の業(わざ)となる。」

「宇宙に燦然と輝く幾万の星々が互いに共鳴を始める。星々が己を知り、他を知るとき、それまで散在していた宇宙の要素が集約されることとなる。エネルギーとしての集約が、大いなる力を生む。大いなる力はまた光と影をはらみ、この地球にもしかと投影されるであろう。この地球も宇宙の欠かせぬ因子として、ここに住まう者の変革、すなわち、天照の神の生み落としたこの地上が、当初創られしその様相に、時空を超え、これまでの人類が生み出した数々の想念を塗り替えることとなる。まさに、未来に向けての、神への“回帰”。」

「いまだそなたらの知らぬ、大いなる神が配した真理を、いざ、この世の者は知り始める。人間の作りだした浅はかなる闇。憎み合い、さげすみ、いさかいの絶えないこの地上は、いまだ産声を上げず。」

「光と影の役割を知る者、己の日常を見渡せば、数えきれぬほどのその役割を、自らがしかと肝に銘じておこなうことぞ。これにこそ、己の人生ならずも、この世を平らかに治め、両者を引き立て合う喜びが、この地上に新たなる息吹をたぎらせる。」

「影有りてこその光。良いか、光は影を望む。影は光が一層輝くことを唯一の本望とする。光と影との調和にこそ、この先起こる地上の変容の鍵となる。」

「天照の神の想いを、この世を生きながらにしてしかと汲み取るが良い。けして切り離せぬ真理、そうだ、御影の神との協和によって、この地上が再び天界へと開かれる。」

以上。

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皆様

Rinokiaです。
いつも『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

2018年も残り2ヶ月半ほどとなりました。今年は、人の動き、自然の勢い、どちらも次々と、終わってはまた生じ、世間に驚きが駆け巡る、という印象が強く刻まれたのではないでしょうか。

早くも、今年一年の総決算の時期です。
皆様方のかけがえのない2018年という日々が、今後世界的な規模で物事が動くなかで、どうぞ穏やかで、幸せを感じるものとなりますよう心よりお祈り申し上げます。

さて、2018年冬の各地鑑定では、年末にかけ、大阪/京都/名古屋(愛知県)へお伺いいたします。

12月22日(土)の大阪をかわきりに、同月31日(月)まで各地を巡りつつ、鑑定をさせていただくことを予定しております。詳細は下記をクリックしご確認くださいませ。

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Rinokia鑑定所HP:各地での鑑定
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皆様のお住まいの地に、お伺いできることを心から楽しみにしております。

帰省中の方も是非お越しください。またお知り合いの方にもご紹介いただけますと幸いです。

開催場所・日時

  • 12月22日(土)  :大阪/なんば駅周辺   
  • 12月23日(日)  :大阪/なんば駅周辺   
  • 12月24日(月)  :大阪/なんば駅周辺 
  • 12月28日(金)  :京都/四条大宮駅周辺   
  • 12月29日(土)  :京都/四条大宮駅周辺  
  • 12月30日(日)  :名古屋/名古屋駅周辺   
  • 12月31日(月)  :名古屋/名古屋駅周辺     

※ 各日ともに数名様程度での先着順となりますため、鑑定をご希望される方は早めにご予約下さい。
※ 詳細はご予約時にご案内させていただきます。

 

今年の冬が、来年2019年への良き契機となるよう、わたくしも誠意努めてまいります。
何卒宜しくお願い申し上げます。  


                                   
Rinokia

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2015年2月7日

【根源神(34)】

「目に見える現象ならずも、人は無意識のうちに、他の人々に影響を与える。それは、(他人を)“傷つける”という安直なる言葉では到底収まらない、微妙かつ繊細な感情をもって、あらゆる場面、あらゆる状況のなかで、人は互いに感情のエネルギーを放ち、少なからず影響し合うのだ。」

「神の目からすれば、そなたたちがある行動を取ったならば、それは魂と連動し、魂からちょうど身体的動作へと、様々な色・性質をもった“光線”を放ち、それがたとえ良かろうと悪かろうと、確固たるエネルギーとなり、他人へと、そして、まぎれもなく、自身にもそのエネルギーは巡り、循環する。」

「心から発するこのエネルギーこそ、“今”のそなたを決定づける。そして、今のそなたが発する感情が、もはや消せぬエネルギーとなり、他人にも影響を及ぼし、この世を染め上げるのだ。」

「人間はもとより、そなたを取り巻くあらゆる生命・環境、そして生命母体の地球もまた、魂を持つものすべてのエネルギーが複雑に絡み、交差し、あるいは渦を巻き、それは強力なる一大磁場となって、天候(雨、風、嵐等。)をも引き寄せるのだ。」

「一度放たれししエネルギーは、大地を伝い、広大なる地球を巡る。これまでの歴史と相まって、もはや数えきれぬほどに重なりしあらゆる“色”をはらんだエネルギーは、地球をもはや覆い尽くす。歴史が積み上がるように、人間が放つこれらのエネルギーもまた、同じように、いや、それ以上に難解なまでに交錯し、そなたたちは、この複雑極まりなき地球に日々暮らしているのだ。」

「人々がこの地球であるからこそ獲得し、放ってきたであろう神の心にはそぐわぬあらゆる感情と、これまで数多くの尊き血が流れ、民族、隣国間での憎み合い、終わりなき諍い(いさかい)。この先、そなたたちはいつまで続けるのであろうか?恨めば恨むほどに、わが身を傷つけ、愛する人々を傷つける。悲しみがまた、さらなる悲しみを呼び、果ては、後世をも創り上げる。どこかで誰かが気づき、この連鎖を解き放たなくてはならぬと、ここでわが神託より明らかに伝えよう。」

「大いなる神は決断した。魂の天への引き上げとともに、この地球全土の苦悩を“昇華”せねばならぬ。さもなくば、地球は宇宙の歴史のなかで、過去において、ある年月存続した“幻”の惑星と化すであろう。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

先頃、長野県下高井郡 
渋温泉にある、横湯山 温泉寺(おんせんじ)へ参拝いたしました。
ここは、かつての戦国時代、甲斐(今の山梨県)の守護大名であった武田信玄公が、この地域から湧き出る温泉を愛したのだそうで、温泉寺の開基でもあられます。

お堂の屋根瓦には、武田家の家紋(=菱紋)もみられ、長野(信州)にありながら、山梨(甲斐)の要素がみられる、不思議な空間です。

今回は、こちらのお寺の意識体からのメッセージをお伝えいたします。

Rinokia

***

「身体には、人々がいまだ見出せぬ(発見せぬ)ほどの、逞しく、また絶妙な機能が備わっております。その人間が、自身の肉体を以って一つの人生を辿っていくことを世の定めとすると、人はいずれにせよ、己の肉体が、いつの日かその寿命の尽きるまで、健やかなることを願い、つつがなく(無事に)生きていくべきものでありましょう。

一つの肉体は、日ごと、生み出されるもの、そしてまたその役目を終えていくもの、双方を繰り返し、真の意味で“休まる”ことはありません。

年齢を上げるごとに肉体への負荷はかかり、また、長らくの人生においては、その肉体の器量(範囲)を超え、なお自らを奮い立たせ、物事に当たらなければならぬこともあるでしょう(※ここでのメッセージの意図は、かつての戦において不眠不休の勢いでその役目を遂げることをおっしゃっています)。

だからこそ、人は、折に触れ、自身の肉体の“治癒(回復)”について、時機(=回復の機会)を大切に見定め、自身の身体と向き合っていくべきなのです。

この肉体の“治癒”にあたり、人間には何が必要かーーー

それは、何もかも、自然、あるいは大地から育まれた恵みの摂取にあり、ときにじっくりと時間(手間)をかけ、肉体の“回復力”、あるいは不具合に抗する力(=免疫力)を目指していくことが肝要です。

人間とは、自然によって生かされ、それは生まれてより(寿命を遂げるまでの)一生をかけ、その恩恵を受け生きていくべきもので、あなたがたはなお、その自然の“力強き息吹”を感じ、機(機会)を重ね、僅かながらでも、わが身(肉体)の力へと含んでいく(取り込んでいく)、この心がけを大切にしていただきたい。

あなたがたのかけがえのない一生において、その身は“一つ”なりて、ここに自然の力、人類の智慧、それらを兼ね合わせていくことこそ、人間の辿りゆく本質とも言えましょう。

長らく大地が培った、力(火(火山)と水)は、今なお、あなたがたの生きることを支えゆくのです。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。
わたくしRinokiaは、日ごろ都内での霊視鑑定のほかに、各地へお伺いし、鑑定や祈りの巡礼、また霊験修行など、全国を飛び回っております。

皆様に大切なご縁のある地域へと伺えますのは、なによりも光栄でもございますし、また、各々の地には、ありがたい“地を治める意識体”がいらっしゃり、それらの意識体は、やはり一つとして同じ波動はございません。

そして皆様の魂は、たとえ互いを認識せずとも、深い由縁あって参集し(お住まいになり)、なお、日本の長い歴史のなかで、またさらなる“ご縁”として着実に育まれていく、こういった流れを、霊的に垣間見させていただきますと、わたくしは常に言いようもないほどの強い感動や、また、神々の深淵なお計らいに驚かずにはいられません。

今回は、今年夏にお伺いしました、長崎佐世保市にあるテーマパーク「ハウステンボス」において、その地にあられる意識体からの「テーマパークという意味」について、お伝えさせていただきます。

Rinokia

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「人間という生命は、幾多の要素があり、それが基(もと)となって、その人特有の側面(性質)が形成されてまいります。それらをさらに詳細にみていきますと、“二極”(両極・両面)が至る局面に在るのを、あなたがたは感じ取れるのではないでしょうか。

この宇宙は、すべて“バランス(均衡)”を図ります。

この大きな(均衡の)進度は普遍的なもので、いずれのエネルギー(※ここでは、自然界のほか、わたくしたち人間の生命体など、この世に存在するあらゆるエネルギーを指します。)が、この法則に従い、巡りますので、あなたがたのような、精神と、また肉体という側面を持ち合わせた生命体は、なお、その“バランス”について、常軌を保つよう努めるべき存在でもあります。


エネルギーとは、螺旋(または円)を描くような意味合いと、また、ある場合には、“振り子”のような、たおやかな(停止のない)弧(こ)を描く意味でも表すことができます。

人間関係とは、エネルギーの交換(やり取り)でもあり、また人体ひとつとっても、これは様々な程度において、エネルギーが交差し、巡り、あるいは、振り子のように波打つものでもあるのです。

ここに、肝心な要素があります。

それは、あなたがたであれば、人生において、肉体、精神(思考)など、あらゆる(人間の)側面は、ごく自然と、“バランス”を取るように、自浄作用であったり、縁が引かれ合うことであったり、そういうエネルギーが、めくるめく、あなたがたの日常を支えるのです。

ですから、人間という生命もしかり、自身にあって、極端(一方的な)物事はそのままでは立ちゆくことが難しい。

むしろ、振り子のごとく、さらにもう一方へと傾ける、あるいは、目下の事象(目前の物事)を、前進的な意味で“切り替える”、いずれにせよ、そういった、ある意味(良い意味での)“緩み”というものが、今のあなたがた人間には欠かせぬものものと、われら(神)は申し上げたいーーー


人によって、無論、思考もまた嗜好(趣向)も異なります。大切なのは、自身を冷静に見つめた際に、何が、自らの盲目的な状態であるのか、あるいは、欠如している(バランスを欠いている)ものなのか、それを見極めることです。

硬く(頑なに)、また一本気なまま、あらゆる物事に当たるような姿勢は、実は、生身の肉体を持ったあなたがたには、真に適するものではない。

それを、なんらかの方策(手立て)によって、ふと力を抜く、あるいは、別の面(局面)へと仕向ける、その“塩梅”また、“切り替え”というものが、あなたがたに必要なのではないでしょうか。

ですから、現代の利器により、様々な物事がこの地上へともたらされているなかで、あなたがたは、どうか、それら(の利器)を、自身の“均衡”を保ち、健やかに、果てはより豊かな向上心(希望)を抱けるよう、良きにお使いになる、それを、地の神々は、切なる願いとしてあなたがたに今、伝えたいのです。」

以上。

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皆様、

いつもありがとうございます。

2018年も、残り3ヶ月となりました。
わたくしたちが今年をどのような意味として捉(とら)え、今後3ヵ月をかけて締めくくるべきか、
天より御言葉をいただきましたので、ここにお伝えいたします。

Rinokia

***

「あなたがたは、日常を過ごしているなかで、やはり目下しなければならない物事に終始し、気づけばとうに月日が過ぎていた、という状態も多かろうと思います。

ですが、かけがえのなき日々、今年(2018年)というのは、二度と戻ってはまいりません。

残り
3ヶ月(10月~12月)は、その一年なかで“締めくくり”としての時期として捉える側面を持ちますので、その残り3ヶ月がすでに幕を切ったなかで、あなたがたは、“今年(2018年)における日々”のなかで、「自分はこのように学び、成長した」ということを、堂々と言い表せるくらいの気概を持っていただきたいものです。

今のあなたがたに必要なのは、“自身を客観的にみる”という業(わざ)です。

実のところ、あなたがたは、この、めくるめく日々の物事が、大小様々な形で過ぎゆくなかで、己について、きちんと見定める(分析する)ことが叶っている人は、本当に少ない。

それは言い換えれば、“根”の無い樹木(あるいは植物)と同じで、根を堅実に張ってこそ幹(茎)を伸ばし、ひいては、どのような葉をたずさえ、花や実をつけゆくのか、あなたがたは、この世にある意識体のなかでは、無論、素晴らしき要素を持ち合わせた魂ではありますが、しかしながら、現象界の出来事にあって、“自分”というものを見定め、以後、自らが何をすべきか、どんな過程を一歩一歩上がっていくべきか、それを、日々心に描き、(困難にも)屈せずに生きる人は、今どれほど有るでしょうか?

それこそ、どのような“成果”をもたらすのかは、根幹が欠かせぬもので、人間としてこれには、まず、自身の性質というものを会得(把握)せねばならぬのです。

しかしながら、今やあなたがたは、(仕事やプライベートなどの)幾重にも展開する多様な日々において、より一層、自らの存在を“不透明にしている”と言わざるを得ません。

不透明な己は、その存在意義すら見い出すことも困難となり、人生を難局へと向ける一因でありましょう。

(少し間を置いた後に)

今後あなたがたが、少しでも前進的にこの世を歩むため、天(神々)は考えております。

以後、あなたがたの日常において、周囲の存在、あるいはその姿(挙動)からの、“自身に対する気づきや、今後の生き方の考察”が、一層強く促されてまいるでしょう。

“人の振りみてわが振り直す”という、あなたがた(日本人)の諺にもあるとおり、周り(の人々)は、自身が気づき、またそこから修正をおこなっていくうえでは、またとない(絶好の)存在でもあります。

ここで大事なのは、けして他人を批判したり、また卑下したりする思いを持たぬことです。

これらの(周囲の)存在は、お互いが学び、高め合うための、“縁”を引いた者同士ですので、それら(の人)を批判非難しては、自身の学びを遠ざけることになります。

己の目にした人の挙動が、たとえば醜いものであった場合には、よくよく、自身を省みることです。もしかしたら、自分も同じような(醜い)心根があるかもしれないーーー 人は、皆、
自身の投影”と言っても過言ではありません。

今年については、あなたがたのいずれも、これまでの人生を、原点に戻り、あるいは(良い意味で)一度立ち止まり、“生きる”という、ごく基本的な物事を考え、以後の生き方を模索し、構築するうえでの欠かせぬ時期であることが、天の意向として据(す)えられていますので、あなたがたには是非、“基礎の確立”、すなわち“根”について、自分の姿を客観的に捉え、その素質をどう伸ばしゆくかを、肯定的、段階的に考えていただきたいと、わたくしども(神)は切に願います。」

以上。

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2012年1月13日

【地球からのメッセージ】
 
「皆の者、よく聞くがよい。地球は今大きな変革の時を迎えようとしている。もうすでに、確実に進行しているのだ。生き残る者そうでない者がはっきりと分かれる。」
 
「これまでこの地球にどれだけ感謝した者がいるか。地球は奇跡の星なのだ。神に計画された本当に恵まれた星なのだ。」
 
「世界各地の神々が、それこそ命がけでこの地球を守っている。地球(大地)にしっかりと心を合わせよ。」
 
「この地球に降ろされた者は、自らの神性に目覚め、それを磨くことを目的として生まれた。なぜもっと調和せぬ。調和だ。調和。調和。調和・・・」


【日本国からのメッセージ】
 
「美しき国日本。ここには神によって本当に愛おしい魂が集められています。どの魂もみな美しい。」
 
「日本人は人々の幸せを祈れる魂、“和”の魂が授けられています。これは神が与えてくださったもっとも素晴らしい魂なのです。」
 
(「すべての人々をお救いください。」と懇願する。)
 

「それぞれに役割、そして魂の段階があります。どんなことがあっても受け入れなさい。あなたはただ人々の幸せを祈ればよい。」

以上

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